二百六十六話 クラブアイス


 配膳の手伝いをしながらレベッカの様子を窺った。

 レベッカはサーニャさんの門弟の方々へと頭を下げて挨拶している。


 そのサーニャさんは、掛け声を発して、門弟たちを目の前に整列させた。


 門弟の数は少ない。


「皆さん、レベッカさんが今回からクルブル流の門弟に加わりました。一緒に頑張っていきましょう」

「「はい」」


 サーニャさんは、師範代らしく胸を張る行動から、空手の型のような動きをやりだす。

 門弟たちもサーニャさんの動作を真似していく。


 最初は左右の拳を使う正拳突き。

 途中から体幹を活かして――。

 腕を交差しつつ前進しながら足の動きが加わっての、正拳突き。

 

 拳を主力とした歩法ばかりで、蹴りの技は少ないようだ。

 彼らは真面目に稽古を続ける。

 レベッカも真似をする。

 面白いぐらいにぎこちなかった。

 だが、レベッカは真剣。


 強くなろうとがんばる姿勢は見倣うべき心根でもある。

 ――俺も槍をがんばろう。

 槍もただ振り回し突くだけではない。


 <刺突>のスキル一つだけでも奥が深い。


 指と置き方、掌で槍の柄の握り方は異なることが多い。

 掌と指の微妙な力加減によって精度も変わる。

 その微妙な力加減が重要。

 <魔闘術>の魔力操作の技術も関係してくる。


 更に、筋肉と骨の動き。

 スキルの動きと視線によるフェイント。

 

 それを見越して、相手の心理も読む。


 武術の妙だ。

 非常に面白い……また槍の訓練をやるかな。


 そんなことを考えていると、配膳の手伝いも終わる。

 ヴィーネのほうを見ると、ポニーテールの銀髪を子供たちに悪戯を受けて弄られていた。ヴィーネは俺の視線に気付く。


 と子供たちから離れて傍にきた。


「……一通り配膳も終わったし、俺たちは家に帰るか」

「はい。訓練に刺激を受けましたか?」

「さすがに分かるか」

「はいっ」

「にゃお」


 肩にいる黒猫ロロが鳴く。


「あれ、ロロ。アーレイとヒュレミが見当たらないが……」

「ンン、にゃぁ」


 香箱座りで待機していた黒猫ロロさん。

 俺の顔を見て、おもむろに小さい前足を使い立ち上がったが、途中でその動きを止めていた。下に顔を向けている。

 

 その視線の先に、アーレイとヒュレミがいた。

 なんだ戻っていたのか。


「ニャア」

「ニャオ」

「この屋敷の探索をしていたのか? 髭に枯れた葉が……」


 猫ちゃんズの髭についたゴミを取ってあげてから、


「よし、帰るぞー」


 その前にイワノビィッチ氏に挨拶。

 二言三言会話後、笑顔を交わし、訓練を続けているレベッカの様子をチラッと見てから屋敷を出た。


 首筋を焼くような、あちぃ、陽射しを感じながら大通りを歩く。


 そんな大通りから、駆け寄ってくる小柄の人物がいた。

 南瓜の冑のような物を装備している。

 その小柄の南瓜の冑を被る男が、


「――お前が、武術街の新顔か!」

「なんだ?」

「いざ尋常に勝負!」


 ナックルダスターで殴り掛かってきた。

 南瓜の冑を被る男は、灰色のマスクのような物で口で覆っている。


 熱いのにアホか?


 素直に魔槍杖バルドークを召喚――。

 

 紅斧刃で両断はせず、柄を優しく下ろす――。

 

 南瓜の冑を柄で叩いた。


「げぇ――」


 と、南瓜の冑はドゴッと音を立てて凹む。


 小柄の男は頭部に南瓜の冑が盛大に嵌まって、通りに転がった。


 その男に向け、

 

「急に襲い掛かってくるな。というか、なんで、マスクしてんだ。そのままお天道様に顔を晒せ。健康に悪いことはするな」

「ぐぉぉぉ」


 そのまま小柄の南瓜冑を被る男は灰色のマスクを外して、何かを叫ぶと大通りをごろごろと南瓜の冑を活かすように盛大に転がっていく。

 南瓜の冑が面白い。

 が、あの小柄の男は、いったい何がしたいんだ。


 さて、向かいにある我が家の大門に到着。

 中庭に戻ってきた瞬間――。

 肩の黒猫ロロが腹を見せるように、跳躍――。


 石畳に着地。

 そのまま軽やかに小さい四肢を伸ばして走り出す。


「にゃにゃお――」


 と、鳴きながらポポブムが休む厩舎に向かった。

 アーレイとヒュレミの二匹も親分ロロのあとに続く。


 その後ろ姿がロロに劣らずチャーミングだ。

 バルミントもガオガオ叫び出迎えてきた。


 昼寝は終了らしい。


 黒猫ロロが率いる猫軍団はバルミント&ポポブムのお尻の匂いを嗅いでいた。後部に列を作りながらぐるぐるとお尻を追う動物と魔獣たち。


 はは、面白いお尻合い軍団だ。

 暫し、動物園空間に癒される。


 そして、深呼吸しながら中庭を見渡していった。

 ふと、盛り上がった芝生の土が視界に入る。


 あそこに墓石とかがあったら……。

 何かドラマを感じさせるんだが……なぁ。


 宝箱から入手した石板を思い出した。


 訓練は止めとこう。

 そのままヴィーネにアイコンタクトしてから、一緒に右隅にある盛り上がった場所へと足を運ぶ。


「……ご主人様、屋敷の見回りですか?」

「いや、違う、墓標をここに立てようかと」

「なんと、誰の墓を……」


 ヴィーネは驚く。

 銀色の虹彩が揺れる。


「ほら、この間、手に入れた魔力が豊富に入った石板だよ。鑑定もしてもらった石板」

「あぁ、あれですか」

「大きいほうの石版。俺はあの石版の文字が読めたんだ。そして、その文字に少し……心に響く名前があった。だから、その墓石を、ここに立ててやろうかと思って」

「そうでしたか……」


 ヴィーネは、何か言いたげな表情を浮かべた。

 

 彼女は内心……。

 『中庭に墓は縁起が悪すぎる』

 とか『地下世界にはない風習だ』とか考えていそう。


 そんな彼女の心を予想しながら……。

 アイテムボックスを操作。

 魔法印字が刻まれた石板を取り出して……。


 土に埋めて設置。


 石板に刻まれた文字……。

 アンコ・クドウ、ケイコ・タチバナ、ケイティ・ロンバート、ジョン・マクレーン。


 元日本人たち、南無。

 片手の仏教スタイルでお祈りをした。

 続いて、外人さんたちへ、アーメン。

 胸で十字を切り、両手を組んでキリスト教スタイルでお祈りをする。


「ご主人様、そのお祈りは……」

「昔の名残りだ」


 ……この魔法印字が刻まれた石板。

 まだ魔力を帯びている。

 だから……試しに魔力を送ってみよう。

 そう思いつつ、俺は墓に近寄った。


 左手を墓石へと伸ばす。

 ざらついた石の表面を、指の腹で、なぞりつつ、その墓石に魔力を送った。


 ――刹那。

 墓の表面の文字が、光を帯び出す。


 ――おぉ。


「ご主人様、これは」

「……俺の魔力によって、この石板が起動したようだ……」


 石板の文字から出た光は、目の前の地面に幻影を作り出す。

 幻影は、透き通っているが、カラーだ。


 名前通り黒髪の女性が二人。

 金髪の白人女性が一人。

 もう一人も白人男性と分かる。


 アンコ・クドウ、ケイコ・タチバナがやはり黒髪?

 ケイティ・ロンバート、ジョン・マクレーンが白人?

 それとも現地人かな。


 墓に魔力を送り続けながら……。

 投影されている幻影に向けて、


「あなたたちは……」


 と、尋ねていた。


「あ、ここはどこ?」

「……姿が透明?」


 日本人っぽい女性が、そう喋りながら自分自身の姿を触るように見ていく。


「まだ、エグワードメタルに囚われた状態みたいね」

「ケイティ、ここは同じ迷宮世界か? 解るか?」


 白人男性は蓬髪で大柄だ。

 気難しそうな顔。

 ギラついた視線を周囲へ向けながら白人女性をケイティと呼ぶ。


「<改魔眼>の魔法検知だと――迷宮の新世界ニューワールドではない。地上に戻れたみたいよ……」

「……おおお、戻ってこられたのか!」


 白人男性の鋭かった視線が柔らかくなった。

 頬もたるませている。

 彼は腰から紐付きの剣帯に軍刀を彷彿とさせる武器をぶら下げていた。


「……そこにいる黒髪、綺麗な黒い瞳を持つ男性と、見たことのない肌色のエルフは弾かれる。小型のドラゴンは視ることはできた。でも、近くにいる黒猫も弾かれるわね……? 騎乗用の魔獣も視ることはできた」


 ケイティと呼ばれた金髪の白人女性は肩をいからせながら、周囲を見る。

 彼女は、魔力を宿し色彩に星が複数集まったような不思議で、蠱惑的な瞳を持っていた。


 何かのスキル、魔眼の能力を使ったらしい。

 彼女の姿は依然として透明の状態だけど……魔眼は使えるようだ。


「……あの、すみません。ここは俺の屋敷内です」

「屋敷内……確かに広い……中庭?」


 眉間に皺を作りながら話す日本人女性。

 周りに視線を巡らせている。

 とりあえず、尤もなことを聞いてみよう。


「……貴女たちは、この墓標のような魔法石板に囚われている、ということでしょうか」

「そうみたい。魔王級のエグワードメタルが放った、特殊な魔法かスキルで封じ込められたようね」


 エグワードメタル、イモちゃんの過去、リリザの過去に出てきたな。

 そこで、隣にいる聡明なヴィーネへ視線を向ける。


「ご主人様……」


 ヴィーネは俺の新しい指に視線を向けて呟く。


「多分そうだ」


 また透明な彼女たちに視線を戻し、


「……とりあえず名乗っておきます。俺の名はシュウヤ。隣にいるのはヴィーネ」

「よろしくです」


 ヴィーネも頭を下げる。


「どうも、そこに刻まれているように、アンコ・クドウが名前よ」


 目もとに薄っすらと微笑を湛えている可愛らしい女性だ。

 墓標の名前のアンコの部分に視線を向けている。


「わたしは、ケイコ・タチバナ」


 長髪の彼女は、アンコさんと違い、少し表情が険しい。


「ケイティ・ロンバート」

「ジョン・マクレーン」


 各自、頭を下げて名乗ってくれた。


「ニューワールドといいますと、十五階層ですね」


 そう質問すると、険しい顔を止めて日本人だと思われるケイコさんが口を動かす。


「えぇ、そう。さすがに知っているんだ。もう地上では、十五階層に突入している冒険者の数は多いのかしら?」

「この間、トップクランの一つが十階層を越えて、十一階層に突入したらしいです」

「あらら……時間がどれぐらい経ったのかよく分からないけど、地上の冒険者たちは退化しちゃったのかしら」

「ケイコ、そうは思わないわ……今、話をしている、その黒い瞳の彼と肌が青白いエルフはわたし・・・の魔眼を弾くのよ? 後、あのかわいらしい、黒猫ちゃんも……」


 ケイティさんは、ヘルメのような長い睫毛が目立つ長細い目を槍の穂先のように鋭くさせて語る。

 しかし、ロロを見た時だけ、その表情が女性らしく柔らかくなっていたけど。


 彼女は猫ちゃん好きか。


「……そんな相手、今までいたかしら……」


 微笑から驚いた顔に変わっていたアンコさんが呟く。


「いなかった、初だろう……そのうえ、十五階層を知る人物」


 その言葉にマクレーンさんが、同意して、俺を睨んできた。


「魔眼を弾く異質な存在……か。そうなると、何者か興味が出てきちゃったわね……」

「うん、わたしも」


 ケイコさんとアンコさんは頷き合う。


「……俺は、ただの槍愛好家槍狂いです。ニューワールドのことは聞いたことがあるだけ。そもそも、そのニューワールドとは、どんなところなのですか?」


 その純粋な問いに、アンコさんを含めて、透明な方々の全員が、意味あり気な表情を浮かべて、頷き合っていた。

 喋っていいの? と、確認しあっているようだ……。


 阿吽の呼吸? 

 彼女たちには、ママニたちのような経験豊かな雰囲気がある。


「……ニューワールドは、地上と同じように、人、エルフ、ドワーフなど、様々な種族が住み、長い歴史と文化がある。そして、大陸があり、海があり、空がある。その上に、二つの太陽と月に星があり宇宙もある。流石に大気圏外は見た事がないから、分からないけど。勿論、魔族、モンスターが腐るほどいたわ」


 空に星だと? 本当に地球のような星だったとは。

 予想的中、というか途方もないな……。


 十五階層とは、丸ごと異世界なのか。

 二十階層も大陸があるような広さで、あの世界に空と星はなかったが……。


「そして、もう予想していると思うけど、わたしたちは冒険者。パーティ名が【クラブ・アイス】。元は、地上の迷宮都市ペルネーテという大都市から来たの」

「その名は……」


 ヴィーネが呟く。聞いたことがあるようだ。

 俺も聞いたことがある。

 と、すると……この方々は、カザネより前、迷宮の十階層を超えたパーティなんだ。

 少なくとも百年以上前の人物たち。


 もしや、知る人ぞ知る、古いけど、有名人?


「……はい、ここは迷宮都市ペルネーテです」

「やはり地上かぁ。戻ってきたんだ」

「石に閉じ込められているのは、変わらないがな……」

「だけど、誰かの荷物の中とかで、放置されているよりはずっとマシでしょう?」


 そこから彼女たちの話し合いが続く。

 【クラブ・アイス】のことを聞くか。


「……【クラブ・アイス】は、ニューワールドで活動していたのですか?」

「うん、ニューワールドで色々勉強した。言語も最初は違っていたから苦労したけど、翻訳に使えるアイテムを使ったから楽に活動できるようになったの。そこから、永らくニューワールドで活動を続けていたわ。地下十階層を超えて長い巨大な迷宮から下りてきたことは内緒にしてね。だけど……ある地域の人々を墓標のような石に変えて苦しめていた魔王級のエグワードメタルを退治しようと、戦ってる最中に、さっき話していた攻撃を受けちゃってね」


 アンコさんが話してくれた。


「……災難でしたね。その閉じ込められた空間ですが、意識はあるのですか?」

「ないわ。あったらあったで、無限ともいえる時間を考えたら……」


 アンコさんの隣に居るケイコさんが、表情に翳を落としながら呟いた。


「そうですよね……失礼しました。一応、確認しますが、この石板へ、俺が魔力を送り始めたら、透明な貴女方が現れたのですが、その意味は解りますか?」

「……ジョンとケイティ、意味が分かる?」

「ああ、推測だが……」


 ジョンさんは俺を見つめながら、


「君の魔力が、この石板にある魔力結界を弱めたのかもしれない」

「そうね、結界に反応したということは、闇、時空属性持ちの魔力が関係し作用しているのかも」


 スキルか魔眼で調べていたケイティさんがそう発言した。

 俺の属性が関係か。


「なるほど、俺がこうして、触れて魔力を与え続けたら、そのうち貴女方は、その石板から解放されるという認識であってますか?」

「分からないけど、その可能性はあると思うわ」


 魔眼持ちのケイティさんが自信がありそうな顔で語る。


「嘘っ、出られるなら嬉しい」

「やった」


 アンコさんとケイコさんもケイティさんの言葉を聞いて喜んでいた。


「本当なのか? ケイティ」


 ジョンも青い瞳孔を散大させて、聞いている。


「うん」


 感動しているところ悪いが……。


「申し訳ありませんが、俺にもいろいろとやりたいことはありますし、いつもこうして魔力を与えている時間はないんですよ。時々、たまに、魔力を与えるかも? ぐらいの間隔となりますが、いいでしょうか」

「勿論だとも。我々は時が止まっている状態。何も言えないし、貴方の行動を束縛するつもりはない。ただ、少し時間を使ってくれれば嬉しいが……貴方の清節に期待したい」

「ええ、その通りね。でも、解放してくれたら、なんでもしてあげるっ」


 ケイコさんはそういうとウィンクをしてくる。

 アンコさんとは違い、最初は厳しい表情だったからギャップが可愛いかも。


「おぉ、何でも……」

「ご主人様、そういうのはいけません」


 可愛いヴィーネのツッコミが来た。


「分かっている、ジョークに乗ったまで」

「あら、冗談じゃないわよ。ヴィーネさんには悪いけど、それぐらいの気持ちだと分かってほしいな」

「はぁ……」


 ヴィーネは不満気に、墓とケイコさんを見つめる。

 まぁ別段睨んでいなかったので、閉じ込められていることに同情しているらしい。


 最後にこれも聞いておくか。


「最後に、地球出身者ですか?」

「……そうよ。見ての通り元日本人と元アメリカ人ね。貴方も名前からして、元日本人かしら」


 クールな印象を抱かせるケイティさんが語る。


「はい。では、あなた方は転移者ですか? 転生者ですか?」

「転生者。今、貴方がいる地上世界で、皆、育ったわ。当然、各自、それぞれに違う名前が過去にあったけど、本名に戻して長く活動していた」

「そうでしたか」

「……ええ。それと、余計なお世話だけど、転移者、転生者の存在を知っているなら気を付けなさい。大抵の場合、わたしの眼と同様に優れた能力を持ち、未知なるスキルを持つ。神々の使徒である可能性もある。力、知識を兼ね備えた無限に広がる自己の欲望に酔っている場合……何をしてくるか分からないから」


 魔眼を持った白人女性のケイティさんが忠告してくれた。

 酔っている場合か。省察するにあるな……そういうところ。


「……ご忠告ありがとうございます。俺自身に当て嵌めてみるに、もっと強くなることを目指していますが……単純な力に酔っている部分は、確かにあるかもしれません」

「そう……貴方のことを指していった訳じゃないんだけど、自ら素直に認めている場合は、酔っているとは言えないわね。分かった上で力を使っているということよ? 貴方、危険で現実的な思考の持ち主かもしれない。マキャベリとか好きなのかしら」


 ケイティさんは、魔眼だけじゃなく、元心理分析家か? 

 確かに、君主論は読んだことがある。


「……危険は、確かにそうかもしれません。ポリシー的に、女性以外の敵だった場合、容赦しないので」

「……本心ね。少し安心したかも」


 さっきからずっと本心だけど。

 エヴァのように、サトリ系の持ち主ということではないと思うが……。

 ストレートに聞いてみよう。


「心を読む力をお持ちですか?」

「いえ、持ってないから大丈夫。これはわたしの性格・・だから」

「ま、そんな力を仮に持っていたとしても、あまり表で、言わないですよね」

「えぇ、その通りね」


 視線を鋭くさせて俺を見てくるケイティさん。ヤベェ……。

 背筋が寒い思いをするのは気のせいじゃないだろう。


「……はは、ケイティと涼しく会話を行う人物が、ジョン以外にも居るとはね……」


 アンコさんが苦笑い。

 仲間内にもこんな調子なのか。いやな感じがしたので、


「それでは、そろそろ、ここらで手を離します。また今度」

「あ――」


 手を離した瞬間、墓の文字から照射されていた光が消える。

 話していた幻影たちも同時に消えた。


「こんな事がありえるのですね」


 沈黙を守っていたヴィーネが語る。


「だなぁ、不思議な石だ。魔力をこの石板に送り続ければ……いつか、彼女たちのことを解放できそうな感じはする」

「それより、ご主人様……先ほどの〝何でも〟は、わたしがしてあげますから」

「あぁ、分かってるさ」


 ヴィーネの可愛い顔だ。

 微笑をたたえた瞳の奥底に、女としての意地が見えた気がした。

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