三百七十九話 サイデイル村の門作り

 

「ムーちゃん。その腕と足から繋がる魔法書、秘術書は……」


 キサラが浮いている魔法書を秘術書と呼んだ。

 秘術系の書なのか。


「紐の書も気になりますが、新しい腕! 樹ということは、閣下のお手製の品」


 ヘルメがそう言いながら、小熊太郎ぷゆゆを下に置き、ムーに近寄った。


 ぷゆゆは、樹が捻れている杖を掲げる。

 杖に付く沢山の飾りを小さい手で弄っている?

 人形のような手と指は、モジャモジャの毛が覆っているから、小さい指の動きは把握ができない。


 そのぷゆゆが持つ杖に、相棒の触手が伸びた。


 ぷゆゆは『なにぷゆか! ぷゆゆ!』といった表情を浮かべる。

 勿論、まん丸の目に白い歯をニカッと見せた表情だから委細は分からない。

 鼻の孔と口周りの毛を荒い息で吹かす。

 ぶあぶあと持ち上がる毛が泳ぐ様は凄く可愛い。

 

 そんな着ぐるみを着た小熊太郎こと、ぷゆゆは、華麗なターン。

 小さい手足を前後に動かして、訓練場の反対側へ走り出した。


「にゃんお~」


 キラ~ンと目を輝かせた黒猫ロロさんだ。

 逃げる小さい小熊太郎ぷゆゆを追い掛ける。


 そんな微笑ましい光景を視界に捉えながら、ヘルメとキサラに向けて口を動かす。


「……そういうこった。ムーは槍を習いたいようだからな。といっても義手と義足。片手と片足のバランスを考えたら、大変な道のりなのは想像がつく」

「槍だけなら、そうなると思いますが、その紐と繋がる秘術書を使いこなせれば、普通の槍使いを超えた新しい戦闘職業として大成するかもしれません」


 四天魔女としてのキサラの言葉だ。

 ムーの将来性を買っているらしい。


「紐の秘術と槍の融合か」

「はい」

「――っ」


 ムーは喜んでいるのか鼻息を荒くして義手で空を突く。

 しかし、勢い余って転んでいた。


「……あらあら、ムーちゃん――」


 ヘルメがすぐに<珠瑠の花>のスキルを用いた。

 蒼と黒の螺旋した紐でムーを優しく包んで起こしてあげている。

 ヘルメの両手の指に生えた球根花から伸びた紐は神秘的な色合いだ。


 その神秘的な紐で、ムーの髪の毛を結ぶ。

 螺髻の髪型を作っていた。


 ムーの脱色したような銀髪が綺麗に整えられる。


「……っ」


 しかし、ムーは頭を振ってヘルメから離れた。

 せっかく作ってもらった螺髻の形は解かれてしまう。


 そんな髪形を崩したムーは、自身の髪と体に絡むヘルメの神秘的な紐を注視。

 自然と自分の体から離れた輝く神秘的な紐<珠瑠の花>が不思議に見えるようだ。


 確かに、ヘルメの<珠瑠の花>は不思議だ。

 両手の指の爪の先に咲いた球根花。

 その球根花の中へと、今も輝く紐が収斂していく。


 すこぶる綺麗だ。

 キサラの虹を髣髴とさせるフィラメント群の展開も綺麗だが……。

 このヘルメの<珠瑠の花>の色合いも中々だ。


 慈しみの表情でムーの視線に応えるヘルメ。

 視線を向けるムーは頬を紅く染めていた。


 そういえば……尻の洗礼を受けていたっけ。


「ヘルメ。ムーの紐と魔法の書物はどう見える?」

「……精霊ちゃんという感じはあまりしません。しかし、紐のように伸びる魔の糸には、強い闇と、風の精霊ちゃんに似たようなモノを感じます」

 

 ヘルメが指摘すると、すぐにキサラが、


「おそらく、魔界製かと……」


 魔界か。

 そう喋ったキサラは、自分の腰にぶら下がる魔導書を見てから、ムーの紐と繋がった特殊な秘術書を見る。


 その視線と顔色からの判断だが……。

 キサラの魔導書は魔界に関連するということか。


 その点を踏まえて、


「……その予測は正解だ。さっき魔剣ビートゥを出したら、その秘術書と共鳴していた。そして、同じ製作者の魔界八賢師セデルグオ・セイルの名が浮かんでいたんだ」

「やはり……しかし魔界八賢師とは、また凄いアイテムですね」

「だから一部だけとはいえ、強い闇を感じたのですね。でも、ムーちゃんはどこでそのような秘術書を」

「モガ&ネームスが持っていた書だ。ホフマンが率いる一党が作った樹海の根城から脱出する際に宝物庫からかっぱらってきたアイテム。他にもモガとネームスの家に飾ってあるようだが……」


 またシュミハザーのような奴が……。

 巨大棺桶ごと来訪もありえるか?

 まぁ、シュミハザーだから追ってくることができたということか。


「あの時の! モガから蛙型の銅像の説明を聴くことに集中していたようで、気付きませんでした。あ、だからムーちゃんはお宝を見ていたのですね」


「……」


 ムーは小さく頷く。


「ホフマンの根城を破壊したという死蝶人のジョディとシェイルですね。シュウヤ様と戦ったのは赤紫色の蝶のシェイル」

「そうだ。モガたちは、その死蝶人に助けられたともいえる」

「そんな気まぐれな死蝶人が望むゴルゴンチュラ神の復活……彼女たちは今も、閣下を視ているのでしょうか……」

「可能性はある。まぁ、蝶々を見たら怪しいと思えばいいだろ。ロロも反応するだろうし」

「はい」

 

 ヘルメとキサラは頷く。


「しかし、十二樹海の主の眷属と目される死蝶人と互角に戦うとは、やはりホフマン……わたしのスキルを奪い魔女槍に閉じ込めただけはありますね。そして、その宝物庫といい、さすがはハーヴェスト神話にも登場する高祖十二支族のヴァルマスク家。<筆頭従者>に宝具を預けて研究させる女帝も相当の切れ者と予測できます」


 そういえば、キサラはホフマン以外にも違う一族と戦ったと話をしていたが。


「……キサラは昔、ヴァルマスク家と同じ高祖十二支族のローレグント家の吸血鬼ヴァンパイアと戦ったことがあると聞いたが」

「はい、ローレグント家の<従者長>と数度」

「ヴァルマスク家の<筆頭従者>ホフマンは、そのキサラが戦ったローレグント家の吸血神ルグナド様の<筆頭従者長選ばれし眷属>の女帝と通じていた?」

「多分ですが、はい。ファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナドの任務を受けた筆頭従者ホフマンが、ローレグント家の一族を率いる女帝に、何かの親書を渡したか、縄張りに侵入するための許可依頼か、その詳細は不明ですが、取り引きはあったと思います」

「そっか」


 高祖吸血鬼ヴァンパイアのヴァルマスク家の根城は【血法院の大墳墓】で、南マハハイムの南方ハイム海に面した位置に存在する。

 一方、ローレグント家の根城はマハハイム山脈を北に越えたゴルディクス大砂漠の砂漠都市のどこかだ。結構な距離がある。

 ホフマンは移動を苦にしないようだな。

 

 ムーは無表情で話を聞いていたが、


「……っ」


 途中で辛いことを思い出したのか、義手と普通の手で耳を押さえると、体を震わせる。

 その場で膝を抱えるように縮こまってしまった。


 震えている小さい肩に手を乗せ、


「ムー、大丈夫か?」

「――っ」


 ムーはメッシュの髪の毛を揺らしながら起き上がると、俺に抱き着いてきた。


「大丈夫だよ。武術を習いたいんだろう? もっとしっかりしないとな?」

「……っ」


 ムーは頷くと、俺から離れて、キサラとヘルメにも頭を下げている。

 頭を上げて、もう一度頭を丁寧に下げるムー。


 その紺碧の小さい視線は逡巡。

 キサラの腰にぶらさがる魔導書と、ヘルメの球根からちょびっとだけ伸びた<珠瑠の花>に、何度も向けられていた。


 俺の槍だけではなく、他にも色々と教えて欲しいらしい。


「わたしの<珠瑠の花>ちゃんたちですか? 閣下ならいざしらず、スキルですし、感覚が多くを占めているので無理だと思いますよ」


 ヘルメは淡々と語る。

 まぁ、当たり前だな。

 紐とはいえ、ヘルメの爪には球根だ。

 その球根花をムーが咲かせるって、仮にできたとしても、無事な手は槍が主力になるだろう。


「この書の力は魔女としての<魔謳>、魔女槍ことダモアヌンの魔槍に、メファーラ様の加護である姫魔鬼武装と関係しています。糸、魔糸? などのその秘術書のような力はありません。それに、もし知っていたとしても、シュウヤ様以外に伝授するつもりはないです。ムーちゃんは、妹弟子ではないのですから」


 蒼い双眸を覗かせる黒マスク越しの視線は、黒女王のごとく厳しい。


「……」


 ムーは残念そうに肩を落とす。

 これも当然だろう。

 キサラは黒魔女教団の幹部か代表者の一人。

 長い歴史のある教団だ。


 そのキサラは俺と戦って負けた。

 そして、負けたからこそ教団が求めていた救世主と判断。


 闇と光の運び手ダモアヌンブリンガーと俺を呼んでいる。


「四天魔女アフラ・ベアズマと高手たちの一部は鉄球の【法厳鉄魔流】と、光斬糸の【光糸明通流】に、闇斬糸の【闇糸冥蚊流】の使い手でもありました。彼女たちに弟子入りすれば……学べるかもしれません。しかし、果たして生きているか」


 ムーの表情を見て、フォローのつもりなのかそんなことを話すキサラ。


「ムー。ヘルメとキサラから直接教わることは難しそうだ」

「……」

「だが、見て学ぶことは別に禁止じゃない」

「……っ」


 小さい頭を左右に振るムー。

 ヘルメとキサラは優しげに微笑む。


「気が早すぎる。訓練は大事だが、まずはしっかりと食事を取って休むことだ。あとは、他の子どもたちと遊ぶんだ。特にアッリとタークとなら遊びながら色々なことを学べる機会も増えるだろう。そして、義足と義手の扱いに慣れた頃に――」


 そこで<邪王の樹>を意識。

 樹槍を作る。


 ゴルディーバの里の近くにある修練道のような場所はさすがに作れそうもない。

 簡易的な物なら作れるとは思うが……。


 と、考えながら作った樹槍を<投擲>。

 ムーの近くの地面に樹槍を刺す。


「――その槍で、俺が風槍流の基本の型を教えてやろう」

「……っ」


 頭を左右に振るムー。

 ムーの紺碧の双眸は足下に刺さる樹槍を見た。

 そして、また俺を見る。

 何回か、槍と俺を見比べるように視線を行き来させてから、再び、俺のことをジッと見つめてくる。


 その視線から気持ちを推測すると、『早く教えて!』という感じかな。


「ムー。焦る理由があるのか? 喋らんことには分からないぞ」

「……っ」


 口をわなわなと震わせている。

 少しは喋ろうとしているらしいが、そこで頭を左右に振るムー。

 そして、義手の孔から紐を樹槍に向けて伸ばし、紐で絡め取る。


 樹槍を手で掴むと嬉しそうに微笑むムー。

 そして、俺を見据えてから、両手、両足を地面に突けて、頭を下げていた。


「……気持ちは分かっているから頭を上げなさい」

「――っ」


 ムーは勢いよく頭を上げる。

 その際に、慣れていない義足のほうに体勢が傾く。


「あ、ムーちゃん」

「……」


 ムーは『大丈夫!』とでもいうように、無事な方の片足を曲げて器用に立ち上がる。

 ムーは笑っていた。


 楽しそうだ。


 やはり、新しい足があるというだけで違うんだろう。

 そのまま樹槍を杖代わりにして、訓練場の外に出ようと歩いていく。


 義足の使い方は……まだまだぎこちない、大変そうだ。

 あ、樹槍を義手に嵌め込んでは、振り回そうとして転んでいる。


「……転んじゃいました。閣下、いいんですか?」

「いいさ。失敗は成功のもと。まずは義足と義手の扱いに慣れなきゃな。どうしようもない」

「まだ幼すぎる面もありますからね」


 ヘルメとキサラの言葉に頷く。

 この村……。

 ここならムーも元気に育ってくれる。


「……だな。ということで、俺は門作りに向かう」

「では、お目目の中へ」

「いいぞ、来い」

「はい!」


 ヘルメは瞬時に液体化しながらスパイラルして俺の左目に納まった。


「……」


 キサラは無言。

 尊敬するような視線で俺を見てから、頭を下げている。


「キサラはどうする? 一緒に来るか?」

「いえ、ロターゼがそろそろ戻ってくるはずですので」

「キサラァ、俺の大事な魔印を蹴りやがったな!」


 案の定、空から怒ったロターゼの声が。

 その声に応えるように、キサラは腰の魔導書を煌めかせつつ――。

 その魔導書の頁を捲らせた瞬間、魔女らしいノースリーブの衣装へとスタイルチェンジ。


 そのままダモアヌンの魔槍を掴むと空のロターゼの下へと飛翔していく。


「あまり派手に争うなよー」

「――はい」


 ロターゼはプリント基板皮膚の模様を光らせている。

 星型多面体が混じった真珠母のような光線を照射していた。


 あれは前に神獣姿のロロディーヌに向けて放っていた魔法光線か。


 キサラは魔女槍のフィラメントを使い、光線を弾きながらロターゼに近付いている。


 彼女は、あのロターゼのことを特別・・と語っていたからな……。

 強力な破壊光線によって……雲に孔ができているし。


 ……派手な模擬戦、というか喧嘩だ。


 んじゃ、俺は俺の仕事をするかな。

 黒猫ロロはまだ戻ってこない。


「アーレイとヒュレミはどうする? 一緒に来るか?」

「ニャア」

「ニャオ」


 二匹とも壁の下でゴロニャンコした状態で鳴いていた。

 内腹を見せて、ぐてぇっとした気力を感じない格好だ……。


 まったく……内腹を撫でてあげたくなる……。


 そして、こっちまでぐてぇっと一緒に寝っ転がりたくなった。

 二匹は日向ぼっこしたいらしい。


「分かった。お前たちは、そこで日向ぼっこをしていろ。ムーの遊び相手も頼む。あ、押し倒すなよ?」

「ニャアァ」

「ニャオォ」


 内腹を見せたままの状態の二匹は変な鳴き声を上げて返事していた。


 しかし、黒猫ロロはぷゆゆを追い掛けていったようだが……。

 何処にいったんだろ。


 まぁいいか。その場で跳躍――。

 宙で<導想魔手>を発動――。


 その<導想魔手>を蹴って宙を進む。

 キサラとロターゼが衝突しているのを横目に――。


 門の場所に向かった。

 空の上を走る~♪ 走る~♪


 と、心の中で歌いながら宙を駆けた。



 ◇◇◇◇



 小さい渓谷の奥まった位置に存在する門が見えてきた。


 イモリザが守っているはずの、岩と岩の間にある門だ。

 古い木製の門は損傷が激しい。

 門としては一応機能しているが、斜めに傾いているので危険だ。


 そんな門の頂上には、


「あ、使者様! おはようございます!!」


 小柄のイモリザじゃなくて、さらに小さいピュリンが手を振っている。

 骨の小さい尻尾が左右に激しく揺れていた。



 もう昼過ぎだが、おはようと挨拶してくれた可愛いピュリン。


 門番長としての仕事を担当するのは、今日はピュリンらしい。

 もしかして、日ごとに分担しているのかな。


 金髪と薄青い瞳を持つピュリン。

 額から墨色の綺麗な線状紋のようなマークが目元に伸びているのも変わらない。


 白肌の表面を覆うコスチュームは前と少しデザインが変化していた。

 狙撃しやすいように肘辺りに肉球を思わせるクッションが付いている?


 片腕の手首からはセレレの骨筒がライフルのように伸びている。


「――よ、ピュリン。おはよう」

「はい! 使者様、これからどこかにお出かけですか?」

「いや、この門の修理というか、岩場を利用した門を新しく作り直そうかと」

「それはイモリザも喜びそうです。彼女には門番長としての誇りがあるようですから」


 ピュリンは骨筒の先で、足下の門の屋根を指しながら語る。


「ピュリンはその手に備えた骨筒で、ここから遠くのモンスターを狙撃していたのかな?」

「そうです。多数屠りました。ですが、強いモンスターもちらほらと……」


 強いのか。

 俺が戦った半透明なオークのような奴かな。


「強いモンスターたちか、どんなモンスターだったんだ?」

「まずは巨大羊のモンスター。次は青白い光に包まれた小型のゴブリン。その次は頭部の周囲に点々とした明るい玉を持った魔術師系のモンスター。そして最後のモンスターが一番特殊でした。人の姿だった者が……急に胴体から大量の腕を生やし、肋骨系の鎧から青白く光る内臓を覗かせるモンスターの姿へと変身したのです」

「へぇ、最後のは強そう」

「はい、青白く光る内臓から同じ青白い色の魔力を噴出しながら素早く左右に移動して、わたしの狙撃を避け続けては、背丈のある樹木にピタッと両足をつけた状態で不自然に動きを止めて、遠くからこちらを睨んできました……そのままこっちに突撃してくるかと思いきや……わたしがツアンさんの姿へと変身すると、逆にその内臓が青白く光っていたモンスターは遠ざかって離れていきました」


 そのモンスターの気持ちは分かるような気がする。

 ピュリンからツアンに変身するところを見たんだろう。


 俺だったら近付かない。

 違う人族に変身する人族なんて、普通は居ないからな。


「ツアンさんも『久しぶりの戦いか!』と心が躍っていたようですが、モンスターが離れていくと、『俺にもたまには戦わせろよ』、『あぁ、旦那の魔煙草が吸いてぇ』と、愚痴が多くなりました。普段の近接戦はイモリザが『わたしが出るの♪』と語って出る場合が多いので、ツアンさんの出番は少ないんです」

「なるほど」


 ツアンも二人の女性の人格と同居するのは大変だな。


 そこに、小型のヘルメが視界の隅で踊りながら登場した。


『そのイモちゃんは踊りと子供たちを守る戦いを頑張っていましたよ。キッシュ司令長官の言葉をちゃんと聞いていました』


 踊っていたヘルメは敬礼をしながら語る。

 なんで軍隊のような敬礼を……。


『……そか、俺としては三槍流の訓練もしたいんだが、イモリザたちが頑張っているなら、あのままでもいいかな』

『閣下が戻れといったらすぐに戻ってくると思いますが……ふふ、閣下らしい』

『いいんだ。一槍の風槍流、二槍の我流もある。武の高みは天井知らず。キサラのダモアヌンの魔女槍を使った槍に格闘を含めたメファーラの加護を使った魔人武術系もある。俺は俺で、下段の<牙衝>の派生技も覚えたいし、<水月暗穿>とのコンビネーションも模索したいところだ』

『槍だけでも多種多様。格闘と剣術に斧術もあるのですから……閣下の武には果てがないのですね』

『そうだな。気長に訓練と実戦を重ねるさ』

『はい。御側で訓練のお手伝いをしたいです』


 そこで、ヘルメとの念話を終了する。


「それじゃ、ピュリン、ここの門を弄るから退いてくれるか?」

「はい、では、イモリザに戻ります――」


 粘土が溶けるように体が崩れ、黄金芋虫ゴールドセキュリオンの姿に変身。

 その直後、黄金芋虫ゴールドセキュリオンから瞬時にイモリザの姿となっていた。


 前より変身が速くなっているような気がする。


「使者様~~♪」


 浅黒いココアミルク肌のイモリザは、早速俺に抱き着いてきた。


「使者様の匂い~~ ♪」

「分かったから、ふがふがするな」


 と、イモリザの肩を持ち、体を離す。


「えぇぇ……ピュリンには優しくしていたのに~」

「普通に話をしていただけだ。それより、門を弄ると聞いていただろう」

「はーい♪ 子供たちに音頭を教えてきまーす♪」


 イモリザは宙へ跳躍。

 宙の位置から黒爪を地面へ伸ばし突き刺すと、素早くその曲線を描くように伸びている黒爪を根本の十本の指先に収斂しつつ体を地面に運び、地面に着地していた。


 普通に側転しながら移動するより、宙を爪を使って移動した方が速いな。

 魔骨魚のような機動力はないが、それに準じる速度はあるか。


 イモリザは黒爪を地面に突きさしては収斂して村のモニュメント近くに移動していく。



 俺は前に移動しよう。

 また<導想魔手>を足場に使い、宙を翔けていった。


 よーし、ここでいいだろう。


 初めてこの村に来た時を思い出すな。

 ここは山っぽい。

 あの曲がった崖側の下に続く隘路の先には馬崖岩という名の岩場がある。

 降雨によって削れたような自然の岩の道が続いている場所だ。


 そして、山にある村の出入り口の小さい渓谷を、強固な門に作り替えてやろう。

 元々の門がある奥の門を一の門としよう。


 天然の高い石垣が左右にある場所だ。

 一文字の虎口だからあまり弄らず……。


 左右に突き出した高い石垣の岩の天辺から吊り橋のような木の橋を作る。

 外枡形をイメージして、そこから本格的に大工仕事を開始した。


 左右の岩の窪みに、多数の垂木角材で岩と岩を繋げるように挿し並べる。

 その並べた角材の上に太い母屋の角材を縦に二重に三重にと、ミルフィーユでも作るように積み重ねていった。


 ここからだと木組みパズルにも見える。

 だが、外から見たら隘路の一部を利用した枡形虎口の原型に見えるはずだ。


 さらに、二の門を作り、頑丈となるように補強を重ねていった。


 次に一の門の左右に聳える天然の高い石垣の岩場を利用。

 その岩場の上に盾付きの射手台としての巨大櫓をイメージ。


 樹木を生やし伸ばしていく。

 櫓を支える四隅の柱には意味もなく高床式倉庫の鼠返しを作った。

 

 そして、巨大櫓を囲う一部の巨大板は、<破邪霊樹ノ尾>を使い光属性の盾として機能させる。


 盾の装飾は闇鯨ロターゼの点と点のドット絵のおならをモチーフにした芸術を意識。

 四角いので、これはこれで建物を作る際の足場にも見えるかもしれない。


 巨大櫓の天辺は切妻屋根だ。

 滑らかな野地板を斜めに並べて雨水がスムーズに雨樋へ流れるように仕上げる。


 その巨大櫓の切妻屋根の上に分厚く平たい台を作った。


 この木製の台は、演劇をやるためじゃない。

 いや、別にやってもいいが……というかイモリザがやりそうだ。


 ここは俺を含めた皆が偵察をしながら訓練を行える場所をイメージして作った。


 見晴らしがいいから黒猫ロロが気に入るかもしれない。

 一際高い屋根の台はこんなもんでいいだろう。


 最後はこの櫓の下。

 岩と岩の谷間に存在する第一の門の扉の装飾だな。


 屋根に設置した台から飛び降り、地面に着地。


 さっそく扉の表面に木材を向かわせた。

 装飾には獰猛そうな剥き出しの牙から舌を伸ばしている黒豹ロロを作ろう。

 毛に覆われた胴体が扉の一面になるように――。


 爪が伸びた前足が門の取っ手を掴み、長い尻尾の先は屋根上へと伸びる作り。

 内側は子供たちの絵でもイメージするか。



 ◇◇◇◇



 よーし、今日はこんなもんで終わりかな。

 疲れは特にないが、魔力を大量に消費した。


 その代わり、門の修復というか、凝った作りを意識しすぎて豪華な門と化した門ができた。

 外から見たら簡易の砦に見えるかもしれない。


 山としての地形に頑丈な正門だ。かなり頑丈な作りになったはず。


 家作りではトン爺にも褒められたし、ムーの義足と義手作りもスムーズだった。

 アキレス師匠と共に地味な木工細工を続けたことには意義があったのかもしれない。


 他にも器用さとかもあると思うが……。

 やはり、一番の要因は魔力量かな。


 依然としてスキルは獲得できていないが……。

 それなりの日曜大工ならできるってことだ。


 そこで、闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを触った。

 沸騎士たちを召喚。


 髑髏指輪から放たれた二つの魔糸が地面に付着。

 沸々とした地獄釜が煮え立つような沸騰音が鳴り響く。


 魔界の雰囲気を感じさせる。

 煙がもくもくと立ち昇る最中、沸騎士たちが煙の中から現れ出た。


 彼らに真新しい門を紹介した。


「素晴らしい門ですな。簡易の砦に見えますぞ」

「閣下! 私には分かりましたぞ。これは魔界の領域に新しい砦を築く練習ですな?」

「いずれはあるかも知れないが分からん……」

「ゼメタス。いい意見だ。閣下には是非、我らの領域にて砦といわず……魔城を築き、ホルレイン卿の出鼻を挫いて欲しいものだ」


 なんだ、その前にも聞いたホルなんたらという名前は。

 牛顔だったりするのか?


「しかし、閣下、我らが守る場所がありません」

「ふふ、アドちゃんゼメちゃん、これはわたしのためのなの♪ 使者様~、ありがとう!」


 イモリザが子供たちを連れて戻ってきた。


「いや、沸騎士たちやイモリザのためじゃないから。んじゃ、俺は魔力を消費したし、少し休憩する。イモリザは腕か指に戻るか? それとも門番長として、またリンゴ狩りを頑張る?」

「門番長として、村の周囲の偵察&リンゴ狩りをしたいです!」


 イモリザは万歳というように両手を上げる。

 やはり門番長のほうがお気に入りらしい。


「偵察か、ハイグリアたちが警邏しているようだが、ま、頑張れ」

「がんばります! 子供たちもわたしの歌を習いながら戦う訓練もしたいって」

「……いいぞ。が、キッシュから許可を得ているとはいえ、あまり無理はするなよ。危険なモンスターがでたら撤退だ。念のため、沸騎士たちも一緒についていけ。それと、遠くの方で、お前たちが報告していたオークの奇兵剣士たちの姿をキサラが見たそうだ。その鬼髑髏の小隊は違うモンスターと戦っていたらしい。詳しい位置は知らないが一応頭に入れておけ」

「はっ、お任せあれ」

「承知! 次は取り逃がしはしませぬ!」

「は! お任せアレ! 次は潰してみせまするぅ! ふふ、現れたらぎったんばったんで倒します! だから大丈夫でーす♪」


 沸騎士たちの真似をして、笑顔満面のイモリザ。

 ぎったんばったんは技名か?


「あー、イモちゃん、またゼメちゃんとアドちゃんの真似をしてる!」

「あはは、でも、頭がおもしろーい」


 子供たちが指摘するように、綺麗な銀髪で美味しそうなドーナッツを作っているし。

 でも他は浅黒いココアミルク肌の女の子の姿だ。


 服は子供たちからプレゼントされた可愛らしいポンチョ系を羽織っていた。

 オークから奪った青い布と黄色い布を繋ぎ合わせた雑な作りだと思うが似合う。


 そんなイモリザは数本の爪を地面に突き刺す。

 その突き刺した爪を伸ばし体を運ぶ。


 竹の子が一瞬で成長するように、爪からグンッと音を響かせながら自身の身体を壁の上へと持ち上げて屋根上に飛び移っていた。


「ゼメちゃんアドちゃん遅い! るるふ~~ん♪ 使者様は強い、いえい♪ 使者様はかっこいい、いえい♪ んふふふ~ん、ふ~ん♪ 子供たち、こっちですよー♪」


 真新しい屋根の端に立ったイモリザは不思議な音頭を口ずさむ。


「ぬぬ、アーレイ殿がいれば、届いたかもしれぬが……」

「いや、閣下が作られた門は大きい。我らと大虎のヒュレミ殿でも屋根上に乗り移れるかどうか」


 沸騎士たちが屋根上で踊って歌っているイモリザの様子を見ながら語る。

 というか、あの歌はなんなんだ。


 妙に恥ずかしい……。

 すると、子供たちも、


「わあー、イモちゃん音頭だぁぁぁ!」

「ゴブリン狩り? 芋虫の姿が見たい~~」

「アッリとタークが居るならプレモス窪地まで行こうよ!」

「うん、それもいいかも。あ、ねーねー、見て! 門が新しい!」

「本当だ。あ、ここに僕たちの絵もある?」

「わ~」


 アッリとタークも混ざっている。

 イモリザは門の上で魔骨魚を次々と召喚していた。


 その召喚した魔骨魚の中から大きな魔骨魚の上に飛び乗り腰を下ろすイモリザ。


 飛行を始める。

 宙を飛ぶイモリザの周りには小判鮫のように魔骨魚が付いて回っている。

 イモリザは「ふふふーん♪ 骨、骨、大好き~、骨ちゃんず~♪」と、そう大きな声で口ずさみながら子供たちの周囲を囲うように魔骨魚たちを動かした。


 すると魔骨魚たちはバラバラの骨となった。

 さらに、子供たち一人一人にその骨たちが展開。


 子供たちを覆う小さい骨鎧となっていた。


 あれは何だ……イモリザの新しいスキルか?

 あんなことをいつの間に……。


「アドちゃん&ゼメちゃん。先にいってるからね~、進撃~♪」


 と、イモリザは子供たちを引き連れて門から離れていった。


「またれよイモリザ殿ォ。では閣下、そのオークたちを見かけたら殲滅してみせまする!」

「いって参ります!」

「おう、任せた」

「――イモリザ殿! 我らにもその魔骨魚を!」


 沸騎士たちは俺に対して頭を下げてから、新しい門を潜る。

 どたどたと足音を響かせる勢いで門から続く岩場を走っていく。


 イモリザと子供たちの背中を追いかけていった。

 さぁて、今日は家に帰って、魔煙草でも吸いながら、血文字で誰かと情報のやり取りでもするかな。

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