三百五十二話 水上歩行とトン爺のツッコミ


 発動していた<導想魔手>を足場にして蹴る――。

 <魔闘術>を全身に纏った。

 <血液加速ブラッディアクセル>も使って加速する。


 <脳脊魔速切り札>を用いた雷光染みた加速には遠く及ばないが――。

 シュミハザーたちからは狂眼トグマの<縮地>のような加速に見えたはずだ。

 そのシュミハザーとの間合いを瞬く間に零とした。

 ――ムラサメブレードを迅速に振るう。

 ブゥゥゥンという音を纏う青緑色のブレードが――。

 シュミハザーの脇腹に向かった。


 そのシュミハザーは、


「――速い」


 と喋りながら体勢を持ち直した。

 赤みを帯びた右腕の大剣を上げる。

 大剣の先端で、俺の光刀を受けようとした。

 が、速度なら俺のほうが速い――。

 赤い大剣の横をすり抜けたムラサメブレード。

 

 シュミハザーの脇腹を青緑色のブレードが捉えた――。

 プラズマの如く燃える光刃のブレードがシュミハザーの橙色の鳥の刺繍で彩られた鎧を溶かしつつ腹の肉を斬るや、シュバババ――と異質な蒸発音を響かせた。


 シュミハザーの腹の肉と骨を溶かした音が物語るように――。

 鋼の柄巻から微かな肉を切る振動を感じ取ったが、手応えはいまいちだ。


 <血魔力>の<血液加速ブラッディアクセル>は解除。

 シュミハザーは頭蓋骨を揺らす。


「――グォォァァ」


 唇を震わせながら、わななく。

 そして、光刀が切り裂いた腹が爆発。

 同時に瀝青色の渾然とした臓物と紫色の血が盛大に迸った。

 下の川とは、三十メートルぐらいは離れている。

 その下の川に、滝の水のように降り注ぐ紫色の血は膨大な量だ。


 もう一つの川を宙空に創り出す勢い。


 そんな血を放出し続けているシュミハザーだったが、フェイクか?

 シュミハザーは出血した噴出力を、自らの斥力に利用するように背後へと螺旋を描きつつ急回転しながら後退。


 シュミハザーの白色の頭髪に自身の腹から出血した紫色の血が降りかかっている。

 その螺旋の動きは、巨大風船に穴が空いた機動に見えた。


 周囲に迸る紫色の血飛沫が巨大な鼠花火にも見える。

 そんな紫色の血飛沫が、波のように飛来。


 早速、血を頂くとしよう。

 紫色の血の波が毒だったとしても血は血だと判断。

 ――俺の糧となるだろう。

 ヴァンパイアらしく<血道第一・開門>を意識しつつ何かの宗教儀式を行うがごとく。

 <導想魔手>から跳躍を行いながら――宙空で両手を左右に伸ばした。

 

 足下の<導想魔手>は消去。

 十字架を意識した動きで洗礼を受けるように――。

 紫色の血のシャワーを全身に浴びた。

 心臓がきゅっと縮まるような冷たい血。


 再び<導想魔手>を足下に出して、その<導想魔手>に着地。

 ムラサメブレードに掛かった血は瞬時に蒸発。

 硫黄のような臭いを漂わせた。

 そんな瞬刻の間に紫色の血のすべてを吸収。

 臭いは、まさに血その物。

 顔を叩く紫色の血も、唇を舌で舐めながら喉を潤すように飲み込んだ。

 夏のすっぱい野いちご味ではない。

 紫色、葡萄ジュースの味でもないが……。

 中々、濃密な血の味だ。


 ここにパンがあれば聖餐式だな。


『取って食べよ、これはわたしのからだである』


 聖書のマタイによる福音書の一部を思い出しては――。

 そのシュミハザー目掛けて――。

 ムラサメブレードの鋼の柄巻を<投擲>。

 シュミハザーの右胸に青緑色のブレードの光刀が一直線に向かう――。


 しかし、そのムラサメブレードの刃はシュミハザーの胸に刺さらず――。

 赤い大剣で弾かれた。


 シュミハザーはゆっくりと回転中だが……。

 俺の行動を見ていたようだ。

 しかし、弾く音が粘性を帯びた感じだった。


 ブゥゥンという音を響かせて川に落ちるムラサメブレード。

 鋼の柄巻の放射口から迸っていた青緑色のブレードが放射口へと萎むように消えていく。

 素直に回収するか。

 ――<導想魔手>を足場に利用。

 落下中の鋼の柄巻に向けて右手を翳しつつ、


「ムラサメよ、来い」


 鋼の柄巻がくるりと回転しつつ戻ってきた。

 超伝導磁石の力で強引に引き寄せた感のある飛来速度だ。


 無事に鋼の柄巻は掌に納まったが――。

 思わず『壊れてないよな?』と手の内を凝視。

 青緑色のブレードを出す放射口も大丈夫、鋼の柄巻は無事。

 

 指も手も切れていない。

 よーし、切れてない。


 長州を切れさせたらたいしたもんだ。

 

 とか、内心ボケてみたが、掌にあるリパルサー風の円の形をした金属も大丈夫だ。


 〝大丈夫だ〟と頷いてから――。

 その右手から直に鋼の柄巻へと魔力を注いだ。

 

 その鋼の柄巻の放射口から――。

 ブゥゥンと音を立てた光刀が立ち昇る。


 そのムラサメブレードの青緑色の刃が川の藻を照らす。

 川の稜線に絡む藻が紫色の冠を得ている。


 シュミハザーの紫色の血か。

 川の水面を紫色に染める勢いで血をまき散らしていたからな。


 えらく派手に回転しながら後退したシュミハザー。

 追撃しようかと思ったが……。

 ムラサメブレードで切り裂いた傷は浅かったようだ。

 体の回転は続いているが、あれは不自然、自ら回転しつつのホバー状態だ。


 ――俺を誘う動きか。

 単にシュミハザーが大柄だから出血量が多いだけの可能性もある?


 ――カウボーイハットが欲しい。

 と、そんな気まぐれ気分で――。

 青白いブレードが放射口から迸る鋼の柄巻を小銃でも扱うように掌の中で回転させ続けた。

 鋼の柄巻に魔力を送るのを停めてから、その鋼の柄巻を腰の剣帯へ差し戻した。

 <導想魔手>も消す。


「――シュウヤ、落ちる!」


 川岸でハイグリアが声を上げていた。

 ま、<導想魔手>を消したからな、当然だ。

 その落下中に鋼の柄巻でガンスピンを実行――。

 が、このままでは、外部からの力の作用がない限り川へと落下するが、川に落ちたりはしない。


 ある魔法を念じた。

 それは《水流操作ウォーターコントロール》だ。

 足下のなだらかに流れる川の水面を《水流操作ウォーターコントロール》を用いて、川の上へと足の裏を付着させるように水の上にすんなりと着地。


 そのまま川の上を歩いて、ステップを踏むように跳躍。

 片足から着地し、再度、ステップ――。

 

 体に纏う<魔闘術>の配分を変えては――色々と<精霊珠想>を用いた水中と水上での戦闘歩法を想像しつつ《水流操作ウォーターコントロール》を楽しむ――。


 背に、蜻蛉の羽根を得た気分となった。

 今後の水を用いた戦闘技術の発展の可能性に心が弾んだ――。

 水面を蹴りつつ藻をムラサメブレードで切断――。


 足下で散る水飛沫が気持ちいい――。

 

 ――陽炎のように移動が可能!

 ――陽炎、稲妻、水の月ってか?


「――な!? 急場だというに極自然に無詠唱で水系の魔法を?」


 驚いているハイグリアの言葉が耳に響く。

 そんな彼女へ向けて声を大きくしようと意識しながら、


「――バルミントっていう名前のペットがいるんだが――そのバルが、高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアとして生きるための特訓をしている場所に住む竜婆……いや、竜母、もとい、竜お姉さんサジハリという高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアからもらった魔法書を読んで学んだんだ――」


 俺の大声の言葉を聞いたハイグリア。

 両手で口元を隠して興奮したように、


「……踊るような機動といい、色々とありすぎて……感じ入る……」


 そう語ると、くびれた腰をひねる。

 胸を突き出したまま体をぶるりと震わせていた。


 胸の形をアピールするように銀色の鎧の形が少し変化している。


「……シュウヤは最上位の番の雄だ、偉大な雄だと知ってはいたが改めて拳を交えたいと強く思ったぞ! そして、舐めて甘噛みをしたくなった! 強い愛を……感じたい。神狼ハーレイア様も双月神様もきっと……」


 恥ずかしそうに告白して呟くハイグリア。

 全身からむあんとした湯気を出すように銀毛が薄い肌が紅く染まると、内股をもぞもぞし始めていた。


 アイコンタクトを続けてくるし、尻尾の動きがカワイイ。

 何かフェロモンを飛ばしてくる魅力的なハイグリアと、番うのもいいかもと思っていると、


「――川立ちは川で果てるという、気をつけるのじゃ!」


 ぬお、爺の声でツッコミが――。

 おぃぃぃ、ネームスたちと一緒に避難したはずのトン爺が……川の側に……。

 言い得て妙のトン爺。


 ハイグリアが、


「バカ爺! 下がっていろ、相手が見えないのか!」


 えらい剣幕だ。

 川岸で団栗を口に咥え直して呑気にとぼけた表情を浮かべているトン爺のことを怒っていた。


 が、それはお前にもいえる言葉だぞ、とは口には出さない。


 トン爺はこのままハイグリアに任せよう。

 逆にハイグリアが飛び出す心配が無くなった。

 彼女はトン爺を掴むとネームスたちのところに歩いていく。


 シュミハザーは攻撃してこないし――。


 よし――俺はこのまま水上歩行を楽しむ。

 天然のウォーターベッド――。

 ふあふあ、もみゅもみゅ、かたかた、といったように、とか、巫山戯るつもりはないが、時折、足裏にくる振動と感触が変わるので楽しい。


 何気に、水上歩行の実戦投入は初めてか?

 ま、無詠唱だからこそできる芸当といえる――。


 仙人のような気分だ。


 流れの速い川の真ん中辺りで、蜻蛉の羽が唸りを上げたかのように<魔闘術>を纏ったり、解除したりしながら、微妙にタイミングを変えて跳ねるように移動――。


 ――今度、ヘルメと一緒に水の上で踊るか。

 <精霊珠想>の訓練をしながら、ぴゅらら~と。

 ペアスケーティング。採点はイモリザあたりにさせよう。


 しかし、水神アクレシス様に感謝だな。

 次いでに――。


 旧神、呪神だが、ココッブルゥンドズゥ様にもお祈りしておこう。

 そう言えば、シュミハザーの左腕と一体化した槍も呪い関係か……俺にとって、呪い系とは縁があるものなのかもしれない。


 シュミハザーはホバー状態。

 

 俺はそのまま――。

 水面に反射して映る月明かりが綺麗だなと……。

 下の川を見た。


 紫がかった魔力光を帯びた血が流れる川の水。

 その川に生える水草……。

 それらを月光が美しく照らす光景は印象深い。

 水晶池の時も思ったが、幻想的で絵画の世界に入ったようにさえ感じた。

 

 まるで、モネの庭『ジヴェルニー』を歩いているようだ。


 そんな偉大な芸術家が愛した庭を想起しながらシュミハザーを凝視。

 まだ回転しつつホバー状態のシュミハザー。

 ゆっくりと怪しく回るシュミハザーの白髪には……。

 べっとりと紫色の血がこびりついていた。


 大きな頭蓋骨の形を晒しながら全身を揺らしている。

 そんなシュミハザーはすぐ背後の、川岸から飛び出た樹木の枝に引っかかった。


 ホバー状態が停まる。

 シュミハザーは枝にぶらさがる格好だ。

 タロットカードなら、吊された男状態。

 頭部の双眸辺りが光っている?


 そのシュミハザーは、邪霊槍と化した左腕を持ち上げた。


 邪霊槍の柄から幽体女を出現させているが、幽体女ことイグルードが自らの意志で外に出ている印象だ。


 その自我が強そうなイグルードは、自ら懸垂を行うように繋がる魔線をくねらせつつ上半身を上げて、シュミハザーの太い首へと両手を悩ましく絡みつけていた。


 そのイグルードは悩ましい視線でシュミハザーの腹に向けている。


「――シュミハザー、お腹、痛いの? 可哀想……」


 そう邪悪めいた声音で語りかけたイグルード。

 シュミハザーの下腹部にイグルードの幽体は移動していた。


 淫魔のように垂れた巨大チンコの先っぽに口づけはしない。


 が、シュミハザーの股間を臭そうに嗅ぐ素振りをしていた。


 イグルードは、思案する顔付き。

 そのままムラサメブレードで切り裂いたシュミハザーの傷口へと葉状の唇で口付けを行った。

 更に、蛇のようなグリーン色の舌を伸ばして、シュミハザーの傷口を舐める仕草を繰り返しつつ――ポーズを取った。


 ヘルメの尻を見せつけるようなポーズと似ている。

 イグルードは赤い双眸を輝かせた。


 その邪霊槍イグルードは嗤う。


「ふふ、ふふふん、だけど、その分――」


 イグルードは、邪悪さが篭もった言葉を宙に残すと……。

 波のような動きで――。

 クロームグリーン色の禍々しい魔力を邪霊槍から放出し始めるや、その禍々しい魔力は、瞬く間にシュミハザーの半身を覆った。


 イグルードの魔力を浴びたシュミハザーは動揺。

 イグルードの淫魔的な行動に感じたか?

 サキュバス染みた行動だからな。


 シュミハザーは巨人らしからぬ動きで大柄な体を揺らす。

 そして、魔眼の肉厚な瞼が剥くように開いては閉じる。

 

 特異なまばたきを繰り返すと、


「ググググォォ……我とて、グァァ」


 イグルードのクロームグリーン色の魔力を浴びたシュミハザーは、苦しんでいるのか喜んでいるのか?


 その声と顔からは、いまいち判断がつかない。


 しかし、相変わらず大きな口だ。

 口内を埋め尽くす獰猛そうな鮫のような牙歯を覗かせている。

 その鮫のようや牙歯から絶えず漏れ出る呼吸音は、めちゃくちゃ激しい……傷から噴出している紫色の血が増えた?

 

 そして、イグルードの口づけが彼を発憤させたのか、邪霊槍が喜んだのかは知らないが……。


 シュミハザーは魔眼をギラギラさせた。

 そのまま顎を拡大するように口を広げる。


 大きな口だ……。


「グブラァァァァ」

 

 獣のような唸り声を上げ続けた。


 フランクフルトサイズの唇が震えるのは、毎回だが……。

 あの牙歯が目立つ口内から『獲物を寄越せ』と別の声が聞こえてきそうな雰囲気があった。

 巨大な口内を見て、地下を彷徨っていた頃を思い出した。


 思わず――手首から<鎖>を繰り出していた。

 シュミハザーは俺が出した<鎖>の攻撃に反応せず、ティアドロップの先端がシュミハザーの頭部に衝突すると思われた――が、イグルードが樹木の刃を伸ばして俺の<鎖>を弾いてきた。


「――坊や、待ちなさいよ、変な鎖を寄越さないでちょうだい」


 俺を坊やか。

 <鎖>を消去しつつ。


 シュミハザーの様子を見ることにした。

 そして、地下で遭遇したグランバを再び思い出す。


 割れた舌から別の舌を出した動きを……。


 しかし、グランバのような羽は、シュミハザーの背中にはない。

 ガスマスク状の防具や口を覆う器官もない。

 シュミハザーはグランバとは違う未知の種族だ。


 そう思考した刹那。

 シュミハザーの血濡れた喉頭蓋の魔印に一本の縦筋が入った。

 その縦筋は鋭利な刃物で縦方向にスパッと切られたような筋。

 

 そんな筋が割れた。

 左右へと剥がれていく……。


 ……うへぇ、のどちんこが、ぱっくりとご開帳だ。


 裂けた魔印の形状が、異質な陰部に変形。

 ……喉の奥が拡がった?

 別の異空間がありそうにも見えた。


 その底に、厭らしい丸い穴ができている。

 甲状軟骨と周りの肉も歪な形になった。

 おいおい……口内が変化するとは、本気でグランバ系か?


 と、思った直後――。


 その穴の上部がぷっくりと膨れる。

 卑猥な御豆から「オギャァ」と赤ん坊の頭部が生まれ出た。


 しかも、両目が乱雑に黒糸で縫われた状態だ。


 なんだありゃ――。

 その気色悪い赤ん坊の頭部がぐにゅりぐにゅりと回転。


 回転した赤ん坊の頭部に魔力が集中。

 双眸が黒糸で縫われている赤ん坊の口が蠢いた。


 血が絡まった舌が巻き付くような音を立てると、


「……真の魔法円なりお~。魔――《ア・ゲラデェ、フグルゥ・ロ・フォカレ》!」


 声は完全に想定外の声音だ。


 幼い感じだが古風。

 左右の武具たちやシュミハザーとも違う声だ。


 そして、赤ん坊が発した不思議な魔声が形を得たかのように、陽炎を纏ったRの文字が口内に浮かび出す。


 炎の文字?

 しかも、Rの文字とか。

 更に、赤ん坊の下の陰部的ないやらしい穴から火を纏った小杖がぐにょりと出現した。


 火を帯びた小型の魔法の杖か?

 柄は金属のようだが……火属性のアイテム?

 その魔法の杖は回転しつつ、口内を直進――。


 口内で浮かんでいたRの文字と、魔法の杖は重なった。

 魔法の杖と重なったRの文字は粒子状になって消える。


 Rの文字の力を、魔法の杖が取り込んだように、魔法の杖が纏う火が膨れた。

 シュミハザーの口内は大きいが、内部は熱そうだ。

 普通なら爛れると思うが……。

 シュミハザーを普通だと思っても仕方ないか。


 変な穴と鋭い歯の群れに怪物のような舌を持つシュミハザーだからな。

 そう思う間にも、火を纏う魔法の杖は割れた舌を有した口内をゆっくりと進む。


 その炎を有した魔法の杖は巨大な唇の外へ出た。

 しかし、肩といい、燃えているような魔法の杖を口内から出すとか。


 死蝶人シェイル的に、舌を変形させてはいないが……。

 こいつは全身がアイテムの塊なのか?

 

 実は棺桶には秘密の扉がある?

 そこを開けるのに七十の仕掛けがあるとか?


「……お前はからくり箱か? 巨大棺桶の名があったように……」


 そんな箱を開ける想像をしながら聞いてから、数秒後。

 口蓋垂が裂けて出来ていた赤ん坊と卑猥な穴が蠢いた。


 黒糸が縫う双眸の赤ん坊の頭部を、その蠢いた魔印を刻む肉の衣で包むと陰部的な穴は閉じた。


 黒いミミズのような肉と糸が、その穴を塞ぐように自動的に縫う。


 気持ち悪い。

 が、奇妙で面白い。


 そんな巨大な口内を閉じたシュミハザー。

 ニヤリと片頬を上げてから、


「……言い得て妙だが、違う。これは魔印を授かった結果だ」


 自慢気な表情をしながら語っていた。

 だとすると、ミスティの額の紋章、エヴァの足にあるような印を、彼は喉に授かったのか。


「……授かっただと? 魔印とは紋章のことだよな」

「そうだが、意外だ」

「何がだよ」

「魔印のことをあまり知らぬと見える」

「そりゃ、あまりというか、俺は魔印を……」


 知らないと言おうとしたが、俺の首には……。

 悪夢の女神、悪夢の女王とか呼ばれているヴァーミナ様の<夢闇祝>の印がある。

 魔印と呼べる代物かもしれない。

 そして、胸にある<光の授印>も魔印に当たるのか?


 この考えを……。

 昔、俺が殴った漢、宗教国家から聖王国へ派遣されていた重騎士長クルードが聞いたら……。

 凄い剣幕で否定してきそうだが、まぁ、<光の授印>は違うな。


 貴重なエクストラスキルだし。

 それに、<筆頭従者長>のミスティは幼い頃から見続けている夢のことを話していた。

 ボンもエンチャント魔法を使う時に特別な紋章を光らせていた。


 魔印といっても数種類あるのかもしれない。

 紋章染みたマークを……総じて魔印と呼んでいるだけとか?


「……偉大なホフマン様のような力はないのだな」


 シュミハザーはがっかりしたように俺を見つめる。


「そんながっかりした表情を浮かべているところ悪いが、俺にはお前の主人のような力はないと思うぞ。それがどんな力か知らないがな? そして、その魔印も貴族の紋章として俺の眷属たちが持っているから、たまたま、その力の一端と能力について知っていただけだ」


 光魔ルシヴァルのルシヴァルの紋章樹も魔印系の範疇に入る?


「……ほぅ、槍使いには魔印を持つ眷属が居るのか」


 あ、つい口が滑って俺の家族たちルシヴァルの情報を漏らしてしまった。

 その代わり、ロロが戻ってくる時間を稼ぐために……。

 というか、このシュミハザーも時間を稼いでいるんだろう。


 もう一つの槍を召喚するためには魔力と精神が必須?


 火を纏った小型の魔法の杖はシュミハザーの頭上に移動しながら回転していた。

 杖の先端からは、血のシャワーがシュミハザーに降りかかっている。


 火花のような真っ赤な血。

 シュミハザーは紫色の血だったが、杖から放出中の血の色は紫ではない。あの振りかかっている血は回復系か?


 そろそろ、ハルホンクの魔竜王の鎧を展開するか?

 いや、まだだ。防御の布石はまだ必要ない。


 今、俺は漆黒色の戦闘服。

 傷を受けたガトランスフォームの繊維質は再生している。

 しかし、腹に受けた剣の傷と掌の傷の治りが遅い気がする。

 地面に刺さった神剣と魔剣の両方か、或いは片方だけかの判断はできないが……。


 あの剣たちが特別な刃を持つのは間違いないだろう。


 後でチェックだな。

 モガが、そそくさとかっさらいそうだが。


 さて、変身前に……。

 シュミハザーから魔眼とホフマンの情報を得ておくか。

 回復と魔槍を出す間は……。

 シュミハザーも時間稼ぎを兼ねて、話すと判断。


 それにシュミハザーの行動にはがあるような気がしてならない。裏には裏がある、底に底ありともいうし……。


 先ほどシュミハザーがぽろっと口に出していた言葉も気になっていた。


 ホフマンの俺を調べろ・・・・・の命令は……。

 色々と解釈ができるからな。


 そう思考を重ねながら口を動かした。


「そんなことより……格子状の網の能力……俺の相棒の黒触手を一纏めにした力は、スキルか? 魔法か?」


 あれは厄介だ。俺も絡めとられたくはない。

 まぁ浴びたら浴びたで、血鎖鎧からの、自らが一つの血の槍となる特攻武器の登場だが……。


「<星魔・霊網陣>だな? スキルだ」

「ホフマンが直に奪ったと話していたが」

「その通り、ホフマン様から頂いた」


 よし、調子よく語るシュミハザー君だ。

 彼の気分、持ち上げましょう、ホトトギス……。

 そんな気分で、アルカイックスマイルを崩し微笑みと目力を意識して、


「……偉大なホフマン様なんだな。で、元々は誰が持っていた?」


 そう俺が尋ねた瞬間。

 イモリザで例えるなら、キュピーンという反応のような行動を大柄なシュミハザーが取った。


「――西方の賢者の一人を守る秘術騎士である! リンデルの解毒剤が目当てだったホフマン様はついでながら得られたスキルを大層喜び、我の仕事を褒めてくれたのだァ。その褒美として、我が授かったのである! 魔力消費が大きい故、扱いどころが限られるが……対巨獣には効果が高い」


 素直に話してきた。

 どことなく嬉し気な雰囲気のあるシュミハザー。

 白い眉の動きから喜んでいると感じた。


 ……唇の動きは、あえて指摘しない。


「ホフマンはスキルや魔印の能力を譲渡できる力を持つんだな」

「そうだ、槍使い。興味を持ったであろう?」


 シュミハザーの言葉は……。

 直にホフマンが喋っているようにも聞こえた。

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