二百四十九話 竜鷲勲章

 

「……【緑竜都市ルレクサンド】と同様に、昔から奪い奪われを繰り返している都市だ。激しくなるのは地政的にしょうがない。ただ、何度も言うが、【太湖都市ルルザック】に帝国の兵を向かわせるつもりはない。その手前、サーザリオン領にあるドラゴン崖の近辺にある最後の砦と城で迎え撃つ。あの辺りが、今回の主戦場となるだろう。小規模だが、鉄槌と金床の戦術は取らせんよ。城と砦の伯爵と連携を取り、帝国を翻弄してくれる」


 サーザリオン領か。

 どっかで聞いたような気がする。

 ま、ここは渋い武将であるガルキエフの武力を信じるか。


 いつの間にか、オセべリア側を応援している俺が居た。


「……ガルキエフ様、頑張ってください」


 本心で語る。


「任せろ。ところで、その……」


 彼は、太い両手を胸元で合わせると、人差し指と人差し指の表面を合わせて、もじもじを始めた。

 同じ槍使いのガチムチのおっさんが……。


「……なんでしょうか」

「その使い魔を、触らせてほしいのだっ!」


 ガルキエフさんは、唐突に、顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

 一瞬、ぎょっとしてしまった。

 肩のハルホンクが、ングゥゥィィと鳴ったかもしれない。

 彼は黒猫ロロに触りたいらしい。


「……ロロ、触りたいって」

「ン、にゃお~」


 肩に居た黒猫ロロは『いいニャ〜』といったか分からないが、鳴いて腹裏を見せるように跳躍。

 地面に四肢を付けて着地していた。

 そのまま、とことことガルキエフへ近寄り、彼の太い脛へ小さい頭を衝突させてから白髭の頬を擦っていた。


「――おおぉ」


 ガルキエフは可愛いロロの様子に興奮。

 筋肉を震わせる勢いだ。

 彼は黒猫ロロの頭を撫でようとする。

 ところが、天邪鬼な黒猫ロロ

 ガルキエフから逃げるように腕を避けて、レムロナの足へ移動してしまった。


「――ぐ、逃げられてしまった」


 ガルキエフは黒猫ロロに逃げられても、怒らない。


「だが、なんという……かわいい仕草なのだっ、あの黒毛は素晴らしい。見ているだけで、幸せな気持ちにさせてくれる……」


 レムロナに甘える黒猫ロロの様子をニコニコと穏やかな表情で、活舌よく剛毅な口調で語っていた。


 猫好き大騎士ガルキエフ。

 面白いガチムチおっさんだけど……俺は綺麗な方が好きだ。

 ということで、レムロナへ視線を移す。

 さっきの主戦場のことじゃないが、まだ気になる戦争のことを彼女に聞いてみよう。


「……レムロナ様、帝国の特陸戦旅団、戦鋼鬼騎師団、以外の未知なる部隊とは、竜騎士を超える力を持っているのでしょうか」

「そうだ。持っている。この間、少し話をしたように、竜がやられ大騎士が怪我を負い、戦場で敗れたのだからな」


 竜が死ぬ? 相手はどんな部隊なんだろう。

 ファンファン、サージェス、ビクザムといった大きい竜の姿を見ているだけに、あれを蹴散らす帝国の強力な部隊の存在が気になる……けど、あまり深く突っ込んで聞くと、逆に興味があると思われそうだし、無難に漂わせるだけにするか。


「……激戦ですね」

「あぁ、だからこそだ。この間、わたしが勧めた……ことが成就できれば、どんなに安心できるか……」


 レムロナがそんなことを言って笑う。

 美人さんの誘い眼だが、大騎士就任の件は、NOだ。


「答えは変わらないです」

「ふふ、あはは――シュウヤならそういうと思ったぞ」


 レムロナが破顔。前にもまして可愛く笑う。


「レムロナから、こんな笑い声を聞くとは……久しぶりだ」


 ガルキエフは黒猫ロロへの視線を止めてレムロナを見ている。


「そうでしたか? シュウヤと話していると、つい、不思議と、心の気が大きくなってしまうのです……」


 彼女は赤い髪を弄りながら取り繕うように視線を逸らす。

 そんな顔をもっと側で、特にベッドで見ていたい。


 だが、そろそろ本題のアイテムを売りにいかないと。


「……では、そろそろ殿下のところへ参ります」

「わかった。またの機会に……その時、改めて黒猫殿に触らせてもらおう」


 ガルキエフは黒猫ロロへ熱視線を送るが……。

 黒猫ロロは、尻尾を小さく左右に動かす返事のみ。 

 あまりガチムチのおっさんには、興味がないようだ。


「……はい、では、レムロナ様もまた」

「了解した」


 二人の大騎士へ頭を下げる。

 俺は王子屋敷の玄関扉へ向かった。

 黒猫ロロは右肩の上に戻り、沈黙を続けていたヴィーネも背後からついてくる。


 青白い花と赤紫色の花が新しく植えられた玄関回りを通り重厚な大扉を押し開いた。

 赤絨毯が敷かれた空間を通り、謁見場を通り抜けて――王子のコレクションを兼ねた寝室部屋へ向かった。


 部屋の模様は、この間と変わらない。

 様々なアイテム類が置かれたコレクションルームの奥にある豪華な寝室で、王子と会った。

 その王子はすぐにリズという侍女が呼ぶ。


 その侍女がミドルガの書の鑑定を行ってから、王子に説明していった。


 そして、リズは何気ない動作で掌をナイフで切る。

 血を流し魔力を犠牲にしたのか、ミドルガの書を使用していた。

 魔造書のページが自動的に開かれる最中、彼女自身からも濃厚な魔力オーラを周囲に発生させながらの召喚だ。


 そのリズの片手にある魔造書の開かれたページの中から、赤黒い色の軟体の生物がにゅるりと音を立てて現れる。

 あれがミドルガか。巨人とか想像していたけど……。

 見た目が、海の怪異現象として現れる物の怪、海坊主をイメージさせた。


 これには吃驚だ。

 ただの鑑定ができる侍女じゃないんだなと。


 確認が済むと、王子は興奮してテンションが上がる。

 嬉しがっていた。

 その流れで、相槌しながら調子よく売りつける。

 白金貨を大量にゲット。

 王子の魔造書の類も別に集めているらしい。

 教会の禁忌がどうとか、魔造書の薀蓄を披露して話を聞いていった。


「六大トップクランでも、中々手に入れることができない禁忌の魔造書が入っていた宝箱が気になるぞ。もしや、金箱を超えた虹色という宝箱から手に入れたのか?」

「いえ、虹色ではなかったです」

「このような品でさえも、虹色ではないのか。しかし、わたしの眼に狂いはなかったともいえる。素晴らしいアイテムだぞ、シュウヤ・カガリ。レムロナが大騎士の序列八位へ推薦する理由もよく分かる」


 王子は目を輝かせて語る。

 やはり、レムロナは胸の内と語りながら、既に正式な話で王子にも進言していたか。


「――とんでもない話でございます」


 片膝を床に突け頭を下げた。

 ヴィーネも続く。


 俺は頭を少しあげて、王子を見てから、話を続けた。


「……王子殿下のお楽しみである冒険者として。そして、槍使いとして誇り・・を持つ身の上ですので」

「ははは、言うではないか。槍使い」

「……恐縮です」


 王子は俺の言葉を聞いてから、目を細める。


「……その槍使いのシュウヤよ。お前がレムロナを、大騎士レムロナを、邪教の魔の手から救出してくれた事は、既に聞き及んでいる」

「はい」

「そして、我が王国の潜入特殊工作員のフランからも、ある程度の情報を聞いた。わたしに対して珍しく情報を伏せてきたのが、癇に障ったが……それを踏まえ、ネイ、アル――」


 王子は両の掌で柏手を叩く。

 ネイ、アル、の名も呼ぶと、小柄な侍女たちと複数の使用人が近寄ってきた。


「シュウヤよ、少し待て」

「はい」


 キャラコの前掛けをつけた小間使い、侍女たち。

 その手に豪華な衣装、マフ、といった様々な物を持っている。


 王子は着替えるらしい。

 羽毛の彩りが綺麗な羽織り物から、銀ベルト、模様が綺麗なズボンなど、衣服を、美人な召使いたちが手慣れた動きで、テキパキと王子へ着衣させていた。


 しかし、フラン。大丈夫か?

 この上司というか国の王子に対しても、俺の情報を渡さなかったらしい。

 彼女は、律儀にも中庭で交わした俺との口約束を守っているようだ。


 そんなフランも姉と一緒に個人的な礼がしたいと語っていた。

 どんなのだろう。楽しみ。ムフフなことかなぁ。


 ……そんなことを考えながら、王子の着替えが終わるのを待つ。

 暫くすると、王子は豪華絢爛な衣装を身に着けていた。

 謁見の間で、下知を下しそうな……その王子が、


「……待たせた」

「いえ」

「ふむ、シュウヤ・カガリよ。今回のレムロナの救出の件、褒めて遣わす。その英雄的行動は、わたし、ファルス・ロード・オセベリアに貢献しオセベリア王国に尽くしたことになる。この情報は、ある事情・・・・で表に出せないが、その恩に対して正式に報いよう」

「王子、恐縮ですが……」


 俺の言葉に、王子は厳しい視線を作ると、「まぁ、黙れ」と腕を伸ばし掌を見せてきた。

 そのまま口を動かしてくる。


「――今ここに、ファルス・ロード・オセベリアの名の下……」


 威厳ある口調だ。

 彼が、前の大騎士たちへ命令を下していた場面を思い出す。


「シュウヤ・カガリへ。オセベリア王族感謝状と白金貨五十枚を進呈し、さらに、オセベリア王国ペルネーテ領竜鷲勲章を授与する」


 側に居たキャラコの前掛けをつけた小間使いが、マフの上に置かれた勲章を俺のもとに運んできた。

 もう一人の使用人は金貨袋を運び、俺の足元に置いていく。


 黒猫ロロがその使用人にちょっかいを出そうとしたが、押さえて止めた。

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