三百七十一話 ダークエルフとドワーフ

 ◇◆◇◆

 

 ここは魔霧の渦森。

 かつてゾルとシュウヤが対決した庭で二人は戦っていた。


 一人はダークエルフ。

 一人はドワーフ。


 ダークエルフの右手には古代邪竜ガドリセスの剣が握られていた。

 切っ先は下に垂れているガドリセスの柄に魔力が注がれていく。

 ダークエルフの魔力を吸ったガドリセスの剣は、瞬時に、柄から炎のような色合いの薄膜を展開。


 ゼロコンマ数秒も経たず、ダークエルフは剣を握る手から、体が炎の薄膜に覆われていた。


 普段は銀髪で青白い肌のダークエルフだが……。

 炎の薄膜という防護フィールドを纏った特別なダークエルフの姿となっていた。


 そんな膜に覆われた彼女は光魔ルシヴァル<筆頭従者長>が一人。

 左腕に嵌っているラシェーナ腕輪の表面には金糸が絡み付いている。


 その金糸が絡む細い手には翡翠の蛇弓バジュラが握られていた。


 そして、その弓を握っている左腕の真下の地面には、刀身が緑の蛇刀が突き刺さっている。


 彼女は銀彩の瞳が揺らめくように笑った刹那――。

 地面に刺さっている蛇刀へ足を掛けると、柄なかごを覗かせるぐらいに、強く蛇刀を蹴って高く跳躍した。


 相対していたドワーフへと宙から襲い掛かる。


 右から勢いよく振り下ろされた古代邪竜の銀光がドワーフの肩口を狙う――。

 さらに、銀光から少し遅れてダークエルフの左手に持った翡翠の蛇弓バジュラの両端を結ぶ光線のような弦の緑光が、ドワーフの左半身の正中線を抉るように振り下ろされていった――。


 これはアズマイル流剣法『羅迅剣』を改良した『羅迅・弓斬撃』。


 素晴らしい二連の剣撃技を放った彼女。

 勿論、光魔ルシヴァルに進化した作用のお陰で速度を含めたあらゆる分野で、この技の威力は上がっている。


 だが、それだけではないだろう。


 やはり、彼女が幼い時から過ごしてきた第十二位魔導貴族アズマイル家の経験が大きい。

 その元々ある剣才の技術が伊達ではない証拠の二連撃スキルだ。


 相対していたドワーフは風切り音を耳にしながらも鋼のような鋭い視線で応える。

 ダークエルフが振るった銀光と緑光が閃く中、背丈の低いドワーフは半身を横にずらすと――。

 

 右手に握る金剛樹の斧を上げる。

 続いて、左手に握る金剛樹を捻りながら左斜めへと、その斧刃を盾代わりに掲げた。

 

 二振りの金剛樹をそれぞれ違う角度に向けた斧刃で、ダークエルフが振り下ろした二つの連撃を見事に防ぐ――。

 これはブダンド族ゆかりの『山突き』という技を防御に応用した動きだ。


 衝突した刃と刃から金属の不協和音が響き渡り、縦縞模様の閃光が幾つも生まれ散る。

 閃光を頭部に受けたドワーフは玉葱頭を焦がす。


「熱い――」


 と声を発したドワーフだが、ダークエルフの『羅迅・弓撃』をしっかりと防ぎきっていた。


 そして「ぬおお! <発豪武波>!!」と、技名を叫ぶ――。

 と、同時に両手の金剛樹の斧で観音開きを行うがごとくダークエルフの剣刃と光線の弦を左右へ弾く――。


 力強いドワーフは続いて自らの短い左足の踵を利用。

 その踵を硬い軸としながらも、力強い動きから軽功を感じさせる動きに変化させたドワーフは、左へと体を駒のように急回転させる。


 皆から玉葱頭と揶揄されている渋いドワーフは小さい背丈を利用するように回転を続け、攻撃してきたダークエルフと間合いを取った。


 その距離を取り動きを止めたドワーフ。

 彼はゆっくりと片足を前に伸ばし……。

 

 金剛樹の斧を胸元に揃えるように斧刃を重ねていた。

 その重ねた斧刃越しにダークエルフを睨む。


 この眼光の奥に闇を宿すドワーフも、また、目の前の光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>の連撃を往なしているように普通ではない。


 二振りの魔斧、金剛樹の斧は伝説レジェンド級の武器だ。

 そして、彼の身体には特殊なエンチャント秘術により大地の魔宝石が埋め込まれている。


 そんな彼はドワーフ支族ブダンド族の出身。


 嘗て、栄えたエルフの大帝国【ベファリッツ大帝国】からドワーフたちと人族を含めた異種族たちが独立をするために、仲間たちと一緒に戦争に参加していた。


 その独立戦争中、彼は数々の戦場を経験し功績を上げる。

 ドワーフ支族の一部である特殊黒授千人隊を率いた羅将軍の地位を得ていた。


 一方、全身に炎の薄膜を纏っているダークエルフは武器がドワーフに弾かれても、涼し気な表情を浮かべた状態で体を斜めにひねりながら、攻撃の勢いを絶妙な制動技術で殺すと、軽やかにエルフらしく爪先から着地していた。


 綺麗な光沢した銀髪が靡く。

 そのダークエルフは、距離を取ったドワーフへと追撃をしなかった。


「見事な魔闘術系の技術だ」


 ドワーフは両手に持った斧刃越しに、ダークエルフの爪先を見つめながら褒めていた。 

 モデルのような足には魔力が相当量溜められている。


「……そういうハンカイさんこそ、ご主人様のような回転避けです」


 微笑みを浮かべたダークエルフはそう話す。

 そして、乱れていた長い銀髪を整えるように頭を傾けてから、にこやかな表情から憂いの表情へと移り変えると自らの武器の構えを解くように両手をおろし……空を見る。


 銀の虹彩は涙を溜めるように揺れていく。


「……ヴィーネ、どうした? 急に魔霧の天蓋を見て」


 激しい武術の稽古をしていたハンカイとヴィーネ。

 ヴィーネは突如、上空を寂しげな視線で見つめていたが、ハンカイの言葉を受けて頷き、頭を振ると、


「……いえ、斧使い対策のご指南、ありがとうござました」

「がはは、そんな畏まって挨拶するな。俺はシュウヤに忠誠を誓った身だぞ、言わば、家来と同じだ」

「そのご主人様は……」


 ヴィーネはそう静かな口調で語り、泣きそうな表情を浮かべていた。


「ふむ……」

「……わたしを置いて、旅立ってしまったのです」

「俺も当初は、シュウヤに従い命令されたらどこまでもついていくつもりだったので、気持ちはわかる。が、その表情はよくないな」

「……分かっている、だが、寂しいのだ」


 ヴィーネは素の感情を表に出して答えていた。


「……血の繋がりを持つ家族。愛情に飢え胸が焦げるような寂しさを味わっては、さすがに誇りあるダークエルフといえど、眷属といえど、目が曇るか」


 ヴィーネはハンカイの厳しい表情と指摘を受けて動揺した。

 銀仮面から覗かせる銀色の虹彩を閉じては開くの瞬きを繰り返す。


「……ど、どういうことだ」

「男の生き様をもっと感じてやれ」


 ハンカイの言葉に、ヴィーネは片眉を吊り上げ、瞬きを続けながら、


「……男ですか。なおのこと、心配です」


 口調をいつものように戻す努力をしながら、そう答えていた。


「がはは。まぁ、そう言うな。参考になるかわからんが、話しておこう」

「はい」

「……繰り返すが、俺はシュウヤに忠誠を誓った。家来だ。だからといってずっとシュウヤの下に居たいわけじゃない……あいつにはあいつの思いがある。ま、これは少しの期間一緒に過ごした結果、俺の気持ちが変化した部分でもあるのだが」

「変化とは……」

「武だ。斯道を征く武術。純粋な強さを追い求める普遍の姿勢……天下一の強さを求めているといっても過言ではあるまいて」


 ハンカイは金剛樹の斧を斜め上に掲げながら話をしていた。


「それに、だ。毎日の稽古前に、いちいち家来へ頭を下げに来る君主がいるか?」

「ふふ、いないですね」

「だろう? まぁあやつはそれすらも本気なのだろう。その姿勢にいたく感動した。その影響を受けた俺も、もっと強くなりたいという思いが増した……」

「ハンカイさんも影響を……」

「そうだ。斧の稽古の時、シュウヤからのルシヴァルの誘いを断ったのは見ただろう?」

「……あれは意外でした。カルードのように新しい血の家族になると思っていました」


 ヴィーネの言葉にハンカイは首肯する。


「確かに不死は魅力的だ。しかし、俺はブダント族のドワーフ。魔宝石が両手と腹に埋め込まれた特殊なドワーフ……異質なドワーフだ。その異質さ故、その力を持つが故に、仲間を救えたこともあった。が、結局は救えなんだが……エルフを屠り独立戦争を生き抜くことができたという誇りを持っている。だから、俺は俺の生き方を変えるつもりはない。エルフへの憎しみも忘れないだろう。だが、シュウヤの武と心根に接しているうちに、時には相手を許すという気概を教わった気もするのだ……これをシュウヤが聞いたら『そんなことはしらん』と、突っぱねると思うがな」

「……誇りと許す……」


 ヴィーネはそう呟きながら自身の青白い掌と手首に絡むゴールドタイタンの糸を見る。

 彼女は自らの手が血に染まっているといった顔を浮かべている。


「そう暗い顔をするな。お前さんの血で血を洗うダークエルフ社会を否定しているわけじゃない。青白いからそう見えるだけかもしれぬが……」

「これは生まれつきです。しかし、淋しい想いは」

「……血文字とやらでメッセージを送りあっているのだろう?」

「……はい、その際に、女の気配が……」

「ぶはっ……シュウヤも罪深い男だ……」


 ハンカイは冷然としたヴィーネの表情を見て、背筋を凍らせる。

 顔色を悪くしたハンカイは、「男流儀にも色々とあるからな……」と小声で呟きながら肩に斧を当て逃げるように納屋へ向けて歩いていった。


「んでは、納屋に狩った素材を整理せずに放置してあるから、戻るぞ」


 と、小さい背中越しから、ヴィーネにむけて語る。


「ミスティに怒られるかもですよ?」

「分かっている。ミスティは煩いからな……白足狐の足の分け方から、樹鬼の樹皮膚の素材採取の仕方が気に食わなかったのか……毎回、愚痴愚痴と……んだが、最近は愚痴も減ったか……碑文の研究に熱心のようだ」


 研究室と納屋には狩り終えた素材が散らかっている状態だった。


「ミスティは楽しそうです。では、わたしも楽しい狩りついでの修行と魔霧の渦森の探索に」

「了解した。帰ったら地下社会のドワーフたちのことをもっと教えてくれ。それと巨大地底湖アドバーンの争い話も面白かったからそれも頼む」

「……分かりました」

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