二百九十五話 闇ギルド【影翼の旅団】

 

 ◇◆◇◆


 ここは【鉱山都市タンダール】。

 バルドーク山と地続きの連山の一つだ。

 良質な鉱物が採れる。


 そして、都市を一望できる標高が高い場所に漆喰の壁に囲われた【武神寺】が存在した。この武神寺は、古くから様々な地域から、己の武術の腕を上げるため飛剣流、絶剣流、王剣流などの使い手や独自の介者剣術を扱う武芸者たちが集まる場所として有名な武門の名所でもあった。


 現在も八槍神王第三位天賦のテレーズ・ルルーシュ。

 八槍神王第五位一槍のアキュレイ・アキレスたちも日夜訓練に励んでいる。同時にタンダールの裏と地下では……。

 神々の思惑に影響を受けた宗教団体と、武芸者崩れの闇ギルドなどが、多数入り交ざって、鉱山利権を巡る縄張り争いを主軸とした根深い争いが絶えず続いていた。

 今もとある坂道で【大鳥の鼻】と【影翼旅団】の争いが起きている。


 坂道の上から威風を醸し出す褐色の男が躍り出ると、一気に駆け下りた。逃げる男たちを追い掛けると坂の下で数人が立ち止まった。

 表情は硬い。彼らは覚悟を決めたように頷き合うと……。

 各自が己の力を示すように武術の構えを取った。

 得物の切っ先を、ゆっくりと、坂の上から睨む褐色男へと向けた。

 切っ先を向けられた褐色男は特徴的な福耳を持つ。

 長く垂れた耳朶の先端にピアスが飾る。

 その耳朶を持つ褐色の男が、猛然と駆けて坂の下へと跳躍――。


「――フンッ!」


 とマスク越しの気魂を発した。

 同時に唐竹割りの如く振り下ろした黄土色の長剣が、手前の男の頭部を捉えた。斧で頭を断ち割ったような音が響くと、分かれた頭部から脳漿の血が散った。頭部を斬られた仲間の仇を討とうと、


「くそがッ、ハゴの仇!」


 斜め下から褐色男を斬ろうとした虎獣人ラゼール


 しかし、褐色の男は素早く反転。

 血に染まった黄土色の長剣を振るい抜いた。

 鮮烈な斬り返しが虎獣人ラゼールの腹を切り裂いた。


 褐色の男の勢いは衰えない。

 それは、精霊か、神か、何かの恩寵を得ているかの動き。

 褐色の男は、次の相手の槍使いへと向けて駆けつつ――。


「うぬらの槍の間なぞ意味はない――」


 言葉で相手の虚を突く。

 やや遅れて血が滴る黄土色の長剣を振るった。

 血飛沫で剣の軌道を隠す秘剣スキルに近い袈裟斬りを実行――。

 

 槍使いを肩口から斬って捨てた。

 そのまま黄土色の剣に付着した血を払う――。

 

 褐色の男は、柄巻きの握り手に力を入れてから駆け出していく。

 太い筋肉質の足を示すようにドタドタと足音を響かせる走りだ。


 固い石壇を強く蹴り坂上を勢いよく下った。

 坂下の緑髪の槍使いは、仲間がやられたのを見て鬼気迫る表情を浮かべながら


「――これ以上は、やらせん!」


 と、言い放った槍使いは、褐色男の頭部に穂先を向けた。間合いを詰めた褐色の男は、槍穂先を見ても勢いを殺さず。魔力を発した黄土色の剣身を左に動かし、穂先と衝突させる。槍の<刺突>系と目される突きスキルを難なく弾くと魔脚を用いて前進し槍使いとの間合いを零とするや――黄土色の長剣を風を巻く勢いで振り下げた。

 槍使いの肩口に黄土色の長剣が決まる。

 そのまま槍使いの胸の半ばまでを一気に切り裂いた。


 切り裂かれた箇所から血が迸る。


「ガイさん、ここはおれ……」


 刹那、血の化粧を得た黄土色の長剣が嗤ったように煌めく――。


「たち……」


 と、斬られた男は最後の言葉が言えず。

 頭だけが回転。

 褐色の男が放った喉笛を噛み切るが如く振られた荒々しい太刀筋が、その喋りかけていた男の首を捉え刎ねていた。


 褐色の剣使いは、尚も止まらない。


 次の標的――。

 整った顔を持つ首を跳ねられた男から、ガイと呼ばれた長太刀使いへと向けて、自身のスキル<三羅剣・虻蝉アブゼミ>を繰り出していた。


 長太刀使いは、


「ちっ――」


 と、舌打ちしながら七色に体が輝く。

 迫った三つに分裂した黄土色の剣刃を後転しながら、躱し、華麗に避けていく。

 

 三つの剣刃を繰り出していた褐色男は、長太刀使いの動きに感心した素振りを見せてから、


「……ほぅ、我の三羅剣を躱すとは……お前は他と違い、動きの質が高いな」


 と、七色に光る相手に向けて語り掛けていた。


 剣呑とした間が空く。

 褐色の男は周囲を窺った。


 長く垂れた耳朶に複数刺さるピアスが怪しく光る。

 その長く垂れた福耳の耳朶が――蛇のように蠢く。

 

 そこに、


「――もうっ。武芸者上がりは、すぐこれなんだからっ! カリィと同じね」

「あの変態と一緒にするな……」

「いいからゼイン、敵に感心している場合じゃないの! 無駄口を吐いてるようじゃ、総長は超えられないわよ? ちゃんと追撃をしないとっ」


 いつの間にか、褐色男の隣に立っていた女の言葉だ。

 しゃべり終えた彼女は嬉しそうに笑窪がある口角を上げてローブから細い両手を出していた。

 特殊な棘付きの指貫グローブを装着している。

 そのグローブから伸びている十本の指でピアノを弾くように動かした瞬間、バチバチッと音を立てた稲妻のような電光を指から発生させていた。


 七色に輝く長太刀使いへ、意思のある稲妻を伸ばしていく。


「――今度は魔法かよ!」


 長太刀使いは、そう言葉を吐き捨てると、懐から素早く丸型の特殊スクロールを取り出し空中へ投げた。

 その丸型スクロールが宙に溶けるように消えた直後、光を帯びた線が連なったマジックバリアが周囲に展開。

 身に迫っていた稲妻をバリアで弾いていく。

 体から七色の光を消失させている長太刀使いは、一時的に焦った顔を浮かべていたが……バリアで魔法を弾く様子を眺めて安心したように頬を緩ませる。


「ふん、もっと、もっとよ、踊りなさいっ」


 稲妻の魔法を無詠唱で繰り出している女。

 指先から稲妻の槍を作り出す。

 次々と、オリジナルの雷魔法を、マジックバリアに身を包む長太刀使いへぶつけて衝突させるが、


「……黒マスクと雷女よ。今は退く、じゃあな――」


 二対一の状況になってもバリアを使いしぶとく生きていた長太刀使い。

 彼は再び身体を七色に光らせると、素早く離脱していく。


「また逃がしちゃった。あいつを追い掛ける?」

「いや、罠の可能性がある。あいつは【大鳥の鼻】の幹部。追った先に違う幹部が待ち構えている可能性が高い。逆に急襲してくる釣りの動きと判断した。ここは一旦退く」

「勘が鋭いゼインがそう言うなら、たぶん当たってるわね。分かった、戻ろっか」


 ラライとゼインは街道を走り、皆が集まっている屋敷へ戻っていく。



 ◇◇◇◇



 そのタンダールにある屋敷にて、


「久々に皆が集まったな」


 会議室の上座の位置に座る男の言葉が響く。

 額に翼を持つ漆黒獣のサークレットを装着した短髪の男。


 サークレットは細かな象嵌が施されて魔力を内包している。

 特に頭部にある一対の小さい眼球たちは、独自に蠢いていた。


「――ガルロ総長、撃退したけど【大鳥の鼻】の長太刀使いは逃がしちゃった。【魔神の拳】といい、強い奴らは本当にしぶとい」


 ラライの言葉に頷く、短髪のガルロ総長。


「七色長太刀使いガイか。【大鳥の鼻】と【魔神の拳】は放置だ。特に【魔神の拳】は放っておいても、地下好きの魔族、穴蔵・・から出てこないだろう」


 ガルロは渋い口調で話し、ラライの言葉に答えていた。


「長太刀使いは、我の追撃も避けてきた」


 ラライの言葉に同意するように語る褐色の男ゼイン。

 彼は直に戦っていただけに説得力があった。

 そして、彼特有の長い福耳が蛇のように動いている。


「その長太刀使いは、ボクも戦ってみたかったナァ」


 そう発言したのは、ぼさぼさの頭髪をした男で、頬にハートにナイフが刺さった特徴的な入れ墨が刻まれている。

 両手の掌に独特な杭の短剣を持ち、その短剣でお手玉をするかのように遊んでいた。


「カリィは相変わらずねぇ、また任務外のことをやる気なの?」

「ラライ、心外だァ、ボクは純粋に戦闘が好きなだけだヨ」


 独特の悪態笑顔カーススマイルを作るカリィ。


「……その七色のガイは強者。更に【大鳥の鼻】に所属する影使いヨミは、その上をいく強者と判定しています……」


 会議机の端に座るローブ姿の男は、目の前の机の上にある膨大な魔力を放出している水晶球へ手を当て、その水晶を白銀色に光らせながら語っていた。


 水晶の中では、魔力を放っている主なのか、白銀色の光を帯びた瞳が浮かんでいる。

 その白銀の瞳から闇の靄が溢れるように噴き出し、水晶の表面にぶつかっていた。


 闇靄が幾度もここから出せと言わんばかりに水晶球の内側の表面に衝突している。


 ローブの男は口元を歪めてから、手に魔力を込めると、その水晶球に手を当て触れていた。

 手が触れた瞬間、水晶の中に棲んでいた瞳が、急に意識を失ったように大人しくなり、瞼を閉じていく。


「……アルフォードの能力が、そう語るならば、そうなのだろう」


 総長ガルロが水晶球を操作しているローブ姿の男をアルフォードと呼ぶ。

 声質からアルフォードの能力に対する尊敬の意思が感じられた。


「総長、【塔烈中立都市セナアプア】での依頼である評議員ヒューゴ・クアレスマの依頼であった【白鯨の血長耳】の盟主暗殺の依頼は失敗した」


 硬い口調で自らの失敗を報告する人物。

 彼は全身が黒鎧。

 滑らかそうな黒鋼を纏う異質な人物だった。


「……詳細は聞いているが、パルダとリーフの二人掛かりで失敗したのなら、仕方がない。次は、わたしが直で当たる」


 総長ガルロは、不敵な笑みを顔に浮かべながら語る。


「了解した。総長が直にやるなら、協力する」

「あたしも頑張るよ。四剣・厳眼流で必ず仕留めるさ。でも、パルダの魔鋼で敵の盟主にダメージを与えていたんだがねぇ……二対一の状況でも、銀を纏った魔力で対処してきたよ。パルダを地面に沈めて、あたしを吹っ飛ばした。あのエルフ、レザライサは強者中の強者、攻防力も巧みで化け物と呼ばれるだけはある」


 猫獣人アンムルの女は、自身の四つ腕をそれぞれ違う方向へ向けながら話していた。


「……あぁ、借りは返したい。で、総長が直で当たるということは、やはり予定通りに【迷宮都市ペルネーテ】ですか?」


 その黒鎧を身に纏う男の言葉に、上座に座る総長ガルロは頷いた。


「……そうだ。地下オークションへ表向き買う側で参加しながらその因縁が続く【白鯨の血長耳】の盟主レザライサ・フォル・ロススタインの命を狙う。ついでに、各地方の【闇ギルド】の八頭輝たちも影翼らしく始末しようじゃないか」


 【影翼旅団】団長のガルロは漆黒色の瞳を輝かせながら鷹揚な態度で語り、額にある黒翼のサークレットへ魔力を込めていた。

 その刹那、額のサークレットの中から、大きな黒翼の片翼が現れる。

 遅れてもう一つの翼が現れた。


 更に、巨大な頭と漆黒色の獣が、額のサークレットから飛び出てきた。

 漆黒の巨大な獣は、幹部たちが集まっている会議室の机を占領するかのようにノシノシと机の上を我が物顔で歩いている。机に、黒々とした液体の足跡を残していた。


 漆黒色の獣の頭部は、大鷲を彷彿とさせる。

 その頭部を上向かせ、


「ピュァァァン――」


 と、独特の叫び声をあげていた。

 それは、大鷲、大鷹、グリフォン、ヒポグリフ、を連想させるが、独自の動物にも見える。


「セヴィスケルちゃんだ……」


 ラライは漆黒色の獣をセヴィスケルと呼び、細腕を翳した。

 指抜きグローブから伸びている数本の指先を、空中にピアノの鍵盤があるかのように動かす。


 その可憐な細指から、雷を放出し、放電させるように雷を宙へ伸ばしていく。


 黄色、青白い光が、急加速して点滅を繰り返す稲妻の電気。

 その放電している雷で綾取りでも行うよう一箇所に絡ませてから、小さい人型を形成していた。


 バチバチと音を発している小型人形。

 その雷属性の小型人形を、漆黒獣のセヴィスケルの嘴辺りへ向かわせていた。


 小型人形を目の前にした漆黒獣のセヴィスケルは、大きな嘴を上下に広げる。

 口の中から、ピンク色の大きな舌を覗かせると、


「ュァァ――」


 未知の猛禽類のごとく鳴いてから、差し出された小型人形を餌だと判断したらしくガチッと歯がぶつかる音を立てながら噛みついていた。

 人形はバチバチと悲鳴めいた音を鳴らしながらあっさりと大きな嘴の中で消失。


「ラライ、セヴィに悪戯はよくないぞ」

「あうぅ、セヴィちゃん怖い」

「……アハハ、ラライの雷を喰った。でも、久々に見たよォ。総長の魔造生物セヴィスケル。相変わらず姿が大きいナァ――」


 カリィが嗤いながらセヴィを触ろうと手を伸ばすが、セヴィスケルは黒翼でその手を弾いていた。


「……で、地下オークションでの、襲撃のタイミングは? しかし、潜入任務中のはずだったノーランから……我は説明を受けていない」


 褐色のゼインが語る。彼の副耳は自動的に動いて、口が裂けているノーランの方へ向けられていた。

 ノーランは褐色肌の男から鋭い視線と耳を向けられても、目を細めて沈黙を貫く。


 幹部全員の視線が、その口裂けの彼に集まる最中、その口を開いたのは……意外な男だった。


「……地下オークションの会場は貴族街にある、元大騎士、元子爵の大屋敷で行われるようです……泊まる宿は天凛堂ブ……」


 水晶球を操作していた素顔を晒していない不気味なアルフォードが<千里眼>を発動させて、話をしていた。


「凄い。もう先読みして“事前情報”を得たのね! さすがはアルフォードの<千里眼>っ!」

「……」


 アルフォードはラライに褒められても、顔を少し傾けただけで何も答えず。

 代わりに、総長ガルロの声が響く。


「……アルフォードの事前情報通り、その大屋敷で行われる地下オークションの第二部が終了し、宿に戻ったタイミングで、襲撃をかけるのがいいだろう。血長耳を一網打尽にする」

「……総長、ついに暗黙の了解を破るのね。わたしの四肢も震えるわ……」


 隣に座る猫獣人アンムルの女が、顔にある三つの目で、総長ガルロの黒い瞳を凝視しながら語る。


「……待て、俺は反対だ。ペルネーテから完全に手を引いた方がいい」


 そう発言したのは、今まで沈黙を守っていたノーランだった。


「ノーラン、どうした? 【悪夢の使徒】の潜入任務から帰ってから、いつもと様子が違うとは思っていたが……まさか、持ち帰った三玉宝石。魔界の女神、悪夢の女王ヴァーミナの影響でも受けたか?」


 総長ガルロは漆黒獣セヴィスケルの後ろ脚を片手で撫でながら、にこやかに語る。

 セヴィスケルの尻尾が、ガルロの首に巻きついていた。


「そうよ。魔印剝がしのノーランらしくない。まさか、潜入任務、アルフォードの偽装スキルが看破されたとか?」

「そうではない、偽装は完璧だった。クロイツを含めて【悪夢の使徒】の全員が、俺のことを【セブンフォリア王国】出身で特殊部隊の軍罰特殊群の軍人崩れだと思い込んでいたさ。その偽装は去り際に自ら解いたがな?」

「ふーん。でも、手を引けなんてねぇ」


 猫獣人アンムルのリーフは、納得がいかないのを態度でも示す。右の長腕たちの先にある十指で机の上を何回も爪弾いていた。左腕たちはノーランを指している。


「……リーフ、俺はお前の四剣の筋を知っている。そのうえで、話しているつもりだ」

「うん、ノーランは二腕ながら、四腕のわたしと打ち合える実力者だからね」


 猫獣人アンムルのリーフが、ノーランの剣術を褒める。

 そして、隣に居た黒鎧を身に纏う異質な男パルダが、


「……ノーランが言うなら、俺も賛成だ」


 と、ノーランの言葉に同意を示す。

 彼は顔も鎧の一部と同化しているので、表情が分からない。


「え? パルダが? 珍しいわね……」

「リーフ、ノーランの見る目は確かだ」

「ボクは気にナるねぇ。あのノーランが、途中で切り上げたペルネーテの仕事が」


 カリィの甲高い声の言葉を聞いた、ノーランは裂けている口を動かしていく。


「それは単純だ。槍使いと黒猫という強者が【月の残骸】のトップに居るからだ」

「え!? その名前、もしかして……あの、槍使いかイ?」


 カリィは驚愕の顔を浮かべて、起立していた。

 悪態笑顔カーススマイルは完全に消えている。

 大きめの額に冷や汗を浮かべていた。

 そして、かつて怪我を負った腕をさすりながら、全身から魔力を放出している。


 <導魔術>を発動させていた。


「え!? 槍使いというと……グフッ」


 千雷のラライは、カリィの様子から、昔を思い出したのか。

 彼女特有の癖、妄想タイムを起こす。


「んん? カリィとラライの反応だと、その槍使いと黒猫は、有名なのか?」

「あたしも初耳だ」


 黒鎧男のパルダと猫獣人アンムル女のリーフは、皆へ向けて確認をするように声を出していた。


「【月の残骸】か。最近、各地方の八頭輝の盟主から推薦され新しい八頭輝の一人に選出されたばかりの……成り上がった槍使いか?」


 総長ガルロも頷きながら話す。


「そうだ。総長ならもっと詳しく知っていると思ったが」

「……その槍使い、ボクがヘカトレイルで戦って負けた――あの槍使いだろう?」


 立った状態のカリィが左腕を払う動作をしながら、ノーランに問う。


「……さぁな。ずっと前に、怪我を負ったと定時連絡で聞いていたが……しかし、俺が知る槍使い・・・と戦って、本当に怪我だけで済んだのか?」


 口が裂けているノーランは、カリィを睨みながら聞き返していた。


「……そうだヨ。ボクは軽く遊ばれた感じだった。二対一の状況でも、槍使いは単独で【茨の尻尾】の幹部ライザを仕留めて、ボクを追い詰めてきた。皆に見せたことのナイ技を用いても、ボクは負けたンだ。怪我を負って、こりゃ死ヌと思って、その槍使いと話をしていたら、何故か、追撃をしてこなかったからね。ボクは、彼の気まぐれで助かったンだヨ。ラライなら、ボクの当時の様子を覚えているはずサ。ね? ラライ?」

「……その槍使いに、会いたいなぁ……」

「またか……」


 カリィは目を細めてラライの顔を見ていた。


「ラライ!」


 カリィは大声で、妄想世界に飛んでいたラライを現実に引き戻す。


「……あ、うん、ノーラン。補足するようだけど、カリィの、その話は本当よ」


 妄想を切り上げたラライは真剣な顔でノーランに話していた。


「……黒槍と、鎖の飛び道具も武器として使っていたナ。【茨の尻尾】の幹部、暗黒のクナを仕留めたのも槍使い。とにかく、強い……神王位の上位……それ以上かもしれない」


 額に浮かぶ冷や汗を、手で拭きながら恐々と語るカリィ。


「……なるほど。神王位の上位に鎖の能力か。納得だ。槍の種類は俺が知る情報と違うが、まぁ、俺が知る槍使いだと思う。ペルネーテの裏社会では、紫の死神、魔槍使いと呼ばれていた。八頭輝の一人に成り上がった武芸者であり、冒険者Bランクだ」


 ノーランはカリィの言葉を信じたのか、頷き、厳しい視線を緩めながら話している。

 彼の口はものの見事に裂けているので、不気味な顔に違いないが、仲間に向ける視線はどこか温かい。


「神王位か、その実力に興味はある。だが、仕事として当たるのなら、嫌な予感がする相手だ」


 褐色の男ゼインが発言した。

 彼の特殊な耳朶は垂れたり浮いたりを繰り返している。


「ゼインの勘は当たる……」

「ふむ……」


 総長ガルロは皆の意見を聞き頷いた。

 そして、<千里眼>の能力を持つ、水晶球を触っているアルフォードへ視線を向ける。


 視線を受けたアルフォードは頭に頭巾を被ったままなので顔はよく見えないが、ローブから出している両手は見えていた。


 その両手、枯れた枝のような両腕で水晶球を触り<千里眼>を発動。


 アルフォードは槍使いの情報を、水晶球の力を用いての探索を開始するが、水晶球の白銀の瞳が、逆に小さく縮まり水晶球自体も小さく小さく縮んでいく。


 最初メロンほどあった大きさの水晶球が、ビー玉サイズにまで縮小していた。


「こ、これは……わたしの能力が通じない相手なのは、確実なようです」


 アルフォードは動揺を示し、声を震わせている。


「……よく分かった。仕込みは済ませてあるのだが……派手な戦争は止めておいた方が無難か? ノーランの忠告通り、槍使いを避け、レザライサの暗殺のみに焦点を合わせる」


 総長ガルロはあっさりと計画を変更した。

 アルフォードの能力で見られない相手、それは、人外級の強者以外にありえないからだ。


「どうだろう。俺はペルネーテ自体から手を引くべきだと進言する。オークションの前後なら標的を狙いやすいのは確かだが……槍使いの知り合いが暮らすペルネーテ。誰が誰に、その槍使いと繋がっているのか……分からない。そして【血長耳】のレザライサだ。もうとっくに槍使いの評判を知っているはず。レザライサが槍使いに水を向けていたら……」

「接触している可能性も無きにしも非ず、か」


 ガルロはノーランの言葉を重く受け止めたのか、黒い瞳を濁らすように魔察眼の魔力を強めていた。


「……そうです。総長、我々は確かに強い。全員で掛かれば、どんな強者も沈める自信はある。俺も数々の魔印を吸収してきた自信とスキルもある。だが……槍使いはダメだ。遠くから観察しただけだが、異質。見た目は人族だが、魔族と思われる相手。しかも、それだけではない。総長が扱うセヴィスケル、魔造生物と同じ系統と思われる、黒猫系魔獣を使役しているんだ……」

「――ピュァン」


 ノーランの言葉に反応を示した漆黒獣セヴィスケル。

 大きな黒翼を小さく畳みながら槍のように長細く形を変えると、その先端でノーランの顔を撫でていた。


 ノーランは瞬きを繰り返すが、セヴィスケルの黒翼に応えず、口を動かしていく。


「……冒険者仲間、配下と思われる【月の残骸】のメンバーたちも居る」

「槍使いの関係者……」

「はい、そして、地下オークション会場は【血長耳】を含めて他の闇ギルドのメンバーも居る。その中の仕込みを利用すればレザライサの命を取れる可能性はあると思いますが……今回は、避けるべきだと思います。レザライサを狙うなら、槍使いの居ない【白鯨の血長耳】の本拠、【塔烈中立都市セナアプア】に乗り込んで作戦を練りましょう、評議員たちの【空魔法士隊】等々あるとは聞いていますが……味方に引き込める。総じて、槍使いよりはマシです」


 ノーランはハッキリと語った。


「……ノーランにそこまで言わせる相手なのね。その槍使い。あたし、興味が出てきちゃった」

「リーフ、わたしは昔から興味を持ってたわ。<千雷>で戦うことを想像していたんだからっ」


 ラライは<千雷>を発動させて、全身を黄色い魔力で覆うと、身体を浮かせていた。

 彼女の身に着けているローブの生地が、撓み揺れて風を受けているように靡いていく。


「……千雷のラライとリーフの四剣・厳眼流でも、厳しいと思うヨ。ボクも再度戦えば、凄く興奮しそうだし、未だかつて味わったことのない快感を味わえそう。でも、戦えば……次は無さそうだから、やっぱり、ノーランの意見に賛成かナァ」

「え? 戦闘狂のカリィがそんなことを言うなんて……」


 猫獣人アンムルの妖刀使いリーフの言葉に同意するように、カリィの気質をよく知る影翼旅団の幹部たちは……暫し、沈黙し、熟考した。


「……我もいやな予感があるので、カリィとノーランの意見に賛成だ」


 褐色肌の福耳男ゼインもノーランの意見に賛同を示した。


「ゼインもか」

「あたしは、ペルネーテ行きを希望する。レザライサを倒し、その槍使いも倒す」


 カリィの言葉に少し苛立ちを見せる猫獣人アンムルリーフは、ペルネーテ行きを希望している。

 ノーランは血気盛んな言葉を聞いて、


「チッ」


 舌打ちを放ち、かぶりを振る。


「俺は命が惜しい。他の都市の仕事へ回してくれ、どんな雑用でも構わない」

「わかった。ノーランは別の仕事をしてくれて構わない」

「了解。それじゃ、俺はこの会議から出るぜ、任務の時は個別に呼んでくれ」

「……」


 ノーランは立ち上がると、足早に会議室を後にした。


 冗談ではない。ペルネーテは鬼門だ。

 潰れたはずの【悪夢の使徒】の情報が不自然に漏れてこないのもオカシイ。

 あの槍使い……表の権力機構にも力が及んでいる可能性がある。


 しかし、リーフのあの口調だと、命令を無視して槍使いにちょっかいを出しそうだな。

 団長も襲撃計画が進んでいるので……いまさら途中で退けない面もあるんだろう。


 だが、俺はしらねぇぞ。

 どんな奇襲を敢行したところで先は見えている。

 仲間、義理からの立場で一度は、注意をした。

 ……槍使いと関わったら、俺は影翼ここを抜けさせてもらうぜ? 


 と、ノーランは考えながら影翼旅団の屋敷から外に出た。


「……ノーラン、臆病風に吹かれた?」

「リーフ、言いすぎだ――」


 総長ガルロはリーフへ注意をしながら、机の上で大人しく幹部たちの言葉を聞いていた漆黒獣セヴィスケルを額のサークレットの中へ引き戻していた。


「今まで単独任務をこなし続けていた、あの魔印剝がしのノーラン自ら「命が惜しい」と言ったんだ。槍使いの実力は、本物中の本物なのだろう。そして、福耳ゼインの勘はよく当たる。しかし……もう計画は進行中で今さら退けない。レザライサ暗殺だけは実行に移す」

「……総長がそう言うなら、我は賛成だ。嫌な予感はするが、槍使いの仲間といえど、軍勢ではない。それに標的はレザライサ。我ら全員で事に当たれば、仕事は完遂できるはずだ」


 福耳ゼインは語る。


「よく言った、ゼイン。あたしも戦いたい!」


 リーフも四腕を胸に組みながら言葉に力を込めていた。


「あまり乗り気ではないが、レザライサは仕留め切れなかった相手だ。頑張るか」


 黒鋼使いのパルダが、リーフの肩に鋼鉄の手を置きながら話をしていた。


「うん、パルダ、この間のレザライサを追い詰めた連携の続きだからね」

「了解」

「わたしも参加ー。稲妻でみんな、倒してあげる♪」

「ボクは遠慮したいけど、ノーラン以外、全員参加する気なら……参加するヨ……」

「よし、なら、前に話していた通り、計画はあの蘇りと仕込みの闇ギルドたち、それに合わせて我らも動くことになる」


 総長ガルロの言葉に、皆、頷く。


「「――了解」」

「そして、ノーランが危惧する槍使いだが……オークション中に、俺が直で接触してみようと思う。戦いではなく誘いだ」

「勧誘をするの? その槍使いって、闇ギルドの盟主なんでしょ? 影翼うちに入るかしら」


 猫獣人アンムルのリーフ。

 彼女は、三つある目を鋭くさせながら、総長ガルロへ聞いていた。


「入るか入らないか、分からないが、敵対するよりマシそうだからな」


 槍使いと黒猫を知るノーランの意見は通らず【影翼旅団】は【迷宮都市ペルネーテ】行きを決めていた。

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