四百四話 家族との相談

「ぷゆゆ、何してんだ?」


 ぷゆゆは杖を持ったまま、片足立ちで器用に椅子の上に立っている。

 その白い歯を見せて、ふがふがと荒い息を立てている、ぷゆゆは、必死だ。

 そして、小熊太郎という呼び名もあるようにぷゆゆの姿は非常に可愛い。が、小憎たらしい。と、その、ぷゆゆは杖を下ろしてから片足立ちのまま俺のことを見つめてきた。

 瞳は丸く、くりくりっとして可愛い。

 全身の体毛の毛がふっくらとしている小動物だ。


「ぷゆゆ、踊りの儀式?」

「わたしの胸を攻撃した杖を使って、また変な魔法を?」


 キサラは胸を手で押さえていた。

 修道服と似た衣装を覆っていた魔法の薄衣は消えている。キサラは強く掌で胸を押しているから、はっきりと乳房の大きさが確認できる。細い手と掌と指の間の乳房の一部の肉が溢れていた。

 衣服の張りと膨らみで押し込まれている乳房の形が想像できた、悩ましくて色っぽい。


 レベッカは、そのキサラのふくよかな胸を凝視。


 暫し、目が点と成っていたが、もの哀しげな表情に移ると、ハッとして頭部を振る。頷いてから、俺と目が合うと、『なによ、ばか』と言わんばかりに睨む。俺は顔だけで『ちょっ』と言うように表情を向けたが、レベッカの顔は怖いまま、気にせず笑顔を向けるが、レベッカは、べーと言うように舌を出してからぷゆゆを見ていた。

 

 そのレベッカは、機嫌が直ったように表情を変化させると、


「――シュウヤ、ぷゆゆを捕まえていい?」

「レベッカ、一応・・、ぷゆゆは生き物だからな?」

「ぷゆゆ!」


 ぷゆゆは片足で立ったまま叫ぶ。

 発音した一応の部分が、気に食わなかったらしい。

 杖の先端を俺に差し向けてきた。


「分かってる~」


 テンションが上がったレベッカは一階の内装を調べながら声を出すと、ぷゆゆへと近寄っていく。ぷゆゆが儀式のようなことをしていた机の上には……。

 小粒な動物の骨と、猫草に、燕麦の粒が、魔法陣を作るように円状に並んでいる。

 円の中心には、ふっくらと盛り上がったオムライス風の料理も置いてあった。

 トン爺の料理だろうか? ふっくらとした卵の下は何だろう。

 表面の白身と黄身の上にはキラキラと輝きを放つ黄金色の液体が絡んでいる。

 蜂蜜のような甘いタレだろうか。余計に美味しそうに見えた。

 天辺にはお子様ランチ風の旗のような……。

 バング婆の呪符のようなモノが突き刺さっている。


「あの呪符板、わたしたちが貰ったのと同じね」

「ん、効果は謎、魔力もあまり感じない」

「壁の王の配下だったダークエルフと似た茨魔術を使うお婆さんですね。家の周りに新しい花壇ができているのを確認しています」


 バング婆の家は茨の家と化している。

 『……ルグゥ・ウィンド・ラゼリス・デリュ……<風痕の擬茨花>』という呪文を詠唱していた。


「バング婆。茨森に住んでいた呪術一家とか」

「人族のお婆さんだけど、魔女なのは確実ね」

「黒魔女教団ではないですよ?」

「うん」

「ん、シュウヤの周りには不思議な縁で繋がった人たちが集まる?」

「呪神ココッブルゥンドズゥ様のお陰かも」


 あのネックレスは役に立っているのだろうか。


「……スロザの店主のようにはなっていないのよね?」

「大丈夫だ。問題ない」


 レベッカに向けて、キリッとした表情で答えた。


「シュウヤ様は樹海の主ですから」


 ハゼスが語ったシキの言葉か。


「上空の高いところで、魔界騎士たちを含めた乱戦が起きた混沌の夜のできごとね。その乱戦時にシュウヤの味方をしてくれたコレクター配下の骸骨魔術師ハゼスだったけ。不思議な骸骨の音を鳴らしていたとか? そして、キサラさんが言うように宵闇の女王レブラが認めたんだから、ここ樹海はもうシュウヤの領域ということなのかな?」


 レベッカが女魔界騎士に視線を向けながら語る。

 混沌の夜の戦いに参加したかったのかな。

 骸骨魔術師の姿が見たかったのだろうか。

 しかし、レベッカは空を飛べない。


「……樹海の主とか言われてもな。興味はない。それより『リンゴは美味しいですよね』とか『亜神を封じていた場所と道具と土地は大切に』と、シキが俺に寄こしたメッセージのほうが気になる」

「ん、遠くから見る能力。シキの力? 配下も雲のような存在がいた」

「たぶん、どちらかでしょ? 側近の中では……強そうな吸血鬼とかも居たけど」

「ぷゆゆぅ~」


 俺たちの話に割り込むように喋るぷゆゆ。


「……ぷゆゆ、美味しそうな料理はどうしたんだ? そして、ここは儀式を行う場所じゃない」

「ぷゆ……」


 ぷゆゆは持っていた杖を下ろす。


「ぷゆゆ、故郷に帰らなくていいのか? 天涯孤独な種ということではないんだろう? ぷゆゆが突然居なくなって、故郷に居る親というか親族たちも寂しがっていると思うが……」

「ぷゆうぅ」


 と、俺の言葉の意味が通じたようだ。

 ぷゆゆは可愛らしく言葉の発音を微妙に変えながら儀式道具を懐にしまった。

 そして、料理を一口でたいらげる。


 彼か、彼女か、分からない小熊の姿。

 俺は小熊太郎とか、ぷゆゆとか、勝手に名前をつけたが……。


 実はたいそうな名前を持っているのかもしれない。

 その小さい小熊の姿が可愛いぷゆゆを見つめていった。


 全身に毛が生えているから小さい毛皮はあまり目立たない。

 だが、初めて遭遇した時に見せていた魔法のように、青白い膜が掛かっている。

 革ベルトの表面にも膜が掛かっていた。

 今先ほどの机にあった円の魔法陣と連動した何かの魔法を発動していたのかな?


 ぷゆゆは樹海獣人ポルチッドという種族だったっけ……。

 その種族特有の儀式魔法かもしれない。


 ぷゆゆが着る甲羅防具の表面に部族印のようなマークも輝いている。


 衣服に荷物を戻したぷゆゆは、杖を掲げてから俺に対してお辞儀をした。

 そして、椅子から飛び降りて、床に着地。


 玩具のような小型恐竜の人形が先端に付く杖の底で床を突くと……。


 そのぷゆゆは、とことこと、歩み寄ってきた。


「ぷゆゆ~ん、ぷゆ! ぷゆゆぅ~」


 歩きながら偉そうに喋るぷゆゆ。

 

 ……その態度から、意味不明なぷゆゆ語を俺なりに翻訳を試みる。


『兄弟姉妹たちよ。この部屋を自由に使っていいぞ! それと、お茶はまだぁ?』


 か?

 <翻訳即是>効果はまったく機能はしていないから違うとは思うが……。

 そんな風にぷゆゆが喋っているようにも聞こえる。


 そのぷゆゆは、何故か息が荒いし、くりくりした目を輝かせて、ニカッと真っ白い歯を見せていた。

 ぷゆゆの近くに移動していたレベッカはニヤリと笑う。

 レベッカは我慢できなかったのか、前かがみの姿勢から、ガバッとぷゆゆを捕まえようとした。


「――ぷゆっ」


 ぷゆゆは両手を左右に伸ばし、片足の爪先に体重を乗せた回転技でターン。

 それは着ぐるみを着たダンサーが華麗に踊るような機動。


 レベッカを避けた回転機動のぷゆゆは、そのまま壁際へと回転しながら走って逃げていく。


「くぅぅ、逃げ足が速いけど、その動きがまた可愛い……」


 ぷゆゆの身から猫草が離れて床に落ちていく。

 壁際で体の回転を止めると、猫道のブロックシェルフの上に跳躍。

 点々としたブロックの上へと小さい手足からは少し想像しにくい跳躍力で、スムーズに移って登る、またも、ブロックを蹴るように上に上へと飛び移り、二階から屋根裏部屋へと到達する。


 そして、俺を見るように頭部を向けてきた。

 ニカッと笑って、白い歯をキリリと見せる。


 可愛いが、なんかムカつく。


 そして、先ほどの飛び跳ねる動きは、俺が足場に使う<導想魔手>を蹴って移動する時に近い。


 俺が宙を移動している時も端から見たらあんな感じに見えているのかもしれないな。


「ミスティなら、糞を連発しているはず! ぷゆゆの抱き心地を味わうのは、次回ってことにしてあげるんだから!」


 と、両手を腰に当て、ない胸を強調しては偉そうに宣言をするレベッカ。


 そんなレベッカは青い瞳を巡らせる。

 家の内装チェックに戻ったようだ。


「……でもさ、この一階、独特の作りね?」

「独特か。気に入らない?」

「ううん、逆よ逆っ。広々として吹き抜けもあるし、外から明るいお日様も射すし、いい感じよ~。引っ越したいなぁ……」


 指をるんるんとした感じに動かしては、そんなことを呟くレベッカ。


「確かにペルネーテでは、あまり見ない作りかな」

「うん。壁の作りもシュウヤしかできない木材加工だと思う。特に天井から吹き抜けにかけて曲がっている角なんてさ、大工職人さんが見たら、『どうやってこんな分厚い木材を湾曲させたんだ?』とか聞いてきそう」


 レベッカは小屋梁の上にある母屋と繋がる木々のデザインを褒めてくれた。

 木組みブロックのように並ぶ梁には、縄で縛った根野菜が大量に干してある。

 しかし、猫軍団の悪戯の跡が、真下の床に散乱していた。


 まぁいいや。


「ん、野菜がいっぱい」

「あれはドナガンが俺にプレゼントしてくれたんだ」

「へぇ、農業担当の種を持ったドワーフね。種のことを指摘したら、睨まれたんだけど」

「そりゃ、お菓子大王だからだ。喰われると思ったんだろう」

「なっ!」


 レベッカは眉を吊り上げて怒る。

 俺は笑いながら干し大根にも見える野菜を指して、


「といっても、ハイグリアたちが樹海から採取した根野菜なんだけどな」


 ゴルディーバの里にも同じように野菜が干してあったことを思い出す。


「因みに、天井の加工はトン爺も褒めてくれた」

「ん、団栗と料理好きでお喋りが異常に難しいお爺さん?」

「そう」


 指弾の礫が使えるという……。

 哲学好きな仙人のようなお爺さんだ。

 そして、転移者だと推測するスメラギ・フブキと繋がりを持つ。


「時々、何を話しているのか分からないんだけど……リデルちゃんと紅茶談義をした時にね、そのトン爺さんが、紅茶に興味を持ったの」

「なるほど、料理に利用か」

「そう。持っていた茶葉を渡してあげたんだ。そしたら『わしの知っている茶の匂いとは違う。バング婆を驚かせてやろう!』と、興奮して厨房に走っていっちゃった」

「へぇ」


 茶葉を活かした料理を作るんだろうな。

 レベッカはまた内装を見て、


「……この壁のフレームを生かしたインテリアも見たことがない。これもシュウヤが考えたの?」

「そうだよ」


 現代的な感覚はまだ残っているからな。


「<木工>スキルがないと嘆いていたけど、いらないと思う」

「そうかもしれないが、家と家具を大量に作り、ドナガンには農具と畑用の囲いも作ったんだけどな。なにもなしだ」

「ん、シュウヤ、珍しく悲観的な血文字だった」

「スキルとはそんなもんよ? わたしだって魔法絵師になりたかったけど、結局、違う戦闘職業だし」

「まぁな。俺は戦闘系のみに特化しているらしい」

「シュウヤは槍使いだし、当然よ。<訓練好き>とかのスキルもありそう――あっ」


 レベッカは背伸びしながら見た先で視線を止める。


「見て、猫ちゃん用の小さいブロックに模様がある」


 模様? レベッカの白魚のような手が伸びた先を注目。

 ハンガーに乗せたドココさんがくれた衣服が並ぶブロックの外側に、どこかで見たような模様が刻んであった。


 ぷゆゆのマークだ。俺ではない。


「ぷゆゆの防具にあった部族印だ。いつの間にか勝手に刻んでいやがった」

「ふふ、その、ぷゆゆちゃんだけど、謎の種族ね……」


 レベッカはぷゆゆが逃げた先を見上げた。

 ぷゆゆは俺の寝床に隠れず、猫の通り道から外へと出ていったかな?


 そんなことを考えながら、


「……それがまた、あの姿とあいまって神秘さを増している?」


 と、発言。


「あはは、毛むくじゃらのお人形さんにも見えるけどね」


 レベッカは笑う。


「ん」


 エヴァは頷くが、『彼女たちはどうするの?』とでも語るように、細い顎先を横へ向けていた。

 それは女魔界騎士とシェイルにサナさん&ヒナさんのことだ。


「そうだな。んじゃ、ま、皆座ってくれ。サナさんとヒナさん。こっちに」

「あ、もう入ってますが、失礼します。ここは広いですね」

「では、わたしも失礼します。男の人の家に上がるのは初めてなので、緊張します」


 サナさん&ヒナさんは遠慮しながらそう語ると、椅子に座る。


「君たちはここに暮らしてもらう予定だけど、いいかな?」


 そう語りながらアイテムボックスから黒い甘露水を取り出す。

 エヴァとレベッカが人数分のゴブレットを用意してくれた。


 俺はそのゴブレットに甘露水を注いでから、


「これは迷宮都市ペルネーテという都市で、手に入れた物だ。甘くて喉がスッキリする美味しい飲み物。君たちの世界にも炭酸飲料はあると思うが、それに近い」


 と、勧めた。


「勿論、ありますよ。ヌコ・コークとニューペプンが有名です」

「まさか、瓶の蓋。キャップが通貨として流通している? 猫が原材料じゃないだろうな?」

「キャップ? 通貨は円ですよ? ふふ、原材料に猫はつかいません。ただ、炭酸飲料のモデルキャラクターとして、有名な猫キャラクターの「ヌコ」は有名でした。コミカルからシリアスまで幅広くグッズ化し映画化もしています」

「あ、わたし、ヌコグッズ持ってます」


 丸眼鏡を直したヒナさんがそう話す。


「ぜひ、見たい」

「はい」


 ヒナさんは袖の釦を押した。

 すると、袖の内側から簡易袋が出現。

 折り畳んだ状態から南京玉簾のように展開した袋は、形が崩れていない。

 しっかりした四角形の袋だった。


 しかも袋の中には猫の「ヌコ」キャラクターのグッズがたくさん入っている。


 袖はどんな機構だ?

 空間の圧縮?

 びっくり箱的で不思議だったが……。

 俺も人のことはいえない代物のアイテムボックスを持っている。


 だからツッコミは入れない。

 ヒナさんはサナさんのような腕輪を嵌めていない。

 管狐の絵柄が特別そうな腕輪はサナさんだけか……。

 

 彼女の爪と腕輪と半透明武者こと又兵衛は、リンクしている可能性は大だな。


 一方で、釦はサナさんの軍服にもある。

 サナさんもヒナさんのように釦を押せば同じように袋が展開するのだろうか。


「わぁー、猫の人形がいっぱい」

「ん、可愛い~、魔造生物のように精巧な物もある」


 早速、レベッカとエヴァが食いついていた。

 キサラは微動だにせず。


 チラッと見たが、女魔界騎士に視線を向けていた。


 言葉が分からないヒナさん。

 しかし二人のリアクションを受けて、その気持ちは分かったようだ。

 袋から猫グッズを一つ、二つと取ると、エヴァとレベッカへと差し出していた。


「くれるの?」

「はい」


 ヒナさんはレベッカの発音から、何を喋っているか理解していた。


「わぁ、ありがと!」

「ん、お礼にライバルの店だけど、調べるために大量に買ったお菓子をあげる」

「あ、さっきも貰いましたから……」


 と、遠慮がちにエヴァが差し出したドーナッツを断るヒナさん。


「……」


 女魔界騎士も「ヌコ」の猫グッズに興味を抱いたらしい。

 ジッと物欲しそうに見つめていた。


「ヒナ。それ、集めていた大切なレア物、「スーパーヌコ」と「トレビアン・ヌコ」よね? いいの?」

「はい、いいのです。助けて頂いたお礼も兼ねて、わたしの魔術師の腕では生きるのが大変な世界のようですし……少しでも、シュウヤさんたちのグループと仲良くしておきたいのです」

「……そ、そうよね」


 サナさんはヒナさんの言葉を聞いて、瞬きを繰り返した。

 ハッキリと意見するヒナさんの態度と言葉の質に動揺したのか?


 サナさんは、俺に視線を寄越してから、ヒナさんを見る。

 そのヒナさんはエヴァとレベッカを見てから、俺のことを見つめてきた。

 丸眼鏡越しだから黒の瞳は大きく感じた。

 可愛い、悧巧そうな黒い瞳。

 一瞬、瞳の奥に星が煌めいたように見えた。

 そこに女を感じ取る。


『……閣下、ヒナさんを眷属に?』

『又兵衛を使役できるサナさんを勧めず、ヒナさんか。珍しいな。それはこの間、話をしていたことか?』

『はい、知恵が回ると』

『なるほど』

『生きるために、閣下に女の武器を使いアピールしようとする強かな気概が気に入りました。今も、閣下に寄り添おうと近づいていますし、魔術師の腕も中々と推察します』


 確かに、今もだが眼鏡越しに俺に対して熱い眼差しを寄越している。

 そして、ヒナさんは少しずつ座っていた位置をずらし、俺に近寄っていた。


『……魔力操作もサナさんとそう変わらないとは思っていたが』

『サナさんの扱う又兵衛のようなモノとは違うかもしれませんが、彼女は能力を隠しているのも気になります』

『隠しているとは……気付かなかった。さすがはヘルメだ。精霊の独自の目か』

『わたしではなくて、精霊ちゃんたちが感づきました。サナさんの爪と同様に、彼女の爪にも精霊ちゃんが集まっていますから』


 そういうことか。


『異世界の魔法技術、その存在には、この世界の精霊たちも異世界に興味があるようだな』

『そのようです』


 そこで念話を止めて、


「……とりあえず、飲んでくれ」


 と、サナさんとヒナさんに甘露水を勧めてから、シェイルを見た。


 彼女は意識がある。だが、焦点の合わない眼差しで虚空を見つめている。

 そんな様子は、皆も分かっていた。

 だから『俺が対応する』と意志を込めて頷いてから、シェイルの手を取り、木製のソファへと優しく誘導してあげていく。


「アァゥァ」


 切ない微かな声を上げるシェイル。

 歩く度に、そのシェイルの体から小さい赤紫の蝶々が飛翔していった。

 少し体が小さくなったか?

 ぼんやりとした表情だし、心配だが……。


 とりあえずソファに座ってもらってから、女魔界騎士を見る。


 女魔界騎士はレベッカと同様に俺の家をチェックしていた。

 続いて、自分の腰に備えた武具の位置を確認している。


 内装ではなく、戦った場合を想定した逃走経路か。

 分かりやすい奴だ。


 俺はエヴァと視線を合わせる。

 エヴァは頷く。彼女は女魔界騎士の体に触れていた。

 頷いているので、心はだいたい読めたらしい。


「シュウヤ、シェイルの方も触る?」


 女魔界騎士はあからさまなので、特にエヴァは指摘しない。


「そうだな。レベッカとキサラはそのまま女魔界騎士の動きに注意しろよ」

「大丈夫。相手が馬鹿じゃないかぎり……」


 女魔界騎士の反抗を期待するかのようにレベッカは双眸の中に蒼炎を浮かべる。

 風は吹いていないが、魔力風を起こすように、金色の前髪がふわりと持ち上がるさまは迫力があった。


「はい、その場合のほうが好都合ですね。シュウヤ様の代わりに、この匕首聖なる暗闇の刃を用いて、魔界騎士さんを懲らしめましょう」


 キサラさん、怖い。

 両手に聖なる暗闇をいつの間にか握っていた。


 その匕首の柄頭の金具からぶら下がる銀鎖の先にある十字架の飾りが光る。

 同時に、匕首の刃から青緑色の魔力刃が伸びた。


 サナさん&ヒナさんは「ビームサーベル?」とか「ヒート系でしょうか」と、呟いていた。


「キサラさん。その短刀だけど、魔力の刃は自由自在に伸びる? 特別そう」

「はい、そうです――レベッカさんも魔法の杖と特別な拳剣を使っていましたね」


 二つの青緑色の魔力刃は女魔界騎士の眼前を通る。

 キサラは槍だけではなくて、短刀武術もかなりのものだ。

 <魔手太陰肺経>を基本とした格闘技術の一環なんだろう。


「ジャハールとグーフォンの魔杖ね。グーフォンはユニーク級だけど、拳のジャハールはキサラさんの言う通り、特別! 魔界騎士じゃなくて――魔界戦士ジャハール・ド・グルブルチェが使っていた伝説レジェンド級の武器」


 キサラと合わせるようにジャハールを装着している腕を伸ばすレベッカ。

 格闘を学んでいる効果を示す意味もあるようだ。


「蒼炎の魔力といい、腰の動きがいい……」

「ふふ~、ありがと。とっておきのお菓子をあげちゃうんだから!」

「ん、珍しい」


 シェイルを触っていたエヴァが呟いたように、珍しい。


 お菓子大王レベッカが秘蔵のお菓子をエヴァ以外にプレゼントするとは。

 自慢の武器と拳を繰り出す動作を褒められて、よほど、嬉しかったようだ。


 しかし、女魔界騎士は前髪を切る勢いで、目の前を行き交うキサラとレベッカの武器の歯を見て、視線を鋭くしていた。

 女魔界騎士は魔眼のようなモノを発動。

 赤色の卍の文様を金色の光彩の表面に浮かばせていた。


 キサラとレベッカの武器の間合いを計っているのかもしれない。


 だが、俺の視線を受けた女魔界騎士は光彩を散大させて収縮する。

 また急に散大した。金色の細眉の端も上下に動く。

 俺の目を見て、動揺したようだ。

 瞳に浮かんでいた卍型の文様が塵のように分裂すると消えていく。


「……わたしをどうする気なのだ? ここは牢屋ではないようだが」


 女魔界騎士は不可解といったように視線を巡らせたまま語る。

 消えた魔眼のことは問わず、


「いいから、お前も座れ」

「……くっ」


 唇を噛みながら不満気に言葉を漏らし、椅子に腰を落とす女魔界騎士。

 その際に、腰の左右にぶらさがる魔剣が収まる鞘の先端が、床にぶつかっていた。


 手は蒼炎の枷が嵌まった状態だが、武器はわざと持たせたままだ。


 さて、問題はシェイルか。

 エヴァは、そのシェイルの手の甲に手を乗せている。


 女魔界騎士が見ていようが構わず、皆との話を続けていた。

 先にキッシュを眷属に誘い、古代狼族との同盟を結んで守りを万全と化したとしても……。

 この村の戦力増強は必須。敵だった者も仲間にして、眷属入りもありえる。美人さんだしな。

 が、シェイルの話し合いが済んでからだが……。


「シュウヤ。前は無理だったけど、シェイルの心、少し感じられた」


 とエヴァが報告してきた。


「どんな感じなんだ?」

「ん、〝ジョディ〟と、ばかり……普通・・ではないことは確か」


 普通・・ではないか。

 エヴァは動揺したように紫の瞳が揺れて、途方にくれたような目を泳がせる。

 その表情と言葉のイントネーションから『手の施しようがない』ということだろう。


 キサラは不思議そうにそんなエヴァの表情と手の動きを観察していた。


 キサラにはエヴァが持つ……エクストラスキル<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>のことは報告済みだ。


 だが、エヴァの手がシェイルに触れているだけにしか見えないからな。


 当たり前だがレベッカもエヴァの心を読む力パープルマインド・フェイズを持っていることは既に知っている。


「……了解」


 俺と視線を合わせたエヴァは悲しそうな表情を浮かべてから頷く。


 エヴァの心は繊細だ。

 これは俺の勝手な推測だが……。

 傷ついた精神を知り、胸を締め付けられるような感覚を覚えているのかもしれない。


 エヴァは捉えどころのない悲しみを覆い隠すように優しい表情を浮かべる。

 そして、シェイルの頭を撫でてあげていた。


 シェイルはエヴァの手の内へと頭をすり寄せていく。

 それは子猫がグルーミングを受けて喜び甘えるような仕草だ。


 そして、エヴァに甘えたシェイルは微笑みながら「ジョディ?」と尋ねていた。

 微笑みの中に悲愴を宿すシェイルの表情は、切ない……。


 大きな鎌を器用に使う、強いシェイルと戦ったことを覚えているだけに……。

 俺はすごく悲しくなった。

 憐憫の思いが、また、胸の中でこだまする。


 そして、前と変わらず、シェイルの片方の瞳には、幾条も糸蚯蚓のような血管が浮き出ていた。

 その痛々しい瞳から粒子状の涙、赤紫色の蝶の涙たちが、零れて、舞う。

 

 だが、蝶は、途中で形が崩れる。

 大気の中へと浸透するように儚く消失した。


 キサラとヘルメが指摘していたが……。

 シェイルが本当に力を失っている身を以て示しているような消え方だ。

 蝶々たちで構成した美しい体にあった亀裂も拡がっている。


 女魔界騎士も「これが死蝶人……噂通りだ」と、呟くと不思議そうに眺めていた。


 この女魔界騎士は死蝶人の存在を知っている。

 この南マハハイム地方で、何かの作戦行動中だったんだろう。

 ま、今はシェイルの話し合いが先だ。


「……先ほども、皆とも話をしたが、精神の完全な治療となると分からないようだったが、光魔法に詳しかったルシェルは……『精神の治療が可能な光魔法の存在を聞いたことがあります』と語っていたぐらいだった」

「そのルシェルさんが話をしていた魔法の件ですが、わたしも同じことを聞いたことがあります」


 キッシュたちとの会議の間は遠慮して黙っていたキサラがそう告げた。

 ゴルディクス大砂漠の経験は貴重だな。


「どんなことだ?」

「すみません、詳しいわけではないのです。ルシェルさんとだいたい同じです」

「いいよ、それでも」

「はい。神聖教会には、司祭プリーストを従える司教ビショップ。または、それ以上の大司教クラスが使う光魔法の中には人の精神の治療を可能とする〝精神魔法〟の存在があると、その逆も然り……犀湖の都市にあった湖畔の【魔人酒場フ・ガンド・バイ】や【武人酒場・八星剣】で聞いたことがあります」


 そういえばノーラから前に神聖教会の位を聞いたことがあったな。


「司祭の上に司教があり、その上が大司教で、更に上が枢機卿か。宗教国家ヘスリファートの神聖教会、教皇庁の位だな。ということは、キサラが活動していた当時から存在していたということか」

「はい。大砂漠に越境してきたヘスリファート人たち……【聖王探索騎士団】の中にそのような精神魔法を使う優秀な司教が少数居たと聞いています。しかし、その【聖王探索騎士団】は、人神アーメフ率いる宗教集団と【セブドラ信仰】の死骸を喰う邪教集団に加えて、わたしたち黒魔女教団とも争いを起こしました。壊滅したはずです」


 五百~八百年ぐらい前にベファリッツ大帝国が崩壊。

 その特殊部隊だった【白鯨の血長耳】たち。

 しかし、どれだけの経験を経れば……。

 遠い南マハハイムの【塔烈中立都市セナアプア】に辿りつけるんだ……。


 そのベファリッツ大帝国が崩壊した主な理由は、魔境の大森林に発生した傷場からから押し寄せる魔族たち。

 ゴルディクス大砂漠の北の土地では、この対魔族戦線聖戦がある故に、神聖教会を軸とした宗教国家ヘスリファートが誕生したんだろう。

 いや、傷場に直面しているアーカムネリス聖王国の方が、対魔族という理由で独立したのかな?

 

 サジハリの婆レーレバが宗教国家を襲った頃かな。


 高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアが暴れた頃も、俺が鏡を置いたベルトザム村、水神様と初めて出会ったアクレシス湖の街、フォルトナ山、ツアンが話をしていた煉獄丘もあったのだろうか。

 

 そして、マハハイム山脈を跨ぐ広大な領土を持っていたベファリッツ大帝国はエルフの国だった。

 人族を含めて他種族の奴隷も多く、差別も激しかったと予測。

 キストリン爺のような存在とイギルのような存在が居たとしても、差別はなくならない。

 だからこそ、人族至上主義の宗教国家ヘスリファートは、エルフを魔族と見なす。

 ルビアのように捕まえる専属の商会も存在しているし、火炙りもあるという。

 

 ま、アンデッドも含めて、色々と差別が起こる原因はあるんだろうが……。

 そんな宗教国家にいつかは向かう。

 聖槍アロステの十字矛をアロステの丘に刺し戻す約束がある。

 イギル・フォルトナーとの約束。

 イギルの歌にもあった聖戦士。

 あの時、サジハリの隠れ家にあった魔法書が不思議な動きで、聖槍アロステへと変化したんだ。

 小さい天道虫たちとデボンチッチも湧いた。


 そんな宗教国家ヘスリファートから南のゴルディクス大砂漠へと遠征に繰り出した【聖王探索騎士団】は壊滅か。


 キサラたち黒魔女教団が色々な組織から襲撃を受けたのは、そのあとぐらいなのか?

 最終的にアーメフの宗教集団の残党が作った国が、今の大砂漠を治める教主国。それでも大砂漠は広大だ。


 一部のオアシス都市を治めている小国が、アーメフ教主国。

 と、考えてから、


「……なるほど。だが、今はそんな魔法はないうえに探すのも時間が掛かる。知り合いのコレクターやキャネラスに借りを作れば、比較的早く手に入れることが可能かもしれないが……」

「確証はない」


 エヴァの言葉に頷く。


「そうね。むしろ低い。神聖教会の司祭でさえ使えるか分からない高級な魔法書なんでしょ? 使用せずに持っている確率も低いと思う。魔法街でも見たことがないし地下オークションでも光の魔法に関する物は極端に少なかった」


 レベッカは魔法街に通っていただけに、その言葉には説得力がある。


「やはり、このゴルゴンチュラの卵型宝石を使うしかないか?」


 ポケットから卵型宝石を取り出す。

 皆、卵型宝石を凝視した。


『閣下、いつでも戦いは可能です。ジョディの復活。または、シェイルの精神の回復に挑戦ですね!』


 左目に宿る常闇の水精霊ヘルメも同意。

 小さい姿のヘルメは、かなり可愛らしい。小さい腕を伸ばし、

 俺が持つ卵型宝石を指していた。


『……綺麗ですが、これはわたしが取り込みに失敗したゴルゴンチュラの神性が宿る集合体……』


 ヘルメは念話で語ると、卵の表面を彩るような花びらにも見える蝶々の羽を指で突こうとしていた。


「それが一番手っ取り早いと思う。けど、わたしは反対かな。シュウヤの魔力を吸って、亜神がまた復活したら大変よ? 監獄の中を見たでしょう……」


 確かに、あの爪跡……。

 亜神ゴルゴンチュラの囚われた期間を考えれば……発狂するのは分かる。


「わたしもレベッカさんと同意見です」

「ん、リスクは当然あるけど、シュウヤなら助けると思ってたから賛成」

「キゼレグが入っている銀箱を開けるという選択肢も」


 キサラがそう発言した。


「あの棺桶っぽい銀箱か……調べたが鍵穴がない。サナさん&ヒナさんいわく、魔力も遮断するというし。実際に魔力は注いでないから分からないが」


 サナさん&ヒナさんは黙っている。

 俺たちの会話は理解できてないだろう。


「ん、ゴルが必死にキゼレグを呼び寄せた。だとしたら、キゼレグは親戚か、縁者なのは確実。そのキゼレグを解放したら、ゴルが居ないことを不自然に思うはず。死んだことを知れば、ゴルを倒したシュウヤを恨んで戦いに発展する可能性が非常に高い」


 皆、頷く。

 言葉が分からないサナさん&ヒナさんは、イモリザではないがクエスチョンマークが頭上に浮かぶような顔つきだ。

 女魔界騎士は目を細めながら聞いていた。


「ごく自然な結論だ。だからキゼレグは今のところ、放置。ヘルメが指摘したように<白炎仙手>を使いシェイルが持っている白い宝石と、このゴルの神性が宿る卵型宝石に魔力を注ぐ……」

「……シュウヤ様。水神様の忠告を無視するのですか?」

「信仰も大事だが、ジョディはリスクを背負って俺と契約をした……それに、あの時の表情が忘れられないんだ。嬉しそうな顔がな? そして、契約主としてその気概に応えてやりたい。だから……亜神ゴルゴンチュラが復活したとして、そのリスクは、俺が背負う――」

「ん、シュウヤは一人ではない、皆がいる」

「エヴァの言う通りよ。まったく宗主様だからって自分ばかりで背負おうとしないの! わたしたちは家族よ。だから、亜神と戦うなら協力するし、わたしたちだって<血魔力>の成長のために厳しい経験を経なければいけないんだから」

「甘やかす優しさばかりでは、わたしたちは成長しない」


 家族か。家族との相談って感じだな。

 ありがとう、皆。ペルネーテから離れたし……甘やかそうといったつもりはなかったんだけどな。


「……これが<筆頭従者長選ばれし眷属>たちの気概なのですね。勉強になりました。そして、亜神ゴルゴンチュラが復活した場合ですが、キゼレグを渡せば……争わずに済みそうです」


 エヴァ、レベッカ、キサラの三人は視線を巡らせる。


「確かに」

「そうかも」

「だな。ということで、皆。ありがとう。そして、ジョディが復活すればシェイルの精神も治るかもしれないし、なにごともプラス思考でいこうか」


 俺の言葉にエヴァが超反応。

 天使の微笑を浮かべると、「ん――!」と声を上げて、細い手を上げる。


「精霊様の治療を成功させた技のことは聞いた。シュウヤの仙魔術も進化している」

「わたしも戦ったあと、水魔法で助けられました」

「でも、契約したとはいえ、戦った相手の死蝶人たちをここまで想うなんて、不思議よね」

「シュウヤ様は一度戦ったからですよ。戦友として尊敬できる部分ができたのでしょう」


 キサラも槍使いなだけではなく武人だからな。


「ん、シュウヤの気持ちをよく分かってる」


 エヴァがキサラを見つめながら語る。

 『彼女は気持ちを読める能力は持っていないはずだけど……』とか、考えているのかもしれない。


「……嬉しい。わたしもシュウヤ様を救世主として、男としてお慕いする気持ちが大半ですが……本気・・でシュウヤ様と戦った武人としての誇りがありますから。そして、相手がどうであれ、その武を扱う技術を尊敬する思いは同じです」


 キサラはヴィーネのような感じだ。

 前にも思ったが、相性は良さそう。


「……それは正直、響くわね……」

「ん、シュウヤと真面目に戦った武人だからこその言葉」

「……シュウヤ、本気でわたしと戦おっか?」


 レベッカさん、なに抵抗意識を燃やしているんだ。


「いや、本気なんて無理だから」

「なんでよ! キサラさんとは戦ったくせに」

「しかしな……レベッカの愛しい顔を見ながら、愛してる女に向けて訓練じゃなくて、本気で滅することを想定した戦いはなぁ……」

「あぅ……もぅ、ばか……」


 レベッカは頬を湯気が出るほど真っ赤に染めて俯いてしまった。

 エヴァは微笑んで、レベッカの背中をさすっている。


「ゴホッン、では、また亜神ゴルゴンチュラの監獄の前へと移動でしょうか」


 キサラがわざと咳き込んで、まったりムードを壊す。


「そうだな。場所的にシェイルの治療はそこでやろうか。だが、移動を開始する前にイグルードの樹木へとエヴァに触ってもらう。そして、女魔界騎士の名前も聞こうか」


 ぴくっと、眉を動かす女魔界騎士。

 スカウトできるなら挑戦しよう。


「やっとか……しかし、力を失った死蝶人のために亜神をも復活させる可能性があるのに動くのか? おまえたちは馬鹿なのか?」

「亜神が復活するとは限らないわよ」

「そうですね。シュウヤ様、生意気なことを喋る、この女の唇を匕首聖なる暗闇で削ぎますか?」


 冷酷な言葉を発したキサラは、四天魔女のオーラを出して語る。

 俺は頭を振って「だめだ」と止めた。


 キサラは残念そうな表情を浮かべて、女魔界騎士を睨む。


「ん、シュウヤ。この魔界騎士。どうせ死ぬのならば戦って死ぬことを望んでいる。そして、シュウヤとわたしとレベッカに対して、魔眼の力が通じないから強く警戒している」


 そりゃ警戒するよな。

 キサラには魔眼の力が通じていたということか。


「とくに『この男、名はシュウヤか。ペルネーテで有名になった槍使い。デルハウトを本当に破ったのなら、鬼のパドーと四眼ルリゼゼのような強者だ。だが、そんなことよりも、あの夜の瞳が非常に美しい……魔界付与師のアーゼンが作ったような黒革のブーツも似合う……』から『不思議だ。雌としての感覚が研ぎ澄まされる。かつてないほど強くシュウヤという男を感じてしまう……強者なら魔界に犇めくほど居たというのに……忠誠を超える思いを、一瞬で……あ、わたしを生かしているのは、そういうことも含めてなのか?』とか、厭らしいことを想像して『強者ならば、ムリヤリ、従うのも……一見の価値が』……とか変態チックなことを考えていた」


 マジか。


「あと自分が精霊様に負けたことを強く恥じている。そして、闇神アーディンの加護を持つ魔界騎士デルハウトが、魔界の戦場を生き抜いたデルハウトがシュウヤに敗れたことを、未だに信じられないみたい」

「な……!? 心を読むとは、神のような力を……いや、魔神具を持つのか?」


 女魔界騎士は驚く。

 そして、エヴァが乗る魔導車椅子が、自分の心を読む道具だと判断したのか、彼女はジッと、魔導車椅子を凝視しながら聞いていた。

 冷や汗を掻いて、金色の髪が額に付き、項から湯気のようなものが出ている。

 興奮しているらしい。色っぽいかも。


「……デルハウトなら戦って倒したぞ。死体は見てないから、生きているかもしれない。で、名前は? あと、エヴァがお前の気持ちを語っていたが、その通り、美人さんだからそういうことも期待した」


 と、正直に話をした。


「……そ、そうなの……わたしの名はシュヘリア。魔双剣シュヘリアと呼ぶ者が多い。では、その、わたしを……幕閣に引き抜いて、手籠めにする気なのだな……」


 シュヘリアは、俺の顔をチラチラと見ては、頬を赤く染めながら語った。

 本心がバレて恥ずかしいようだ。

 汗がドッと噴き出している。


「いやいや、期待しているところ悪いが、すぐに抱けるほど器用じゃない」


 と、笑いながら話す。


「ん、シュウヤ。エロ正直」


 エヴァも笑いながら喋っていた。

 まったくその通りだ。


「シュヘリアはかなりの美人だからね。シュウヤが気に入るのは分かる。けど、魔界騎士の強者だからこその、この村を守るための必要な人材でしょう?」

「その通りだ。ヘルメも期待している」

『はい。オークの銀太刀を扱うソロボが可愛く感じるほどに、二つの魔剣を扱う実力は凄まじく高いです。村の戦力どころか、眷属化もお勧めします』


 ヘルメはシュヘリアと直に戦ったからな。

 シュヘリアの空中戦で繰り出した黄色い閃光のような魔刃。

 思わず、大事な魔槍杖から手を離してしまったからな……。


「シュウヤ様……」


 キサラは、シュヘリアを見ていた俺の腕を強く握る。

 黒マスク越しだが、心配そうに俺を見てくるキサラは健気だ。

 嫉妬してくれているらしい。


「大丈夫だ。任せろ」

「はい」


 そういっても、シュヘリアは魔界騎士。

 魔界セブドラの無数にいる諸侯の一人、名は魔蛾王ゼバルの麾下だった者だ。

 セラで活動しているとはいっても、魔界セブドラの内情にもそれなりに詳しいはず。地上と魔界を知る人物。

 沸騎士とアドゥムブラリ以外では貴重だ。

 その経験値はキッシュの村防衛だけではなく様々な分野において、俺たちの力となってくれるかもしれない。

 

 そのシュヘリアは見た目も普通。

 人族にない魔族らしい模様が皮膚にあるが、その見た目は完全に人族だ。人族の都市に立ち寄っても違和感はまったくない。


 そして、何よりも重要な条件を満たしている。

 視線を鋭くさせてはいるが……。

 話を重要視する気質は非常に良い。


「……忠誠を誓っていた魔蛾王ゼバルがいると思うが」

「主だったゼバルを知っているのか。そうだ、だが、魔界ではわたしのような存在はいくらでも代えが利く。そして、生き恥を晒しているわたしの存在なぞ……塵のように捨てるだろう。現に……」


 と、悲しみの表情を浮かべて、手首の部分を見る。

 腕輪? 紐のようなものが見えるが。


「……デルハウトのような貴重な存在ならば、許される可能性はあると思うが……それでもプライドや評判を気にする方だからな……」


 評判とは魔界にも貴族の社交界のような習慣があるのか?

 そういえば……魔侯爵級、魔公爵級という位の名を聞いた。


 シュヘリアの手を触っていたエヴァは頷く。


「ん、本当のことを告げている」


 ま、当然か。

 そこで、真新しい皮布をシュヘリアに渡す。


「これで、拭くといい」

「あ、ありがとう」


 シュヘリアは礼を素直に言うと、皮布を受け取った。

 そのまま自分の額や首筋に参む汗を拭う。金色の髪が揺れる。

 いい匂い、少し発酵したような女の匂いが漂った。

 皮布で拭く仕草が妙に色っぽい。

 蕩けた動きだけで鎖骨に溜まった汗が、魔鎧の下に隠れているほど良い大きさの乳房へと流れ落ちて乳首さんという偉大な先端部から汗の水滴が跳ね上がる光景を想像してしまった。


 女騎士のちょっとした隙を見せる姿に魅了される。

 このままではいかんと、魔侯爵だったアドゥムブラリの指輪を見た。

 少し前に魔界に戻った沸騎士たちにも聞いたが、アドにもこの魔界騎士シュヘリアの顔を見せておくか。


 そして、ステータスにもあった通り……。

 紅玉環の指輪の中にいるアドゥムブラリの力を引き出そうか。

 シェイルの治療と魔界騎士の説得の前に……このアドゥムブラリの額へと紋章を刻んでみよう。

 センスによって能力が変わる、それに挑戦だ――。

 そして、<武装魔霊・紅玉環>のスキルに関連した、この紅玉環の指輪を装着し続ければ<早口>も覚えられるようだし。

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