四百三十五話 秩序の符牌
「……素晴らしい芸術品の指輪です」
アソルがそう喋りながら指輪を凝視してきた。
そこで、指輪の裏を見せる。
「で、裏には」
「あ、本当……〝侯爵家の紋章〟と〝竜の殺戮者たちへ〟って、彫られてある!」
「「――ええええ!?」」
アソルたち以外の聖ギルドメンバーの皆が驚く。
動揺したリーンは視線を泳がせつつ、
「魔竜王討伐依頼で活躍した……」
頬を赤く染めながらそう呟くと、俺を見つめてくる。
その瞳は熱を帯びていた。
「冒険者カードも本物だったということ。やはり強者には強者の物語があったか。そして……」
ドルガルは、そう呟くように語る。
語尾のタイミングで、アソルとリーンに視線を巡らせる。
そして、互いに視線を合わせてから頷くと、
「シュウヤさんは……」
「あの、噂の……」
「「「
息を合わせるように、三人でハモってきた。
アソルは興奮したように机に両手を当てている。
レンチの武器を下に落としていた。
その長柄武器を近くで見ると、モンキーレンチを巨大化したようにも見える。
そして、『そうだろうな』と納得。
冒険者を取り締まる側だから、そりゃ、知っているはずだ。
未開地域探索も兼ねたバルドーク山の一大イベントだったし……。
「……魔竜王討伐依頼で、数多くの個人参加者の中で、唯一結果を残した槍使い。それが、シュウヤさんだったのですね」
アソルの目が魔力を発して輝いている。
<光の授印>への反応とは真逆だ。
「ヘカトレイル近郊では、槍使い大会が開かれるほどのカルト的な噂話が先行しています」
「一時期、槍使いが増えたと聞く」
メルから話を聞いてはいたが……。
ヘカトレイルでの槍使い大会もあったらしいからな……。
「……そういうこった。これは魔竜王討伐依頼で結果を残した証し。その女侯爵様から頂いた」
「……わたしたちも、その指輪を見た時は驚いた」
「はい」
ハイグリアとリョクラインは頷く。
ダオンさんも頷いた。
「魔槍も魔竜王の素材製ですからな。興奮して吼えてしまったことを覚えている」
と、ダオンさんは爪鎧の一部を変形させ、胸筋の一部を露出しながら語っていた。
鎧の隙間に生えた古代狼族らしい体毛たちが動く。
万国共通の筋肉運動のアピールをしているのか?
「……納得です。冒険者。ますます我々の落ち度が露見する形となりましたが……」
「そんなことはいい。それよりも海の話の続きが聞きたい。リーン、途方もない大海の話を少しだけでいいから教えてくれ」
フリュード冒険卿の話には興味がある。リーンに話を促した。
「はい。海光都市ガゼルジャンや霊霧島の先。南の大海を超えた先には……海賊たちが集まる【虹が島】があります。そこの【酒場ラズナル】では、数々の有名な噂話があるのです。その中の一つに
見たいかもしれない。南かぁ、途方もない広さだな。
荒神カーズドロウはその南の大陸に向かった。
すると、ドルガルが、
「そもそもアズラ海賊団とはあまり接点がない。追っているレイは、もうアズラ海賊団ではないのですから」
と、話す。彼らにしてみれば、海の話は遠い世界の話だ。
標的の一人がたまたま海賊団出身であるだけのこと。
メルから、銀船を巡る争いや魚人海賊アッテンボローが分裂しては壊滅している話。
魚人海賊ナナフシ団と
「なるほど」
そこから、領主が冒険者の受け入れに必死ということから東の街道に関することに話が及ぶ。
「神童が出現したと噂が流れたフェニムル村の街道は賑やかになりました」
紅虎の嵐のメンバーからも聞いた。
サラが不思議な人形の薬を買ったとか。
東北の街道はヘカトレイルへと通じている。
「フェニムル村のことはちょくちょく耳にする」
「はい、アルゼの街はフェニムル村との交易が活発になって商隊が増えたんですよ」
「しかし、その分……商隊を狙う冒険者崩れの盗賊たちが多くなりました」
「その通り、今回も、その一端かもしれない……」
ドルガルの目に不安の色がありありと見える。
「今回も、その一端とは?」
「はい、今回、シュウヤ殿と戦う切っ掛けとなった〝白き貴婦人〟。白色の貴婦人とも呼ばれ、色々と渾名はありますが、その白色の貴婦人の討伐依頼中に、冒険者の仲間たちを裏切った死の旅人というグループのことです」
「シュウヤさん、今のドルガルの意見はあくまでも可能性の一つですからね」
アソルの言葉だ。
俺は頷きながら、
「権益争いはどこもあると思うが、その委細はよく分からない。しかし、陸も複雑だな。陸の隊商路が主力だとすると、樹海側の道はモンスターの勢力圏が重なりあっている。冒険者たちも大変そうだ」
「はい、さすがに様々な人族側の権益争いを背景とした闇ギルドの流れを組む盗賊たちと、今回の白き貴婦人の討伐依頼が重なるとは思えないですから」
「それもそうか」
アソルとドルガルは俺をチラッと見てから、視線を合わせて頷いていた。
「アルゼの街も大商会絡みの利権争いがあるからね。この樹海に眠る権益その物を狙おうとする
細い眉毛と鋭い細い目を持つリーンの言葉だ。
リーンは鼻筋も高く、黶が頬にある。
口調は蓮っ葉系だが、思慮深い印象を与えるリーン。
彼女が〝色々な組織〟の部分で、声を強調して、俺を見つめてくる辺り……。
暗に、俺という存在を示している。
ハイグリアたちの存在とサイデイル村のことも含めてのことだろう。
単に、彼女たちの聖ギルド連盟とオセベリア王国の貴族たちと、その取り引きに関する大商会のことかも知れないが。
または他国による、闇ギルドを利用した、オセベリア王国の領土を荒らす破壊工作か。
モンスターの勢力が犇めくから、破壊工作もやりようによっては有効な効果が望める作戦も色々とあると思うが、これは考えすぎか。
「背景はともかくとして、【死の旅人】は優秀な冒険者クランだった。それが多数の冒険者たちを裏切って、樹海の中へと姿を消した動機が気になるわ」
「死の旅人たちが、元々、白の貴婦人が潜り込ませていた怪物だったのなら話は簡単だけど」
リーンもアソルにそう話をした。
その死の旅人たちは、魔族関係?
魔族クシャナーンとか、魔界騎士が潜伏して任務中だった?
他にも色々と可能性はある。
地下オークションでも見かけた、外見の姿を自由に変化させるのが可能な種族もいるようだし。そこに黙って話を聞いていたハイグリアが近寄っていく。
「白の貴婦人か! それは白色の貴婦人と同じ敵だな?」
「古代狼族とも争いを……」
「白色の貴婦人。名前から同じ敵と認識しますが……」
「わたしたちも、〝白き〟や〝白の〟と呼ぶ時があるから同じだろう。その白色の貴婦人については、古代狼族でも被害が出ているんだ! なぁ、ダオン!」
ハイグリアの背後、リョクラインの横に立っていたダオンが頷く。
「はい。白色の貴婦人を追った若い兵士たち、その全員が行方不明となっています。もう生きてはいないでしょう」
アソルたちはダオンの言葉を聞いて神妙な顔つきを浮かべていた。
古代狼族に被害があったことが意外だったようだ。
聖ギルドメンバーたちは互いに見つめ合っていた。
まずは白の貴婦人とやらのことを聞くか。
「その白の貴婦人とやらは、どんな敵なんだ?」
「霧を纏った女だ。かなりの強敵。狼将たちにも手を出さずに逃げろと忠告している」
「はい。〝生暖かい風と共に現れる悪しき霧〟」
ダオンさんはそう語る。
そして、リョクラインも、
「……霧に纏われたら最後」
と、話に加わった。
ハイグリアがリョクラインに向けて頷くと、俺に視線を寄越し、
「爪剣による連携斬りと蹴りを交えた<狼爪拡突>も通じず、最後には、苦悶の表情を浮かべたまま白の紋章めいたモノに変化させられてしまうようだ。助かった若い兵士が泣きながら語っていた……」
「不気味な死に方だ」
聞いていたアソルはハイグリアを見て、古代狼族たち一人一人を確認するように頭を下げながら、
「……同じです。そして、霧状の人を召喚するとも聞いています」
アソルはそう喋ると……。
丁寧に古代狼族たちへと、もう一度、頭を下げてから、上げていた。
「神狼ハーレイア様の恵みを知らない人族たちだが、やはりシュウヤが話をしていた通り、話せば、分かるのだな」
「……神狼ハーレイア様とは、神界セウロスの古き神……」
「双月神様たちと共に力を失ったと、神聖教会の司祭が説教していたことを思い出す」
アソルたちは神狼ハーレイア様をそう評した。
聖ギルド側の人族は、神狼ハーレイア様の恵みを知らないだろう。
俺もハイグリアに聞くまでは知らなかったし、交流のない種族側の話だから当然だが。
「神狼ハーレイア様の恵みとは……何ですか?」
アソルがハイグリアに聞いていた。
「縄張りだ。人族たちは無礼にもわたしたちの縄張りに侵入を試みているが、その縄張りこそが、人族たちへの恩恵だというのに……」
「……縄張りが恩恵とは」
アソルたちは理解していない。
「古代狼族たちは樹海で命を張っている! そして、光の十字丘を含めて、樹海から溢れ出るような数多くのモンスターを樹海の地で倒し続けているからこそ、今の環境があるのだ」
「それは古代狼族が、樹海の支配権を主張している?」
「縄張りといっても、俺たちは知らない」
「勿論、縄張りが、樹海の地の安全に繋がっているわけではない。しかし、わたしたちの縄張りが樹海の安全に少なからず寄与していることは確実。そして、神狼ハーレイア様の力は双月神ウラニリ様とウリオウ様と生命の神アロトシュ様と植物の神サデュラ様、大地の神ガイア様と相性が良いのだ! 作物、樹に育つ果実に特別な物が多い理由の一つでもある」
「左のハイム川に多い穀物地帯のことを言っている? 樹海内部も争いがあるとは知っていたが……」
「しかし、縄張りといわれても本当に我々は分からない。襲撃を受けたら敵となる」
と、神妙な表情を浮かべたアソルたちは話をしていく。
古代狼族と人族だけじゃない。
地上で争いを続ける魔界側と神界側の勢力……。
樹海に限ってだが、樹怪王の勢力と、地下の旧神に関わる勢力とオークの帝国もある。
オークにもオークの神々がいるように、巨大な氏族たちの争いが地下で行われている。
勢力が複雑に絡み合った縮図が樹海……。
まさに『暴を以て暴に易う』が至極当然のようにまかり通る地域。
だから、根本的な解決は不可能に近い。
が、キッシュのサイデイル村がある。
俺の眷属となったキッシュと精霊樹ルッシーを中心とした仲間たちが、この樹海地域で活躍すれば……今よりも安全な場所を、この樹海の一部にもっと作れるはずだ。
元魔界騎士の、<血双魔騎士>で光魔騎士のシュヘリア。
光魔騎士のデルハウトもいる。
オークのソロボとクエマも。
驥足を展ばす機会に恵まれるはずだし、ちょうどいいだろう。
亜神夫婦もいる。
正直、妻のゴルゴンチュラは妖精のような姿で小さいし、弱い。
だが、ゴルの夫のイケメンこと、亜神キゼレグは中々の強さだ。
そして、四天魔女キサラと闇鯨ロターゼもいる。
キサラとロターゼは、俺が砂漠地方に向かう際はサイデイル村から離れる予定だが……。
紅虎の嵐もいる。
サラたちも眷属化の話に乗り気だったし、ブッチ氏もミエさんを守れる強さが欲しいと懇願してきた。
門番長イモリザとモガ&ネームスという強い仲間たちもいる。
黒豹に変身できるエブエもいる。
ムーはまだ幼い。訓練途中だから戦力外だが……将来は楽しみだ。
だから、現在のサイデイル村は、かなり強固な勢力へと成長しつつある。
……と、考えを瞬時に巡らせたが……。
少し空気が悪くなった。
空気を変えようと――。
声のトーンとリズムを変えて、アソルたちに、アルゼの西の穀物地帯から国王直轄領についても質問していく。
「オセベリア軍の青鉄騎士団と竜魔騎兵団の一部が駐屯している城もあるんですよ」
そうドルガルが説明してくれた。
オセベリア王国の施設では、秘密裏に竜とグリフォンの研究が行われているという噂があるようだ。
しかし、あくまでも城がメイン。
オセベリア大平原にあるグリフォンの専門の育成施設とはまた違うようだ。
「あくまでも湿地地帯のモンスターたちの流入が多い穀物地帯と貴族たちの領土を守るための城ですが……第三と第四の青鉄騎士団の精鋭が集結し、湿地帯で特別な強襲訓練を行っています。グリフォン部隊の一部に、大騎士序列一位のタングエン卿も、時々竜に乗って不意に訪れることがあるとか」
グリフォン部隊か。英雄のセシリー・ファダッソは元気かな。
サーマリアとの紛争で忙しいから、トニライン伯爵領には来ないか。
話を聞く限りでは、トニライン伯爵領の城の規模はそれなりに大きいようだ。
そのトニライン伯爵領の南には、デレッケン伯爵領と重なるララーブイン山があり、少し前まで吸血鬼たちの出現が多く大変だったともリーンとアソルから聞いていく。
ヴァルマスク家関係と推測はできたが詳細は分からない。
「しかし、色々と話をしましたが、その、首に受けた傷は……本当に大丈夫なのですか?」
「心配だ。いくら吸血鬼の力を持つといっても……」
和風ジャケットが似合うアソル、ドルガルは心配そうに俺の首元を見ながら語る。
そのアソルとリーンとドルガルは、仲間たちから予備の衣装を受け取っていた。
「ありがとう。見ての通り大丈夫だ」
「ですが……」
ドルガルは薬でも渡してきそうな気配だ。
そんなドルガルの前に、リーンが出る。
「でも、いくら光を持つ吸血鬼といっても、わたしのスキルと精霊法杖が封じ込めていた精霊怪物たちを……倒してしまうなんて」
「戦いには自信がある。しかし、そのスキルと精霊法杖は凄いな。あんな数多くの精霊を従わせるのにはそれ相応のリスクがあるはずだが、フリュード冒険卿の孫なだけはある?」
俺がそう聞くと微笑むリーン。
「ふふ、ありがと。お爺ちゃんの血筋とアーゼン文明のあるアイテムのお陰! といっても本命は、オリミール様の寵愛よ! 聖刻印バスター六の力。<精霊操作>だけでなく魔力操作にも自信があるから」
だからか。
あれほどの精霊を内包というかコントロールできるアイテムを持っていた理由か。
「アーゼン文明の武器と防具は優秀そうだ」
と、リーンの腰元にぶらさがる虹色のグッズをチラリと見た。
リーンはそのアイテムも自慢するように、手で触っている。
「へへ。でも、そんなわたしのことより変化したその精霊よ! ぷかぷかと浮いている、おっぱいが大きい精霊! 巨大瓢箪から綺麗な精霊ちゃんを作って使役してしまうシュウヤさんは、一体何者ですか」
リーンの言葉を聞いたリサナは『わたしですか?』という表情を浮かべる。
そして、閉じた扇子の先をロロディーヌの鼻先に向けた。
リサナは噛み付かれまいと、その扇子を手元に戻す。
さて、この新しい眷属精霊のリサナ……。
彼女が誕生した時は、やや、マップポンプ気味だった……。
『瓢箪から駒が出る』を超えているからな、リーンの気持ちは分かる。
そこで、とぼけた面を作り、
「……何者か。猫好きな槍使い?」
と呟きながら視線をそらし、はぐらかす。
「もう! 答えになってない」
「ふふ」
ヘルメは微笑んでいた。
このままだと、ドルガルを含めた集団で、回復魔法でも俺に唱えてきそうだ。
だから、あえて……。
「……で、ドルガル。もう怪物とはいってくれないのか?」
と、わざとやんわりと皮肉って冗談をいった。
ドルガルは顔をひくつかせる。
彼には嫌味に聞こえたようだ。
「……いうわけがない。しかし、冗談と分かりますが、正直、笑えないですよ」
「悪かった」
ドルガルは一瞬にこやかな表情を浮かべていたが、すぐに厳しい顔つきに戻すと、頷きながら語る。
「……いえ、シュウヤ殿の立場ならば当然のこと。俺たちは殺されても仕方がない、責めを受ける立場。最初、シュウヤ殿は武力に頼らず友好的に接してくれた……その言葉を俺たちは信じなかった……言葉の節々には、強かさがあったというのに……俺たちは大局的な視点から物事を判断しようとしなかった」
立場と環境がそうさせたんだろう。
それに命が掛かっている時に加えて、俺たちと相対している時間は短い。
その短い間に、冷静な判断を保つことは、非常に難しい。
「……〝義を見てせざるは勇なきなり〟ともいうし、それは仕方がないと思うが」
そう、俺に立ち向かってきたドルガルはカッコ良かった。
Fortune favors the bold.
運命の女神は大胆な者を支持するという感じだ。
あの時の場合は、勇者でもいいか。
「……俺に勇気があると? ありがとう。ですが、いわせて下さい。勇気といわれますが、俺たちは楽なほうを選択したのです。モンスターと悪人たちが跋扈し、争いの梢が至る所に広がっている〝樹海〟という地だというだけの理由で、この地域で出会う種族のすべてを、敵と悪と認識するという、一方的に決めつけて楽なほうを……」
楽というが、一理あると思う。
女王サーダインのように、不意打ちをかましてくる存在もいる。
樹海という理由だけで攻撃的になるのは、仕方ないと思う。
ここは国じゃないが、『国に入ってはまず禁を問え』といった諺もある。
だいたい、俺という存在に遭遇すること自体が希少なんだから。
しかし、ドルガルは反省の色を強めていく。
冗談のつもりで話をしたが、まずかったか……。
「聖ギルド連盟のバスターとして罪を犯した賞金首を追う立場と、個人の能力に、この人数という力に酔っていた部分もあるのでしょう。俺たちは浅はかでした。秩序の神オリミール様も俺たちを見て、嘆いているに違いない……」
「ドルガル、そう自分たちを責めずとも」
「……いえ、命を救ってくれた優しい方だからこそ……いいたい。謝らせてください!」
目頭に涙を溜めたドルガル。
男が泣くなよ、と、チョップ系のツッコミは入れない。
俺も涙腺は弱いからな。
「……分かった」
「にゃ~」
香箱スタイルで休んでいた
欠伸をしながらドルガルに向けて挨拶をするように、鳴いていた。
可愛いお豆型の触手の先端を、樹海の先へと向かわせている。
話を終わりにして、あっちに速く行きたいという意思が感じられた。
と、
「寛大な方だ」
寛大か。彼は勘違いをしている。
「いや、それは……」
と、寛大という言葉を否定する。
勘違いしている。俺は、戦えば当然、容赦なく命を奪う。
最初にドルガルとリーンの胸を穿ったように。
復讐の否定もしないし、理由があれば、力を揮い虐殺することも躊躇はしない。
それが、闇と光を合わせ持つ光魔ルシヴァルだからな。
「はは、まったく。ご自分の行動を理解していないようだ」
「そうか? 恣意な解釈だと思うが……」
「はい。それでも、最初に話し合いを行う姿勢、謝意と友好を示した態度に変わりはないですから。そして、俺はそのシュウヤ殿と戦い、その武と適格性に触れた……」
ドルガルは胸元に手を当て、両の掌を見る。
彼の腰に差してある魔剣の柄にはもう魔力で生成された蒼色の剣刃はない。
「新しい精霊を使役した戦い。未知の魔界と通じたような飛翔する剣精霊たちとの戦いを、見ていましたが……正直、闇の部分は相容れないです。が、シュウヤ殿の光の通底にある思想は俺たちと同じ……いや、俺たち以上の温かさと深さがあります。そして、圧倒的な武の力を、俺は身をもって感じ知ったからこその〝寛大〟という言葉を贈りたいんですよ」
アソルもリーンも、聖ギルドメンバー全員が頷く。
俺は俺のできることを、実行したまで何だがな?
こういった視線はいやだ。
「その境地に至るまでの経緯……遡行した訳でもない、俺程度の獏とした剣術しかない者が語るには……烏滸がましいですが……想像を絶する訓練と実戦を経なければ、到底……獲得できない領域に存在する武芸者がシュウヤ殿の本質と、お見受けしました」
「ほめ殺しか!」
と、俺は笑うが、彼は笑わない。
ドルガルの言葉の節々にリスペクトが込められていると分かる。
俺は身が引き締まる思いがした。
俺は助けを求めるようにヘルメに視線を向ける。
ヘルメは一瞬、俺をチラリと見て、微笑んでくれたが……。
新しい眷属のリサナとジョディの三人で何かコソコソと会話をしていく。
「照れているところがまた……」
と、アソルが頬を染めながら語ると、ハイグリアが唸り声を上げた。
銀毛の神姫様は、女の視線が気に入らないらしい。
「……そんな武を持った上で、相手を思いやることのできるシュウヤ殿……そんなシュウヤ殿を……俺たちは勝手に怪物と、黒の貴公子のような吸血鬼だと決めつけて、人族の敵だと揶揄しては……一方的に襲撃を開始した愚か者の集団。そして、慈悲の心のあるシュウヤさんが戦いを止めなければ……俺たちは全員が死んでいたでしょう。この樹海の中で、賞金首を追うこともできず……この場の聖ギルドメンバーの全員が犬死にしていた」
ドルガルは泣きそうだ。
「こっちには元死蝶人のジョディと古代狼族たちもいたからな。そして、経緯はどうあれ、俺もドルガルやリーンの命を奪おうとしたのは事実。現に、回復薬ポーションがなければ、君たちは死んでいただろう? だから、ドルガルとアソルの判断は間違っちゃいないと思うが……」
そう、だれが味方でだれが敵となるか。
種族や見た目がどうであれ、相手の心は、だれにも分からないのだから。
まさに『誰か烏の雌雄を知らんや』というように……。
エヴァのように、相手の体に接触して心理を読む。
なんてことが気軽にできれば、敵か味方かの判別は事前に可能だとは思うが……。
それは土台無理な話。
「……ですが、シュウヤ殿が率いている集団です。そして、よくよく考えれば、見た目が死蝶人というだけで、一方的にこっち側へと襲い掛かってくることをしなかった」
ドルガルは立ち上がり、アソルとリーンを見て、頷き合う。
「……だからこそ、誇りある聖ギルド連盟の聖刻印バスターとして、悪しき者たちと勝手に推測し、認識したことを謝りたい。恥ずべきこと……これはアソル、いや、この場の聖ギルドメンバーの全員が同じ気持ちのはず……本当に、申し訳なかった――」
深く頭を下げてきた。
聖ギルドメンバーたちも続けて椅子から立ち上がると、頭を下げてきた。
「……分かった。分かったから、頭を上げてくれ」
「はい」
そこから未開スキル探索教団を知っているか聞いたり、聖刻印バスターの規律を聞いたりと、無難な会話を続けてから……。
俺たちはハイグリアの故郷に急ぐことにした。
その別れ際、
「シュウヤさん、これを」
と、アソルからアイテムを受け取る。
「これは?」
「聖ギルド連盟の関係者が持つ
「左片のみか、これで聖ギルド連盟の建物に入れるということかな?」
「はい。こちら側の施設に右片があります。シュウヤさんにお渡しした左片と、こちら側の右片を合わせて一致すれば、アルゼ以外の冒険者ギルドの秘奥といわれている連盟の建物に入れます」
魔力が漂う銅製の左符と、アルゼ街の周辺地域の簡易地図を貰う。
いつか、アルゼの街へと向かう時が来たら使わせて貰おう。
「ありがとう」
「いえ、当然の責務。連盟本部があるわたしたちの国はここから遠いですが、闇は闇でも光を持つ夕闇の混沌騎士のシュウヤさんならば……信じられます。シュウヤさん――」
と、抱き着いてきたアソル。
彼女の黒髪からいい匂いが漂ってきた。
思わず、微笑む。
離れて見ていたリーンも笑みを浮かべていた。
「あのアソルが……高貴さを忘れて女に戻るとはな」
と、呟くドルガル。
アソルの女らしい行動に、聖ギルド連盟の方々と同様に驚いていた。
そうして、気脈を通じ合った聖ギルド連盟の方々と別れた俺たち。
ヘルメとリサナにジョディは浮かびながら周囲を偵察。
「こっちだ。浮気者のばかシュウヤ!」
「ハイグリア、そう怒るなって。んじゃ、ロロ。出発しよう」
「ンン、にゃ~」
肩に
そして、先を歩くハイグリアを見た。
怒っているのか喜んでいるのか分からない尻尾の動きを見せるハイグリアちゃん。
そんな可愛い背中を見ながら、樹海の道なき道を行く。
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