三百五十三話 激闘と師匠の声と哀しいイグルード


「興味はなんにでもあるさ、貴重な魔印には特にな」


 シュミハザーは、


淅瀝せきれきだが、貴重な魔印を持つ人族は数が少なくなった」

「ホフマンが奪っているのだから当然だろう」

「否、魔印剥がしの力を持つ者たちは他にもいるのだ」


 それもそうか……。


「血筋が減った原因は、皆、同じである」

「納得だ」

「力を追い求める欲求は止めどないもの……我らが関わらずとも、魔族を含めたモンスターや人同士が、魔印を巡り何度も争った結果でもあるのだ」


 だからといって、正当化はできないと思うがな……。


「ホフマン様も理想郷を目指していた。真の神が支配すれば千年王国は可能となる。その千年王国実現のためには、もっと力と戦力が必要だと仰っていた。人は利益あるところに集まるのですから、とも」


 力と戦力か。当然の物言いだ。説得力がある。

 シュミハザーの言葉の大本は主人のホフマンから得た言葉だろう。

 その話を聞く限りホフマンは優秀そうだ。

 

 神学書を暗記したと自慢していたし、素が天才という奴だろう。


 千年王国はあまり想像できない。しかし、争いを制することに、俺も己の力と仲間の戦力が必要なのは間違っていないと思う。


 人間の争いは常、利益あるところに集まるのは当然の流れ。


 『百川、海に朝す』ともいうしな。


 この世界にも他山の石に似たことわざはあると思うが……。

 神の代理人を僭称するような醜い争いや不都合な真実を隠し、明かすといった戦いが存在するのは、俺が知る前世とそう変わらない。

 とにかくだ。ホフマンの重要な情報を得られた。

 魔印剥がしを含むスキルを奪い与えられるという……。

 

「……グボボァァ、槍使い……」


 間を取るシュミハザー。

 その間も、彼の喉頭蓋から吐き出した小型の火炎杖は廻っている。


「その内憂外患めいた表情からも、考えることがあるようだな?」

「あるよ、考える人のポーズは好きだ」

「……意味がわからぬが、ならば、これからもその魔印に連なる眷属たちを大事・・にするのだな。しかし、偉大なるホフマン様の眷属は……」


 〝大事〟の短い言葉。

 だが、そこに秘められた隠語めいたニュアンスを感じた。

 お前の眷属たちの魔印を奪うぞ?

 それとも、他から眷属たちが狙われるぞ? か?

 そんなシュミハザーは、語尾で泣きそうな表情を浮かべていた。


 巨人で彫りが深い顔に巨大唇なだけに……異質。

 そして、異質な彼にとって偉大なるホフマンの眷属である<従者長>の一人は……。

 俺を含めたハイグリア&ノーラが殺したんだけどな。

 ……黙っておこう。


「……俺なり・・・に大事にはするさ。だが、余計なお世話だ」


 そう宣言するように語ってから<魔闘術>を全身に纏い直す。

 回転が続いている炎を纏い発している杖と仮面の防具が付いている肩を見た。

 その肩の窪みから出現途中の魔槍は、そろそろ生まれ出る頃か。

 準備はしておこう。着ている服を格納させる――アイテムボックスを意識し、右腕を少し上げた。右手首に嵌まる腕輪か時計にも見えるアイテムボックスへと、着ている特殊繊維のガトランスフォームが吸い込まれるように格納された。

 一瞬、素っ裸となるが構わない。

 アイテムボックスのプロミネンスの形をした縁の中に吸収される瞬間は凄く面白いが、ガトランスフォームへの格納時間はゼロコンマ何秒間だ。

 あまり目立つことはない。

 一般人が見たら、サブリミナル効果でアソコが強調されてしまうかもしれないが。

 と、右肩に竜頭ハルホンクを、ぽこんと音が鳴るように出現させる。

 その右肩の竜頭の口から直ぐに暗緑色の布が吐き出された。

 ゼロコンマ何秒も掛からず。半袖防護服ハルホンクを体に纏う。

 瞬く間に、漆黒色の戦闘服姿から暗緑色を基調とした戦闘防護服のハルホンクへ変身を遂げていた。魔竜王鎧の一部を胸に意識した。

 今までとは形が少し違う。左手を前に出して……。

 手首の孔から<鎖>を出すように構えた。そして、シュミハザーを強く一瞥する。


「グボボァァ――そう睨むな、姿を秘術騎士のように変えた槍使い。魔印持ちはマジックアイテムのような物。ベファリッツ大帝国が繁栄していたフォルトナーのような聖戦士時代でも少なかったが、今ではより希少な存在なのだぞ。人型では、なおのことだ。まぁ、今、話をしたように我の魔印と繋がる魔眼といい、我と黙示録の騎士を含めた二百五十の悪魔が関係しているのだがなァ、グボボァァ――」


 調子に乗ったからか、囂々とした唇が……気になるから、


「その唇はどうにかできないのか?」


 と俺が指摘した直後、シュミハザーは白眉を僅かにつり上げる。

 怒ったようだ。


「我が唇を愚弄するか?」

「くく、ぷぷ、それは仕方ないでしょう? 元々、気持ち悪いし」


 邪霊槍イグルードから、ランプの精のごとく繋がる幽体女の嗤い声だ。

 くくくと、低音口調なので女王様のような迫力がある。


「……なんだと。これは偉大なるホフマン様が、九紫院が一人、あのテルガモット卿の従兄弟が持っていた宝から奪い取った魔物の唇なのだぞ」

「……そんなのは知らないわよ。わたしが贄をくれる相手に手を貸すだけなのは知っているでしょう? あの男と……あぁ~もう、女は遠くに行っちゃったし! あいつらを贄にするからわたしを出したんでしょうが!」


 邪霊槍イグルードを軋ませた幽体女が語る。


「我の意思の下でだ……用意しろ」


 シュミハザーはそう語り裂けた腹を見ていた。

 紫の血は消えているが、まだ裂けたところが残っている。

 小さい魔杖を用いた回復は遅いのか? すると、先ほどと同じように右腕の大剣に嵌まる宝石からスライム状の赤色の粘土が出現。

 その粘土は裂けた鎧の下腹部へ伸びて繋がった。


 同時に左手の邪霊槍イグルードの上部が剥がれ樹のようなモノが動いてシュミハザーの下腹部へ向かう。邪霊槍イグルードは赤色の鎧と混ざるようにシュミハザーと合体した。


 イグルードがSっ気を見せるように、貫きはしなかった。

 どうやら、宙に浮かんでいた火の杖から出た血は接着剤のような役割らしい。


 二つの武具の力と魔杖から注がれた血で、下腹部に新しい鎧でも作るように裂けた部分を塞いでいた。


 新しい鎧を得たシュミハザーと戦いは仕切り直しか。

 と思ったが――え? 違うのか?


 シュミハザーの片方の魔眼が消失していた。

 魔眼を失うとか……左目の位置が凹んでいる。

 

 驚いていると――。

 シュミハザーの魔界侯爵君の右腕と大剣部分が分離を始めた。


 右腕には手がある。巨人の大きさだが、若干スマートだ。

 二の腕の大きさに見合った車軸を模った金属の防具が覆う。

 溝には黒い鋲が規則正しく縁の中に打ち込まれてあった。

 

 その円を作る溝の質から芸術性を感じた。作ったのは鍛冶屋なのだろうか。

 鍛冶が得意な魔人とかいそうだ。妙にカッコイイ。

 車軸の中央に埋め込まれた赤い宝石も縮小している。

 一方、腕と離れた大剣の金属は、宙に浮かびながら縮小。

 ぐにょぐにょと撓んで細胞分裂するように蠢いている。

 すると、その金属だったモノは、小さい球体の生命体に変化した。

 煌びやかな服も着ている。小さい翼を持つ。

 丸い種族を象徴するかのような服と分かる。

 半透明の鉱物と宝石の欠片を繋いで、仔牛紙色へと変化していた。

 ……ミニチュアの貴族服だろうか。

 半透明な雪の下の形をした記章もあれば、三日月型のアクセサリーもあった。魔皇シーフォに似ている……そんな煌びやかな服を着込む肉団子の中心には、小さくなった赤い宝石がちりばめられてあった。壺ヤナグイの絵柄はそのまま。

 古風な絵柄の表面から、粘度? クレイアニメ風の小型生物がひょっこりと現れた。その小型生物は単眼球体。まばたきをしている。

 幽体の時に見せていた小型生物だ。その単眼球が、


「ふざけろ、吸い過ぎ。俺は魔侯爵アドゥムブラリだぞ! アムシャビスの光を浴びさせてやる」


 魔侯爵君の早口で文句をいう姿がコミカル過ぎる。そんな単眼で可愛いアドゥムブラリ君は不満気な表情を浮かべていた。力を吸われた由縁か? 特殊な衣服を纏っているが、シュミハザーの消失した魔眼と同じように消える運命か?


 そんな吸い取った主は邪霊槍イグルードだろう。


 その証拠に邪霊槍イグルードの柄に魔眼が誕生していた。

 柄の中を泳ぐように移動していた縦に割れた虹彩の魔眼。

 その邪霊槍イグルードの中を自由気ままに移動している魔眼を注視した。

 虹彩の周りにはカジュマルの根のような太い樹木が映る。

 樹皮から血の汁が垂れて、瞳の内奥へ血が繋がっている。

 ……鏡の中に鏡があるような……奥行きのあるトリックアートを思わせる樹木の群だ。

 幾重にも血みどろの魔法円とも重なっている。

 ねじれた幹にはリュートを持った麗しき男女。

 綺麗な女性が口付けをしようとしているが……。

 その近くには邪悪そうな心臓の形をした黒いチューリップも咲いていた。

 枝には悪の華のような植物が蠢く。

 鎌首をもたげた蛇のような蔦が絡まっている。

 ねじくれた幹と枝から『責苦の庭』のような歪な人型にも見えた。

 古い王侯貴族のミイラが嘆いているようでもある。

 農耕と糞塗れの神話とは違う。そんなイグルードの瞳から……。

 地獄の奈落世界がイグルードの心に内包しているかのような印象を抱かせた。

 シュミハザーの魔眼を元とした単眼のようだが……。

 今までの魔法を形成する魔眼とは違う。イグルード独自の魔眼なのかもしれない。

 しかし、何度も思うがヘルメの感想が聞きたい。

 人型は邪悪だが、ガジュマルの根に似た樹木群は一際美しく見えるし……。


「……吸い過ぎだ邪霊槍イグルード。魔侯爵アドゥムブラリが壊れてしまう。お前の故郷がどのように――」


 シュミハザーが邪霊槍イグルードと一体化している自らの左腕に向けて、諭すように話をする途中――その邪霊槍イグルードは軋むような音を立てた。


「――故郷の話をするな!」


 邪霊槍イグルードから邪悪な声が響くと、その声に呼応するように邪霊槍イグルードは歪に形を変えた。柄の下が盛り上がりつつ、その柄に女性の生きている頭部が柄に現れる。

 

 逆鱗に触れたかのようなイグルードの頭部。

 怒りの火花を放っているような鬼の形相を浮かべている。

 紫電の網目が這うような視線だ。

 凄まじい怒気の視線は俺でもシュミハザーでもなく、シュミハザーの肩防具の裂けた口から出現途中の魔槍を捉えていた。


「……昔を思い出させるとは……その憎たらしい魔女槍、ダモアヌンの魔槍を使う前にシュミハザー、お前の心臓、そのすべてを吸い取り、お前の精神を奈落の底・・・・に突き落とすぞ――」


 反逆の意思を示すように魔眼と双眸を煌めかせた邪霊槍。

 その槍から生え伸びた触手枝がシュミハザーの足を貫き太股に絡みついた。


「グアアァ」

 

 おぃおぃ、足まで吸い取りそうな勢いだな。

 だが、巨人の周囲を回り続けている小型杖から放出されている血によって、その太股に受けた傷は瞬時に塞がっていた。


 揣摩憶測だが、イグルード的には、旋毛を曲げた気分でじゃれた感覚だったのか?

 シュミハザーの太股の傷も大したことはないのかもしれない。

 その彼は白い頭髪を逆立たせ、目尻と片頬を僅かにつり上がらせていたが……。


 あいつ、Mなのか?


 そんな変態気質かもしれないシュミハザーさん。

 右手の肩から出現途中の魔女槍へ二つの魔眼を向けてから、巨大唇を動かす。


「……そうだ。その奈落に向かうべく、ホフマン様にこの戦いを捧げるのだからな。しかしだ、力を吸ったイグルードよ。言葉に気をつけろ」

「何よ!」

「あのハイグランドの森の一部を荒野に変えたホフマン様も、『ダモアヌンの魔女槍はあの教団・・・・が大切にしていた魔印が刻まれてあるだけあって〝壁の王〟も退ける貴重なアイテムだ。しかし、否だ。瘴気、邪気、魔霊、呪いの因果が猖獗を極めている。わたしの手に余る……思い出すだけで<レマシェルの灰>を用いた精神障壁が崩れるようだ』と語っていたのだからな……お前の邪霊槍を以てしても、この魔女槍、ダモアヌンの魔槍の矛を喰らえば、ただでは済まぬのは必定!」


 威厳を取り戻すように渋く語るシュミハザー。


「そんな、いつかの時代のことを聞かされてもね……ちんぷんかんぷん。魔女槍がムカツクのには同意するけど」


 俺も分からない。

 

「マザー・アザゲイル殿も異教の【黒魔女教団】が探している魔槍など【フォロニウム火山】の火口に放り投げるべきだと忠告した物だ」

「マザーって誰? あんた以外の騎士には会ったことないんだけど。中々、わたしを使わないし」

「いいから黙って仕事に備えろ……我の法具フレアで保管していた魔女槍はもう発動しているのだからな……A person that is out at sea must either sail or sink」


 シュミハザーは白い長髪を風に揺らしながら涼しげに聞き取れない音質の英語で何かを呟く。


「戯れ言はいい、贄はわたしが貰う」


 邪霊槍イグルードは俺を贄だと思っているらしい。

 シュミハザーはイグルードの言葉を聞いて、俺に残った魔眼を向けてくる。


 ……何かを決意するような視線。ぎょろ魔眼で、俺を強く一瞥した。

 邪霊槍イグルードで十字架を描くように邪霊槍イグルードを縦と横へと振るう。

 そうしてから切っ先を俺に向ける。大きな柄を右手で掴む。

 両手持ちの格好か。大砲のように右手で左腕の邪霊槍を持ったシュミハザー。

 その体勢で、俺に向けて、突進を開始した。

 巨人らしい大股で一歩、二歩、空中を駆けてくる。

 体から噴出した魔力が下の川から飛沫を発生させた。

 凄まじい迫力だ。肩から出現しかかっている魔女槍も揺れている。

 アドゥムなんたらの魔侯爵の紅い肉団子は宙空に残したままだ。

 もうあいつは戦力外なのか? 先ほどよりも速度が増したか。

 漂う火を纏う魔杖の効果か?

 邪霊槍から伸びた触手の枝、シュミハザーの太股を貫いて、絡むように繋がっている枝が光を帯びていた。どうやら身体能力を引き上げているらしい。

 そのまま<魔闘術>を全開中の俺の速度に合わせるように邪霊槍を突き出させてくる。


 ――邪霊槍を迎え撃つ。


 再び<血液加速ブラッディアクセル>を発動――。

 足から背中に掛けて血を纏う。

 同時に風槍流『片折り棒』のステップを踏みつつ腰と右腕を捻る。

 右腕が握る魔槍杖バルドークへと光魔ルシヴァルの力を伝搬させた。

 <刺突>をシュミハザーが握る邪霊槍に向けて繰り出した。

 魔槍杖バルドークの穂先の紅矛と邪霊槍の穂先の邪刃が激突――。

 紅色と緑色の閃光と悲鳴が合致。魔力の波紋、もとい、衝撃が宙に生まれ出た――。

 激突した箇所を起点に川の水も暴風を受けたように流れを変えている。

 俺の前髪も揺れていた。


「ぐぬぬ、互角か――」


 シュミハザーは衝撃波を受け、唇を震わせながら語る。

 確かに一見は互角。だが、ここからだ――シュミハザー。

 魔槍杖バルドークの握り手を回転させながら手前に引く――。

 紅斧刃で邪霊槍の柄を引っ掛ける。シュミハザーは左腕の邪霊槍ごと体勢が斜め前にずれた。これは先ほどと同じだ。

 神王位のリコとの模擬戦から学んだ槍技術。

 が、一度見ているからか、身体能力を増したシュミハザーは槍技術に対応してきた。


「――フン!」


 気合い声を吐いたシュミハザー。

 邪霊槍の両手剣の幅がある矛を強引に横へずらす。

 俺の頬ごと頭部をぶった斬るように刃を向かわせてきた。

 ――紅斧刃越しに迫る緑色の切っ先は見えている。その切っ先を紙一重で避けた。

 続けて、首元の位置にあった両手持ちの魔槍杖バルドークを意識。

 左手を手前に引く。右手でパンチでもするように、魔槍杖バルドークの柄の金属棒を押し上げる動作を行う――。

 下から蒼い弧でも宙に描くように魔槍杖バルドークの蒼い後端をシュミハザーの下腹部へ向かわせる。カウンター気味の竜魔石が――。

 シュミハザーの下腹部に衝突した。ドンと、鈍い重低音が響く。

 めりめりとした罅割れる音も響く。赤と緑が混ざる新鎧だったが、早々に壊してやった。

 シュミハザーの下腹部に竜魔石が沈み込んでいく。

 鎧は大きく内側に凹み、腹の紫色の肉が溢れるように飛び散った。

 臓腑が圧迫されているようだ。


「――ぐぉぉ」


 シュミハザーは前のめりに突っ伏す。巨人だからな、咄嗟の技術は低い。

 先ほどのムラサメブレードとは違う。手応えは確かだ。

 一気にいく、右手の魔槍杖バルドークを引き、左手に神槍ガンジスを召喚。

 その神槍ガンジスごと左手を捻り、腰溜めモーションから魔力を神槍ガンジスへと注ぎつつ<闇穿>を繰り出した。

 右腕と魔槍杖バルドーグと交代するように直進する神槍ガンジス。

 闇を纏った方天画戟と似た穂先の双月牙が煌めいた。

 項垂れたシュミハザーの脳天に神槍ガンジスの穂先が向かった。

 シュミハザーは静止――そのシュミハザーの頭部に神槍ガンジスの矛が直撃するかと思ったがシュミハザーは左腕を動かした。

 

 否、イグルードの魔眼の冷たい眼差しを察知。

 邪霊槍イグルードが<闇穿>に反応したようだ。

 その邪霊槍イグルードから無数の触手と蔓のようなモノが迸り、闇を纏う神槍ガンジスの穂先に絡み付く。

 が、振動中の方天画戟と似た穂先はそれらの触手と蔓のようなモノを切断しつつシュミハザーの頭部に直進――。

 しかし、触手と蔓のようなモノは異常に多い、神槍ガンジスの動きが止まった。<闇穿>の攻撃は止められたが想定内。


 瞬時に、神槍ガンジスの槍纓を意識――。

 青白い毛槍纓たちは瞬時に刃となって――、


「グアァァ」

「ぎゃ――」


 シュミハザーの全身と邪霊槍イグルードを貫きまくる――。

 大柄のシュミハザーは針千本と化した。


 空中に縫われた形だ。

 シュミハザーは動きを止めた。


 瞬時に引いた魔槍杖バルドークでシュミハザーの首を狙う。

 再びスキル<闇穿>を繰り出した。

 

 刹那、邪霊槍イグルードが爆発。

 ――え?

 爆発ではない、邪霊槍イグルードが自ら細かい樹と枝に分かれるように四方へ散った。

 分裂したような邪霊槍イグルードはシュミハザーからも分離。

 

「――イグルード! それでいいのだァァ――グオォォ」


 シュミハザーの悲鳴が響く。

 邪霊槍からは幾重にも分かれた太い幹たちが――。

 <闇穿>の紅矛に伸びて絡む――。

 それは蛇が蜷局を巻くような動き。


 闇の靄を纏った魔槍杖の紅矛に絡まった。 

 螺旋する闇の靄を纏う紅矛は、次々に樹木と衝突。


 樹木の幹には闇属性があるのか<闇穿>の勢いを吸収。

 幹が成長しては魔槍杖の紅矛に接触して燃えては消失を繰り返す。


 そうして何重にも紅矛に絡む樹の網は神槍ガンジスと同じく紅矛の勢いを削ぐ。ゼロコンマ数秒の間に螺旋する回転が止まり<闇穿>が防がれた。


 ガンジスの柄から出ている蒼い槍纓から逃げているだけにも見える元邪霊槍の樹木だったが、逆に、魔槍杖バルドークが、その邪霊槍の樹に取り込まれそうだ。


 念のため右手を引きながら魔槍杖バルドークを消失させた直後。


「我は捧げる――」


 左腕を失う形となったシュミハザーが叫ぶ。

 大量の血が、その左の肩口から迸っていた。


 その肩から魔女槍が出現しそうな魔女槍の長柄にシュミハザーは取り込まれそうだ。体が縮小しつつ螺旋状に変化していた。


 魔女槍の赤黒い長柄はシュミハザーの紫の血肉を吸い取っていく。

 

 遠くから、シュミハザーを心配するような声で、単眼の小型生物が叫ぶ。が、あの単眼魔族より……。

 シュミハザーの左腕から分離した邪霊槍イグルードのほうが問題だ。

 

 魔槍杖バルドークが消えたことで、標的を失ったような動きを繰り返す元邪霊槍イグルードの樹。


 その元邪霊槍イグルードの樹は分裂。

 万華鏡のごとく幾重にも樹を分裂させてきた。

 

 それらの分裂した樹は魔眼を有しながらハニカム状の形へ変化。

 液体を放っている?


 そして、分裂した影響で、神槍ガンジスの槍纓の刃の群から脱出を遂げていた。


 そのハニカム状の鏡細工のような邪霊槍イグルードは……リュートの音楽を鳴らしつつ液体拡大を続ける。


 魔眼の動きが気色悪い。

 が、ゼロコンマ数秒も経たない内に、周りの空間が変化していた。

 

 液体のような粘着めいたモノだらけとなる。

 俺ごと空間が侵食されたのか?


 これは幻? 幻術?


 邪霊槍イグルードの必殺技?

 <始まりの夕闇ビギニングダスク>系か。


 グリーン色の水溶液のようなモノを魔眼から放つ。


 左手から神槍ガンジスを消失させた。

 代わりに魔槍杖バルドークを右手に再召喚。

 ついでに<鎖>で防御陣を作ろうとしたが、


「――贄は贄」


 言葉にならない声がこだまする。


「ふふ、同じ痛みを味わってもらおうかしら――」


 視界が真っ暗になった。

 同時に痛みを頭部、右腕に味わう。


 魔察眼も通じない。


「――ぐぉ……」


 続けて胸元の魔竜王鎧、右肩の竜頭金属甲ハルホンクから金属音が響く。

 攻撃を続けて受けているらしい。

 

 だが、足裏からは水上歩行の感覚がちゃんとある。


 水の感覚・・・・。その水を意識しながら――。

 急ぎ、魔槍杖バルドークを振るう――。

 肩の竜頭装甲ハルホンクの頭部からも氷礫を飛ばした。

 

 <鎖>を伸ばしては、その場を離れようとするが――、


「無駄よ。でも、贄の鎧は何なの? あの時と同じくバラバラにして喰おうとしたのに切断できなかった」


 リュートの音楽に合わせたイグルードの声か。

 脳が浸食されているのか、耳元から響いてきていた。

 すると、


『良し、その意気だ。続けてみろ。間合いを感じ、回転避けの極意を得るのだ』

『――ハイッ』


 脳をかき乱すようなイグルードの声を、アキレス師匠の声が掻き消してくれた。


 目を塞ぐゴルディーバの里で行った激しい訓練。

 何回も何回も、鉤爪の丸太にぶつかった頃を思い出す。

 音、歩幅、足裏の回転の軸をどこにするか、己に迫る鉤爪との間合い、黒槍の射程を掴んだ右掌の感覚。


 丸太の鉤爪を避けられるようになった頃を思いだしながら……。

 目を瞑り落ち着いた心で――爪先半回転を行う。


「え? 水を利用して、回避した?」


 続けて、反対方向に爪先半回転――。


「また、回避、見えている?」


 イグルードの「信じられない! 足に、水が吸い寄せられてる? 形が仗?」

 といった声が響いた、その瞬間――。


 ※エクストラスキル<脳魔脊髄革命>の派生スキル条件が満たされました※

 ※ピコーン※<暗水無月>※恒久スキル獲得※

 ※<超脳魔軽・感覚>と<暗水無月>が融合します※

 ※ピコーン※<超脳・朧水月>※恒久スキル獲得※


 連鎖的にスキルを取得し融合。

 そのままイグルードのイメージと先見が一体。

 そして、咄嗟に新しい爪先足回転朧水月を行い、イグルードの幻影攻撃を避けてからの無意識に近い追撃技・・・が初めて成功した。


 目は瞑った状態だが、はっきりとわかる。

 魔槍杖バルドークの先端の紅矛が何か・・を貫いたと。


「うげぇ――痛いぃぃ。冷たく熱い。コアが……露出してしまう……」


 その瞬間、イグルードの記憶らしき朧気な映像と……。


 『エリアス、大事な心臓を』

 『もう、いいんだイグルード……』

 

 悲し気なリュートの音楽と歌声が響く中……。

 そんなエコーの効いた音声が響いてきた。

 

 ※ピコーン※<水穿>※スキル獲得※

 

 スキルを得ると共に視界が元通り。

 師匠、アキレス師匠の声に救われました。

 ありがとうございます――。

 と、魔槍杖を寝かせるようにして両拳を合わせ師匠に挨拶。


 師匠の面影を思い出していると……。

 魔槍杖の紅矛から湯気が立ち昇るのが視界に入る。

 

 紅矛を囲っていた水膜らしきモノも一瞬見えた。

 <水穿>の名残だろう。


 そのもくもくとした湯気はイグルードの表情を映す。

 悲痛、哀しいような表情だが、美しい女性の頭部。

 あれが本来の彼女の顔なのか?

 美しいイグルードは涙を流していた。


 涙の一滴が川に落ちていく。

 そして、夜風が吹くと湯気は塵のように細かくなり、彼女の塵は消えかかった。

 だが、川に落ちた彼女の涙が水面に波紋となって広がると微かな音を響かせる。


 すると、音に連鎖するように……川の真上の一か所へとイグルードだった塵が集約した。


 風の力か、音の力か、最期の力か分からないが……。

 その塵が集まった目の前には、緑色の丸い石が浮いていた。

 いや、植物の種か?

 種か石か分からない丸いモノはゆらゆらと逃げようとしている――。

 

 表面の模様には木々があり、小さいリュートのマークもあった。

 ……綺麗だ。

 イグルードの魔眼の中にあった樹木に似ている。


 丸い石のようなモノははイグルードの本体か?

 彼女の最期には、切なさを感じた……。

 

 そこで<破邪霊樹ノ尾>を意識。

 腕の大きさの、光を帯びた邪界ヘルローネの樹を無数に生成――。

 

 それらの<破邪霊樹ノ尾>の樹を、リュートの模様が丸い石へ向かわせる。 

 同時に即興で檻をイメージした。


 光を帯びた<破邪霊樹ノ尾>の樹は、イグルードの種か石のような物を瞬時に囲う。

 檻のようにイグルードの種か石を固めた。 

 これでイグルードが助かるか、分からない。

 種なら、あの波群瓢箪の中に入れるか?


 それともイモリザのように……が、それは後だ。

 そんなことを考えながらイグルードを閉じ込めた檻をハイグリアたちが逃げた方向へ向かわせる。

 

「ああ~~~、イグルードがァ、やられた! 俺を吸ったくせに!」


 小型の生物の言葉だ。

 俺に近付いてくる。

 

 ……小型の生物は性別不詳。

 背中の小さい翼がはたはたと動いて可愛いが、イグルードと同じように<破邪霊樹ノ尾>で閉じ込めよう。


 <破邪霊樹ノ尾>を発動――。

 俺の前方から一瞬で四方八方に邪界ヘルローネ製の光を帯びた樹が展開された。


「――なんだぁこれは! 出せ! 俺は魔侯爵ア……」

 

 煩い小さい口を、<破邪霊樹ノ尾>で塞ぐ。

 そうして<破邪霊樹ノ尾>の檻の中へと封じた魔侯爵君。


 イグルードを封じた<破邪霊樹ノ尾>の檻と一緒に並ぶようにして川向こうへ向かわせる。


 そこでシュミハザーはどうなったかと――。

 シュミハザーが己の肩から出現させていた魔女槍とやらに自らが吸い込まれそうだ。


 シュミハザーは、馬のような蹄が目立つ両足を残すのみ。

 炎を纏った杖も消えている。

 シュミハザーの上半身は魔女槍の中に取り込まれていた。

 

 池から足を出した死体が有名な某サスペンス映画を思い出すが……。


 魔女槍はもう出現していたらしい。


 出現している魔女槍は、レッドとアイボリーブラックの色合い。

 柄の握り手が普通ではない。


 砂、粒子のような魔力を纏った細かな物質が、握り手の部位を囲うように浮いている。 

 土星の環のようにも見えた。

 持ち手の部位も赤みを帯びた半透明……。

 

 あれは持てるのか?

 槍といえるのか疑問だ。

 しかし、なんといっても柄から上だろう。

 沸騎士の頭部をモチーフにしているような巨大柄。

 そんな骸骨に囲まれた中心には、女性を象った像がある。

 

 その女性は頭蓋骨から脳を僅かに覗かせていた。

 女性の額には魔印が刻まれている。

 女性の胴体の皮は捲れていた。

 その捲れた皮膚の内側には、魔法陣が刻まれている。


 まさに魔女槍……呪槍だ。

 

 イグルードの見た目は綺麗だったからな……。

 が、魔女槍の刃は女性をモチーフとしているように曲線を意識して細く渋い。


 柄と繋がる骨と金属が合成したような金属棒の先には赤黒い杭刃。

 濤乱刃が再現された先端からは血が垂れていた。

 

 シュミハザーを飲み込んでいる部分は沸騎士のような骸骨たちの部分だ。

 無数の骨の手が深淵へ誘うように連なってシュミハザーを掴んでいた。

 

 変化しているシュミハザーを見ていると、相棒の魔素反応を察知。


 戻ってきたか。

 と、思った瞬間、真っ赤な太陽のような紅蓮の炎がシュミハザーの足を包んだ。


「にゃごぁ~」

「ロロ!」


 指向性の高い神獣の炎。ロロが紅蓮の炎を吐いていた。


 俺も熱波の向かい風を受ける。

 神獣の火炎により魔女槍ごとシュミハザーの姿が見えなくなったが、掌握察では、魔素の感覚がある。

 

 神獣の炎は一瞬で丸くなって収縮し球体となった。

 炎の球体は下側へグボッと音を立て凹む。とボボッと圧力を受けたような蒸気音を立て跳ねるように上へと花火が打ちあがるように飛翔していく。

 

 俺たちの頭上に太陽の丸い玉が誕生。

 突然の明かりに驚いたのか川魚が跳ねていた。


 残ったシュミハザーを取り込み中の魔女槍は空中で佇みながら灰色の幕を展開させた。


 あの魔力を明滅させた魔女槍が魔法防御を展開させて弾いたらしい。


「ンン――」


 神獣ロロも川魚に反応していた。

 前足がピクッと動いている。

 しかし、自らの炎が丸くなって宙を移動していることのほうが気になるらしい、


 ロロディーヌは口を広げキラリとした牙を覗かせながら、


「にゃぁ~」


 と『弾かれたにゃ~』風に鳴いて見上げていた。

 しかし、また川魚が気になりだしたのか、紅色の双眸を川へ向けている。


 猫らしい瞳で跳ねた川魚を見つめて『あの魚を取るにゃ』といった気持ちを伝えるように視線を向けてきたロロさんだ。


 その神獣というか猫らしい瞳と凛々しい姿を見ていると……。


 ロロディーヌの両足が土で汚れていることを確認。

 しかも、頭上の黒毛がもぞもぞと動いている?


 何かを乗せている?


「ロロ、その頭にあるモノは何だ?」

「ンン、にゃお~」

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