三百四十三話 激闘から懐かしい面々

 

 シェイルの双眸からは光線は出ない、ニヤリと嗤う。

「光ね! 天凛堂の戦いで、それは一度見た!!」

 シェイルは嗤った表情のまま脇を締めつつゴルフスイングで大きな鎌を下から振り上げている。正面に迫った<光条の鎖槍シャインチェーンランス>の下部を大きな鎌の刃が捉えると大きな鎌の刃と<光条の鎖槍シャインチェーンランス>の下部の衝突面から閃光が迸り、<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を真っ二つ。

 閃光すら餌とするような嗤い顔を見せるシェイルは、

「うふふ、光をぶったギッタ!」

 と楽しげに喋ると、微笑みを讃えながら踊るようにタンッ、トンッ、タンッ――と左右にステップを踏みつつ重そうな大きな鎌を左右へ振り抜いてきた。


 ――宙を舞うダンサーかよ!


 と口に出したくなるぐらいの華麗な動作で<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を斬り伏せていた。シェイルの周りの地面に土煙が立ちこめる。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>を切断した鎌を扱う熟練した技術は凄まじい。

 が、シェイルは天凛堂の戦いを見ていたのか……。

 と考えながら――血魔力<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。

 足の皮膚から血が漏れアーゼンのブーツを血色に染め上げた刹那、シェイル目掛けて前傾姿勢で直進していた。一瞬でシェイルと間合いを槍圏内にしたまま、腰を捻り腕を捻り魔槍杖バルドークを突き出す――

 紅矛と紅斧刃が唸りの声を発するような<刺突>がシェイルの体を喰らうかのごとく向かう。

 

 ところが――紅矛はシェイルに止められた。

 金切り音を出す大きな鎌で魔槍杖バルドークの穂先を受け止めていた。


 今の俺だが、大盾を作った<鎖>が両手首から出ている状態だ。

 はためからだと牢屋につながれた囚人に見えるかもしれない。

 視界に映る鎖の表面には梵字が浮かんでいる。<封者刻印>の効果だろう――。


 しかし、シェイルは強い――そのシェイルは大きな鎌の刃と柄で魔槍杖バルドークを引っ掛け転ばせるように鎌の柄の持ち手を滑らせ回転させながら大きな鎌の刃を横に押し出す。


 尋常ではない力で魔槍杖バルドークごと、俺を押すと、俺の首を狙うつもりか――。

 体に展開させている<魔闘術>の配分を変えた。

 両腕に力を込めつつ魔槍杖の動かしてシェイルの力に対抗――つばぜり合い移行させた。

 ――先ほどの怒りを滲ませた表情を作っていたのはブラフだったのか?

 ――シェイルが俺を見る目は冷静で力強さがある、鎌の技術も高い。

 しかし、シェイルは蝶で構成された体だ、細い腕と指たちも異常に細い。繊細そうな掌だが柄を押す力は強くなる一方だ。蝶で構成した体とは思えない力を持つシェイルは、大きな鎌の柄を横回転させる。

 魔槍杖バルドークを巻き込みつつ今度は俺の力を往なしてきた――。

 大きな鎌の刃で逆側から俺ごと魔槍杖バルドークを斬ろうとする。

 腕に力を込めつつ魔槍杖バルドークの角度を変えた。

 紅斧刃の棟の柄でシェイルは大きな鎌の刃を受けた。

 やり返す――魔槍杖バルドークの柄を回転させて紅斧刃の上部に鎌の刃を引っ掛けつつゆっくりと大きな鎌を回転させた。大きな鎌と魔槍杖で宙に円を描くように――。

「ふふ、一緒にダンス?」

 シェイルは嗤いながら鎌の刃の角度を変えていく。大きな鎌の刃と紅斧刃が擦れた衝突面からジジジッと特異な魔力音が鳴り響く――。

 俺は更に力を込めた刹那、双眸を大きくしたシェイル。

「――槍使い、なんて力と加速なの……吸血鬼系の力かしら?」

 と大きな鎌の刃と紅斧刃の衝突面から出る火花越しに聞いてきた。

 鎌の柄には、不気味に魔法文字が刻まれて光っている。

 柄は金属棒だが、普通の金属ではないだろう。

「……その通り、血の加速だ」

 俺は、そう素直に話をしていた。

 その間にも、紅斧刃と大きな鎌の刃が擦れて響く音が激しくなる。

 互いの武器同士が、呼応しあうように、強い火花が散った。

 衝突面から閃光めいた強い光――。

「……この腕力と魔力操作の質も極めて高い。本当に人型なのか疑わしいレベルね。『槍使い』というより『魔槍使い』と呼んだほうがいい?」

 閃光が彼女の表情を醜く照らしながらも、俺を褒めてきた。

 油断を誘っているのか?

「――そんなことはどうでもいい」

「ふふ、飾らない貴方って本当に素晴らしい――」

 嗤うシェイルは俺を知っているように語ると、そのタイミングで動く。

 ――嗤う彼女の体勢を崩す狙いだ。

 わざと、力のベクトルを外すように魔槍杖を右手から消失させた。

 だが、先ほどとは違う、彼女はバランスを崩さない。

 ――さすがに対応するか。

 シェイルは目の前の閃光を打ち消すように、俄に口を尖らせた。

 口元をドリル状へ変化させる。

 鳩が自身の頭を前後に動かす機動――。


 ドリル状に変化したおちょぼ口を突き出してくる。


 それは凄まじい速度――。

 今度は逆に俺の不意を突くつもりらしい。


 狙いは俺の頭部か?


「――なんだそりゃ、エイリアンかよ!」


 喋りつつ――。

 仰け反って躱すが――いてぇ、鼻先が削られた。


 そんな視界に俺の血肉が舞う中、その仰け反った勢いを利用する。


 ――避けるだけじゃない。

 後転しながらの足裏の蹴りをシェイルの尖った口ドリルへと、ぶち当てた。


 要はサマーソルトキックだ。


 アーゼンのブーツの蹴りを喰らったシェイルは「きゃっ」と驚いた声を上げた。


 俺は後転を続けながら、すぐさま両足を意識。

 地面に両足をつけた瞬間、魔脚と<血液加速ブラッディアクセル>の力を使い、爆発的な加速で、身体を反転させる。


 そのまま右手に魔槍杖を再出現させた。


 彼女のドリル型の口は、蹴りでは折れていない。

 しかし、想定内だ――シェイルへ向けて前傾姿勢で突進していた。

 彼女はサマーソルトの蹴りを喰らった反動で、ドリル状の口を元の口へ戻しながら身を捻っている。

 大鎌の防御は間に合わないだろう。


 ――狙いはシェイルの胸元。


 俺は体幹を意識した腰回転の勢いを魔槍杖へ加えた<闇穿>を繰り出す。


「くっ、反応速度が速いわね――<時の翁>が削れちゃうけど……ま、いっか♪」


 彼女が早口で喋っている間にも、宙をつんざくような闇を纏った紅矛螺旋がシェイルの胸元へ伸びていく。

 すると、シェイルの煌びやかな胸元が蠢く。


「<赤心臓のアルマンディン>を解放――」


 スキルか、アイテムか、わからないが叫ぶシェイル。

 すると、蠢いた煌びやかな服と胸元の一部が変形。


 その胸元から先端が蝶々の形を保った紐状の触手が生まれ出る。


 と、それを眼前で円を描くように展開してきた。


 触手群は波を打ったように広がった直後、中心部位が捲れる。

 捲れた場所から、蕾が花咲くように、綺麗な暗赤色の石榴石がポンッと小気味よい音を立て現れた。


 心臓にも見えた石榴石は、急拡大――。


「――なんだそりゃ」


 思わず叫ぶ。


 粘土を感じさせる動きで急拡大した柘榴石。

 濁った色合いの赤が引き延ばされて、凹型に変化を遂げた。


 その凹型でパイ生地でも作るように<闇穿>の紅矛と紅斧刃を包んでくる。


 包まれた<闇穿>の勢いは急激に衰えていった。

 しかし、魔槍杖バルドークの強力な突技で回転力も変わらない。

 闇属性を纏った螺旋を続けている紅矛と紅斧刃を包んでいる暗赤色の宝石は耐えられず。柘榴石は根元からひび割れた音を立て壊れた。

 ところが、壊れかけていた暗赤色の宝石が、突如、ケミストリーを起こすように液体と化した。

 液体と化した暗赤色は蠢き、逆に魔槍杖へ浸食するかのように紅矛から紫の金属棒へ移り渡ろうとしてきた。

 暗赤色これ――武器破壊か?

 そんなことはさせない。

 急ぎ、魔槍杖バルドークに魔力を込めてメンテナンスをしてから魔槍杖バルドークを消失させる。

 魔槍杖バルドークに絡まろうとした暗赤色の液体は標的を失ったことがわかるらしい。

 ホフマンの<ヴァルプルギスの夜>のような特別な意識があるように、暗赤色の液体はゆらゆらと揺れて、獲物を逃がしたような素振りを取ってから、映像が逆再生するかのようにシェイルの胸元へと収斂していく。

 奇妙な技だが、ヤヴァイ。フザケタ蝶怪人だが侮るべき相手ではない。

 尊敬の意思を込めた僅かの間のタイミングで左の手の内に神槍ガンジスを召喚する――。


「え?」


 彼女が驚く声を耳にしながら左手から神槍ガンジスに魔力を送る。

 体勢を僅かに屈めて神槍ガンジスを握る左腕の肘を内へとコンパクトに纏めながら前方へ繰り出す下段専用の<牙衝>を発動した。

 宝石防御のスキルを展開していたシェイルは反応が僅かに遅れる。

 シェイルの下腹部を貫き太股に神槍ガンジスの矛が突き刺さった。

 先ほどとは違う――振動した方天画戟と似た穂先が何かを切り裂く感触を得た。そして、神槍ガンジスの槍纓の蒼い束が揺れ動いた瞬間――。

 槍纓が向日葵の花びらのような刃の群へと変化し、無数の刃が、シェイルの下半身に伸びて股を含めた長細い足に突き刺さった。

「うぎゃ――」

 痛がる声が響く。しかし、神槍ガンジスで穿った下腹部と、纓の刃の群が貫いた足からは血が一切出ていない。蝶々の体だからだろう。

 そのシェイルは下腹部に神槍ガンジスの穂先が突き刺さったまま、

「……その武器、わたしの心に響いたわよ?」

 シェイルはどこかで聞いた言葉を呟く。

「だ・か・ら♪ 特別に魅せてあげる~ん。うふふん」

 シェイルは卑猥な嗤い声を響かせる。シェイルの痛みはどこに消えた? 

 とそんな疑問な言葉は、口にはださずにその卑猥な声音を吐いた裂けた口を凝視した。そこから濃厚な魔力ガスが漏れ出ていた。

 ――嫌な予感。急ぎシェイルの下腹部から神槍を引き抜く。

 神槍ガンジスの蒼い毛の纓も柄の飾りの纓として、神槍ガンジスの大刀打の位置に戻った。魔脚で風槍流『案山子引き』の反対『案山子通し』を行い回転しながら退く。回転の終了間際に左足を前へ出して半身の体勢を取った。

 左足の動きで地面の枯れ葉が揺れ動く。

 神槍ガンジスの方天画戟と似た穂先を斜め下に向ける。

 シンプルな風槍流の構えを取ったままシェイルを睨み……。

 全身から魔力が噴き出すイメージで<脳脊魔速切り札>を発動。

 ……穿った下腹部の周りから赤紫色の蝶々が、萎れて消えていく最中。

 シェイルの体がぶるぶると気色悪く震える。次の瞬間、シェイルの下腹部が、左右へと割れて御開帳!

「――シャプルーアゼベアァァ!」

 奇声を発したシェイル。裂けた下半身から透明な粘液と細かな蝶々をまき散らしながら巨大蝶を召――もとい、巨大蝶を産み落としていた。

 口からではなくあそこ・・・からかよ!

 嫌な予感が的中――凄まじい速度で身に迫る巨大蝶。これは彼女の必殺技?

 しかし、エクストラスキルから派生したスキルを舐めてもらっては困る。

 俺は<脳脊魔速切り札>で絶賛加速中だ。

 生まれたばかりの巨大蝶を、神槍で待ち構えるように迎え撃つ。

 ――<闇穿・魔壊槍>を発動。<闇穿>の方天画戟と似た穂先が巨大な蝶を正面から捉え穿った。巨大な蝶のど真ん中を貫く。

 一滴の闇穴が誕生した直後、神槍ガンジスの背後から闇の巨大ランスが出現。闇色に艶めいて輝く魔界の壊槍グラドパルス――重厚な音楽「ワルキューレの騎行」が脳内に響く。壊槍グラドパルスは神槍グングニルを彷彿とさせる勢いで螺旋状に回転を続けながら神槍ガンジスを追い越して直進――巨大な蝶と衝突した刹那、壊槍グラドパルスは巨大な蝶のすべてを巻き込むように突き進んだ。巨人が頭蓋骨を咀嚼しているような不気味な音を轟かせた刹那、巨大な蝶は消失した。壊槍グラドパルスが消えた宙から火柱が生まれて爆ぜたような重低音が響く。尚も壊槍グラドパルスは収まらないシェイルの半身を穿ち奪ってから、虚空へ突き抜けたグラドパルスは消えていく。

 ――前進し、グラドパルスを追いかけるように半身のシェイルへ<脳魔脊髄革命エクストラスキル>のなんたるかを説明してやるつもりで間合いを詰めた。<導想魔手>も発動。その歪な魔力の手に聖槍アロステを握らせる。

 再び右手に魔槍杖バルドークも召喚。

 そして、<魔闘術>の加速、<血液加速ブラッディアクセル>、<脳脊魔速>の三段加速を活かす――。

 右手と左手に魔力の手を用いて左右の腕を連続的に突き出す。

 ――突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き――。

 怒濤の槍突連打。赤紫の蝶のすべてを穿ってやる!

 そんな気概を持ちながら、三本の槍と高速加速中だからこそできる神王位リコの鳳雨突牙をイメージした滂沱の連撃をシェイルに喰らわせていく。

 半身が消失していたうえに、残っていた蝶々が消えていくシェイルは焦ったように後退。

「……グゥゥゥ、槍使い……参ったわ」

 後退したシェイルは消耗したのか、体を再生させていない。

「……参っただと? 先に攻撃を仕掛けたのはお前だろう」

 ふざけた蝶怪人だ。波群瓢箪の中に、この蝶怪人シェイルを吸い込んでやろうか? 俺の称号は※亜神封者ノ仗者※だからな。

 彼女たちが、ゴルゴンチュラ神の眷属、亜神の眷属だとしたらちょうどいい。

「……ごめんなさい。遊びたかったんだもん。それに、鍵は大切だから欲しかったの……」

 ……謝られてもな。彼女は話をしている内に蝶々たちが集結して身体を元に戻していた。しかし、魔力総量はかなり消費しているらしく……体を構成した蝶々たちの姿が傷ついて、蒼い色と赤紫色に点滅しては液体らしきものが噴き出ている。

「鍵は渡さない」

「……ゴルゴンチュラ様が封じられた扉が開くかもしれないのに……」

「そんな怪しい神の復活に協力するわけがない」

「怪しくないから! わたしたちが住む領域を作ってくれた偉大な神様なのよ!」

 小さい口を動かして必死に説明するシェイル。

 シェイルたち死蝶人が住む場所をわざわざ樹海に作ったのがゴルゴンチュラか。その規模はわからない。しかし、この樹海に封じられた神か、そのようなことが可能な魔法、魔術が存在し、それを可能とする存在がいるということ。

「それが怪しいんだよ。で、約束通り退いてくれないなら……もう一度戦うことになるが」速く子供たちを助けたい。彼女の望むことはしてやった。もう交渉はしない。最後の警告の意味を兼ね……<仙魔術>をイメージしながら濃密な魔力を体の外へと、わざと放出。濃密な質と量の魔力が、鈍いドッとした音が空気を穿つように円状に展開していく。この魔力のことを分析してくるかもしれないが構わない。

 昔、魔毒の女神ミセアは鏡越しにだが、魔力を解析してきた。

「――え?」

 シェイルは大鎌で防御の構えを取りながら一歩後退していた。

 赤紫色の蝶の群れが、不自然に形を崩して彼女の回りを飛ぶ。

「……今の今まで魔力総量を抑えていた……とでもいうの?」

 驚くが、魔眼めいた瞳の内奥に宇宙のような星々が輝いていた。

 あれは攻撃タイプではない。

 分析か。やはり魔力放出は拙かったかな。

「……さあな?」

 と観察しながら圧力を加えるように重く話す。

 その直後、ビクッと体を震わせるシェイル。

「わ、わかったわよ、もうわかったから、下がるから」

 怯えたようなシェイルは素直に退いていた。赤紫色の蝶々をまき散らしながら飛んで跳ねるように俺たちの近くから離れて、白い蛾の女怪人の近くに移動する。ホフマンと凄まじい戦いを繰り広げていた白い蛾は、笑みを浮かべていた。ひとまずこれ以上の無駄な争いは避けられたか。

 正直、邪神クラスだとしたら戦いは長引くと予想できるからな……。

「凄まじい戦いだった……」

「にゃ」

 と鎖の大盾から顔を出して戦いを見学していたハイグリアが呟く。

 相棒の黒豹ロロはそんな彼女へ『当たり前ニャ』とでもいうように猫パンチを当てている。

 黒豹ロロは触手骨剣が防がれて悔しかったことはもう忘れたようだ。


 猫パンチを止めて、俺の近くにトコトコと歩き寄ってきた。

 同時に、<鎖>を収斂させて大盾を解除。

 ついでに近くに来た黒豹ロロを眺めていく。

 横長に流れている長い黒毛が綺麗な耳が微かに揺れていた。

 周囲に怪しい者が居ないかと、見張っているのかもしれない。

 やはり神獣、微かな音も逃さないつもりなのだろう。

「にゃ?」

 俺が黒豹ロロの様子に感心しながら見つめていると、『なんだニャ?』というように声を出し、しゅっとした凜々しい顔立ちで見つめてきた。

 縦に細長く開閉した黒い瞳孔が紅色の眼球と混ざるさまは……美しい。

 あの瞳の内奥に秘められた意識を感じたくなる。

 ふっくらとした胸元の毛並みから胴体へと続く黒天鵞絨のような美しい毛並みは飛び切り鮮やかだ。

 黒豹としての、獣としての完成形がここにある。

「……神獣様は美しい。そして、シュウヤと神獣様の絆は羨ましい」

 ハイグリアは俺と黒豹ロロの様子を見て、羨ましく思えたらしいが、そんなことを言ってもな……そんな彼女に視線を向けると、ハイグリアはほっと一安心といったような表情を浮かべていた。

 黒豹ロロは、『今もちゃんとわたしが守るから安心しろニャ』とでもいうように、そのハイグリアの脛へ頭を衝突させていく。

 ハイグリアはバランスを崩して倒れそうになっていたが、表情に微笑みを取り戻していた。そして、激戦を繰り広げているホフマンと白蛾の女怪人の戦いをまたチェック。俺から退いたシェイルが参戦しそうだ。

 そこでは嗤うホフマンが存在感を示す。

 彼の半身は独自に意思を有したような蠢く黒血で構成されている。

 無数の切れ端を持った巨大マントにも見えた。

 半身は人型の痩身。余計に異様な吸血鬼ヴァンパイアの姿と言えた。

 人型のホフマンは半身の黒血を従えながら走る。

 高速で左右にぶれるような圧倒的な機動から片手を振るった。

 漢字マークが目立つ五つの黒爪剣が白蛾の大きな鎌と衝突。

 衝突する度に炎の閃光を生み出す。

 さらに、ホフマンの半身の黒血マントから五つの黒色の爪剣を生やす片手が出現し、その五つの黒爪剣が変則軌道で蠢きつつ縦横無尽に白色の蝶怪人を切り刻む。片手を黒血マントの中から自由に出し入れするトリッキーな戦術だ。

 更に、黒爪剣で振るうモーションで間合いを詰めていた。

 が、白色の蝶怪人は一瞬で白色の蛾を体に纏い直すと瞬く間に傷を再生させた。

 続いて爆発的な量の白蛾を扇状に展開。

 蝶の防御フィールドか? 近付くホフマンの近接戦に相対し抵抗していく。

 両者共に化け物らしい戦いだ。

 その激しい戦いに乱入していく赤紫色の蝶怪人ことシェイル。

「ジョディ、槍使いがゴルゴンチュラ様の……」と神妙な表情を浮かべ白蛾の蝶怪人に語りかけていた。

 シェイルは同時に、赤紫色の蝶たちをホフマンへ向けて飛ばしていく。

 蝶は小型の鎌に変化していた。

 ホフマンは「ちっ、連携されると厄介だ」と舌打ちして話していた。

 黒血のカーテンから飛び出ている黒爪剣を防御へ移し、受けに回りながら後退。ジョディは頭皮に指先を走らせるように髪を掻き上げ、気品よく整えている。退いたホフマンに対して追撃はしなかった。

 ジョディはシェイルの下へゆっくりとした動作で近寄っていく。

 ……戦闘なんて、初めからそこにはなかったようなモデル歩きだ。そして、シェイルの肩ごしから……俺に対して魔眼めいた視線を寄越してくる。

 手元に天秤? のような形のアイテムを持っていた。

 膨大な魔力を内包したアイテム。確実に神話ミソロジー級だろう。

 その天秤を使い、品定めでもしている表情だ。納得した表情に切り替わると、整えた頭部に古めかしい帽子を出現させていた。

「……わかった。あの槍使いが持っているのね……ここは退きましょう」

「了解♪ もっと遊びたかったけど、<従者長>たちの魔力は美味しかったから満足♪」

「強がって、もうほとんど使いきっているじゃない。でも槍使いとの遊びはシェイルだけ……ずるいけど、槍使いは神殺しの雰囲気を持っているから、遊びもほどほどにしないとね♪」

「うんうん、ほどほど~家に戻ろ~」

 蝶女怪人たちはちゃきちゃきとした特徴ある声を上げて、意思を確認しあうように口元を綻ばせ話をしていた。彼女たちはくびれた腰を生かすように腰をぷるぷると胸をぷるぷると震わせる。

 喜びのハワイアンダンスを踊り、専属のダンサーのごとく宙へ華麗に飛び上がっていた……なんともいえない。戦闘の緊張感が吹き飛ぶ。

「フザケルナ!!」

 距離を取ったホフマンが激昂。半身は闇の狂濤が荒めく波となって激しく揺らいでいる。どす黒い波の内に、真っ赤な双眸を持つ怪物が明滅していた。

 その怪物を畳ませるようにホフマンは、宙へ回転しながら浮かぶ。

 撤収しようとしていたシェイル&ジョディを追いかけていった。

 彼の怒る気持ちはわかるような気がした。

 しかし、死蝶人たちはあっさりと退散、意外だ。

 彼女たちにとって本当に遊び感覚だったのか?

 単に俺の魔力を感じたが故に、遊びと称して、俺の実力を測ろうとした面もあるか。どちらにせよ。本格的な敵対関係へと発展は望んでいないらしい。

 もし、相棒とハイグリアに対して傷を負わせていたら……。

 遊びだろうが、構わず、あのホフマンごと戦いを仕掛けていただろう。

 さて、ホフマンがどうなるか気になるが、今は子供たちを優先させる。

「ロロ、ハイグリア、向かうぞ」

「にゃ~」

「わかった!」

 

 岩窟の中に勢いよく駆け込んでいく。

 巨大爪のような岩窟の中は暗い。

 壁は湿り黴の臭いが血の臭いと混じっている。

 壁を含めた天蓋の大きさは、少なくとも直径十数メートルはあるだろう。

 横壁は、龕が幾重にも重なり凹んだ跡が目立つ壁が続く。

 ……幅は目視できるので狭いか。

 奥へと向かうにつれ……岩壁の内部に亀裂が増えてくる。

 これは永年に渡り雨が岩の内部に浸透している結果だろう。

 亀裂と共に水が大量に漏れている部分もあった。

 照明の魔道具が壁上に元々設置してあったらしい。壊された魔道具と明るい光を帯びた破片が端に転がっている。それら破片を踏みつぶし、用心しながら岩窟の中を進む。アッリの血を追う<血鎖探訪>の先端は宙を漂いながらも岩窟の奥へ示している。黒豹ロロは散乱している岩を蹴りアイスホッケーをしながらも、俺とハイグリアの後をしっかりとついてきた。

 ハイグリアも古代狼族としての力を生かすように、魔力を足に溜めながら歩いてくる。

 死蝶人との争いにはノータッチだった彼女だが、接近戦はひょっとしてかなりの強さかも。身体能力は相当なレベルと判断できた。

 そこに、前方の岩窟から

「仕留めろ!」

「ふざけろよ。剣王モガと黄昏ネームスが雑魚吸血鬼ごときにやられるわけがない!」

「ネーーーームス!」

 喋る声と、多数の悲鳴に混じりながら重低音が轟く。

 横の岩に亀裂が斜めに入り小さい岩が横壁から落ちてくる。

 この岩窟の崩落はなさそうだが、凄い威力な攻撃だな。

 それにしても、あの声の主たちは聞き覚えがあるぞ。まさかな?

「……中でも戦いがあるようだ」

「みたいだな――」

 ハイグリアは両手の人さし指と中指から銀爪を伸ばしながら俺に話す、いつでも戦闘は可能のようだ。足下に居た黒豹ロロは、俺ではなくて、ハイグリアの足から飛びだした銀毛に頭を衝突させていた。ハイグリアの銀毛がいいのか? 俺の足には毛は生えていないさ……少しハートブレイク……ショックを受けながらも、そのハイグリアに頷いてから、音の方向へ続いている岩窟の通路を走った。ちょうど血鎖も同じ方向だ。

 案の定、岩窟の通路奥では戦いが起きていた。岩という岩に穴が空いている。

「モガ! つえぇぇ」

「ネームスつよいいいい、ちからもちーーー」

 え? 子供たちの声だ。現場に到着すると懐かしい凹凸コンビが子供たちを中心に多数の方々を守りながら吸血鬼ヴァンパイアたちと戦う姿があった。

「――おお、モガとネームスじゃねぇか!」

 幅の広さは充分だ。魔槍杖バルドークを横から振り抜く。

 吸血鬼ヴァンパイアの体を両断しながら懐かしい面々に挨拶していた。ついでに子供たちの様子を確認。

「アッリとタークだな?」

「あれ、ボクたちの名前」

「うん、アッリだよー」

 アッリの腰元には、これまた懐かしい〝兎の尻尾〟がぶら下がっているのが見えた。あれは……キッシュよかったな、お前の判断は間違いではなかった。

 アゾーラが持っていた兎の尻尾はちゃんと効力があったようだぞ。

 ……アッリとタークを見守るように、笑っているアゾーラと白熊パウのイグナイトファングの幻影が子供たちの背後に見えた気がした。

 その笑みを湛えた幻影を見て……思わず涙ぐむ。

 アゾーラ……見守ってくれていたのか? が、ここはまだ戦場。悲しみや喜びはまだ先だ。<第二関門>こと<血道第二・開門>を意識――。

 <血鎖の饗宴>を発動。まだ生きている吸血鬼ヴァンパイアたち目掛け血鎖を伸ばした。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>よかったが、血の世界で抹殺だ。

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