三百二十六話 ココッブルゥンドズゥだぞう※アイテムボックス表記あり

 

 半透明のヘルメの丸い先端の外側はターコイズブルーの色合いが強い。

 皮か、葉か、鱗か、宝石か、分からないが……。

 ターコイズブルーの神秘的なモノは漣が立ってからウェーブを繰り返す。

 すると、先端の丸みに半透明な皮が重なり、虹色に輝いて撓んだ。

 そして、礼拝堂に鎮座する頭部のない神像の表面に、その神秘的なターコイズブルーの液体ヘルメが触れた瞬間――像の奥底にあった魔素の反応を感じ取った。

 ……これが<精霊珠想>の効果。

 感知、感応の力が数倍に膨れ上がっているからこそか?

 神像と感覚が繋がった?


『……閣下、像内部の未知なる魔素との接触に成功です。わたしはこのまま繋がることに集中しますので、接触を中断なさる場合は<精霊珠想>を解除してくだされば、閣下の左目に戻ります』

『分かった』


 そして、


『まんずぅ、なづがぢいのー。わだぢゃぁ、ここっぶるぅんどずぅだぞぅ』


 思わず転けそうになった。神像から聞こえてくる声がおかしい。

 俺のエクストラスキル<翻訳即是>が追いついていない。


 姿も<精霊珠想>の視界だと、小さい幻影にしか見えなかった。

 ヘルメが語っていたように声の主は魔力が薄い。

 右目の普通の視界だと、雨ざらし状態の傷ついた神像でしかないのが、また不思議だ。


『あのぅ、名前がブルゥンドズゥ様ですか?』

『ココッブルゥンドズゥだぞぅ。んだが、どでがいまりょくだのぅー、まえにあったきりー、んのあいだがたー』


 やばい、会いたかった? ぐらいしかわからない。


『ブルゥンドズゥ様、すみません、意思が上手く伝わってこないです』

『なんんどおお、まりょくんないんが、しょうがどぅぅ!』


 しょうが? すると、薄い魔力が僅かに強まった。

 すると、接触している液体ヘルメが、そんな神像の奥に住むココッブルゥンドズゥ様の小さい魔力の幻影を守ってあげるように包み、揺らめく。


 それは団子のあんこを優しく包む生地のようにも感じた。

 包んだお陰か、流体ヘルメの輪郭からココッブルゥンドズゥ様の姿が、さっきよりわかるようになる。


 これも<精霊珠想>の力の一端だろう。

 小さい頭部と細身の身体。

 芸術、知恵、戦術の女神アテナを彷彿とさせる法衣を纏う。

 胸は膨らんでいるように見える。

 傷ついた神像の胸元は削れているのでわかりにくいが、やはり元々は女神系か。


 その女神のようなシルエットの口元が蜃気楼のように揺らぐと、


『……これでどうじゃ! 聞こえるかの?』


 可愛らしい声音。ちゃんと言葉として認識できた。


『あ、理解できました』

『よきかな、妾の名はココッブルゥンドズゥ。しかし、膨大な魔力を持つ定命の者よ、ソナタのことは、よぉぉく覚えている。妾に貢ぎ物と貴重な祈りを捧げてくれた者じゃ。再び、妾の下に戻ってくるとは、そして、また祈ってくれるとはのぅ……』


 神様という感じがしないが、祈る意識をもって接しよう。


『祈りが通じて嬉しいです。ココッブルゥンドズゥ様』

『よきかな、よきかな。ソナタの祈りがあるが故に、妾はまだここに居るのだからな、礼をいいたい。ソナタの名を聞きたいのじゃが……』


 小柄なシルエットは揺れながら聞いてくる。

 前回祈った時は……。

 俺のポリシーである小さいジャスティスとかはまったく関係ないユイの無事を祈った些細な祈りだったが、このココッブルゥンドズゥ様の力になったようだ。


 名を意識しながら、


『……シュウヤ・カガリ』


 俺が名乗ると、ココッブルゥンドズゥ様は、激しく振動。


『……天を翔る篝火のような、終わりのない夜を進む名前なのじゃな。素晴らしい名前じゃ。震えた。そして、改めて礼をいう。妾のことを祈ってくれてありがとう。だれも知らぬ、だれも見ぬ、だれも覚えておらぬ、だれもが傷つけ捨てていった妾を……小さい妾を見捨てずに祈ってくれて……』


 表情はわからない。

 だが、その震えたような声音から、どんな気持ちかは想像ができた。


『今なら何度でも、ブルゥンドズゥ様へお祈りしますよ』

『……よきかな、よきかな。ココッの名を勝手に削ったことは不遜だが、信仰心を感じる故、特別に認めてあげるのじゃ』


 すると、小柄な幻影のブルゥンドズゥ様は、丸石みたいなものを作る。


『それはなんでしょう?』

『……妾の一部なのじゃが、もう力がない故、幻影しか作れぬ……すまぬ』


 何か泥団子みたいな丸石のような物をくれようとしたが、無理だったらしい。

 別にそんなのは要らないし、コンタクトができただけで十分だ。


『無理しないでください。ブルゥ様と話ができたことだけで満足です』

『……ぬぬ、また名が短く……まぁ、守証が渡せないこともある手前、特別に許してやろう。しかし、まっこと珍しい定命の者じゃのう』

『そんなに珍しいですか?』

『そうだ。このような、神域で直に妾と接触など、記憶にないぞ?』


 小さい姿のブルゥ様の幻影は頷き、語る。


『妾は力がなく消えゆく運命。とはいえ捨てられはしたが神じゃ。この神域に接触するのは、たやすくはないはずなのじゃが……そんな妾を包む、とくに、尻の部分を強く包む……この未知の力は、精霊に部類する力と推測はできるが、はて……』


 ヘルメ、自重しろ。

 と、念話を試みようとしたが、ブルゥ様を包んでいるだけだから止めとくか。


『はい、精霊と俺の能力です』

『なるほど、優しく温かく、妾のことを守ろうと、尻を守ろうとする不思議な液体は、やはり精霊か……』


 返事をするように液体の一部を変化させるヘルメ。

 お尻部分が妖しく輝く。

 さて、消えゆく存在と聞いて同情はするが、接触は果たした。

 とくにこのブルゥ様に対しては何の目的もないので、最後に聞いておこう。


『……ブルゥ様、昔、祈りを捧げた時、俺に何かを寄越しましたか?』


 そう尋ねた時、ブルゥ様のシルエットが澱んで小さくなった。


『普通はわからぬはずじゃが、気付いたのか! 確かに、妾の神気を少し香る程度にソナタの身に纏わせた……だって、妾の貴重なただ一人の信者がシュウヤなのじゃ……古の時代、呪神の一柱と呼ばれた頃のプライドもあった。そのせいもあり、妾は興奮していたのじゃ……』


 焦った物言いで呪神ブルゥ様は語る。

 しかし、女神だとは思っていたが、呪神かよ。

 俺はスロザの店主のように、呪いを受けた身体になっていないと思うが、大丈夫なのだろうか……ブブバとか聞きたくない。


 ブルゥンブルゥンと響いてくるようになるのか?

 と、いやなことを想像しながら口を動かす。


『……あのぅ、ブルゥ様、その神気とはどのような効果が?』

『なああに、し、しんぱいするほどのものじゃない……』


 なんか、急におどおど……と。


『答えてはくれないのですね、残念です。では、ン様、お話はここまでということで』


 そのまま素っ気ない言葉と態度で、踵を返そうとした。


『……ま、まてぃ。しかし、妾の名前が極端に短くなっているではないか……理由を教えるから名前は元に戻すのじゃぞ?』


 小さい幻影姿のブルゥン様は必死に腕を振るって、かわいいジェスチャーを繰り返しているのがわかる。


『わかりました、ブルゥン様』

『よきかな、まだ名が短い、が、答えよう。妾の神気の効果とは、ズバリ! 運気の成長が鈍化するのじゃが、魔力が上がりやすくなるのじゃ! そして、石と異性との出会いが増え、周囲の子供たちの運気が上がるという、スーパーなご利益があるのだ!』


 じゃじゃん!

 といった感じに、開き直ったのか、腰に両手を当て、少し胸を揺らしながら偉そうに語るブルゥン様。


 しかし……運気の成長が鈍化するとは、まさか、俺の運が上がりにくい理由か?

 魔力ブーストは毎回のように恩恵に与っている。

 石は水晶も含めると、グラナード級水晶体、双子石、神魔石、を手に入れた。

 異性との出会いも確かに多い……光魔ルシヴァルの<真祖の力>も関係あるのかと思っていたが……呪神ブルゥン様の恩恵があったということなのかな。


 子供たちの運気が上がるっていうのは実感がないが、地蔵様と似たような感じかもしれない。

 子供といえば……ナロミヴァスの悪夢の女神の使徒戦で地下の拠点に乗り込んだ際、逃げている母親に抱えられた赤ん坊を助けたことを覚えている。


 額に薔薇の紋章があった赤ん坊。

 ……あの子の運気が上がったのだろうか……。

 だとしたら、幸せな人生を送れる女性が一人増えたということだ、よかった。


 子供たちといえば、ヘカトレイルでも黒猫ロロと遊んでいた子供たちと出会ってはいたが……。


『……そうだったのですか』

『で、ある』


 それじゃ、思いがけず色々と面白いことを聞けたし、仲間たちが戦う狩りに参加してゾルの家に向かうかな。


『では、ブルゥン様、名残惜しいですが』

『ま、まてぃ、シュ、シュウヤ殿』


 ここから去るために<精霊珠想>を解除してヘルメを呼ぼうとすると、畏まったブルゥン様に呼び止められた。


『どうかされましたか?』

『妾の像の姿を見ればわかると思うのじゃが、本来の姿とはかけ離れておる。だから、妾が納まる新しい特別な像が欲しいのじゃ……見繕ってはくれまいか?』

『……新しい像をですか』


 像といっても……適当な石ではまずいだろうし。


『無理ならいいのじゃ……祈ってくれただけで、あと数年は持つ』


 そうはいうが、呪神といえど、かわいい女神に変わりはない。

 助けてあげたくなる。


 ミスティに頼めば、金属をそれっぽい形に……。


『……水晶とか金属ではだめですか?』

『だめじゃ』


 なら、神魔石を出してみるか。これは、ある理由で買ったんだが。

 アイテムボックスからオークションで買った神魔石を取り出す。


『この石は小さすぎますかね』

『……な、な、なんじゃ、神界の宝具!? 真ん中から放たれる……濃密な魔力が強烈すぎる。妾には禍々しい神気、ま、眩しいぃ……妾に近づけないでくだしゃい……』


 ありゃ、印籠のように神魔石を突き出したが、萎縮しちゃった。

 この神魔石もやはり何か・・あるな。


 ブルゥン様が萎縮してしまったので、神魔石をアイテムボックスの中に戻す。


 ◆:人型マーク:格納:記録

 ―――――――――――――――――――――――――――

 アイテムインベントリ 77/490


 中級回復ポーション×103

 中級魔力回復ポーション×99

 高級回復ポーション×35

 高級魔力回復ポーション×30

 大白金貨×6

 白金貨×986

 金貨×1203

 銀貨×543

 大銅貨×30

 月霊樹の大杖×1

 祭司のネックレス×1

 魔力増幅ポーション×3

 帰りの石玉×11

 紅鮫革のハイブーツ×1

 雷魔の肘掛け×1

 宵闇の指輪×1

 古王プレモスの手記×1

 ペーターゼンの断章×1

 ヴァルーダのソックス×3

 魔界セブドラの神絵巻×1

 暁の古文石×3

 ロント写本×1

 十天邪像シテアトップ×1

 十天邪像ニクルス×1

 影読の指輪×1

 火獣石の指輪×1

 ルビー×1

 翡翠×1

 風の魔宝石×1

 火の魔宝石×1

 ハイセルコーンの角笛×1

 魔剣ビートゥ×1

 鍵束×1

 鍋料理×5

 セリュの粉袋×1

 食材が入った袋×1

 水差しが入った皮袋×1

 ライノダイル皮布×2

 石鹸×5

 皮布×11

 魔法瓶×3

 第一級奴隷商人免許状×1

 ヒュプリノパスの専用鎧セット一式×1

 魔造家×1

 小型オービタル×1

 古竜バルドークの短剣×29

 古竜バルドークの長剣×2

 古竜バルドークの鱗×138

 古竜バルドークの小鱗×243

 古竜バルドークの髭×10

 レンディルの剣×1

 紺鈍鋼の鉄槌×1

 聖花の透水珠×2

 魔槍グドルル×1

 聖槍アロステ×1 ☆

 new:ヒュプリノパスの尾×1

 フォド・ワン・カリーム・ビームライフル×1

 フォド・ワン・カリーム・ビームガン×1

 雷式ラ・ドオラ×1

 セル・ヴァイパー×1

 new:ゴルゴンチュラの鍵×1 

 new:フィフィンドの心臓×1

 魔皇シーフォの三日月魔石×1

 グラナード級水晶体×1

 正義のリュート×1

 トフィンガの鳴き斧×1

 ハザーン認識票×1

 ハザーン軍将剣×1

 アッテンボロウの死体×1

 剣帯速式プルオーバー×1

 環双絶命弓×1

 神槍ガンジス×1 ☆

 魔槍杖バルドーク× 1 ☆

 new:神魔石×1

 血骨仙女の片眼球×1

 new:魔王の楽譜第三章×1

 new:双子石×1


 ―――――――――――――――――――――――――――


 この中から返りの石玉を出しても、小さ過ぎるうえに変な魔力を感じると言われたから戻した。

 次々とアイテムを出していく。


『うひゃ、その禍々しい槍は見せるなっ』


 聖槍アロステは怖がって怒ってしまった。

 続いて、


『なんじゃ、その綺麗な小さい環石は! 妾に似た神気を感じる』


 ブルゥン様が、ゴルゴンチュラの鍵に反応。

 その次は、流れで、百日紅の鼈甲にも見える尻尾、ヒュプリノパスの尾を見せる。


『……尻尾? 何か吸い込まれそうな色合いで綺麗じゃが……魔界の手合いか? 違う、異質な未知なるモノの気配がある。みとうない。それに像にするのは不可能じゃ』


 最後にダメもとで、祭司のネックレスを見せる。


『おぉ、一見ただの石ころ。じゃが違う! 古代の小うるさい荒神フェムトなどの荒神たちが生まれる前、ハルモデラ時代の美しき石が集積した飾りなのじゃ。真ん中の白いまん丸い石は空っぽじゃが、それは魔力の器でもあるのじゃ、像の代わりには、十分過ぎる代物ぞ。時間は掛かるが力を蓄えることができるのじゃからな』


 あれ、これは鑑定してもらった時、たいしたことはなかったはずだが……。

 スロザの店主が見極められなかったということか?

 鑑定も完璧じゃないといっていたからな、他にも鑑定が弾かれるのもあったし。


『ならば、これを差し上げましょう』

『……よきかな、よきかな。妾を、本格的に娶る、いや、奉る気があるのかえ』


 何か殺気めいた熱意をヘルメが包むブルゥン様から感じたので止しておこう。

 それに俺は宗教家ではない、ゾルの家にいかないとだし。


『いえ、すみません。まだそこまでは……』

『妾の一瞬の高鳴りをどうしてくれる……』


 そんなこといっても、しらんがな。


『このネックレスを捧げるので高鳴りを収めてください』

『収める! ふふん♪』


 ブルゥン様はご機嫌らしい。

 <精霊珠想>中の傷ついた像に魔力のあまりない石が集積した祭司のネックレスを掛けてあげた。


 像はとくに変化を示さなかったが。


『力を蓄えるとおっしゃっていましたが、俺の魔力を吸い取りますか?』

『……無理じゃ、シュウヤは濃い闇を持つが、同時に眩しい光を持つ』


 確かに……俺からは無理か。


『そして、今は、妾を囲う精霊から僅かに供給されている魔力を得て、やっと、シュウヤの側に立てている。これでも無理しているのじゃぞ、シュウヤの神界を感じさせる魔力は眩しいのじゃからな……』


 なんか寂しげに語る。

 ヘルメは光属性ではないからな。

 闇と水。

 呪神は闇系に部類するのか? 

 

 いや、今回のココッブルゥンドズゥ様が、たまたま苦手だっただけだろう。

 魔界の神ではないんだから。

 呪神といえど邪神のように光を好むのもいそうだ。


『それじゃ、俺たちはこれで』

『妾の信者、シュウヤ。妾が力を蓄えたとき、ソナタに祝福を授けるので、またここに来るのじゃぞ?』

『はい、またいつか』


 その瞬間、ブルゥン様は萎むように姿を消失させる。

 消え方が切ない。

 ブルゥン様の言葉通り、呪神といえど、ヘルメに合わせる形で、無理して幻影の姿を映していたのかな。


 そして、<精霊珠想>を解除。

 像を囲っていた液体ヘルメは一瞬で俺の左目の中に戻る。


 俺は黒猫ロロを胸に抱くヴィーネに視線を向けた。

 頭上では、ツアンが樹木の枝の上に立つ。

 この辺りの警戒は必要ないと判断したようだ。

 右で、乱戦状態の仲間たちの様子を眺めている。


 すると、小さい姿のヘルメが泳ぎながら、


『閣下、不思議な経験でした。昔、あの神様と出会っていたのですね』

『おう。俺的はお地蔵さんにお祈りしたつもりだったんだが、呪神だった』

『呪神のようですが、随分と可愛らしい印象でした。そして、祝福をくださるとのことですがどのような祝福をくださるつもりなのでしょうか』

『さぁな、運気を戻してくれたほうが嬉しいかもしれない……』


 視線を向けたヴィーネが、


「ご主人様、像にネックレスを掛けていますが、わたしも、この像に祈りを捧げるべきなのでしょうか」

「自分のすきなようにしろ、この像の神様が欲しいといったからあげただけだ」

「にゃぁ」

「ロロ、この像が気になるのか?」


 ヴィーネの腕に両前足を乗せながら、鳴いている黒猫ロロさん。


「では、少しだけお祈りを」

「ンン、にゃん」


 黒猫ロロはヴィーネの巨乳に挟まれていたが、体を左右に揺らして、脱した。


 ぼよよーんと揺れる巨乳さんを持つヴィーネは魅力的。


「あ、ロロ様っ」


 と少し悩ましい声をあげるヴィーネをよそに、相棒は地面に着地。

 トコトコと神像に近寄っていく。


 そして、肉球を見せるように猫パンチを神像の根元に数発喰らわせている。

 一瞬だが、怒ったブルゥン様が見えた気がした。


「さ、ゾルの家に向かう前にミスティたちに合流だ」

「はい――」

「ンンン」


 黒猫ロロは黒豹の姿に変身すると先に駆けていく。

 ヴィーネは腰に差している赤鱗が綺麗なガトリセスの柄に手を当て、居合いのように剣を扱うと、横から足先で半円を描きながら一転、ミスティたちの方に身体を向けると走り出していた。


 あの辺の所作はユイに似ているんだよな。

 同じ剣術だから当たり前だけど。


 ヴィーネは紅色のブーツが映える長い足に、光沢のある銀髪を靡かせながら走っていく。

 すると、ラシェーナの腕輪も使うつもりなのか、独特の構えを取りながら樹木に跳躍。


 三角飛びを行っていた。


「速いな、ツアンに影響を受けたか?」


 俺もそう声を発してから追いかける。


「旦那ァ、おいてかないでくれ」

「おう、いくぞ」


 背後のツアンの気配を感じてから、また前進。


「ぬぅぅ、数が多い――」


 白カマキリのハンマーのような強打を左手の金剛樹の斧で防ぐハンカイが喋る。


「やっとシュウヤが戻ってきた」

「マスター、お帰り。兄の家は左の方ね」


 ミスティは血と金属の湖を展開――。

 <虹鋼蓮刃>を使っていた。

 彼女は眼鏡の位置を直す仕草を取りながらも反対の手で指揮棒を振るうような動作を取る。


 その瞬間、金属の湖に侵入してきた白カマキリたちを、湖面に浮かぶ蓮から誕生させた金属の杭で貫く。


 白カマキリの硬い鎌の腕は貫けていない。

 だが、胴体から頭部までのいたるところを串刺しにする。


 蓮の葉から伸びた金属の杭は、金属の森を新しく作るように、周りの樹木たちをも突き抜けながら伸びていた。


 金属の杭に貫かれた白カマキリの姿は、悲惨。


 白く濁った枝にも見えるが。


 そして、ミスティはカマキリに金属の杭が突き刺さった角度を計算しているのか、筆記用具でメモして、確認してから跳躍するや、金属の湖に漂っていた蓮の葉に着地していた。


 凄い。

 蓮の葉の上に立つ姿は、研究者に見えない。


 仙女が扱う軽功のようだ。


 俺も魔槍杖バルドークを召喚。

 <邪王の樹>を意識。

 目の前に生成した樹槍を左手に握る。


 白カマキリと大熊に囲まれている沸騎士たちが見えたので、その樹槍を<投擲>。


「閣下ァァ」

「我らを助けてくださるとは!」


 沸騎士たちは、俺の樹槍が白カマキリに衝突している隙に、互いに突きと薙ぎを繰り返して連携を行う。

 大熊の前爪の攻撃を身に受けながらも、上手く骨盾を振るい当て、大熊と白カマキリの囲いから脱していた。

 そこに黒豹ロロディーヌが射出した触手骨剣の群れが向かい、カマキリたちを貫いていく。


 しかし、触手骨剣から逃れていた大熊のモンスターが、のしっのしっと地面を踏みしめて沸騎士たちに近寄っていった。


「俺が貰う――」


 皆に宣言しながら、牽制の魔法|氷弾《フリーズブレット》を念じた。

 体長五メートルはありそうな大熊に氷の弾丸の霰を当てていく。


 大熊が動きを止めたところで樹槍を構え、大熊へ向けて<投擲>。

 同時に俺を襲おうと、反対側から迫った白カマキリに向けて<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を五つ放つ。


 大鎌を振るうために太い前腕を上げていたカマキリの腹部位に、光槍が突き刺さる。


 光槍は一直線に飛んでカマキリの腹部位を貫いていった。


 丸い風穴が開く度に、カマキリは衝撃を受け、宙の位置で踊っていく。


 腹を貫通してゆくが、一本だけ突き刺さったままの光槍があった。

 当然、突き刺さったの光槍の後部は、いつものように閃光を発しながら変化する。


 後部は別の生き物、イソギンチャクのごとく蠢いて分裂し、光の網と化した。


 網は螺旋しながらカマキリの腹を覆い尽くす。


 貫かれただけなら死なずに済んだかもしれない白カマキリ。

 腹がばらばらのサイコロ状に切断されると動かなくなった。


「旦那ァー、旦那は使者様とわかりますが、もしや聖王なんですかい? 救世主ですかい? そんな光魔法を使うなんて、凄まじい」


 その言葉は斜め上の上空から放たれている。

 ククリ刃から光糸を射出しているツアンだ。


 彼は蝙蝠型のモンスターと空中戦を行いながらも、俺の行動を観察していたらしい。


 だが、背後がお粗末だ。一応、左手首から<鎖>を射出――。

 ツアンの後頭部に噛み付こうと近付いていた蝙蝠を<鎖>の先端を突き刺して倒す。


 ツアンの援護をしておいた。


「旦那、すまねぇ、ありがとう」


 彼の言葉に頷きながら、光槍で死んだカマキリは見ない。

 俺は魔槍杖の握りを強くして持ち、魔法を当てていた大熊を見やる。


 大熊は、《氷弾フリーズブレット》を喰らい、樹槍が腕に刺さりながらも頭部を隠すように太い腕を掲げている。

 それを確認した瞬間、<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を発動した。


 そして、魔槍杖を握る右手の角度を弄り、魔槍杖の先の紅矛の位置を微妙に調整してから、前傾姿勢で前進――。

 動きを止めていた大熊に闇の杭が突き刺さっているところへ近付いた。


 右足から左足への体重移動を意識したステップワークでフェイントしながら、腰を捻り魔槍杖を握る右手に力を伝わらせる<刺突>を前方に繰り出す。


 大熊の胴体に螺旋する紅矛を喰らわせてやった。


「グォォ……」


 大熊はフェイントに掛かり、胴体を空けていたので、紅矛と紅斧刃の螺旋の刃をもろに喰らい、半円状の巨大な穴が胴体にできている。

 大熊は苦しみの声を漏らし、前のめりになると倒れていく。

 茶色の巨体が突っ伏した体勢で、地面を揺らすように打ち震えていた。


「あれは俺が!」


 ハンカイの声が耳朶を叩く。

 右手の金剛樹の斧が、別の獣に見えるぐらいの速度で白カマキリとの間合いを零とするやカマキリの横を駆け抜けたハンカイ。


 カマキリの横腹から腸が迸る。

 そうハンカイは、金剛樹の斧でカマキリの横っ腹を掻っ捌いていた。


 カマキリの腹から腸が出ているが、それすらも引き裂いた。


 ハンカイの金剛樹の斧の表面が白く濁る。


「――これで最後ですね」


 ヴィーネは赤鱗の鞘を下から振るう。

 ゴルフスイングな軌道を描いた赤鱗の鞘はカマキリの足を潰す。

 そして、小さい腕が小人の姿を形成している闇精霊ハンドマッドたちを使用。


 あいつらは中々優秀だ。

 戦闘時に相手の動きを押さえる。

 小さい故、数の暴力とはいえ力は弱いが、これがいかに重要なことか。


「ヴィーネ、あの精霊たち、血色になっているが……」

「はい、さきほどの個人での修行中に、敵の動きを押さえたり鈍らせたりする機能よりも重要なことを発見したのです――」


 動きが封じられていたカマキリの頭をガドリセスで斬っていた。

 着地して邪竜剣を振り、左右を確認しているヴィーネに、


「ほぅ、どんなの?」

「偶然なのですが、大量のモンスターに囲まれて対処している時に、モンスターの血を吸い取っている闇精霊ハンドマッドが居たのです。かれらはモンスターの血を吸い取ると、動きが速くなり、力が増して、結界に似た能力も持つようになりました。とくに狭い範囲ならば対奇襲に有効な能力かと」

「……だからか、今も他の白カマキリの動きを押さえている」

「戦場で立ち話とは余裕だな?」

「そうですぜ」


 ハンカイとツアンが武器をしまいながら近付いてくると、そんなことを話していた。


「甘いな、お姉様のいいつけは守っている」


 ヴィーネは素の感情を表に出して、彼らに答えていた。

 その言い方が少し気になるが、ミスティに視線を向ける。


 ミスティは白カマキリの腕を回収していた。

 黒猫の姿に戻っていた相棒が、走りながら彼女に近付く。

 落ちていたモンスターの腕、足、頭を前足で叩く。

 

 アイスホッケー的な遊びを始めたからミスティが注意していた。


「もうこの辺のモンスターは無視だ。ゾルの家に向かうぞ」


 手に持った魔槍杖を掲げて穂先を眺めながら思う。

 祈ったゾルの墓はまだちゃんと残っているだろうか、と……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る