三百四十四話 驚き桃の木山椒の木

 

 ◇◆◇◆



 吸血鬼の巣窟の洞窟から震動音と異質な音が重なって響く。

 それは悪意に満ちた大悪魔が魔声のうたを奏でているように不気味に反響を繰り返していた。

 そんな音を響かせる洞窟は、海蝕洞にも見えるが、ここは女帝ファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナドの直系の<筆頭従者>ホフマンが血の実験場として利用していた洞窟だ。


 出入り口近くの内部には、青白い橄欖岩かんらんがんと似た岩石製の壁には古代へ誘うような血の壁画がある。

 しかし、がんを無理に削ったような傷跡が残っているため、歪さもあった。


 その中央の血の壁画には、巨大な吸血神ルグナドの姿が描かれてあった。

 

 大月と小月の双月神ウラニリと双月神ウリオウの姿も描かれてある。


 吸血神ルグナドと双月の神の姿は対照的だ。

 神狼ハーレイアも小さく描かれてあった。


 吸血神ルグナドは煌々と血色に輝く美しい姿。

 片手を上空に伸ばすポーズを取っている。

 その片手の先からうす赤い紋様もんようの矢と剣と斧と槍の武器の群れを生み出して、それらの武器を双月神ウラニリへと放っていた。

 双月神ウラニリは、その血の武器の群を全身にらっては、血濡ちぬれた十字架にはりつけにされた絵が描かれてある。


 双月の女神ウラニリは苦渋くじゅうに満ちた表情だ。

 血濡ちぬれた体に刺さっている数本の武具を、自らの細い腕で、引き抜いたような、血飛沫も描かれてある。

 数本の血塗れの武器が下に転がっている絵もある。

 

 背景の大月は粉砕されている。

 他の壁にはきらびやかな家々。

 近未来的な地下施設。

 蝟集いしゅうした血の瓶と神狼ハーレイアと人狼たちと吸血鬼が戦う絵柄もあった。

 

 血色の武器を探す墓堀り人の姿は明滅している。


 そんな壁を天蓋から淡い光が差していた。

 ヴァンパイアの巣窟だけに、その光は太陽光ではない。


 水分を含んだ水晶の茨がトワイライトの淡い光を放っている。

 そのあわい光は天蓋をうように広がり、幽玄ゆうげんとした雰囲気を醸し出していた。


 その幻想げんそう的で静けさを感じさせた壁と明かりとは打って変わり洞窟の内部は喧騒けんそうが激しい。


 その主な原因は死蝶人しちょうじん

 死蝶人が吸血鬼ヴァンパイアを狩るように追い立てていたからだ。

 そして、その喧騒を利用して、逃げ続けている集団がいた。

 その逃げ続けている集団とは、モガとネームスたち。

 

 彼らは死蝶人が大暴れしながらも、気まぐれを起こしたことで牢屋を脱出できていた。


 詳しくは、時間を遡ること少し前、



 ◇◇◇◇


 シェイルとジョディの死蝶人たちは大きな鎌を振る。

 大きな鎌は、鋼鉄製の檻をなんなく両断した。


 笑顔が美しい死蝶人たち。

 彼女たちは神の如く振る舞いながら、


「ここも壊しちゃお~♪」

「魔力と生命力が低い、哀れな虜囚の種族を助けてあげましょう」

「うん、皆、逃げるのよ~」

吸血鬼ヴァンパイアたちは、たっくさん屠ったけど、まだまだ、いっぱいいるから気を付けるのよ!」


 死蝶人の行動と言葉に、呆気にとられるモガとネームスたち。

 彼らの体を縛っていた血の糸は自然と解れて消えていた。

 

 死蝶人たちは牢屋と通路内を広げるように、大きな鎌で、様々なモノを切り刻んで遊ぶが、楽しげな死蝶人たちは気まぐれだ。


 収容されていた人々の命を奪っていない。

 颯爽と姿を消していく。

 死蝶人のお陰で、モガ&ネームスたちと多数の人々は解放された。 



 ◇◇◇◇


 モガとネームスたちは吸血鬼と戦いながら幻想的な洞窟を進む。

 今も、モガの連続した<鸚鵡斬り>で吸血鬼を両断して倒すと、休憩に入った。


「鉄石心腸の心持ちでいくのじゃ」


 一人の老人の言葉に皆が頷く。

 その言葉の意味は、皆、理解していない。

 しかし、その老人の必死な表情から何を伝えたいかは理解していた。

 

「さぁ、野郎共、外に向かうぞ」


 と、モガがそう皆に行動を促す。

 元気な子供たちはそれぞれ返事していた。


 モガとネームスは先に走る。

 すると、吸血鬼たちと遭遇したモガとネームス。

 また、激しい戦いとなった。

 モガ流剣術を駆使したモガが舞うように吸血鬼の足を斬り落とす。


「モガさん、俺たちも!」

「おう」

「いけぇ」

「うぁぁぁ」


 その地面に倒れた吸血鬼に、筋肉質な男たちが群がる。

 よってたかって殴り殺していた。

 鋼木巨人ネームスは、幅が狭い廊下を利用する。

 廊下に立ちふさがり狭い通路を自らの巨大な腕で埋めるように、


「ネーームス!」 


 と、叫びつつ撃ち下ろしを実行――。

 太い腕で吸血鬼ヴァンパイアの数体を地面に押し潰して倒した。

 モガ&ネームスは順調に吸血鬼ヴァンパイアを屠りながら、助かった人々を誘導していく。


 行き止まりになったが、ネームスが壁を壊す。

 突破口を開いて突き進んでいた。

 が、吸血鬼ヴァンパイアたちの追跡は激しい。

 モガとネームスは必死に戦うが、一緒に逃げてきた人々は吸血鬼ヴァンパイアに背中から喰われるように襲われ次第に減っていく。

 

 アッリとタークも拾った武器で吸血鬼ヴァンパイアたちに攻撃を試みるが、さすがに吸血鬼ヴァンパイア相手では意味がない。


 そこへ一条の希望の光。

 と、感じさせるような紅色の一閃が走る。

 吸血鬼の体が派手に両断された光景を、モガたちの視界が捉えた。



 ◇◆◇◆



 <始まりの夕闇ビギニング・ダスク>ではなく<血鎖の饗宴>を発動。

 一瞬、霧の蜃気楼フォグミラージュの指輪を使うか?

 と、思ったが――。

 生きている人々が混乱してしまう可能性が高いから使わなかった。

 

 血濡れた魔槍杖バルドークを振るい、


「――ロロ、ハイグリア! 俺がこの場の敵を殲滅する、手出しはするな!」


 浴びた血を美味しく吸い取りながら、そう知らせた。


「にゃ」

「分かった」


 コンマ数秒の間に吸血鬼ヴァンパイアを薙ぎ払った魔槍杖バルドークを右手から消す。

 続けて、左の手の内に神槍ガンジスを召喚した。


 そこへ、左の吸血鬼ヴァンパイア野郎が視界に入る。

 吸血鬼ヴァンパイアがモガとネームスたちの隙を突くように鱗人カラムニアンへと噛みつこうとしていた。


 知らない鱗人カラムニアンが襲われている。

 モガたちと一緒に逃げてきた人だろう。

 

 ついでだ――彼を助けるか。


 無意識に前傾姿勢を取る。

 一陣の風のように前進した。

 同時に<血鎖の饗宴>で扱う武器を連想――。

 

 中年の鱗人カラムニアンの首の後ろに噛み付く吸血鬼ヴァンパイアと間合いを詰めた。


 前傾姿勢から槍突を行う風槍流『風研ぎ』の流れから――。

 神槍ガンジスを真っ直ぐ突き出す<刺突>――。

 左手一本が槍にでもなった如くの勢いの神槍ガンジスが、吸血鬼ヴァンパイアを体を突き抜けた。


 方天画戟と似た左右対称の三日月状の穂先は鋭い。

 吸血鬼ヴァンパイアの背骨の感触は僅かだった。

 豆腐が斬る、潰すような感覚か?

 僅かに振動している方天画戟と似た穂先が吸血鬼ヴァンパイアの胸から出ていると分かる。


「ぎゃあぁ――」


 左手に持った神槍ガンジスの持ち手から吸血鬼ヴァンパイアの体重を得ると俺の魔力を吸った神槍ガンジス。

 神槍ガンジスの螻蛄首の槍纓が蒼い刃となった。 

 その蒼い刃が吸血鬼ヴァンパイアの下半身を乱雑に掻き斬る。


 元は旧神ギリメカラの蒼い毛だっただけに切れ味は鋭い。

 蒼刃の表面には細かなインダス印章文字のような紋様が浮かんでいるのは一瞬だけ見えた。

 

 ――ガンジス川だけにそう見えただけか?

 吸血鬼ヴァンパイアの悲鳴は更に酷くなった。


 断末魔の叫び声となったが、無視だ。


 体が削られまくった吸血鬼ヴァンパイアは血塗れの脊椎が露出。

 

 その神槍ガンジスが刺さる吸血鬼ヴァンパイアを担ぎ上げた。

 <血道第一・開門>こと第一関門を意識。


 続けて、剣をイメージしながら――。

 <血道第二・開門>の<血鎖の饗宴>を発動させた。

 右手と左手の指先からの血鎖を放出させる。


 血鎖の形はどこかで見た形だ。


 そう……ホフマンが扱っていたような十の黒爪剣をイメージ。

 渋い漢字は表現できないが血鎖の剣を即興で作る。


 神槍ガンジスを親指とてのひらで握り、もう一方の手で支えながら――。

 左指の数本から伸びた血鎖の剣が――。

 一つ――。

 二つ――。

 三つ――。

 

 連続敵に吸血鬼ヴァンパイアの体を突き抜ける。更に、ドドッと音を響かせながら体に風穴の空いた吸血鬼ヴァンパイア閃光せんこうを発して爆ぜた――。

 神槍ガンジスから吸血鬼ヴァンパイアの重さが消えると同時に熱風も感じた。

 閃光は、青色と銀光色――。

 同時に目の前が青色と銀光色のちりのようなモノに埋め尽くされた――。

 淡い色彩が幾つも生まれてははかなく消えていく。


 血鎖の剣が吸血鬼ヴァンパイアの血を蒸発させている効果か?

 そして、熱量かよ。


 吸血鬼ヴァンパイアの血を熱量へ変換とか、吸血鬼ヴァンパイアはエネルギー源になりえるのか?


 一瞬、マッドサイエンティストのような思考を一瞬考えてしまった。

 神槍ガンジスにぶら下がっていた吸血鬼ヴァンパイアは消える。


 その間にも、俺の他の指先から出ていた血鎖の剣が宙へと伸びる。

 血鎖の剣の幅はロングソードぐらいか。

 その血鎖の剣はモガたちを襲っていたヴァンパイアたちへ向かった。


 通路内に鮮やかな朱色の軌跡を反射させる。


 ピンポイントで吸血鬼ヴァンパイアたちを貫いた。

 <血鎖の饗宴>の血鎖の剣の威力は凄まじい。


 光魔ルシヴァルの血には光属性が含まれるから当然か。

 

 吸血鬼ヴァンパイアの特攻武器と言える。


 しかし、吸血鬼ヴァンパイアの散り方が派手に青白いエフェクトを生むから俺自身も圧倒される。


 今も、血鎖の剣に貫かれた吸血鬼ヴァンパイアたちは、次々に体から青白いしまと銀光を放つとちりとなって消失していた。


 <従者>クラスの吸血鬼ヴァンパイアでは耐えることは難しいだろう。


 吸血鬼ヴァンパイアたちをほふった<血鎖の饗宴>は洞窟内を区切るように斜め上へと伸びた。

 最終的にネームスが作ったであろう罅割れた壁に先端が突き刺さった。


 その血鎖の剣の表面に血が脈打つように大量の血が伝わり滴り落ちる。


 壁に刺さる血濡れたアンカーの誕生だ。

 血鎖の剣こと<血鎖の饗宴>を体内に収斂しゅうれんさせての、壁の上方へのターザンのような移動はしない。


 普通に指先に血鎖の剣を収納するつもりで引き戻す。

 そして、神槍ガンジスの新しいオプションでも作るように――。


 指先から伸びた血鎖の剣だけを、白い柄へ螺旋状らせんじょうに巻き付かせた。

 その際、神槍ガンジスの太刀打たちうちの四角い紋章が少し色合いを増したように見えたが気のせいだろう。

 この太刀打の紋章も魔槍杖バルドークのように自分なりに研究をしたいが……。


 まぁ基本の<刺突>も、やればやるほど、威力と速度が上がる。

 そして、魔闘術や<血魔力>も経験が重要で実戦で使えば使うほど進化する。

 日々の修行が大事だ……。


 槍武術は本当に奥が深い。

 槍を、いや、生きる力を俺に与えてくれたアキレス師匠と<脳魔脊髄革命>に感謝しよう。

 新種の槍にも見える血鎖が絡んだ神槍ガンジスを横に振るいながら――。

 この場で暴れていたヴァンパイアたちのすべてが消失したのを確認。

 しかし、この新種の槍は、見た目だけだ……きっと、アキレス師匠が見たら『……馬鹿もんが! なんだそのちゃらちゃらした血の鎖は! 基本の<刺突>を五百回打ち続けろ!』と、叱ってくれるだろう、な……。


「ンン、にゃ~」


 槍の動きを見学していた黒豹ロロの声だ。

 ん、くすぐったい感触。


 『あそぶ』『あそぶ』『すき』『ち』『すき』『あそびたい』『あいぼう』『やり』『ししょう』


 と、気持ちを伝えてきた。


 先端が御豆型の触手を俺の首の後ろに当ててきやがった。

 うなじに肉球タッチのかわいらしい感覚。


 どうやら俺がすべての獲物を捕ってしまったと思ったらしい。

 一応、最初に俺がやると宣言しておいたんだけどな。


 黒豹ロロは遊びたかったのを我慢したようだ。


 背後からトコトコと近寄ってくる黒豹ロロに振り向く。

 すると、その黒豹ロロが「にゃ」と鳴きながら俺の胸元に飛び込んできた――。

 柔らかいふさふさな黒毛を包むように背中を抱きしめてあげた。


 豹でも猫でも、やはり相棒だ。


 そんなまったりムードの中……。

 周りは洞窟内の色合いと同じように静まり返っていた。

 静まったのは助かった人々も同じ。


 その方々は助かっても、素直に喜んでいないようだ。


 俺が他のヴァンパイアと同じように<血魔力>のスキルを使ったせいだろう。

 血が滴る鎖を用いる槍使いなんて、まずいない。


 他のヴァンパイアに<血魔力>を使った槍使いがいたかもしれない。

 そういった理由からしても、俺のことを警戒するのはごく自然なことだ。


 血は濃いだけに仕方がない。

 抱きしめていた黒豹ロロを離す。


 俺は頭の毛をぽりぽりと指で掻きながら、皆に誤解を解くつもりで話をしようと思った時、


「……凄まじい。<従者>か下等吸血鬼だと思うが、これほどあっさりと……」


 ハイグリアが困惑した表情を浮かべながら話しかけてきた。


「これで違う種族だと、誤解は――」


 ハイグリアへ説明しようとしたが、


「……その血色の鎖は、双月神ウラニリ様とウリオウ様の力があるのか? だが、血……道案内をしていた鎌のような先端を持つ血色の鎖といい、わたしを守ってくれた鋼色の鎖といい、死蝶人を撃退する純粋無垢な力と槍武術といい……」


 俺の言葉を聞かずにハイグリアは語ると瞳が揺らぐ。

 瞳の内奥に怯えが見えた。

 怖じ気づいたか、死蝶人との戦いに加えて、この吸血鬼ヴァンパイアたちを一瞬で蒸発させた光景だからな。

 ハイグリアは古代狼族で吸血鬼ヴァンパイアに強いが、それでもハイグリアに恐怖心を植え付けてしまったようだ。

 そのハイグリアに、


「光属性を持っているだけだ、怖がらないで大丈夫」


 と伝えたが、ハイグリアの顔色に変化はない。

 古代狼族も人外だと思うが……助かった方々と同様に異質な俺を見て恐怖するのは仕方がない。


 ハイグリアの名前を聞いた理由からの変な絡み拳闘も、これで、なくなるかな?

 しかし、黒豹ロロはそんなハイグリアのことがお気に入り。

 今もおかしな等閑な動きで呑気に長い尻尾をハイグリアの小さい尻尾に絡ませていた。


 ハイグリアは、その黒豹ロロのさりげない行動に安心したらしい。

 また微笑んでいた。


 ハイグリアの微笑みを見て、思わず俺もほっこり気分に。


 というか、ハイグリアには尻尾があるんだ。

 今、気がついた。

 そのタイミングでアッリの近くを漂っていた<血鎖探訪>が気になった。


 『ここまで導いてくれてありがとう』


 碇のような形の<血鎖探訪>へ礼の思いを込めて頭を下げてから、その<血鎖探訪>を消失させる。


「……敵が燃えて消えてしまった……のか?」


 戦っていた吸血鬼ヴァンパイアたちが、突然消えたように倒されたのを、唖然と見ていたモガだったが……。


「しかし、シュウヤじゃねぇか!」


 俺と黒豹ロロの姿を改めて確認すると、走ってきた。


「……わたしは、ネームス!」


 少し遅れてネームスも近寄ってくる。

 ネームスは相変わらずの鋼鉄と樹木が合わさった特別な生命体。


 いや、特別は言いすぎかな?

 この星のどこかでは、ごく一般的な種族なのかもしれない。


 というか相変わらず、でけぇ……。

 しかし、よくここまで……。


 ここは天井が高い洞窟……。

 途中の洞窟はネームスが通れないところもあったと思うが……。


 そこで海蝕洞窟の……なだらかに下るほうにある通り道を見た。

 あ、なるほど。

 壁に大きな穴があった。

 下には、崩れた岩が散乱している。


 ネームス自らの鋼鉄パンチで壁に穴を作って進んできたのだろう。


 危険なことを……というか、どかどかと足音がうるさい。

 地面は固い岩盤だと思うが、ネームスの足跡が残っていた。


「ネームス、もう壁は壊すなよ」


 相棒のネームスに注意しているのが、モガ・ギュンター。


 見た目は皇帝ペンギンの種族。

 衣服は昔とは少し違う。

 剣王と自ら名乗る辺り迷宮都市での冒険者活動は順調だったようだ。

 黒飴水蛇シュガースネーク以外の宝箱部屋、違う守護者級が出現する部屋で狩りをがんばった結果、宝箱が出現し、一山当てたとかありそうだ。


 ただ、腰に差した長剣は前と変わらない。


 そして、あのかわいらしい手にある十本の指も、昔と同じ。

 足はペンギンだ。魔闘術だと思う魔力操作の技術も前よりスムーズに見える。

 戦闘技術も向上しているようだ。


 しかし、懐かしいなりだなぁ……。


『あのペンギン、ただのペンギンじゃねぇな』


 ……昔の言葉が脳内に谺したのを思い出しながら、笑顔を意識。


「……よ、ひさしぶりだな。モガとネームス」

「ンン、にゃ~」


 黒豹ロロはネームスへ挨拶。

 鋼と樹木が混ざったような巨大足の脛へと頭を衝突させていく。


「おう。前と槍の種類が違うようだな」


 モガは神槍ガンジスの指摘をしてきた。

 前の魔槍杖バルドークを覚えていてくれたらしい。


「わた、し、は、ネームス」

「にゃぁ」

「わたし、は、ネームス」

「ンン、にゃお」

「わたしはネームス」


 ネームスは、クリスタルの瞳の睫毛のような小さい枝が小刻みに動いていた。


「にゃぁ~にゃ」


 モガの質問に答えようとしたら黒豹ロロとネームスが不思議なコミュニケーションを始めてしまった。神秘的なBGMが流れたのは気のせいだろう。

 

 ネームスはどういうわけか、ごつい肩をアピールしている。


 それは黒豹ロロに対して……。

 わたしはネームスわたしの肩に乗れといっているつもりなのか?

 黒豹ロロは黒猫の姿には戻っていない。

 

 だから、ネームスの肩アピールの意味は通じていないと思う。

 相棒の瞳は、ネームスの神秘的なクリスタルの瞳をジッと見つめて瞼を少し閉じて、開くを行う。


「ンン、にゃんお」


 と、鳴いていた。

 ネームスのクリスタルの瞳が飴玉に見えたか?

 『こんにちは、にゃ、めだまが、うまそうだにゃ』と思っているのかもしれない。


 思わず微笑んだ。

 そんなネームスと黒豹ロロが作る不思議空間から視線を逸らす。

 

 モガの槍に関する質問に答えよう。


「……師匠から受け継いだ風槍流は一槍が基本だが……俺なりに二槍、三槍と常に上を目指して研鑽を続けているからな」


 と、笑いながら、右手に魔槍杖バルドークを再出現させる。


「おぉ、やはり武器召喚か!」


 モガは召喚系のスキルを知っているらしい。


「やはりレアスキルか。そして二槍流! 神王位の上位には四槍流の使い手も居ると聞く。俺も剣王らしく秘剣を生かした二剣流を目指すか!」

「秘剣が何か知らないが、俺は槍使いだぞ? 剣王さんが影響を受けてどうする」


 ま、俺も剣に影響されている手前、気持ちはわかる。

 笑みを意識したまま左手が握る神槍ガンジスと右手の魔槍杖バルドークを胸元でクロスさせた。


「そりゃそうだが。その二槍流とやらを見せてくれるのか?」


 モガの問いに、頷いて答えた。

 面白いモガとネームスたちとの再会記念だ。

 迷宮都市で会った彼らに、その迷宮都市で過ごした期間の成長を見せてやろう。


 そう意気込み、オリジナル二槍流の構えから……。


 『槍を生かす歩きの中にこそ武の法があると心得よ』


 と、アキレス師匠の言葉を思い出しながら左足を半歩前に出す。

 体幹の軸をワザ・・とずらし動きの隙・・・・を作る歩法を見せながら演舞を開始した。


 最後の〆として、二槍を振るう。

 手首を起点に二槍を縦に横へと――。

 紅色穂先と方天画戟と似た双月の戈を振るい回した。

 神槍ガンジスを斜めに振るってからの、魔槍杖バルドークを持つ腕の肘を上げては、下げて、またもや、肘をかち上げるように魔槍杖バルドークを振るい上げる。


 ――中空に無数の円と乙を描いた。

 左手に握る神槍ガンジスの月矛を地面へ突き刺す。


 そして、右手の肘を内向きに曲げながら魔槍杖バルドークを斜め上へ伸ばした。


 『二槍流改八の型』を披露してから終了。


 すると、一斉に助かった人々から歓声が上がる。

 二槍使いとしての腕を認めてくれたこともあると思うが……。


「……ふむ、新しい槍法。様々な武を感じる」


 名の知らぬ爺さんが言葉だけで周囲を惹きつける。

 すると、モガとネームスが興奮したように叫ぶ。

 子供たちもキャッキャッと槍のことを話し合いながら嬉しそうに近寄ってきた。


 助かった人々はモガとネームスのことを信頼していたようだ。

 モガとネームスは冒険者だからな、吸血鬼ヴァンパイア相手に健闘していたらしい。

 ま、死蝶人が大暴れした故だと思うが……。


 その甲斐もあって、彼らも、俺たちがモガとネームスと親しげに会話を行う様子を見て安心したんだろう。


「……兄ちゃんすげぇ! 二槍流! 吸血鬼たちも消すように倒していた!」

「……うんうん~、皆、燃えちゃった」


 タークとアッリは元気一杯だ。

 俺は自然と笑っていた。


「血色の鎖と槍を扱う兄ちゃんだけど、どっかで見たような気がする」

「キッシュとチェリ姉ちゃんに英雄の本を読んでもらったのに出てきた? ホヘイトスがなんとか」

「元闘技奴隷の、黄昏の七槍英雄?」

「うんうん、でも、こっちの兄ちゃんの方がかっこいい~」

「だな~、槍もいい! ぼくも槍使いを目指そうかなぁ」

「えぇ? タークはキッシュ! キッシュお姉ちゃんの剣と盾がすげぇって、ぼくのお師匠様とか調子いいこといっていたくせに~」

「だって、槍かっこいいじゃん!」

「それはそうだけど……」


 アッリは神槍ガンジスを眺めながら話していた。


「いろいろと学ぶのはいいとキッシュもいってた」

「でも、わたしはキッシュお姉ちゃんに習う剣と盾がいい……」

「ふーん、そう言ってるけど、さっきから白い槍を見つめているじゃん」

「あはは、ばれたー、長ほそい白槍にぐるぐる絡まっている赤蛇みたいなの、面白いなーって」

「二つの月刃の下の蒼い毛もふさふさしてそう!」


 旧神ギリメカラの蒼髪を元にした嬰か。

 アッリとタークは、神槍ガンジスがお気に入りらしい。


「はは、槍を褒めるとはわかっているじゃないか……だが、そんなことより、お前たちが生きていたことの方が重要だ。本当によかった」


 アッリの腰にぶらさがる兎の尻尾を見て……。

 キッシュの美しい翡翠の表情を思い浮かべながら子供たちを見つめていく。


「……俺はキッシュの友。彼女にお前たちの救出を頼まれた。名はシュウヤだ」

「え! あ~、思い出した、前にも助けてくれた、あの槍使いと黒猫だ! でも、今はあの時より大きい? 黒豹だけど……」


 ヴァライダス蠱宮でアッリたちを助けた時、黒豹の姿を見せていたはずだが……。

 今だと、微妙に大きさが違ったのかもしれない。


「あ~、蟻退治の時の! わたしだよー、アッリだよ!」


 その場で、ぴょんぴょんと跳ねながら話しかけてくるアッリ。

 元気よく手を上げてくる。


「もう知っている」


 鱗人カラムニアンの女の子だが、かわいい子だ。


「シュウヤはキッシュの大事な人?」

「……キッシュお姉ちゃんは「大事な友だ」と言ってたような」


 タークとアッリは俺のことを聞いていたらしい。


「その通り、「大事な友」の彼女の頼みだからこそ急いでここに来たんだ。で、モガとネームスたちが居たから、生きていられたのかな?」

「うーん? 綺麗な蝶々の人が牢屋を壊してくれたし、たまたま、いっしょに逃げてきた?」

「なんだと~、さっきはかっこいいとか言ってたくせに!」


 モガが反論。

 ペンギンらしい表情だから面白い。


「……わたしは、ネームス」


 黒豹ロロとの不思議なコミュニケーションを取りやめたネームスも話に加わった。

 しかし、いつもと同じ言葉ネームスなので、わからない。


 相棒のモガは、鋼木巨人の気持ちをわかっているらしいが。

 さてと、和やかムードもここまでだ。


 いい加減ここから出ないとな。


「……モガとネームス。アッリとタークも、とりあえずここを脱しようか。後ろの方々もいいかな?」

「我らもついていきます」

「ありがとうー」


 助かった方々は笑みを浮かべてお礼を言ってくる。


「皆、お兄ちゃんへのお礼は後だよ! 今は外への避難が優先!」

「逃げようー」


 タークが冒険者らしく偉そうに語り、アッリが頷いて宣言。


「そうだな、こんな血生臭いところは早く出たい。ネームスいくぞ」

「わたしはネーームス!」


 モガとタークの掛け声を聞いたネームスは先に走り出してしまった。


「ハイグリアとロロもいいな?」

「あぁ」

「ンン、にゃ――」


 そうして岩窟の内部を駆け戻り、無事に外へ脱出。

 すると、皆が驚きの声を上げる。

 死蝶人との争いによって地形が変わったからな。


「……今はここから離れることを優先だ。ホフマンが戻ってくる可能性もある。いくぞ」


 唖然としている方々に警告。そして皆を誘導していく。

 キッシュとヘルメに沸騎士たちの仲間が守る村の方角へ向かった。


 といっても基本は樹海……腐葉土の地面が多く歩き難い。

 人数は十人ぐらいだが、普通の方々なので当然歩むペースは遅くなる。


 ハイグリアは他の方々に、自分が古代狼族とは話していない。


 見た目通り、獣人系だと思われているようだ。

 だが、助かった方々と会話を楽しんでいた。


 綺麗な表情だし、ワンポイントの犬歯もある。

 胸もあるし、尻尾もあるので、かわいい姿だからな……。


 違う意味での拳闘なら……。

 と、子供たちのはしゃぐ手前、エロ思考はだめだ。


 気を引き締めて、子供たちの様子を見ながら樹海を進む。


 タークがモガの毛が気に入ったようだ。

 アッリはネームスの肩に乗せてもらっていた。


 モガとネームスは、アッリとタークに好かれたかな。

 楽し気だ。


「この肩のマークはなんだろ~」

「わたしはネームス!」


 やけに野太いネームスの声だが……肩のマーク?

 アッリが小さい指で、股下を差している。


 気になったからネームスの肩を凝視。

 ん、漢字の楓?

 

 かえで? なんで日本語。


「楓か? 日本語・・・がなんでネームスの肩に刻まれているんだ?」


 日本語で発音。


「わ、わ、わたしは、ねーーーーーーむす!」


 その途端、ネームスが両肩を揺らして大反応。

 クリスタルの瞳が散大するように瞳の内奥の星々が煌めく、というか……。


 クリスタルの双眸から、水晶の粒が垂れてきた? 

 涙なんだろうか。

 ネームスは巨大な鋼の足で地団駄を踏んで、鋼木の巨大な両手で地面を叩く。


 肩に乗っていたアッリが驚いて落ちたところを黒豹ロロが触手で掬い助けていた。


「――うな!? ネームス?!」


 相棒のモガも変な声を上げて驚いている。


 俺も驚き桃の木山椒の木だ。木は鋼木だが……。

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