三百八話 死の舞踏

 

 霊験あらたかな地下空間。

 そこに映るは女神か怪物か。

 女神は大杖を掲げる。

 大杖の先端から闇色の炎を出す。


 と、その闇の炎は杖の周りを一周し――。

 闇の炎を纏う巨大蜂に変化を遂げた。


 その巨大蜂には闇炎の尾ひれがある。

 巨大蜂に触れたモンスターたちは爆発。

 波のような闇炎の尾を持つ闇色の巨大蜂は、俺たちが覗く地下世界を映す空間に向かってきた。


 拡大鏡で見ているように――。

 闇の巨大蜂がズームアップ――。

 異質な音が轟く――。


 闇色の巨大蜂は地下世界を映す空間を越えた。


 ――うは!

 地上世界に現れるとか――。


 闇色の巨大蜂は振動する闇炎の尾ひれを前方に展開――刹那、尾ひれから波動?


 俺たちは、何か波動?を、喰らう。

 巨大蜂の精神波の攻撃か。

 この場の全員の知覚を狂わせるような振動波――。

 空を圧迫するほどの火砕流が迫るような恐怖を感じた――。


 が、闇なら光だ。


 左手の指の寸分先に五つ誕生した<光条の鎖槍シャインチェーンランス>――。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は光の軌跡を宙に残しつつ直進――。


 闇色の巨大蜂は闇炎の尾を湾曲させて守りに入る――。

 俺の<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を防ごうとしたが――。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>はドーナッツ状の闇炎の尾を突き抜けた。


「光の眷属の力か」


 女神は『つまらん』とでもいうように声を漏らす。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は、バリアのような闇炎の尾の一部を貫き、闇色の巨大蜂の一部を突き抜けた。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は地下世界を覗かせる裂けた空間へと向かう。


 すると、ガルロが――。

 空間に映る地下世界の女神を守るように、魔界騎士の狂眼を彷彿とさせる縮地染みた動きで――。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>との間合いを詰めた。


 流れるように両手握りの魔剣デュミナスを振るう。

 先頭の<光条の鎖槍シャインチェーンランス>の一つが切断された。

 ガルロは斜めに、左足と右足を交互に出しつつ前進しながら――魔剣デュミナスを変形風車のように扱い――縦横無尽に魔剣デュミナスを振るい回す。

 魔剣デュミナスの軌跡が<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を分断すると、光槍は淡いエフェクトを宙に残して幾重にも切断された。

 瞬く間に<光条の鎖槍シャインチェーンランス>のすべてがバラバラになった。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>が貫いた闇炎を纏う巨大蜂は消えていく。

 あのまま光槍が地下世界の中に突入すれば、女神の額に風穴を空けられたかもしれないが……。


 ガルロの剣術に舌を巻く。

 が、光系の攻撃をあっさり砕く魔剣デュミナスも凄い武器だ。

 多分神話ミソロジー級だろう。


 地底の亜神を屠ったとも語っていた。


「驚いたか? 槍使い。だからこそ、お前の持つ魔槍も特別だと認識しただろう」


 嗤いを滲ませた表情で語るガルロ。

 だが、魔槍杖バルドークはザガとボンの作品だから素直に嬉しい。


 偉大な友の作品だ。


 そして、渋い店主のスロザ曰く伝説レジェンド級……。


『全体的に強大であまり見たことのない規模の付与魔法エンチャントも混ざっているようです。先端が炎属性、後端の竜魔石は水属性で、相反した属性のギミックがあります。更に、紅色の矛と斧刃は、魔力で自動修復されますが、様々な魔力を吸い込んだというより叩き刻まれたような形跡が見られますね。そのお陰で切れ味が増す効果が備わっているようです』


 と、語っていた。

 邪神シテアトップを含めて無数のモンスターを穿ち斬ったから魔槍杖も成長している。


「……地上を跋扈する定命の光の信者よ。汝らが、妾の闇を貫いたのは万死に値する。よって罰を与える。地底の闇蜂たちを受けるがいい――」


 地下世界の偉そうな女神ロルガ。

 エコーの効いた音声を放ちながら大杖を翳す。

 すると、蜂の飾りから、闇色の蜂を無数に召喚してきた。


 蜂は闇の炎にも見えるが、今度は小型の闇蜂の群れだ。

 また、地上世界の俺たちに群がってくる。


 光がダメなら闇といこうか。

 <始まりの夕闇ビギニング・ダスク>を発動。


 俺の体から地上世界を侵すように染み出す夕闇。

 俺を起点とした夕闇は、影翼のお株を奪うように黒い羽毛の束となる。

 そして、闇の孔雀が大きな羽を広げるように扇状に展開した。

 背中から生えた漆黒の両翼。

 堕天使が夕闇の世界を作り地上の周囲を侵すイメージだ。


 凍えそうな深淵の闇世界。

 だが、俺にとっては咫尺しせきを弁ぜぬ、ではない心地いい闇。

 その立体で周囲に広がった心地いい夕闇世界から無数の<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を滂沱の雨の如く降らせていった。


 壁のように積み上がった<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>。

 凄まじい音を立てながら、女神の闇炎のような蜂の群れを潰し相殺していく。


 この夕闇世界は相手の精神を削る闇世界でもある。

 だから、仲間と血長耳たちを巻き込まないように気を付けた。

 <夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を放ちつつ――。

 ガルロが作り出した裂けた空間へ<始まりの夕闇ビギニング・ダスク>を向かわせる。


 そこで指状態のイモリザに〝新しい腕〟を意識させた。

 イモリザは指から小型の黄金芋虫ゴールドセキュリオンに変身。

 イモリザは俺の右手首から肘に、肉の根を作る。


 次に<導想魔手>を発動。

 その魔力の歪な手<導想魔手>に鋼の柄巻を握らせてから、頭上に移動させる。

 ムラサメブレードは上空を舞う不自然な鴉たちか、対ガルロ、ロルガに使うかは、まだ分からない。


「閣下の闇です! 眼が紅くて痺れます」

「精霊様、稲妻の鞭が足に……」


 ラライと戦っているヘルメ、ヴィーネの言葉が聞こえる。

 ヘルメはよそ見をしていた。

 その戦うラライの立ち居振る舞いは、魔法戦士のようにきびきびとしている。

 運動神経も優れている。

 そのラライは十本の指から出た稲妻を纏う魔線で、稲妻の自立型人形を操作。

 同時に、稲妻の攻撃を飛ばしつつ、双眸から生み出した積層型の魔法陣の盾も扱う。


 血長耳の幹部たちの<投擲>、矢、風礫、といったすべての遠距離攻撃を相殺していた。


 ラライは凄まじい魔法技術の持ち主だ。

 集団戦に特化した大魔術師級と想像がつく。

 ルシヴァルの第一の眷属と精霊を相手に拮抗している時点で、すげぇ相手だと、尊敬する。

 しかも、カナリヤめいた愛らしい声といい、美人さんだ。乳房もほどよく柔らかそうでもある。


 人格も個性が豊かそうな女性だ。

 が、残念ながら敵だ、敵として出会ってしまった。

 今は――目の前に集中だ。


「……ぐぬ」


 闇蜂の群れを生み出していた裂けた空間から、くぐもった声が響く。

 その間にもガルロが生み出した裂けた空間を、俺の<始まりの夕闇ビギニング・ダスク>がゆっくりと浸食していく。


 ロルガの姿は闇に覆われ見えなくなった。


「今度は圧倒的な闇の力だと、何奴……」


 闇に染まりつつある裂けた空間の奥からエコー掛かった不気味な声が轟く。

 その裂けた空間は小さい円状にまで縮小。

 ただし、その縮小した穴に、俺の闇は侵食できなかった。

 穴はブラックホールのような巨大な質量を感じさせる。


 <始まりの夕闇ビギニング・ダスク>を用いた闇の力は、何かの力に阻まれていた。


「何だ、その力は……」


 ガルロも怯えながら呟く。

 <始まりの夕闇ビギニング・ダスク>が作り出す闇の空間は想像外だったようだ。


 それとも精神が影響を受けているのか?

 いや、そんなに影響は受けていない?

 というか俺の仲間以外の全員が、闇の空間に驚いていた。


 そこで<始まりの夕闇ビギニング・ダスク>を止めて消失させる。

 血鎖も使わない。レザライサと盟友の約束を取り交わしたとはいえ、血長耳たちに対して、技のすべてを晒す訳にいかないからな。


 ……それに俺は槍使いだ。

 師匠から受け継いだオーセンティックな槍使いというプライドもある。


 ま、そのプライドも布石だが。


「……さぁな」


 <血鎖の饗宴>は使わず、片言を残してから牽制――。

 上級:水属性の《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》を連続発動する。


 中空に腕の大きさの氷矢が無数に出現。

 白光を曳航する船のような氷矢の群れがガルロへと向かう。

 しかし、氷矢の群れは、ガルロの鎧から出た闇炎の塊の群れに相殺された。


 ま、そんなことは、


「かまやぁしなぁい!」


 血魔力<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。

 血を帯びたアーセンのブーツの裏で闇の床を強く蹴り、前傾姿勢で突貫した。


 飛燕の如く敏速な動きでガルロとの間合いを造次の間で潰す。

 ガルロは驚きの色を両目に宿した。

 俺は槍圏内に入った直後。

 体幹を意識した腰の捻りから魔槍杖の紅矛<刺突>を、その驚くガルロの胸元に繰り出した。

 彼は驚きながらも速度が上がった俺の動きに対応。

 膨れた両腕を含めて全身に魔闘術系の魔力を纏うガルロ。

 斜めに構えたデュミナスの魔剣で、俺の<刺突>をあっさりと左にズラされ防がれた。


 驚く表情はフェイクだったのか?

 膨れた両腕はタケバヤシと同じようなスキルかも。


 ガルロは渋い顔だ。

 斜に構えたデュミナスの刀身越しに睨んできた。

 魔眼の目力もある。

 確固とした揺るぎない覚悟を感じさせた。


 少しびびる。

 俺の速度を上げた攻撃に警戒しているのか、防御を意識したか?


 そんな風に睨み付けてくる奴には、これをプレゼントしてやろう。

 と、のっそりとした動きのフェイクを入れつつ――。

 

 右肩の竜頭金属甲ハルホンクの蒼眼を意識。

 蒼眼からマシンガンのように氷礫を射出。

 

 視線が怖いガルロの頭部へ向かわせた。


 ところが、ガルロは膨らんだ両腕から闇の炎を顔前に浮き上がらせた。

 氷礫を防ぐ。

 ――凄い。物理障壁を作ることもできるのか。

 感心しながら手元に引き戻した魔槍杖を、ガルロの脇腹へと喰らわせようと左から振るう。

 しかし、扇状の蒼い軌跡を宙に残した竜魔石の石突は脇腹に決まらず。


 ガルロは十字柄の握り手を下方へ向けたデュミナスの剣身で竜魔石を防いでいた。


 デュミナスの魔剣と魔槍杖の竜魔石から、蒼と黒が混ざった斑の火花が散る。

 そこから力と力の鍔迫り合いに発展。

 闇色のデュミナスの刃と蒼い竜魔石の魔槍杖がガチガチと音を立てた。

 魔槍杖を押すが、ガルロは押し返してくる。

 やるなぁ。

 ガルロは元々、身体能力が高いのかもしれないが、力を増しているようだ。

 俺の力に対抗している。


「最初にお前と話をした時から、こういった死の舞踏を一緒に踊るような予感はあった」


 ガルロは魔剣越しに何か抜けたような不思議な声で喋る。


「そうかい、死の舞踏とは皮肉めいているな。だからあの時も笑っていたのか」

「ふっ、そうだ。あんな一方通行の誘い、普通は断る」


 なるほど。ただの顔見せ、魔眼で実力を見るためか。

 俺が仲間に入るとあっさり了承していたらどうなっていただろう……。


「しかし、カリィではないが……わたしも予想以上に肉体の血を燃やす展開が好きらしい」


 カリィ? あいつか。ずっと前に戦った変態の短剣使い。

 ここにはいないが……。

 どこに隠れているんだ? 一階にもいなかったぞ。


「……へぇ、悪趣味・・・を持つんだな。俺も似たような感じだが」

「ふ、悪趣味とは、お前とて行為に自信があるのだろう?」

「だな。人生の目的は行為にして思想にあらず」

「行為とは人を映す鏡というからな。槍使い、お前は特別だ。どんな趣味だろうと卑下することはないと思うぞ?」


 口のしまりが意識できないほど嬉しさが表に出ているガルロが語る。


「カウンセラーガルロ、俺は特別ではない。ただの訓練マニアの槍使いだ」

「家運世羅? 槍の熱狂者、類いまれなる槍使いか。可笑しな奴だが、人は見かけによらないもの。そんな特別なお前へ血名と共にロルガ様から頂いた<闇蜂の炎鎧>を見せてやろう――」


 ガルロは大盤石のような構えから、力と力の拮抗を崩すように幅広刃の魔剣デュミナスを捻り回す。

 そして、下から引っ掛けて斜め上へと魔槍杖を弾いてくる。


 体勢が僅かに狂うが、ガルロは攻撃してこない。

 しかし、今の動きは真似できそうだ……。

 と、笑みを浮かべたことに反応を示した訳ではないと思うがガルロはその場で、奥歯を噛んだように顎の鰓が出っ張る。

 何かスキルを実行した?


 すると、足下に円状に裂けていた空間から闇炎が噴き出てきた。

 火口から噴出したような闇炎はガルロの体を包む。

 が、ガルロ自身を燃やした訳ではない。

 闇炎は、身動きしないガルロの体の表面に新しい鎧でも作るかのように――間接や繋ぎ目に纏わりついていく。

 細かな造形も自動的に施されて蜂や人の手を模る。

 形や性質は違うと思うが……ヴェロニカがマギットの力を使い魔法少女に変身していたモノと同じようなモノか?

 暗雲垂れ込める雰囲気の中、


「因みに、この力は影翼の仲間にもあまり見せたことがない」


 と闇炎の蜂雲を身に着けたガルロが語った刹那――。

 双眸をチカチカと光らせながら爆発的な加速で間合いを詰めてきた。


 ガルロは闇炎を纏った足を振るう。

 足を刈ろうと下段蹴りを繰り出してきた。

 急遽、跳躍し、ガルロの蹴りを避けた。

 刹那、宙に来るのを狙い澄ましていたようにデュミナスの刃とガルロが体に纏った闇炎から闇蜂の群れが襲い掛かってくる。

 

 避けられない――。

 両手剣の<刺突>という速度で打ち出されてくるデュミナスの鋒にだけ、集中。魔槍杖バルドークを斜めにしてデュミナスの鋒に当て火花を散らしながら弾くことに成功。

 が、無数の闇蜂が放った熱い針を全身に浴びた。

 息がつまるような黄塵万丈の猛々しい風が吹き抜けていく。


 吐き気を催すほどの激しい痛みを味わった。


「ぐあぁおぇぉ」

「ロルガ様は跪けと叫んでいるぞ」


 何が跪けだ! いてぇぇ……。

 ガトランスフォームも防御能力は高いと思うが、弾丸めいた闇蜂の針により、至るところが破れ貫かれていた。

 あちらこちらの穴から夾竹桃のような鮮血が迸っていく。

 痛くてたまらないが、追撃に備えてアーゼンのブーツの裏で床面に着地した途端、俺は魔槍杖を前方に伸ばし、反撃。


 ガルロはデュミナスの幅広な剣身を盾のように扱い、真っ直ぐ伸びていた魔槍杖の紅矛を防ぐと、槍圏内の位置で足を止めていた。


 眉を傾げながら俺の様子を窺ってくる。


「血を操る? いや、再生スキルか……」


 当たり前だが、気付いたらしい。

 ルシヴァル、ヴァンパイア系との判別は不可能だと思うが、身体が再生し外に漏れていた血が自然と身体の中へ逆流している光景は、まず、他では見られない光景だろう。

 ガルロは興味深そうに血の流れを見つめてくる。


 そこに、ちょうどよく、身体に浴びた闇の針が、体内からニュルリと音を立て、持ち上がってきた。

 先端の赤黒い膨れた塊に禍々しい魔力が内包されている。

 しかも、塊の小さい凹凸の凹んだ部位に、小型の幼虫が蠢いていた。

 闇属性なら吸収可能だが、これは……吸収どころじゃねぇ。

 赤黒い塊と蜂の幼虫は、さすがに無理。


 モッコリと膨らんだ赤黒い塊の先端を視認していると、ガトランスフォームも自然に修復していった。


「……その防護服も特別とは恐れ入る。地下オークション級を超えたアイテム群を持つのは素直に羨ましい。そして、地底神の毒も効いてないのか? 厄介だな」


 ガルロは影翼旅団のメンバーに目配せした。その瞬時を狙う。


「厄介なのはこれからだぞ――」


 そのタイミングで最初の布石を実行。

 今日初めて左手に神槍ガンジスを召喚すると同時に、ノーモーションの神槍での<闇穿>をガルロの胸へ向けて繰り出した。


「――な!?」


 ガルロは驚きの声を上げた。

 しかし、初見では防げないだろうと思ったが、対応してきた。

 幅広の魔剣デュミナスで、神槍ガンジスの闇を纏った月牙を防いでいる。


 だが、神槍ガンジスは、冒険者パーティのイノセントアームズの運が手繰り寄せた神話ミソロジー級の特別な武器。


「――魔剣が」


 振動している神槍ガンジスの月牙が<闇穿>により魔剣デュミナスを掘削した。

 障害を排除した神槍ガンジスの矛が喜びの宴を披露するように振動しながら、ガルロの右胸の上部に向かう。

 彼の胸に月牙が突き刺さると思った時――。

 ガルロの闇炎を纏った鎧の一部が変形して受け止めてきやがった。


 その動きはまるで粘土のよう。

 ぐにょりと音を立てながら蠢き、月牙を受け止める凹形になっている。


 さらに、鞘のように月牙を覆う闇鎧の一部が押し出てきた。


 方天戟の月牙から異質な重さを感じ取りながら左手に握る神槍を手元に引く。

 流れで右手の魔槍杖を横から振ろうと思ったが、ガルロ自身が神槍の矛を防いだ闇炎の鎧の一部を切り離して、自然と後退。


 槍圏内から離脱していた。

 ガルロが着ている闇炎の鎧は、切り離された部位が消失したので、穴ができている。

 彼が鎧の下に着ているインナー系の黒い鎖帷子を覗かせていた。


 しかし、彼の鎧から分離した神槍ガンジスの穂先を覆う凹形の闇の塊はそのままだ。

 付着しているのか?


「魔剣デュミナスを……そして、二槍流とは槍使い・・・の名は伊達じゃないか」


 ガルロは戸惑い怯えにも似た表情を見せる。

 だが、彼にとって今までの一槍、風槍流としての動きの全てが伏線だとは思いもしなかったはずだ。

 それなのに、神槍の月牙へとデュミナスの刀身を当ててきた。


 そのディミナスの刀身部位が振動する月牙により大きく削れているが、不意の槍突、二槍流の動きに反応したのは本当に見事。


 武術街の友、八剣神王三位、四剣のレーヴェ・クゼガイルでさえ初見は防げなかった。


 さすがは八頭輝、血長耳を潰そうとする影翼旅団を率いるだけはある。

 素直にガルロの心技体を尊敬しながら、次の布石を行動に移す。


 天凛堂屋上の夜空に展開していた<導想魔手>。

 その歪な魔力の手に握る鋼の柄巻ムラサメへ魔力を直に通した。

 魔察眼を使えない者なら、ただ、宙に浮いている光刀にしか見えないはず。


 そのムラサメブレードは中空の位置で待機させる。


 そして、わざと目立つように神槍ガンジスを箒で払うようなイメージで下段に払う――。

 床に一閃の跡を作ったが、月牙の矛を囲っている闇炎の鎧の一部、凹形の塊を振るい落とせた。


 接着して封じる系の効果がなかったのか? 神槍ガンジスの矛が特別だったのか?

 どちらでも構わないが、床に落ちた闇炎の塊は蒸発するように消える。


 左手の神槍の矛を下段に伸ばし、右手の魔槍杖を右肩において、右に少し歩きながら半身の体勢でガルロを睨んだ。

 俺の剣幕に押されたように彼は黙った。


 視線はガルロを捉えたまま、肩に乗せていた右手に握る魔槍杖を右斜め下へ伸ばし僅かに金属音を響かせながら紅斧刃を寝かせる。


「二つの武器か。聞くと見るとは大違いだ」

「今さらだなァァ――」


 前傾姿勢を保ち、巨獣のように咆吼を続けながら吶喊――。

 ガルロの胴体をぶった斬ろうと前方に魔槍杖を振る。

 紅斧刃がガルロの胴体にぶつかる直前、左手を前方に捻り出す神槍ガンジスの<刺突>でガルロの足を貫こうと狙った。

 ガルロは削られて剣身の形が変わった魔剣デュミナスを盾代わりにして魔槍杖の紅斧刃を受け止める。

 左手の神槍ガンジスの<刺突>もガルロが着る闇炎鎧のタセットの一部が長太い板のように変形して、ガンジスの月牙を防いできた。


 また自動防御か。

 先ほどと同じく月牙を囲うように飛び出た闇炎鎧の一部は振動が続く月牙によってガシガシと勢いよく削られていく――しかし<刺突>が防がれたことに変わりはない――。


 すぐに伸びきった左手から神槍を消去。

 刹那、宙に浮かぶ<導想魔手歪な魔力の手>を動かす。


 俺自身は爪先を軸に体幹を意識しながらの横回転ルーレット

 独楽のように体を回転させながら――。

 再び左手に神槍を出現させた――。


 俄に移行した二槍流の行動を注視してくるガルロ。

 頭上から迫る<導想魔手>のムラサメブレードに気付くのに遅れた。


「上だと?」


 ガルロは超人染みた動きで反応。僅かに半身をずらし躱そうとする。

 しかし、闇炎の鎧の肩口に侵入するムラサメブレードの青緑色の刃。

 ガルロの肩から脇腹にかけてを大きく削り溶かす。

 ガルロの足の一部をも溶かしたムラサメブレードはブゥンと音を立てて天凛堂の床に突き刺さった。

 床も解けていくが、不思議とムラサメブレードの刃は下に侵入していかない。


「ぐあぁ」


 ガルロの悲鳴と同時に下からエコーの悲鳴も轟く。

 床を溶かす勢いだから魔力の供給を止めて<導想魔手>を消す。

 ただの鋼の柄巻に戻ると、床に転がった。

 同時に、風を纏う機動で回転を続けながらガルロの側面に移動――その回転運動の力を、左手に握る神槍ガンジスに乗せながら右足で床を踏み体幹を意識し姿勢を保つ。


 そして、左手ごとガルロを突き刺すイメージで<闇穿>を発動した。


「ぐふあ」


 今度はガルロが身に着けている闇炎鎧も対応できず。

 闇属性の魔力を宿した方天画戟と似た神槍ガンジスの<闇穿>がガルロの左胸に突き刺さった。

 ガルロの肉と骨を断った。


「まだだ。俺の行為槍使いを受け取れ――」


 そう言葉を発すると共に、右腕の肘に生えた第三の腕に魔槍グドルルを召喚する。


「げっ」


 第三の腕に握る魔槍グドルルで<闇穿・魔壊槍>を発動した。

 ガルロは吐血し、体を僅かに右に移動させる、避けようとしてくる。


 逃がすつもりは毛頭ない。

 神槍ガンジスを握る左手首から<鎖>を射出した。

 同時に<破邪霊樹ノ尾>を発動――ガルロの片足に樹木を何重にも絡める。

 が、残った闇炎鎧の一部が爆裂するように<鎖>を止めてきた。


 しかし、ガルロの足は封じることに成功。

 更に第三の腕の誕生は、ガルロにとって完全に想像外のはず。

 ガルロは魔槍グドルルのナギナタ刃を浴びた、右脇の腹が更に切り裂かれていく。


「……ぐぉ」


 刹那、壊槍グラドパルスが出現。

 壊槍グラドパルスは、目にも止まらない速度で螺旋回転し直進していく。


 ――<闇穿・魔壊槍>の巨大ドリルのような巨大な闇ランスはオレンジ刃を越えて動けないガルロの体を捉える。と、グラドパルスがガルロの上半身を巻き込むと、一気にくり抜いて虚空を突き進む。


 残った下半身のガルロの死体は砕かれた彫像にも見える。そんな巨人の腕に千切られたような切断面から血が乱雑に噴き出した。

 ガルロの血と魔力をあますことなく頂いていく。

 血の放出の反動からガルロだった肉の彫像は倒れていった。

 

 壊槍グラドパルスはそれを見届けることなく消えていく。


 よーし! 

 三腕と歪な魔力の手<導想魔手>を活かした三槍一剣流の技が成功した。

 魔槍杖バルドークを消失させる。

 続いて、肘から出ていた第三の腕イモリザを縮小させて黄金芋虫ゴールドセキュリオンに戻した。


「ピュイピュイ」


 と小さい鳴き声で腕を伝い掌へ向けて移動するイモリザ。


 そして、床に落ちた鋼の柄巻へ向けて右手を翳す。

 ムラサメブレードを意識した。


「ムラサメよ、来い」


 その瞬間、ムラサメが超伝導磁石に吸い寄せられたような勢いで右手の掌に納まった。

 念動力のような力で戻した鋼の柄巻を、掌の中でガンスピンを行うようにクルクルと回転させてから、腰に備わっている専用の剣帯に収納する。

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