三百六十話 半透明オークとの戦い

 

「ンンン、にゃあ~~」


 旋回中の神獣ロロディーヌはヘルメの体に触手の一部を絡ませながら挨拶していた。


「ふふ、ロロ様、先ほどは挨拶を避けてしまって、ごめんなさい――」


 謝っているヘルメだったが、ロロは気にせず、無数の触手でヘルメの体や頭部を撫でていた。

 更に網のようにヘルメの体を包む触手の群れは、ヘルメを神輿のように担ぎ上げる。と、網のような触手の群れが上下に動く。

 ヘルメは宙空へ放られた。落下したヘルメをまた、触手の群れが捕まえると、その網のような触手の群れが上下に動いて、ヘルメを持ち上げる。ヘルメの体でジャグリングのような遊びを始めていた。


「はぅう~ロロ様お尻は優しくしてください――」

「ぷゆゆ? ぷゆううう」


 ぷゆゆの背は小さいから見えない。


「ぷゆゆを捕まえる~」

「あはははーぷゆゆの足ちいさいーー」

「ぷゆゆぅ~」

「ついに理想郷に着いたのか! 俺はがんばるぜ!」

「まだ、交渉もしてないのに、前途多難よ」

「まだ早いが……交渉相手には「一筋の矢は折るべし十筋の矢は折り難し」の精神で挑むのじゃ」

「――シュウヤは空も飛べるのだな! が、神獣様のお毛が絡まって、前が見えん!」


 神獣ロロディーヌに乗っている皆が喜び話していた。

 トン爺を含めた爺と婆たちは、そんな若い連中を戒めている。


「閣下の助けられた方々の声と変な声が、それに元気な獣人女も見えますが……」


 宙で触手に遊ばれているヘルメが流し目で見つめながら話していた。

 ぷゆゆの声とハイグリアの声が気になるらしい。


 銀色衣装が目立つハイグリアの姿は見えたが……。

 ぷゆゆこと小熊太郎の姿と、子供たちの姿は見えず。


 とりあえず……キッシュの村に急ぐとして――。


「――ロロは皆を乗せてゆっくりと来い。戦場が激しいなら――」


 ロロは俺の言葉を聞くと、ヘルメとのトランポリン遊びを止める。

 シュルシュルと音を立てさせながら触手を胸元に格納。

 そのまま戦う準備とも見られる四肢の先から鋭い爪の出し入れを行っている。


「……閣下、まだ報告していないことが」

「なんだ?」

「キッシュ司令長官の指示の下、イモリザ&沸騎士の活躍により既に粗方のオーク共は始末しました。だから安全です」


 そっか、安心なのか。

 まぁイモリザと沸騎士がいるんだ当然だな。


「しかし、まだ伏兵がいる可能性は否定できません、さらに、トロールの鳴き声が響くことに加えて、現在、村から離れた前線では仲間だった死骸を食べている半透明の巨大オークが現れています」


 トロールの声に半透明のオークだと?


「なんだそりゃ、死骸を食べるだと?」

「はい、まだ戦っていないので詳細はわかりませんが、オークの秘密兵器かもしれません」

「了解した。オークの仲間割れなら急ぐ必要もないか。ま、実際に見た方が早いとして、ヘルメお前は目に戻ってこい――」


 左手の指たちを手前にちょんちょんと動かす。

 hey,com onカモーン! という意思を込めてジェスチャーをした。


「はい――」


 ヘルメは俺の指を見てから満面の笑みを浮かべる。

 その瞬間、いつもより激しくスパイラルしながら左目に突入してきた。


 そうして、小型の精霊ヘルメが視界の端に登場。

 微笑んでいるヘルメちゃんだ。


「え? 目の中に……」


 と、つぶさに観察していたキサラが驚いていた。


 そのキサラには小型ヘルメの泳ぐ姿は見えていないだろう。

 俺の左目を凝視している。


「魔眼のような小さいマークが……」

「おい、稀人の目が、シュミハザーから奪ったフォカレのような物か?」


 闇鯨ロターゼは、俺をなぜか稀人と呼ぶ……。

 稀人って確か……


「ロターゼ黙りなさい。奪ったというより奪えた・・・でしょうに」

「まぁな、頭の一部を喰い吸収したことは許さんが、尻の痛み・・・・はそれで帳消しにしてやる」


 ロターゼは額の炎、額の魔印から幻影を真上に投影しながら喋っている。

 その幻影は小さいR文字と小型杖だ。


 しかし、尻が腫れているので面白い。

 鯨だが……まさかそっちに目覚めたか。


「ん? ロターゼは尻好きに……?」

「ちげぇぇ、そこの神獣の炎だよ。変成途中の魔女槍に物凄い炎を浴びせただろう。あれでシュミハザーが自慢していた<内なる眼>どころか、フレアを含めた、その素の大半が蒸発したんだ」


 闇鯨ロターゼは恐怖の眼差しで神獣ロロディーヌを見る。

 そのロロは『なんだにゃ?』という表情だが。


 あの時か。

 まぁ、最終的に弾かれたとはいえ、強烈な太陽のような炎玉だったからなぁ。


「そう。わたしたちには都合が良かったけど、それでシュウヤ様の左目のマークはシュミハザーが持っていた死天使系ア・ゲラデェ魔法円フグルゥ・ロではないわよ? 形ある意思を持った精霊様の力」

「……見ていたが確かに珍しいな。というか大砂漠にも古びた精霊や血骨仙女のような者たちが多数居たが、あんなのは見たことがないぞ。アーメフ人たちが崇める虚ろな狼獣とも違うな」


 闇鯨はキサラに同意するように額を震わせながら語る。


「うん、大砂漠に連なるエイハブラ平原のムリュ族、その大砂漠のアーメフ人や北マハハイム人たちが扱うようなお伽話に登場する魔神具や古都の秘宝ありきの存在じゃない。きっと眷属に連なる最上級の神級と直に触れたこと、あるいはシュウヤ様が吸収して融合したか、或いは何かがある・・・・・のは必定……」

「あれか? 稀人自体が伝説の神器とでもいうのか? 古代の法具、栄華極めし暁の帝国の最後の皇帝が愛したとされる」

「……紅玉の深淵? とか伝説の法具? 神器? うふ。コウフンする! やはり暁闇を刺し貫く飛び烏。ダモアヌンに伝う魔女の伽役としての謳通りの存在ね! 暁の魔導技術の担い手でもあるシュウヤ様だからこそだと思うけど」


 興奮状態のキサラはヘルメのマークに気付いたか。

 謳といえば、俺の正義のリュートで彼女の謳に合わせるのも一興かも。


 そんなことを思っていると……。

 キサラは双眸を輝かせる。

 黒女王を髣髴とさせる黒マスクの模様は、前と同じ地下世界で見たレリーフに酷似している。


 そんなマスクから覗かせる視線は、俺を教祖のように崇めるようなモノだ。


 激しい熱情を帯びた視線だが……。

 しかし、爽快な青空どころか寒風を思わせるぐらい迫力もあった。


 正直怖いが、キサラの推察力は当たらずといえども遠からず。


 で、俺の左目にあるらしいヘルメのマーク。

 前は俺の尻に刻まれていたマークだったんだよな……。


 あぁ、だからか。

 今はヴィーネとミスティにハンカイが暮らしているゾルの屋敷を思い出す。

 ユイと一緒に過ごした時だ。


 俺が訓練の後、風呂に入っていた時、そのユイは尻を凝視していた。


 そんな何気ない昔を思い出していると、


「――神獣様の毛と触手たちは気持ちよかった、が――今はこっちの方が重要だ!」


 ロロの黒毛から抜け出たハイグリアだ。

 そのままロロのおでこの上に立っている。


「ンン、にゃお」


 神獣ロロは寄り目になり、自らの額に立っているハイグリアを見ていた。


 ……凛々しくもあり可愛くもある神獣の寄り目顔は、写真に撮りたいな。


 その立っているハイグリアの姿も中々だ。

 神狼ハーレイアの祝福があるとか、銀爪式獣鎧とか、シュミハザーは語っていたが。


 ……本当に綺麗な銀色の鎧衣装だ。

 くびれがある腰に両手を当て立つ姿もお姫様のようで美しい。


 すると、ロロが自身の鼻を舐めるように大きな舌を、そのハイグリアに向かわせる。


「きゃんっ、し、神獣様」


 ロロがハイグリアの体毛を舐めていく。毛繕いのグルーミングか。

 ハイグリアの匂いはロロのお気に入りだからな。


「ぅぅん、神獣様……お気持ちは嬉しいです、が――」


 ハイグリアは、ロロの舌からなんとか脱出。

 額の端に移動して、空に浮かぶキサラとロターゼと、俺の様子を見て逡巡。


 そして、キリリと必死な表情を浮かべたハイグリア。


「――シュウヤ! そこのおっぱいキサラよりも大事なことがあることを忘れるなよ!」


 尖った歯がチャーミングなハイグリアはキサラへ向けて形を変えた銀爪を指している。

 女として宣戦布告をするように叫んでいた。


「ふふ、かわいい獣ちゃんですね」


 キサラは動じていない。


「またか」

「そうだ。ハーレイア様と双月神様の象がある広場での拳闘! わたしと栄光を共にするという約束だ」


 ハイグリア。

 古代狼族、神姫だろうが可愛い女に変わりない。

 トン爺を含めて皆を守ろうとしてくれたし、表面は強がっているが優しい女性だ。


 そして、戦っている時にも思ったが、番うのもいいと思ったことは事実。

 ハイグリアの望む、番いにはなれないと思うが……。


 一回だけ付き合ってやるか。


「……名前を教えたから拳で語り合う拳闘ってやつか、用事がすべて片付いたら一回だけ拳で戦ってやるよ」

「ふふ――やった!」


 喜んだハイグリアは神獣ロロの触手を掴むとガッツポーズを繰り出し跳躍――。

 喜びのあまり「昇竜拳」を繰り出したハイグリア。

 

 神獣ロロディーヌの額から落ちそうになったが、そのロロの触手がハイグリアの体に巻き付いて、落ちなかった。

 相棒に救われている。そのまま相棒の触手に体を揉まれまくりのハイグリアは、喘ぎ声を発しては、先ほどのヘルメと同様に神輿となっては、天然のお手玉遊びを行うが如く、神獣ロロに遊ばれていく。


 すると、


『あぁ~閣下の中が一番です~』


 俺の左目に宿るヘルメが念話を響かせてくる。

 恍惚の表情を浮かべたヘルメちゃんだが、しっかりと泳いでいた。

 両足を広げて閉じての平泳ぎを行う。

 

 更に、腕の動きと足の動きがクロールへ変化。

 スムーズに泳ぎの技術が移行する様は、オリンピックに出場する水泳の選手に見えた。


 すると、ん? 

 突然、泳いでいたヘルメが背中を反らせる。


 筋をピンッと張り詰めさせていた。

 動きも止める。

 その常闇の水精霊ヘルメは蒼色を基調とする葉のようなモノの皮膚を震動させると、皮膚をウェーブさせながら立ち上がる。


 と、振り向いてきた。

 緊張したような面持ち。


『……閣下?』


 そう聞いてくる声音はイグルードのような『うらめしや』といった感じだ。


 そんな恐怖声を上げたヘルメは小型の幻影姿から、視界の半分を埋めるような大人の幻影姿となっていた。


 おっぱいは凄く揺れている。


『……隅に置けない獣人女や閣下の水の気配が増した以外に、まだ内緒にしていることがありますね?」


 嫉妬という雰囲気ではないが、さすがは常闇の水精霊。

 イグルードと魔公爵のことではなく、俺の成長を感じ取ったか。


 <水の即仗>の加護が必須な<超脳・朧水月>を獲得したからな。

 僅かとはいえ水神様の信仰を感じ取ったらしい。


 が、内緒とは、サラテンのことかな?


『……この、掌だな』

『そうです。左手の内部から異物を感じます! どういうことでしょう!』

『詳しくは後だ。安全とはいえ今はサイデイル村の方が気になる――』


 俺はゼロコンマ何秒も経っていない脳内会話を終了させ、キサラとロロを見る。


「キサラとロロ! サイデイル村へ向かうぞ」

「わたしを忘れるなー!」

「ハイグリアは空を飛べないだろう。それにロロの上に乗って安全とはいえ、イグルードの種と魔侯爵アドなんたらの木塊を預かるトン爺とマグリグを含めて皆を守る存在が必要だ。モガとネームスだけの護衛じゃ心許ないからな。だから、皆を頼むぞハイグリア」

「……うん、任せろ」


 ハイグリアはロロの触手に絡まっている最中だが……。

 俺の頼む姿勢を見て、可愛く微笑みながら頷く。


 それに微笑みで応えてから、


「んじゃ――」


 と、片手を泳がせ挨拶。

 そのまま魔闘術を全身に纏い足下にあった<導想魔手>を蹴っていた。


 ――空中ダッシュを行う。


 透明なオークも気になるが、目指すはキッシュ。

 同時に背後から「炯々なりや、ひゅうれいや――」


 そんなキサラの魔声の謳が響いてくる。

 俺の飛翔速度についてきているようだ。


 構わずに水色の空を、右腕に握る魔槍杖バルドークの紅矛で突き裂くように宙を駆け続けた。


 馬の形の岩場を通り抜け、眼下に広がる水の流れる谷ごと蹴るように宙を曲がり、草が山裾を席巻している場所をあっという間に通り過ぎる。


 下に、蟲宮のような小山につづら折りの道が見えた!

 サイデイル村に帰還だ!


『到着です! 仲間を食べていた半透明オークが居たのは、あの丘向こうです』


 小型ヘルメが指差す方向に、半透明の怪物が存在した。


『あれか……』


 しかもオークの死体を上空に放り投げている。


 そのまま慣性で落ちてくる死体を大きく広げた口の中で受け止めていた。

 大きな口を閉じて、むしゃむしゃと実に美味しそうに食べている。


 その様子は咀嚼音がこっちまで聞こえてきそうな勢いだ。

 さらに、食べるたびに半透明オークの下腹部辺りの体内から極彩色が煌めく。


 煌めきは順繰りに体内を駆け巡っていた。

 魔力も相当量内包している。


 半透明オークが非常に気になるが……。

 戦うのは後だ。


 そのオーク系の新怪物から視線を外す。


 サイデイル村を見た。

 ヘルメが語った通り、村は大丈夫。


 狭い木製の門が倒れ掛かっているぐらいか?

 小さい家に燃えたような跡がある。


 攻撃の傷痕は生々しい。

 ヘルメたちがいて、この傷痕だとすると質の高い攻撃があったことは事実か。


 知恵のあるオークか……。

 前にも見た小山の麓に墓があった。

 湧き水から引いた水場も前と同じ。


 俺は墓が並ぶ場所を見て……。

 そう、そうだよな、キッシュ……。


『いや、わたしは皆とは戻らない。ヒノ村に立ち寄りたい。それに、魔竜王を倒したのだ。故郷があった場所へ戻り、墓を建て、倒したことを皆に、家族に……報告したい』


 キッシュはそう語っては、村の再建をしたい思いを俺に訴えていた。


 あの時、彼女は苦悩したように表情を歪めていた。

 一粒、二粒の涙が頬を伝ってた……。


 そして、「元気でな」と『泣くなよ』と意味を込めて深いキスをしたんだ。


 友のキスだが、深い愛のあるキスを……。


 俺は涙ぐみながらも、旋回し、周囲を確認。


『――閣下、精霊眼を用いて探索しますか? 或いは精霊珠想を』

『いや、今はいい――』


 ヘルメと脳内会話をした直後、銀髪を縦に突っ立ってているイモリザを発見。


 門の上から、俺に向けて伸ばした手を一生懸命に振っている。

 というか、腰が妙な動きで面白い。


 ひねってお尻を震わせている?


 さらに、ツアンとピュリンの顔に変化していく。

 三人の精神がせめぎ合っているのかもしれない。

 腰の形が曲がったままだから変だ。


『ふふ――』


 ヘルメが笑っていた。

 イモリザに教授したらしい。

 その笑っている小型ヘルメは視界の隅で踊る。


『閣下! これが最近編み出したポーズです!』


 新ポーズを俺に披露してくれていた……。

 まぁ、イモリザと共に小型ヘルメの新ポーズも無視だ。


 沸騎士ゼメタスとアドモスの姿も確認。

 彼らは俺の大事なペットたちに騎乗している。


 いいねぇ、将軍、武将のように見える。


 村の中心のモニュメントがある位置で、子供たちの姿も確認。

 沸騎士を含めたイモリザが、ちゃんとキッシュを含めて村を守っていたようだ。


 というか、イモリザのポーズに影響を受けているのか?

 子供たちが腰をひねった踊りの真似を始めていた。


 イモリザは骨魚を召喚しようとしていたが、途中で取りやめている。


 すると、アーレイとヒュレミが吼えた。


 騎乗していたゼメタスとアドモスを振り落とし、建物の屋根に乗り移っては、空を飛ぶように必死に跳躍を繰り返していく。


 大虎は魔造虎とはいえ空を飛べない。


 ――ごめんな。俺に抱き着きたいんだろう。

 それとも母のようなロロディーヌの存在を感じとったのかな。


 ゆっくり飛行のロロディーヌは、まだ俺の後だ。


 しかし、吹き飛んだ沸騎士たちより、アーレイとヒュレミのことを思う俺も俺か。

 すると、木製の壁に激突していた沸騎士たちは子供たちに囲まれて触られていた。


 アーレイとヒュレミも混ざっている。

 もてもてだな、沸騎士は人気があるのか?


 その子供たちはイモリザの腰をひねった動きからダンスを始めている影響からか、その沸騎士をあっさりと見捨てるように離れてイモリザの下に集結していく。


 イモリザは『えいえいおー』と片腕を上げて、へんなダンスを始めていた。

 子供たちも真似しているし。


 こりゃキッシュも心配だ。

 しかし、子供たちにはお尻愛の精霊ヘルメより、イモリザや沸騎士たちの方が影響力があったらしい。


 まぁ、沸騎士はしゃべる蒸気機関車だしな。

 イモリザに至っては、あの調子だしよく分かる。

 ツアン、ピュリンの姿に変えられるし、とくに顔だけとか、黄金芋虫にも変化する不思議ちゃんだからな……。


 さて、村は安全なことを確認できた。


 ほっとしながら……。


 崖下の丘が並ぶ前線を見た。

 オークの死体が丘に紅色の冠をかぶっているがごとく広がっている。


 雑木林の一部は削られて、ホルカー石のような石材が露出していた。

 大規模戦とまではいかないようだが……。


 少し昔、タケバヤシと戦ったオセベリアとラドフォードの戦争の経験を思い出す。

 あの時の砦内部で戦ったような戦いではないが、似たような激戦があったようだ。


 おっ、キッシュも居た。

 薄緑の髪を靡かせて、崖を勢いよく降りていくキッシュの姿を確認。


 細身の体を包む華麗な重騎士姿。

 愛用の剣、盾を持つ姿も変わらない。


 ……変わらないが、前よりも素早くなっている気がする。


 彼女の目的はあの半透明なオークか。


 俺の姿には気付いていない。

 ……村を守ろうと必死に頑張っているんだな。


『閣下……魔力が』

『……あぁ』


 ヘルメが驚いているように、キッシュの姿を見た俺は感情が高ぶったらしい。

 自然と魔力が外に漏れ出ていたようだ。


「シュウヤ様――」

「キサラ、あの薄緑の髪のエルフは俺の友だ。間違えるなよ。そして、あのモンスターは俺が先に倒す。キサラはキッシュが戦っている俺の下に来ないように優しく止めるようにな」

「はっ――」

「キサラ~前途多難だな?」

「うるさい! 一言多いぞ――」


 抱拳を作り礼の挨拶をしていたキサラは闇鯨の言葉を受けてすぐさまに反応。

 フィラメントを纏わせた魔女槍をくるりと回しながら片足を新体操選手のごとく振るい上げていた。


「――<邪重蹴落>」


 素晴らしいパンティを魅せての――踵落としの技を闇鯨に喰らわせている。


「――あひゃぁ」


 闇鯨ロターゼ、哀れなり。

 せっかく治っていた潜水艦の額をボコっと音を立てて凹ませる。

 闇鯨は墜落する戦闘母艦のように回転しながら谷底に落ちていった。


 あの厚底の戦闘靴の一撃は強烈だ。

 ……というか俺も味わったからな。よくわかるぞロターゼ。


 そんなことよりキッシュを戦わせるわけにはいかない――。

 肩の竜頭金属甲ハルホンクを意識、タンクトップ型から魔竜王鎧スタイルにチェンジ。


 俺は宙を駆けながらキッシュを追い越し、半透明オークに近付いていく。


『――ヘルメ、力を貸せ』

『はい、“いつものことだ”です!』


 ヘルメの脳内会話に特に反応をしなかった俺だが、俺の顔は微笑んでいるだろう。

 そのまま、あるイメージ・・・・・・を強く加えて<精霊珠想>を発動――。


 左目の網膜から、にゅるっと音を立て煌めく液体ヘルメが飛び出る。

 液体か樹液か形容しがたい流体は、俺の新たな防御層として左目を中心として左肩の一部をターコイズブルーに染めて展開していく。

 

 ※ピコーン※<仙丹法・鯰想>スキル獲得。


 おお、イメージを強くしたらスキルゲット。

 そんなスキルの<精霊珠想>を元にした<仙丹法・鯰想>の左視界は相変わらず神秘だ。


 外から見たら星のような巨大なナマズが、俺の左上部に浮いて見えるかもしれない。


 精霊の獣とかにも見えるかもな。


 その直後――。

 中空の位置から近付く俺に反応した半透明オークが、


「チカヅクナ! ヌグォォ―!」


 口が横へひび割れながら大声で叫び、掴んでいたオークの巨大死体を投げつけてきた。

 すげぇな、距離はまだあるぞ――。


 俺はすぐに体を縦回転。

 右手を引くように魔槍杖バルドークを縦に振るう――。

 

 視界を埋めつくそうと迫る死体を紅斧刃で両断した。


 俺は死体から血を浴びながらも前回転を続ける。

 そのまま地に両足を付けて着地した。


 死体がやけに重かった。

 死体を肉団子と化す<投擲>専門の技かもしれない。


 ――キッシュを先に戦わせないで大正解だ。


 そんな思考を浮かべた直後。

 間合いを詰めてきた半透明オークの攻撃が迫る。


 それは半透明オークの歪な拳から伸びていた、これまた半透明の触手群。


 まだ距離があるが……あいつは反応速度が高い。

 そして、迫ってくる透明な触手群は異常な速度だ。


 <鎖>で対処する前に、俺は左目から左肩を覆っている<精霊珠想>から派生したナマズのような<仙丹法・鯰想モノ>を操作。


 ――歪な形のナマズ防御防御フィールドを前に展開させた。

 俺を攻撃してきた半透明な触手群は<珠想の変形ナマズ>に触れると、一瞬で消失するようにナマズのような形の<仙丹法・鯰想>の中に取り込まれた。


「ナンダァァァ! オマエェェ! トロールの尖兵ナノカァァ?」


 大声で叫ぶ半透明オーク。


「俺がトロールとやらに見えるのか?」


 遠距離攻撃を取り込むように防ぐ<仙丹法・鯰想>越しに、近付きながら尋ねていた。


「……フン! 人ニ紛レタ、樹怪王ノ者カ?」

「しらねぇな、死蝶人なら知っているぞ」


 なおも近付きながら、


「ナァンダァ、チカヨルナ! 地底ノモノカァ! ヌウゥアアァ――」


 叫んでいる半透明オークは拳から放つ触手群を増やしてくる。


 だが、逆にその触手群を捕まえるように、ナマズのような形の<仙丹法・鯰想>から細かなヘルメのような手が伸びる。


 透明な触手を掴むヘルメの手。

 ターコイズブルー仙丹法・鯰想の内部に引き込んでいった。


 一瞬で、俺たちの身に迫った透明触手群は消失。

 透明触手は色合いが半透明なだけで肉系、物質系なのは変わらないようだ。


「喰っタダト!?」

「そうだよ――」


 俺はそう喋りながら地を蹴り、左腕の鎖因子のマーク手首から<鎖>を前方へと伸ばす。

 アンカーの要領で地面に突き刺した<鎖>の先端を手首に収斂させ、身体を移動させる。


 その機動力を利用して驚いている半透明オークと間合いを詰めていく。


 半透明オークは体内を煌めかせながら伸ばした左腕を、縦に素早く振るい、近付く俺を上から叩こうとしたが――。


 さっと<鎖>を消失させて、左へと回避――。


 耳に地面が凹むような強烈な音が響く。

 同時に飛んできた岩の破片が首、頬を削って、痛みを覚えた。


 ――が、そんな痛みは無視だ。

 回避運動から、地面をまた強く蹴り、直角な機動で反撃へと動く。


 生活魔法の水を展開――。

 同時に<仙丹法・鯰想>から<精霊珠想>を意識して操作。

 足下に水場を多重に生成し水を重ねながら体勢を屈める。


 そう、槍使いソレグの技。

 俺は中腰姿勢を取る――下段専門の突きを繰り出した。


 右手の魔槍杖バルドークを伸ばす<牙衝>を発動。


 螺旋した紅矛が半透明オークの足を穿った。


「ヌグォォ――」


 上半身を震わせる半透明オークは魔力を開放させると、体を分裂させる。

 俄に登場した半透明オークたちは足を穿った本体と違い、細身だ。


 それぞれ銀色の魔剣を持っていた。

 急に俺は三対一となるが、冷静に対処。


 ――血魔力<血道第三・開門>。

 血液加速ブラッディアクセルを発動。


 魔槍杖バルドークを消失させ、左の手の内に神槍ガンジスを召喚。


 その神槍ガンジスを斜め下へと傾け左の半透明オークが繰り出した下段突きを防ぐ。

 続けて両手持ちに移行していたガンジスをバーベル上げの選手のように頭上に掲げて、右から迫った上段斬りを防いだ。


 さらにガンジスを縦に動かす。

 俺の脇腹を狙ってきた中段斬りをその縦に動かした神槍で防ぐ。


 そして、同時に本体のオークが繰り出した薙ぎ払いの銀剣を屈んで避けた。

 そこにもう一つ、身に迫った銀剣の薙ぎ払いを、斜めに傾け直した神槍ガンジスで刃を受け流し対処。


 その神槍ガンジスを弧を描くように回転させ、自らも回転。


 足下に吸い付くような動きを示していた血と水飛沫が周りに飛び散っていた。


 神槍の円の動きは風槍流『枝巻き』だ。

 素早く迫る銀色の剣を受け流した神槍ガンジスで、その銀剣ごと宙に円でも描くように神槍ガンジスを扱う。


 銀剣の武器を槍に絡めての、反撃のタイミングだが――。

 敵は強く速い。


 動きがシンクロした二体のオーク。

 どちらも正眼の構えから同時に俺に向けて踏み込むと銀剣を振るってきた。

 

 俺は防御を優先させる。

 回転させることに集中した神槍ガンジスを縦に動かした。


 半透明オーク二体同時による横薙ぎを神槍の中部で受けきり防ぐ――。

 二つの銀刃が衝突した神槍ガンジスから神々しい斑火花が散る。


 さらに――キィィンとした不協和音が耳朶を叩く。


 ――このまま防ぎっぱなしだと思うなよ?

 笑みを込めた意思で、前へとにじり寄るように踏み込む。

 

 と、同時に二つの銀剣を受けている盾代わりの神槍ガンジスで地面を刺す。

 そのまま握り手を意識しながら前蹴りを繰り出した――。


 右のオークの胸元へアーゼンのブーツを喰らわせて蹴り飛ばす。


 その刹那、本体のオークが銀剣を突き出させる。

 俺の胸元を刺そうとする突き技だ。


 蹴り終わりのタイミングで、俺が無防備だと判断したのか――。

 

 その胸元に迫った銀の切っ先を半身の体勢で横に避けながら、左から迫ったオークの銀剣を足下に展開させていた<精霊珠想>で巻き取り、逆に左の分体オークのことを無防備にしてやった。


 俺は縦に刺した神槍ガンジスを生かす。

 神槍でポールダンスでも踊るように腰を捻り右回し蹴りを繰り出した――。


 アーゼンのブーツに魔力が籠もった右回し蹴りが、その無防備なオークの頭部に衝突。


 ドゴッとした鈍い音と血飛沫が周りに飛ぶが、気にせず、その蹴りの機動を生かす。


 頭が散った分体オークが消失するのを視界に捉えながらも、俺は身体を回転させた。

 

 すると、本体のオークが半透明な腕を伸ばす。

 銀剣の切っ先を俺の足へと向かわせてきた。


 回転している素早い機動を生んでいる俺の足を潰そうってか?


 ――その足に迫る銀剣を逆手に取る。

 迫る銀の切っ先を見て、タイミングを計り、ちょいと体を浮かせるように跳躍――。


 跳躍しながら左足に魔力を込めてバランスを調整。

 そのままアーゼンの底でオークを踏み殺すイメージで銀剣の剣腹を踏みつける。


 そのまま俺自身の体重を乗せた。

 オークが扱う銀剣刃を地面に埋めるイメージで、さらに押さえつける。


 刹那、俺は右手に魔槍杖バルドークを召喚。

 左足の底で、本体オークが持っている銀剣を押さえつけながら腰を回転させる。


 そう、槍構えから槍突技へ移行する機動だ。

 同時に地面に突き刺していた神槍を消失させた。

 左の手の内に再出現させる。


 そうして、魔槍杖バルドークを握る右手を突き出す。

 螺旋した紅矛の<水穿>を発動。


 水を纏った紅矛は不思議だ――。


 蒸発しながらも水を纏うので、蒸気の一撃に見える。

 相性がよくないかもと思いながらも、本体オークの下腹部を紅矛<水穿>が貫いていた。


 手応えはあるが、若干薄いか?


「グヌヌヌヌゥ――」


 本体は体勢を突っ伏させて魔槍杖バルドークを抱えるように苦しむ。

 そこに前蹴りで吹き飛ばしていた分体オークが銀剣で、俺の胴体を狙うが、遅い――。


 魔槍杖バルドークを離しながら<朧水月爪先回転>で身に迫った剣突を躱す。


 そこから流れる半身体勢の側転機動で片手を地面へと向かわせる。

 水面のような地面を片手で突き、間合いを潰しながら腰を落としていた俺は、背中を相手に晒しながらも、その分体オークの懐を壊すイメージで垂直上段蹴りトレースキックを喰らわせた。


 足から伝わる蹴りの手応えと共に相手の下腹部辺りからドゴッと鈍い音が響く。

 カウンター気味に蹴りを喰らった分体オークは上空へ跳ね上がる


 くの字となったオークは体が消えゆくが、ただでは消えさせない。


 その分体オークの腹目掛けて<水月暗穿>を繰り出した。

 手で体を支える動きから神槍ガンジスと共に、宙へ半月を描くような姿勢へ変化を続ける機動槍武術。


 俺は天を貫くような神槍ガンジスの方天戟の矛と一体化するようにオークの腹へと突っ込んだ。

  

「ギャァ――」


 分体オークの上げた悲鳴が神槍ガンジスに収束していく。

 その瞬間、分体オークは口から霧のような血を放出させて消失。


「ヒィィ」


 この悲鳴は、まだ生きている本体オークからだ。

 魔槍杖バルドークの紅矛と紅斧刃を下腹部に喰らいながらも、半透明を維持した本体オーク。


 タフだ。

 腹に突き刺さった魔槍杖バルドークを引き抜こうとするが――。


 そんなことはさせない。


「そんな半透明な手で触るな――」


 ハルホンクの竜頭から氷礫を飛翔させる。

 続けて<鎖>を至近距離から射出。


 梵字の鎖の先端が本体オークの身体を貫く。

 氷礫がオークの双眸辺りに突き刺さった。


「グアアァ」


 さらに相手の腹に突き刺さっている魔槍杖バルドークを傷つけないように――。

 コントロールした《氷弾フリーズブリット》を連続射出した。

 オークは悲鳴も上げられずマシンガンの弾を喰らい浴びるように肉を撒き散らして小さくなっていく。


 俺の魔法を無意味にかき消していた<鎖>を消失。

 その最中、半透明のオークの体の色合いが、どす黒く変化していた。


 構わず散っていく血肉と魔力を<精霊珠想>で吸収させながら血液加速ブラッディアクセルを使い前進。


 小さくなった肉塊気味のオークに突き刺さった魔槍杖バルドークを右手で握り引き抜く。

 同時に魔槍杖バルドークが突き刺さっていた本体オークの下腹部の孔が露出した。


 だらりと垂れるような穴の中から急激に血が迸ってくる。

 その瞬間、引き抜いた魔槍杖バルドークの紅矛と紅斧刃が煌めく。

 バルドークは魔女槍のフィラメントの光に似た糸を放つと、オークの血を糸で吸い取っていった。


 血が消失しまっさらとなった貫いた中から、魔法陣の札が貼られてあった巨大心臓が覗く。

 腹の位置に心臓があるのか? 

 そして、この魔槍杖バルドークは変化しているのかもしれない。

 

 その瞬間、心臓が蠢いていた。

 一応、魔槍杖バルドークは消去。


「ひょっとして幾つも魔法心臓が詰まっている? ま、しらんが――」


 そのまま横回転。

 ミスティがいたら、


『研究したい!』


 と言ったかもな。

 が、俺は止まらない。

 左手には神槍ガンジスを召喚しつつ中段突きを行える構えから――。


 <闇穿・魔壊槍>を発動。


 闇を纏うには似合わない神槍ガンジス。

 魔槍杖バルドークバルドークの紅矛が空けていた孔をそっくり埋めるように方天戟と似た穂先が貫く。


 そこに――。

 巨大な闇ランスこと壊槍グラドパルスが本体オークを巻き込みながら突き抜けていった。


 一瞬で本体オークは右半身が細切れとなり消失。

 俺は神槍ガンジスを消失させながら、血魔力も解除。


 本体オークが風のように消えるのは、見ず。

 背後から聞こえてくる女性の声たち、言い合いをしている方向へと振り向く。


 キッシュとキサラが喧嘩とまではいかないが、文句を言い合っている。


 俺は他にもオークの兵が居ないか?

 と、魔察眼、掌握察を用いて、用心しながら彼女たちの下へ近づいていった。


 居ないようだ。


「あ、シュウヤ……」


 キッシュは近付く俺を見た直後、愛用している大事な長剣を地に落とす。

 続けて盾も落として、小さい唇を震わせて両手でその口元を押さえていた。


 長耳には緑色の翡翠の宝石ピアス。

 緑瞑石だったけか。

 そして、白磁のような肌。

 女性特有の少し膨らんだ鎧の右胸辺りには鳥。


 鶴のような小さいエンブレムが描かれてあるのも変わらない。

 尻は見ないとわからないが、大丈夫なはず。


 ちゃんと二つに割れているはずだ。


「――シュウヤ様」


 キサラは片膝で地面を突いている。

 俺は頷いてから、キッシュを見て、


「ただいま、キッシュ――」


 と笑顔を意識しながら、ハイタッチ。と、片手を上げたが――。

 キッシュは、俺の胸に飛び込んできていた。


「……子供たちは助けたぞ。アゾーラのお守りが効いたようだ」

「そうか、良かった。だが、シュウヤがここに居るというだけで助かったと分かるぞ」

「はは、それもそうだな」

「そして「全力を尽くす」と語っていたように有言実行の男。シュウヤは真の英雄だ……」


 抱き着いていたキッシュは少し顔を離すと、俺を見つめながら語っていた。

 双眸から涙が零れている。


 背が高いキッシュ……。

 愛しい細い肩。

 もう彼女は背嚢を背負っていないが、恋人のように重ねた思い出が脳裏を過った。


 そして、彼女からは少し汗ばんだ香りが漂う。

 このかぐわしい良い匂いは、戦闘だけじゃないエルフ系の汗だということは<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>をしなくても分かる。


「キッシュ」

「シュウヤ……」


 俺はそのままキッシュの小さい唇を奪っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る