三百九話 決着

 ◇◆◇◆



 天凛堂の屋根が崩れ落ち、新しい屋上で槍使いと影翼旅団たちが戦っている時、地下でも戦いが起きていた。

 

 この地下通路は薄暗い地下通路。

 淀んだ下水からムゥッと息がつまるほどの臭気が漂う場所だ。

 

 しかし、奥の臭気は風により消えている。

 その奥の一角を要にして上に開くように広がる坂道から窪んだ通路内に寒い風が吹き込む中、影翼旅団カリィと月の残骸ヴェロニカが通路内で戦っていた。


 カリィは二つの短剣を両手に持ちながらの素早い機動でヴェロニカの二振りフランベルジュに対抗。

 宙に漂わせている導魔術の短剣も随所で使う。


 ヴェロニカは途中から<血剣還楽>というスキルから出現した様々な形の血剣を使う。

 血剣たちはそれぞれ意識があるように動く。

 斬り下げ、斬り上げ、追突、叩き落とし、鋏斬り、といった遠距離型と近距離型が合わさったような波状攻撃。


 これは戦闘狂のカリィも苦戦を強いられる。

 どうしても導魔術の手数が足りないからだ。


 しかし、この状況でも涼しい表情を保つカリィ。

 

 彼は槍使いに敗れてから、その性格さ故、飛躍的に各種能力を伸ばしていた。

 身体能力を生かした導魔術系から派生したスキルを豊富に持っている。

 だが、それはあくまでも人の範疇。

 

 相手はその槍使いの家族であり、この世に二つとない種族。


 光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>のヴェロニカだ。

 

 当然、カリィは彼女の能力に追いつけない。

 彼が得意な導魔術を用いた奇襲からの接近戦も、ヴェロニカの扱う<斬剣乱舞>の下位互換でしかない印象を抱かせた。

 カリィも巧みに動いて戦うが、シロク戦とは、全く違う戦いとなっていた。


 逃げる時に周りの状況を変化させることのみに終始し、装束を乱して逃走を繰り返していく。


「――ヴェロニカ、みっけ。ここにいたのね。でも、あの護衛の死体の数からして……この相手は強敵そう」


 メルの登場にヴェロニカは動きを止める。


「へぇ、鮮血の死神は、ヴェロニカが名前かぁ……」


 カリィも細目でメルを見つめながら話していた。


「そうよ。機転が利いた動きで逃げ足が速いけど、もう鬼ごっこはお仕舞い。逃がさないんだから!」

「ふーん、ヴェロニカは眩い衣装で綺麗な女の子だよね。想像とかけ離れてイた相手だヨ」


 カリィは小柄のヴェロニカに粘着質を感じさせる視線を向ける。


 ふらりふらりと独自の歩法で歩きながら、短剣の刃を蛇のような長い舌で舐めていた。

 その舌には、独自の魔力紋が刻まれている。

 

 その魔力紋から魔力を放つ不気味なナニカが動いていた。


 近くで見学している白猫マギットの力を借りて変身を遂げているヴェロニカの格好は確かに眩い。


 白銀色と深紅色が織りなすコスチューム姿だ。


 そのヴェロニカはカリィの様子を窺う。

 脇構えから両手に握った白と紅のフランベルジュの螺旋する鋒を微妙に動かしていく。

 

 彼女は沢山出現させた血剣群により、カリィを仕留めた、追い詰めた、と毎回思っても、何度も遊ぶように切り返してくるカリィの底が知れない戦闘技術に警戒を強めていた。


「あら、わたしの言葉で名前を教えちゃったってことかしら」

「そうだヨ、君の、その踝から生えている黒翼。君が閃脚かナ」


 カリィはメルのすらりとした足先からスタイルのいい全身を舐めるように細目を動かしていく。

 そして、肌に密着したズボンの太腿から、勃起した男根の形が浮かび上がらせて、美人なメルにわざと見せびらかせるように変態をアピールしていた。


 メルはその視線を受け股間を凝視してしまう。

 そのまま戦慄し、背筋を凍らせて武者震いを起こす。


「……このふてぶてしい強さの変態は、影翼の幹部かしら――」


 悪寒が続くメルが、カリィと間合いを詰めて勃起した巨根を潰そうと、蹴り技を放つ。


「――その通りサ、名はカリィ」


 カリィは身を捻り、壁を利用しながら、導魔術の魔線を天井に付着させる。

 その魔線を縮ませてバネ代わりするとメルの蹴りを躱して、通路の反対側に着地。


「甘い!」


 その瞬間に、ヴェロニカのフランベルジュの剣突と、彼女が操る血剣群がカリィの全身に突き刺さり、斬られて、フランベルジュにより突かれていた。


 ヴェロニカは、カリィは天狗の飛び損ない。と思い、勝ったと判断した。


 ところが、カリィは涼しげな表情を維持。

 霧のように分散してカリィの斬られた姿が消えていく。


「何? 残像?」

「素早いねぇ――」


 カリィは嗤いながら、頭部、右胸、足に切り傷を負いながらも後退していた。

 彼の導魔術のスキル<影導魔>の変化技の一つを使用しての目眩まし戦術だ。


「ムカツク。その戦う気を削ぐ笑顔は見たくないんだけど?」

「そんナことをイってもねぇ、ボクだって必死ナンだヨ?」


 そうカリィは嘘を言っていない。

 普通ならば、嗤いの顔ではなく悪態笑顔カーススマイルを浮かべているからだ。

 微妙な表情の変化の違いではあるが、シロクと戦っていたところを見ていたならば、彼女たちも、彼の微妙な表情筋の変化に気付いていたかもしれない。


「さァァて、そろそろ、皆と槍使いがガチンコの衝突をしてイる頃カナ、だとしたら――」


 カリィはおののくように微妙に力の入った悪態笑顔カーススマイルを浮かべながら懐に短剣を仕舞うと、懐に予め準備していた丸薬の幾つかを指に挟んだ状態で自慢気に取り出していた。

 ヴェロニカは睨むが、カリィはニヤリと微笑むだけだ。

 その微笑んだカリィは、丸薬を口へ運び飲んでいる。


「その薬は身体能力を引き上げる?」

「サーマリアで聞いたことある」

「サァ、どうだろうね?」


 カリィは二人の言葉を誤魔化すように喋ると、カードを指に挟むように持っていた最後の歪な形の丸薬を目の前の床にぶつけていた。

 その瞬間、地の底から冥界の扉が開いたように蒸気のような毒々しい煙が這い上がる。

 毒煙は黄色から薄緑色に変化。

 やがて、濃緑色へと絵の具をグラデーションさせたような彩りを見せる。


 常人の視界では緑としか見えないほどの濃霧となった。


「きゃっ、これは毒!?」

「メル――」

「にゃおお」


 ヴェロニカはメルを抱きしめてからマギットと共に煙の範囲から離脱した。

 このカリィが用いた毒霧は、マハハイム南部の紺絶塔という場所にしか湧かない姿を不可視状態させることのできるデオセギハスという竜型Sモンスターの糞を利用した猛毒の煙。

 ソクテリアでリナベルと死闘を演じていた黒髪の人形錬金師が作り上げた代物だ。

 致死量は少なく即効性があり、不死、人外相手にも通じる危険な猛毒。

 これはカリィが同じ影翼旅団の千里眼のアルフォードと意見交換を行い、対槍使い用に独自に用意していた秘策でもあった。


 その猛毒の煙をメルは少し吸ってしまう。


 当然、カリィにも害が及ぶので、彼は事前に解毒の丸薬を飲んでいる。

 そして、退いたヴェロニカの動きにカリィは満足したのか、


「それじゃ、ボクはここまで、またどこかでね♪」


 悪態笑顔カーススマイルを浮かべながら猛毒の煙の中に消えると、周囲に広がる毒煙を利用しながら悠々に地下の道を走り出す。

 地下ルートの先で待つアルフォードの下に急いだ。


 一方、地下から素早く脱出したヴェロニカはマギット共に、床に下ろしていたメルへ必死な顔を浮かべて話しかけていた。


「メル! 血が、鼻、目からも!」

「油断したわ……」

「にゃ、にゃぁぁ」


 マギットもメルの様子に慌てふためく。

 白毛が逆立っていた。


「ポーションが効かない? 解毒剤を」

「まって、なんの毒かも分からないのよ。ぐぐ……ゴホッゴホッ」


 メルは急激に体力を失い細胞が破壊されていく。

 魔族の血を引いているとはいえ、もうメルが助からないと判断したヴェロニカ。


 父スロトとの胸が張り裂けそうな悲壮な別れ、永い旅の途中で出会った沢山の泣いても泣ききれない悲痛な別れがヴェロニカの頭を走馬燈のように過ぎっていく。

 その一人、大好きだった少女ビビのことが脳裏に浮かび、一段と悲しみが募る。


 泪を振るい落とすように、頭を左右に揺らし、


「……メル、もう時間がないから、この間、話していたことを実行するからね」

「了解、眷族化、ルシヴァル化のことね」

「うん、わたしの家族になってもらうから」

「ゴホゴホッ……うぅ、お願い……」


 吐血を繰り返すメルの姿を見て、決意を固めたヴェロニカ。

 抱えてヴェロニカは走り出した。

 向かう場所は月の残骸のセーフハウスだ。


 白猫マギットもヴェロニカを追う。



 ◇◆◇◆



 ガルロを仕留めた直後、上空に舞う眼を紅く光らせた羽が綺麗な白鳩と鴉たちの数が急に増えて、鳴き声が激しくなっていた。

 同時に、天凛堂の屋上で戦っていた影翼メンバーたちも騒ぐ。


「な、何!?」

「総長が地に塗れるだと……」

「え?」


 影翼たちは戦慄が走る。

 一名を除き、皆、絶望を感じさせる表情を浮かべていた。

 その表情からガルロが旅団の中でどんな存在だったのか、よく分かる。

 求心力があるリーダーを失えばな……しかも、目の前で、神槍の月牙が胸に刺さりグドルルのオレンジ刃にも脇腹を貫かれたところに、魔壊槍グラドパルスがガルロの上半身を消してしまう光景をまざまざと見せつけられていたのだから。

 多数の雷撃、電気、稲妻を操っていたラライも、絶句。

 蝋人形のように動きを静止し、立ち尽くす――その隙は致命的。


 血長耳メンバーが一気呵成に襲い掛かる。


 この辺りは場慣れしている血長耳の幹部たち。

 一撃、二撃、魔鋼のパルダとラライに与えていく。

 ラライと戦っていたヴィーネも当然、動いていた。

 つむじ風のように駈けていた前傾姿勢から身を捻り横からガドリセスを素早く振るう。

 ラライの鎧服ごと、脇腹を切り裂いていた。

 続けて、ガドリセスの伸びた切っ先が、ラライの胸部に侵入。

 ラライは「嘘よ……」と衝いて出た言葉を漏らしながら、よろよろとガルロの死骸へ縋るようにくずおれる。


 そこに、無慈悲な精霊へルメの氷剣が倒れ掛かったラライの喉笛を切り裂く。

 ラライの首にある横の傷跡から擦り切れる音と共に細い血線が迸る。


「精霊様、止めは貰います」


 ヴィーネは喋り、長い銀髪を踊らせながらヘルメを追い越して、前に出る。

 宙へ放物線を描いて迸っているラライの血ごと吸い取るように、そのラライの身体に飛び付いていた。

 ラライの鮮血を黒装束から覗かせる青白い肌の全身で浴びるように吸い取っていく。


 蠱惑的な銀色を帯びた光彩に血色が混ざる。

 紫を帯びた唇の上に尖らせた八重歯を伸ばした。

 第一の<筆頭従者長選ばれし眷属>のヴィーネ。


 そのまま、裂けた首へ自らの小顔を埋めるように、ラライの首筋に噛みついていた。

 魂を吸い取る勢いで、ラライの血の全てを吸い取っていく彼女。

 そのまま、血を吸いあげるヴァンパイアの衝動なのか、噛みついたラライの身体と踊るように、くるりと横回転させて背中を見せてきた。

 その際、ヴィーネの脇から覗かせていたラライの細い手が萎れていく。

 さすがに俺のような<吸魂>ではないので、ラライの肉体は水分が失われて萎れているが塵のように消えることはない。


 しかし、背が高く青白い皮膚のヴィーネの後ろ姿は美しい。

 スポットライトのような月光を浴びていた背中に流れている銀髪が、そよ風に揺れて優しく項根を撫でている。

 前に従者開発を行った時の効果もあると思うが、やはり元々が美しい髪質だからだろう。


 貝殻の裏のような光沢を放っている。


 ヘルメも切れ長の目で羨ましそうにヴィーネの白銀髪を見つめて、自身の髪色を確認するように触っていた。

 彼女の髪も凄まじく綺麗なんだが……。

 腰元まである蒼髪は、前と変わらずサラサラしていそうだ。

 その長い蒼髪に自然な形で編み込まれてある水滴マークの髪飾りは精巧で美しい。


「シュウヤの必殺技は爽快ね」


 俺がヴィーネとヘルメを見つめていると、片目を瞑り、血塗れのユイが話しかけてきた。


「ユイ、大丈夫か?」

「あ、うん、相手が凄い強かった。わたし人だったら、確実に死んでると思う」


 ユイは酷い怪我を負っている。

 やはり激戦だったようだ。俺とガルロの勝負に関係なく、四剣使いの猫獣人とのタイマン勝負に勝利をあげていた。

 戦っていた凄腕剣士猫獣人アンムルのリーフは床に倒れている。

 ユイは片目を貫かれ血の涙が流れ出ていた。

 片腕も失い傷跡からシャワーのように血が迸っている……全身も刀傷だらけだ。

 だが、次第に回復しているのは見て取れる。


 回復速度は俺より遅いが、戦闘を継続しなければ大丈夫のようだ。


 ユイは痛そうに表情を歪めながら斬られた片腕から放出している血を操作。

 宙に弧を描く軌道で向かった血は、床に転がっていた片腕の切断面と繋がった。

 血と繋がった片腕は自然と宙に持ち上がり、ユイの下に血により運ばれる。

 そして、まるで、N極とS極の磁石が引き合うように、腕の根元の切断面と転がっていた腕の切断面が接着し合体をしていた。

 結合の痕もない。美しい肌色の腕だ。


 ユイは感触を得るためか、掌を握ったり広げたりしている。


「……あとで血をちょうだい。かなり消費しちゃった」


 回復した片目を瞑りウィンクしながらの、ビューティな笑み。


「いいぞ」


 一方、床を壊し天凛堂の建物を壊しまくっていた神獣ロロディーヌと漆黒獣セヴィスケルも戦いを終えようとしている。

 セヴィスケルは全身を触手骨剣に突き刺され、何枚もある大きな黒翼を神獣ロロディーヌに噛まれ千切られていた。

 セヴィスケルは貫かれた漆黒色の身体の穴から、闇の液体、血、或いは体液かの判別ができないが、臭そうな石油のような液体を垂れ流していく。


「ピュァ……」


 ガルロが死んだことが分かるのか、悲しげな鳴き声を発していた……。

 もう身も心もボロボロだろう。

 その光景は、俺だけだろうか……可哀相に見えてしまう。

 ヤバイ、敵の魔造生物なのにロロディーヌへの思いと重ねてしまった。

 だが、ロロに傷を負わせているので、敵の魔獣だ。


 あのままロロの好きなようにさせる。


 廓寥とした深夜を過ぎ、夜風の音が主旋律に聞こえだした頃。

 天凛堂の戦いも終わりかなと、油断、鷹の目にも見落としではないが……。

 新しい魔素の気配を階段近くに感じ取った。

 しかし、姿は見えない。

 怪しいな。と思ったが、更に変なことが起きた。


 ガルロだった下半身の死体が、僅かに残っていた空間の裂け目のような中に吸い込まれていた。

 血も肉片も吸い込まれていく。

 そして、空間の裂け目の中に映る地下空間が蜃気楼のようにぶれ出すと、俺の夕闇により小さくなっていた裂け目が、横と上へ拡大。

 同時に、魔力も止めどなく溢れていく。

 拡大された中は、最初見た光景と同じ夜空とは違う淡い明るさを保った地下空間が映し出されていく。

 岩が点々とあり、紫色と漆黒色の薄い霧が漂う。

 見知らぬモンスターたちが棲息している洞窟空間だ。


 さっきガルロと会話を行っていた女型の怪物も姿を現した。

 その映像が出ている間、入り口近辺に感じた新しい人型の魔素は動いている。


 光学迷彩系の能力で姿を隠している奴か?

 隠れている奴も気になるが、この映っている女型の怪物、或いは女神も注意しないと。


「……我の血名を授けた選ばれし眷属を屠るお前は何者ぞ?」


 このエコーの声といい圧力を感じさせる魔力の質。

 虚実皮膜……やはり何処かの神。


「槍使いですが、貴女様は?」

「地底神ロルガ。蜂闇のロルガである。跪け――」


 地底神ロルガ。やはり女神みたいな存在だったか。

 しかし、ここは神の重力圏といえる範囲なのか? 魔力光を発して生暖かい風を生み出してきた。


 そして……神様と聞いて思わず反射的に手を組んで、片膝を突けたくなるが、無視。


「閣下……水でお守り致します」

「ご主人様、一応、もう一度、銀蝶を敷きます」


 ヘルメとヴィーネは地底神ロルガを警戒。

 ラライを警戒した時と同じく魔法とエクストラスキルを展開させていた。


 しかし、いきなり跪けとか……ないな。


「攻撃されたから跪くのは遠慮したい」


 指を鳴らすような態度で応じてやった。


「妾と干戈を交える気か?」

「交えるも何も、犬が西向きゃ尾は東だ。最初に攻撃してきたのはお前だろう? 阿呆なのか?」

「……フハハ、糞生意気な未知なるモノ、気に食わぬ。全てが気に食わぬ――」


 地底神ロルガは睨みを強めて杖を振るった一瞬で、凄まじい数の闇蜂を地下から生み出した。


 その蜂たちが映像世界からまた飛び出して、俺たちに襲い掛かってきた。


 さっきの規模を超える闇蜂の群れだ。

 ユイとロロディーヌは俺の背後に急いで戻ってくる。


「ンン」

「きゃっ、冷たい」 


 ロロが、黒豹型から黒猫の姿に戻りユイの足に付着していた血を舐めていた。

 一瞬、彼女が足に怪我した時のことを思い出す。

 その間にも闇蜂が迫ってきた。

 だが、ヘルメの水系防御魔法とヴィーネの銀蝶がもたらす魔法防御が積層するように重なった状態なので、ラライの稲妻を防いだように、闇蜂の針を防いでいく。


 闇蜂は構わず尻尾から針を放ってくるが、魔法障壁に衝突した針は落下。

 落ちた針で、床が赤黒い山となる。

 それでも一応、俺も両手から<鎖>を射出。


 皆を守る扇状の大盾を展開させた。


「退け、いや、固まれ、ファス!」

「はい!」


 血長耳はレザライサの号令の下、一斉に動く。

 ファスと呼ばれた女エルフが両腕に嵌められた魔道具から結界らしきモノを発動させていた。


「げぇ」

「ァアァァ」

「ぎゃぁぁ、こ、こんな場所がっ、ヒデブッ」


 逃げ遅れた血長耳の斧持ち、メイス持ち、黄色い剣持ちが、無数の闇蜂に全身が刺されると、肉体の表面が一瞬で溶けてた瞬間、身体が爆散した。


「ノウン、ツイン兄弟! 糞がアァァ」

「総長、ここから出てはダメですって」

「五月蠅い、手を離せ! クリドスス!」


 クリドススは、ファスが放った防御魔法の外に出ようとしたレザライサの腰に手を回して止める。


「総長、今は我慢です」

「軍曹……」


 軍曹の渋い男エルフも総長を止めていた。


「総長らしくない、ロッグ、グッチ、ノウンも総長の前で死ねたのです。本望でしょう。西方で散った後爪のベリ、魔笛のイラボエのことを思い出してください」

「ぐ……」


 レザライサの表情はここからじゃ見えないが、声だけでどんな表情を浮かべているか、想像がつく。

 しかし、あの闇蜂……どんな毒なんだよ。


 その無数の闇蜂群は、まだ生きていた影翼旅団の魔鋼のパルダにも襲い掛かる。

 彼は片膝を床に突けた状態で鎧のあちこちが窪んでダメージを負っていた。


 凹んで窪んで曲がっているとはいえ、全身が魔鋼の鎧に覆われているのは変わらない。

 当然、闇蜂が放つ針は刺さらなかった。


 屋上に居た影翼旅団の中で唯一生き残ったのが、魔鋼のパルダとはな。

 防御がピカイチだから当然の結果か?


 闇蜂は転がっているラライとリーフの死体に群がり針を刺しまくっていた。

 地底神ロルガの気質は、気に食わない者は、戦う戦わないに関係なく、問答無用で根絶やしにするタイプのようだ。


 ゼロサムゲームどころか、一人勝ちを狙う野郎はごめんだな。


「定命な者ども、妾の攻撃をしのぐとは、生意気ぞ!」


 ロルガはまだ生きている者たちが存在することに怒りが収まらないのか、睨め回す。


 この勢い、他の人族、ペルネーテの人たちも問答無用に襲いそうだ……。


 嫌な予感を感じている中……姿を消している奴も闇蜂に襲われず生きていた。

 地底神ロルガは消えている奴の動きを捉えられないようだ。


 あまり索敵は高性能ではない。


 裂けた空間越しだから魔察眼系が使えないのか?

 地上はガルロに任せていたのかな。


 その姿を消して歩いている奴は、地底神ロルガが映っている場所の背後に移動している。

 何をするつもりなんだろう。

 少なくとも俺たちに攻撃する意図はないようだが。


 そこで仲間たちに視線を巡らせていく。

 今度は血鎖を使い、あの女神殺しといこうか? と、アイコンタクト。

 ヘルメは髪をたくし上げて、綺麗な背筋とぷりぷりしたお尻を揺らして、悩ましい後ろ姿を強調させる新ポーズを取る。

 ユイはベイカラの瞳を発動させて頷き、ヴィーネは艶麗な笑顔を作った。

 相棒のロロディーヌはもう戦いに飽きたらしい。

 ユイの膝に頭を衝突させることに夢中だ。ユイは片手で追い払っているが、ロロはその片手を舐めてから、脛、脹ら脛に耳をこするように小さい頭を衝突させている。


 ユイとロロは見学だな。

 <鎖>で作った盾はこの場に残して、地底神ロルガと対決しようと思った時。


「――これを喰らえ」


 消えていた奴が突然現れ叫びながら、地底世界に映る地底神ロルガへ向けて大太刀を突き刺していた。


「ぐああぁぁぁ」


 地底神ロルガの顔面に刀が突き刺さったような痕が発生。

 のたうち回る。と、同時に、屍のような干からびた無数の手が、腹が膨れた餓鬼のようなモンスターが地下世界から無数に出現すると、映像世界が壊れていった。


 そして、地下世界を映していたガルロが生み出した亀裂が狭まっていく。


 太刀を突き刺したのは虎獣人ラゼール

 八頭輝の会合に居た奴だ。

 彼が握る突き刺した大太刀の鍔元から、竜の形をした魔力塊が螺旋しながら地下世界に送られていった。


 その螺旋している魔力塊は、餓鬼、屍の群れを踊るように跳ね飛ばしていく。


 ガルロが魔眼の力を使い誕生させた不可思議な空間の亀裂、地底世界と地上の繋がりは、瞼を閉じるように狭まり本当に亀裂が閉じられると、そこはもう天凛堂の焦げたような板床に戻っていた。


 あたりが静かになる。寒い夜気を身に感じた。

 空上で、紅く目を光らせた鴉の鳴き声が辺りに響く。


「ひゃっほーい。悪いなァ槍使い。おいしいところは俺が貰ってしまった」


 虎鼻をヒクヒクと動かしながらドヤ顔で語る。

 陽気な彼は【雀虎】の盟主。

 名は確か……リナベル、なんたらだ。


「それと、そいつも貰う――」


 大太刀の切っ先を突き出す。

 竜の魔力塊が途中で宙に散る光景は綺麗だった。

 腕ごと伸ばす速い突きで、うずくまる魔鋼パルダの頭部をあっさりと貫いていた。


 あの大太刀……凄いかもしれない。


「……構わんが」

「その大太刀、素晴らしい業物ですね」


 ユイがロロを胸に抱きしめながらリナベルに聞いていた。


「さすがに分かるか。まぁな――神話級って奴だ。今のように神殺しも、鋼殺しも可能だ」


 パルダと違い、神は殺してないような気がするが、指摘はしない。


「最初、姿が見えていませんでしたが、あれは?」

「お、気配は分かっていたのか。やはり影翼を潰すだけはある」

「リナベル・ピュイズナー。何のつもりでこの争いに介入した?」


 レザライサの割り込みの言葉だ。

 彼女は仲間を殺され失ったせいか、怒り、悲しみを滲ませるように語っている。


「血長耳――勘違いするな。俺の幹部が影翼旅団のメンバーに殺されたからだ」


 大太刀を背中に戻したリナベルは、俺に虎顔を向けながら語る。

 戦う気はないらしい。


「しかし、絶剣のゼインは見当たらねぇし、ここでは、槍使いが、影翼の総長を倒してしまったからな。そのガルロが召喚したモノぐらいは、仲間の仇に、俺が始末をつけたかっただけだ」

「なるほど、槍使い。蘇りのことで話がある」


 レザライサは興味をなくしたリナベルから俺に視線を向けてきた。


「ハンカイか。昔からの知り合いだ。今日、たまたま、再会した」

「再会か。偶然にしては……」


 レザライサの顔に訝しげな色が現れる。


「それは本当だぞ、古のエルフ」


 ハンカイの言葉だ。

 階段下から戻ってきたらしい。


「蘇り……」


 一斉に血長耳のメンバーが殺気立つ。


「待て」


 レザライサが腕を斜め下に伸ばす。

 その途端、弓使いの男、魔力の剣を片手に持つ隻眼男、両掌にフランのような眼がある魔道具を装備した女、ダブルブレードを持つクリドスス、ナックルガード付きの軍刀を持つ軍曹の血長耳の幹部たちが動きを揃えて、各自が持っていた武器を仕舞う。


「シュウヤとは、何も示し合わせていない。偶然だ」

「ふむ、偶然なのは分かった。で、お前は我らと戦うつもりはないと?」

「……ある」


 その一言で、また血長耳たちが、武器に手をかけた。


「だが、シュウヤが争わない相手ならば、もう襲うつもりはない。偉大な武人、魔神を屠りし伝説の先祖ブダンド族が残した『我事において後悔せず』の言葉に誓おう」


 ハンカイは背中に装着している斧に手をかけない。

 復讐を超えて恩を大事にする男か。

 仇に報いることはそれを耐えるよりも骨が折れるからな。


 レザライサの蒼目の内奥に、まだ疑念を感じられたので、


「レザライサ、気に食わないなら、争うか? 予定調和は崩れるものなんだろう?」


 ガルロとの会話を引用して語る。

 レザライサは微笑んでから、


「……ふ、分かりきったことを、災難の先触れはない。今回限りは、いや、槍使いに関しては、予定調和という言葉は絶対だ」


 災難は予告なしに襲ってくるもの……と、いいたいのかな。

 これでハンカイという存在を認めたことになる。

 彼女は血長耳として、月の残骸との同盟を崩すつもりはないらしい。


 蒼い双眸と傷がある顔の表情から判断しても本当のことだろう。


「……総長、少し焦りましたよ?」


 軍曹のエルフがレザライサに愚痴をこぼす。


「メリチェグ、すまんな、まだ冷静でいられない部分がある」

「よかった。仲間を失った手前、よかったはおかしいですが、正直、あの槍使いと戦いたくないですからネ。そして、彼の目を見つめていたら、自然と懐に飛び込んでもいいと、生まれて初めて思いました」


 クリドススが半笑いの言葉で喋りながら、レザライサに話しかけていた。


「それじゃ、月の残骸、血長耳、俺は去る。邪魔したな」


 リナベルは姿を消すと足音も立てず気配を断った。


 レザライサは消えたリナベルに興味がないのか、無視。

 クリドススに対して真剣な顔を向けて「ダ、ダメだッ! この間の話はなかったことにする」と少し焦った表情を浮かべて話していく。


「にゃあ?」


 肩に戻っていた黒猫ロロ

 帰らないのかニャ? と聞くように鳴いてきた。


 可愛い黒猫ロロの紅い目を見ながら、


「家に帰るのは、レザライサと同盟に関する話をしてから、下で皆と合流してからかな。一応、天凛堂にいなかったホクバのこともあるから、姫様を守る皆に連絡しよう」

「にゃお」

「ロロ様も誇らしげです!」


 ヘルメもくびれる腰に両手をおいて、誇らしげだ。


「ご主人様、屋敷に待機している血獣隊との連絡はお任せを、そして、連絡をしながら一足先に帰還します」

「了解」


 ヴィーネはユイ、ヘルメ、ハンカイに頭を下げてから、階段に向かう。

 そういえば、天凛堂の結界はいつの間にか消えている。

 濃密な夜だったが、この惑星の夜は長いからな……。

 そう都合よく、旭の勝利を感じさせる余韻に浸らせてくれない。

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