四百三話 荒神大戦とゴルゴンチュラの過去


 ◇◆◇◆


 天帝フィフィンドという存在がハルモデラ次元を支えているからこその惑星セラが存在する宇宙次元である。


 そんな惑星セラを青く澄んだ小月が照らし見渡す。

 

 惑星セラでは荒神大戦が勃発していた。

 その荒神大戦の主戦場が一つだ。


 今も羽虫の群れのように集結した荒神、呪神、旧神、亜神、古代神などの諸勢力が争い合う。この荒神大戦という名の神々の戦争は、激化の一途を辿っていた。


 本来ならば、この争いは起きていない。

 天帝フィフィンド・アブラナム・ハルモデラを支える立場の右帝アラモと左帝ホウオウが、荒神たちの争いを押さえる役割があるからだ。


 しかし、右帝アラモは腹心のアズラから裏切りに遭う。

 右帝の魂を吸収し力を倍増した荒神アズラは左帝ホウオウ陣営に戦争を仕掛けていた。


 これが、浴に荒神アブラナム大戦の始まりである。


 初期の争いでは、荒神マギトラこと多頭の巨大な白狐が、ホウオウ側で大活躍。無数の神々を屠る。


 荒神アズラの首に多頭の一つが噛みついた現場を見たホウオウ側の神々たちは忘れていないだろう。

 高・古代竜ロンバルアを従える荒神カーズドロウもホウオウ側で多数のアズラ側の荒神と呪神を屠っていた。


 荒神、呪神、旧神、亜神、古代神たちの争いは凄まじい。

 玉の簾のような美しい魔法を繰り出しては、ギャァとガァガァと勇ましく喧しく叫び合いつつ互いの武具と魔法を衝突させる。


 争う神々は、神だろうと、眷属だろうと、争う相手の血肉を喰らい魔力を吸い取り、その魂までも奪い合う。


 空気が震動しマハハイム山脈の一部が溶けて新しい渓谷が誕生する。

 更に、他次元世界の神々の神意を宿す眷属たちも争いに参加。


 蝶のような翼を持つ二人の亜神もだ。

 二人の亜神は破壊神の眷属ゲムートと戦う。

 

 その二人の亜神は蝶の羽根を活かした機動でゲムートを翻弄。

 二人の亜神は前後に重なって二人で踊りつつ交差して、ゲムートに攻撃を繰り出している。


 破壊神の眷属ゲムートは定命の眷属。

 二人の亜神の攻撃に対処は不可能だった。


 その亜神の片方の美しい女神のような亜神は笑いながら唇を尖らせた。

 もう一人の整った顔立ちの男神の亜神も口先を変形させる。


 それはクンナリーの刃だ。

 触手の網で動けなくしたゲムートを前後から挟むように、唇を尖らせた二人の亜神は突進――。


 先端鋭い骨牙クンナリーの刃でゲムートの胴体と頭部を突き刺す――。


「キェェェ」


 笛のような独特の悲鳴を上げたゲムート。

 鋭い攻撃を繰り出し中の二人の亜神は、表情を変えず、クンナリーの刃を通して、ゲムートの体液ごと魔力と生命力のすべてを吸収する。


 ゲムートは一瞬で干乾びた。

 魔力を得た亜神たちは、体の傷を回復させた。


「魔力が少ない。所詮は定命か」

「定命にしては空を飛んでいた神の眷属としては中々だと思うがの?」

「まぁな」

「……だが、あそこの主戦場はホウオウもアズラも厳しそう……。空も密集しているが地表も……」


 蝶の羽翼が美しい亜神の女神の名は亜神ゴルゴンチュラ。

 そのゴルゴンチュラは美しい顔を醜くさせながら語る。

 男神の亜神も、


「一部が陥没しているな」


 と、語る。


「荒神と呪神の数が……異常だ。古代神呪神デ・ガも暴れている」

「七つの足か。神界側にもそんな足を持った怪物を扱う光精霊が存在した……」

 二人の亜神はそう話しながら、斜め下に広がる樹海を俯瞰。


「あの樹海に向かうか? キュルハの支配が強いとはいえ十二樹海ならば戦いやすい」

「樹海……妾はここでもいい。樹海は地底の奥から溢れる魑魅魍魎たちが鬱陶しい。特に老神セゲレレウが五月蠅い。エルフの軍隊も地表に常駐している」

「地下豚人の神共に蒼炎神の末裔共か」

「他にも蜻蛉の旧神ゴラードの強大な軍も居る。アズラだろうがホウオウだろうが関係なく樹海は危険」

「亜神ゴルゴンチュラ。俺の妻がそんな怖がる必要はないと思うが?」

「……妾は、キゼレグのためを思って警告しているのだぞ」

「そう睨むな。わかってる」


 男性の亜神キゼレグは笑みを浮かべていたが……。

 半身をずらすように視線を逸らして答えていた。

 魔眼を発動していたゴルゴンチュラを愛しい妻のことを恐れているからだ。


「地表も地表で知記憶の王樹キュルハの根は繋がっているのだぞ。妾たちの存在がキュルハの眷属たちに知れ渡る」

「……別にいいさ。亜神に進化した俺たちこそが、樹海の主に等しい。周りに鱗粉を植え付けてやろう」

「……樹海は広い」

「だからこそだ。広いうえに十二もある。その一つぐらいは俺たちが貰うべきだと思わないか?」


 キゼレグの問いに、ゴルゴンチュラは笑みを浮かべながら、


「ふふ、キゼレグめが楽しそうな顔つきだ。樹海に住む定命たちを狩りながら他の神々をも殺し、そこで眷属たちを作って一緒に蝶の楽園でも作るかの?」


 ゴルゴンチュラがそう返事をした瞬間――。

 巨大竜の群れが、マハハイム山脈からバルドーク山を突き崩すように現れる。

 出現した古竜たちはホウオウ側に所属している荒神ケンバクに襲い掛かっていた。


「……そうしよう。高古代竜たちも、この荒神大戦の争いに加わったようだ……」

「生意気な古竜たち」

「今度は呪神ガイガーが来た。鬱陶しいから逃げるぞ」

「あのような石コロのような存在なぞ、吹き飛ばしてくれる!」

「石コロとて、呪神は無数の縁者と繋がるから危険だ。そして、旧神テソルと雷神ラ・ドアラの眷属たちも争いを始めた今なら樹海の中へと簡単に潜り込める。ゴルゴンチュラ、先に向かうぞ――」

「あ、待って――」


 荒神大戦の争いで疲弊していた亜神ゴルゴンチュラと亜神キゼレグだったが、背中の蝶羽は健在だ。


 凄まじい加速で樹海へと向かう。

 しかし、樹海の内部でも荒神、呪神、旧神、古代神たちの激しい戦いは続く。


 そんな樹海を巡る争いの最中……。

 黒き環の最奥宇宙に存在する邪神アザビュースと同様に……。

 他次元を複数支配していた天帝フィフィンドという存在がハルモデラ次元を支えていた。


 世界の支配を望む無数の力のある荒神たちと同時に戦い負ける。

 そこには勿論アズラ側の大勢力があった。


 そして、天帝だった肉体がバラバラとなる。

 ハルモデラ世界を支えていた荒神たちの世を支えていた天帝の力が消失した結果……。

 ハルモデラの次元軸がずれ挟間ヴェイルに衝撃が走る。


 その余波は凄まじい。

 紐と紐が繋がるように存在した無数の他次元界たちが震動を起こす。

 震動した紐が撓み、紐と紐が繋がる多次元世界が融合するように重なり合ってしまった。


 セブドラ、セウロス、ゴドローン、エセルといった、無数の世界と世界が重なり狭間ヴェイルをも重なり合う。


 蜃気楼のように違う世界の大地と大地が混濁。

 灼熱のような熱魔力が溶けるように衝突。

 地熱が沸騰し、他世界のマグマとマグマが重なり燃え滾る。

 空と空が、太陽と月が、這い上がってきた霧と深淵の宇宙が、惑星と惑星が、重なり、うつろう光景。


 これは極めて稀な出来事。

 そして、この世界が重なった瞬間は定命の時間では数秒という〝僅かな間〟だ。


 浴に、「神々の黄昏」とも、ライヴァンの黄昏、また、違う世では「ラグナロク」と呼ぶ出来事に部類する。


 多種多様の次元に棲む無数の神々たちは、この〝僅かな間〟を利用。

 狭間ヴェイルという障壁がない、今こそが、力を得る最大のチャンスだからだ。

 同時に力を失うこともあるが、重なり合う他世界へと侵入する神々たち。


 神々たちは、荒神大戦を行うように、魔力と魂を奪い合う。

 負けた神は魂や魔力を大量に失い、勝った神は魔力や魂を得る。


 荒神大戦中であったセラ世界にも大きく影響を及ぼした争いは、無数にあった。

 まずは南マハハイム地方。

 双月神ウラニリ、双月神ウリオウ、神狼ハーレイアの三神の神界セウロス側と、吸血神ルグナド、知記憶の王樹キュルハ、宵闇の女王レブラの魔界セブドラ側との争いだ。


 勿論、戦う神はそれだけではない。

 他の神々もセラに影響を与えた。


 地底神を貫く目的で戦神ヴァイスは<大閃の光剣>を繰り出す。

 太陽のように輝く巨大な光剣たちは、セラ世界の地表に大穴を幾つも作る。

 同時に狭間ヴェイルに傷を作り、魔穴を作り出していることは気付いていない。


 地下深くにあった黒き環ザララープ魔軍夜行災いから溢れ出ていた魑魅魍魎たちは<大閃の光剣>を浴びて消失。


 名のある地底神の一派は力を増やすことなく消失した。


 セラ世界で起きた荒神大戦の争いで疲弊していた亜神キゼレグと亜神ゴルゴンチュラも、この僅かな間の戦いに参加している。


 そんな戦いの最中、荒神パグル、暴神ローグン、呪神デエル、地底神トロドが狭間ヴェイルに干渉し、この〝僅かな間〟の混乱を長く保つために協力しようと呼びかけた。

 

 言語を発せず、悪の思念波を飛ばしていた悪神デサロビアが賛同するように、突進。

 神界戦士カレヨン・ブーを粉砕しながら空を飛ぶ。


 亜神ゴルゴンチュラはこれに反対した。

 夫でもある亜神キゼレグと過ごす時を大切にした蝶の亜神は、神々の争いなど、どうでもよかったからだ。

 しかし、セラに住む定命の人族たちにとっては……。

 魂を捧げても好き勝手に暴れては人を食う亜神ゴルゴンチュラの存在は、絶対悪であり、恐怖でしかなかったのだが、亜神にとっては関係がなかった。


 そんな亜神ゴルゴンチュラは悪神デサロビアに<栄華の楔>を撃ち込む。

 果実が宿る花々の楔を喰らったデサロビアは混乱。


 狭間ヴェイルに干渉しようとした神々に向けて、デサロビアは、自らの巨大な眼球から光線を放った。


 光線を浴びた神々は溶ける。

 溶けた神のエキスは、眷属を作りだす海と川を新たに作り、古の都を穢し、歪な樹木群を瞬時に育て上げた。

 続けて、亜神ゴルゴンチュラは<荒神サウル喰い>をまだ生きていた神々に向けて繰り出す。


 狭間ヴェイルの干渉を阻止したかに見えた。

 だが、時空に干渉する神々は無数に存在する。


 他の地底神と邪神の使徒が協力し、狭間ヴェイルの干渉は続いた。

〝僅かな間〟の時間は延びる。


 そして、この強烈な動きを見せる亜神ゴルゴンチュラに、神界側も警戒。

 連携した戦女神たちがゴルゴンチュラを多重結界で押さえ込む。


 亜神キゼレグは妻の亜神ゴルゴンチュラを助けようとする。

 が、荒神グジュトとの争いで傷を負っていた。

 しかしなんとか、亜神ギセレグは、蝶の羽翼を生かした機動剣術で、荒神グジュトの一つの首と二つの腕を切り落とし、切り抜ける。


 亜神キゼレグは、亜神ゴルゴンチュラを助けようと向かった。

 しかし、その瞬間――。

 亜神キゼレグは、神界と魔界の神々から、多重封印魔法を身に浴びる。

 巨大蝶の証拠である背中から生えていた蝶の羽翼に卍型の紋章が刻まれた。


 同時に、魔軍夜行から現れていた魑魅魍魎のエイリアンたちが、無造作に破壊を楽しむように破壊閃光を神々に喰らわせる。


 その破壊光線は、動きが止まった亜神キゼレグにも向かった。

 光線を視認した亜神キゼレグは<囚われの銀鋼>で自ら銀の棺桶と化す。


 これは自らを封印する亜神独自の技。

 妻である亜神ゴルゴンチュラにしか解くことができない。


 破壊光線の攻撃を浴びた銀の棺桶。

 銀色は無傷だったが――その衝撃は、多重封印魔法の効果と重なった。

 さらに、無数の神々が繰り出す封印が、封印と衝突し、次元世界に干渉した結果もあるだろう。


 キゼレグが入った銀の棺桶は次元外へと吹き飛び消失。

 惑星セラから、セラの次元から姿を消した。


「そんな――キゼレグ!」


 多数の神々と共に動きが鈍っていた亜神ゴルゴンチュラは叫ぶが、声は届かない。


 そして、ある神人と接触した地底神トロドが、茨の鎖を亜神ゴルゴンチュラに飛ばす。

 だが、破壊の王ラシーンズ・レビオダが、茨の鎖を破壊の拳で破壊。


 偶然、救われた形となった亜神ゴルゴンチュラだったが、怒りは収まらない。

 身に喰らった戦女神たちの多重結界は解けてないが――。


 すべての神々に喧嘩を仕掛けては<次元裂き>の大魔法を繰り出す瞬間を狙った。


 そして、チャンスを見て亜神ゴルゴンチュラは愛用している魔大杖ガイソルを振るい上げる。

 膨大な魔力が杖の先端に集結した瞬間、杖の先端が左右に分かれた閃光が迸った。

 <次元裂き>を発動させる――。

 

 今、ここに次元が裂かれるかと思われた。

 が、重なり合っていた無数の神界の神々が黙って次元を裂く光景を見ているわけがない。


 戦神ヴァイスが、荒神たちを屠りながら、戦王キュイダル、賢人ラビウスを召喚。

 その眷属たちと共に、戦神ヴァイスは、怒りの咆哮を上げながら、亜神ゴルゴンチュラへと覇槌の一撃を喰らわせ混沌の網を喰らわせる。


 亜神ゴルゴンチュラは血反吐を吐きながら耐えた。

 そして、彼女が繰り出した<次元裂き>の効果は続く。

 

 荒神、呪神、古代神たちが、次元の闇渦に飲み込まれていった。

 同時に地表に激震が走る。

 狭間ヴェイルの魔穴に亀裂が走り<次元裂き>が中途半端に重なった結果――。

 地表の激震が中空へと震動波として伝わる。


 核爆発を起こすような爆風が吹き荒れながら――。


 亜神ゴルゴンチュラの目の前で凄まじい閃光が生まれ出た。

 そう、樹海の地に【光の十字丘】が誕生した瞬間であった。


 亜神ゴルゴンチュラは失明。

 直にその光を見た他の神々も、双眸が蒸発するように魔眼ごと眼球の力を失った。


 亜神ゴルゴンチュラも魔眼の生み出していた魔法効果が失われる。

 背中の羽色が変化を遂げた。


 そして、そのタイミングで神々しい光が宙に生まれ出る。


 その神々しい光から出現したのは……。

 神界でさえ、あまり姿を現さない時空の神クローセイヴィスであった。


 時空の神クローセイヴィスは<次元構築>を展開。

 時空の精霊ラースゥンがずれた次元の修正を施していく。


 亜神ゴルゴンチュラは衝撃で吹き飛んでいた。

 多数の呪神と衝突しながら、自身の力が失われていくのを感じ取る。


 失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗したァぁっぁぁぁッぁ―――。



 と、亜神ゴルゴンチュラは叫んでいた。

 彼女は<時の翁>を多大に消費。

 だが、樹海の地で立ち上がる。

 その場で、懐から、特別なアルマンディンとアーゴルンの魔宝石たちを取り出す。


 魔宝石を使用した。

 まだ残っていた<時の翁>の力と魔力を魔宝石へと注ぐ。

 自らの眷属たちを樹海に生み落とした。


 死蝶人シェイルと死蝶人ジュディが誕生した。


 続けて、<秘魔具>から色違いの大鎌サージュを二本と妖天秤フムクリを取り出し、新しく誕生したばかりの死蝶人たちに授けると<果実の抱擁>を使い領域を創り上げる。


 樹海に領域を使った相手を誘い込む戦いは、眷属たちも居るお陰で有利に働く。


 だがしかし、力を完全に回復していない亜神ゴルゴンチュラは、戦いが有利に働いた結果、逆に警戒を強めた神々たちから、多重封印魔法を連続的に浴びてしまう。


 魔法が衝突する度に動きを鈍くした亜神ゴルゴンチュラ。

 身の危険を感じたのか、眷属たちに片言を残す。


 その瞬間、亜神ゴルゴンチュラは金剛樹を用いた<封魔の刻印監獄>の中に封じられてしまった。


 領域の中心に、どこかで見たような換骨奪胎の歪な監獄が聳え立つ。

 主を失った死蝶人たちも必死に戦う。


 しかし、キュルハの使徒や神界の戦士と衝突していた彼女たちも必死だった。

 不死に近い死蝶人とて、相手が相手だ。

 どうしようもなかった。


 そうして〝僅かな間〟は閉じようとしていた。


 引き延ばそうとしていたが〝僅かな間〟にある狭間ヴェイルへの干渉が追い付かなくなると、神々たちは、狭間ヴェイルが機能する前に、それぞれの世界に帰還していった。

 ……封じられた亜神ゴルゴンチュラは知る由もない。



 ◇◆◇◆



 震えた卵型宝石はまだ取り出さない。

 封魔の刻印扉の内側は……。

 なるほど、ツアンとレベッカの浮かべていた表情が分かった。


 壁という壁に生爪が……。

 無数の指の血肉が付着した爪跡が存在した。

 こりゃ酷い。


 亜神ゴルゴンチュラ……。

 どのくらいの期間、閉じ込められていた? 数千年か? 

 ま、倒した今となっては知る由もない。


 卵型宝石で魔力を通せば……。

 ……何か、が、起こりそうだと思ったが、危険すぎる。


 そのまま寒い空間の監獄から外に出た俺は、死蝶人シェイルに視線を向けた。


 そして、レベッカは気まずそうに、


「……この子はもう……」


 レベッカの双眸は充血していた。

 血が欲しいわけじゃない。


 泣いていたのか? 

 何か言いたげだ。

 そんなレベッカの肩に手を当て頷く。


 もしかしたら、レベッカは自分の運がこんな結果を引き寄せてしまったとか考えているのかもしれない。

 いつも強気で元気がいいレベッカだが……。

 実は繊細な部分を隠すように元気を出していることは知っている。


「気にするな、戦いの結果だ」

「うん」

「ん、レベッカ、お菓子」

「あ、ふふ、ありがと」


 エヴァがレベッカにお菓子を上げていた。

 互いに気持ちは分かっていると、視線で語り合う二人。


 いい関係だな。<筆頭従者長>の二人は本当の姉妹に見える。

 エヴァはそのままレベッカと何気ない会話を始めていた。


 レベッカはエヴァに任せよう。

 と思った直後、レベッカが、


「……捕虜のような女騎士? それに黒髪の貴族女性たちも居る」

「ん、女騎士は精霊様が捕まえた。サナとヒナは言葉が通じない。あ、ロロちゃん」


 エヴァが説明してくれたが、その足元に黒猫ロロが居た。

 神獣状態だったロロの触手が回収していた波群瓢箪は地面に置きっぱなしだ。


「にゃぁ、にゃお~」

 

 黒猫ロロは鳴きながら、エヴァの足に頭をぶつける。

 エヴァの脛とふくらはぎの間を、行き交う黒猫ロロさんだ。

 テクテクとした動きで、尻尾もエヴァの足に絡ませて甘えていた。


 可愛い黒猫ロロは、レベッカの頬にも触手を伸ばして挨拶している。

 ツアンからイモリザに姿を変えていた、イモリザも挙手しながら、


「ロロ様、わたしにも~」


 と、触手を頂戴~というようなアピールをした。


「わぁ、ロロちゃん、ついにわたしのことを好きになったんだ!」


 はしゃぐレベッカ。

 黒猫ロロは触手を収斂させて逃げていく。

 レベッカは追いかけていった。

 イモリザもロロと遊びたいのか追いかけていく。


 女魔界騎士は、それを茫然と眺めていた。

 だが、チャンスと思ったのか、視線を鋭くさせる。


 キサラはその女魔界騎士の姿を、冷然とした表情を浮かべて見ていた。


 女魔界騎士の胸に魔女槍の穴が開くことを警戒。

『無駄なことは止めておけ』と、女魔界騎士に注意をしようとしたら、ロターゼが降りてきた。


「お前、自分の立場が分かっているのか?」


 ロターゼは、唸り声を上げて女魔界騎士に紫色の鼻息を吹き当てていく。

 一瞬、放屁を思い出した。


「……ぐ、生臭い……」


 女魔界騎士はロターゼの巨体に怯えながらも、そう言葉を述べていた。

 そして、戦意はない意志を示すように笑みを浮かべる。

 結構な美人さんだ。強いし、なんとか交渉して……。


 と、その瞬間、第六感を感じた俺。


 そう、鋭い視線を持つキサラさんだ。

 魔女槍を握る手が少し怖い四天魔女キサラさんとしての、視線だった。


「……シュウヤ様? 皆と共に、この魔界騎士を見ておきます」

「……頼む」


 声質が少し変わっていたキサラに対して、ノーリアクションで返事をした俺。

 そのまま死蝶人のシェイルの下に歩いていった。

 赤紫色の小さい蝶々たちが、彼女の周りを飛翔している。


 シェイルの表情を確認。

 元気というか生命力を感じない……。


「シェイル、意識はあるんだよな?」

「ジョディ……」


 死蝶人シェイルはそう呟くと、肩をすくめる。

 双眸に力はない。目は虚ろだ。


「亜神ゴル――」

「ウアアァァァァ――」


 突如、シェイルは叫び声を上げた。

 亜神ゴルゴンチュラを倒し、卵を手に入れたことを話そうと思ったが……。

 俺の言葉というか亜神ゴルゴンチュラの話を聞きたくないというように耳を押さえながら、身を引き裂くように胴体を激しく揺らす。


 すると、シェイルの体に無数の割れ目が発生。

 そこから鮮血めいた赤紫の蝶々を羽搏かせていく。


「力を失っているようです」


 キサラが発言した。


『はい、魔力の流れも淀んでいます』

『このゴルゴンチュラの卵型宝石を使えば、なんとかなるか?』

『分かりませんが、閣下の白炎仙手ならば可能かもしれません』


 ヘルメと念話していると、

 エヴァと遊んでいたレベッカたちが走ってきた。


「……ずっと、こんな調子なのよね。大事そうに白い宝石を胸元にかかえては、その白い宝石に向けて、笑い話しかけ続けているし……可哀想で……」


 そう話をしたレベッカの瞳は少し赤くなっている。

 ルシヴァルのせいじゃないだろう。

 泣いていたようだ。


「イモリザが歌った時に、その歌を真似するように微かな声を発していたのが、また、切なくてね……」


 そのイモリザは、少し離れた位置でロロディーヌの傍に居た。

 また、リンゴ畑に向かう時のような歌を披露したのかな。


 そのイモリザは、黒豹から黒馬タイプに連続で素早く変身するところを、近くで見ては、銀髪の形を変化させて「すごい~わたしもぴゅりんに変身!」とか、騒いでいる。


「……そうか」


 俺はそう小声で呟いた。

 すると、その小声と連動したようにシェイルは両膝を地面につける。

 そのまま、すとんと腰も落とす。

 形が崩れた頭部を左右に揺らし……。

 血のような赤紫の蝶々をその頭部から飛ばし続けた。


 俺に頭部を向けてくるが、俺を見ていないことは分かる。


 片目だけとなった瞳には幾条も糸蚯蚓のような血管が浮き出ていた。

 その瞳から、涙のような粒子状の蝶々が零れ落ちていく。


「アァァ、ゥアァ……」


 声が漏れるが、シェイルはもしかしたら心が……。

 切なくなった……彼女とは激闘を繰り広げた仲だ。

 だが、プライドを捨て亜神を助けるため、鍵を持つ俺に対して頭を下げ、武具さえも俺に渡した。

 戦う意志はないことを証明するために、自らの心臓に誓約の契約までもした。


 だが、親のゴルゴンチュラに、塵と同然な扱いを受けたシェイルとジョディ。

 勿論、亜神にも亜神の理由があったんだろうと思う……。


 だが、シェイルとジョディにしてみれば……辛すぎるだろう。

 死蝶人たちの性格はどうであれ、親である亜神ゴルゴンチュラのために、永い間、この領域を守り維持してきたんだ。


 そして、封魔の刻印扉を開けることができる俺という希望を得た直後の地獄……。


 その心情はあまりに察する……。

 俺は自然と涙が零れていた。

 ジョディを復活させれば、彼女の精神は回復するだろうか?


 分からない。


 そんな涙を照れ隠すように、ゴルゴンチュラが封じられていた三角形を崩し変なナイフのような監獄を見上げて、シェイルを見た。


 今、この状態の彼女にゴルゴンチュラの卵型化石を見せるのは……酷か。

 キッシュの村に帰ってからかな。

 俺の家で、様子を見ながら……皆と相談しながら話すか。

 幸いセラピストのような心を知ることができるエヴァも居る。


「ん、シュウヤ。分かってる」

「おう」


 俺の視線を受けたエヴァはそう話してくれた。


 そのエヴァだが神獣と化したロロディーヌの前頭部の位置で黒触手で縛られた波群瓢箪の上に腰かけていた。

 レベッカとキサラとイモリザの皆は体育座りをしながらお菓子を食べている。


 お菓子はドーナッツ型。

 形は見たことがあるから、もしかして、と思ったが、指摘はしない。


 波群瓢箪に座っていたエヴァは意識を取り戻していた女魔界騎士に向けて、そのドーナッツを優しげに差し出していたが、彼女は食べようとしなかった。


 その女魔界騎士には手首には蒼炎の枷が掛かっている。

 レベッカが蒼炎で環を作ったらしい。


「くっ……」


 と、声を漏らす女魔界騎士は蒼炎での痛みはないようだ。

 不思議そうに枷の炎を眺めていた。


 レベッカは蒼炎を扱う技術は上がっている。


 そして、なぜ、体育座りかは問わなかった。

 ロロの触手群が絶妙の位置で彼女たちの太股を支えている。

 肉球の天然座布団が気持ちいいとか?

 というか、ロロもキサラのムチムチしたお尻と太股をチェックしてそう。

 レベッカはすべすべかな。


 と、スケベな俺は考えてしまった。


『ロロ様。私も協力を』


 左に宿るヘルメが、そんなことを伝えてきた。


『いや、ヘルメの紐は駄目だ。いい匂いだが、危険な香りとなる』

『危険な香りとは?』

『指先の球根と紐からの匂いだ。魔界騎士のように紐で縛ったら、麻痺しちゃうだろ?』

『大丈夫です。<珠瑠の花>はコントロールが利きます。匂いをも同時に発生しますが、鎮静効果を促す相手は縛った状態で、強弱が利きます』

『そうだったか。てっきり<珠瑠の花>で縛ったら自動的に麻痺させるかと』


 念話しながら、魔闘脚でシェイルと間合いを零とした俺は、彼女を掬い上げ抱く。

 お姫様抱っこをしながら神獣の下に移動。


「ロロ、出るぞ」

「ンン、にゃぁ」



 ◇◇◇◇



 キッシュの村に帰還した時にはもう昼を過ぎていた。

 神獣ロロディーヌは銀箱を下ろす。

 エヴァが座っていた波群瓢箪はアイテムボックスに戻した。


 俺たちは大人しく表情が虚ろなシェイルと女魔界騎士を連れてキッシュが居る政務室に向かう。


 神獣の姿から黒豹の姿に縮小させていたロロディーヌは村のモニュメントの近くへと走る。

 出迎えの黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミの姿が見えた。


 猫たちと一緒に遊ぶつもりなんだろう。


 政務室に入ると、会議をしていたキッシュたちにさっそく報告を開始。


 リンゴ畑の何気ない旅から続いた一連の出来事を説明。

 亜神ゴルゴンチュラとの戦い。転移してきた飛行機は省いて転移者のことも。

 混沌とした夜のバトルロイヤルの魔界騎士たちとの戦い。

 悪夢の女神ヴァーミナが俺を狙っていること。

 ペルネーテで活動している宵闇の女王レブラの腹心のような骸骨魔術師ハゼスの存在。

 時獏とは話ができなかったが、何処かにいつの間にか消えていたことや、神界勢力とヴァルマスク家の<筆頭従者>ホフマン勢力が激戦を繰り広げていたことも伝えた。

 

 最後に、上空高いところに巨大な目玉らしき幻影が見えたことや、女王サーダインに助けた転移者たちが不意打ちで殺されたことも伝えた。

 サナとヒナは助かったけど、少し悔しい思いを伝えた。


 リンゴ畑の食材についても話をしておこうか。


「リンゴ畑の食材はエヴァとディーの店ヘ卸す以外にも、ヘカトレイルや近隣の村との交易に使える」

「あぁ、まぁそれは先のこと。今はやることが多すぎる。紅虎の嵐たちが加わったとはいえ、まだ戦力が必要だ。ヒノ村まで続く道作りを考えなければならないし……」


 輸送路の確保は急務か。

 続いてサナ&ヒナも紹介した。


「他の住人たちと同様に衣食住は保証する。ただ、仕事はそれなりにしてほしい。共通語はこれから少しずつ学べばいい。わたしも暇があれば手伝おう」

「了解した。サナとヒナは一階を増築してクエマたちと一緒に住んでもらうのもいいかもしれない。オークたちも共通語がまだ片言だしな。道作りも協力できれば、まぁ、古代狼族の件もあるしな」


 キッシュは頷く。


「いい考えだ。そのオークたちとムーの訓練を手伝っていた時に挨拶したぞ。頭を下げるだけだが、礼儀がしっかりして一流の冒険者のような雰囲気がある。もう少し言葉が分かれば村の巡回をお願いしたいのだがな」


 ソファーに座りながらまったりと村長のキッシュを含めた皆との談笑が続く。

 モガ&ネームスはいつも通り。

 モガは少し不満気だった、「パーティメンバーだろう! 一緒に戦いたかったが、ここの防御もあるしな、仕方ないか」と、モガと話をしてから、サラたちとも話をした。


 そして、そのサラを含めた紅虎の嵐のメンバーは装備が新しい。


「オークの装備を調べてたら、掘り出し物があったのよ」

「隊長が唸る、身体速度が上がるような腕輪も見つけたしね」


 そう語るベリーズ。

 魔力を帯びた肩当てに変わっていた。

 印があるから、オーク八大神のいずれかの力が宿るものかもしれない。


 ルシェルは魔力を帯びたベルトバックルと前掛けの布切れ、ブッチは斧の握り手を巻ける魔力が備わった新しい布を装備している。


「シュウヤ。改めて話をするけど、よく生きていたわね」

「そりゃ、な?」


 片眉をぴくっと動かして、ドヤ顔を示す。

 もしロロが肩に居たら、猫パンチをぽんぽんと俺の肩に繰り出していただろう。


「ふふ、で、その話に出てきた【未開スキル探索教団】のメンバーのことだけど、違う方ならヘカトレイルの冒険者ギルドで見たことある」

「なるほど、結構な大所帯だったりするのかな」

「うん。スキルを求める集団だから、強引な手法で獲得する方向を知っているとか」

「はい、中には、スキルを盗むという人材も居るか聞いたことありますよ」


 ルシェルがそう発言。


「へぇ」


 そんな調子で紅虎たちとも個別に会話を続けた。

 そして、レベッカたちを連れて外に出ようとした。


 キッシュの政務室にはハイグリアたちと紅虎のメンバーたちにイモリザが残る。


 ちゃっかりと、キッシュに必要とされているイモリザだ。

 ツアンとピュリンの方が大きいと思うが。


「シュウヤ……」

「拳と拳だろう? 分かってるよ。村の守りに協力してくれて感謝している」


 と、笑顔を浮かべて、ハイグリアに挨拶してから片手を泳がせる。


 政務室の外に出ると、ドミドーン博士と助手のミエさんから質問攻めに遭う。

 簡単に、銀箱と亜神ゴルゴンチュラに虚ろな表情で元気がない死蝶人のシェイルのことを説明。

 樹木と破壊の魔族女王の争いと女魔界騎士のことも話をしていった。


 長い話になるかと思ったが、黒猫ロロが救ってくれた。


 村のモニュメントの近くで子供たちを遊んでいた黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミを率いる黒猫ロロ軍団だ。

 子供たちと遊んでいる。


 戻ってきた俺に黒猫ロロが触手を絡ませてきた。

 俺はトランポリン状態となる。


 さすがに、こんな上空に舞う状態では博士も聞けない。

 そのまま打ち上げ花火状態となっているところに……。

 

 レベッカが蒼炎を空に打ち上げる。

 さらにキサラが魔女槍からフィラメントを放射状に展開。

 続いてロロが火炎を吹いては、エヴァが紫魔力に包んだサージロンで火炎を貫いた。

 最後に、レベッカの蒼炎と合体したサージロンの球が弾ける音が轟く。


 本当に打ち上げ花火大会になってしまった。


 トランポリン状態だった俺は近くを行き交う花火、もとい、攻撃を喰らいたくないのでロロの触手から強引に離れた。


 パルゥ爺とリデルの家の屋根上に降り立つ。

 そのまま黄金の魂道が続いている小山の方を見た。

 俺の屋敷はここからじゃ見えないが、訓練場に誕生したばかりのイグルードの樹は見える。


 すると、子供たちから離れた黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミが屋根上に飛び乗ってきた。

 黒猫の姿のロロも居た。


「ンン、にゃ~」

「んじゃ、家に戻ろう、競争だ」


 ロロディーヌが下ろして放置していたギセレグが入っている銀箱に<鎖>を絡める。

 銀箱を宙に浮かばせながら、黒猫ロロたちと走りだした。


「ニャ~」

「ニャオ~」


 ◇◇◇◇


 イグルードの樹木の前で訓練していたオークたち。


 クエマとソロボは訓練場の外に居た俺たちの姿を見ると、ムーと一緒に近づいてきた。

 クエマは持っていた槍を縦にしながら、片膝で地面を突く。

 ソロボは銀太刀を背中に回して装着させて、クエマと同じポーズで出迎えてくれた。


 ムーは、その敬う行動を真似しようと糸を放出させた義足を回転させる。

 そのまま器用にしゃがみ込んでいた。


「主、お帰りなさいませ」

「主! 言葉を少し覚えた!」

「……っ」

「よ、言葉は徐々に覚えればいい。ムーを見ていてくれてありがとう」

「わたしたちも訓練になります」

「はい、この糸魔術を扱う槍使いの少女ムーは、なかなかに筋がいいかと」

「ほぅ」

「クエマ様の捕縛術の基本を徐々にですが、生かそうとしてます」


 ムーは自慢気な表情を浮かべていた。

 そんなムーと視線を合わせるように、片膝を地面におろす。


「ムー、がんばっているようだな」

「……」


 頷くムー。頭上に浮かぶ銀箱を不思議そうに眺めていた。

 俺は微笑んでから、義手と義足を調べていく。

 異変はなし、大丈夫だ。

 そのままムーの頭を撫でてから、立ち上がる。

 

 ムーと別れた俺は訓練場の外で待機していたサナとヒナに、シェイルと女魔界騎士を連れているエヴァとレベッカたちの下に戻る。


 皆を家に案内した。

 銀箱は家の横に置く。


「上がってくれ、自由にしてくれて構わない」


 と、告げてから、一階のリビングへと皆を案内。

 

「ぷゆ?」


 ぷゆゆが居た。椅子の上に乗って儀式をしている。

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