三百十五話 ペルネーテから、新たなる旅立ち

 雨が降るわけではないと思うが、錆びた色合いを見せる雨曝しの階段を上がる。

 邪神の遺跡寺院から外に出た。


 五階層の天気は前と変わらず。

 淡い光を放つ曇り空。匂いは湿り気を感じさせる。


「五階層で魔石集めですね」

「そうだ。旅に出る前に少しだけお前たちの狩りに混ざろうかと。だから、このまま荒野を進もうか」

「はいっ」

「主人、我が先頭だ! あの沸騎士には負けん」

ボクは、その後ろ!」

「ンン、にゃ~」

「ニャア」

「ニャオ」


 黒豹の姿に変身していたロロディーヌが、子犬を守るようにサザーの前に出る。

 相変わらず、母親気分か。

 そして、アーレイとヒュレミの大虎たちもロロディーヌの隣に立つ。

 サザーは急に現れた猫軍団に「アワワ」と変な声を上げて驚くが、華麗に身を捻る跳躍を見せる。

 と、アーレイの背中の上に乗っていた。


「――ロロ様に守られるのは嬉しいけど、ここは五階層。ボクだって、できる!」

「ふふ」


 サザーとアーレイの妙なコンビの姿を見たフーが、口に手の甲を当てて笑う。


 円の陣形を組む。

 全方位の警戒をしながら少し荒野を進む。

 すると、酸骨剣士クラッシュソードマン骨術士マジクボーンの群れが出現。


「ここは我の出番! キショエエエエエエエエッ!」 


 気合いの声を上げるビア。

 幅広の蛇腹を揺らして重戦車のように前進――。

 モンスターたちから注目を浴びて、遠距離から炎弾、近距離から剣の集中攻撃を受ける。

 が、鎧防具と魔盾でそれらの攻撃を難なく弾き返す。

 そして、接近した酸骨剣士クラッシュソードマンたちを太い蛇腹で轢くように吹き飛ばして蹂躙――続いて、猛々しい叫び声を上げたビア。

 

 丸太を振るうかのごとく、力強い腕の動きで、魔剣を振り抜く。

 一度に数匹の酸骨剣士クラッシュソードマンを薙ぎ倒していた。


 骨術士マジクボーンの群れには、地を這うように移動していたサザーが対処した。


 突如、小柄な獣人らしい低空なジャンプ。

 兎跳びのような機動から繰り出す華麗な飛剣流の斬り技が決まった。

 早々に骨モンスターの群れを全滅させる。


 次に現れた毒炎狼グロウウォルフの群れ。

 皮膚が爛れた狼。

 首の黒輪を上下に巨大化させて、いつものように真っ赤な炎を口から吐き出す。


 常闇の水精霊ヘルメがその炎を打ち消すように水の防御魔法を発動。

 大虎のアーレイに乗ったサザーと大虎のヒュレミが強襲前衛となって毒炎狼グロウウォルフを襲う。

 

 そのサザー&大虎たちの動きに少し遅れる形で――。

 フー、俺、ロロディーヌ、ママニ、ビアの皆で、遠距離攻撃を加えていった。


 ヘルメは防御魔法を繰り出し、攻撃を防ぐ。

 炎毒の攻撃を喰らいそうな前線のフォローだ。


「ぬぬぬ――」


 動きが鈍いビアは、前線に出ることができなかった。

 自らの行動が遅いことに苛ついている。

 が、着実に皆で協力して毒炎狼グロウウォルフの群れを殲滅。


 その途中で、戦いに飽きたロロ軍団。

 アーレイとヒュレミと一緒に魔石の回収をしているつもりなのか。

 魔石に、猫パンチを放つ。いや、転がして、途中からアイスホッケー遊びに発展。


 三匹の猫ちゃんたちは魔石の回収はしない。

 アイスホッケーか、猫ゲートボールの遊びに夢中になっていた。

 『にゃごあ』『ニャアァ』『ニャオ?』『にゃっにゃぁ』

 翻訳すると、『あそこがゴールにゃ』『ゴールすれば、お魚いっぱい?』『お肉いっぱい』『たべられるにゃ~?』『オイシイより、ころころが面白いにゃぁ』


 ……だろうか。


 が、猫たちの悪戯というか遊びに文句はだれも言わなかった。


 当然だ。

 ふとももが、もさもさ動いて面白いし、可愛いんだよ。

 

 そうして荒野で狩り&キャンプをしている他の冒険者たちの邪魔にならないように……。

 各自、コミュニケーションを取りつつ……。

 もさもさした太股の毛の鑑賞を続けながら……。

 ルシヴァル軍団俺たちは、モンスターを倒しつつ荒野を進む。


 やがて、絶壁を感じさせる二つの塔が並ぶ場所が見えてきた。


 すると……そこの塔、一階の入り口手前で、多数の冒険者の死体が転がっているのを確認。


 その死体に攻撃している死霊騎士デッドナイトの群れと、威風さを出している死霊法師デスレイが単体で浮いている。


「ご主人様、様子が……」


 ママニが、虎鼻をひくひくさせながら語る。


 生きている者はいない。

 あいつらの仕業らしい。


「閣下、あの数は……スタンピードでしょうか」


 ヘルメが全身の蒼と黝い色の葉っぱ皮膚をウェーブさせながら語る。

 ポーズは取らなかった。


「……少し数が多いな」

「塔の中にいる冒険者たちも、あれでは迂闊に外へ出ることは難しいかもですね」

「……骨の馬の嘶きが凄い音です」


 ママニとフーも死霊騎士デッドナイトの数の異常さに驚いているようだ。

 確かに、二十階層の森の一部が襲ってきたように感じた植物系のモンスター並の迫力だ。


 骨馬といい黒鎧の渋い死霊騎士デッドナイトさん。

 沸騎士のほうがカッコイイけど。


「ボク、ルシヴァルだけど怖い……」

「にゃんお」


 サザーを守る黒豹ロロさん。

 触手で羊の毛のようなモコモコの毛を撫でてあげていた。

 アーレイとヒュレミはサザーを押し倒す。サザーは悲鳴を上げていた。


 その微笑ましい様子を見てから、もう一度、闇のモンスターたちを見る。


 そこで閃いた。

 神槍ガンジスもあるが、ここは……。

 右手のアイテムボックスの表面を左手の指の腹でスマホの画面を弄るように操作。


 ピッポッパッと操作。

 ――聖槍アロステを取り出す。


「血獣隊&ヘルメ。アーレイとヒュレミも、この十字槍を試すから見学な」


 この十字槍は、まさに『突けば槍、引けば鎌』の武器。

 宝蔵院流槍術を習いたくなる。

 十字の矛を見ながら、黒猫ロロに視線を移す。


「にゃぁ」


 俺の厳しい視線を受けたロロディーヌ。

 即座に、黒猫の姿から神獣の姿に変身を遂げた。


 神獣の頭部は凜々しい黒豹に近い輪郭。

 首から数本の黒触手を生やして、その黒触手を風に靡く髪のように揺らす。

 八本の脚があるオーディーンの愛馬スレイプニルとは言わないが――。


 漆黒の神獣がロロディーヌだ。

 頭部が黒豹っぽくて、馬と獅子を掛け合わせた姿と言えばしっくりくるだろうか。


 ま、簡潔に神獣の一言で済むかな。

 ロロディーヌの背中に飛び乗った。

 ふさふさな背中の上に跨がる。

 股下の感触がやっこい。

 前橋、騎座、後橋、鞍尾といった馬具はないが――。

 この、ふんわりやっこい黒毛に、太腿から尻までフィットしているから、乗り心地は最高だ。


 そして、いつも通り目の前に来た触手の手綱を、掴む。

 その触手手綱の先端が平たく変化しながら、俺の首元に張り付いた。


 ロロディーヌの柔らかい肉球を首から味わいながら、感覚を共有していると、


「ご主人様の馬具のようなブーツの右上辺りに、紋様が浮いて輝いています」

「閣下が履いているのはアーゼンのブーツ。確かに、紅色で、蜘蛛の巣と竜が合体したような不可思議な紋様が浮いています……魔印関係でしょうか?」

「へえ……本当だ」


 皆の指摘を受けて、神獣ロロディーヌに乗りながら、体を横に倒すようにかがんで足下を覗く。

 本当だ。

 アーゼンのブーツの表面に紅色の印があった。


 相棒ロロの魔力を感じ取った?

 それとも、俺の興奮した心と魔力に反応した?

 

 元々?

 分からない。

 

 ま、今は戦いの場だ。


 ――聖槍アロステを斜め上に向けて持ち、十字矛を掲げる。

 ヘルメたちに戦う意思を伝えた。


「――ロロ、いくぞ!」

「にゃあぁ」


 まずは骨の馬に騎乗している死霊騎士デッドナイトだ。

 骨のランスを持ち、反対の手に四角い鉄の盾を持つ。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は使わない。


 ロロディーヌは四肢の大きな爪で、荒野を力強く捉えて突進。

 荒野の地に爪の痕が残り、土煙が舞う。

 神獣ロロデイーヌの四肢が躍動する。


 凄まじい速度だ。

 ロロディーヌの全身から魔力粒子らしきものが発生。

 その粒子効果かもしれないが、向かい風をあまり感じない。

 そして、粒子の外に飛び出る形の聖槍アロステの十字矛から、風、空間を切り裂くような眩い光線の軌跡が生まれていた。


 死霊騎士デッドナイトとの間合いは瞬時に零となる。


 視界が、まさに死をまき散らすかのような、ごつい黒鎧を着込む騎士の姿で埋まる。

 その黒鎧の胸に、聖槍アロステの十字矛をぶち込んだ!

 

 黒鎧の胸元を貫く、といった感触はあまりない。

 十字矛が黒鎧に沈むような感覚。

 その十字矛の刺さった胸元から十字の閃光が生まれ出た。

 死霊騎士デッドナイトは、くの字に折れ曲がりながら吹き飛ぶ。

 宙の位置で胴体が上下に分断し消えていった。


 死骸の残りカスから、大きな魔石が出現。


 俺は続いて、右斜め前の死霊騎士デッドナイトを視認。

 聖槍アロステを振るう――。

 死霊騎士デッドナイトは骨馬を動かそうとしているが、遅い。

 宙に半円を描く軌道の聖槍アロステの十字矛が死霊騎士デッドナイトの黒鎧の下腹部を捉えた。

 

 光が闇を喰うように唸りをあげる聖なる十字矛。

 またもや、抵抗感なく黒鎧を斬り裂いた。


「ウグォォォ」


 体を捻りながら吹き飛ぶ死霊騎士デッドナイト

 切断された胴体から眩い五条の縞栗鼠的な蒼い光を発生させながら塵となって消えていく。


 消えた荒野の上に転がった真新しい大魔石が見えた。

 光属性のせいか、強力すぎて感触があまりないことが玉に瑕か……。


 しかし、聖槍アロステは強力な光属性武器だ。

 つうか、ロロ――。

 走りすぎだ。敵の群れを追い越した。

 ――戻れ。


「ンンン」


 馬か獅子にも近い神獣ロロディーヌは喉声を鳴らす。

 次の標的である死霊騎士デッドナイトへと向かおうと頭部を横へ傾けた。


 相棒は走り出す。

 がっしりとした骨太の肩と繋がる大きな筋肉が張った前足で、地面を捉えた。

 そして、飛節のある後ろ脚で、地面を強く蹴る。

 爆発的な加速の前進。

 

 土煙を起こしながら走ると、途中で、器用にも減速をあまりせず、荒野を曲がる。

 曲がりきったところで、再び死霊騎士デッドナイトの群れが視界に映った。


 死霊騎士デッドナイトたちは身構える。

 さすがに、俺と相棒の派手なランスチャージと薙ぎ払いを見せたせいだろう。


 死霊騎士デッドナイトは骨馬を操作し、散開。


 散る戦術は正解だ。多数の冒険者たちを亡き者にするだけの知恵はある。

 だが、俺には飛び道具があるんだな。


 渋いモンスターたちの動きに感心しながら――。

 魔法と<鎖>を使っていく。


 《氷弾フリーズブレット》を無数に生み出す。


 その魔法はあまり効かない。

 だが、牽制にはなった。間髪容れずに<鎖>を射出。

 死霊騎士デッドナイトを<鎖>で突き刺す。

 <鎖>を絡ませた死霊騎士デッドナイトを手元に引き寄せてからの――。

 振るった聖槍アロステで、その死霊騎士デッドナイトの胴体を薙ぎ払う。


 相棒のロロディーヌも胴体の横から複数の触手を射出した。

 扇子がまとまっているような形だった触手群――。

 その扇子を広げるように左右に展開していくさまは凄まじい。

 遠距離、中距離の位置から、骨馬と死霊騎士デッドナイトたちを串刺し。

 

 そのまま、宙に持ち上げて団子状態となった。


 その刹那――。


 神獣ロロディーヌは細い線の高熱の炎ブレスを口から吹く。

 宙に浮かせた死霊騎士デッドナイトたちを個別に、ピンポイントに蒸発させた。

 こうして、死霊騎士デッドナイトを確実に倒していった。


 しかし、最後の死霊法師デスレイは少し違った。

 黒い光線と礫の魔法を、的確に俺とロロに対して飛ばしてくる。


 急ぎ神獣ロロディーヌから跳躍――。

 迫る飛び道具を避けた。

 無理な体勢だが、構わず、宙で<導想魔手>を発動。


 歪な魔力の手を足場に利用――。

 空中を跳ねる機動で迫った礫の魔法を避けていく。


 礫の魔法を避けながら――。

 視界に死霊法師デスレイの姿を捉えた。

 やけに反撃の質が高い。

 と、よく見たら、ねじれ杖の大きさと骨型頭部の色合いが、前と少し違う?


 もしや、死霊法師デスレイの亜種か?

 と、疑問に感じながらも――。


 その死霊法師デスレイの下へ空中から近付いていく。


 頭上に移動したところで、聖槍アロステを握る両手を頭上から背中側へ伸ばす。

 大上段の構えだ。体躯を逆海老型のように捻り力を溜める。

 そして、力を溜めた大上段の構えから、曲げていた背筋を前に押し戻す――。


 勢いよく振り下げた聖槍アロステを死霊法師デスレイの頭蓋に向かわせた。


 死霊法師デスレイは魔力を帯びたねじれ杖を素早く頭上に掲げて反応。

 ――この反応速度、やはり亜種か。

 が、俺の聖槍アロステの十字矛は、死霊法師デスレイが持ち上げた、そのねじれ杖ごと、死霊法師デスレイの頭蓋を真っ二つ。


 死霊法師デスレイの衣と、胸半ばまで斬った。

 その頭部を失った死霊法師デスレイの体に蒼い亀裂が入る。

 すべての亀裂に光が満ちた瞬間、幾筋もの縦縞模様の閃光が翔けていった。


 強いバージョンの死霊法師デスレイは儚く消える。

 そんな死霊法師デスレイが倒れる様子を見つめるロロディーヌ。

 どこか大人びた神獣ロロディーヌの姿だ。


 頭部を上向かせた。

 首元の毛と、触手の群れが、くるりふわりと揺れていた。


 すると、


「にゃごおおおぉん――」


 荒野に声音が力強く響くように吠えていた。誇らしげな獣声。


「ニャァァァ」

「ニャゴォォン」


 アーレイとヒュレミも吼える。


 俺と血獣隊は、その獣たちの声を聞きながら魔石の回収をしていった。

 こうして塔の下の安全は確保。


 さて、俺は帰るかな。

 アーレイとヒュレミを陶器製の人形に戻して懐に保管。

 側に戻ってきた神獣ロロディーヌに乗り込んでから、皆に視線を向けた。


「そろそろ俺は帰る。ヘルメ、戻ってこい」

「はいっ」


 左目にヘルメを収納。

 そのまま虎獣人ラゼールのママニを厳しい視線で見つめる。


「零八血獣隊隊長ママニ」

「はっ」

「今後は、眷属たちの意見を聞きながら自由に過ごせ」

「ありがとうございます」


 隊長ママニが代表して、俺に頭を深々と下げていた。


「我は魔石収集がしたい」

「ボクはロロ様とご主人様とママニに従う」

「ママニ、エヴァ様のお手伝いを時々しながら、魔石収集ですかね」


 その様子に頷いてから、


「じゃ、何かあったら血文字で連絡を頼む」

「了解です」

「――にゃ~」


 黒馬か黒獅子と似たロロディーヌが、サザーに別れの挨拶をしてから、前進を開始。

 ゲートは使わず普通に帰るように荒野を駆けた。


 五階層の歪な水晶の塊のあるエリアに近付くと、馬獅子から黒猫の姿に戻った相棒。

 ここの周りも前と変わらない。

 魔法の光源があちことに浮かぶ。

 

 冒険者のクランかパーティの一団たちがキャンプを設営して休憩を取っている。


 彼らの見定めるような視線を感じながら、中央にある水晶の塊に歩み寄った。

 何事も起こらず――。

 水晶の塊に指を当てた。


 そのまま「帰還」と言葉を発して――。

 地上の水晶の塊にワープ。


 迷宮の入り口、正八角形の円形の建物に戻ってきた。

 縦に吹き抜けがあり灰色のタイルの壁に囲まれた空間。


 黒猫ロロは天井の吹き抜けを見ている。

 目の前の大きな水晶の塊の周りには、冒険者たちの列があった。


 しかし、巨岩が支える水晶の塊を触って言葉を発すれば……。

 すぐに迷宮内部へ飛ぶ、ワープして冒険者たちは消える。


 だから列はすぐに消化されていった。

 それを横目に、八角形の建物の出入り口から外へ出た。


 ――遠距離型の偵察ができる方、【不敵な勇者】のパーティに入りませんかぁ~。

 ――トセリアという名の失踪した人族を探している。

 ――東部戦線に異状あり、同時に不吉な怪鳥たちが出現したようだ。


 第一の円卓通りの喧噪を耳に感じながら歩みを続けた。

 途中、円卓通りを右に曲がって、路地に入り、シャナが仕事している俺が泊まっていた宿に寄ろうかな?


 と思ったが、止めた。

 普通に円卓通りを抜けて武術街へ向かう。


 通りで、ドワーフの女を見かけた。

 彼女はクラゲ祭りの時にも居たような……。


 視線が合うとマントで体を隠すように柱の陰に消えた。

 謎だ。

 頭にカウボーイハットをかぶり、肩と腰に剣を装着した戦士。

 蒼い鱗皮膚の鱗人カラムニアンを見かけた。


 武芸者の方だろう。

 話しかけることはせず、屋敷に帰還。


 大門から中庭を覗くと、アジュールとハンカイが訓練を行っていた。

 アジュールは二本の剣のみ、ハンカイに合わせたようだ。


 その様子を見ながら、植木コーナーに向かう。

 ヘルメに水でも撒くか? と聞こうとした時、使用人たちから話しかけられた。


 千年植物の歌声をバックに「ベティさんから新しい紅茶セットを頂きました」と報告を受けていく。


 続けて、メイド長イザベラと副メイド長たちにミミを含めた使用人たちと一緒に環投げをしながら遊ぶ。


 環投げはヘカトレイルの子供たちが遊んでいたものと同じだった。

 どうやらこういった遊びがあるらしい。

 一通り環投げ競技で遊んでから、使用人たちとハイタッチしながら別れる。


 中庭を散歩していると訓練を終えたアジュールが暇そうに呆けていたのを発見。

 よく見たら、小鳥たちを眼球たちが追い掛けていた。

 それはそれでメルヘンチックで、絵になったが、そんなアジュールを厩舎前に連れていった。


 そのアジュールに、ポポブムを紹介。

 早速そのポポブムに乗ったアジュール。

 が、いきなり振るい落とされた。


「我が落とされた! なんという魔獣だ」

「プボプボッ!」


 ポポブムの法螺貝に反応して、環にある目玉たちがぐるぐる回りながら話す様子は面白い。


 そこに猫軍団たちも加わり、黒猫ロロとアーレイ&ヒュレミたちとポポブムの上に乗りながら、まったりと過ごす。

 そんな折、オークションで買った神魔石を試そうと思ったが……。

 それは旅先に回そうと試すのを止めた。

 黒猫ロロさんのマッサージを優先。

 喉から聞こえるごろごろ音を楽しんでいった。



 ◇◇◇◇



 次の日、朝っぱらから、零八血獣隊の副長であるママニから、塔の中にある中部屋を占拠している【恐道リブキー】という冒険者クランと争いを起こし無事に撃退したと報告があった。

 その報告を受けて、守護者級の争いも含めてあまり無理をするな。

 宝箱は魅力的な話だが、有名どころの冒険者クランとの争いや、鍵開け技術を持つ仲間がいないから頂上には向かわないでいい。


 と、血文字で指示を出していく。


 今日はそんなやりとりをしていたせいもあって、師匠と過ごして以来、無理な日以外は続けている日課の訓練をしてない。


 体が武術を欲して、疼いてくるが……。


 たまには、まったりとリビングで過ごすのもいいだろう。

 と、精霊ヘルメとハンカイ、そして、寝ている黒猫ロロたちと一緒に、モーニングの雰囲気を楽しみながら、香りがいいテンテンデューティーを飲んでいく。


「この、テンテンとやらは腹に染みる。小さい粒がたくさんあり、見た目がアレだが、実においしい飲み物だ。昔、王族からプリトクとアセントの超実を混ぜた飲み物を頂戴したことがあったが、それを超えている。是非、開発した人物と直に話をしてみたいもんだ」

「止めておけ、初対面のヴィーネに変な薬を飲ませようとした非常に怪しい男だ。ハンカイなら何も起こらずに、大丈夫だと思うが」

「あのダークエルフか。だが、シュウヤの部下を拉致しようとするとは、笑える男ではないか。斧で頭をかち割って、いや、この素晴らしい飲み物を生み出した男か……」


 ハンカイも俺と同じ結論に至ったらしい。

 こんなおいしい飲みものを開発する男。


 他にも色々とうまい物を世に送り出すかもしれない。放っておこう。

 そのうち、ヴィーネが殺しちゃうかもしれないが。


 さて、今日はユイが帰ってきたら……。

 ネレイスカリを連れてレフテンの南、伯爵さんの領土に向かうかな。


 その旅の準備を整えたユイは、「父さんは父さんでお礼をしていたけど、わたしも、闇ギルドの仕事をくれたメルたちに感謝しているから、レベッカがお勧めするお土産群を買ってプレゼントしてから、感謝の言葉と共に別れの挨拶をしておきたい」


 と、語り、お菓子大王レベッカと一緒にショッピングをしながら、最近流行のマロン系のお菓子を買ったのかわからないが、月の残骸の事務所へと向かっている。


 そして、数日前、その元暗殺者とは思えない律儀なユイたちとのいつもの訓練の合間に、ベイカラ教団についても何回か話し合っていた。


 個人での移動はリスクがあるんじゃないか? と、


 ユイは、「そんなことを言っていたら何も進まない。この間戦った四厳流のリーフとの一戦から多くを学んだの。まだまだ刀を扱う技術が未熟だと思い知らされた。<暗片々>は通じたけど、<暗羽>は軽く捌かれたからね。少しショックだったけど、いい勉強にもなった。だから、リスクを承知で強くなるために行動しないと!」と、力強く語っていた。


 だから、ユイは西へ向かう。

 ハンカイから聞いた勝利した内容とは少し違うが、優っていない部分を強調しているところは、非常に好感が持てる。

 <筆頭従者長>という眷属の力を手に入れているユイだ。

 驕らずに、俺と同じく、武術を高めようとしているってことだしな。

  

 ユイとは少し離れることになるが……俺には黒猫ロロがいる。


 と、寝ている黒猫ロロを見ていった。

 丸くなって寝ている姿はかわいい。

 撫でたくなったが、観賞に留めた。


 俺もネレイスカリを連れてのレフテンへの旅だ。

 ヘカトレイルも近いので、キッシュにも会いにいこう。

 バルドーク山のパノラマをバックにした透明感のある美しいキッシュの笑みを思い出していると、その彼女のいい匂いが漂った気がした。


 そんな思い出を心の奥底に流し込むイメージで、テンテンを飲みながら、そろそろ体を動かすか――と思い立ち、


「ハンカイ先生、ユイが帰ってくるまで、また頼む」


 ユイが屋敷に帰ってくるまで斧の訓練をやろうと思う。


 ハンカイは俺の言葉を聞いて眉間を寄せる。

 あれ? 訓練がいやなのか?


「……なぁ、先生はやめてくれ。シュウヤがそれを言い始めてからというもの、ここの使用人たちから玉葱先生と呼ばれて困っているのだ」

「ぶはっ」


 ハンカイの言葉に思わず飲んでいたテンテンデューティーを吹き出した。

 目の前で浮いていたヘルメの頭に紫色の液体が掛かってしまう。


「閣下、テンテンが勿体ないですよ」

「ごめん――」


 <生活魔法>の水でヘルメの頭を洗ってあげていく。


「ふふっ、閣下の水は気持ちいいですー。もっとお掛けになってください」


 ヘルメは俺がちょろちょろと出している<生活魔法>の水を浴びながら語る。

 彼女は恍惚とした表情に変化しているので、気持ちがいいらしい。

 俺には水神アクレシス様の加護があるからだろうか。


 このままだと……変なあえぎ声を出してきそうなので、ヘルメの頭部に付着した汚れも落ちたのを確認してから、<生活魔法>を止めた。


「……終わってしまいました」

「変なことをいってないで、中庭にいくぞ」


 すると、机の上で寝ていた黒猫ロロが、俺の声に耳をぴくぴくと動かして反応。

 おもむろに起き上がる。


「ンンン――」


 喉声を出しながら『起きたニャ~』というように両前足を前方へ出して背筋を伸ばす。

 背筋を気持ちよさそうに伸ばした黒猫ロロさん。


 そのまま「ンン」と短く『先にいくニャ』という感じに喉声で鳴いてから机の上を、黒豹のごとくしなやかに走る。

 机の端を両脚で蹴り、出入り口へ向けて、華麗に跳躍した。


 足裏の肉球で柔らかく着地した黒猫ロロさん。

 気品を感じさせる走りで、リビングを駆け抜けて中庭へ向かう。


 姫様と散歩しているエヴァ&ヴィーネがいるポポブムのところかな。


「相変わらず、速く美しい神獣の猫だ」


 椅子から降りたハンカイが呟く。

 黒猫ロロの後ろ姿に魅了されたらしい。


「……俺たちもいくか」

「ふむ」


 皆で中庭に向かう。

 やはり黒猫ロロは、姫のネレイスカリとエヴァとヴィーネのところだった。

 ネレイスカリはすっかり魅了されたようで、厩舎前で寝転がってお腹を見せている黒猫ロロに対して、両膝で地面を突いてから……。


 なんとも言えない声音を上げて挨拶している。

 あの柔らかい腹をマッサージしたいようだ。


 既に解放していたアーレイとヒュレミの猫ちゃんズは、法螺貝の鳴き声を出しているポポブムの後頭部を奪い合う喧嘩をしていた。


 猫パンチを互いに打ち合う姿は可愛い。


 そんな奪い合いから視線を外して、中庭から大門に目を向ける。

 すると、アジュールが大門の前で、仁王立ち。

 目玉が無数にある環の頭は目立つ……が、彼は警備員として真面目に仕事中だ。

 そのアジュールは買い物に向かう使用人と話している。


 きっと、「護衛は必要か?」とか聞いているに違いない。


 そのまま中庭の工房に視線を向ける。

 ミスティは外出中だ。もうすぐ帰ってくるだろう。

 彼女から愚痴のように聞いている学院の武術指導の件は、またいつか。と先送りにした。


 肝心の魔導人形ウォーガノフ作りも順調。


 ムンジェイの岩心臓とベルバキュのコアの金属の結晶の塊と粒々を、魔導人形ウォーガノフの新しい心臓の管の中に流して青白い液体とそれら素材がスムーズに絡まるように進化した。

 『不整脈的な動きもあってまだまだ不安だけど、稼働効率が上がったの』


 と、ミスティは語っていたが、あまり理解できなかった。


 更に、白い金属の骨格と関節も真新しかったなぁ。

 

 あれは……素人の目でもわかる。

 無骨だった前とは違う。

 形とすべての部品が洗練されていた。


 ザガが話をしていたように、コーンアルドの部位の小型化にも成功しているような感じだった。


 ミスティ曰く、


『携帯化と外骨格の強度は順調だけど、問題は命令文のところ。工房にある魔高炉では、前に話したように難しい部分があるの。でもね、他の部分の改良がその分、余計に進むから別にいいのよ。それに、魔高炉の件は、兄貴が使用していた特別そうな物で代用ができるかもしれない』


 と、生粋の研究者らしい言葉が続き、


『その、新魔導人形ウォーガノフの携帯化の件だけど、アーレイとヒュレミに使われている<古代魔法>の技術を少しだけ参考にして、わたしができる部分だけを取り入れてみたいの。だから、小型化はある程度はできてるから安心して。学院のほうも、エロ校長爺から休暇をもらってあるし、コネもある。他にも講師の人材ならいくらでも見つかると思うし、ま、エロ校長爺のツボは心得ているから、その辺は任せてよ。あ、魔霧の渦森まで案内をよろしく』


 そんな調子で、ビア並に早口で語りながら羊皮紙に何かメモを書いていた。

 学院のエロ校長爺の存在が気になったが、俺はその時、彼女の書いている用紙を確認していた。


 そこには……『糞、糞、糞』と、しっかりと彼女の口癖が殴り書きされているのを見て、少し安心した。


 だから、今度、兄貴のゾルの屋敷に案内する。

 そのミスティは、


『暫く、兄貴の部屋に籠もって素材が残っていたら研究を続けたい。アイテムボックスに魔高炉の部品を幾つか入れて運ぶつもりだけど、兄貴が過ごした場所が少し気になるのよね。単に隠れやすいだけで、あの兄貴が選んだとは思えない。魔霧の渦森を選んだ理由、森の内部に封印された古い神々の力とかが、あるのかもしれない』


 と、神妙な顔付きで語っていた。

 そんなミスティとの会話を思い出していると、


「おぉぉ、美味だ。内部から活性化していく……ぬお? 腹の魔宝石が少し回復した! 大地の魔宝石が……テンテンのジュースも合わさっての効果だと思うが、精霊様、素晴らしい!」


 確かにハンカイの腹の部位が光っている。

 千年植物の実で、魔力を回復させたらしい。


「ハンカイ。それは閣下の新しい訓練相手として過ごしている特別なご褒美です」

「ルラァァァ~、精霊ィィ、セッカクフエタ、オレノ、ミィヲ、カッテニトルナァァァ~」

「その植木が、なにやら叫んでいるぞ。大丈夫なのか?」


 ハンカイが心配そうな視線を寄越しながら聞いてきた。


「大丈夫。気にするな」

「そうです」

「チチィ~ダイジョウブゥ~。オレノゥ~アイハ~ソレハァ~チチィ~ダケェ~」


 ヘルメは俺の言葉を真似するように歌い出した千年植物を片手に持つ。

 水飛沫を発生させながら植木コーナーへ向かう。


 その間に、トフィンガの鳴き斧をアイテムボックスから取り出した。


 両手に斧の柄を握る。

 左手の斧を縦に振り下ろす。

 右手の斧を斜めに上げるというハンカイ先生の教え通りの『蟹颪』の基本を繰り返した。


 すると、ネレイスカリ&エヴァと世間話で盛り上がっていたヴィーネがアイテムボックスからポーションが大量に入った箱を取り出して、それを胸に抱えて近付いてくる。


「訓練ですね、一応ポーションをご用意しました」

「さんきゅ、ヴィーネ」

「……」


 ハンカイはダークエルフのヴィーネに視線をチラリと向けるが、言葉は発せず。

 両手に持った金剛樹の斧を振り回して、左手を下段に、右手を上段に構える。


「シュウヤ、準備はいいか?」

「いいぞ」


 金剛樹の斧刃からの光の反射が眩い。

 ハンカイは柄の握りを変えて、斧刃の位置を調節。


 そして、斧刃から反射した太陽光を俺の双眸に当ててきた。


 その直後――咆哮を上げて吶喊してくる。

 軽い牽制、目潰しからの連撃。

 金剛樹の斧を横から振るい、俺の胴を抜こうとしてくる。

 俺は左手に握ったトフィンガの鳴き斧を斜め下へ伸ばし、迫るハンカイの斧へ、鳴き斧の刃をぶち当て初撃を防いだ。

 

 金属の不協和音が響く。

 ハンカイは続けて体を捻りながら反対の手で握る金剛樹の斧を下段から持ち上げるように振るってきた。

 

 一旦、後退――。

 間合いを保つフリを作る。

 魔闘術を足に溜めてから、再度、石床を蹴り前進した。


 型を変化させた右手のトフィンガの鳴き斧をハンカイに向けて振り下ろす。


「――蟹颪から、鬼颪の型の応用だな。いいぞ! 斧の扱いは手慣れてきている」


 ハンカイは、俺の繰り出した振り下ろしの斧刃を見ながら語る。

 そのまま、笑みを携えた顔を浮かべながら、半身に、体勢をずらして、横合いから金剛樹の斧を振るってきた。


「それはどうだか――」


 俺は左手に持ったトフィンガの鳴き斧を、盾に見立て縦に置く。

 ハンカイの金剛樹の斧刃と、俺のトフィンガの斧刃が正面からぶつかった。


 斧と斧の衝突地点から火花と共に衝撃波が発生。


 俺は金剛樹の斧刃を受けきったところで、トフィンガの鳴き斧の柄を掌の中で回転させる。

 視線で下段を狙うフェイントを交えながら、もう一度、トフィンガの鳴き斧を振り下ろす。


 ハンカイの肩に当てるイメージだ。

 くぐまる体勢となったハンカイは、鬼のような形相で、


「甘いァ――」


 と、叫びながら海老のように背と腰を内側に折る。

 そして、片手に持った金剛樹の斧を肩に抱えてしゃにむに吶喊してきた。

 俺が振り下ろしたトフィンガの鳴き斧の刃を、自らの右肩に乗せた金剛樹の斧刃へとタイミングよく衝突させている。

 ハンカイは小さい背を利用するように前進。

 衝突させた俺のトフィンガの斧刃が、金剛樹の斧刃の上を滑っていく。

 そのまま火花を発生させながら、俺の懐に潜り込んできた。


 ――速い。

 ハンカイは左肩を突き出し、打撃技を俺の腹にぶち当ててきた。

 衝撃と痛みも味わいながら、石床の上をアーゼンのブーツ底を滑らせるように後退。

 転倒はしなかったが……。


 俺はやはり斧使いとしての実力は低い。


「……素人とは思えない斧の扱い。だが、まだ間合いの調整がいまいちだ。そのトフィンガの鳴き斧とやらが、いているぞ」


 洒落か。


「そうかもな」


 そこから斧と体術を交えた打撃戦が始まる。

 ハンカイ先生を、何回も石畳の上に転ばせることはできた。

 しかし、斧の細かな技術は学べるが……。


 専門のスキルはそう都合よくは身に付かない。


「ただいまー、相変わらず訓練ね」


 ユイだ。俺はハンカイに視線で訓練を止めると合図。

 ハンカイも頷いて、背中に金剛樹の斧を仕舞っていた。


 踵を返して、軽い手荷物を床に置いたユイの下に走り寄る。

 大門近くで門番をしていたアジュールがユイに向けて頭を下げていた。

 

 そのユイの上半身は黒を基調とした戦闘服にムントミーを合わせた衣装だ。

 そして、羽織った渋い外套は昔の姿に似ていた。

 下半身は白桃色の肌を僅かに露出したガーターベルトっぽい防具を装着。

 真新しい脚甲が似合う。

 足の防具を見ると、初めて見た頃を思い出す。

 そのユイに、


「ユイ、レベッカは?」

「紅茶売りの仕事。別れ際に、ユイとシュウヤたちと離れちゃうのは寂しいけど、どこにいたって、愛があれば天国。だから、必ずまた再会できる。血文字もある。あと、なんだかんだいっても、皆は一つだって分かってるから。案外、すぐに合流って感じでしょう? と、涙を溜めつつ笑顔で語っていた。珍しく、わたしに抱きついてから……ベティさんのところに戻っていったわ。わたしは、うん。そうかもね。と告げて別れた」

「そっか」

「うん。準備は調えた……ミスティと話をしていたゾルの家、昔を思い出して一緒にいきたかったけど……わたしはわたしの道がある。だから、父さんを追いかける」


 ユイ、決意は変わらず。


「分かった。何かあったら連絡をしろ」

「お互いに、ね――」


 ユイは笑みを浮かべてから、俺に向けて跳躍し抱きついてきた。

 ふわりと風に乗ったように軽い体のユイ。


 両手でしっかりと抱きかかえる。


 ユイは抱擁。

 俺に体を委ねるように密着させてきた。

 その際に、彼女のいい匂いが鼻腔を通り抜ける。


 深呼吸しながら、思わず、ユイの細い項へキスをしてしまった。


「……くすぐったい。でも、このシュウヤの匂い……忘れないんだから」


 その声は風に漂う小鳥の毛のように柔らかい。


「……俺もだ」


 そのままユイを強く荒々しく抱き締めた。


「あぅ、強いよ……シュウヤ」


 少女のように震えたユイ。


「ごめん」


 ユイは肩に寄せていた小顔を引いて、黒い瞳で健気に見上げてきた。


「ううん。痛い・・けど、シュウヤの思いは伝わった。でも、寂しい……」

「寂しさなんて、旅をしていれば風が吹き飛ばしてくれるさ――」


 俺は微笑んで喋っていると、突然、ユイが、キスしてきた。

 相変わらず、柔らかい唇の感触。

 だが、彼女は目尻から涙が一筋すっと流れていた。


 唇を離すと、意地悪な笑みを含んだ目つきを寄越してくるユイ。


「女たらしの、そのムカツク・・・・唇を逆に奪っちゃった」

「はは、ムカツクか。強がって――」


 愛しさに人目も忘れて、しばし抱擁したまま時を過ごした。

 そして、互いに満足してからユイの体を優しく床に下ろす。

 彼女は口元に穏やかな笑みを浮かべていたが、その双眸の黒い光彩の中に一瞬だけ悲しみが現れた気がした。


「またね。皆も――」

「おう」


 ユイは涙を隠すように素早く反転。

 背中を見せて駆けると、大門の上に跳躍。

 姿を消していた。


「ユイ、速いですね」

「あぁ」


 ヴィーネが俺の顔色を見て、何か、気持ちを察してきたのか、側にくる。

 魔導車椅子に座っているエヴァも隣にきてくれていた。


「ん、いっちゃった。でも血文字で連絡するから寂しくない」


 ヴィーネとエヴァは視線を合わせると頷く。


「はい、剣術がどこまで伸びるか見物です」

「ユイの去り際の声が聞こえましたが、もう旅に?」


 側に来ていたヘルメが寂しげな声で話す。


「そうだ。ヘルメ、俺たちもミスティが帰り次第、東へ向かう、来るなら目に来い」

「いきますー」


 スパイラルしながら左目に納まる精霊さん。


「……シュウヤ、旅のお土産を期待しているから」


 エヴァはペルネーテに残るので声のトーンは低い。


「おうよ。この間の地下オークションで手に入れた金属はどうなんだ?」

「不思議な大きい金属は一部を溶かして杭のような武器にした。緑皇鋼エメラルファイバーの武器と合わせて使う予定。ミスティも一部だけ切り取って本格的な研究をしてから、素材として研究して、弄る! と血を出しつつ興奮して話をしていた。怖かった」

「そう! 一部ね。あの紋様、実は未知の小さい生物で、違う金属と合わせて応用できるかもしれないの、でも、どこの金属なんだろう。空の上って、落っこちてきた車とか……」


 と、蘊蓄を語るミスティ。

 帰ってきた。

 空から落ちてきた車の金属の塊か。

 元々はゴミ収集車か、ダンプカーか、ナパーム統合軍惑星同盟系の装甲車か。

 他の次元界から転移してきた車の金属か。

 どちらにせよ、金属に未知の生物が含まれているのは、謎だな。

 

「……その研究は進展するか微妙だが、ま、ミスティなら魔導人形ウォーガノフに応用できるだろう。さ、今は旅に出るぞ。ロロとヴィーネも来い! ミスティはその格好で、いいのか? ハンカイはどうする? 来るなら神獣ロロに乗れ。ネレイスカリもレフテンへ向かうのだろう?」

「面白そうだが、ヘカトレイルか。血長耳と揉めた手前な……」


 ハンカイは色々と揉めたからな。


「無理にとは言わないさ。警備隊の副長も空いているし。ここに残るなら、このままこの屋敷を家と思って自由に過ごしていい」

「いいのか? 忠誠を誓ったのだが……」

「縛るつもりはない。いいんだよハンカイ。お前は自由だ」

「ガハハッ、変わった君主だ。が、それが不羈な槍使い。シュウヤなのだな。ならば……俺も自由なりにシュウヤの配下のまま武者修行の旅に出るとして、自由に……いや、途中まで、壁のようなドワーフが必要になるかもしれないだろう?」

「確かに必要かもな? ま、乗れよ」

「好し! が、ヘカトレイルには入らないからな」

「了解、先に魔霧の渦森の辺りにいく予定だ」

「ミスティの用事の場所だな、そこでいいぞ」


 そこに、


「ンン、にゃあ」

「プボプボォォ」


 ポポブムに別れの挨拶をした黒猫ロロの声が響く。

 反転すると、巨獅子型、神獣の姿に変身しながら走り寄ってくるロロディーヌ。


 一緒に走っていたネレイスカリは腰を抜かして倒れていた。

 倒れたネレイスカリをヴィーネが肩を貸して支えながら歩いてくる。


「――ハンカイさん、よろしく。わたし、この格好でいくから、必要な道具はアイテムボックスに入っているし」


 ミスティがそう言いながら飛び乗ってくる。


「おう、新たな仕事の手始めに、魔霧なんたらで護衛をしてやろう」


 ハンカイも笑みを浮かべながらそう喋ると、神獣ロロディーヌの上に乗ってきた。

 魔導車椅子に乗っているエヴァも手を振る。


 レベッカはベティさんのところかな? 

 と、思ったら、大門前で紅茶売りの格好をした姿で、


「シュウヤのバカァァァ」


 と、叫んで泣いている姿が……。

 その様子は必死だが、可愛いし、切なくなった。

 そして、泣いているレベッカの傍に近付いたエヴァが小柄なレベッカの背中をさすってあげている。


「「ご主人様、行ってらっしゃいませー」」


 メイド長を含めた使用人たちも中庭に集結。

 皆、寂しげな表情だった。

 が、仕方がない。


「ンン――」


 神獣ロロディーヌは喉声を皆に響かせた。


「ぷぼぷぼ――」


 と、ポポブムが鳴く。


「ンン――」


 相棒は喉声で応える。

 

 ロロディーヌはゆっくりと屋敷の上空を飛翔しながら、ポポブムを眺めていた。

 何か意思疎通を行っているように、ポポブムは神獣ロロを見る。


 神獣ロロもポポブムを見ていた。

 はは、なんか微笑ましい。

 昔、ポポブムの後頭部に乗っていた頃を思い出す。

 

 相棒も、分かっているように「ンンン」とまた、喉声を響かせた。

 

 そして、いつもの爆速的な飛翔じゃない。

 背中にいるネレイスカリのことをも意識しているんだろう。


 グリフォンのような黒色の翼を広げて、ゆったりホバリングしながら飛んでいた。

 ネレイスカリは普通の人族だからな。

 神獣ロロのいつも通りの機動をやった瞬間、死んでしまうかもしれない。


 屋敷の上空から大門を見ると、そこに、ヴェロニカ、メル、ベネットが立っているのが見えた。


『総長、行ってらっしゃい、元気でね。わたしたちに絡むヴァルマスク家はわたしが対処するから』

『ヴェロっ子は、あたいに任せな……総長。この間は、ありがと』

『総長、天凜という名に変化しつつある我々ですが、現在の名の【月の残骸】は任せてください。東へ向かうとのことですので、一応、ヘカトレイルの新事務所の担当者を教えておきます。新しく雇った人材はチェリという茶色髪の美人ですよ。他にも美人を揃えましたから気に入るかと』


 さすがは副長メル。

 それぞれ血文字で別れの挨拶を送ってきた。

 チェリ? まさかね? と思いつつ、血文字で皆に返事を送るが、一応、


「みんな、ありがとな! また会おう!!」


 迷宮都市ペルネーテの空、武術街に、俺の声が谺した。

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