四百三十八話 マガイモノと接触


 マガイモノの人物の後頭部を注視。

 フーのように、蟲は取りついていないことを改めて確認した。


 ……茶色が混じった黒色の髪。

 まさか日本人系ではないだろうな。

 すると、項と外套の僅かな間から蛇のような魔力を宿した布が無数に宙へと飛び出てきた。

 ゆらゆらと首の近くで揺れている魔布たち。

 左腕に蟲を宿す人物は……体か背中も、あの魔布で覆っているのか?

 否、左腕に宿る蟲の能力という可能性もある。

 もしくは単なる防具の能力。

 体に着ているインナーの切れ端ということもありえる。


『……とりあえず横に回って顔を見るか』

『閣下、その怪しい者は何処に……』

『黒外套に大剣を背負った人物。フルーツのようなモノを物色している』


 と視界の端に映る常闇の水精霊ヘルメに、マガイモノがどこにいるのかを教えて上げた。小さい姿のヘルメは細い腕を伸ばし、八百屋を指す。


 そうして、マガイモノの顔を見ようと……店の近くに向かった。

 勿論、慎重にだ。ハイグリアとジョディも付いてくる。


『――濃密な魔力を帯びた大剣。その大剣を押さている背中の帯も魔力がありますね』


 ヘルメが指摘するように、マガイモノらしき人物が背負う大剣は特別製。

 鋼色の剣身は滑らかそう。

 そんな鋼の剣身を挟むように、透き通った金色と銀色の金属が波紋を作るように刃を縁取っている。あの波紋は特別そうだ。

 魔力が漂う文字らしきモノが、金色と銀色が縁取っている刃の辺りから浮いている。そして、そんな色合いを持つ特別そうな金属の大剣の柄を含めたすべてを、赤色の魔力が覆っていた。

 邪神ヒュリオクスの眷属だったパクスも、魔槍グドルルを持っていた。

 魔槍グドルルの穂先は、大剣の幅があるオレンジ色の薙刀。

 

 同じ邪神ヒュリオクスの眷属なら……。

 それ系の魔武器を持っている可能性が高い。


『……細見だが、大剣を扱える筋力と魔力。どちら・・・にせよ。普通じゃないことは確かだ』


 と念話を続けながら……。

 通りを行き交う獣人たちを避けて、マガイモノに近付いた。

 一挙手一投足を意識。少し緊張する。

 そこで、マガイモノの横顔を見た……マスクか。

 胸元のインナーから首と頭部を覆うようなアジャスタブルが可能な黒繊維の魔布と繋がるアウトローマスク。

 先ほどの項から伸びて、首元に漂っていた魔布は……。

 このマスク系装備から派生していたモノだったのか。

 正直、良い……渋くて、すこぶるカッコいい。

 マッドな雰囲気があるサイバーパンク系のカモフラージュマスクだ。


 欲しい。


 俺の<霊血装・ルシヴァル>もマッドな怪物系だが……。

 地下で遭遇した俺を喰おうと襲い掛かってきたグランバの血を受け継いでいるようなガスマスク系だと思うし。


 八腕に様々な武具を装備した唇が集結した上半身に、下半身が霧の足だった強敵、ナズ・オン将軍の毒ガスにも耐えたからな。

 今度、パレデスの鏡でも探索に向かう際、その鏡で、新しいガスマスク系の防具をじっくりと見るか。

 さて、そんな俺のことより、このアウトロー的なマスクが似合う人物だ。


 細い顎先が少しだけ見えている。

 体格も細身だし、頭部の造形も小さいから女性と推察。


 獣人に偽装をした女性の人族かな。


『……人族かもしれませんね。わたしも外に出ますか?』

『状況的にここで戦いに発展はしないはずだ。もしも、の場合に備えて<精霊珠想>の準備だけでいい』

『はい』


 ヘルメと念話の後、ジョディとハイグリアへ向けてアイコンタクト。


 左腕に蟲を宿した怪しい人物だ。

 どんな能力を持つのか分からない以上、口には出さなかった。

 聴力を異常に発達したような能力を持つかもしれないし。

 だがしかし、分かってはいたが……。

 ハイグリアには、俺のアイコンタクトの意味は通じない。


『何を睨んでいるんだ!』

 と、しかし話すように、可愛い顔は変わらないが……。

 怒ったような表情を浮かべ睨み返してきた。


 そして、俺の変顔を見てから疑問符を頭上に浮かべる。


「何だ、その顔は!? それよりシュウヤ、美味しい料理が食べたいから店を見るんだろう? ロウガダイル狩りで有名なトムランセの焼き肉店は美味いんだぞ。わたしたちの<嗅覚網>を超える嗅覚を持つ神獣様も……ん、神獣様、何を……」


 黒豹ロロの行動が気になって仕方がないといった……ハイグリアの表情。


「焼き肉も欲しいが、少し他に気になることがあってな」


 と、黒豹ロロの動きに注目をしているハイグリアに伝える。


「そ、そうか」


 しどろもどろとなったハイグリア。

 細い指先から伸びていた銀爪の一部を収斂した。

 その指で、自身の細い顎先に、指をあてがい、


「気になること?」


 と、呟きながら何かを考える仕草を取る。

 すると、頭を振った。

 すぐに『閃いた!』とでもいうように、考えるのを止めたハイグリア。

 俺に応えず、ロロディーヌの方を見ていった。

 とりあえず……このマガイモノらしき人物に関してのハイグリアへの報告は後回しかな。今は、そのマガイモノらしき人物は普通に買い物をしている以上……現時点では、ただの怪しい人物でしかない。


「にゃ、にゃ~」

「ふふ、神獣様! 楽しそう! 何か見つけたのですか!」


 一気にテンションが高まったハイグリア。

 黒豹ロロに話しかけている。


 その黒豹ロロは一瞬、耳をピクピクと動かし反応し、横に回転するように回る。しかし、黒豹ロロはハイグリアの声を無視。


 猫パンチを繰り出し、自身の長い尻尾を追うように、その場をぐるぐると回り出していく。


 何がしたいのか良く分からない黒豹ロロさんだ。

 そんな遊んでいる様子を見ていたハイグリアは双眸が輝く。


 青い目を輝かせながら、己の尻尾をふるふると左右に揺らしていく。

 黒豹ロロの動きに連動するように尻尾がリズミカルに揺れ出していった。尻尾の動きも面白い。

 ハイグリアも、何を使って遊んでいるか不明な黒豹ロロの遊びに興味を抱いたようだ。


 すると、その尻尾を揺らしたハイグリアは、自身の銀色の鎧を変化させる。

 それはボディラインを露わにするような薄い鎧だ。

 程よい大きさのおっぱいが良い! 二つの小山を描く曲線美すら感じる胸甲さんが、実に見事な作りとなっていた。

 銀式獣鎧は衣装としても渋い、ハイグリアはセンスある。天然だが。

 しかし、大胆だな……お姫様よ。

 だがしかし、周囲の獣人たちは神姫の姿が変わっても特に気にしていない。

 近くの駄菓子屋さんでお菓子を売る古代狼族の巨乳さんが居るだけが理由ではないだろう。

 力を持った古代狼族たちの変身に見慣れているようだ。


 今も、通り歩く古代狼族の女性兵士たちに指示を出した隊長クラスの古代狼族の方も、指先から腕を這うように伸ばした爪鎧デザインを変えていた。


 一方で、一般人に近い古代狼族たちの方々の格好は……。

【狼の角蝋目】という名の場所で見かけた兵士たちより薄着だ。

 ここは狼月都市の範囲だから当然か。薄い布服のインナーと焦げ茶色の革鎧を着ている方が多い。勿論、古代狼族らしい立派な体毛と、爪の武器を持ち、爪の防具を腕に纏わせている。


 ここは古代狼族の中心地と、良く分かる。

 薄着が目立つ若い兵士だけではない。

 狼将のようなお偉いさんとは、違うと思うが……。

 先ほどの隊長クラスのよりも、上だと推測できる将校クラスの方々もたくさん居る。古代狼族は強くなるほど爪鎧が豪華になるようだ。


 その強面の古代狼族の爪鎧を注視。

 肩のポールショルダーを蜘蛛の複眼と多脚を生やしたような鎌の形に変化を遂げていた。あれは歩き難いような気もするが……。

 古代狼族は次々に豪華な爪鎧を自身の両手の爪から展開させていた。

 今、通り過ぎた将校さんのように、両手の爪の根本から腕を這うように伸びている爪の材質は……それぞれに個人差がある。


 ハイグリアの銀爪式獣鎧も柔軟性があるように、皆もそれなりに柔軟性があるようだ。

 そんな爪式獣鎧の感想を持ったところで……。

 セクシーな銀爪式獣鎧を変化させたハイグリアがチラリと視線を寄越してきた。


 青い目と口端の牙が可愛いハイグリア。

 彼女から『黒豹ロロと遊びたい』といったような声が聞こえたような気がした。


「遊びたいならいってこい」


 俺の言葉を聞いたハイグリアは尻尾の揺れが激しくなる。


「分かった! あまり遠くに遊びに行くなよ! 一緒に双月樹の屋根回廊の向かうのだからな!」

「分かってるさ。一緒にあの壁の門の先に向かうんだろ。デートだな?」

「そ、そ、そうなのだ!」


 なぜか、可愛く焦るハイグリア。


「少し楽しみだ」


 ハイグリアは喜ぶが、視線を都市の中心に向けると、先ほどと同じように表情に翳を落とす。がすぐに気を取り直すように俺を見つめてくると、重そうな口を動かした。


「……狼月都市の中心。大正門を潜り、神狼ハーレイア様たちの神像広場を左に曲がった先に森と沼がある。その沼の畔の側にヒヨリミ婆様が棲む由緒ある森屋敷を備えた狼要塞があるのだ」

「婆様か。ハイグリアの屋敷でもあるんだろ?」

「そうだ。今は珍しく神像広場で催しの最中のようだな。さすがに、森屋敷の宮がある狼要塞の周囲には入れないが……手前の広場には一般人も多いから騒がしいと思う」

「了解した、楽しみにしとく」

「うん! じゃ、あとでな!」


 ハイグリアは満面の笑みを浮かべると、踵返し、ダッシュ、ダッシュと走り出す。黒豹ロロの遊んでいる行動を見て、元気を取り戻したようだ。


「神獣様~~~! わたしも混ざる!」


 と声を発しながら、近くの魚のワッペンと鹿の頭を突き刺している腕章を持つ小型獣人を巻き込んで遊び出した黒豹ロロの下に近付いていった。


 サイデイル村では、ロロディーヌと一緒にグルーミングを楽しむ仲だったからな。要塞の中に入ったら……完全に、神姫の責任がハイグリアについてまわる。

 

 ……だから最後に黒豹ロロと一緒に遊びたいのかもしれない。


 しかし、黒豹ロロは何を見つけたんだろう。


 ミミズ、ネズミ、カエルといった小さい獲物だったら……。

 その獲物を口に咥えながら、俺のところに運んでは、捕まえたにゃ~と自慢するように、どや顔を示すはずだ。

 だから、今も遊んでいる以上、獲物ではないと思うが……。


 が……今はマガイモノのような人物を優先するとして、その前に……双眸に力を入れて眷属のジョディを見た。俺の表情を確認するように首肯するジョディ。同時に険しい顔色を浮かべていた。

 高い鼻梁のジョディは嬋娟たる容姿を持つ。

 そのジョディの小さい唇が動いた。


「あなたさま。その右目のお力は……」


 俺の右目の変化を指摘してきた。

 右目の変化に気付くと同時にマガイモノに視線を向けるジョディ。


「そうだ。気付いていたか」


 頷くジョディ。微かに白蛾が舞う。

 ちゃんとジョディが、俺のアイコンタクトの意味に気付いていた。

 俺の変化した右目の視線の先を見てマガイモノの存在を把握したらしい。


「はい、眷属<光魔ノ蝶徒>として力と心臓アーゴルンの力もありますが……わたしにはこれ・・がありますから」


 と、ジョディは腰の魔道具、フムクリの妖天秤へと指先を当てていた。

 ……なるほど。埃及妖魔神王フムクリが持っていた神話級のアイテムか。

 既に何回か、魔力探知を実行していたようだ。

 自身の醸し出す濃密な魔力もフムクリの能力<魔絶>効果で、程よく一般人のように誤魔化しているのだろう。

 さすがは、元死蝶人。

 アーゴルンという貴重な蝶族に纏わる魔宝石を心臓に宿しているし、伝説の存在は伊達じゃない。


 それに、貴族然とした白を基調とした和風めいた衣装も妙に似合う。

 美しいジョディの姿に感心しながら、俺は頷いた。


 その際、彼女の白と黒が織りなす綺麗な虹彩がキラリと光った気がした。

 頼もしい仲間というか眷属ができたな。


 そんな思いを得ながら……。

 

 右目の側面、額の下部から頬の上部にかけて卍の字の形に展開をしている金属模様カレウドスコープを指で触る。


 この吉祥の印と同じ卍の字の金属機構サイバネティックアタッチメントの感触は冷たい。


 その冷たさを指先から感じた瞬間、俺の右の眼球と一体化していた液体金属めいたカレウドスコープが魔力を発しながら蠢き、通常タイプの手裏剣の形へと戻った。

 そして、肝心の怪しいマガイモノを注視。


 マスクで顔を隠す人物。

 馬蹄の形をした袖口から、左腕を伸ばす。

 左手の手の内から、じゃらじゃらと複数の硬貨、商人に金貨を払い、パイナップルのような形のフルーツを手に取った。


 そのまま白いなめし革の袋の中へとフルーツを入れていく。

 大量に買って仕入れているが……あのフルーツ、美味しいのか?


 大量に入れても、白い袋は膨らんでいない。

 白い袋は魔法袋よりも優秀なアイテムボックスと推測。


 肝心の蟲を宿しているだろう左腕は、ガントレットの防具で覆われて素肌は見えない。

 防具の表面には、魔力を宿した特徴的な魔印の模様もあった。


 模様の色は紅色。形は、蜘蛛の巣と竜。

 俺のブーツと同じ?


『左腕。閣下のアーゼンのブーツと同じ紋様ですね』


 ……『魔界騎士でもあり魔界付与師のアーゼンが魔界にて作り上げた逸品』

 と、禿げた渋カッコいいスロザが、鑑定してくれた言葉を思い出した。


『そのようだ。同じ製作者の防具を持つのか、またはレプリカか』

『本物のような気がします』


 魔界付与師のアーゼン製だとすると……。

 最低でも伝説レジェンド級、装備。

 大剣の武器といい、首元から伸びている防具といい、左腕の蟲といい……。

 

 ヤヴァイ相手か?


『……どっちでも、優秀な防具に変わりなさそうだ。さて、そろそろ話しかけるか』

『……分かりました』


 そこで俺の斜め後方に居たジョディに、


「ジョディ、接触を試みる」

「はい」


 頷いたジョディを連れて、左腕に蟲を宿す人物に近寄っていった。


 視界に浮かぶ小型ヘルメは泳ぐの止めて、警戒した表情を浮かべている。

 手に持った注射器の針先を、マガイモノらしき人型へと向けて、その細い針先から、水をピュッピュッピュッ~と出していた。


『精霊珠想ちゃんで包んでポイポイしちゃいますよ! お尻ちゃんもチェック……』


 一瞬、和むが、気にしない。


『グヌヌ』

『サラテュンさ――』


 サラテンの一家も無視だ。

 緊張がほぐれたところで、マガイモノへと、


「……あの~ちょっといいですか?」


 と、横からではなくて、背中から話しかけてみた。

 俺の挨拶の声を聞いた左腕に蟲を宿す人物は、背中の大剣の柄に手を当てながら、素早く身を翻し、振り向く。


 身のこなしは完全な一流処の戦士。


「――!?」


 アウトローマスクで顔を隠す人物は、俺の人族の顔を見て驚いていた。


「……人族、なのか?」


 声音は女性。

 アウトローマスク越しに見える双眸の虹彩は、黒。

 髪の色と同じ黒瞳か。


 適度に会釈をしてから……。

 いつものようにアイムフレンドリーを意識して、


「はい、少し話ができますか?」


 と、話をした。

 戦闘態勢は取らないが、あきらかに魔闘術らしき魔力操作を微かに感じ取った。

 双眸に黒く濁った色合いの魔力を宿す。

 虹彩の表面から、小さい白い幽体のようなモノが駆け巡っていく。

 同時に外套自体が、魔力を吸っているように淡く銀色に光を帯びていった。


 自身の体から外に魔力を出していないからか……。

 このマガイモノらしい女性は、かなり質の高い魔力操作を扱えると推測できた。この距離だからこそ、把握できた武人系の質。

 細身だが、強者の女性か。


「……わたしに何のようだ」


 瞳の力が強まった。

 戦う気はないと思うが……。

 この古代狼族の都市が目の前にある街だからこそ、蟲のことを単刀直入に聞く。


「あ、名乗り遅れました。名はシュウヤ。人族でいうと冒険者です」

「冒険者……堂々と……」


 マスク越しだが……。

 二つの眼が、忙しなく動いて、周囲を確認している。


 彼女の気持ちは視線だけで、分かる。

 見た目は、完全な人族の俺だ。


 『なぜ、人族が、この狼月都市で襲われていないんだ』


 といった理由だろう。

 神姫ハイグリアたちの存在があるからこそ、何だが……。

 この左腕に蟲を宿すアウトローマスクが似合う女性らしきマガイモノは、神姫ハイグリアのことを知らないようだ。


 ……さて、単刀直入に邪神のこと、蟲のことを聞くか。


「……理由があるから襲われないだけです。ところで、あなたは、邪神の蟲使いですか?」

「なっ!?」


 驚いて、その左腕が動くアウトローマスクが似合う女性。

 その瞬間、外套に身を包む獣人の子供がやって来た。


「エルザ。お待たせ~。デピンの豆袋を三つ、アドラスの汁袋を四つ、ここで有名な百迷宮の場所と、レシトラス遺跡の情報に、雷いし血かたまりのけっしょうの御伽話と、呪いの聖杯伝説とか、神狼のハーレイアと旧神たちの呪い逸話を聞いた!」


 剣呑な雰囲気を壊す暢気な幼げな声で説明していく。


 アウトローマスクが似合う女性の名前は、エルザさんか。


 このエルザさんが……。

 邪神の蟲を左腕に宿す……。

 パクス曰く、マガイモノの存在……。


「う、うん。お帰り。これでヤハヌーガの大刃の手入れができるな」


 子供にそう話しているはいるが、あきらかに動揺を示すエルザ。

 俺の姿を凝視してきた。


 俺の着ているハルホンクは暗緑色。

 半袖に近い七分袖ヴァージョン。

 右肩の竜頭金属甲ハルホンクは魔竜王の蒼眼部分が露出している。

 それ以外の右肩は、暗緑色の魔布といえるハルホンク布が覆う。


 胸元は、半開き。

 両手首も晒した状態だ。

 その開いた布系のハルホンクの表面には、均等に並ぶ釦と金具が備わる。

 そして、その回りに、銀色の葉が生えた枝の模様がアクセントとなった防護服だ。

 アジャストメントが可能なベルト革もある。

 そして、ポケットの中にホルカーの欠片と魔造虎たちの猫陶器人形がある。

 ホルカーの欠片は振動していた。


 ここで魔槍杖バルドークを出したら、びっくりしそうだから、今は出さない。


「……おかしなエルザ。もうパトトの実は買った?」

「買ったが……」


 腕をひっぱる獣人の子供。


「なら、行こうよ」

「あぁ……」

「どうしたの? さっきから……もう、ここには用はないでしょ?」

「そうだが……この人族は……〝廃れたタザカーフの血脈〟を知るモノか……あるいは使徒」

「え!?」


 エルザの言葉を聞いた獣人の子供は、俺を見た。


「ヒュリオクスの? でも……」


 邪神の名が出た。

 更に「あれれ、人族?」と小声で呟きながら、エルザさんの左腕を凝視する。

 

 その幼げな視線と言葉が物語るのは……。

 エルザさんの左腕が、やはり邪神の蟲だという証明。


 エルザさんは魔力が漂うガントレットが包む左腕を前に出して、


「あぁ、わたしの左腕ガラサスが反応しなかった。それなのに、黒髪の彼、シュウヤは邪神のことを知っている」


 ガラサス? 

 左腕をガラサスと呼んでいるのか?


 だが、まぁ少し安心した。

 この言葉と態度から、彼女と連れの子供が、カザネのような予知を含む、探知系の能力者ではないと推測できた。


「だから、たざかーふの……」


 獣人の子供が、そう小声で呟く。

 そして、再び、俺の姿を小さい眼で見上げてきた。


『……閣下、この子供のネックレス。異質な禍々しい魔力を秘めています……そして、わたしの存在を視た? 何かしら感づいた可能性があります』


 ヘルメに気付くか。だが、胸元の小さいネックレス?

 あまり表面からは魔力を感じないがな……。

 

 まぁ見た目は確かに怪しい。

 黒鋼のネックレスで、歪な紋章めいた飾りが特徴の品。


 常闇の水精霊ヘルメだからこそ感じ取れた部類か。

 呪いの品か?


 俺を見て、タザカーフの血脈を知る者と語ったが、何だろう。

 ヴァルマスク家とか、他の十二氏族の吸血鬼ヴァンパイア系のことか?

 それとも旧神、古代狼族に纏わる話だろうか。


 獣人の子供は、ジョディにも視線を向けると「わぁ……」と、貴族然とした美しい衣装と乳房の大きさを見て子供らしい素直な反応を示す。

 感激するような印象だ、ジョディのボディラインは美しいからな。

 

「マスクが似合うエルザさん、と、可愛いチビッ子。あっちの藪か、店の方に移動して、お茶でもしませんか?」


 と一緒にフラッペを飲むようにナンパをした。

 先ほど、気にかかった駄菓子屋さんに向かうとしようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る