三百十四話 カザネ&鏡の回収

 

 ネレイスカリをレフテンに帰す。

 そのテーマの話題を仲間たちと会話を行っていたが、ここ数日はハンカイ先生を中心に警備員アジュール&眷属たちとの個別訓練に夢中だ。


「そうではない」

「――こうか?」

 ハンカイ先生の型を見て、トフィンガの鳴き斧を持つ腕を勢いよく下ろす。

「そうだ。そのまま腕を振り下げながら……」

 ハンカイの言葉を受けて動く――。

「さすが槍武術の達人。その自然体とした動きの歩法には、濃密な歴史を感じさせる――」

 斧も、いやどの武器にも共通しているが、やはり体幹と歩法が重要だ。

 すると、ハンカイが、

「爪先を軸とした細かな体重移動を意識しているのだな……俺もその歩法を参考にしたいぐらいだ」

「風槍流の歩法だ、盗めるなら盗んでいいぞ。因みにこれは師匠仕込みの技を基本としている」

 経験と多少のオリジナルも混ざっているが――ハンカイの瞳が強まる。

 ハンカイはおっさんとして渋いが、一瞬、少年のような顔付きとなった。

 が、直ぐに顔色が変わる。

「……風槍流、受け継いだ技術か。俺の斧にも手本となる兄弟たちがいた」

 武人としてのハンカイは悲しみを含んだ顔色だ。彼の歴史を少し聞いたが……。

 思わず目に涙が溜まるほどの悲壮な物語があった。

 ハンカイは幼い頃に氏族の中から特別に選出を受けて……。

 秘術賢魔師の特別な秘術系付与魔法エンチャントによって、体の三カ所に大地の魔宝石の移植を受けていた。それを聞いた時、まさか、ボンの家系と関係が……と、考えたっけ。更に、独立戦争で犠牲者が多かったハンカイのドワーフ氏族たち。

 ハンカイは、ラングール王国の特殊部隊を率いる羅将軍の立場ゆえに、友を大切な幼なじみを、見捨てなければならなかった戦場秘話。

 続いて、ベファリッツ大帝国のエルフたちと、己が正義だと思う者同士の戦争……。

 更に、数え切れない深い悲しみを、ただ、己の憎しみの糧として数え生き存えていくことしかできなかった、漸悟とは真逆の、気が狂うほどの想像を絶する地獄の期間。

 魔族クシャナーンこと、クナに騙されて魔迷宮に囚われていた時期の話だ。

 そんな苦しい地獄の生活から俺に救われた話。

 見知らぬ地上世界で生活するエルフたちの姿を見ては驚愕したこと。

 そして、ベファリッツ大帝国の生き残りである血長耳こと、【白鯨の血長耳】の闇ギルドの存在を知り、怒りと喜びが合わさった復讐心で身を焦がしていた話。

 その過去のしがらみ、拘りを捨て、恩義を重んじたハンカイ。

 同時に、言葉にできない悲しみを乗り越えてきた……確かな男の表情がそこにあった。

「……偉大な兄弟たちだったんだな」

「あぁ、何事も根本は存在する」

 ハンカイは少しだけ双眸を揺らす。

 自らの感情の縺れを〝自ら違うんだ〟と言い聞かせるように強く頷いて見せていた。

 思わずゴルディーバの里で訓練していた頃を思い出す。胸前に出した左手の拳に右手の掌を当てた。

 自然とアキレス師匠へと挨拶する際に使っていた動作を取っていた。

「それはラ・ケラーダ……という祈りの儀式か?」

「ラ・ケラーダとは違う。師匠に対する尊敬の意思を示す態度、仕草の一つ。挨拶みたいなものだよ」

「ほう、随分と、その師匠のことを尊敬しているようだ」

「あぁ、俺の基礎を作ってくれた。偉大な風槍流のマスターだからな」

「ふっ、そこまでか。正直、少し羨ましい間柄だな」

 ハンカイは視線を斜めに向ける。

 愁い顔を作ってから、先生らしい厳しい顔色に戻り、

「さぁ次に移るぞ。『鬼颪』は、ここからの動きが重要なのだ。戦場という乱雑とした場を生かす斧という武器を学んでもらおうか?」

「……奥が深そうだ。その一端を味わわせてもらう」

「おうよっ」

 ハンカイ先生の教え通り、トフィンガの鳴き斧を扱っていく。

「……シュウヤはすっかり訓練に夢中ね」

「ん、仕方ない。武術一筋三百年♪ と、シュウヤは笑いながら、お尻を突き出して、変な歌をうたっていた」

「あぁ、それね。精霊様がお尻の芸術が爆発です! と、興奮して水飛沫を中庭に撒き散らした時でしょう」

「そう」

「ミスティが、虹についての色彩論? とか、変な眼鏡を装着しながらプリズムを感じて黒い線が幾つも有るのよ? とか、吸収線かしら、魔力が作用して余計に複雑な三原色を超えた虹を作り出す精霊様は奇跡かもしれない? と、難しいことを呟いていた」

 レベッカとエヴァの声が聞こえてきた。

「ん、ミスティはエルンスト大学に留学できる」

「そうね。ところで、食材集めと金属加工は順調?」

「順調。最近は血獣隊が魔石集めで忙しいから、リリィたちと一緒のグループで活動している」

「そういえばディーさんとリリィさん。シュウヤが旅に出るから、この屋敷に挨拶しに来ていたけど……見た目の洋服が少し豪華に? 少し羽振りがよさそうな印象を受けた」

「実はアイスがヒット。いちごーんを使ったアイスが近所で人気。ん、あと、今度違うフルーツを試す! 農場を持つ専門のフルーツ商会と契約する話も出ていた」

「へぇ、エヴァも忙しくなりそうね」

「ん」

「わたしもがんばらないとなぁ」

「レベッカもクルブル流の拳術の稽古をサボらず、ちゃんとがんばってる」

「サーニャ師範とベティさんの繋がりもあるから、それに、クルブルではないんだけど、紅茶の仕入れ先であるラド峠からイワノヴィッチさんの絶剣流を習いにきている子がベティさんと知り合いだったの、不思議な縁だなぁと……そういう繋がりもあって、サボれないのよ。お菓子巡りで、新しいお店を発掘したいんだけど」

「あ、お菓子といえば……」

「いいって、クルミビスケットはまた買えばいい。限定版のお菓子はむりだけど」

「ん、ごめん」

 そのタイミングで斧を横に振る。円を描くように振り回す。

 斧刃の腹を太腿に当てて姿勢を正した。礼をしてから訓練を終了させる。

「……ハンカイ、少し休憩」

「了解、俺は続ける」

 ハンカイはアジュールに顔を向けていた。

 頷いてから踵を返し、レベッカとエヴァに足を向ける。トフィンガの鳴き斧をアイテムボックスに入れてレベッカとエヴァに微笑みを意識しながら、

「よっ、斧もさまになってきたかな?」

「まだまだね。槍の方が自然だと思う」

「ん、<念導力>と棒術&蹴技の近接戦で、わたしでも倒せるかもしれない」

「拳で語る蒼炎伝承者と魔導車椅子使いの言葉は厳しい……」

 レベッカ&エヴァの二人なら喜んでおっぱい負けを宣言しよう。

 「主人! いい斧使いの人材を警備兵に雇ってくれた」

 アジュールの声だ。嬉しいらしい。そのアジュールはハンカイと模擬戦を開始していた。

 環状の表面にぶつぶつと飛び出るように備わるたくさんの目玉たち。

 それぞれゴムが擦れるような音を立てつつ独立した感情を持つように蠢く。

「アジュール、ハンカイ先生は警備員ではない。あくまでも客人だ」

「――ハハハ、俺はシュウヤに命を救われた身、もとより忠誠を誓った身だ。この変わった頭部を持つ四腕剣術怪人の部下でも一向に構わんぞ」

 清々しい表情のハンカイ。アジュールの四肢に体幹を軸にした直進する動きと、左右に移動する歩法から四腕すべてを活かすような格闘術にすべて対応したハンカイ。

 ハンカイの羅将軍の名は伊達ではない。ドワーフ独自の歩法で間合いを取る。

 ハリネズミのように小回りを利かせた――。

 爪先を軸に回転をしながら――二つの金剛樹の斧を巧みに扱う。

 小さい全身を一つの戦道具のように動かしていく。

「二人とも凄い動きだ。そして、アジュールの部下ということでも構わない。しかし、俺のところに上も下もない。平等だ。生命、自由、幸福の追求は本人の気の向くままとなる」

「――また意味がありそうな言葉を……」

 ハンカイはアジュールの四剣を捌きながら語っていた。

「ハンカイさん、その辺りは慣れてください」

「ん、シュウヤの癖! けど……凄く感動することもある」

 傍で模擬戦を見ているレベッカとエヴァが笑みを含んだニュアンスで真面目風に大声で話していた。そんなことは無視。

 ハンカイとアジュールの動きから俺は閃きを得た。

「今の動きは槍に応用できそうだ」

 その場で、ステップを踏む。

「ンン、にゃあ」

 近くに来ていた黒猫ロロが鳴く。

「ロロも戦う動きに影響を受けたか?」

「ンン、にゃんお」

 すると、黒猫ロロは『そうだにゃ』というように後ろ脚で器用に立ち、猫パンチを空中に放つ。

「ふふ、かわいい。きっとハンカイさんのネズミのような動きで興奮しちゃったのね」

「ん、見て! 体勢を低くして獲物を狙う態勢。ハンカイさんが食べられちゃう?」

 本当だ。瞳孔が散大している。下半身をふりふりさせて尻尾を揺らしていた。

「……焼いた玉葱、天ぷらの玉葱は美味しいよな? いや、何をいわせる。ロロ! アジュールとの模擬戦を邪魔しちゃだめだ」

「ンン、にゃ、にゃ~」

 尻尾を揺らしていた黒猫ロロは耳をかわいく凹ませる。

 おりこうさんだ。自分が注意を受けたのを理解していた。

 虎のような野性味溢れる狩りの態勢を、途中で取りやめて、黒色のつぶらな瞳を向けてくる。そのまま俺の右肩に跳躍してきた。

 黒猫ロロ竜頭の金属甲ハルホンクの上に着地。

 肩の上をトコトコと歩いて――俺の顎に小さい頭をぶつけてくると、首の後ろに回った

相棒ちゃんは、背中のパーカーのような頭巾の中へと入った。

 尻尾が首筋に当たってくすぐったい。

「あぁ~ロロちゃん、可愛い~。頭巾の中に蟲でもいるの? 可愛いお尻ちゃんを見せているし」

「ん、ふりふりと尻尾を動かしている」

「ンン――」

「頭巾の中で興奮している?」

 もごもごと動いていると分かるが、相棒は爪を立ててきた。

「ロロ、背中に爪を立ててるだろう」

「ンン――」

「痛い。ハルホンクに、頭巾の中に穴を作ってるし」

 すぐに爪の穴は塞がるが、

「ンン」

 頭巾の中に上半身を突っ込んでいた相棒は喉声を鳴らすと、頭巾の重さが変わった。

 体重で分かる。頭巾の中で、もぞもぞと動いて、寝床を確保中のようだ。

「ロロちゃん、中で動いている?」

「あ、頭巾から小顔を覗かせてきたぁぁ……くぅぅぅ、カワイすぎるーーーー」

「ん、レベッカも猫にゃんにゃん化」

 エヴァが指摘するようにレベッカはどこかの兄弟マジシャンのごとく変な動きだ。

 その動きのまま俺の背後に移動するレベッカ。

 黒猫ロロの頭を撫でているようだ。レベッカの瞳は蒼くえていることだろう。彼女が細い手を振り上げるたびに、黄金色の髪の毛が揺れているに違いない。

 ハイエルフとは野生化しやすいのだろうか?

 仕舞いには、エヴァも肘を可愛く曲げて、自分の頬にぐーの拳を当て「にゃ?」とやり出していく……。

「ふふふ、エヴァっ子! カワイイーー」

 今度はエヴァに萌えだしたレベッカさん。そんな、まったりとしたやりとりを続けていると、ハンカイとアジュールの模擬戦が終わっていた。両者互いに好敵手を見つけたり、という感じに武芸者特有のニヤリとした微笑みを浮かべている。

 視線をぎらつかせながら丁寧に礼の動作を取ってから、武器の感想を述べあっている。 アジュールの得物は俺が手渡したランウェンの狂剣ではない。

 四つの武器ともにミスティ、エヴァ、ザガ、ボンが、工房で武器作り祭りを開催した際に作り上げた物だ。ハンカイは切り傷を負い疲弊していたが、満足気な表情だ。

 アジュールの表情は複雑怪奇だが無数の眼球の動きで、アジュールの感情は読み取れた。

 雰囲気で満足していると分かる。しかし、肩と腹に打撃を浴びて痛いのか右腕を力なく垂らし、左の下腕で脇腹を押さえていた。そんな痛がるアジュールには悪いが……。

 環状の頭部を注視。複数の目玉も疲弊を表しているのか?

 能力を使ったせいなのか? 不明だが瞼を閉じて開いたり、変な油の涙を流していたり、平行アースを示すような眼球があったり、くるくると逆に回る目玉があったり、遅く回る目玉があったり……と、それぞれに変化していた。面白い種族だ。

 

 アジュール警備隊長。


 皆もアジュールが気になるのか、俺と同じように興味深そうに見ていたミミを含めた使用人たち。気が利くミミを中心に使用人たちは穏やかに怪我をしたアジュールとハンカイにポーションを手渡していった。

 傷を癒やしたハンカイは金剛樹の斧を背中に戻しながらトコトコと歩み寄ってくる。

「シュウヤ! 環の怪人アジュールは素晴らしい剣士。風を感じる乱舞剣とカミソリのような蹴り技を放ってきた。影翼の四厳流のリーフとはまた少し違うが、独特の筋は、生半可なモノでは得られない技術があった!」

 ハンカイ先生、玉葱頭を揺らして大興奮。

 リーフとは、影翼旅団の女性猫獣人アンムルの名か。

 ハンカイは彼女と戦ったことがあるのかもしれない。

「ユイが倒した四腕の剣士。詳しい戦いは、知っているようにガルロ戦があったので見ていないんだ」

「だろうな。お前たちの戦いはしっかり・・・・と、俺の目に焼き付いているぞ」

 ハンカイは興奮から一転、真剣な表情だ。目元に二本の指を突き刺すようなジェスチャーを取りながら語っていた。頷いて、腕を広げるジェスチャーを取りながら、

「ユイから技を繰り出した話は聞いたが、どんな感じだったんだ?」

「互いに凄まじい剣撃を浴びて、軽い刀傷を浴びていったところから始まる。ユイは、素早い身のこなしから白銀色の双眸を輝かせ魔太刀を振るう。数合打ち合った。互いの剣術、魔刀術か、とにかく見事だ。ユイの一刀流も可憐だったが、リーフの右上腕からの<突き崩し>でユイは、胸を貫かれ蹴りの反撃を喰らい、胸に傷を作ったところで退いてな……」

 いいところで喋りを止めたハンカイ……間を空けてくるし。

「で、どうなった?」

「間合いが保たれて、互いに硬直した」

 なるほど、戦いの演出か。ハンカイは語り部に向いている。

「そして、その間を利用したのがユイだ。アイテムボックスから複数の魔刀を取り出し、それらの魔刀を地面に突き刺したのだ。これには驚いた。が、それはほんの序の口。突き刺した魔刀を両手に拾いながら前進し、その二刀を振るっては、スキルの鋭い突き技が、二刀流の本筋と思わせた瞬間――その二刀流すらも偽りフェイントだったのだ。これは、おったまげた。思わず、斧の柄を握ってしまった」

 二刀流がフェイント? それは知らない。

「そのユイが魔刀の一つを小さい口に咥えて、更に魔刀を手に拾うと、三刀流の白い靄のような魔力を全身に纏う剣術の使い手となった。相対していたリーフも四剣で下段と上段の打ち分けに巧みに対応していたのだが、避けるのに遅れた。軽い切り傷を体に受けた瞬間、その体の数カ所同時に傷が発生し、血飛沫が出た。そこからユイが、リーフの動きを超えていったのだ」

 三刀流……ユイなりの咄嗟のアドリブかもしれないが。

「シュウヤと同じ種族らしいが、浴びた血を吸収しながら体を捻る下段斬りを防がれても、構わず連続して回転を続けて速度を生かす戦術は、実に見事。その機動のせいか途中、背中から吸収していた血が綺麗な血翼に見えたな……白銀の双眸から漏れた白靄とその血が合わさり戦う姿は、まさに死神の剣士……圧巻だったぞ」

 思わず息を飲む。ユイVSリーフか。俺も見たかったが、それどころではなかったからな。

「そのユイを見かけんが」

「旅の準備だ。父の野望を、カルードの闇の吸血鬼ヴァンパイア伝説を手伝うらしい」

「分からんが、シュウヤの一族だ、それもありなのかも知れん」

 意味ありげに屋敷の中に視線を巡らせるハンカイ。

「どうした?」

「……色んな者たちがいるということだ」

「そういうこった」

 そのままリビングに戻る。ミスティが学校から、ネレイスカリを連れたヴィーネが市場から帰ってきたこともあり、世間話に移行。

 テンテンデューティーの仕入れの話やら……。

 新しく仕入れた〝古い魔女と新しい魔女たちと戦う魔術師たちの物語〟の本の内容から……北のゴルディクス大砂漠、オアシスを越えた雷状ヶ原の先について話を続けていった。


 ◇◇◇◇


 そんな日々を過ごす中でも、旅の準備は進めていた。

 まずは、貴重な運命占師カザネとの面談だ。


「シュウヤさんからの縁とは珍しい」

 カザネは寄せ襞が綺麗な紅の袴を身に着けていた。

「今日は聞きたいことがあってきた」

「なんでしょう。わたしが知ることならば、血星海月連盟を超えて、血星海月にアシュラー教団のアをつけるぐらいの気持ちでお教え致します」

 風音丸子。まる子お婆ちゃん。

 当然、皺が多い表情からは、冗談か本気なのか判断はできない。

「……それは合わないので、却下だ」

「残念です。それで、ミライではなく直接わたしとお話をしたいと伺っておりましたが、いったいどのようなご用件で?」

 まずは魔王の楽譜とハイセルコーンについて。

 この長いこと生きた婆さんなら、何か知っているかもしれない。

 魔毒の女神ミセアから聞いているが、一応、情報を仕入れておく。

「……魔王の楽譜の効果について」

「楽譜は楽譜で演奏できる者が限られているようです。専用の楽器も必要と聞きました」

「演奏できる者が?」

「えぇ、楽譜の見た目通り、あれは一種の呪品と同じ。使い手に精神力、魔力の高い素養が求められるようです」

 見た目は、確かに触れた瞬間に、呪われそうな楽譜だった。

 呪われることはなかったが、楽器のことも聞く。

「楽器とはどんな物なんだ?」

 ハイセルコーンの角笛のことは言わない。

「レグドリウィスの悪魔というヴァイオリン。使い手が謎の死を遂げて以来、そのヴァイオリンは神聖教会のとある一派に渡り、どこかの森に封印されたと聞きました。ハイセルコーンの角笛も貴重ですが、まず楽譜と違い、専用の魔法楽器は地下オークションにも出品されませんので、出回ることのない貴重なアイテムです」

 ハイセルコーンの名前は知っていたか。

「それら二つが揃い使用すれば、魔界の傷場に影響を与えて魔界へ進出できるらしいが……」

「はい。楽譜に対応した魔界の諸侯を呼び出す、または傷場を支配する諸侯との契約をせずに強引に入る、または傷場を支配する魔神と契約をして入るなど、季節が合った傷場に干渉し挾間ヴェイルを越えられる。と、聞いたことがありますが……まさかシュウヤさん、傷場に干渉し魔界セブドラへ? しかし、この辺りに傷場は、まさかベンラックの東に広がる樹海の挾間ヴェイルが薄い場所に……」

 カザネは迫力ある剣幕のまま、何かを想像して呟いていた。

 カザネの体からオーロラのような魔力が浮き上がると一瞬、背筋が寒くなった。しかし、魔界の諸侯を呼び出すや、契約せず強引に入る、季節が合った傷場とは、これらの情報は初耳か?

「……いつか、傷場から、その魔界に向かう予定だ」

「……き、傷場からですか」

「ある物を届けてくれと頼まれたからな」

 そう、三日月形の頭部の魔皇シーフォに一方的に託された形だが。

 そういえば、アジュールの環の形をした頭部に近いといえば近いのか?

 アジュールの出身は紺碧島ジェルグンラード。百の魔族たちが暮らす島と語っていた……これはあくまでも個人的な予想だが、その紺碧島ジェルグンラードは魔界セブドラと微かな繋がりを持ち、海に囲まれた地上世界の島というガラパゴス化の現象も加わったことが、環の頭部を持つアジュールのような生物が生まれ進化してきた要因かもしれない。

 魔素を伴った構造的進化論の枠組みを超えた超生物。

「魔界へ届け物とは……恐れ入ります」

 カザネの双眸が動き光彩が広がる。恐怖の顔色だ。

「先ほど季節が合った傷場という話があったが、楽譜と楽器を使うタイミングがあったりするのか?」

「傷場は季節ごとに、広がったり狭まったりすると“虚ろの魔共振”を研究している方から聞いたことがあるだけですね」

 師匠の話とアメリが盲目となる原因を作った神咎の話が脳裏を過ぎった。

「……ベンラック付近にあるといわれている?」

「そうです。光の十字森の丘、冥界、魔界、地上、精霊、神、星々、様々な関係から、原初の光が生み出され、モンスターを呼び寄せて、誕生させていると」

「知り合いに神咎で盲目になった子がいるからな、聞いたことがある」

「ご愁傷様です」

「いや、べつにいいさ。それより日本の〝梅〟という新食材を、この南マハハイム地方に広めたカザネでも、魔界に向かうような人材は聞いたことがないのか」

「そうですね。わざわざ傷場から魔界セブドラに進もうとする方なんて聞いたことがない。人の血を糧として生きている吸血鬼ヴァンパイアたちが、しおらしく見えるほどの人に取り憑くような幽鬼に……人だけでなく魔の魂をむさぼり食う魑魅魍魎の怪物軍団が……普通に暮らし、跳梁跋扈を繰り返している地獄の場所ですよ?」

「わくわくする」

 カザネは俺の言葉を聞いて虚ろな目となった。

「……ふふ、はは……」

 とオカシナ笑い声を発していく。大丈夫か? 大丈夫だぁ? と呪文を唱えたほうがいいだろうか。合掌!

「……でも、『盲目の血祭りを歩む混沌なる槍使い』の伝説はどこまでいくのかしら……わたしの<アシュラーの系譜>が及ぶ因果律を超えている槍使いと黒猫が、今後、どのような道を辿るのか……非常に、気になるところです。アドリアンヌ様からも縁を大切になさいと言われていたのですが、さすがに魔界までは……」

 カザネが素の感情を交えながら話している。

「さぁな。神々、アシュラーだろうが、ストーカーは嫌だ。ということで、ここまでだ。じゃあなカザネ」

「……はい」

 カザネは、皺の数からして感情の推察が難しい。

 しかし、寂しそうな残念そうな顔色だと判断できた。

 悪いが、そんなカザネと別れる。お婆ちゃんとはいえ、縁を望む彼女の気持ちはわかる。

 なんだかんだいってこの都市に長くいすぎた。

 そんな思いを胸に感じながら家に帰還。屋敷の中庭で使用人たちと一緒に洗濯をしていた血獣隊とそれを乾かしていた精霊ヘルメに声をかけてから二十四面体トラペゾヘドロンを取り出した。掌で二十四面体トラペゾヘドロンを転がしていく。

 ふと、空島の面をなぞる誘惑に駆られるが、我慢。

 ガラスの表面に指を置いた。それは十六面。迷宮世界の十天邪神の遺跡の内部に設置した鏡の場所だ。その面の記号の溝を指でなぞり、二十四面体トラペゾヘドロンが回転を始めて魔力が宙空に放たれる。一瞬、〝非地球的な生命体を象った奇怪な装飾〟が見えたような気がした気のせいだろう、面体がゲートの魔法を起動した。

「この中に向かうぞ、ついでに猫ちゃんずも出しておこ」

 と懐から取り出したアーレイとヒュレミの小さい猫人形を掌の中で転がしていく。

「はいっ」

「お任せを!」

「対邪神! ボクもがんばる」

 鏡の回収と狩りの予定だが、ボクっ娘サザーは、シテアトップと戦いたいらしい。

「ンンン、にゃ」

「サザー。我らは邪神とは戦わない」

 黒猫ロロが気合いを入れてサザーの声に応えてから……。

 光魔ルシヴァル唯一の蛇人族ラミアのビアが珍しくツッコミ役を担当していた。

 そのまま黒猫ロロと血獣隊を連れて、光り輝くゲートに突入。

 青白い薄靄が漂う部屋に踏み入れた。迷宮都市ペルネーテの迷宮五階層の邪神ルームに到着。ここは虎邪神シテアトップの領域だ。あいつは俺たちを見ているだろう。

 喜んでくれているに違いない。そんなことを考えながら、猫ちゃんズのアーレイとヒュレミを解放。

「……」

「ご主人様、何を見ているのですか?」

「星」

 微妙な嘘でごまかしながら、アーレイとヒュレミが走り回る様子を見ていく。

「主人、ここに星はないが――」

 ビアはツッコミ担当になったのか?

 手に持った伝説レジェンド級の魔盾セボー・ガルドリの表面を反対の腕に握った魔剣の腹で叩いている。さて、この十六面の鏡を回収しないと……。

「鏡を回収する」

 まずはアイテムボックスを弄る。真っ暗のウィンドウをアイテムボックスの表面に展開させた。それから十六面の鏡の本体、ゴシック調の飾り縁の部分を片手で掴んで持ち上げてから、右手首の近くにある真っ黒いウィンドウの中へ沈ませていく。

 この鏡は旅先で使うか新たな拠点用としてアイテムボックスに保管だ。

「――前にも話していたが、今、保管した鏡は全部で二十四個あるんだ。これを機会に順に説明していくから」

「はい」

「世界各地に移動できる素晴らしい魔道具……」

 虎獣人ラゼールのママニが呟く。

 羨望の眼差しを、俺の右手首の腕輪状のアイテムボックスへ向けていた。

 ママニの故郷は遠い東のレリック地方を越えた先だ。このパレデスの鏡と二十四面体トラペゾヘドロンに可能性を感じているのかもしれない。

「時空属性を持つご主人様だからこその魔道具です、あの魔法都市エルンストの八賢者ペンタゴン、エルンスト大学のパブラマンティも、その魔道具が齎す多種多様の魔道具に驚くことは確実でしょう」

 冷静に分析しているフー。なぜか、目尻に血管を浮き上がらせて、血が欲しいというような吸血鬼ヴァンパイア表情を表に出していた。そんな血獣隊の面々に鏡のことを説明していく。

 一面:現在地、迷宮都市ペルネーテの屋敷の寝室に設置した鏡。

 ペルネーテの屋敷に帰還する時用。

 二面:どこかの浅い海底にある鏡。

 海か湖か……。

 三面:ここから北の【ヘスリファート国】の【ベルトザム村】の教会地下にある鏡。

 昔、ルビアが生活していた教会。魔皇シーフォから託された三日月型の魔石。

 あれを魔界の【シーフォの祠】へ納めるのに……。現時点で、この鏡から、傷場が存在しているはずの魔境の大森林へ向かうのが、一番手っ取り早いルートだ。

 ロロディーヌがいるからこの鏡を使うかは微妙なところだが。

 傷場も傷場で、魔王の楽譜とマバオンがくれたハイセルコーンの角笛を使うタイミング、魔界の諸侯、と、色々とあるようだし……。

 魔毒の女神ミセアと運命占師カザネの言葉を思い出す。

 聖槍アロステの依頼もある。水属性の《水流操作ウォーター・コントロール》を覚えた際、天使のようなエルフの幻影が降臨し『嘆かわしい……イギルの歌を知らぬか……光神ルロディスと光精霊フォルトナから祝福を受けた聖戦士の名を受け継ぐ名だ』その後、聖槍アロステが浮かんで近付いてきた、その聖槍アロステを掴んだんだ。

『受け取ったな……この我の願いを成就した際に、お前に祝福が宿るであろう』

 とイギル・フォルトナーからの依頼を受けた、アロステの丘に、金アロステの丘にある聖なる場所に突き刺すだけなので簡単だと思うが場所がな、たぶん聖堂。今だと宗都のど真ん中かもしれない。宗教国家ヘスリファートは言わずとしれた魔族殲滅機関ディスオルテが存在する。聖王国で外交官のような立場の重騎士長クルード一行と、俺は一悶着を起こした。

 追跡してきたクルードを殴って放っておいたが……。

 そのクルードのような人材の巣窟が宗教国家だろうと思うので不安だ。ということで、アロステの丘に刺し戻す前に、聖槍アロステとやらを使うかな。

 光神系だから、闇系、幽霊系に対する特攻武器。魔槍グドルルを控えに回すとして……しかし、<闇穿>の闇属性を、聖槍の光属性の十字矛に纏わせて大丈夫なのだろうか? という考えを、かいつまんで皆に話していた。

「闇を払っちゃいそうですね」

「閣下の<闇穿>は威力が上がる効果もあったはず、闇がなくても大丈夫だと思います。聖槍アロステを使用し経験を積めば、いずれ<光穿>を獲得できるかもしれません」

「確かにありそうだ」

「ご主人様は宗教国家へ向かわれる予定なのですね」

「ンン、にゃー」

 黒猫ロロが俺の代わりに答えている。

「人族至上主義国家……」

 フーは恐怖の顔色。

「お前たちは留守番かもしれない」

「当然だ。主人についていくのもいいが、我は、この迷宮都市で修行を兼ねた魔石取りをしていたい」

「はい、獣人でさえ差別の対象になりえる国。わたしたちがお傍に居ては、いらぬ争いを招く原因となりえます」

 ママニの言葉に頷く。鏡の説明から脱線を始めたから、

「……次の鏡の説明に移る」

 四面:ここから遠い北西【サーディア荒野】にある鏡。

 バルミント&サジハリに会いたい時用の鏡だ。

 近隣には、魔人ギュントガンと戦った地域、迷宮の主のアケミさんもいる。

 魔人帝国ハザーン第十五辺境方面軍軍団長ギュントガン・アッテンボロー。ハザーンは、地下の世界に広がるアムたちが戦っている魔神帝国と関係があるのだろうか。

「ご主人様、その迷宮の主はモンスターを生み出せる存在なのですか?」

「そうみたいだ。迷宮核としての身体を持つアケミさん。司令室という場所で<創成>というスキルを使い、モンスター同士を掛け合わせることが可能だとか。その迷宮核を巡る争いがあるらしい」

「……魔迷宮とはまた違うのですね」

 虎獣人ラゼールのママニが呟く。

「うん、違うと思う。じゃ、次の鏡だ」

 五面:地下都市デビルズマウンテンのハフマリダ教団の部屋にある鏡。

 これはアムに会いたい時用の鏡。地下世界も広大。都市ごとに独立して、地上世界とも争いと繋がりがある魔神帝国。アムは魔神帝国と戦争中と語っていた。

 続いて、土に埋まった鏡群。

 六面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 七面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 八面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 九面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 十面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 十一面:ヴィーネの故郷、地下都市ダウメザランの倉庫にある鏡。

 ダークエルフ社会がどんな変移を遂げているか、気になるところだ。

 十二面:空島にある鏡。

 ここは、前々から突入したいとは思っているが、今は地上を優先しよう。

 十三面:どこかの大貴族か、大商人か、商人の家にある鏡。

 ここにふらっと入ってみるのもいいかもしれない。

 十四面:雪が降っている地域の鏡。

 たぶん北、遠い北。断章に記されていた巨人が棲息する地域か?

 一五面:大きな瀑布的な滝がある崖の上か岩山にある鏡。

 ここに突入して、魔力を多大に消費するが、<邪王の樹>と<破邪霊樹ノ尾>を用いて、別荘風の、ルシヴァル要塞を建築しようかな。

 十六面:現時点で、アイテムボックスの中に保管してある鏡。いつか旅先で使う予定。

 十七面:不気味な内臓が納まった黒い額縁に、時が止まっているような部屋にある鏡。

 ここも気になるが……。

 十八面:暗い倉庫、宝物庫のようなところにある鏡。

 十九面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十一面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十二面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十三面:土色、真っ黒の視界、埋まった鏡。

 二十四面:鏡がないのか、あるいは条件があるのか、ゲート魔法が起動せず。

 一通り、鏡のことを説明してから、邪神ルームから外に出た。

 皆で邪神像がそびえ立つ地下を通り、階段を上がる。

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