二百六十話 宴会クラゲ祭り

 テンテンジュースを飲み、邪界牛ステーキを食べていると……。


 美しい歌声が響いてきた。シャナの歌声だ。

 後光を感じさせる焚き火をバックに、歌っている。


 深みのある声、透き通る音。宇宙、自然、すべてを網羅したかのような高く切ない歌声。


 アカペラでも音に深みがあり心に沁みる。

 すると、穏やかな声質に変わった。

 この歌声もふあふあと空を漂う妖精たちが声を発して踊っているような気持ちにさせてくれる。

 このテクニック溢れる歌声に釣られてシャナの周りに続々と人が集まってきた。

 リコもルルとララとの話を止めてシャナを注目している。

 子供も大人も関係なく、皆、聴き入っていた。


「……ご主人様、いい歌ですね」


 ヴィーネだ。

 彼女は両手を背中に回している。


「あぁ、最高だ」


 何かを隠し持ちながら、側にきた。

 気になったが構わずヴィーネを抱き寄せる。

 彼女の体重を脇腹に感じながら寄り添い、シャナの歌を聴いていった。

 そういえば、この恋人モードのヴィーネだが……。


 さっきは中庭の端のほうに移動していた……。

 何をしていたんだ?

 と、ヴィーネの顔を注視。


「……」


 銀色の瞳と目が合う。

 ヴィーネは少し考えるそぶりを見せる。

 そして、背中に回していた手をさっと胸元に運ぶ。


 そこには綺麗な花があった。

 月見草のような黄色い花か。

 カンパニュラにも似ているホクシアの花?

 もう一つの花は、紫色の提灯のような火垂袋が可愛い花。


「……これを俺に?」

「はい。このような宴は初めてです。何かお礼はできないかと思い、中庭の端で咲いていた花々からわたしの気持ちに合いそうな花を選び、摘んできました」


 可愛い、乙女だ。

 そういえば、ヴィーネと初めて会った頃、ヴィーネの姿を花にたとえていた。


「ありがとう。この花が一番綺麗だ」


 シャナの歌声を聴き、ヴィーネの顔を見ながら月見草を詠んだ歌を思い出す。


「……ご主人様、それは月草花。日が暮れてから咲く花」


 へぇ、さすがは聡明な女性。


「いい匂いだ」


 花の匂いを感じていると、歌も終わっていた。

 周りは歓呼の嵐。拍手と歓声により焚き火がスパークしたように見える。

 そんな歓声に混ざらず、ヴィーネに、


「……この花はリビングに飾ろうか」 

「はい」


 花を彼女に返すと、歌っていたシャナが近寄ってくる。


「シュウヤさんっ、最新の歌です、どうでした?」

「相変わらず美しかったよ。詩は単調でも音程が微妙に変わるし、その巨にゅ、おっぱいさん、ううん、鳩胸を活かしたテクニック。やはり、天然の歌姫さんなんだな。とね」


 性格も天然さんだし。


「ふふ、おっぱい、でいいですよ。ありがとう。単調なのは、まだ詩がちゃんとできていないからなんです。あと、この最新の歌を作るときにイメージしたのはシュウヤさんですよ」


 え、マジで、恥ずかしい。


「……俺か。なんか照れるが、ありがとう」

「命の恩人、友としての招きに加えて、お金まで頂いていますし、わたしにできることは、これぐらいしか……」


 歌だけでも十分なんだが、シャナは色々と気を使っているようだ。


「シャナ、俺たちは友達だ。一々気にするな。その宝石のような歌だけでも十分感謝しているさ」

「……友と宝石と感謝ですか……シュウヤさんは女殺しですねぇ。そういう素直でなんともない風に自然と出てくる詩のような言葉……ドキドキしてしまいます」

「そのドキドキを直に聞いてみたいなぁ、なんて」

「……ドキドキ、こうですか?」


 こけそうになった……天然ちゃんは天然のままだな。


「そうではなくて――」

「ご主人様――」

「おぉ!?」


 突然、ヴィーネが飛ぶように抱きついてきた。と、ヴィーネの腰にある赤鱗の魔剣の柄が、首の後ろに衝突――痛い……。

 が、柔らかいグラマラスの双丘さんが頬に当たっている!

 これがあればすべてが許される。

 ヴィーネはムントミーの衣服を着ていない。麻の服のみだ。

 ダイレクトに、柔らかいおっぱいの感触を頬に得ている。

 思わず、唇が、自然とヴィーネのおっぱいの蕾を探していた。

 ヴィーネはふふっと微笑んで、


「ご主人様、直に聞いたか? 血が滾るほどドキドキしているはずだ」


 ヴィーネは素で聞いてきた。


「わぁ……」


 ヴィーネ越しにシャナの息を飲むような声が聞こえる。


「十分聞こえた。噛み付きたくなるほどにな!」


 と、ヴィーネの背中を片手で支えながら――。

 グラマラスな双丘の先端に聳える粒蕾ちゃんを、もう片方の手の指で爪弾いた。更に新しい腕の指を使う――必殺、百五十九手の御業の一つ『片手崩し』を行った!


「――アゥ」


 ヴィーネは仰け反る。その仰け反ったヴィーネを地面に優しく降ろしてあげた。ヴィーネは両膝を石畳につけ、快感の余韻を味わうように体を小刻みに揺らしつつ体の表面を赤く斑に染めていく。持っていた花々が石畳に落ちてしまった。


「……ふふ、仲がよろしいんですね。愛の歌の詩に活かしてみせます!」


 愛の歌……ヴィーネが感じた表情を表現するのか?

 そこからシャナと、宿の歌い手の仕事と、冒険者の活動も順調で、旅用の資金が貯まりつつあると、笑顔を交えて会話を行った。


「……それじゃ、まだ宴会は続いているようだし、自由気ままに楽しんでくれ」

「はいっ、では」


 シャナはお辞儀をすると、メルたちが、蚕のキルビスアを囲んでいる場所へ向かう。カルードとユイも混ざっているから剣呑な雰囲気だ。

 ま、シャナがなんとかするだろう。と、焚き火の傍に戻っていたボンが踊っている姿が見えたから、


「俺も参加だぁ――」


 と、砕けた口調の言葉を発しながら、ボンが踊っている焚き火の傍に向かった。


「エンチャッ、エンチャーン、エンチャント♪ エンチャン♪ エンチャン♪ エンチャント♪」


 ボンの踊りに合わせて、リズムよく踊る。

 異世界葉っぱ隊を結成っ。


「あはは、ボン君が服を脱ぎだしたーーー!」


 ルビアが大笑い。

 本当にボン君、ボンは脱いでるし。やべぇ、本当に葉っぱ一枚になる気か!?


 と、思ったら、さすがに全部は脱がなかった。

 上半身が裸になったボン。

 ゆらりゆらりと両肩をゆらしつつ恍惚とした表情を浮かべる。


 完全に酔っ払った?

 

 酔ったようなボンは両腕に魔力を集中させると手の甲の紋章を光らせた。

 光る両手を焚き火へ当てて、何をする気だろ……。

 すると、額にも光を帯びた紋章が現れる。


 その瞬間、


「エンチャントォォォ!!」


 ボンは雄たけびのようなエンチャント語を叫ぶ。

 同時に両手から膨大な魔力を放出させた。


 膨大な魔力を受けた焚き火がドドドドドォォォッと激しい地鳴りの轟音を響かせた。

 そのまま炎は天を突き抜ける竜のように巨大な炎の柱へと急成長を遂げる。

 それは、この星を囲う宇宙のヴァン・アレン帯を突き抜けるが如くの勢いだ。

 

 一気に、那須紺の夜空を明るく照らす。

 そして、炎の柱が環の形に変化するや、打ち上げられた大きな花火のように――。


 環が円形に弾けて綺麗に消えた。


「――うはぁぁ」


 皆、度肝を抜かれた。


 そして、なんだ? 何かが、空から落ちてくる?

 うは! クラゲかよ。

 綺麗な夜空からクラゲの死骸が大量に降り注ぐ。

 名付けて、クラゲ流星群。


 ロロ、マギット、アーレイ、ヒュレミの超魔獣軍団? は、落ちてきたクラゲが美味しいのか、各自、口を広げて、パン食い競争を行うように落ちてくるクラゲに飛びついたり石畳に叩きつけたりして、沢山のクラゲを食べていた。ポポブムは厩舎の中に避難している。


 あれ、バルミントがいない。

 そういえば、さっきからいなかった。

 ザガ&ボン&ルビアが家に来た頃はいたのに。


「バルミントー、どこにいるんだー」


 回りが騒がしいから俺の声は掻き消える。

 バルはどこかと、見回していると……。


「きゃーーっ、気持ち悪い変なのが降ってきたー。アメリちゃんとルビアもベティさんと一緒に屋敷の中に行こう?」

「なんだい? このへんてこりんな生き物は……」

「あっ――」


 レベッカは拳に宿した蒼炎でベティさんに当たりそうなクラゲを粉砕。


「ベティさん、いいから屋敷にいくわよ」

「はいはい、頼むよ」


 彼女はベティさんの枯れ枝のような手を握り、一緒に母屋のほうへ走っていった。


「アメリさん、お父さん、わたしたちも母屋の中へ行きましょう」

「はい、騒がしいですが、何かあったのですか?」

「うん、変な生き物が落ちてきたの。当たっても害はないですが気持ち悪いので。ささ、屋敷はこっちです」

「あ、先程お邪魔させてもらいましたので、位置は分かります」

「アメリ、いいから手を出しなさい」

「父さん……はい」


 アメリとアメリのお父さんはルビアに連れられて母屋に向かう。


「――何、この気持ち悪いのはっ」


 メルは蚕のキルビスアとの会話を止めて機敏な動作でクラゲを蹴り飛ばしている。


「あたいの弓の練習にいいかもしれない!」


 ベネットは矢筒から矢を数本素早く取り出す。

 そのままつがえて弓を構えると矢を連続で放っていた。

 空から落ちてくるクラゲに、その矢を命中させている。


「凄ッ。三つ同時に貫いているし。べネ姉、弓の腕をあげた?」

「新しい弓の効果さ! そして、あたいの妙技は、まだまだこれから――」


 ヴェロニカに褒められて調子に乗ったベネットは、続けて矢を二本、三本と中空へ放つ。


「わー、また当てたっ。あー、でも、べネ姉の弓技を見ていたいけど、ぐにょぐにょしているクラゲは少し苦手……だから、屋敷に避難するから」

「あたいはここに残るっ」

「わたしも屋敷の中にいこうかしら、蹴りの練習をしにきた訳じゃないし――」


 メルはスラリと伸びた足をムチの如く扱う。

 スパッスパッスパッと、スパッツではないが、パンティを露出しつつ連続で見事な蹴りを放っている。


「メル、後で少し話があるから、聞いてくれる?」

「――話? 何かしら。あぅ」


 メルの頭にぶちゃっと潰れたクラゲが……。


「ぷぷ、顔にクラゲー」


 豊満な胸にもトコロテンらしき物体が飛び散って付着している。

 あれはあれで、美味しそう。


「もうっ、いやっ。ヴェロニカ、屋敷に行きましょう」

「うん」


 ヴェロニカはメルに付着したクラゲの肉片を取るのに協力しながら、母屋のほうへ歩いていく。

 そんな彼女たちの頭の上には多数の血剣が舞っていた。

 しかも、血剣の形が少し変わっている。


 ルシヴァルの紋章樹を彷彿とさせる血剣だ。

 ヴェロニカはさり気無く血を操作していたのか。


 あ、そんなことより、バルのことを探していたんだった。


 そこに、


「余興は、まだ始まったばかりよっ――」


 ユイはクラゲ祭りが気に入ったのか、ボンの裸踊りに影響されたのか、分からないが、薄着一枚の魅力的な白肌を露出し、魔刀を振るい踊る。

 演武のようなクラゲ斬りの舞を披露してくれた。

 そのユイの素晴らしい剣舞の中に、


「わたしも参加ですっ」

「ご主人様、見てください! この新武器ガドリセスの力を――」


 常闇の水精霊ヘルメとヴィーネが乱入。

 ユイの即興の舞に合わせるように美人たちが剣舞を披露してクラゲを斬っていた。ヴィーネは途中から薄い炎の膜を全身に纏う。


 あれはガドリセスの剣に魔力を通したんだな。

 赤鱗の鞘も反対の手に握られて、左右の腕を振るっている。クラゲに赤鱗の鞘を衝突させて、白子のようなクラゲの肉片をばら撒くように霧散させていた。


 愛用していた蛇剣が腰ベルトにぶら下がっていない。

 胸ベルト式のアイテムボックスは装着していないが、仕舞っているのだろう。


 そこに、カルード、リコ、トマス、レーヴェ、フィズが飛び入り参加。

 続いて、ルル、ララもロバートをおきざりにしつつ――。

 カルードに斬りかかるように演舞に参加する。

 

 剣の舞と踊りに槍の演武を、即興で、しかもサーカス団を超えるように繰り広げていく。


 武術街のメンバーたちも関心を示す。


「わたしも参加したいけど、怪我しちゃいそうね」

「あぁ、特に美人の槍の神王位と打ち合っている二剣を扱う中年の男は、何者だ?」

「暗刀系の使い手だけど、飛剣、絶剣とも違う、オリジナルの戦場の武術系かしら」

「サーニャは拳系だが、興味を持ったか」


 武術街互助会のメンバーたちも口々に語り合っていた。

 話をしていた頭にクラゲが乗っかったままの鱗人カラムニアンの女は、家族の人だと思われる鱗人カラムニアンの男へ頷いている。


 確かに、彼らのいうとおり……。

 この光景は興味深く、見るだけでも価値がある。

 一方、ボンは不思議なエンチャント魔法を放ったあとも、何事もなく落ちてくるクラゲを叩いて遊んでいた。


 こりゃ……宴会クラゲ祭りだな。


 ところが、その途中で黒猫ロロが……不自然に茄子紺の夜空を見上げて動かなくなった。

 クラゲが落ちてきているのに飛びつかない。


 どうしたんだろうと、俺もその視線の方向を見た。

 <夜目>と魔察眼を発動。

 クラゲが落ちてくる夜空を見上げていく……。

 

 すると、一瞬、何かクラゲとは違うモノが見えた気がした。


 あれ? クラゲの一部? あ、消えてしまった。

 方向を変えて、夜空を見ていくが……いない。


 もしかしたら、UFO? 

 空とぶスパゲッティモンスターか!

 と、にわかに興奮していたところに、


「……ボンがすまんな、あんなことは滅多にやらないんだが」


 ザガが話しかけてきた。

 夜空を見るのを止めて、ザガへ顔を向ける。


「いいさ、祭りの締めにもってこいだ。しかし、鯨とかが落ちてきたら、俺が対処しないと……」

「鯨だと? 海に住むと言われる巨大な生き物だな、空にそんなものが浮いているのか……」


 ザガは片眉を下げた顔を見せてから、星空を見上げていた。

 俺も釣られて、再び、茄子紺の夜空を見上げる。

 落ちてくるクラゲが星々の明かりと混ざり、幻想的な夜空が広がっていた……。


 ロロが見つめていた不自然な光景はもう現れない。

 そして……空高く飛んでいるはずの巨大鯨の群れ。


 彼らが落ちてくる気配はない。


 ボンのエンチャント風の魔法攻撃? は当たらなかったようだ。

 よかったよかった。巨大鯨が墜落してきたら周囲というかペルネーテが混乱しそうだったし。


 というか今も、クラゲはペルネーテに落ちているはず。

 少なくとも武術街には落ちている。

 ……ヤヴァい。レムロナとか王子に怒られるかも。

 ま、原因がボンだとは誰も思わないか。


 あ、そういえば……。


「……ところで、ザガ、工房をみたいと言っていたが」

「あぁ、そうだった」

「案内しよう、こっちだ。ミスティ、仕事部屋にお邪魔するぞー」


 芸術といえる演武大会を真剣な眼差しで見ていたミスティは見学を止める。


「――え、あ、うん、今いく」


 ミスティは俺に話があるらしい。ザガの見学が終わったら聞いてみるかな。

 ミスティの鍛冶工房へ三人で向かう。


「あれ、また開いてるし」


 ミスティが開いた扉を見て、ボソッと呟く。

 扉の表面には竜の爪跡らしきものが沢山刻まれてある。


 もしかして……バルミントか?

 メガネ先生こと、ミスティの後ろ姿を見るながら……。

 ザガと一緒にミスティの作業場工房の中に入った――。

 ガレージを思わせる工作室。奥に布で隠した大きな物体が吊されていた。


「どうぞ。散らかってるけど、許してね。あそこの、右奥の机で普段は作業しているから」


 と、ミスティは細い腕を伸ばして指す。


「ほぅ、この光の棒、羊皮紙を照らして見るのに便利な明るくする魔道具だ」

「えぇ、最近、文献を読むことが増えたので……」


 ミスティは説明しながら、俺に視線を向ける。

 迷宮二十階層の邪界小旅行のことを暗に示したのかな?

 

 すると、工房の隅から音が響いてきた。


「あれ?」

「音がするな」

「なんだ?」


 ミスティを先頭に俺とザガは音の方向に向かう。

 そこには、


「もうっ、またなのっ、バルちゃん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る