三百七十話 キストリン爺の正体

 俺の腕を引っ張るキッシュだったが、突然、視線を泳がせる。

 「あ、母さん、ラシュ……」と呟いていた。


「見えなくなった?」

「あぁ……あっという間だった」


 俺にはキッシュの母のシュミさんと、妹のラシュさんの姿は見えているが。

 

 シュミさんとラシュさんが体を縁取る光は薄くなった。

 キストリン爺の力がなくなったらしい。


 彼女たちは『もう大丈夫ですよ』というように、俺に向けて笑顔を浮かべてから頭を下げている。


 そこにダオンさんの掛け声が響いた。

 彼は隊長らしい仕草で古代狼族たちに指示を出している。

 

 指示を受けた古代狼族たちは纏めた素材を持つと、一糸乱れず速やかに村の中へと運ぶ。

 俺にキスを迫っていたハイグリアだったが、そのダオンさんの行動を見て、


「ダオン、わたしもやろう、リョクラインもやるぞ」

「はい」


 ハイグリアも素材を背負うと仲間たちと一緒に運び始めた。

 そのダオンさんたちの行動を見ていたキッシュはキリッとした厳しい表情を浮かべる。


 女の表情から村の司令長官、村長としての表情を取り戻した。

 俺の腕から手を離すと、踵を返して古代狼族たちへ視線を向けている。


「回収作業を手伝ってくれたうえに運んでくれるとはありがたい。アイテムボックスもあるが数も数だからな」

「当然だ。キッシュはここに住んでいいと許可をくれたのだからな」

「姫……」


 リョクラインは悲しみの表情を浮かべていた。


「リョクライン、あの牢獄に戻れと?」

「……」


 ハイグリアはリョクラインからダオンさんに視線を向けた。

 ダオンさんは黙って頷いて、胸元にある古代狼族のマークに手を当てて礼の動作を取る。


 ハイグリアはその行動を見て……。

 珍しく真剣な表情を浮かべてから、


「……分かっている。だが、もうしばらくは女として過ごさせてくれ」


 と、ダオンさんに話をしていた。 


「……話を続けるぞ?」


 話を途中で折られたキッシュがそう告げる。


「あぁ、すまない」


 ハイグリアはキッシュに謝る。

 すると、古代狼族たちも続けて同じように頭を下げていた。


「いや、全員に頭を下げられても……上げてくれ……」

「了解した」


 ハイグリアはキッシュに対して頷く。

 そして、片手を上げて古代狼族たちに指示を出していた。

 

 指示を受けた古代狼族たちは素早く統率された動きで素材を運ぶ作業を続けていく。


「素晴らしく訓練された兵たちだな……それで、先程話した通り、同盟という形だが……交易の難易度は極めて高い。そして、古代狼族相手に交渉できる理解のある高級な冒険者を探す時間もない。わたしが向かえば手っ取り早いが、ここを離れることはできない……」


 キッシュは語尾のところで……。

 『また申し訳ないが……』という気持ちを顔に浮かべて俺を見る。


「わかったよ。約束もあるしな。しかし、古代狼族、ハイグリアの故郷に向かうのは後回しだ。俺もこの村でやることがある」


 と話すと、ハイグリアの喜ぶ声が聞こえた。


「ありがとう」


 キッシュは頭を下げている。

 

 俺は微笑みを意識しながら、


「いいって、変なところで堅くなるのは変わらないな」

「友とはいえ、頼ってばかりだからな……」


 キッシュはそう呟く。

 そして、俺の瞳から唇を何度も見つめてきては……キスをしたいような雰囲気を作る。


 ハイグリアが不満気な声を漏らした。

 そこに、キサラが魔女槍に跨がりながら着地してきた。


「シュウヤ様――神獣ロロ様たちが西の森の中で狩りを楽しんでいるところが見えました」

「はは、ロロらしい。鼠のようなモンスターを口に咥えて持ってくるかもな」

「はい、わたしが倒したレグモグ型の亜種モンスター」

「そういや、キサラが倒したところを見ていなかった」


 あの戦いの場ではキッシュの安全を重点に置いていたからな。

 その必要がないぐらいキッシュの戦闘技術は上がっていたが。


 キサラは俺の言葉に頷いてから、魔力を全身に纏う。


「……行ノ魔形から魔女槍のダモアヌンの魔槍を<投擲>していたので、双貫手で魔点穴を突き、魔力を吸ってからの連携掌底術で倒しました――」


 そう語ると……。

 魔女槍を股に挟みながらも、左手、右手の肘を曲げて、胸の前に両手を展開。


 太極拳の『双風貫耳』の構えに似ていた。

 

 ……いいねぇ。

 この訓練場を予定している広場に似合う行動だ。


 キサラはそのまま左手と右手を交互にゆったりと半円を宙に描くように動かしてから、突然、右の掌を斜め上へと伸ばし――その右の掌を手前に引きながら、代わりに素早く左手の掌を斜め前方へ突き出し、掌から魔力波を飛ばすという独特の掌底術を披露してくれた。


「素手の格闘武術を交えた<魔闘術>か」

「――格闘といいますか、<魔手太陰肺経>から連なる天魔女功の根幹です」


 わからんが、天魔女流の中にある<魔闘術>の亜種か?

 アキレス師匠も個人によりスキル名を含めた戦闘職業は変わると話していたしな。


 槍使いだけじゃない、いや、槍使いだからこその基本の体術かもしれない。


 キサラの動きはまだ続く。

 キサラは魔女槍を股に挟みながら斜め上に身体を伸ばすように左手の貫手を斜め上へと伸ばし、その左手に沿うように右手の貫手を前方に伸ばしている。


 腰の横にぶら下がる魔導書が煌めいた。

 表紙にある溝の陰影の一つ一つに光の筋が走る。

 陰影と光の溝が作る模様は、魔導書自体が表情を変えているようにも見えた。


 見る角度によって怪物と戦う多数の種族たちの絵が変わっているのかな……。

 

 黒き環ザララープは、魔導書の表紙に刻まれていないが……。

 ゴルディクス大砂漠の何処かにあるんだろうか?

 

 キサラはそのまま動きを止めている。

 それは繊細な魔力操作を行うヨガポーズにも見えた。

 俺の<槍組手>の参考にもなりそう。


「……凄いな。いつか習いたい」

 

 キサラの真似をするわけじゃないが、自然と尊敬の意思を込めて抱拳をしながら話していた。


 その言葉を聞いたキサラは優しい表情で微笑んだ。

 そして、股に挟んでいた魔女槍をきゅっと滑る音を立てて縦に動かす。

 「――ぁん、嬉しいです」と悩ましい声で語りながら、片手に握る魔女槍をスムーズに回転させていく。


 柄の孔からフィラメントが漂う魔女槍は美しい。

 

 キサラはそんな魔女槍を風を孕む速度で左右へ振るう。

 そして、その魔女槍を自身のスラリと伸びた長足へと揃えるように置くと、髑髏の模様が怪しい穂先を地面に突きさしていた。

 

 その魔女槍から手を離してから抱拳で挨拶してくる。


「――勿論、伝授します」


 白絹の乱れた前髪が風に揺れている。

 蒼い双眸をその白絹の髪がちらちらと隠すが、それがより彼女の表情を美しく感じさせた。


 可愛いな。

 正直……また抱きたくなった。


「……その時はよろしく」

「はいっ」


 魔女槍を置いたまま、俺に寄り添ってくるキサラ。

 そんなキサラに魅了されながらも、今は我慢。

 

「キサラ、幽霊たちの中心的な存在である爺さんとの話があるからごめんな」


 そう話してから、修道服の上に羽織る天女のような魔法衣の背中側に回していた手を離して、キサラと距離を取った。


「はっ――」


 聡明なキサラも直ぐに後退し、魔女槍を手に掴むと宙に飛び立った。

 さて……キストリン爺さんを見る。

 この爺さんについて思い出したことがあった。


 ドワーフのボンが釣り上げた古文書『イギルの歌』にキストリンの名があったことを。

 この爺さんは古文書に記されていた人物と同一人物だと思う。


 そして、幽霊たちや爺さんとの会話は周りに聞こえないが、念話を行う。

 

 俺は自身の精神力を生かすように、テレパシー的な念じる気持ちを爺さんに向けた。


『イギルの歌という古い文書にキストリンさんの名前がありましたが』

『……そうか。エルフの世にわたしの名が……』


 なんとも言えない表情を浮かべるキストリン爺さん。

 それは悲しみと喜びが同居したような感じだろうか。


『ところでキストリンさんは何者なんでしょう。幽霊、光の精霊様、光神ルロディス様の使いとか、神界に居る神々の使いとかでしょうか?』

『いや、精霊様でも神様でもない。一応は光神ルロディス様の力も入っているが……基本は聖者だった故の霊体であり精神力と魔素の塊。まぁ、異質な霊力を持った隠者といえるだろう』


 普通の精霊ならヘルメにも見えているから、爺さんの説明は嘘じゃない。


『生きていた頃は……』

『生前は見ての通り、人族。生まれは奴隷。第一紀ベファリッツ大帝国の頃だ』


 中国だと十二年だっけ。

 木星が天空を一周するという。

 さらにいえば、4902年という長い第一紀もどこかの物語にある。


『……すみません、第一紀とは……』

『俗にいうエメンタル大帝黄金時代だ。エメンタル大帝は、マハハイム山脈を跨ぐ史上稀に見る大帝国を築いたエルフの大英雄。我らにとっては大虐殺者』


 キストリン爺さんは人族だからな。

 その人族がこのエルフたちから聖者と呼ばれているのは不思議。

 

『人族のあなたが、当時のエルフ全盛期のエルフの幽霊たちにも慕われる存在?』

『わたしは生まれながらに聖者の証である聖十字の御霊眼を持っていたからな。魂の力を引き出すことが可能であり、僅かだが予言の力もある。奴隷の身でありながら、力があったからだ」

『古文書にもそれらしき言葉が記されてあったことは覚えています』

『その預言の力を用いて、古貴族イギルの三度の蘇りを予知。わたしは人族の奴隷でありながら、そのイギルを含めた一部のエルフたちと行動を共にした……だからこそ、後の世のエルフの歴史家が興味を持ったのだろう。しかし、人族の聖者の存在など、エルフの歴史から葬られているはずだと思っていたが、よくそんな古文書が残っていたな?』


 ペルネーテでザガとボンを家に招待した頃を思い出す。


『はい。釣り好きの知り合いのドワーフがハイム川で古文書が入った硝子瓶を釣り上げたんですよ』

『後世のエルフの中にもイギルと同様に変わった研究者が居たようだ。古文書を研究して瓶に詰めたエルフも結局はその硝子瓶を川か海に捨てたようだが』

『そうかもしれないですね。そのエルフたちの国、ベファリッツ大帝国は数百年前に崩壊しています。名残はまだあるようですが』


 ゴルディーバの里の南にある森林地帯にはテラメイ王国が存在する。

 テラメイ王国もベファリッツ大帝国の流れを組む古いエルフの末裔なんだろう。


『その大崩壊は結局は見れなんだ。わたしとイギルが取り組んだ独立戦争は……結局、地方の小さい小さい反乱でしかなかった』


 古文書にはイギルの数々の偉業のような言葉が載っていたけど。

 その古文書にも載っていた都市の名前を聞いてみるかな。


『学術都市エルンストの名は?』

『エルンスト。魔法都市、学術都市の名は有名だ。〝サークル・オブ・エルンスト〟で製作された性能の良いスクロールは利用した覚えがある。柵がある魔法権力機構だが、秘術を込めたスクロールは大変貴重であった。わたしの最後に……』


 語尾のタイミングで爺さんは下半身を見ながら苦しそうな表情を浮かべていた。

 

 そのサークル・オブ・エルンストなら魔法基本大全に載っていた。

 エルンスト魔法大学教授パブラマンティ賢者著だったかな。


 野球のクロマティか分からないが、八賢者ペンタゴン? とか、カザネも話をしていた。


『……現在もエルンストの名はあるようです』

『そうか、どのように発展を遂げているのやら……』


 爺さんは間をあけて、幽霊たちを眺めていく。


『……それで、シュウヤ殿。わたしたちの依頼は受けてくれるのかな?』

『正直、いつになるか分からないですが、それでもいいなら受けたいと思います』


 その瞬間――。

 キストリン爺さんは十字魔眼の十字の虹彩を拡大させて異質な眼球に変化させた。

 同時に、金色と藍色の霧が波打つ。

 

 何かスキルを発動したのかもしれない。


『……魂たちよ、英雄の言葉は聞いたな』

『おぉぉ――』

『聖者、英雄!』


 幽霊たちは騒ぐ。


『それと、もう歌うのは……』


 俺がそうお願いすると……。

 歌い続けていた幽霊たちは朝日の光と同調するように光を帯びていった。


 魂を聖域まで誘うという依頼を引き受けたからか、幽霊たちのオーケストラ顔負けの歌声が止まる。


 その代わりに幽霊たちは動き出す。

 俺を讃える言葉を叫びながら下に漂っていた金色と藍色の霧の中へと幽体の半身を沈ませていった。


 ……不思議。

 幽霊たちがエレベーターに乗り降りを繰り返しているのを外側から見ている感じだ。


 金色と藍色の霧に混ざらずに、残って漂っている幽霊たちもいるが……。

 大半の幽霊たちは、金色と藍色の霧と下半身を同化させている。

 

 その幽霊の半身を乗せた金色と藍色の霧は、空飛ぶ絨毯のように下方へ移動。


 そのまま小山へと続いている黄金の道と重なると黄金の道は光を更に強まった。

 下半身が霧絨毯と一体化していた幽霊たち。

 

 口々に『英雄!』『聖者!』『シュウヤ殿!』『我らの道を――』と叫びながら、黄金の道の中へ溶けるように姿を消失させた。


 そして、中空の位置に浮かんでいたキストリン爺さんも、


『黄金の魂道を辿れば聖域に辿りつく! では頼むぞ! シュウヤ殿――』


 拡大させていた眼球から放射線状に藍色の血を展開していた。

 眼球から放たれた藍色の血は一点に集結するように周囲の空間を圧縮。


 瞬く間にキストリン爺さんの幻影も巻き込まれて、点となって消失。

 最終的にその小さい点も消えるが、代わりに一つの紙片が浮いていた。


 紙片は慣性で落下せず。

 透明な水の膜のような血色が混ざった魔法バリアで覆われている。


 あの紙片は手記か?

 そう思った時、その膜に包まれた紙片が俺の手元に運ばれてきた。


 紙片を包んでいた膜が消失。

 掌の上に羽根が落ちるように紙片が乗ってきた。


 紙片の表面には地図らしきモノが描かれ、文字が書かれてある。

 

 その紙片の文字を読んでみた。

 手紙ではないな……。 


『……傷が広がった。まさか、体を溶かす毒がここまで強力とは。テンイシャのフブキから託されたソロモンの異獣ドミネーターの最後の一体が、今、ロルガの配下のレドームに滅ぼされた。預言者キストリンとして、イギルと繋がりのある支族から地底神ロルガ討伐を請け負ったが…………ここまでか。再生も追いつかない……痛みで、文字が、む、無念だ。イギルに顔向けできんな……この紙片に、残っていたスクロールの力を、愛の女神の力を託す……」


 手記を読み終わっても燃えたりはしない。

 さっきの幻影の爺さんの最期か。

 自分のことをあまり語ろうとはしなかったが。


 ひょっとして、この地図の場所はキストリンの最期の場所?


「……不思議です。声が消え、地面から微かな煌めきと……閣下の手に紙が」


 俺の隣にいたヘルメが呟く。

 ぷゆゆはヘルメが足元から放出している水飛沫に杖先を向けて突く作業を開始していた。


「精霊様、地面に光ですか? わたしには魔素の巡りと紙片しか見えないです。そして、家族たちの姿も見えなくなりました……」


 ハイグリアとの話し合いを終えていたキッシュの言葉だ。

 そのハイグリアは素材を運ぶ作業を止めていたリョクラインと一部の古代狼族と話をしていた。


「光の精霊ちゃんたちが見えます。たぶん、閣下と幽霊たちと関係があるのでしょう」

「わたしも魔素の流れが小山へ続いているとしか……あれが聖域への道なのですね。穴の先は、聖域への道が続いている地下世界ですか……」

「そう。地下に通じている」


 ヘルメとキサラにキッシュの美女たちは、厳しい表情を作りながら小山の天辺にある蠱宮のような穴を見つめていた。


 俺はそんな彼女たちから離れる。


 ハイグリアとリョクラインの会話が気になったからだ。

 俺も混ざろう……。


 と、その前に紙片をポケットに入れる。


 そして、波群瓢箪へ向けて<鎖>を伸ばした。

 弾丸のような速度で宙を進む<鎖>を波群瓢箪の金具へと瞬時に絡ませる。


 その絡ませた<鎖>を手首の<鎖の因子>のマークに収斂させた――。

 一気に反動で波群瓢箪が戻ってくる。

 その波群瓢箪を、手の内で波群瓢箪をキャッチング――。

 波群瓢箪は重い。重いが、波群瓢箪が絡んでいる<鎖>の一部も使いつつ両手首から<鎖>を出して、<鎖>の背負いベルトを作った。


 そして、回転しつつ背負いベルトと一体化した波群瓢箪を背負ってから、ハイグリアの下へ向かった。


 すると、「――ぷゆゆ!」と声を発した小熊太郎ぷゆゆ

 そのまま小さい手足を一生懸命に上下に動かしながら走ってくると、波群瓢箪の上に飛び乗ってきた。


「ぷゆ、ぷゆぅ――」


 ぷゆゆは俺の黒髪の匂いを嗅ぎながら声を漏らす。

 項がくすぐったい……が、無視だ。

 波群瓢箪のランドセル状態でハイグリアの近くに歩いていく。


「はい、臭いからオーククイーンの卵はヴァルマスク家吸血鬼の一党に利用されていたようですが……」

「一部の支族とはいえオーククイーンの卵が利用されるとは……だからオークたちも激しい闘争に発展していたのか」

「はい、わたしたちの縄張りだけでなく、地下のオーク帝国の戦いも激しさを増しているようですね」

「オークはオークで内戦か」

「しかし、オーククイーンの卵の臭いは吸血鬼の臭いと共に途切れたようです」

「卵の臭いは無かったが、吸血鬼の一党が根城にしていた施設には突入したぞ? 丁度、死蝶人に破壊されていたが……そこでシュウヤも戦った」


 にこやかに語るハイグリアは俺に視線を向ける。


「な、なんと、死蝶人……道理で臭いが途切れたのですね」

「ハイグリアの言うとおり、死蝶人と戦った。二体の死蝶人の片方だけだけどな?」


 俺の言葉に古代狼族の中でも薄毛のリョクラインさんが頷く。

 

 死蝶人のシェイルは強かったな。

 あの変形した口に、巨大な鎌の扱い……。

 他にも鎖のような技もあったな。


 蝶々たちを使った魔力の技は豊富にあると予想できる。


「わたしは見ているだけだった……」


 ハイグリアは俺に謝るような態度を取る。


「気にするな。その死蝶人だが、ホフマンとも壮絶な戦いを繰り広げていた」

「そうなのですね。いたるところで戦いが……」

「英雄様――」


 額に十字傷のあるダオンさんも戻ってきた。

 古代狼族たちも彼の背後に並ぶ。

 兵士級の上のカテゴリーの闘兵士級の古代狼族の部隊だと、彼女たちの会話から聞こえてきたが、かなり優秀そうだ。


「ご指示通りに、あらかたの素材はこの村の中心だと思われる丸い石像近くの建物の中へ運び終えました」

「分かった。けど、もう戦いは終了した。俺に報告は必要ない。今後はキッシュとハイグリアへ報告を頼む」

「了解です」


 ダオンさんは頭を下げると、彼に続いて古代狼族たちも頭を下げてきた。

 長い尻尾が一斉に動く光景は面白い。

 

 そこに、キサラ、ヘルメ、キッシュが俺たちに近付いてくる。

 そして、広場に残っていた一部の幽霊たちは消えていくが……。


 キッシュの妹のラシュさんが残って俺についてくる。


 ラシュさんと視線を合わせると微笑んできた。

 そして、唇に指を当てて、『わ・た・し・も・き・す・し・た・い』と口をゆっくりと動かしている。


 ……幽霊さんとキスか。

 難易度が高い気がする。


 そこから皆で死蝶人とホフマンのことを含めた話し合いをしながら、村の子供たちを避難させていた建物に歩いていった。


 俺たちが村の中心のモニュメント近くに戻ると、


「あぁ~、使者様だ! あれれ? 閣下、閣下ァと、煩い沸騎士ちゃんたちがいない」


 銀髪の形をビックリマークに変えていたイモリザ。

 黒爪を地面に突き刺して、小さい体を宙に浮かせながら出迎えてくれた。


 それは蜘蛛が宙を漂うような姿で不気味。

 

 だが、そんなイモリザを小さい指で指している子供たちは喜んで笑っていた。

 その中にはアッリとタークの姿もある。


「イモちゃんのあの黒爪、すごい!」

「――ゼメとアドがいない~」


 子供たちが騒ぐ中、ムーは一人ポツンと佇んでいた。

 その視線はモガに向けられている。


「シュウヤ、ちゃんと皆を守ったぞ。というか敵は来なかったが」

「わたし、は、ネームス!」


 モガ&ネームスだ。

 のっしのっしと歩いて近付いてくる。

 モガはスタスタと小さい足で歩み寄ってきた。

 

 だが、古代狼族たちは警戒。


「また不思議な生物たちだ」

「警戒を怠るな!」


 古代狼族たちは各自話しながら、素早い反応で爪を伸ばしては構えていた。

 額に十字傷のあるダオンさんも同じく爪を長剣サイズにして睨んでいる。


 浅黒い肌を持つ女の子の奇怪な行動に加えて、鋼木巨人の出現だ。

 気持ちは分かる……。

 村に素材を届ける時に既に遭遇していると思うが、警戒しているらしい。


 そこに、ハイグリアが姫らしい行動を取った。

 一族の皆を安心させるように説得。

 

 やはり、古代狼族の姫なんだと思わせる。


 しかし、ロロ軍団がまだ西の森から帰ってこない……。

 相棒の毛並みを弄りたいなぁ。


 とか思っていると、

「ンンン――」


 そう喉声を鳴らしながら、その黒猫ロロが登場。


 腹を晒して跳躍。

 ――はは、まただ。


 相棒は村のモニュメントの石像の上に着地。

 頭部を上げて『ここは占領したにゃ~』という気分を示すように、狼の遠吠えのようなポーズを取っていた。


 黒猫ロロは上空を漂っていたロターゼを見ている。

 キッシュの妹のラシュさんは目を輝かせた。


 ラシュさんは、ゆらりゆらりとランプの先端から出現した精のような動きで、宙を漂いつつ遠吠えポーズの黒猫ロロに近付いた。


 そのまま半透明の人差し指の先っぽを黒猫ロロの小鼻へと伸ばす。


 黒猫ロロは鼻先に迫った半透明な指が見えているのか?

 肉球パンチをラシュさんに繰り出した。

 黒猫ロロは片足を振るってモニュメントから前に落ちそうになった。


 すると、モニュメントの石像の脇から黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミも現れる。

 速度を出していた黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミは、土台の隅を曲がり切れず、後脚を滑らせると、口に咥えた獲物が四肢に引っ掛かった。


 二匹は二転三転と滑るように転んだが、パッと直ぐに立つところは猫らしい。


「あはは、倒れてる~」

「でも立った~! おもしろい~」


 そんな猫らしい妙技を魅せた黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミの猫二匹。

 子供たちに囲まれた。


「ニャア」

「ニャオ」

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