三百二十四話 再訪・魔霧の渦森

 目の前に血文字が浮かぶ。

『首のえらから骨刃を出して突進してくる青白い虎が多いです――今もガドリセスの剣を突き出して、片付けました……邪竜ガドリセスの赤鱗を活かす鞘による打撃の練習にもなりました』

『戻ってきてもいいんだぞ』

『ご主人様。わたしは、まだ戻りません。虎以外にも、討ち漏らしたモンスターが数多く存在します。把握できないほど大量にいる状況、この状況を利用して、モンスターを倒し続ける修行を重ねたい。強くなりたいのです』

『おうよ、進取果敢なヴィーネだ。俺たちに構わずに自由に狩れ。一応、ヴィーネのいい匂いをあとから辿るから大丈夫だ』

『はい!』

 ママニではないが、偵察を兼ねて先頭を進むヴィーネと血文字のやりとりを続けていった。青白い虎の名はガルバウンドタイガー。討伐依頼ではBランクだったかな。いい素材で金になるが魔力を含んだ素材ではなかったはず、別にいらないだろう。イチャイチャしたい的な血文字を送ったら「ん、にゃ――」と近くの黒猫ロロが血文字に猫パンチ。

 ツッコミかは分からない。相棒にとって瞬間的に消える血文字の挙動は不思議らしい。片膝の頭で地面を突いて体勢を屈めてから必死な黒猫ロロさんの頭部を指で小突いた。そのまま相棒の頭部を撫でてから俄に立つ。右手の第六の指を意識しつつ――『ツアンよ出ろ』と念じた。第六の指は崩れるように落ちた。地面にピタッと付着した指だった肉は地面の上でくねり踊るように黄金芋虫ゴールドセキュリオンへと変態した。その動きは、メタモルフォーゼを地で行く行動で面白い。芋虫は「ピュイピュイ」と鳴きながらくねり前に移動しなぜか、ツアンの人型へとゆっくりと成長していく、その光景を見た黒猫ロロさんは興奮して瞳孔を散大させている。変身途中のツアンに興味しんしんの相棒ちゃんだ。ツアンの脹ら脛と靴のらしきものの匂いを嗅ぐ、目の前で猫じゃらしのような蠢くモノツアンがあるから仕方がない。ツアンはわざとロロディーヌにゆっくりとした変身を見せている? そんな興奮している相棒は「ンンン」と喉声を発して、ツアンになりかけの芋虫とも違う変なモノに鼻をくっ付けて、鼻キスをしてペロッと舐めていた。

「ロロ、歯磨き用の肉ではないから噛み付くのは無し、肉球パンチもだめだぞ」

「にゃ」

 注意していると、噛み付かれると恐怖したのか直ぐにツアンは人型となり中年おっさんとなった。

「……旦那、俺を使ってくれるのか」

 足に猫パンチを受け続けている、シュールなツアン。殊勝なことを言ってくれた。

「おう。訓練時に呼んだ以来か」

「はい、あれは石畳の上で……」

 ツアンは顔色を青ざめさせた。

「どうした?」

「あの訓練というか、あの槍捌きを受けるとトラウマに……」

「なら、指に戻るか?」

「ま、まってくれ。俺も呼ばれるのは嬉しいんだ。旦那に貢献したい。イモリザやピュアンに負けていられない」

 ツアンさん、照れているのか少し顔色が赤い、おっさんだからと、拳は入れない。

「ならよし」

「おう――しかし、ここは辺鄙な森だな……霧もそうだが、背丈の高い樹木……レブレイの森に似ている」

 ツアンは周囲を確認しつつそう発言。すると、両手にククリ型の光刃を生み出した。光刀をクルッと回して逆手で握る。刀身の波紋は<霊呪網鎖>と似ていて光刃には、無数の光糸のようなモノが刻印されていた。

 ツアンは、この魔霧の渦森とレブレイの森とやらを重ねて見ているようだ。それと同時に、脳内でイモリザとピュリンと会話をしているのかも知れない。

「レブレイの森とは、故郷の?」

「そうだ。外魔都市の西に広がる森の一つ、アンデッド村の近辺」

「アンデッド村か……」

 この魔霧の渦森と繋がっていたりして……。

「その通り、ヒューリーと他のモンスターたちを、教会騎士として倒してきた。シャプシーはさすがに一人では無理だったが」

 ツアンは教会騎士だった頃を懐かしむように語る。ハンカイが傍にきた。

「ツアン、シュウヤの使徒なんとかか? 部下か。で、あの訓練の時に数回戦ったが……」

「ハンカイさん、こんにちは。あの時はお世話になりやした」

「おう、シュウヤの部下よ。ここでは実戦で、互いに忙しくなりそうだぞ」

 その言葉通り、大きい魔素を感じ取る。

 葉を踏みしめて現れたのは、デゴザベアを超える大熊モンスターだった。

「グォオオォォォッ!」

 うひょ、うるさ咆哮ほうこうだ。

 森の熊さん、狂暴につき。ハンカイ、ミスティ、ツアンが武器を構えた。

 黒猫ロロも一瞬、獣らしくうなるが、黒豹くろひょうには変身しなかった。俺たちを餌だと思った大熊モンスター!

 唾を飛ばしながら、また強く叫ぶと突進してくる。

 魔槍杖まそうづえバルドークで仕留めるかな――。

 と思ったが、

「――あれは俺がもらうぞ! ウゴォァァァッ!」

 ハンカイが飛び出していった。

 熊の気持ちに応えるような、ときの声の吶喊とっかんだ。

 そのハンカイは『蟹颪かにおろし』型を披露。

 まるで俺に対して斧の訓練の続きだぞ――と、いわんばかりの基本の振り回し。正面から斧刃の威力を活かす斧の振り下ろし――やや遅れて右手の斧による、かち上げ気味の斧の連携攻撃を繰り出した。大熊モンスターの顎の横の首と肩と脇腹を斬った金剛樹の斧は威力がある、大熊モンスターは脇腹を深く抉られたような傷痕を晒しつつ怯むと、ハンカイは叫びつつ、その怯んだ大熊モンスターの懐へと大胆にも潜り込んでは下から金剛樹の斧を振り上げて、その大熊モンスターの腹と頭部にも斧刃と柄をぶち当てていた。

 腹が斬られながら大熊モンスターは大きくけ反った。

 顎が粉砕され、口がへしゃげ、歯茎がぐちゃぐちゃとなった頭部。

 凄まじい破壊力の〝豪〟のハンカイ。豪槍流に通じる、豪斧流の動きなんだろうか。

 と俺は学ぶ姿勢を強めつつ観察。ハンカイ先生は、小さい体格を自らの武器とするように斜め横へ回転する。小型の竜巻を彷彿とさせる動きだ。

 大熊モンスターの胴体に――突貫。自らの分厚い鎧と肩取縅かたどりおどし立挙たてあげとした金属を、その仰け反った大熊モンスターに連続で衝突させた。更に、ハンカイは飛び上がる。

「ウボァァァァアァァ」

 宙の位置から叫ぶハンカイ――。

「――<山崩>」

 紅虎の嵐のブッチ氏が使っていたような大技を繰り出した。

 振り下ろされた金剛樹の斧刃は、大熊モンスターの肩から胸半ばまでを潰し、脊髄をも潰して内臓と腰も完全に潰した。斧使いの達人の動きを示すハンカイは大熊モンスターの下半身まで到達した斧刃を捻る。両腕の手が握る金剛樹の斧を真横に振るい、大熊モンスターの肉塊と化したモノを十字に引き裂いた。斧先生というか、体格が大きくなったようにも見えるハンカイ。その両手が握る金剛樹の斧を手元に引き寄せて構える仕種は武人そのもの。大熊モンスターだったモノは絶命。 

 肉のようなモノが、ハンカイにもたれかかるように倒れていった。

「よーし! 仕留めたァ! 今日はブダンド族に伝わる熊鍋でもするか! 熊肉はちと臭みがあるが、セリュの粉を掛ければ、いけるからなぁ! がはは」

 仁王立ちといったように豪快なハンカイ。凄く嬉しそう。鳥鍋の他に熊鍋があるらしい。ブダンド族、実はフライパンを玉葱頭に隠し持つグルメ一族か?

「……すげぇ、斧の技術から年季を感じますぜ」

「斧の先生なだけは、あるわね~」

 ツアンとミスティが感心していた。そのハンカイは笑みを浮かべながら、

「ついでだ、熊皮を剥ぐ!」

「皮か、売るのか?」

「いや、俺が使う。ここが肌寒いのもある。頭部から羽織れば暖かいだろう?」

「んじゃ、協力しよう。皮は血を吸い取って乾かすよ」

「おお、吸血鬼ヴァンパイア系は便利だ。では頼む」

「わたしも血を少し頂戴ね」

 ということで、ミスティと一緒に大熊から血を頂いた。

 黒豹の姿に変身していた相棒も熊の死体、とくに、脇腹に噛み付いて肉を食べた。頭部を傾けて奥歯で肉を噛むと『うまうまにゃ』と声は聞こえないが、そんな感じで肉を噛み噛みしていく。肉を噛むことに夢中だ。

 俺は肉を切り分けていたハンカイに乾燥気味の熊皮を渡した。

 ハンカイは受け取った熊皮を使い素早い手縫いで、帽子を作っていた。

 驚きだ。裁縫技術の早業も凄いが……頭にかぶる姿が……熊さんという渾名がつきそうなぐらい妙に似合っている。

「……びっくりだ。実際に使うと話していたが、器用なんだな。ドワーフだからか?」

「これぐらいなら、たやすい。戦場での生皮は貴重。武器、盾の滑り止め、革鎧、食い物の包み、なんでも利用したもんだ」

「にゃぁ」

 黒猫の姿に戻っていた相棒が猫パンチを空中に放つ。ハンカイの器用さを褒めているようにも見えた。と、そのハンカイに近寄って足に猫パンチを喰らわせていく。熊頭のハンカイの姿が気に入ったらしい。

「ぬぬぬ、またか、俺の足はクプルンの根野菜ではない!」

 ハンカイは逃げて、それを黒猫ロロが追いかける構図となっていた。

「にゃ、にゃぁぁ」

 熊さんハンカイと黒猫ロロの冒険。

 少し羨ましいと思えるほどのなごやかムードになったところで、魔素の反応を感じ取る。

「左に集まってますぜ……あれは妖鳥」

 ツアンが反応。

「やはり、鶏肉も手に入りそうだ。ブダンド氏族に伝わる熊鳥鍋の出番だな」

「今日の料理は任せようか」

 ハンカイに料理を担当させたところで、左に集まる鳥系のモンスターを見ていく。

「……旦那、この魔力が漂う霧に、あの大量に集まっている妖鳥。やはり、ここはアンデッド村が近くにあるのでは?」

 渋い口調のツアンだ。

「アンデッド村も、そんな酷い濃霧なんだ」

「そうですぜ、濃霧も濃霧。ん、旦那、左の妖鳥がこっちに……」

 その光るククリ刃を持つツアンが武器を構える。確かに、魔霧からの出入りを繰り返しながら、近付いてくる妖鳥の姿が見えた。俺がやってもいいが、

「ツアン、左は任せた」

「了解、まずは肩慣らしといきますぜ。旦那の手前――ハンカイさんばかりに、いい格好はさせられない!」

「<光邪ノ使徒>だか、なんたら使徒だか、知らんが、俺は俺のできることをやっているだけだぞ」

 玉葱頭ではないハンカイが真面目な表情で語っていた。

 しかし、熊皮を頭部にかぶっているので少しシュール。

 ツアンは、ハンカイの言葉を後目に跳躍しながら、光るククリ刀で妖鳥を迎え入れるように、掬い上げる軌道で振り上げる。

 妖鳥を下からばっさりと両断していた。

「旦那のように大量には無理ですが、単体なら――」

 ククリ刃を回転させながら着地したツアンは、頭部を隠すようにククリ刃の角度を変えながら渋い表情で喋ると光るククリ刃の縁から光る糸を発生させた。ツアンは頭上に手を伸ばし、鋼のような視線を妖鳥へ向ける。

 飛翔している一匹の妖鳥に狙いを定めると、持っていたククリ刃を妖鳥へ差し向けていた。<投擲>? いや違う。

「――<甲光糸>」

 スキル名を呟くと、ククリ刃の縁から光糸を一直線に飛翔している妖鳥へ伸ばしていく。あんな技を持っていたのか。

 飛んでいた妖鳥の体に、その光糸が絡まるとツアンはククリの刀身へと光糸を引き戻すように、収斂させていく。

 あれは俺の<鎖>が手首の因子マークに納まるような機動に似ている。

 だが、あのククリ刃は異常に格好がいい。

 ククリ型の光刀の色合いが鋼のように変わり、吸気口のように若干盛り上がっていた。手元に妖鳥を引き寄せると、ツアンは肩を畳ませるようにククリ刃を振るう。妖鳥を斜めに切り捨てた直後、身を捻り回転。

 ツアンは、返り血も浴びずにその場から離れていた。

『ツアンの扱う光糸、閣下の匂いを感じます』

 精霊の目で視ている・・・・ヘルメが脳内で呟く。

「……前にも増して素早い男だ。シュウヤよ。あの<光邪ノ使徒>のツアンという身軽な男は、人族ではないのだよな?」

「どうだろう。ツアンの姿だと人族とそう変わらないと思う。イモリザ、ピュリンと、三人の姿に変身できるので、厳密には人族ではない……ま、そういう種族だと思えばいい」

「……光邪の種族と思えばいいのだな」

 ハンカイは熊皮帽子をかぶった頭を縦に動かす。『なるほど、なるほど、なるほどな』というように納得していた。

「素人の意見だけど、イモちゃんの戦い方は大ざっぱで可愛いけど、ツアンさんは戦い方がスマートね。大人って感じがする」

 金属の杭を妖鳥たちへ<投擲>していたミスティの言葉だ。

 ツアンのククリ刃とテクニカルに光糸を使う戦う姿から、素人なりに分析をしていた。ツアンは元教会騎士としての経験があるからだろうな。

 それからハンカイとミスティと一緒に<光邪ノ使徒>として活躍していたツアンを見てから――指輪を触り、沸騎士のゼメタスとアドモスを召喚。

「お任せを。黒沸騎士ゼメタスでありますぞ!」

「同じく、赤沸騎士アドモス、参上!」

 沸騎士たち、いつにもましてテンションが高い。

「おぉぉ、やはり閣下は、私たちのことが気に入ってくださったのだ!」

「ゼメタス、現を抜かすな! 先ほどの戦いで我らが活躍した結果だ」

「そうであったな、もう魔界では……ぬぬ、ここは! かつて……」

「おぉ、本当だ。この霧、匂い、間違いない!」

 沸騎士たちは、重厚な音程で嬉し気に語る。同時に昔のことを思い出したらしい。騎士、武士、侍、の雰囲気を醸し出しながら、一対の眼窩の奥で輝く赤と黒の炎たちを揺らしている。見ただけで人間を恐怖に陥れると思われるゴツイ頭部を左右に向けて周囲を見渡していた。あの炎が……眼球の代わりなんだと思うが不思議。蒸気のような煙炎を身に纏う沸騎士たちだからな。すると、黒猫ロロがゼメタスとアドモスの足下に移動していた。

「にゃ、にゃ、にゃお~」

 と鳴いている。猫パンチをすねに当て首から触手を伸ばしていた。先端がお豆のような形の触手を森へ向けて、『ほねたろう、ほねきちたち、かりにいくにゃ~』と、鳴いているに違いない。早速、沸騎士たちに指示を出していた。

「ロロ殿様、お供はお任せを。黒骨塊魂で守りますぞ」

「かつて、ここを蹂躙したように、再びこの森の支配に乗り出すのですな」

「ン、にゃ」

 ロロディーヌは黒猫の姿でドヤ顔を示すと、むくむくっと体を大きくさせて黒豹と化した。黒豹ロロディーヌは威厳を見せるようにしなやかに進む。沸騎士たちを引き連れて右へと歩き出していく。

「……ロロちゃんたち、いっちゃった」

「適度な距離を保つだろう、もう戦いを始めている。俺たちはこのまま真っ直ぐヴィーネの匂いを辿る」

「うん」

「いこうか、斧の技を見せてやろう」

 妖鳥を片付けたツアンも側に戻ってきた。

「旦那、いきましょう」

 皆で魔霧の渦森を進む。地面は枯れ葉だけなく湿った葉も多くて滑りやすい。その代わり、この【魔霧の渦森】でしか咲いていない石榴のような花があった。他にも、桃色の人の歯を生やす団子虫が漂っている。それを狙い喰うセロハンテープのような半透明なシールを身体に巻き付けた芋虫が樹木にぶら下がっているし、喇叭型の口吻の先端から粘液状の唾を垂らす羽蟲を発見した。腹から蛍光色を発しながら飛翔している……。

 二度目の森だが、様々な不思議な光景は新鮮味を持って俺たちを楽しませてくれた。が、楽しんでばかりではいられない。四方八方から魔素の反応だ。

 甲羅を持つアンモナイト型のモンスターが、太い樹皮の表面を、弾き焦がすように回転しながら近付いてくる。

「くるぞ、各自迎撃――」

 魔槍杖バルドークを右に回し、一閃し、魔槍杖バルドークの穂先と紅斧刃で甲羅を持つアンモナイトの二匹を潰す――車のタイヤが潰れたように見えた。そこに右斜め前から数匹の造形の異なるアンモナイトが身に迫った。急ぎ魔槍杖バルドークの柄の握っている位置を螻蛄首に変える。

 左手を頭上に運び柄の下部を握る右手を下げた――その両手持ちの魔槍杖バルドークで満月を宙に描くように回してはアンモナイトの数匹を弾きつつ竜魔石を斜めに前に出して一匹のアンモナイトの甲羅を突いて破壊しつつ対処――イメージは大車輪の如く――その防御の構えで数匹のアンモナイトによる突進攻撃を数度弾いて潰していく、幾度となく硬質な金属音が鳴り響いた。

 黒い破片も飛び散る中――反撃だ。柄の上部を握る左手でストレートパンチを行うイメージで繰り出した魔槍杖バルドークの突きを左腕一本で繰り出した。

 前に出た穂先の紅矛が跳ね返ったアンモナイトの背を貫いた。コンマ数秒も間を置かず、左腕を手前に戻しつつ魔槍杖バルドークの両手持ちに移行させる、その魔槍杖バルドークを右手一本に移すように、右手を前に突き出した。右腕ごと槍と化した魔槍杖バルドークの穂先がアンモナイトの小さい多脚が生えた内腹を突き刺す。右腕を引きつつ掌の魔槍杖バルドークを消去。再び召喚しつつ<刺突>を繰り出し、アンモナイトを破壊。その素早い二連突きの直後――背後からもアンモナイトが迫った。

「マスター!」

 虹色の金属の杭を<投擲>していたミスティが心配気に叫ぶが、俺は首の後ろに通していた魔槍杖バルドークで甲羅攻撃を防いでいた。案山子スタイルだ。

「――まるで、後ろに目があるような動きだ」

「これは風槍流『案山子引き』という技術だ――」

 身に迫るアンモナイトたちの突進攻撃を防ぎながら仲間たちに視線を向けた。

「……斧とは違い、槍の実力は、想像ができないレベルだ」

 俺を褒める、そのハンカイもハンカイだろう。ハンカイは<投擲>した金剛樹の斧をブーメランのごとく扱う。輝く手で、その戻ってきた金剛樹の斧を受け取るや、反対の手に握る金剛樹の斧を振るう。目の前のアンモナイトをバッサリと両断――。

 アンモナイトの返り血を身に浴びたハンカイ。甲羅の破片が、頬を掠った。

 頬から血を流す姿は不動明王という雰囲気だ。そんなハンカイの姿に感心しながら――。

 魔槍杖バルドークの柄を――首の後ろに通した案山子のような体勢となって、昇竜のように跳躍――風槍流『案山子通し』を活かす。

 体を縦回転させる跳躍から魔槍杖バルドークも右下から左上に移動させた。

 そのまま魔槍杖バルドークの穂先を振るった。

 宙空に扇を描く百八十度の宙を移動した魔槍杖バルドークの紅斧刃が右から迫ったアンモナイトの体を捉えて、それを斬った『昇竜拳――』と言ったような無敵時間があるようなタイミングだ。螺旋した朝日を昇る竜の動きから下降しながら左から迫ったアンモナイトに魔槍杖バルドークの柄を左側に移動させて右足を引く半身から、魔槍杖バルドークの紅斧刃の出っ張りの棟をアンモナイトに衝突させて着地を行い、地面を強く蹴って前進し、正面から転がってくるアンモナイトに突進し、槍圏内に入るやいなや腰を捻り――魔槍杖バルドークの柄の握る手も捻りつつ、その腕を猿臂のように扱い<牙衝>を繰り出した。

 下段突きの穂先の紅矛が、そのアンモナイトの甲羅を潰して中身も破壊しつつ地面に突き刺さった。その地面に突き刺さった魔槍杖バルドークは消失しない。掌を自由にした。

 続いて、左手に神槍ガンジスを召喚。その間にも、まだまだ迫るアンモナイト軍団。

 そして、地面に刺さっている魔槍杖バルドークを足場に利用だ。その魔槍杖バルドークを蹴って上空に出た――迫ってきたアンモナイトたちを避けた。

 宙の位置から、左手の神槍ガンジスを横に回す。

 ――ワンテンポ、遅らせて力をめる。イメージは居合い斬り!

 その溜めた背筋の力を神槍ガンジスへと伝えつつ――。

 神槍ガンジスを振るう<豪閃>を発動した。

 魔力が籠もった神槍ガンジスの矛は振動しつつアンモナイトを両断。

 方天画戟と似た神槍ガンジスは威力がある。同時に蒼い毛の槍纓が靡いた。

 そのまま槍纓を靡かせつつ神槍ガンジスを振るい――。

 数匹のアンモナイト型モンスターを手応えなく処断した。爪先半回転を実行。

 同時に周囲を把握――左足を前に出しつつ……深呼吸。

 風槍流の動きを取りながら動きを止めた。

 俺に迫ってきたアンモナイト型モンスターがすべて消えたことを確認。

「旦那……凄まじいが、この数は多いな」

「マスター、まだ周りに居る」

 そんな調子で、絡んでくるモンスターのすべてを屠り進んでいると、右側で戦っていた相棒たちのところに、象系のモンスターが現れる。

「虎系は、よく見かけるモンスターよね。でも、あの象と蠍が合わさったような姿のモンスターは初めて見る……」

 ミスティが、その象と蟻のキメラのモンスターを見つめている。

 上半身が象の姿に似ているが、サイのような背骨の出っ張り部分の一角から急速に縮まった姿となり、最後尾にいくにつれて蠍のような長い尻尾を持つという。

 かなり歪なモンスターだ。しかし、その象と蟻のモンスターを、沸騎士と黒豹ロロディーヌは難なく倒していた。今も触手の連続とした攻撃であっという間に、象と蟻のモンスターは穴だらけに、沸騎士もゼメタスの見事な剣と頭突きに、アドモスの方盾と骨剣の突き技で、仕留めていた。その強さは圧倒的だ。沸騎士たちより、縦横無尽に狩りを楽しむ神獣ロロディーヌのほうが、その活躍の殆どを占めているが……。

 不思議な造形だが、黒豹ロロにとってはいい遊び相手。

 巨大な脚の一つを口に咥えたまま、頭部を勢いよく回して、その脚を振り回している。一見、大暴れして遊んでいるように見えるが、ちゃんと近くで戦う沸騎士たちを触手で守っては、フォローもしていた。

 相棒も沸騎士たちの親分として、部下を守る気分なんだろう。

「まだ、見たことのないモンスターがいそうね……」

 ミスティが顔色を悪くする。確かに、ぶっ続けの狩りだからな……。

 光魔ルシヴァルとはいえ、もう冒険者というより先生や研究者の気分だっただろうし、精神的にいやなのかもしれない。

 そこに、前線に出て偵察&修行がてら虎狩りをしていたヴィーネが帰還。

「ご主人様、かなり狩りましたが、きりがないので一旦戻ってきました」

「了解、一緒に進もう」

 右方で沸騎士たちを指揮しつつ戦っていた黒豹ロロも合流。そうして、沸騎士たちは放っておいて、モンスターを倒し続けながら魔霧の渦森を歩くこと数時間――。

 梢の頭に止まる小鳥たちの囀りを聞きつつ――。

 茶色の巨大な根っこの階段をリズムよく軽快に上がった。

「こんな階段のような場所があるのだな」

「エルフが作る造形にも似ているが、自然が作ったものだろう。上がっていこう」

「……」

 エルフと聞いたハンカイの表情は分かっている。

 だから何も言わず先に自然の階段を上った。そして、段差の高い場所に到達。

 パルテノン神殿の柱を想起する大きな樹木が二つ。

 その間に立ちつつ、魔霧の渦森を形成する霧と森の光景を見ていった。

 樹の間から漏れる僅かな明かりが、地面と樹皮を照らし、美しい色彩を作る。

 ここは魔霧の渦森。街道から大きく外れているので広い道なんてない。

 隊商も勿論いない。まさに、ザ・森林地帯のど真ん中だ。

 前に一度、この森に訪れているが、違う森に感じた。

 魔境の大森林も経験しているだけに、森には慣れていると思うが、やはり魔霧と森が作る光景は独特だった。そして、当然のごとく、まだ冬の季節……。

 空気が冷たいので肌がひんやりする。

 暗緑色の防護服ハルホンクを身に着けているが、胸元は開いているからな。

 しかし、この魔力を感じる冷たい霧で……肺を満たすと、魔煙草ではないが、魔力が、自然と五臓六腑ろっぷに染み渡るような気がした。

 もう一度、深く吸い込み……深呼吸。

「……ここの景観はなかなかだな」

 ハンカイも時折、左の方の魔素が反応しているモンスターがひしめくエリアを警戒しながらも、森と霧が作る景色を楽しんでいるように見えた。

『……魔力が漂う魔霧の渦森ですが、光の加減により違って見えますね、精霊さんたちも喜んでいます』

『太陽もいい仕事をする』

「旦那、妻にこの景色を見せてあげたかった」

 妻か……かける言葉は見つからないが……。

「……そうだな。ビビアンだったか」

「お、旦那、覚えていてくれたんだな」

「そりゃな、綺麗な名前だ。忘れないさ」

「……家族か」

 やば、ハンカイが泣きそうな顔を浮かべてしまった。話を変えよう。

「ここは魔霧の渦森だが……綺麗なところはある」

「はい、人と同じかもしれません」

「そうね、色んな種族がこの世界には溢れている。それを永遠に調べられるなんて……わたしは光魔ルシヴァルで幸せよ。こうして兄の屋敷にも一緒にいってくれるし、マスターに出会えたことに感謝しなきゃ」

 ミスティが背丈の高い樹木に腕を預けながら、優しい目を浮かべてしみじみと語る。

 鳶色の深い知性を感じさせるミスティの瞳。自然と笑みを浮かべて返すが、少し恥ずかしいので視線を上方へ逸らした。その時、森の深部から寒い風が通ってくる。彼女の名前通りの霧が風に揺れて天へと伸びている樹木の表面に当たっていた。

 樹から生えている無数に伸びた枝模様も微かに揺れているので、女性が裸体で踊っているように見えた。変なことを思ってしまった。

 きっと、梢頭しょうとうから変わった形の葉が生えているせいだろう。エヴァが居たら、『えっちぃシュウヤ』と呟いたかもしれない。と、霧と融合したように葉が靡くと、雲から垂れた別の植物のようにも見えてきた。濃い霧が、たくさんの自然豊かな樹と重なっている幻想的な光景は魔霧の渦森だからこそといえるだろう。

「……よし、先に進もうか」

「ンンン、にゃぁ~」

 黒豹ロロが後ろ脚にある肉球を見せるように駆けていく。

 霧の間から一条の光が黒豹ロロを差し、その黒毛が天鵞絨のように輝いて見えた。

 その反射光があたりに写り、綺麗な景色を作る。

 俺たちも光沢が美しい黒豹ロロを追うように歩き出した。


 ◇◇◇◇



 小雨が降る中、小さい石作りの礼拝堂が視界に入る。

 あれは、前と同じ礼拝堂。雨ざらしの礼拝堂だ。思わず懐かしく感じて、駆け寄っていた。削れた石屋根の下にぽつねんと存在する、小さい女神像。

 首が削られ、腕もないが、どこか存在感がある。歴史から忘れ去られたような像。

 不気味だが、神像なので、お供えをして、拝んでおこう。

 相棒用の乾燥肉とカソジックの鰹節に似た食材をお供えした。

 そして、自然と体勢を屈めて、南無、と、片手を鼻に当て、お辞儀しながら祈る。

「あれ? 女神像が少し輝いている」

「え?」

 目を開けると、小さい女神像からはもう光は消失していた。

「消えちゃった。マスターのお祈りに反応したのかな?」

「どうだろう、魔力は感じない……しかし、前にダークエルフが暮らす地下で遭遇した魔毒の女神ミセアが、『シュウヤが発している濃厚な魔力は、神界の匂いを強く感じる。そして、魔界との繋がりも強く感じられ、微弱だが他のアブラナム系、呪神の神気系も感じ取れる……どういうことなのだ?』という感じに、俺を見ながら語っていた。だから、この名もなき神像は、実は古代の呪神か、アブラナム系の荒神かもしれない。早計かもしれないが、俺に影響を及ぼしている可能性はある」

「……神々、まさに神話。マスターは魔界の神々とも繋がりがあるのよね……そして、ここは魔霧の渦森、古代の封じられた神、兄貴がここを研究の場所に選んだ理由、やはり家に秘密がありそう……」

 ミスティの勘は当たるかもな。何せ血が繋がった兄弟だし。

 ユイが寝かされていた場所の床にはへんな魔法陣もあったし、実験室みたいな場所には色々な器具があった。俺にはさっぱりわけのわからないアイテム群だったが、ミスティなら、何の道具かわかるだろう。ヴィーネも気に入る本がたくさんあると思うし、迷宮都市の魔法街の店に売っていなかったエルンスト大学の教授が欲しがる古代の魔法書があるぐらいだ。まだ何か隠された部屋があるかもしれない。

 そういや、城塞都市ヘカトレイルのクナの店の地下には転移用の魔法陣が一個あったな。

 あの時は無視したが……今頃、どうなっているか……。

 キッシュとチェリに会いにいくついでに今度見てみよう。

 黒猫ロロを連れて、魔迷宮あたりに狩りにいくのもいいかもしれない。

 サビードのボスはいい顔はしないだろうな。冒険者ギルドにも寄るかなぁ、たまには依頼を受けないと。ギルマスのカルバン爺、娘のエリスにも挨拶するか。

 紅虎の嵐のメンバーに会えるかもしれない。が、彼女たちは冒険者だ、違う地域へ旅をしている可能性がある。それに、おっぱいさんだろう。

 紳士として、あのおっぱいさん受付嬢の名前、今度は聞いておかないと。

 綺麗な女性に対しては、ちゃんと行動を示さないと失礼だ。が一番は友のキッシュだ。素直に会いたい。

「魔界の神とは恐れ入る……だから、オークションで魔王の楽譜を手に入れていたのだな?」

 ヘカトレイルに思いを馳せていると、隣に来たハンカイが聞いてきた。

「そうだ。いずれは魔界に向かうことになるかもしれない。まだまだ大きい目標程度の話だが」

「ご主人様なら可能でしょう。精霊様だけでなく、ダークエルフの主神のような存在のミセア様が気に入るのですから。そして、魔界と地上が繋がる地域に神聖ルシヴァル帝国の宮殿を……」

『……ヴィーネ、閣下の考えを読むとは素晴らしい境地。さすがは<筆頭従者長>。血を分けている効果なのですか? 悔しい……ですが、わたしの教えを受け継いでいるともいえます。だから、彼女へ特別に、お尻のお水ちゃんボーナスを、今度プレゼントしましょう!』

 ヴィーネが秘書というより参謀的に鷹揚な態度で話すと、左目に住む尻好き精霊が調子に乗り出してしまったが、眷属たちからの単純な好意の視線なら嬉しいが、信仰を感じさせる視線はいやだな。わざと黒猫ロロが反応するように、変顔を意識しながら、

「んな、帝国云々はどうでもいいんだ。おっぱい・・・・のがいい。な? ロロ」

「にゃ」

 どや顔の黒猫ロロさんは分かっている、何を分かっているのか分からないが……。

「ご主人様、わざと話を逸らしてますね」

 ヴィーネは鋭い、が、帝国うんぬんはマジで目指していない。

 ハンカイはおっぱい・・・・に反応して笑っていた。

『閣下、お尻派のわたしがツッコミをいれるわけではないのですが、〝おっぱい〟のお話のところすみません。この神像の件について重要なお話が……』

 視界に妖精風のヘルメが現れた。その口調は真面目で瞳は鋭い。切れ長の睫毛がいつもよりキューティクルが保たれているようにも見えたほどキリリ顔だった。美形だから映える。

『なんだ?』

『わたしが<精霊珠想>を用いて、この女神像に触れてコンタクトを試みますか?』


 なんだと?

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