四百二十二話 戦士の石筒と神具台


 ロロディーヌは首下を後ろ脚で掻く。

 『ここが痒いにゃ~』というように後ろ脚の爪先で首下を器用に掻いていた。

 爪先で解れた黒毛たちが少し中空に舞いながら地面に落ちていく。

 エブエの黒き環ザララープというフレーズを気にしていないようだ。

 その間に血文字で皆と連絡を取る。


 キッシュたちにデルハウトとの戦いとエブエの変身から戦馬谷の大滝についての経緯を報告。

 村の防衛はキサラとキッシュにロターゼにお任せだ。


 ミスティは、ゾルの暗号資料の解析作業の結果、暴き出した地下扉の件と、隣の納屋のメリアディの魔法陣の研究を後回しにした。


 兄ゾルが隠していた地下扉はクナの鍵で開く可能性がある以上、俺が来るまで待つらしい。


 新魔導人形ウォーガノフに専念。


 ムンジェイの岩心臓とベルバキュのコアが融合したエンジン心臓部の更なる改良に成功したようだ。

 

 魔霧の渦森でヴィーネとハンカイが採取してきた素材とゾルの魔高炉は相性がいいらしい。

 

 そして、魔造虎だけでなく、ハンカイが受けたエンチャント秘術の手術痕も参考にしたとか。

 そうして命令文が大幅に改善できた新魔導人形ウォーガノフ

 片言だが……喋れるようになったらしい。

 

 ……すげぇ。

 見た目もかなり弄れるとか、見たいかも。


 ヴィーネは地下遺跡のような場所で、呪神フグの召し使いたちと遭遇。

 その際、複数の召し使いから色々尋ねられたが……答える間もなく、いきなり戦いに発展したとか……。


 影のようなモノを纏って襲い掛かってきた召し使いたちは、人型らしきモノ。

 風変わりな影の外套を纏う人型たちだったが、ガドリセスを用いて排除したらしい。


 取り逃がした強者だった人型を追いかけたが、見失ったようだ。

 そこで一旦ミスティたちの下に帰還してから、ハンカイと共にその地下遺跡が続く地下道の探索を続けているらしい。


『ご主人様のお話になっている、その神具台のある地下と、わたしたちが探索している地下道が実はつながっていたら? 面白いですね』

『まぁ、まだ石筒が本当に神具台か分からないんだけどな』


 そこからユイの近況を聞くことに。

 象神都市レジーピックは、名前の通り、都市内の建物に象の模様がたくさんあることや、都市の周辺地域のモンスターの生態系の中に、巨大な象が多いことまで。


 そして、観光どころではなかったようだ。

 濃密な闇ギルド戦に展開した話に移る。

 血星海月連盟は帝国でもそれなりに有名になってしまったらしい。

 

 が、それは帝国側の権力中枢との軋轢が増す結果となったようで……。


 【星の集い】が幅を利かせていた闇取引も、裏から帝国の大貴族の横やりが増えては、融通が利かなくなると、大貴族たちは子飼いの闇ギルドたちを放って、【星の集い】に対する襲撃が続くようになったとか。

 

『アドリアンヌさんは強い。でも、いったい何者よ! 距離が離れていても現れるし、分身のような技でも使えるのかしら。もしくは地下オークションで血長耳が落札したヤーグ・ヴァイ人を同盟関係の伝手で手に入れたのかしら……』

『転移系とか? 戦闘をしているところは見ていないから何ともいえないが、どちらにせよ、普通の人族ではない』

『うん。魔法の大杖のような魔槍を扱っていた』

『魔槍杖バルドークのような?』

『杖主体っぽいからちょっと違うかな。その杖から放つ魔力の塊が強烈なの』


 <古代魔法>系の能力かもしれないな。

 そこから別の話題に移った。


『あと、宿屋近くの路地の先でヴァルマスク家以外の吸血鬼と遭遇した』

『戦いになったのか?』

『ううん。慎重で綺麗な女性だった。アンジェのような青髪で銀色の紐リボンが特徴的。父さんの通り名、血狂剣師カルードの名を知って近づいてきたみたい。パイロン家のエリザべスと名乗っていたわ』

『へぇ、パイロン家か』

『うん、エリザベスは接触だけ。すぐに逃げた。勿論、<ベイカラの瞳>で赤く縁取ったから追跡を続けたわ。でも、途中で蝙蝠系の姿に変身して空に逃げられた。一気に距離を離されてしまったの。都市の外に出たところで一旦諦めた』


 変身したから少なくとも<従者>ではない。

 <従者長>か……あるいは、その生みの親、<筆頭従者>か。


 <筆頭従者>ならホフマンと同クラスのヴァンパイアということになる。


 そこから、打って変わってカルードが失敗したこと……。

 闇ギルドの創設メンバーの一人にと仲良くなったウェンを引き抜こうとした時……。

 そのウェンが星の集いのライバルの【ゼーゼーの都】のメンバーに暗殺されてしまった。

 そこから憎しみを覚えたカルードたちは星の集いと共に復讐を続けていたが……。

 

 カルードは、そのウェンの情報が不自然な流れで味方から敵方に漏れていたことに気付く。


 その情報の出所を鴉さんと一緒に精査しながら探すと……。

 星の集いの勢力下にあった酒場に行きついた。

 そこでアドリアンヌの側近の一人が仲間のはずの幹部ウェンの情報を敵方に漏らしていた確実な証拠を掴む。


 これにショックを受けたカルード……。

 まぁ、星の集いからしたら、幹部の流剣使いウェンを犠牲にしてまでも……。

 カルードとユイに鴉さんの戦力が欲しかったんだろうな。


 それとも、


〝わたくしの配下を引き抜く?〟

〝同盟相手を内から崩そうとは大胆ですわね?〟

〝それなりのお覚悟をされたうえでの引き抜き活動でしょうか?〟


 とか、そんなアドリアンヌのエコーのきいた声が、俺の耳元で聞こえた気がした。

 オークション前夜の会合の時を思い出す。


 少し薄ら寒い。


『黙っててごめんね。でも、父さんからは、『マイロードに報告はするな。マイロードは順調に勢力を拡大中で数々の争いもある。だが、わたしが苦労していると分かれば、無理をして助けに来る可能性が高い。今回はメンバー集めに失敗しただけのこと……これから向かう西の迷宮都市サザーデルリで行う活動がわたしたちの本番なのだからな? だが、アドリアンヌの部下にこうも良いように利用されるとは情けない……金は稼げたが……』と、ショックを受けていたの。でも、シュウヤなら気になるでしょう? だから、報告しちゃった』

『あぁ、気になる。経験のある武人とはいえカルードも苦労しているな。しかし、俺はそんなカルードを信用している』

『ふふ……うん。ありがと』


 ユイは血文字で言ってこないが、俺と会いたくなったのかもしれない。


 が、俺も気になることだらけなんだよな。


『こっちもこっちで今話した通り、地下関係が少し続く。それはおいとくとして、ユイは三刀流の流れから<銀靭・参>を身につけたと聞いたし、失敗ばかりではないんだろう?』


 そうして血文字のやりとりを終えると、


 シュヘリアはデルハウトに肩を貸していた。


 俺も貸すか? と腕を彼に向けて伸ばすが、「大丈夫だ」と片手を上げて俺の動きを止めたデルハウト。その双眸には、もう武人としての力強さが戻っていた。


 体力と魔力はさすがに回復しきっていないようだが……。

 デルハウトは、シュヘリアの耳元で何かを囁く。

 言葉を聞いたシュヘリアはチラッと俺を見る。

 そして、洒脱な雰囲気を漂わせながら、


「そうだな」


 と声を漏らしつつ頷いてから、彼から離れた。


 そして、裸同然のデルハウトは俺に近寄ってくる。


 下半身は見ない。

 フルチン気味のデルハウト。


 魔族だから、特別な装甲が下半身にあるんだろうと思いたい。『魔王マーラ』的な未知との遭遇を気にしてはいけないな。


 俺に対して両手に持った紫色の魔槍を捧げるようなポーズを一回取ってから、その魔槍を地に置いた。


 そのまま片方の膝頭を地面に突ける。


「マイロード、誓いの言葉を……」


 シュールな光景だが、シュヘリアと同じか。


 常闇の水精霊ヘルメはモデルさながらの態度で頷く。


 そして、自らの周囲に大小様々な光沢が美しい水球をぷかぷかと生み出していった。


 シュヘリアはデルハウトと同様に片膝を地につける。

 俺はデルハウトを見つめて、


「いいぞ」


 仲間が増えることはいいことだ。

 そして、彼は槍使い。魔槍雷飛流と語っていたし、いい訓練相手となるだろう。


 今度、彼が愛用している紫の魔槍について質問しよう。


 <闇雷の槍使いルグィ・ダークランサー>は通り名かな?


 過去に獲得してきた、または今の戦闘職業か?


 名前から推測すると……ルグィとは、雷精霊の一つかな。


 戦闘中、見学していたヘルメが騒いでいたが……。


 あとは、魔人武王以外にも魔界に強者がいるか聞いてみよう。

 シュヘリアも知っているはず。


 あとは、アド助を見たらびっくりするだろうか。

 そんなことを瞬時に考えていると、


「……マイロードの槍となり命を捧げることを、古今の魔界の神々セブドラホストにかけて誓います」


 シュヘリアとは少し違う魔界騎士の言葉か。

 彼は魔界騎士としての全力を出してくれた。

 さらに必殺技系の<魔雷ノ愚穿>も……だから、その礼はしよう。

 正式に受け入れる。


 俺は右手に魔槍杖を召喚。

 嵐雲を纏うような形の穂先をデルハウトの肩に当てた。

 その時、魔槍杖バルドークの柄から、微かな鼓動を感じ取る。


 彼の血と魔力をもっと吸いたかった?

 彼の扱う紫の魔槍を認めている?


 魔槍杖バルドークの鼓動はすぐに消失したから分からない。


 柄が同じ紫色だからか?

 そのことはだれにも告げず、


「……俺も誓おう。いかなる時もデルハウトに居場所を与えると。そして、お前の名誉を汚すような奉仕を求めることもしない。自由の精神を大事にする。これを、この魔槍杖と水神アクレシス様に誓う。ロロディーヌにも」


 少し付け加えてみた。

 助けたロロディーヌのお陰だからな。


「ハハッ! イエス・ユア・マジェスティ――」


 デルハウトの気合い声が響く。

 同時にヘルメとシュヘリアが拍手してきた。


 エブエも魔斧の表面に手を当てて叩く。

 デルハウトに服でも用意したいが、残念ながら持ってない。

 ロロディーヌは俺たちのやりとりに興味がないのか、魔斧の表面を叩くエブエの手を見つめている。


「んじゃ、正式な儀式は村に帰ってからだな。奥が気になる。エブエ、よろしく頼む」


 魔槍杖バルドークを消去しながらエブエを見た。


「承知しました。こちらです。傾斜した地面に段差があります」

「付いていきます。精霊様、どうぞこちらへ」

「ふふ、シュヘリアちゃんは気が利きますね。お尻ちゃんのマッサージを受けてみますか?」

「い、いえ、大丈夫です」

「……そうです、か。では閣下、異界の軍事貴族の間に行きましょう」


 涼し気な雰囲気で語る常闇の水精霊ヘルメ。

 シュヘリアは微笑むが、ヘルメの指先を見つめては、焦ったような表情を浮かべている。


 そのヘルメは<珠瑠の花>は発動していないが、やはり、まだヘルメに負けた時のトラウマは残ったままか。


「おう。あまりシュヘリアを追い詰めるなよ?」

「そんなつもりはありません」

「陛下、すみません、顔に出てしまって……自分の問題ですので気にしないでください」

「そうか? ヘルメも余計なことだった、ごめん」

「はい。しかし、閣下が謝る必要はないような……」

「陛下……」


 下手を打ったか。

 ここは笑みを意識!


「さ、そんなことより、奥へ行こう」

「「はい!」」


 彼女たちは互いに頷き合うと、笑みを浮かべ合う。

 良かった、笑みは成功。

 気を利かせて笑ってくれただけかもしれない。


 だが、それでもいい。

 やはり、美人の御両人なだけに笑顔は格別だからな。


 シュヘリアとヘルメは仲良くエブエの後ろを歩いていった。


「よーし、俺たちも大きな石筒とやらを拝見だ。ロロ!」

「にゃ」


 相棒は触手の先端を俺の手に当ててから、その平たい先端を手に絡めてきた。


 どうやら手を繋ぎたいようだ、可愛い。


 触手の裏側にある肉球の感触を掌で味わいながら、平たい触手を握ってあげた。


「ンン」


 満足そうな相棒ちゃん。

 すると、「はは、神獣様と陛下には愛がある!」と俺と相棒の様子を見て快活な表情で語り、笑ったデルハウト。


 俺に頭を下げてから歩き始めた。

 紫の魔槍を持ち、先を歩む。


 大柄の筋肉質な肉体美を見せるような後ろ姿だ。

 青白い肌はダークエルフと少し似ているが、やや鋼色が強い感じか。

 

 服は着ていないというか鋼のコスチューム肌だからな。


 ま、男の筋肉分析は他人に任せよう。


 奥に視線を向ける。

 地面はなだらかな斜面が続く……。

 この斜面の光景に、風景はまったく違うが……。


 亜神夫婦が住むことになった監獄の果樹園を思い出す。


 地底神ロルガの一派……。

 ナズ・オン将軍が第六軍団を率いて、俺たちの領域に侵入してきた斜面の奥。

 あの奥には、フェーン独立都市とやらに続く巨大な地下道でもあるのだろうか。

 

 ……少なくとも。

 数百人単位の軍隊が陣形を組みながら歩めるほどの洞穴はあるはず。


 まぁ第六軍団の達磨兵士たちが特殊だからという面もあるかもしれない。

 あの下半身の多脚のブレードがあったからこそ障害物となる樹木を切り刻みながら進軍が可能だったのだろうし。


 そんな第六軍団は殲滅したが……。

 またいつ何時攻めてくるか分からない。


 憂いを絶つために、こっちから逆に攻めるのもありだが……。

 ま、今は無理だ。

 それに、シェイルを守る亜神夫婦とジョディがいる。

 ゴルゴンチュラのほうは、雷系の力と鱗粉を撒くぐらいしか能力がなさそうで弱いが、亜神キゼレグは強い。背中の蝶の羽が封じられて力の大半を失っているとはいえ……。

 あの腕から生えた銀花の防御術<蝶銀散手・堕花網>とか、銀剣とか……。

 彼が魔力を回復したら相当強いはず。


 あと<光魔ノ蓮華蝶>のジョディもいる。


 そのジョディだが、どんなスキルを獲得しているのか、よく知らない。


 <血魔力>はあると思うが、血文字での連絡は無理だ。


 白銀色か白色の蛾で体を構成しているジョディ。


 処女刃での訓練を勧めてみれば<血道第一・開門>を獲得できるのかもしれない。

 だが、イモリザと同じような立場の眷属。


 基本は<光魔ノ蓮華蝶>としての、俺の眷属だ。

 あの時すぐに確認すればよかったが、現状では、血文字での連絡は無理と判断する。


 そして、地底と樹海の敵対勢力の闘いに発展しても、大きな鎌の扱いは健在のはず。

 

 少なくともホフマンとの戦いの際に見せていたスキル。


 あの簡易的な転移直後に鎌の刃を活かすスキルはあるだろう。


 そして、あの天秤だ。


 効果を聞かずにぽんっと返していた豪快なレベッカ。


 あの天秤はそうとう使えるアイテムのはず。


 ま、ジョディも、サイデイル村に亜神夫婦と一緒にくるだろうし、その時にでも聞くとしよう。


 そんな思考を続けながら階段を下りた。

 ロロディーヌは下りつつ壁の穴へと触手を伸ばして遊んでいる。


 魔素の反応はある。

 奥から巨大なモノを含めれば無数に……。

 ……天井は入り口近辺とあまり変わらない。


 鍋と燃えた鍾乳石の光源によって明るい。


 すると、右と左の壁に石像が見えた。

 それは黒豹の巨大な石像。

 スフィンクスのようにそびえ立っている。


 入り口付近の壁のアルコーブに飾られてあった黒豹の石人形が巨大化したような感じだ。ローゼスの姿と少し似ていた。

 迫力もあるが、清い感じの魔力が宿っている。


 しかし、ロロディーヌはまったくの無反応。


 一瞬、黒豹の石像の大きさに対抗するつもりなのか、自らも巨大化して、天井の鍋を壊してしまったが、今のロロディーヌにとってはあまり関係がないようだ。


 単に、ローゼスの頃の記憶がないだけかもしれない。

 ま、これは仕方がない。

 昔、最初の精神世界での会話はよく覚えている。


『そっか。その宝物を見つけて、お前に与えたら、今の姿とか記憶も取り戻すんだな』

『いや、秘宝アーティファクトを得たとしても、我の、今の記憶や言葉は取り戻すことはできないだろう。元々、契約をした時点で、主の魔素と我が混ざり合うのだ。それによりすべてが変わるのだからな。しかし、秘宝の力があれば、我が、今見せている姿だけは取り戻すことは可能だと思っている』


 と、語っていた。

 だから、ローゼスの頃の記憶を取り戻すことは不可能。


 昔のことを思い出しながら、巨大な石像に近付いていく。



 ◇◇◇◇



 その黒豹の巨大な石像の下には、丸くなって寝ていたアーレイとヒュレミがいた。


 二匹の魔造虎は、俺たちが近寄ってくるのが分かったらしい。


 ぬっと頭部を持ち上げて俺たちを見る二匹のタイミングは揃っている。

 つぶらな瞳が……。

 くっ、可愛い。

 

 すると、その可愛い二匹たちの頭上で鎮座する巨大な黒豹に変化が現れた。


 石像の表面から青白い魔力を纏った黒豹たちが飛び出してくる。

 同時に液体から飛び出たような魔力の飛沫を周囲に飛ばす。


 続いて、今まで見た形とは異なるデボンチッチたちも、少しだけ出現した。

 神秘的だ……。

 デボンチッチたちは天井へと、ひらひらと舞うように向かった。


 幻影のような黒豹たちは下降。

 魔造虎たちを通り抜けていく。

 ――黒豹の幽霊か?


 黒豹の幻影か、幽霊たちは、エブエに向かう。


 幻影の黒豹の一部はエブエの体に入って消える。


 エブエに対して頭を下げるように頭部を下げている黒豹たちも存在。


 だが、大半の黒豹はエブエを無視した。


 黒豹らしく颯爽と走り抜けていく。


 その中で、歩くエブエに近寄る黒豹がいる。

 それは幼い黒豹。


 エブエに甘えている幼い黒豹。


 もしかして……。

 そして、エブエの足か腰に抱き着くような黒豹の姿も……。


 あれは彼が失った家族たちの幽霊か……。


 エブエは気付いていない。


 その切ない光景を見て、一瞬、言葉に詰まる。


 エブエの苦しみは知っている。

 自然と涙が流れた。


 黒豹たちは、エブエの周りで踊るように交差を続けてから、エブエを通り抜けたところで洞窟の暗闇に混ざるように儚く消えていく。


 蜃気楼のような現象と似ているが……。


 この黒豹の幻影たちの行動に、エブエを含めて、だれひとり気付いていない。


 いや、


「ンン、にゃぁ~」


 俺の涙を触手でふき取ってくれたロロ。


 どういう理由か分からないが、ロロディーヌはあの黒豹の幻影たちが見えていたようだ。


 アーレイとヒュレミは気付いていない。


 俺たちに近寄ってくることもせず、黒豹の像の下でそのまま眠りにつく。

 先ほどまで二匹は盛大に喧嘩をしていたから魔力を消費した?


 陶器の人形に戻っていないし、単に眠くなっただけか。

 とりあえず、回収するか。


「アーレイとヒュレミ、来い。陶器の人形に戻れ」

「……ニャァ」

「……ニャオォ」

 

 アーレイとヒュレミは大きなあくびを繰り出してからのそのそと像の下から出てくる。


 そして、両前足を前方に出して、背筋をグイッと『起きたにゃあぁ』という感じに伸ばしてから、俺の足下に戻ってきた。


 そのまま俺の脛に頭部をぶつけてから、脹ら脛にも頭部をぶつけてくる。

 そのタイミングで、傍にいた黒豹姿のロロディーヌが、


「ンン、にゃぁん」


 俺に甘えている二匹をたしなめるような優し気と分かる声で鳴いていた。


「にゃあ」

「にゃお」


 アーレイとヒュレミは了承したように鳴き声を上げる。

 すると、その場で陶器人形に戻った。


 その魔造虎の陶器人形をポケットに回収。

 傾斜がきつい場所を降りていく。

 早歩き気味に洞窟というか石道を進む。


 洞窟独特の体にまとわりつくような風を感じながら歩みを進めるうちに……。


 アーゼンのブーツで踏む石の段や、横の壁が、古色を帯びてきた。

 あちこちにひび割れが増えてくる。


 この洞窟ができてから数十万年の時間が経っているのかも知れない。


 もっとか……。


 同時に懐かしさも味わいながら辿りついた場所は一つの部屋。広くもなく狭くもない。

 奥に黒き環ザララープを模った石のオブジェがある。

 

 中央に石筒があった。


 左右には、シンメトリーの形でエブエが話をしていた戦士の石筒もある。


「ここか……」

「はい」


 戦士の石筒は棺桶のような長方形。

 蓋は、横にずれる形で置いてある。


 長方形の蓋と石筒の横には黒豹の彫刻もあった。


 石筒の戦士が眠る場所の中には煤のような黒いモノが溜まって見える。

 銀色を帯びた光の斑点が、その黒い煤の上をそよいでいた。


 石筒と、その煤からも微量な魔力反応があった。

 薬を使って、この黒煤が溜まっている石筒の中で眠る儀式か……。

 

 もしかしたら、この戦士の石筒自体が秘宝クラスか?


 ミスティが見たら回収しようとか話してきそうだ。


 ま、それより今は、中央だ。

 エブエには悪いが、戦士の石筒から視線を外した。


 見覚えのある中央の巨大石筒を注視。

 巨大石筒は、円柱型。屋根部分はない。

 石組みの低い壁が囲う。

 丸く沿った左右には重厚そうな扉があるが開いている。


 その手前には小さい石像もあった。

 ゴルディーバの里にあった礼拝堂のような建物と似ている。

 イスラム教のモスクのような建物。

 円柱の壁には葉脈のような細かな線もある。


 やはり、俺の知る建物だ。間違いない。

 あの中に……メダルを嵌める台があるはずだ。


 師匠からもらったメダル。俺はネックレスにぶら下がるメダルを手に取った。

 翼のマークと太陽のマークと左右の手と一対の剣の絵柄のマークがあるメダル。


「ンン、にゃぁ~」


 先にロロディーヌが神具台の下に向かった。

 俺もメダルを握りながら石筒の前に直行。


 石筒の見た目は乳白色に近い。

 全体的に埃はあまり沈着していない。


 奥の神具台の扉を開けるのに必要な手前の長方形の石像は左に捻った跡がある。

 だれかが使ったあとかな。


 奥の神具台の重厚そうな石の扉は開いたままだ。

 壊れている? その扉の先の空間を見た。


 巨大な石を丸いドリルで円状にくり貫いたような底を持つ床だった。


 周囲の壁は低くなっているところもある。

 中心に長方形の台座があった。


 縦長の台座の上部には、メダルが嵌まりそうな丸い穴がある。

 やはり神具台だ。

 壊れていなければ……。

 あの台座の穴にこのメダルをはめ込めば、地下へと直行できるはず……。

 ロロディーヌは大虎のような姿から黒猫の姿になると、石筒内の匂いを嗅ぐように小さい鼻を突き出す。

 くんくんと小鼻を動かしながら、触手の先と前足をおそるおそる前方の石に伸ばしては、石という石を調べていた。


 びびる必要はないと思うが、あの辺は猫の習性そのまんまだ。


 ロロディーヌ的には、アキレス師匠と俺に出会った地下にあった神具台と同じか確認しているのかな?


「陛下、この建物というか石筒に興味が?」

「あぁ、これは神具台だと思う」

「神具台……英雄様は、この先祖が残した石筒をご存じなのですか」

「たぶんだが、知っている。この石筒は俺の知る神具台という名の機械だと思う。俺の予想通りなら地下と地上を繋ぐ乗り物だ」

「この石が集まったモノが、地下と繋がるのですか?」


 デルハウトが疑問風に聞いてくる。

 皆も、この石筒の中に入ってきた。

 石筒の中は、巨大なエレベーターという感じだ。


「壊れていなければの話だ」

 そしてエブエに、「エブエはこのネックレスのメダルは持っていないのか?」


 と師匠からもらったネックレスのメダルを見せる。


「いえ、ないです」

「祖先からの言い伝えとか、胸元の黒き環ザララープについて聞いていることは?」

「あります。『この黒き環ザララープから出現が続く怪物たちと戦うキルモガー族は、神獣ローゼスの友である』」

「……なるほど」


 やはりそうだったか。


 黒き環ザララープには水の膜のような未知のゲートがある。あの膜の先にある無数の異世界から魑魅魍魎の魔族系モンスターの群れが多数出現する。


 過去にこの神具台で地下から逃げた者たちの中にエブエの種族の祖先もいたんだろう。


 ロロディーヌは、エブエのローゼスという言葉には反応しなかった。


「この石筒こと、神具台が動くかどうか確認したい。いいかな?」

「はい、かまいません」


 魔斧を持つエブエが語る。

 すると、調べるのに満足したのか、黒猫ロロが肩の上に乗ってきた。


「では、防御膜を用意しておきます」

「闘いとなったら陛下のような槍無双の精妙さまでとはいかないが……俺も、できうるかぎり、この魔槍グルキヌスを振るい、対処しよう」


 ヘルメに魔界騎士というか魔界武将のデルハウトも同意した。


「ンン、にゃんお、にゃ~」


 俺の肩をぽんぽんと前足で叩いて鳴いた黒猫ロロ

 そのままデルハウトの触覚をお豆型触手で撫でている。


 デルハウトは厳つい表情を黒猫ロロに向ける。

 黒猫ロロも紅色の光彩と黒点のような瞳でデルハウトを見つめる。


 デルハウトとロロの間に愛がある?


 暫し、不思議な間が流れた。

 そんな黒猫ロロに向けて微笑むシュヘリア。

 

「未知の地下に進出するのですね……敵対勢力との一戦も視野に入れましょう」


 そう話してから、双剣の柄頭に手を当てる。

 すると、緊張を帯びたのか、金色の眉と眉の間に小さい皺が生まれていた。


 唇はきゅっと結んでいる。


 確かに、この神具台の先は未知。

 沸騎士たちも呼んで備えていたほうがいいかもしれないが、戦場だったらそこで呼べばいいか。


 俺は頷きながら、周囲を見渡した。


 石筒、いやエレベーターの中に皆が乗っていることを確認。


 ……良し。

 この石筒が動き出しても一緒だ。


 しかし、一回、床ごとなくなった経験がある。


 転生してすぐの地下世界を旅した時。

 ゴブリンたちから逃げた時だ。


 扉をぶち破った先の部屋がまるごと罠という。


 落とし穴を味わったことを思い出す。

 

 ……いやーな……。

 ことを思い出しても仕方がない。


 今は<鎖>を二つ瞬時に出せるし、<導想魔手>という魔力の腕もある。


 ヘルメもいるし、神獣に変身が可能なロロディーヌもいる。


 肩で休む黒猫ロロを見ると、返事の代わりか、俺の頬をペロッと舐めてきた。


 舌のざらつきが何ともいえない。


 さて、このメダルを、中央の台の天辺にある丸型の穴に嵌めるとするか。


「メダルを嵌めるから、皆、備えろよ」


 そう忠告してから、師匠からもらったメダルを嵌めた。


 その瞬間、台座がメダルを吸い込む。

 近未来的だ。

 イジェクトボタンはないが、円盤ディスクを機械が内部に取り込んだ感じだ。


 続いて、長方形の台座の横から、コントローラーのような出っ張った石がニョキッと生える。


 更にエレベーターの隔壁を真新しく作り直すように、石組みのブロックが、下からボンッボンッボンッと勢い良く煙を発しながら積み重なるようにして現れた。


 扉は依然と鎧戸が開いているように左右に開いたままだったが、俺たちが居る神具台は瞬時に一つの部屋のような空間となった。


 しかも、新しい隔壁の溝から光が零れて綺麗ときたもんだ。

 肩に戻っていた黒猫ロロも気になるのか、頭部をきょろきょろと動かして、溝の中を走っている光を追いかけていた。


 俺は神具台の中央に鎮座する長方形の台から横に飛び出たコントローラーを見ながら、


「このコントローラーを握れば、たぶん、この神具台は動く」


 そう告げて、石のコントローラー擬きを両手で掴む――。

 小屋がガクッと動く。


 周りの石ブロックの溝からは、しゅうううっと白い蒸気が漏れてきた。

 その瞬間、神具台が下降を始める。

 そのまま一気に急降下――。


 ――股間の金玉がギュンッとなった。


 これが神具台の移動、機動。


 開いたままの扉から移り変わる外の景色が見えた。


 新幹線、リニア、といった感じの凄まじい速さで下降していく。


 黒猫ロロは驚いて、襟後ろに備わる頭巾の中に潜った。


 その直後、開いた扉の先から炎が上がった。

 地響きのような音を立てて石筒は止まる。


 開いた扉の先に見えた炎のようなモノは、一過性のモノだったのか?


 ここから覗ける先は暗いとしか分からない。

 神具台の壁の内部から発せられた光だけが光源となっている。


 中途半端な状態で開いていた石筒の扉が左右に開いた。


 動く扉は壊れていなかったらしい。


 その扉はコンパクトにガルウィングドア風に変形を遂げる。


 神具台の周囲のブロックは下のブロックの中へと格納されていった。


 コントローラーのような形の出っ張り石も、長方形の台座の中に格納される。


 元の普通の台座となった。

 そして、最初に嵌め込んだメダルが台座の上に出現。

 そのメダルを手に取り、ネックレスに装着。


 黒猫ロロは「にゃ」と声を出した。


 相棒はネックレスに戯れたいのか、周囲の状況が気になるのか。

 ふがふがと鼻息を首に感じた。 


 頭巾の中から顔を出して、俺の肩に首を乗せた黒猫ロロさんだ。


 俺がその相棒を見ようとすると、相棒がペロッと俺の顎を舐めてきた。

 その可愛さに黒猫ロロを抱きしめたくなったが……。


 我慢、周囲の状況に驚く皆の表情を見てから……。


「少しだけ地下世界を見るとしよう」


 と告げると、肩の相棒と一緒に神具台の外に足を踏み出した。

 未知の地下世界、洞穴だとは思うが……。

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