四百十三話 戦神教樹海支部たちとの戦い

 ソーグは傷痕のある眉を微かに動かしただけだ。

 誘いに乗ってこない。ソーグは彫りが深い眼窩の魔眼を光らせる。

 額の中央を刻む梵字も光った。その古代文字は……ソーグたち戦神教の神官たちが着ている衣の胸元にあったマークとは違う。戦神ヴァイスを意味する魔印なんだろうか。

 そんなことを疑問に思ったところで……。

 ソーグは片手で握る『燕人張飛』が持つような魔槍を傾けて蛇矛の角度を変えた。蛇矛の連環が擦れてキーンとした金属音が響く。

 もう片方の手は念仏を唱えるような構えを取る。経でも唱える気か?

 すると、本当に祈るように頭部を傾けて口を動かした。「槍天は背、刀背は天……天は戦神」と囁くような声の謳を紡ぐと彼の手首から両肩までを覆うような太陽の紅炎プロミネンスを想わせる黄色のオーラが沸き上がった凜々しい腕を作る。紅炎プロミネンスのような魔力で第三の腕を作る能力、<導想魔手>系の能力か。

『魔力の腕が二つ。神々しい腕です……』

『精霊も集まっている?』

『炎の精霊ちゃんと土の精霊ちゃんが多いです。しかし、神のような力を感じます』

 神か。戦神の腕のようなイメージ、キサラの<魔嘔>に近い嘔魔法を用いた憑依系か? または、戦神教団に伝わる闘法系の言語魔法か、秘術だろう。少し遅れて額を刻む梵字の煌めきが増す。野性味の熱を感じた魔眼も変化。魔眼の奥底に炎が宿った。野性味の熱を超えた炎。

 炉から取り出したような、鋳たばかりの真っ赤に燃えた鉄塊に見えた。

 レベッカの蒼炎ではないが……炎の精霊でも宿しているかのような瞳だ。しかし、左目に宿るヘルメは何も指摘してこない。

 だから、ソーグの魔眼の中には精霊は棲んでいないと思うが……。

 特異な力を感じた。そして、戦場を知る目、戦いを知る武人としての相貌だ。両肩の横から黄色の太い腕を生やしたソーグはそんな武人としての雰囲気を出し、俺を見据えながら半身となる、ゆっくりとした歩法で左方へ歩きながら……片手に持った魔槍を回しては周囲に視線を巡らせていく。ソーグはキサラと互角の勝負を繰り広げている仲間のデルガグを見た。仲間と連携するつもりか? 雷式ラ・ドオラの穂先をソーグに差し向けて警戒しながらソーグの歩きに対応。互いに半身の姿勢で槍圏内の間合いを保ちながら……地面の上に陰陽の図でも描くように四つの足で草を踏みしめていった。息を飲むような剣呑な雰囲気……だが、相対しているソーグは仲間の様子が気になるらしい。数度、視線を外へ向けていた。俺も彼に合わせるつもりはないが……。

 キサラとデルガグの戦いを見た……キサラとデルガグの戦いは互角か?

 二人は稲穂のような長い雑草群を刈るように駆け回っていた。

 キサラの扱う魔女槍の穂先から微かな血が飛ぶ。

 同時にデルガグの鋼鉄製の魔槍も煌めく。

 互いに喰らったら致命傷となりえる鋭い攻撃を巧みに利用するように弾いていた。

 キサラはすり足から急に加速。右足、左足と交互に前へと膝頭を突き出しながら前進した。魔女槍も同時に前へ前へと突き出す<刺突>の連撃を繰り出す。

 そして、俄に魔女槍を振るい上げた――思わず、おっぱいの揺れを注視してしまうが、デルガグは気にしていないようだ。キサラの<刺突>から顎を狙った連撃を水平に保った柄の中部で防いだデルガグは体を回転させながら目にも止まらない速度で薙ぎ払いをキサラに足に向ける、キサラの足を刈ろうと繰り出した。

 キサラの蒼い瞳は足に迫る魔槍を冷静に捉えている。同時にダモアヌンの魔槍の柄の孔から伸びていたフィラメントの一部が宙に弧を描くように動く。その繊維状の白毛のようなフィラメントの群れは瞬く間に三日月の盾の形に変化を遂げると、その三日月の盾がデルガグの薙ぎ払いの刃を見事に防いだ。


 防いだ瞬間、にやりとキサラは笑みを見せた。


「素晴らしい槍使いです、しかし――」


 キサラの色っぽい声に呼応したフィラメントの盾は上下に分裂。

 一瞬で上の部分のフィラメントは『判官筆』に似た先端を持つ古代インド風の『ウルミ』のような刀剣群の姿となって変形を遂げると、デルガグを襲う――。

 一方、下半分のフィラメントは、平たく幅を狭めながら曲線を描いてキサラの履いている厚底戦闘靴と繋がった。


 キサラはスキー板のようなフィラメント板を使い地面を滑るように加速。

 そのまま黒色の魔力を宿した両手が弧を描きながら、刀剣群を捌いていたデルガグへと接近戦を挑んでいた。

 修道服の上から羽織る魔法衣から背後へ放出している魔力の粒が、虹の翼に見える。


 まさに戦う修道仙女というか半神のヴァルキリー。

 その美しいキサラが魔手太陰肺経を行う。


 貫手がデルガグに向かう。


「――ぐッ、魔人武術の使い手か! この腐れ魔界騎士がッ――」


 刀剣群の刃と貫手からの打撃を、胸と肩から腕に連続して喰らったデルガグ。

 よろけては、血飛沫が身体から舞う。

 だが、衣の戦神模様の一部が煌めくと、その衣が幾つもの螺旋した盾状に変化。

 その無数の盾防御と、短く持った魔槍と片腕の肘を使った打撃で、キサラの接近戦に上手く対応しながら後退した直後、片足の踵で地面を強く蹴り――反撃に出た。


 キサラの繰り出した技は俺も見たことがない。

 だが、デルガグもやるな。

 そのデルガグは魔槍の後端を持ち上げる。

 かち上げ気味にキサラの魔女槍にぶち当てながら身を捻ると、大柄の背中をキサラに晒しつつ腰の回転を生かすような中段突きを放つ――。


 キサラもフィラメントが短くなっていた魔女槍を斜めに下げて対応。

 腹に迫った中段突きを往なす。


 四天魔女流の槍防御を魅せるキサラ。


 デルガグは魔槍の突きに続いて、下段の鋭い突きを放つ。

 風槍流のようなコンビネーションだ。


 その素早い下段突きもキサラの蒼い瞳は捉えている。

 フィラメントを魔女槍の柄孔に収斂していく煌びやかな魔女槍をゴルフスイングでも行うように下から振るって<牙衝>のような下段突きを跳ね返していた。


 ――硬質な金属音が響き渡る。


 ダモアヌンの魔槍を扱うキサラ。

 デルガグの魔槍。

 互いに穂先と柄が何度も衝突し、火花が散る、烈しい打ち合いの攻防は一瞬で五十合続くと、互いに距離を取る。ギロリと睨むデルガグは舌打ちをして、


「……血の滴る魔槍に浮かぶ頭部と、その黒服の模様に浮かぶ鬼のような顔……それは闇遊の姫魔鬼メファーラか」

「……そうですが」

「やはり。だとしたらお前はメファーラの魔界騎士だな?」


 デルガグは息を整えながら問う。


「……違います。メファーラ様、キュルハ様、ルロディス様を信奉していた・・【ダモアヌンの魔女】こと、黒魔女教団の四天魔女キサラです」

信奉していた・・・・・・だと? 今は違うとでもいうのか?」

「はい。今はわたしを愛し労わってくれた偉大な光と闇の運び手ダモアヌンブリンガーのシュウヤ様を信奉しています」


 キサラは俺をチラリと見て、微笑んだ。


「光と闇だと? 異質な野郎だ」


 厳ついデルガグも俺を見て、睨む。


黒魔女教団わたしたちの救世主を愚弄するとは…………」

「また、ん? ……その古い殉教者集団を思い出したぞ。神界と魔界の神々を信仰している異質な集団。だが、異教者を墓場に埋めて儀式を行う邪教集団とも聞いた。そんな事件を各地で起こしては逃げるように放浪を続けていると……」


 キサラは動揺した。

 鼻先が隠れてコンドルのような嘴を持つ兜をかぶったままだが、蒼い双眸を激しく揺らしているのが分かる。


「……それは知りませんでした。今はどこを放浪しているのですか?」

「さぁな……見た目が黒装束の集団はどこの都市にも居る」

「宗教街で見かけたとシュウヤ様から聞きましたが……」


 俺が宗教街で見た、あの黒装束の集団か。

 彼らを見ていた人たちがダモアヌンの魔女と語っていたが……。


 放浪を続けていたキサラの仲間ということかな。

 だとしたらキサラも会いたいだろうに……。

 ま、これは仮定の話。


 その放浪を続けているという集団が、本当にキサラの知る師淑や師妹といった高手や他の魔女たちとは限らない。

 キサラの話では、ラティファさんはまだゴルディクス大砂漠に居る可能性が高い。


「何を動揺したふりをしている。内実は、魔界騎士のふりをした魔族クシャナーンか?」


 デルガグは嘲笑したような口ぶりだ。

 四天魔女キサラは俺を見て落ち着きを取り戻す。


 再びデルガグを強く睨む。


「……戦神教団樹海支部の神官。今日があなたたちの命日だと知りなさい。さきほどのシュウヤ様を愚弄した言葉を喋った、その口を、ぐちゃぐちゃに引き裂き潰して、あなたを殺しちゃいますから……神ノ恵みを顧みない魔人と神人を貫きテ……法力の怪物に敗れしも、尚もセラをも貫くさんとすル……。ダモアヌンも血を求めています」


 キサラは魔女槍の穂先を一瞥。

 血が滴る穂先を、黒紫色の口紅が綺麗な唇の間から伸びた小さい舌で、ぺろりと舐めそうな雰囲気を出して語るキサラさん。


 正直怖くて、エロい。

 俺が最初に会ったころのキャラに戻っている感じだ。


「……神を貫くだと? 魔族がでしゃばるな……しかし、その滲み出るような強さは本物。まずは名乗っておこうか。俺の名はデルガグ。師父は暴僧のデルガグと呼ぶ」

「そうですか。名を聞いたところで、神界、魔界問わず、処断します。お覚悟を……炯々なりや、雲雨鴉。ひゅうれいや――」


 キサラは戦法をがらりと変えて、折り紙を周囲に展開。


「百鬼道ノ六なりや、雲雨鴉。ひゅうれいや――」


 そう、俺との模擬戦でも発動した能力だ。

 地面に両手を突けたキサラ。

 手首の数珠が黒く煌めくと同時に腰の魔導書も光る。

 両手首の黒い数珠から墨色の幾何学模様の小さい魔印文字が飛び散る勢いで出現。


 魔印文字群は彼女の手を覆いながら地面に移ると、一瞬で魔法陣を形成した。

 魔法陣から戯画めいた立体的な水墨画の黒鴉たちは飛翔していく。

 水墨画の鴉たちは周囲の折り紙の鴉たちと重なり融合。


 闇を纏った大鴉と化した魔法の折り紙たちは、雨のようにデルガグに降り注いだ。

 連携魔術か。

 あの辺の遠距離攻撃に移行するスムーズさと隙のなさは、さすがだ……。

 戦闘に関して凄まじいセンスの良さを感じる。

 そのキサラの頬から額にかけて蚯蚓が這ったような腫れが出現していた。


「……チッ、今度は惑わせる戦術か……動きが速いだけに厄介だな」


 デルガグは梵字の浮かぶ額から、大豆ほどもある汗の珠を噴き出す。

 呼吸を乱していた。


 そのタイミングでキサラとデルガグの戦いから視線をそらす。

 相対しているソーグを見た。


「……デルガグを翻弄する部下を持つとは、お前もメファーラから何かしらの指示の下で動く直属の使徒か眷属だな?」

「違うから、俺は魔界騎士でもヴァンパイアでもない。ま、信じてもらえるとは思ってないが」


 ソーグにそう語るが、彫りが深い位置に嵌まっている魔眼の応えは一つ。

 疑惑というか、殺気の熱い塊だ。


「……否定するところが、なおも怪しい。血を吸っておきながら、吸血神信仰隊ではなくヴァルマスク家の者でもないというのか?」


 ソーグは四つの腕をアピールするように魔槍を回しながら語る。


「光系の技でも繰り出したらいいさ。しかし、俺の光の技を見ただろうに……だいたい、吸血神信仰隊とか、新興宗教みたいなのは聞いたこともない。そして、そのヴァルマスク家とは、俺たちも敵対している仲なんだぞ?」


 俺の言葉を聞いて、傷がある眉をピクッと動かすソーグ。

『それは本当か?』というニュアンスにも受け取れた。

 まだ交渉する余地がありそうか?


 だが、瞳から憎しみは消えていない。

 魔界に関係する者たちへと向けている憎しみか。

 彼の背負っている背景は分からない。


「……ふっ、戯言だな……さきの魔法はお前が持つ魔道具から放ったものだろう……さて、戦う前に武神寺で慣らした実力を持つ仲間の様子でも見ようか」


 ソーグはそう鷹揚に語ると俺から視線をそらす。

 武神寺か。アキレス師匠が一時期修行していたタンダールの寺。

 神王位と同じ神級と目される槍使いと争った場所。


 師匠の言葉を思い出しながら、ソーグと同じ方向へ視線を向ける。


 そこにはポニーテールが似合うシュヘリアが居た。

 双剣の連撃を繰り返してから跳躍している。

 体を横に倒しながらの連続した飛び蹴りを繰り出していた。

 スラリとした長い足が映える。

 足の肌に浮かぶ魔族としての模様が煌めいて美しい。


 飛び蹴りというか、横歩きするように四人の神界戦士の胸元に蹴りを喰らわせていった。

 四人が持つ剣身が光った鉈を封じ込める蹴技。

 一度に複数の神界戦士を蹴り倒している。


 シュヘリアの戦闘職業は<血双魔騎士>だが、双蹴使いとか、接近戦の戦闘職業も過去に獲得していたのかもしれない。敵の神官も視界に入った。

 樹海の地に降りてから逸早く近寄ってきた神官だが、修行僧とか荒武者に見える。

 針金のような髭を生やしているし……。

 その修行僧は名乗っていないから名は知らない。

 片手で念仏ポーズを取りながらロロディーヌの連撃を片手に持った魔槍を回転させて防いでいる。腰にぶら下げた魔道具が揺れていた。

 筋肉質な胸元には刺青が目立つ。

 その僧は、神獣ロロディーヌの触手骨剣の連撃を、弾き続けながら前進――。

 片手に持った魔槍を縦回転させて地に突き刺す。

 その瞬間「戦神教<厳刀蹴>!」と、叫び跳躍した――。

 相対していた神獣ロロディーヌから逃げる形の僧だったが――。

 刀のように片足を伸ばした蹴り技をシュヘリアに向けて放つ。

 囲いの手練れの神界戦士を複数屠った直後で隙を見せていたシュヘリア。

 急遽、双剣を斜めに掲げて、僧の蹴りに対処するが衝撃は殺せない。

 しかも、僧は衝撃だけではない。

 キサラのように、左足、右足、交互の前蹴りのあと、腰を下げながら下段の薙ぎ払いを繰り出す。 シュヘリアは魔剣の片方を足元に下げて下段斬りをブロッキング。

 しかし、僧は嗤う。その魔剣の刃の上を滑らせるように斜め上へと魔槍を運んだ。

 そのままシュヘリアの頭部を突き刺すように魔槍の矛が向かう。


 シュヘリアは左に体を傾けて間一髪、僧の魔槍の攻撃を避けると、反撃に左手を突き出すように魔剣の突き技を繰り出す。

 僧は眉間に迫る魔剣の切っ先を魔槍の上部で受ける。と、魔槍を上向かせて強引にシュヘリアの魔剣を跳ね上げてから舞踏でも舞うような蹴りと魔槍を活かす連撃技をシュヘリアに繰り出していく。

 シュヘリアの肩と脇腹を魔槍の穂先が掠めた。苦し気な表情を浮かべていた。

 シュヘリアは身を引きながら双剣を眼前でクロスさせた防御の構えを取り続けて、見事な防御剣術を続けていたが、僧の連撃は止まらない。

 蹴りと魔槍の一撃が重いようだ。アロモンドもやけに重かったが……。

 シュヘリアは、左右の魔剣を交互に卍でも宙に描くように動かしてから、重い蹴りは受け流す方向に切り替えた。しかし、下段からの中段突きの連撃に続いて――。

 フェイクからの回し上段蹴りには、対応が遅れる。


 片手の魔剣を垂直に盾代わりにして側頭部の蹴りを防御したが衝撃は殺せない。

 吹き飛んだシュヘリアは身を回転させながら左右の腕を地面に伸ばし魔剣を地に突き刺して――ようやくの思いで衝撃の勢いを止めていた。


 シュヘリアと僧の周囲の地面には激闘を物語るような傷跡が無数に生まれている。あの筋肉が目立つ僧は武神寺に通っていたと語るだけはあるようだ、強い。

 そのタイミングで仲間の戦いを見るのを止めた。ソーグも同様だ。


「互いに強者か。ではわたしたちも戦うか」


 ソーグはそう語りながらも俺の防具類を気にしていた。

 幾つかある指輪たち。

 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの指輪防具、紅玉環の指輪から、手首のアイテムボックスに肩の竜頭金属甲ハルホンクを見つめてくる。


「因みに俺が着ている暗緑色の防具服は神話ミソロジー級の防具だから、それなりの攻撃をしてこないと、俺の体に傷を与えることはできないぞ?」


 と、俺は自らの首に手刀をポンポンと当てながら話す。


「首を取ってほしいのか? ならば戦神教の技で、その首を刎ねてやる! <戦神ノ……」


 先ほどの嘔魔法の続きらしい。嘔魔法を繰り出したソーグは、腰に巻き付いた布紐を片手で掴むと、その紐ベルトを払った。


『まさかお尻ちゃんを!?』


 え? ヘルメが変な期待を示すが無視。

 ズボンを脱いで、変なおっさん風にあそこを晒す気なのか!

 ――やべぇ……。

 と今日一番、背筋が凍り付いた。が、良かった……。

 ちゃんと、股間がもっこりと膨らんでいる鎖帷子系のキュイス防具を装着している。

 安心していると、着ていた胴着が風を孕んだように魔力の作用で持ち上がった。

 インナーの鎖帷子の下部も捲れながら上半身の上に向かう。

 デルガグと同じか?

 盾のように衣服を変化させると思ったが、それは違った。

 金属の塊となって、肩と背中の間に集結した。

 そして、ソーグの四つ腕は黄色の魔力炎が包んでいるが、その腕を包んでいた黄色の魔力炎が肩の上に盛り上がっていた金属の塊と繋がった。

 黄色の魔力炎と合体した金属塊は、ぐにょりと蠢き、銀色の太刀の柄へと変化。


「……槍だけではないということか」


 俺がそう尋ねた瞬間――。

 ソーグの両肩の側面から出現していた黄色い魔力腕が、背中にできた太刀の柄に手をかけた。その銀色の太刀を引き抜く。


「戦神ヴァイスを知らぬ者よ、自分の無知を後悔しながら死ね――」


 ――太刀を引き抜いたソーグは前進してきた。

 同時に元々ある両腕が握る魔槍の蛇矛も突き出してくる。

 蛇矛の狙いは俺の胸か――太刀の刃が淡く光ると反った太刀は左右から扇状の軌跡を宙に残しながら迫ってきた。ソーグの銀色の太刀を振るう速度は異常に速い。

 戦神ヴァイスの腕のような黄色に輝く魔力の手が握っているせいだろうか。

 が、対応できる。身を引きながら腰から腰ベルトのムラサメブレードを引き抜く――。

 ブゥゥンとした音が響く中<水車剣>を行う。

 左右の太刀と青緑色のムラサメブレードがクロスするように衝突――。

 強引に二つの太刀を柔らかい剣の動きで、上方へと弾き飛ばすことに成功。

 少し遅れて胸元に迫った魔槍の蛇矛も上から叩き落とすイメージで、ムラサメブレードを振り下ろし、蛇矛へと衝突させた。


 太刀も魔槍も溶かすことはできず。

 それ相応のアイテムと認識。


「剛中に柔あり! 剣も扱うのか――」


 攻撃が通じなかったソーグはそう叫び、側面に移動。

 そこから再び、魔力腕が握る太刀と実際の両腕が握る魔槍による連撃を繰り出してきた。


 フェイントを兼ねて、「剛よく柔を絶つ――」と応えながらムラサメブレードを放り投げた。


 その一瞬の間に自然と<水神の呼び声>を意識していた。

 神意ある呼び声に呼応したように水神アクレシスを模った霧のような水蒸気めいたモノが出現――ゼロコンマ数秒とかからず雷式ラ・ドオラを、その霧のようなものが覆う。


 と同時に霧の蜃気楼フォグミラージュの指輪を意識しながら仙魔術を発動。ユニークの指輪の能力によって、瞬く間に濃霧が俺を包む。

 ソーグからは、突然、俺が霧の中に消えたように見えたはず。

 そして、水を得た魚のように喜ぶ水神の幻影を纏った雷式ラ・ドオラで地面を突き刺し、その突き刺した雷式ラ・ドオラを蹴る――。


 少し悲鳴のような雷鳴が響き渡り火花が散ったが、気にしない。


『雷精霊ちゃんたちが太鼓を鳴らしてます!』


 ヘルメの念話に反応はしない。

 宙に浮いた俺は、空から落ちてきたムラサメブレードを腰に納める。


 ソーグの繰り出した三つの攻撃が下を過ぎ去る。

 よし、仙魔術の効果を合わせた霧だ。魔素の気配も分からないだろう。


 そして、霧による分身を宙に幾つも作った。

 ソーグの「分身!?」と驚いた声は無視だ――。

 <鎖>で絡めとった水蒸気を纏った雷式ラ・ドオラをイモリザの第三の腕に握らせる。


 続いて、左腕に神槍ガンジスを召喚――。

 無手にした右腕に魔槍杖バルドークを召喚――。


 そのまま魔闘術系の魔手太陰肺経を意識――。

 <魔闘術の心得>による効果も相まって背筋と大腰筋を含む全身の筋肉網と神経網と繋がる細かな魔力網が一気に活性化した――。


 周囲の血だけはなく大気に内包した魔力を俺の体が吸う感覚もある。

 内から外へと魔力を放出して、大気の魔力と同化しようとする仙魔術とは対極の感覚だが……。

 これも成長した仙魔術の効果――。


 <仙魔術・水黄綬の心得>を獲得した効果だろう。


 そして、血を纏った加速と霧の分身たちを加えた三つの腕による<豪閃>を発動。

 <白炎仙手>は使わない。


「何だぁ、この数はァァァ――」


 無数の三つの腕を持った俺が、ソーグに襲い掛かる図式だ。

 といっても本体は俺しかいない。


 ――白い牙を彷彿する方天戟ガンジスの左腕。

 ――紅蓮を彷彿する嵐雲矛バルドークの右腕。

 ――雷鳴を彷彿する杭刃矛ラ・ドオラの第三の腕。


 霧を切り裂いた三つ矛の三槍流――。

 穂先が振動した神槍ガンジスの穂先はソーグがとっさにクロスした二つの刀を破壊すると方天画戟と似た穂先は魔力の腕を貫いて破壊。

 その魔力腕と刀を破壊した影響を受けて、神槍ガンジスの軌道が横に逸れるが、ソーグの耳朶を貫いた――。


 ソーグの両肩の側面部から出現していた黄色の魔力腕がバラバラに砕け散る。


 一方、俺の右腕が握る魔槍杖バルドークはソーグの両手が握る魔槍の蛇矛と衝突。

 嵐雲の形をした穂先へとソーグの蛇矛が引っ掛かるとソーグの魔槍は上方へと弾かれた。


 その魔槍からとっさに手を離し、バルドークの穂先を避けようと体を急回転したソーグも並ではないが――。

 そのまま回転していたソーグの左肩を魔槍杖バルドークの穂先が捉えて穿つ。

 肩の骨を砕き、血肉が飛び散った瞬間――。

 嵐を纏うかの如く凄まじく螺旋した紅刃から――。

 小型の紋章魔法陣を背景にした、魔竜王の小さい頭部が出現。

 続けて邪獣セギログンの小さい幻影も現れる。

 更に、虎邪神シテアトップの小型の幻影も紅色の穂先から出現。


 それらの魔槍杖バルドークから現れた魔力の幻影たちは――。

 ソーグの砕いた肩から胸元までを一気に喰らうかのように抉り取っていく。


 そして、<豪閃>で打ち下ろした水蒸気を纏う雷式ラ・ドオラにも変化があった。

 短槍で浅く斬ることを想定したが、黄色の杭刃から眩い水を帯びた雷が迸る――。

 水のチューブの中を走る雷が弧を描くように、ソーグの右胸の鎧を簡単に切り裂いた。

 ウォーターカッターが衝突したようにも見える。

 仙魔術の霧と<水神の呼び声>の効果に雷式ラ・ドオラが共鳴したのか?


 雷式ラ・ドオラは水神様や仙魔術と相性がいいのかもしれない。

 左右の手を引き戻しながら神槍ガンジスと魔槍杖バルドークを手の内から消失させた。


 ※ピコーン※<雷水豪閃>※スキル獲得※

 ※ピコーン※<魔狂吼閃>※スキル獲得※


 おぉ、一度に二つも。


「――ぐぉぁぁぁ」


 ソーグの声が響く中――。

 宙からの自然落下でソーグとの距離を詰めた。

 右肘から伸びた第三の腕が握る水蒸気を纏う雷式ラ・ドオラを下から海老の尾を描くように振り上げた。


 まだ息のあるソーグは身を捻り雷式ラ・ドオラを避けようとしたが、反応は遅い。ソーグは回避途中で意識を失ったようだ。意識を失った彼の顎を雷式ラ・ドオラの杭刃が捉えるかと思った瞬間――。


 不意に、一陣の山風のような強い風を身に感じた。


「ぐあぁッ――」


 ソーグの悲鳴ではない。

 左腕を犠牲にしながらソーグを庇ったのは見たことのない爺さんだった。額にソーグたちと同じような梵字があり、顎には立派な髭を蓄えている爺さん。


『このお爺さんはいったい……魔素の反応は一瞬しか感じませんでした』

『あぁ、何者だろうか』

『でも、雷精霊ボドィーちゃんとローレライちゃんが踊りながら太鼓をたたく仕草はかっこよかったです!』


 常闇の水精霊ヘルメの視界には精霊たちが踊って見えているようだ。

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