三百七十五話 ヤゼカポスの短剣の歴史

「知っているのか」

「はい……」


 キサラはそう答えながら、青白い刃を見て、一瞬だが、悲しそうな表情を浮かべていた。

 アイテムを鑑定できるスロザは……。


 伝説の鴉モンスターと語っていたが……。

 そのことを言おうか。


「アイテム鑑定人に見てもらった時、伝説の鴉モンスターと語っていた」


 キサラは頷く。

 ヤゼカポスの短剣の刃を舐めるように眺めると……。


 その刃越しに蒼い双眸を寄越し、


「……その鑑定人の名は? この青白い刃には、古の砂漠大鴉ヤゼカポスの名は刻まれていないのに凄い……」


 と、熱を込めて語る。

 キサラの息が掛かったヤゼカポスの短剣の刃が少し曇った。

 キサラの湿った唇が魅力的だ。と考えながらペルネーテを想起。


 禿げのおっさんの顔を思い出しつつ、


「スロザ。古魔術屋アンティークを経営している。古美術店とも呼ばれていた。迷宮都市の第一の円卓通りという一等地に敷地は狭いが店を持つ一流のアイテム鑑定人。レベッカ曰く陰の支配者とも呼ばれている。そして、呪神テンガルン・ブブバに呪われている。怪しいが、渋カッコいい親父」

「スロザ。覚えておきます」


 知るわけがないと思うが、一応、製作者の名を聞いておくか。


「それで、そのヤゼカポスの短剣だが、製作者の名前は鑑定できなかったようだ。キサラは知っている?」 

「知らないです」


 当たり前か。


「そっか。その短剣は、俺が倒した青銀のオゼと呼ばれていたオゼ・サリガンという人物が持っていた」

「オゼ・サリガン。その名も知らぬ名です。この短剣は黒魔女教団四天魔女が一人、ラティファが過去に愛用していた魔法短剣。昔、【東亜寺院】と争いを起こした際に、その幹部と目される大盗賊メイハンに盗まれたと語っていました……」


 おぉ、四天魔女ラティファ。

 少しだけ他の四天魔女、アフラ・ベアズマの話を聞いてはいたが、彼女の名は初耳だった。


「……盗まれていたのか。その東亜寺院とは何だろう」

「東方から伝わる結社が一つ。東方の古い亜神、創生の亜神バアルを信奉する集団。他の神々の滅殺を望む、特に魔界の神々との争いが多いとされる危険集団と聞いています」


 亜神か。ゲロナスとグラースなら知っている。

 象鼻を持った時獏を封じていた時の亜神グラース。


 幻影のグラースの眉間を<鎖>でぶち抜いてやった。


 そこで、呪神テンガルン・ブブバに呪われているアイテム鑑定人スロザの言葉が脳裏に浮かんできた。


『……魔界ですか、コレクターのシキさんと同じ部類の方でもあると……納得です。呪神の説明をしますと、旧神と同じです。このマハハイム大陸に荒神が誕生する以前から住まう古の土着神たち……忘れ去られた神々とも、いわれていますね。因みに地域によって亜神、荒神、呪神としての力が根強く残っている地域もあるとか』


 と説明してくれた。

 グラースを含めて、荒神カーズドロウとかもいるし、まさに八百万の神だな。


「……その亜神バアルを信仰する危険集団の東亜寺院という結社が盗んでいた物が、現在だと、オゼに渡り、そして、そのオゼと対決した俺の手に渡っていたと」

「そのようで……その言い方ですと、オゼとやらは東亜寺院のメンバーではないのですね」


 東亜寺院の名は聞いたことがない。


「と、思う。今も、その東亜寺院とやらが現存しているのかも分からない。俺が戦った時のオゼは闇ギルド【梟の牙】の幹部だった。そして、詳しい経緯は不明だが、内実は【ノクターの誓い】の潜入工作員だったのかもしれない……」


 ホクバの【ノクターの誓い】は王都ファダイクを主な縄張りとして活動していた。

 だから、オゼも二重スパイを兼ねて、【梟の牙】の幹部としてその近辺で活躍していたのかな?


「闇ギルド……」


 切なそうな表情を浮かべ、短剣から視線をムーに向けながら、キサラが呟いた。


「そのオゼはレンディルの剣と共にそのヤゼカポスの短剣を使いこなしていたよ。凄腕の二剣流。飛剣流の使い手だ。俺も傷を受けた」


 キサラは俺の言葉に頷く。

 彼女の背後から灰神楽のような魔力粒子が悲し気に漂う。


 そのままムーから俺に視線を移し、


「シュウヤ様が傷を……東亜寺院のメンバーと争い奪った相手ならば、納得の実力の持ち主のようです……」 


 また手元のヤゼカポスの短剣に視線を戻す。

 そして、暫し……キサラは考え事をするように沈黙を続けていった。


「何か思い出したか」

「……はい」


 しかし、今現在も【東亜寺院】という結社が存在しているのだとしたら、八頭輝の一つだった【ノクターの誓い】と争いを起こしていたのかもしれないな。


 レフテン王国に東亜寺院が存在していなかったとしたら……。

 優秀なアイテムのヤゼカポスの短剣だ。

 偶然手にしていたか、白金貨等で商人から買ったか、誰かから分捕ったかして、オゼが手に入れたんだろう。


 王都ファダイクといえば……。

 宇宙エレベーターのような不屈獅子の塔があった。


 その近郊は、俺とユイとシャルドネが初めて遭遇した場所でもある。

 廃墟屋敷が異常に多く色々な犯罪が多い地域。


 そんな王都の状態だが、レフテン王国のネレイスカリは大丈夫だろうか。


 姫はコムテズ男爵を傘下に持つ講和派の筆頭のサージバルド伯爵の保護下に入っている。

 だが、レフテン王国にもその姫を誘拐した元凶が居る。

 更に、王党派の貴族に機密局と黄昏の騎士たち、主戦派と……その協力関係&傘下にある闇ギルドや盗賊ギルド【サイザーク】も含めると……。

 八頭輝だった【ノクターの誓い】が潰れたとはいえ、その残党はまだいるだろうし、レフテン王国内の諸勢力の争いは無数だ。


 南のヘカトレイルにはオセベリア王国の侯爵シャルドネも居る。

 さらに大陸の南に目を向ければ、ユイに手を出してきそうな八頭輝が一つの闇ギルド【ベイカラの手】を有したオセベリアの貴族、ラングリード侯爵も居る。


 これは東のサーマリアとの戦争には関係ないか。


 今のシャルドネは、東のサーマリア王国の古都市ムサカ、豹文都市ムサカと呼ばれている都市と、その周辺の領土を巡り争っている最中。だからレフテンに手を出してはいないだろう。

 しかし、策士なシャルドネだ。

 優秀な人材を地下オークションで手にしているからなぁ。


 いつ北のレフテンに彼女が興味を抱くか……。


 そのシャルドネが切り崩しているサーマリア王国も……。

 ヒュアトスを失ったが、サーマリアの王族を支えているラスニュ侯爵やロルジュ公爵らの大貴族は健在だ。

 その配下の【ロゼンの戒】という組織の名はカルードとユイから聞いている。


 サーマリア王国も、当然そう言った盗賊ギルドだけではなく、八頭輝並みの勢力を持つ闇ギルドを懐に抱えているはずだ。

 いや、それ以上の大組織が暗躍している可能性もある。

 そして、愛国の志士、その愛国を隠れ蓑にした悪人はわんさか居るに違いない。


 また、塔烈中立都市セナアプアには強烈な組織、ベファリッツ大帝国特殊部隊の生き残りを母体にした血長耳たちも居る。


 キッシュの祖先たちと同じベファリッツ大帝国出身者が多いようだった。

 ま、同じエルフの帝国といっても、マハハイム山脈を跨いでの広大な領土だ。


 魔霧の渦森の上部に広がるテラメイ王国エルフの領域のエルフたちが現存しているように、エルフの支族たちで互いに争う内戦があったようだしな。


 血長耳のメンバーたちとキッシュの祖先とはあまり繋がりはないと思う。

 血長耳の頬にあったのは白鯨のマークだった。

 あの白鯨は部隊のマーク。

 キッシュのような古代から続く一族の証蜂の印とはまた違うと思う。


 こればっかりは、レザライサに聞いてみないと分からない。


 その【白鯨の血長耳】の盟主のレザライサは、今回のオセベリアとサーマリアの戦争には参加しなかった。


 血長耳はオセベリアと蜜月な関係のはずなのにシャルドネと組まず。

 ま、当然かな。

 俺たちの月の残骸、いや、闇ギルド四同盟、【血星海月連盟】を主軸にしたと考える方が妥当か。


 セナアプアの内部も評議員との争いがあるとか語っていたっけ。

 評議員たちが運営する空魔法士隊を率いる空戦魔導師とかの話を少し聞いた。

 中立都市を保っていられる理由は、エセル界の権益を持つ血長耳がいるからだけじゃないってことか。


 それに血長耳は天凛堂の戦いで幹部たちを複数喪う前にも、西のラドフォード帝国との戦争で敵側の黒髪隊から手痛い打撃を受けて幹部が戦死している。

 戦力を失い過ぎた面もあるだろう。


 その戦争で砦を奪還する際に戦ったタケバヤシのような存在から、フランを救出できてよかったが、血長耳の幹部のキューレルをついでに助けてしまった。


 手紙を寄こしたミアが仇を助けたと知ったら、怒るだろうな……。


 だが、シャルドネとの会合はどんな感じだったんだろう……。

 軍服が似合う黒き戦神と呼ばれた日本人だと思われる男といい、オークションで戦力を整えたあの女狐と呼ばれた彼女が素直に引くとは思えない。


 そういった闇と表を行き交う連中が、いつレフテン王国に牙を向けるか……。

 ネレイスカリの前途は大変だ。

 ま、彼女のことは助けたし、約束は果たした。


 美人さんだし、多少の情はあるが国作りを手伝うつもりはない。

 彼女の才気、姫としての運で、ネレイスカリの野望が上手くいくことを祈ろう。


 シャルドネとの渡りを個人的に頼まれたら……協力はしたいが。

 とか思いつつも美人の姫を助けることを考えてしまう。


 ま、俺もやることはあるし、それに血文字といった連絡を取る手段は彼女にはない。

 そんな様々なことを予想しながら考えていると、キサラが俺を見つめ直してきた。


 黒紫色の唇を動かしていく。


「……シュウヤ様。前にもお話をしましたが、これも黒魔女教団としての宿命です」


 ヤゼカポスの短剣の歴史は深そうだ。


「そのヤゼカポスの短剣から、闇ギルドを含めた大砂漠の濃密な戦いを思い出したか。興味がある。過去の話を少ししてくれ」

「はい。では少し……ダモアヌン山とメファーラの祠近くにある犀湖都市、ハーベスト神話に登場する王樹キュルハの根の一部が地下水脈にあると云われている犀湖の街。そして水資源が豊富な犀湖周辺には、古代遺跡ムーゴの他にも、砂漠に埋もれた古の暁の帝国の遺跡が複数あります。砂漠ワームの襲来もありますが、黒魔女教団十七高手と犀湖十侠魔人の犀湖の覇権をかけた八星白陰剣法を巡る永きに渡る戦いがあり、そういった犀湖を巡った戦いの他にも、各オアシス都市に巣食っていた【天簫傘】、【八百比丘尼】、【阿毘】、通称三紗理連盟といった闇ギルドに所属する幹部の武人たちとは何度も戦いました。前にも話をしましたように、酒場に集う猛者に純粋に武を競う者たちは、魔人を含めてたくさん居ました。【幽魔の門】という盗賊ギルドも暗躍していたことは覚えています」


 【幽魔の門】だと?

 キサラの過ごしていた過去の大砂漠にも存在していたのか、初めて聞いた。

 フランが所属している盗賊ギルドの組織。


 国を跨ぐ力があるとはメリッサから聞いていたが……随分と昔から存在しているんだな。


「……【幽魔の門】のメンバーにフランという名は?」

「知りません。一人は半身が幽鬼族で、名がブハビ。額にある第三の目が特徴。三剣師としてかなり有名でした」


 幽鬼族か。

 レムロナやフランのように時空属性の能力があるのかな。

 前に聞いた都市のことを聞くか。


「そっか……それで、前に聞いたその独立都市とは、今はもう無いかもしれない【鋼砂都市ゼキシア】、【魔霧都市エデン】、【呪縛楼閣エヒム】、【放牧都市テレザビル】と呼ばれていた都市たちだな?」


 多分、今の大砂漠ではこういった都市たちは消えているだろう。


「はい、仰られているように大砂漠です。もう自由連邦の名もないようですし、現存している独立都市は少ないでしょう。しかし、神人アーメフを信仰する教団が砂漠で天下を取ったように、洗脳を行う魔精音波の使い手が居る魔界の神を信仰している宗教組織、或いは神界の神を信奉している組織は残っているはず。そして、【セブドラ信仰】の死骸を喰う邪教集団には煮え湯を飲まされました。あまり外には被害がないですが、闇神の魔将が運営する迷宮も残っているでしょう。さらに、死体を魔界に捧げる闇教団ハデスの【陰速】ホラー兄弟も滅するわけがない。大砂漠の西方に連なるエイハブラ平原のモンスターを操るムリュ族と親交を持っていた高手も居ました。普段は惰眠を貪るばかりの高手でしたが……」


 『百川、海に朝す』はどこでも同じ。

 ましてや砂漠にあるオアシス都市。

 そこの犀湖は今もあるのか分からないが、発展はしていそうだ。

 教都メストラザンの砂漠都市は聞いたことがある。


 今も現存しているなら、地面に草も生えないぐらいに多くの人々が行き交っているに違いない。

 そんなゴルディクス大砂漠や砂漠都市を放浪している友が居る。


 魔界騎士ルリゼゼ。

 彼女はどうしているか……。

 四つ腕の武人であり侍だった。

 眷属のカルード以上に、『艱難かんなん汝を玉にす』を実行しているルリゼゼ。


「……本当に様々・・だな。さらに、ジェレーデンの獣貴族、ハイグランドの森から越境してきた壁の王、血骨仙女、朧黒蠍兵率いるハザーン帝国の残党たち、吸血鬼十二支族のローレグント家、オーク帝国。他にも礫の傭兵団、霧の魔術師、宝貝を扱う魔人帝国の骸王とも戦っていたんだろう?」


 広大なゴルディクス大砂漠……。

 しかし、ヴィーネが興味を抱いた壁の王の配下の茨魔法を使うダークエルフ。


 それに骸王とかも、沸騎士たちのパワーアップバージョンを思い浮かべるし、強そうだな……。


 だが砂漠だ。

 何度も話しているようにキサラが居た頃と、今とでは、地形も様変わりしていることだろう。

 だが、血骨仙女のような名が残っているし、その勢力は少なからず残っているのかもしれない。


「……はい。獣貴族を狙っていた二人の魔人を擁する【黒の預言者】の魔人キュベラス。この関係がどんなことになっているか……神人アーメフの使役していた虚ろな狼獣たちと【戦神教】の神官長ダビデ、副官長マシューたちでも、防げるとは思えません」


 魔人か。魔人といえば……。

 メルの父、お尋ね者となった魔人ザープと関わりがありそうだな。

 戦神教はあまり知らない。同じ魔人ナロミヴァスが自慢気に語っていたのと、正義の神シャファ様の戦巫女のイヴァンカと似ているところがあるようだが……。


「そして、前にも話をしたように、魔術総武会の一級魔術師たちが輪廻秘賢書を巡って争ったり、大魔術師アキエ・エニグマが、わたしの、大切で特別な魔術書を狙い……」


 キサラは自分の腰元にぶらさがる魔導書を凝視。

 やはり大切な物か。


 輪廻秘賢書とは違うらしい。


 さっきの訓練で見せていたような、<魔謳>と連動した折り紙のような紙片を扱える魔術を内包した書物なんだろうか。


 前にも聞いたが、魔術総武会とは随分と前から活動を続けていたようだ。

 そして、キサラの魔術書、魔導書が気になる。


 が……長くなりそうだから、今はいいか。


「……そういった戦いは、黒魔女教団として、四天魔女が一人として、成長できましたが……」

「だが、その強さがあっても、連戦に次ぐ連戦で、最後はホフマンに……」

「はい。言い訳はできません。数々の秘技に、十剣を扱う技術に魔界六十八剣が一つ、十凶星ランウェンという武器。そして、死天使系ア・ゲラデェ魔法円フグルゥ・ロの力は侮れませんから。では、これを――」


 キサラは丁寧にヤゼカポスの短剣の向きを変えて、俺に返そうとしてきた。


「いや、それはキサラに返す。元々は黒魔女教団の物だ。四天魔女ラティファさんは知らないが、もし、まだ生きているなら、キサラの手で彼女に返してあげるといい」

「なんという懐の深さ。大事な武器、宝具をすんなりと……シュウヤ様……」


 キサラは小さい唇を震わせてから、頭を下げて片膝を突く。


「いいって、立て。ムーもリデルも不思議そうに見ているぞ」


 黒猫ロロ軍団は訓練場から離れてどこかに行った。


「ありがとう――ラティファが、今もまだ生きているのなら……返したいです。きっと、ラティファもこれを見たら喜んでくれるはず」


 キサラは笑みを浮かべて立ち上がる。

 そのまま腰ベルトの魔導書に繋がる紐金具にヤゼカポスの短剣の柄を引っ掛けて差していた。


 その様子を見ていた俺も笑みを意識して頷いてから……四天魔女ラティファの存在も気になったが、まずは東亜寺院のことを聞いておくか。


「……その東亜寺院との争いのことを教えてくれるか?」

「ラティファから直に聞いた話で、わたしは直接相対していません。それでも宜しいですか?」

「いいよ」


 少し間が空く。


「……了解しました。ゴルディクス大砂漠のダモアヌン山の本拠ではなく、魔境の大森林近くの大砂漠の東方で起きた争いです。その森から大挙して押し寄せる魔族に対抗するために作られた魔長城や大砦。それらが建設される前から、古い寺院が存在し、そこにラティファたちは居ました」


 イメージすると万里の長城か。


「へぇ、大砦か。それよりも古い寺院とは、砦も含めて歴史があるんだな」

「はい。魔境の大森林から攻めてくる魔界の軍勢との死闘がつづく暗黒の時代に、ゴルディクス大砂漠の自由連邦に所属する独立都市の支配を狙い、暗殺を含めた汚い裏仕事に長けた野望高きノートイゼ・セレ・インヴェイル卿の依頼で、その大砦は建築されました」


 戦国の世はどこにでもある。


「……魔族との戦いがあるのに、内側から野望を抱くとは……欲深いやつらしい」

「その通り、ノートイゼ卿は残虐ですが優れていたようです……自由連邦内で、優秀な人材をかき集めては勢力を拡大。しかし、黒魔女教団も、ある一人の領主側に協力し、連邦内で包囲網が形成されると、ノートイゼ卿は王家の谷での戦いに敗れ、当時、自らの名が付いていた大砦に籠城しました」


 ノートイゼとは乱世の梟雄か?

 優秀な軍師とかを家族を人質にしても手元に集めていそうな。


「その大砦は、攻撃に破城槌を用いても落ちることはなく……最終的に、東部における黒魔女教団の責任者でもあった闇夜のラティファが、ある独立都市の領主の依頼を受ける形で、高手たちを率いてノートイゼ大砦内に侵入。ヤゼカポスの短剣を用いて、そのノートイゼ卿が眠っている間に喉をかき切り、ノートイゼ卿を殺したと……云われています。が、本人のラティファは……『わたしが殺す直前に、ノートイゼは多数の奴隷を足下に跪かせながら、高密度結晶体で作られたような淫魔の王女ディペリルの魔神具を胸に抱き、自ら爆発した』と語っていました」

「……そんな歴史が……」


 一瞬、『ボンバーマン』を起こした松永久秀の爆死説を思い出す。

 鉄砲火薬を首にかけ、天下の茶器の古天明平蜘蛛と共に天守閣で盛大な爆発自殺をしたという。


 本当に爆死したのか茶器を壊して切腹したのかは、分からないが。

 そんな前世の歴史を思い出すほど、ヤゼカポスの短剣の過去には深い歴史があった。


 とすると、俺が持つ魔槍グドルルにも深い歴史がありそうだ。

 雷式ラ・ドオラと共にオレンジの刃は最近出番がないが……。


「しかし、大砦を含めて東の壁を守る領主が不在となり、魔界の軍勢が押し寄せてからは、黒魔女教団がある寺院以外は、魔界の樹が砂漠の一部を侵食し、そこから湧いて出て蠢く奇怪な動植物が増えては、異質な魔力が漂う不毛地帯となりました」


 砂漠と魔界の樹木か。

 もしかして、あれか……昔、サデュラの森に向かう際に、遭遇した樹木と一体化したような種族、トレント族たち。


 彼らは、魔族のグリズベルをも捕食していた。


「……それはそれで問題のような……」

「市井の者たちは煽りを喰う形となりました……そして、その古い寺院に、突如、東亜寺院の勢力が襲撃してきたと聞いています。魔術師アルコン、大盗賊メイハン、幽術師メラと、自ら名乗りを上げていた者たちが強かったようです。四天魔女ラティファと彼女の師匠ゾカシィを含めた高手たちが三人いた状態でも苦戦。撤退を余儀なくされたと……奇怪な技を用いる能力だけでなく、合成魔薬クリスタル・メスを魔術に応用している危険集団とか」


 薬か……。


「ラティファさんもキサラと同様に強いんだろう?」

「はい。まさに万難を排するように光神教徒アビリムの遺跡や宝玉システマの調査を行う者でした」

「アビリム? 宝玉システマはどこかで聞いたな」

「光神教徒アビリムとは光神ルロディスの八大使徒と目される聖者。エデンの果実を授かった人物と云われています。ヘスリファート人からは伝説の聖者の一人と聞いてますが……そのヘスリファート人は他種族を差別する輩が多いです。宝玉システマについては詳しくは知りません」


 へぇ……。

 俺があったキストリン爺さんももしかして……。

 あの十字魔眼……。


「そっか、もし、その四天魔女のラティファさんが生きているとしたら、何をしているかな」

「わたしと同じはず! たとえ本拠が破壊され皆が散り散りとなっても、教団の救世主の存在を探し各地を放浪、或いは、まだ古い寺院が残っていたとしたら……魔境の大森林からダモアヌンブリンガーの魔槍使いが来訪するという教義にあるお伽噺の伝説を信じて待ち続けているかもしれないです……」


 ……キサラの頬には涙が伝う。

 ラティファと気持ちを重ねたのか、キサラも俺を救世主だと語っていたからな。


「……そうか、キサラは会いたいよな?」

「はい」

「ならば大砂漠に向かった際は、ついでにその場所を探そうか。砂漠だから困難だとは思うが」


 キサラは頬を伝う涙を手で拭う。


「……ありがとうございます。話をされているように大砂漠は砂塵の嵐が頻繁にあり過酷な場所。砂丘と風紋が延々と続き、風衝面により砂の流動が激しい。数寄を凝らした建物も砂に埋もれているか、または魔族によって蹂躙され潰れているか。当時のムーゴでさえ砂に埋もれていましたし、災害の爪痕が残っていれば、まだ運がいい状態かと……ですから、探そうと言ってくださる、その気持ちだけで嬉しいです」

「……正直、砂漠地方は知らないし分からない。だから見つかればいいな? ぐらいの軽い感覚だから気にするな」

「了解しました」


 そこにムーが歩み寄ってくる。

 キサラの横の地面に突き刺さったままの魔女槍に興味を持ったようだ。


「……」

「ムー。槍を扱いたいのか?」

「……」


 振り向いて、俺の魔槍杖を睨むと、微かに頷いた。

 なぜか、頬を紅く染めている。


「そうか、槍をか……」

「ふふ、ムーちゃん。不思議な子供です。シュウヤ様の武術、その全ての妙技に憧れを持つのはよく分かりますよ。わたしも初めて見た瞬間から……胸が……」


 うん、巨大双丘さんは揺れているな。

 違うか。俺は笑みを浮かべながら、キサラからムーに視線を移す。


 聖花の透水珠という選択肢もあると思うが……。


 〝生まれもった病〟や〝神〟には効かないらしいからな。

 彼女の片足と片腕はどういった形で失われたのか、ムーは語ろうとしない、というかできないし、分からない以上……今は貴重な薬は使わない。


 それに、ヴァンパイアたちがどうして、このムーを含めて、子供たちと老人たちを一緒に閉じ込めていたのか……そこに何か理由があると思うしな。


「……だがなぁ。片腕と片足だから義手と義足を作ってやるとこの間言ったんだが、拒否られてしまった」

「――っ」


 お? ムーは俺の言葉に強く首を振る。

 そのまま片足だけで、ぴょんぴょんしながら近づいてきた。


「ふふ、シュウヤ様。ムーちゃんは別に義手と義足を断ったわけではないようですよ?」

「そうみたいだが……」


 ムーは小さく頷く。


「では、わたしは精霊様とぷゆゆちゃんが追い掛け続けているロターゼの側にいきます――」


 キサラは魔女槍ことダモアヌンの魔槍を掴むと、身を翻しながら跳躍。

 魔女槍の上に両足を乗せてサーフィン機動で中空を舞うと、器用にバレルロールしながら低空に移動してきて、片手をさっと地面へと伸ばし、まだ地面に落ちていたリンゴを拾ってから上空へ舞い上がり、去っていた。


 あいかわらず、綺麗な腰と尻だ……。

 ダモアヌンの魔槍を跨ぐ仕種が可愛い。


「……っ――」


 お? 俺がキサラのお尻を見てたら、ムーが何か息のような言葉を漏らした。

 ムーを見たら不満気な表情を浮かべている。

 すると、リデルが、


「――英雄様、リンゴはここに置きますが、いいですか?」

「おう。ありがとう」


 元気がいいリデルはそう言うと、袋を訓練場の端に置く。

 イモリザが持ってきたリンゴは、既にもう沢山持っているが、まぁいいか。


「パル爺はあれからどうしてる?」

「トン爺から料理を教わっています。このあともトン爺が料理教室を開くんですよ! イモちゃんのリンゴと木の実を使ったお菓子作りを教えてくれるんです! アッリちゃんとスゥさんたちも来るので、ムーちゃんも一緒にと、誘ったんですが……相変わらずで、無視されちゃいました」


 ムーは無表情で、俺とリデルの会話を眺めていく。

 ま、仕方がない。


「ムーはこの調子だからな」

「ですね。では、わたしは戻ります。お菓子作りが成功したら持ってきますから、その時は、ぜひ、食べてください!」

「わかった」


 顔を真っ赤に染めているリデル。

 彼女は俺の言葉を受けて、微笑むと踵を返して、去っていく。

 スカートのヒラヒラが可愛い。


 そこで、ムーに視線を移す。

 ムーの視線が細くなって、俺を睨んでいるように見えたが、気にはしない。


「……ムーよ。槍を学びたいのか?」

「……っ」


 細めていた目を見開き、強く頷いたムー。


 しかし、アキレス師匠が居たら、なんて言うだろう。


『うむ。お前には、わしの知っているすべての武を伝えたつもりだ。だから、ラ・ケラーダ! の教えもしっかりと伝えるのだぞ』


 と笑みというか厳しい表情を浮かべて説教してくれるはず。


 ラグレンも『シュウヤが師匠? ははは、大変だな。胸がどうとかは教えるなよ?』


 とか言いそう。ラビさんも『あら、シュウヤさんが……レファがなんていうか……』


 そうだった……『お兄ちゃん……』といったレファの顔を思い出す。


 だが、レファの師匠はアキレス師匠でありラグレンだ。


「……いいだろう。だが、俺の言うことは絶対だぞ」

「……」


 ムーはジッと俺を睨む。

 不満そうだ……。

 古代中国なら、師匠には頭を地面に突けての挨拶が基本だ。

 別にそんなことは望まないが、睨むことはないだろうに。


「なら、教えることはないな」

「っ――」


 小さい頭を左右にぶんぶん振るムー。

 そして、片足でしゃがんで、倒れるとその頭を地面に無理に突けていた。


「――と、おい、俺の心を読んだのかよ」


 エヴァじゃあるまいし。

 俺がそう聞くと、顔を上げて首を傾げながら見上げてくる。

 頭上に『????』といったマークが浮かぶように不思議そうな表情を浮かべては、俺の唇を一生懸命に見つめてきた。


 小さい額にはメッシュ系の髪が張り付いている。

 地面にぶつけたせいで、血が付着した髪に土汚れもついていた。


「……まったく、片足なのに無理しすぎだ――」


 上級水属性の《水癒ウォーター・キュア》を念じ、発動。

 すぐに水塊から細かい霧粒子が彼女の頭を洗い流すように降り掛かり、額の傷を癒してあげた。


「……」


 降り掛かる魔法を不思議そうに見つめるムー。

 寝転がりながら、片手で額をごしごしと擦っていた。


「一人で立てるか?」

「……っ」


 手を伸ばすが、ムーは無視。

 俺の言葉に反骨心を見せる。


 意外に体躯が鍛えられているのか、片足と胴体を折り曲げて跳躍するように立ち上がった。


「伊達に片足で生活はしていないな」

「……」


 頷くムー。

 その時、腹に隠していた書物がずれて、地面に落ちた。

 見た目からして魔法書だ。


 魔法書の表紙には様々な糸が無数に絡み結び付いている。

 そして、不自然なほどに外に一切魔力がこぼれていない。

 しかし、本の表紙を直に見ると、相当量の魔力が閉じ込められていることは、何となく分かる。

 もしかして、凄まじい神話ミソロジー級か伝説レジェンド級の秘宝クラスの物じゃないか?


 少なくともユニーク級じゃないだろう。

 モガが奪ったヴァンパイアたちの、ホフマンたちが保管していたお宝か?


「……それ、モガが飾っていたアイテムじゃないか? ヴァンパイアたちから奪っていた……」

「――っ」


 ムーは視線を泳がせる。

 そして、少し遅れて、焦ったように小さい頭を左右に振っていた。


「……モガの家から盗んだんだな?」

「……っ」


 『違う!』とでもいうように睨んでくるムー。


「喋らんことには分からない。モガの家に飾ってあった書物だろう? モガがヴァンパイアたちから盗んだとはいえ、一応は、彼の所有物だ」

「っ――」


 また『違う』というように頭を左右に振るムー。


「違うとでも言いたいのか? 嘘をつくなら槍を教えることは無理だな。モガに聞いてみれば分かるぞ?」

「…………」


 ムーはべそをかく。


「そんな顔をしてもな」


 そこに、重低音の足音が響いてきた。

 勾配したところを上っているネームスだ。

 そして、鋼木の巨大足の足下にはモガも居る。


 その間に、ムーは落ちていた魔術書を器用に拾うと、俺の後ろに隠れてきた。


「ムー……その魔術書を、お前が持つしかるべき理由があるのか?」

「……っ」


 膝裏、俺の尻肉を小さい指で摘まむようにして隠れているムーは、頷いているようだ。

 仕方がない……ムーを信じて、モガには俺が話すとしよう。

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