二百五十九話 レーヴェとエヴァの家族
「シュウヤ、酒を飲ませてもらっているぞ」
「おう」
「今日は、このような場に呼んでくれてありがとう」
「……当然だろう。一度、野試合を楽しんだ仲だからな?」
「その野試合といえば、槍の神王位、フィズ殿と野試合を?」
今のやりとりを見ていたか。
「実際に戦うかは、まだ分からない。槍の技術を基礎とした武術は伸ばしながら、強者から色々な武術を学んで成長したい。だから戦うことに関してはまったく構わないんだが……俺は気まぐれ屋でもある。散歩に、旅と女も好きだ。だから戦わず旅を優先するかも知れない」
「ほほぅ。内実は、他郷で流浪する心を持つと?」
「流浪する心が大半かな。この都市に少し長くいるが……」
「……では、その流浪をする前に、真の神王位を感じさせる魔槍使いと、また、手合わせをお願いしたい……」
レーヴェは三つの目を鋭くする。
剣呑な雰囲気を出してきた。
彼は
そうだな……俺の成長具合を確かめるか。
友のレーヴェはいい相手だ。
「……いいが、祭りの邪魔にならないようにな」
「分かっている」
レーヴェは笑う。
前に見せたように四本腕で武器を抜き、構えた。
四剣の峰をそれぞれ違う方向へと向ける。
右上腕と左上腕が握るのは、峰の部分が反った魔剣。
ほのかに青い光を放つ。
そして、左下腕は異常に太い腕。
……前より太く感じる。
その異常に太い手が握る短剣の切っ先は鋭そう。
右下腕はノコギリ状の長剣を持つ。
互いに祭りの喧騒から外れるように歩く。
中庭の左隅……芝生と土の地面の場所に移動した。
「……再戦を待ちわびていたぞ! シュウヤ・カガリ殿」
相変わらず渋い表情と声。
三つの眼で射殺すような視線。
レーヴェは威風堂々とした武人だ。
背筋を張った姿勢も前と変わらない。
俺は魔槍杖を右手に召喚。
半身の体勢で左手を前方へ伸ばし掌を相手に見せる……。
魔槍杖を握る右手を背中側に廻し構えた。
新しい腕の三槍は……使わない。
最初は基本に忠実。
俺の土台のシンプルな師匠ゆずりの風槍流でいく。
「……レーヴェ、来いよ」
左の掌を返し数本の指先で誘うように
「参るっ――」
俺の誘いに乗る形で四剣のレーヴェが動く。
左右の足で土を蹴り、突進してきた。
レーヴェは左右の腕を突き出す。
青白い刃が煌めいた。まさに、剣の<刺突>――。
空間ごと俺を刺し貫く勢いだ。
その二つの剣突を、魔槍杖バルドークで弾かない。
――目で、青白い刃を捉える。
上半身を
その避けきった間合いから反撃を狙った。
その狙いはレーヴェの胴――。
相手の足の間合いを確認しつつ左足で土を踏み咬む――。
風槍流の歩法を実行。
大腰筋の下半身の胆を意識しながら魔槍杖バルドークを握る右腕も同時に捻る。
右腕ごと槍になったように前方へと突き出した。
<刺突>――。
レーヴェの胸元を抉り取るイメージ。
しかし、魔槍杖バルドークの<刺突>はレーヴェの太い腕が握る短剣に防がれた。
緑色の刃の上部を滑る紅矛が左へと誘導される。
――さすがの神王位の技術。
が、<刺突>は序の口。魔槍杖バルドーク引く。
その引く動作を極限まで縮めてからの――。
再び、紅矛を突出させた。
レーヴェの胸元を突いて、突いて、突きまくる。
レーヴェは、三つ目を見開き、
「――速く、重い……」
急激にギアを上げた俺の速度に驚いていた。
四つの武器を胸の前に掲げながら防御に回る。
――畳み掛ける。
<魔闘術>を自身の腕と腰に込めて――。
攻防力を微妙に変えながら魔槍杖バルドークを突き出す。
――時折り、スキルの<刺突>を撃ち混ぜる。
――キィン、キィィンッと硬質な金属音が何回も鳴り響く。
紅矛と紅斧刃がレーヴェの持つ武具に衝突する度、蛍のような花火を作り上げた。
互いに、突き、払い、蹴り、斬り、を繰り返す。
レーヴェだけが、頬、耳に、傷がつき、切れた毛が中空に舞った。
更に<豪閃>を繰り出す。
レーヴェは、青白い刃で魔槍杖バルドークの<豪閃>を防ぐ。そこから魔槍杖バルドークの穂先を押し出すように前進しながら左回し下段蹴りを繰り出す――。
レーヴェは後退しながら下段蹴りを避けた。更に回転終わりの機動を魔槍杖バルドークに乗せた<刺突>を繰り出す。
石突側の<刺突>を緑色の短剣で受けたレーヴェは苦悶の表情を浮かべ、
「――くっ、基本スキルの<刺突>が、ここまで、洗練されているとは……」
<魔闘術>を織り交ぜる<刺突>こそ奥義かもしれない。
アキレス師匠の言葉を想起する。
レーヴェの防護服のブラックコートは、前と同様に破れる。
一方、ハルホンクコートは無事。
暗緑色の布に刃物が当たっても滑るように弾かれていく。
レーヴェは魔剣の力により傷が回復している。
隙があった前回とは違う。避けて反撃の微妙な緩急の間に体の回復を済ませていた。レーヴェもまた神王位か。成長しているようだ。
武人のレーヴェは、前に見せた構えから――。
右下腕のノコギリ刃を起点に三連続の攻撃を繰り出してきた。
両上腕が持つ魔剣を左右から振るい――。
やや、タイミングを遅らせて、右下腕が握るノコギリ刃の切っ先を伸ばす。
目の前に迫る螺旋したノコギリ刃を――。
しっかりと、目で追いつつ体幹を意識しながら――。
両手に持った魔槍杖を横に動かしつつ体の軸をブレさせることなく――。
魔槍杖バルドークの柄で――左右のレーヴェの魔剣を払う。
続いて、腹の下に迫っていたノコギリ刃の剣突を、回転させた魔槍杖バルドークの柄と衝突――鬱陶しい火花が散るが、確実に受け流してから、その魔槍杖バルドークで力の反撃を意識。紅斧刃を真横にしては、左腰に魔力を強めた回転運動の回転と魔力の勢いを魔槍杖バルドークに乗せた<豪閃>を発動。
レーヴェの胴を抜くイメージだ。しかし、その<豪閃>の薙ぎ払いをレーヴェは極端に姿勢を低くして避ける。その低い体勢のまま俺の足を掻っ攫うような水面蹴りを放ってきた。
喰らうかよ――と、その足蹴りを、地面を蹴って跳躍し避けると同時に――。
魔槍杖バルドークを握る左手で突くように、下から弧を描く軌道で魔槍杖バルドークを振るう。竜魔石でレーヴェの顎を狙った――。
が、レーヴェは仰け反って竜魔石を避けてきた。
風を孕んでいたのか、彼の猫の毛が逆立つ。
その瞬間、周りの見学者から拍手が沸きあがる。
「ご主人様っ、素晴らしい連撃ですっ」
「閣下っ、水の援護をっ」
「きゃ、冷たい。精霊様、今は抑えましょう」
「マスター、また動きが速くなってない?」
「ん、なってる! カッコイイっ」
「何か、戦いというより芸術の作品を見てる気分なんだけど」
「ユイ、喩え上手だな。しかし、マイロードのアレだけの質の攻撃を平然と受けきっている
「エンチャ? エンチャーーン!」
「にゃおん、にゃぁ」
「ン、にゃん」
「ニャ?」
「ニャオォン!」
周りはカオス。
気にせず、紅斧刃の薙ぎ払いから、下段蹴りをレーヴェに繰り出していく。
「――ちっ、素早い」
レーヴェは右へ華麗な側転を行う。
俺の下段蹴りの範囲から離脱すると、魔脚で土を蹴り飛ばす勢いで、素早く反転。
俺の肋骨を斬るように青白い刃を見せる回転斬りを繰り出してきた。
その回転軌道へ、自身の身体を合わせるように、足の爪先を軸とした
師匠仕込みの、回転避けを行い歩きながら……。
レーヴェを見た。
……彼は、前と違いその表情に余裕がない。
しかし、それはフェイクの可能性もある。
その途端、四つの腕に握られた特殊剣による素早い突剣技を繰り出してきた。
やはり、神王位だ。表情から心理戦を仕掛けてくる。
――だが、面白いっ!
俺も<刺突>からの突きを合わせる。
――レーヴェの突剣技と俺の<刺突>の連携技がぶつかった。
金属の不協和音が響く。一つの魔槍杖から繰り出す紅矛の<刺突>と突きのコンビネーションとレーヴェの三つの魔剣とノコギリ刃を用いた剣突同士が激しく衝突した。
互角だ。そこから爪先半回転で回り込み相手の側面を突く。
しかし、三つ目の内の一つが俺の動きを捉えていた。彼は右上腕に握られた青白い魔剣を斜め上方へ向けて扱う――魔槍杖の紅矛が、またも滑らされるようにして往なされた。
すげぇ、リコのような技術。
魔槍杖が力のベクトルに傾き、僅かにバランスを崩す。
レーヴェは、左下腕の短剣と、左上腕の青白い魔剣を振るう。
いや、中段斬りのフェイクだ。そして、肩を畳ませる勢いで上段から胴体を巻き込むような魔剣を振り下げてきた。急ぎ、体勢を持ち直しつつ魔槍杖を上げた。
青白い刃が伸びたように感じた刃を柄で受け持つ。
――金属の硬質な音が衝突面から鳴り響くと、力の押し合いへと移行。
粘り気のある音を立てた押し合いとなった。
身体能力に勝る俺は、前回と同様に彼の持つ魔剣を押し返す。
「――くっ、相変わらず、重く力強い……組み手は分が悪いです」
…………レーヴェに押し勝った。青白い刃の切っ先を土の中へ埋没させるように――上から青白い刃を紅斧刃で地面に押し付けた。青白い魔剣の切っ先が土に埋まる。しかし、レーヴェは前の記憶が残っているのか……。
バランスに気をつけているようだ。
――力の均衡を崩す機会を窺うが、無駄だった。
レーヴェは、凄い。細かい技術を警戒している神王位。
ゼロコンマ数秒の世界が命取りだということを……。
よーく分かっている、さすがだ……。
が、一気に締めさせてもらう。<魔闘術>を全開――。
左手に神槍ガンジスを召喚。
唐突に左から<刺突>を繰り出した。
穂先の方天戟の柄に備わる蒼い槍纓が揺れる。
槍纓は展開させない――方天画戟や双戟とも呼ばれている三日月状の双月刃が宙空に軌跡を残す。
「――ぐぁ」
レーヴェは神槍の蒼い雷光を感じさせる一撃に対応できず。
――脇腹に神槍ガンジスの穂先が突き刺さった。
間髪を容れず、右手の魔槍杖バルドークも前方に伸ばす。
<刺突>がレーヴァに向かう。
「――ぐおおぁぁ」
レーヴェは、脇腹に傷を負いながらも、魔槍杖バルドークの<刺突>に対応し見事に防ぐ。
「……前とは、質がっ」
そう喋りつつもレーヴェは苦悶の表情を浮かべていた。
太い腕が持つ短剣を地面に落とす。
――よし。練習していた二連の<刺突>が絶妙の間で決まった。
「参った、降参だ」
レーヴァはそう発言。
そこで、ドッとした歓声が周りで沸き起こる。
見学していた武術街のメンバーも皆が拍手をしていた。
レーヴェはぐったり。
また回復薬ポーションの瓶の蓋を――。
「あ、待ってください、回復はお任せをっ、《
レーヴェは突然の魔法に、三つの目で瞬きを繰り返す。
「……おぉ」
驚きの声を上げつつポーションを仕舞う。
レーヴェは鎖帷子を捲って、神槍ガンジスが貫いた脇腹を見る。
「素晴らしい回復魔法。わたしのオズヴァルト&ヒミカの魔剣より回復が速い。いや、そもそもこれは回復魔法なのか? 詠唱がなかったが……貴女は……」
「あ、突然すみません。名はルビアです。クラン【蒼い風】に所属している冒険者です」
ルビアは丁寧に頭をさげて自己紹介していた。
「これはご丁寧に、わたしはレーヴェ・クゼガイル」
「はい、レーヴェさん。宜しくです――では」
レーヴェにまた頭を下げてから、
「シュウヤさん、回復は?」
と、駆け寄ってくるルビア。
「必要ないよ」
「あ、はい。その暗緑の色合いの防護服、凄い防御能力を持つのですね」
「冒険者活動の賜物さ」
レーヴェに向けていた眼差しとは、あきらかに違うルビアの眼差し。
その眼差しは女を感じさせる、熱い。
そこに隣人のトマスとナオミさんが近寄ってきた。
「あなた、あのお方は……」
「あぁ、レーヴェ氏だ。戦武会議で優勝したこともある神王位第三位の四剣使い。その強い武人レーヴェ氏をシュウヤ殿は倒した。風槍流を基礎とした二槍流の槍武術は他にない新しい槍流派に思える……」
トマスさんの言葉に照れた。
魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを消失させるように仕舞う。
「トマス。向かいに住む者として、今宵は本当にいい機会です。シュウヤさんと、そのご家族。そして、お知り合いの方と交流を持ちましょう」
「うむ。迷惑にならん限りな……わたしも刺激を受けた。両手剣の技術を伸ばしていきたい」
トマスさんの言葉に頷いてから……。
レーヴェに視線を向ける。
彼は背中の肩口の鞘と腰にある鞘へと、魔剣を含む四つの武器を同時に納めていた。
……四つの剣を同時に鞘に仕舞う。
あの動作はすこぶるカッコイイ。
憧れの気持ちを込めて、
「……レーヴェ、楽しかった」
と、発言。
「わたしもだ。しかし、シュウヤは本当に強い。今回は、切り札を使わせてもらえなかった。それだけシュウヤは成長が早いということだ」
「自分で言うのもなんだが、槍の才能だけはあると思う」
剣はいまいちだが、魔法の才能もあるかな。
「……分かる。戦いの最中に、わたしの細かい魔闘術の技術と足の動きを吸収して、自らの風槍流の技術に活かそうと、新しい戦い方を模索しようと考えている。それが実に素晴らしい……常に自己昇華を果たそうとする心意気は、まさに武人の中の武人。わたしは非常に感銘を受けた……」
「ありがとう。レーヴェが強いからこそだ。<魔闘術>の切り替え直後の微妙な体の動かし方は参考になった。剣の動作は、正直、俺には無理だが……いつかはレーヴェの剣に関する技術と、その剣に活かせる<魔闘術>の技術の一端でも実践できるように、研鑽を続けていきたい」
「なるほど。槍だけでなく剣も……」
「今できる範囲の話だよ。八剣神王位の技術は見るだけでも価値がある。それじゃ、ジュースを飲んでくる」
と、踵を返す。
「分かった、またの機会に再戦を」
背後から聞こえるレーヴェの声に片腕を泳がせつつ――。
曖昧な返事をしながら錬金ティーのテンテンデューティーが置かれた場所へ向かった。
そこに、女獣人の声が響く。
「――シュウヤさん! よくもよくも、お嬢様をっ」
獣人の彼女はスカートの裾をたくし上げると、近寄ってくる。
そういえば、エヴァたちの下に行くつもりだった。
「リリィか、すまんな」
「もう、リリィ、怒っちゃ駄目。シュウヤは、今、戦ったばかりなんだから」
エヴァが俺のことを守ろうと魔導車椅子を動かして、目の前に移動してきてくれた。
「そうだぞ、リリィ、あれほど話したのに、まだお嬢様を困らせるつもりか?」
コックのディーさんだ。
「ディーさん、でも、でも、お嬢様を取られたという思いが……」
「リリィはお嬢様の幸せを受け入れられないと?」
渋い顔で語るディーさん。
「……いえ、お嬢様の幸せは嬉しい……」
一応、フォローしとくか。
「リリィ、大丈夫だ。安心してくれ」
「はい、分かっていますが……」
リリィはキラリと光る双眸で俺を捉える。
この間、二階でエヴァとえっちなことをしたことが許せないようだ。
「あぁ……了解した」
少しリリィが怖い。
「ん。リリィ、睨んじゃ駄目、シュウヤと一緒にいることに幸せを感じているの。シュウヤと不思議な繋がりもある。だから、近くにいても離れていても、ずっと側にいるように、心の中に幸せを感じる事が出来る――」
エヴァは天使の微笑で詩人のように語る。
魔導車椅子を変形させて金属足と融合。コンパクトにした車輪部位を足首の位置に付着させた。
そのままくるりと回転。足底から火花を散らしながら、俺の脇腹へ身を寄せてきた。
柔らかい巨乳さんの膨らみを感じる。
「お嬢様……」
「お嬢様の、あの顔を見ろ。わたしは幸せだ。リリィ、わたしたちは幸せだな?」
「はい……」
ディーとリリィは、エヴァの顔と動きを見て……嬉しそうに微笑む。
しかし、切なく泣きそうな浮かぬ顔をする。
少し、彼女たちだけにしておくか。
エヴァへ、優しくハグを返す。
その黒髪の頭に優しいキスをしてから、彼女の身体を離して、
「……肉とか野菜は食べたか?」
「ん、まだ。ミスティ、ザガさん、ルビアさん、アメリさん、彼女のお父さんとお話をしながらテンテンを飲んでいただけだから」
「まだ食べてなかったのか。食べたら、あの美味しさだ。吃驚するかも? 気に入ったら肉の素材なら少しだけ提供の用意があると話しておいてよ」
「んっ、大丈夫。もう提供した。わたしも個人用だけど、それなりに回収してあるから」
「あ、そっか、エヴァはアイテムボックスを持っていたな」
「うん。シュウヤ、忘れん坊?」
エヴァは天使の微笑だ。
彼女はディーさんたちの側へ向かい、肉のことを説明していく。
そんな愛情あふれるエヴァの家族から離れた。
邪界牛グニグニの料理が、エヴァの店を中心に東のハイム川沿いの街エリアを席巻するかもしれないな。
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