三百七十四話 激しい訓練とヤゼカポスの短剣

 ヴィーネは俺のような成長を齎す<天賦の魔才>がないので急成長は望めない。

 だが、血を用いた剣技を獲得していた。

 このまま魔霧の渦森という厳しい環境で修行を続ければ……。

 ひょっとしたら第二関門、<血道第二・開門>に関するスキルを近いうちに得られるかもしれないな。

 しかし、海とか東の都市を見たいとか文化を知りたいとは、一言も話さなかった。


 少し気がかりだ。

 まぁ、今は『武に重きを置いた』と考えるようにしよう。


 愛しいヴィーネのことを心配しながら、無表情のムーの小鼻を指でタッチング。


「――っ」


 ムーは表情をキリッとさせて『何すんだ! エロ野郎』というような目つきで俺を見る。

 紺碧の可愛い瞳がもったいない。


 そんな表情だが、しっかりと俺の袖を持つ手を離していないし、頬を紅く染めている。

 これはツンなのか?


 そのムーを連れて広場に向かう。

 訓練場を囲う柵壁の向こうにはリデルの姿もあった。

 木皮で作ったような布の手さげ袋にはリンゴが沢山入っているようだ。


 笑顔を浮かべて、手を振っている。

 リデルは貧相だが、結構可愛い。

 ムーはリデルを見ても無表情。

 

 俺も笑みを意識して手を泳がせてから、キサラが型の武術訓練をしている訓練場に向かう。

 そんな俺の頭上には、付いてくる幽霊のラシュさんが漂っている。


 無造作に<鎖>で幽霊のラシュさんを囲うと、ラシュさんを拘束できた。


 勿論、触ろうとした。が、だめだった。

 鎖で捕まえるだけだった……残念。


 ラシュさんは、ぷんすかぷん! 

 と、鎖に悩ましくおっぱいを挟まれながらも、俺に指を差して怒ってきたので、鎖で囲うのはすぐに止めた。


 ついでに、あのスキルをラシュさんにとか危ないことを一瞬思考したが、止めた。


 イモリザのようになるかは分からないし、あれは流石に止めておこう。

 ラシュさんに何かあったらキッシュに顔向けできない。

 といっても幽霊だが……


 そんなラシュさんが漂う逆側の空には常闇の精霊ヘルメとぷゆゆがいる。


「この蝶々の群れは面白いですね~」

「ぷゆゆ~」


 小熊太郎こと、ぷゆゆ。

 ぷゆゆは、ねじれ杖のドリームキャッチャーのような枝飾りたちの回りに漂う虫と蝶々たちをヘルメの回りに飛ばしていた。


 ヘルメも指先から水飛沫をぴゅっぴゅっぴゅ~と虫と蝶々へと浴びせては、ぷゆゆと一緒に空上の散歩を楽しむように遊んでいた。


 ロターゼはぷゆゆたちから逃げるように上空高いところに避難。


 いや、避難ではない。

 野生の巨大鯨と戦っている。


 デコトラ伝説を生み出すように野生鯨の群れと戦っていた。


「――デスラの波動を生き延びた俺様に噛み付くだと!? 餌とナリヤガレェェ!!」


 と、叫ぶロターゼ。

 普段、ボケ担当だから、鬱憤が溜まっているのかもな。


 そして、神獣ロロディーヌじゃないが……。

 潜水艦のような額から伸ばしていたイッカクの角を伸ばして、一体の巨大鯨を串刺しにしていた。


 あれはあれで凄まじい……。


 サイデイル村を守る黒々しい戦闘母艦、もとい、守護聖獣といえるのかもしれない。


 あの姿をホルカーバムの領主の俺の友であるマクフォル・ゼン・ラコラゼイ伯爵が見たら「あれは是非、僕の護衛に欲しいぞ! ビミャル捕まえよ!」とか、命令を下しそう。


 元気にしているといいが。



 ◇◇◇◇



 それから一通り<サラテンの秘術>の訓練を終えた俺は、キサラと広場で模擬戦を開始。

 

 ムーと黒猫ロロ軍団も、柵の上で見学中。

 リデルもムーの背後に立って見学していた。


 俺がよそ見をした瞬間、厚底戦闘靴の裏側を見せつけるように中段足刀蹴りしたキサラ。

 俺は魔槍杖で、その胴体に迫る足甲を弾く――。


「しかし、さきほどのサラテンですが、暁の魔道技術の担い手といえども、神剣サラテンの操作は苦労しそうですね――」


 そう語りながら魔女槍の<刺突>の技を出してくる。

 ――狙いは首元か。

 

 魔女槍の髑髏穂先が目の前に迫った。

 俺はヘッドスリップをしながら身体を半身後退させる――その突きを避けた。


 キサラの衣装はノースリーブのゴシック黒衣装。

 フリフリ布が付いた奴だ。

 

 前と同じく、小さい十字架の紋様がオセロのように並んでいる。

 邪悪な面をかぶるメファーラ様の絵は怖いので、天然のモザイクをかけたい。


 しかし、ガーターベルトを内包したスカート衣装がチラつく……。

 我慢だ。


「その暁の魔導技術とは何だ――」


 お返しに下段の<牙衝>を繰り出しながら聞く。


「――ベファリッツ大帝国よりもずっと昔、古代ドワーフたちと髑髏武人ダモアヌンに連なる一族たちが、まだ数多く居た遥か古代。ゴルディクスの地が、大砂漠と化す前。そこには暁の帝国という伝説の楽園があり、暁の黄金都市ムーゴがあったとされています――」


 キサラの黒紫の唇が早口で動き喋る中、俺の下段突きを、股を広げて避けてから、身を捻り着地する。

 その所作は華麗だが、悩ましい……。

 キサラの羽織る魔法衣は魔導書と連動し煌めいていた。

 そして、魔女槍の柄孔から放射状に伸びているフィラメントの色模様もキラキラと光った。


 マジで綺麗だから困る。


 修道服の胸元が当然激しく揺れていた。

 これはこれで、乳に注目してしまう、釘付けにする一つの技だな。


 そんなことを考えている間にキサラの魔女槍と、俺の魔槍杖バルドークが衝突。

 牽制の槍突が真正面から衝突していた。

 凄まじい火花が散ると共に互いの槍が弾かれた。


 キサラの説明もそこで終了。


 キサラの語りの続きが気になったが、模擬戦の最中だ。

 直ぐに腰を捻りつつ右手に握る魔槍杖バルドークを手前に引く。

 その引いた魔槍杖バルドークを前に押し出す<刺突>を再び繰り出した。


 キサラは余裕の表情。

 握り手の独自オリジナルのナックルガードを形成している魔女槍を斜め上から左下へと払いつつ――紅矛の<刺突>を横に弾く。


 弾かれることは想定済み。

 間髪を入れず、左手に握る神槍ガンジスによる追撃<闇穿>を繰り出す――。

 彼女は、魔女槍の柄にある窪んだ家紋マークへと拇印を押すように指を押し当て、


「――ふふ、凄まじい闇鴉の突き技。『暁闇を刺し貫く飛び烏』の異名の嘔はシュウヤ様こそふさわしい! だからこそ、わたしたちは魔女であり、伽!」


 楽し気なキサラだ。

 <刺突>を弾いた髑髏穂先の魔女槍をクイックネスに動かし、血濡れた卍を宙に描きながら、俺の左手に握る神槍の突き<闇穿>をも弾いてきた。


 金属音の不協和音が響く――。 

 髑髏穂先は振動した方天戟により削れていた。

 だが、ゼロコンマ何秒も掛からず、ぷくっと欠損が血溜となって膨れると、元の髑髏穂先というか、形が洗練されて変わっている。


 前、俺と戦った時も矛の形を変えてきた。


 キサラは血を使ったのだろう。

 彼女はそのまま流れるように血色に煌めく魔女槍を扱う。

 俺の足下へ髑髏穂先を伸ばしてくる。


 ――防御と攻撃が一体化した槍薙ぎの突。

 半神ヴァルキリーのような槍機動。

 天魔女流の技術系の技か。


 神槍と魔槍の矛によるコンビネーションを往なしつつ攻撃とは恐れ入る。感心しながら半身ずらし足を引く。

 そのキサラの下段突きの髑髏穂先を避けた直後――。

 足裏をキサラに見せるように軽く跳躍。

 アーゼンのブーツ底で髑髏穂先を踏みつけた――。


「――くっ」


 体重を穂先に乗せて魔女槍を封じる。 

 同時に魔槍杖バルドークと神槍ガンジスの柄を短く持ち直してから、キサラの両肩を削ぐように魔槍杖バルドークの紅斧刃と方天画戟と似た穂先を向かわせた。


「――短槍技術も!?」


 キサラは驚いた表情を浮かべながら両手を魔女槍から離し、後退。俺の足に押さえられた魔女槍は地面に落ちる。


 しかし、落ちゆく魔女槍の柄孔から放射状に伸びているフィラメントが後退するキサラを庇うように円状に展開し、籐牌とうはいのような鬼顔の盾に変化する。


 その鬼顔の盾が紅斧刃と神槍の矛と衝突――。

 火花を散らした。眩しい火花が散る最中――。

 距離を取っていたキサラは地面に両手の平を地面に突けている?


「炯々なりや、雲雨鴉。ひゅうれいや――」


 地面に両手を突けているキサラは<魔嘔>を披露。

 その歌声に合わせるように腰にぶら下っている魔導書が宙に浮くと、その魔導書が自動的に開かれながら頁が捲られると同時に、頁の紙片が空へ飛んでいく。


「百鬼道ノ六なりや、雲雨鴉。ひゅうれいや――」


 紙片は折り紙のごとく嘔の声に合わせて鴉の形となっていた。

 折り紙の鴉たちはキサラの周囲に漂う。

 そのキサラの頬から額にかけて蚯蚓が這ったような腫れが出現していた。


 さらに両手首の黒数珠から墨色の幾何学模様のような小さい魔印文字が無数に出現するや否やキサラの手を覆いながら地面に移り地面に魔法陣を形成し始める。


 魔法陣から戯画風の黒い鴉たちが立体的に出現。

 水墨画にも見える。それらの水墨画の鴉は、周囲の折り紙の鴉たちと重なり融合し、折り紙の大きな鴉に変化した。

 

 その折り紙の大きな鴉たちは降りかかってくる。

 この技、いや、魔術は初めて見た。


 折り紙の鴉の大群は空間ごと俺の目の前を闇に染め視界が塞がれた。

 しかし、イグルードとは違う。

 視界は再生したッ、が――ぐおッと右肩と左脇腹に二回連続打撃を受けた。


 すぐに体をずらして爪先回転をしながらキサラの打撃を数度、躱す。

 視界は元に戻ったが受けに回った。


「<雲雨鴉>も一瞬だけですかっ――」


 ――キサラは黒数珠から小さい炎にも見える黒い煤を上げながら語る。 

 <魔嘔>の効果も加わっているのようだ。


 もう、前進してきた。すこぶる動きが速い。

 魔術効果に、間合いを詰める歩法の技術が半端ないぐらいに巧い――。


 あの下半身を沈ませて迅速に近寄る歩法はアキレス師匠を思い出す。


 俺は魔闘術を全身に纏った状態だが、今はキサラの方が速度は上だ。

 <血液加速ブラッディアクセル>で一段階ギアを上げるか? 


 と思ったが、もう既に近々距離戦に移行していた。


「――ここからです<透纏>! <白照拳>!」


 目尻から頬にかけての蚯蚓腫れのようなマークは鞘で打たれたような痕にも見える。


 そんな状態のキサラは叫ぶと同時に一撃、二撃の掌底を繰り出す。

 その掌底拳法は魔力を伴った衝撃波に重力が加算されたような重い打撃だった。


 魔槍杖と神槍で防御するが――柄の長さでは間に合わず。


 素早いキサラに数度、打撃を喰らった。

 神話ミソロジー級だが――。

 魔力が俺の身体の内部に浸透してくるような……。

 体に直に響くダメージだ。痛いッ――。


 何回か、避け続けては喰らいを繰り返したところで……。


 キサラに合わせることにした。


「――いいぞ、キサラは強い!」

「ふふ、シュウヤ様も! でも、血と匂いを嗅がせてくれない……」


 笑っていたキサラは語尾で残念そうな表情に変えていた。

 俺は気にせず、神槍と魔槍を消す。

 そして、拙い掌底技術と風槍流槍組手を合わせた技術を用いる。


 拳と肘を中心とした立ち技でキサラの近々距離打撃を徐々に往なしていった。


 伊達にアキレス師匠から『バランスを崩している、踊りダンスのつもりか?』と、叱られては、いないんでな――。


「――こ、これは風槍流――組手?」


 キサラは肩と背中を使った急打撃右背攻に面食らう。

 さらに、くわっと両眼が開くキサラ。


 俺は膝頭を交えた掌底に切り替わる技術薙膝・黒掌鋼から腕を捻りながら急に猿臂のように左右の腕を伸ばしワン・ツー・エルボーの連撃を繰り出した。


 そして、トン爺とキサラの指を参考にした指先を揃えた貫手を繰り出す。

 この俺が創り出した近々距離の技術に、キサラは忍冬の液果のような魔力を全身に纏いながらも驚きの表情を浮かべていた。


 瞼が蠕動している。


「――ううん、見たことない! く、速い――」


 新しい槍組手の動きに、なんとか喰らいついてくるキサラも凄い。そんなキサラの魔力に対抗する分けではないが――生活魔法の水を足下に展開させた直後――。

 俺は<朧水月>でキサラの近近距離戦の打撃を完璧に数回連続で避けてから、習ったばかりの両手を揃えたバージョンの『魔漁掌刃』の構えを取った。


 水飛沫が足下から発生しながら、キサラの掌底を右手の甲で受ける。

 右手の甲に乗せたキサラの腕先を、俺の腕で巻き込むように外へと運んでやった。


 キサラは掌底を繰り出した腕が伸びきった状態だ。

 天女のような魔法衣を身に纏う体も、腕と同じ方向に傾いた。その傾いているキサラの腕手首を掴む。

 その腕の関節を極める!

 キサラの腕を内側に捻りつつ、その腕を背中に運んだ。


「――痛っ」


 肩甲骨に密着した腕ごとキサラを押したところで、手を離した。

 キサラの血色のいい項に手刀を叩けば、終了だったが……そんなつまらんことはしない。


「――きゃっ」


 体勢を崩したキサラは可愛い声を発しながら片足でおっととと踊るようにケンケン立ちを行いながら、そこから華麗に側転運動で体勢を持ち直していた。

 更に、魔力操作も同時に行っていたのか両手に魔力を溜めている。


 その間に魔槍杖バルドークを右手に再召喚。

 キサラは両手首の黒数珠に魔力を集結させていた。


 そして、魔息を吐く。


「……炯々なりや、伽藍鳥。ひゅうれいや」


 先ほどよりも超自然的な声音が強い<魔嘔>魔術だ。


「百鬼道ノ七なりや――伽藍鳥、ひゅうれいや」

「血ノ砂蝉なりや、百鬼血ノ八法。ひゅうれいや」


 連続での<魔嘔>か。

 前は全身から魔力を爆発させてからの突進した槍技を見せたが、今回は違う。

 手首に嵌まっている黒数珠を起点に黒い煤のような魔力を爆発させ、先ほどのような地中の魔法陣ではなく、手首を囲う積層型の小円魔法陣を展開している。


 その魔法陣から黒い煤を纏うようなペリカンに似た鳥を飛翔させてきた――。


 さらにペリカンたちは双眸を紅く光らせると、一斉に口を開き、そこから血の蝉を吐き出してくる。


 <鎖>か魔法で相殺も考えたが――。

 急ぎ回避行動を取った。


 上下左右から追尾してくる黒い煤を纏うペリカンの群れ。

 続いて、蝉の形をした血の塊を視界の端に捉えた直後――。


 俺は右へ回り込むように走りながら、


「飛び道具にも色々あるんだな――」


 右手と左手と交互に持ち替えた魔槍杖バルドークを上下左右に振るう――煤色のペリカンを潰す。そのまま風槍流の応用技『枝崩れ』を発展させた『孔雀崩し』を行う――。

 槍穂先と竜魔石の後端で煤色のペリカンの群れと蝉の血塊を迎え打つ――。


「ダモアヌンに伝わる……魔女の伽役としての謳にある通り、遠距離戦が得意な朋輩がいたので――」


 キサラの言葉が耳に響く中――。

 魔槍杖バルドークと衝突が続いている煤色ペリカン鳥だったが、閃光を発し消失。

 潰れた血の蝉は千雨の血霧と化す。


 同時に視界が血に染まった。


「……近距離で<伽藍鳥>と<砂血蝉>の連撃を魔槍杖バルドークだけで防ぐなんて……まさに、ダモアヌンの再来! 神人を超えた暴風砂塵のごとき槍武術です!」


 キサラが興奮して喋っている間に側転しながら<血道第一・開門>を意識――しかし、この蝉の血弾だったモノは、キサラの血なのか? と、考えながらも、視界を埋めつくしている血霧を全身で吸い取った。


 その間、キサラは片手の黒数珠から千羽鶴を射出――。

 魔女槍に、その千羽鶴を付けつつ手元に引き戻し両手に持ち直すと胸元で半回転させる。髑髏穂先を下に、後端を上持ち、柄を眉間に当てるように構えていた。


 その行動を見てから――。

 魔力を込めた左の掌底で地面を叩く。

 叩いた反動で、体を横斜めに急回転させつつ側転の動きを変えながら宙空から前に移動。


 同時に左手を胸ポケットに当て、その胸ポケットに忍ばせたヤゼカポスの短剣を人差し指と中指で挟んで引き抜く。

 同時に身を捻り、キサラの動きを把握しつつ手首を、そのキサラの動きに合わせ、スナップさせる。


 ヤゼカポスの短剣を<投擲>――。


 キサラは魔女槍越しに蒼い双眸を光らせる。と、魔女槍の柄孔から放射状に展開していたフィラメント群が蛇類の生き物たちのように蠢いた。


 白絹の前髪とは対照的だ。


 ゼロコンマ数秒も経たず――。

 その蠢いたフィラメントたちは、先ほどのような籐牌とうはいの鬼ではなく、光ファイバーの繊維毛のような閃々とした輝きを持った盾の塊というか、近未来の武士が被る深編傘に変化していた。


 ヤゼカポスの青白い刃はその輝く深編傘の盾により、あっさりと弾かれた。

 先ほどといい、初めて俺と戦った時と同じように、あのフィラメントの防御性能は非常に高い。


 そこから<魔嘔>を用いた突進姿勢から魔女槍の突き連携を見せてくるか?

 と、予想したが……あれ? 突きの姿勢を取らない。


 キサラは動きを止めていた。


「……どうした?」

「その刃は……まさか」


 キサラは弾いたヤゼカポスの短剣を凝視している。

 ヤゼカポスを知っているらしい。


 そのヤゼカポスの短剣はムーの近くの地面に刺さっていた。

 ムーの背後に居たリデルはリンゴが入ったバッグを落としてびっくりしている。


 ムーは恐怖を感じていないように、気にせずに、柵の上にちょこんとした姿勢で座っていた。

 片手に握ったリンゴも楽し気な表情を浮かべて食べているし。


 側に居た黒猫ロロ率いる黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミの姿は離れていた。


 最初は俺たちの槍の動きを一生懸命に追いかけていたが、飽きたようだ。


 今は柵の上を歩く遊びに夢中になっている。


 少し離れた位置の三匹は会合を始め出す。


 黒色の天鵞絨の毛を持つ黒猫ロロが、


「ンンン、にゃ」


 と鳴いて黄黒猫アーレイに指示を出している?


 黄黒猫アーレイは耳を凹ませる。

 小さい頭を地べたにくっ付けていた。

 白黒猫ヒュレミはその行動を見て、頭を下げていた黄黒猫アーレイの小さい頭の上に片足を乗せている。


 肉球をポンッと押し付けていた。


 それに怒った黄黒猫アーレイが下からスクリュー系の猫パンチを白黒猫ヒュレミの胸元に喰らわせる。


 猫喧嘩が始まってしまった。


「にゃぁ~」


 『けんかはだめにゃお~』といったような印象で鳴く黒猫ロロさんだった。


 微笑みながらキサラに視線を移す。

 キサラはヤゼカポスの短剣を凝視。


 ヤゼカポスの短剣は思い出の品か?


 ムーに視線を移すと、リンゴを食べ終えようとしている。


 そして、リデルの落としたバックからこぼれているリンゴを眺めだし、猫同士の喧嘩を見てから、俺の魔槍杖に視線を移す。

 続いてキサラの巨乳を睨み、魔女槍を見てから、また、俺の顔を見てくる。


 銀メッシュに近い髪を一生懸命に揺らしながら、小さい紺碧の双眸を忙しなく動かすさまは可愛い。


 そのムーが座っている柵の壁は<邪王の樹>を使い簡易的に作り上げた物だ。


 そして、ムーが食べリデルが持ってきたリンゴは、イモリザたちが採取したリンゴ。


 俺もあのリンゴは少し前に食べた。

 歯ごたえある身から迸る果汁、そして、しっとりした甘みと鼻孔を抜ける芳醇な香り。

 美味しいリンゴだった。


 異世界とはいえ自然に育ったリンゴ畑にあったリンゴだ。

 樹海だからこその理由があるとは思う。たとえば、天然の虫よけの効果があるハーブ系の野草とか、害虫を退治してくれるいい虫がいるかもだ。

 フィトケミカルが豊富に入った野菜畑とか他にもありそう。


 ま、多種多様な自然力の作用で育ってんだろう。


 まだ、実際に見に行っていないから分からない。


 ドワーフのドナガンもイモリザが持ってきたリンゴを凝視しては、騒いだあと、キッシュに何か話をしていたが……。

 サイデイル村の資源とキッシュは喜んでいたが、売りにいくことが難しいと嘆いていた。

 鏡もあるし、金なら提供するといったんだが……。

 『シュウヤがやる分には構わないが……』と、あまりいい顔はしなかった。


 義理固く、頭も固いが、今後の村のことを考えれば当然だな。

 自給自足を行いながら発展してこその再建なんだろう。


 だが、そんなことは知ったことではない。

 死蝶人、オーク帝国、樹怪王軍勢たちがいるんだ。


 だから村の壁は俺が作る。

 強引だが、そこに文句はいわせない。

 子供たちに被害が出てからでは遅すぎる。


 そんなことを考えながら、リンゴを食べているムーを凝視していく。真新しい亜麻製の貫頭衣を着ている。


 ムーは片手と片足が無い。だから腕と足の布は撓んで垂れていたが、襞と皺のバランスが似合う。


 ドココさんのお手製の服か。ムーの片手と片足の数値をちゃんと計算した亜麻製の貫頭衣だ。逸品だろう。

 素材には、ツクシのモンスター素材、名はリオデクとオークの戦利品と、サイデイル村に元々あった麻ほぐし機を使ったとドココさんは語っていたが、器用な太っちょエルフだ。


 ムーの服を見ていると、少し盛り上がっているところがある。縄の紐の内側と腹の間に、本でも差しているのか?

 腹巻きではなさそうだし、木材の板を鎧代わりか?


 ムーが着ている貫頭衣はダボッとした大き目の服で、あまり目立っていないが、四角形の何かを忍ばせているようだ。


 そんなムーは俺とキサラが行う武術訓練に興味を持ったらしい。モガに纏わりつくのは止めたようだ。

 リデルも槍に興味があると思ったが、俺に興味があるようだ。俺がリデルを見ると、リデルはうっとりしたような表情を浮かべて頬が赤らんだ。


「……っ」


 ムーはそんな俺にムカついたのか、リンゴの芯を俺に投げつけてから、丸太の柵上から飛び降りる。


 地面に刺さったヤゼカポスに片手を伸ばそうとしていた。


 あの刃は魔力と体力を吸い取ってしまう。

 触ってはだめだ。


「だめだ――」


 と、強い声を発して走ろうとした直後、キサラの背中が見えていた。


 位置的にキサラの方が速かった。


 地面に刺さったヤゼカポスの短剣を右手でさっと拾い上げるキサラ。

 やけに速かったが、理由はすぐに分かった。

 地面に突き刺さっている魔女槍が激しく揺れている。


 魔女槍を蹴り、その反動を使い素早く移動したようだ。

 繊維質のフィラメントの毛が集合した盾は、もう崩れて綺麗な毛のように靡いていた。


 短剣を片手に持ったキサラはムーの横をかすめて、訓練場を囲う柵と柱と壁に向かう。その柱に足裏を当てると、そのままトトンットンッと小気味良い音を立てながら柱を駆け上がった。


 戦闘靴の厚底が木柱に吸い付いているようにも見えた。

 柱を蹴り三角飛びの要領で跳躍を行う。

 キサラは身を翻し、地面に突き刺していた魔女槍の近くに着地していた。手にしたヤゼカポスの短剣を眺めている。


 キサラの美しい機動にムーが反応した。

 口に真新しいリンゴを咥えたままだが、片手だけで、柵を叩く。


 無表情なムーちゃん。

 だが、紺碧の瞳は輝いているようにも見える。

 キサラの美しい機動を見て感動したのかもしれない。


 そんな動きを魅せていた修道服を着ているキサラは、ずっと短剣を凝視していた。

 キサラはトレードマークの黒マスクを装着していない。


 だから白絹のような細眉の下にある蒼い双眸がくっきりと見える。


 頬から額にあった蚯蚓腫れのマークは消えていた。

 ヘルメのような流し目が似合う双眸だ。


 そして、筋の通った鼻と小さい唇に生える黒紫色の口紅。

 あの細い顎からは数々の男を知っている経験豊富な美人女とした雰囲気を醸し出しているが、実は処女だったという。


 本当に美しく貴重な表情だ。

 しかし、手元の刃を見つめ続けている眼光は鋭い。


「この刃紋は、ヤゼカポス――」


 『これをどこで?』

 と、聞くように、ヤゼカポスの刃の波紋を分かりやすく俺に見せてくる。

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