二百四十五話 訓練&アイス&エヴァの微笑み

 革服をその場で脱いだ。

 自らの乳首さんを晒す。

 使用人の一人に向けてマッスルポーズはしない。

 革服をさっと手渡してから中庭を走った。


 石畳の模様をチェックしつつ――。

 溝の隙間隙間でステップしてから跳躍――。

 使用人たちから嬉しがる甲高い声が聞こえた。

 ――上半身裸だからか?

 宙空の足下に<導想魔手>を生成――。

 その<導想魔手>を階段として利用するように<導想魔手>を蹴って高く跳ぶ。

 そのまま宙を駆け上がった。

 大門の屋根が見えたところで前転――。

 敵に浴びせ蹴りを喰らわせるイメージで、大門の上に踵を突ける着地を敢行――。


 そして、


「――イモリザ、新しい腕となれ、右腕の肘辺りだ」


 腕に付着していたイモちゃんことイモリザ。

 黄金芋虫ゴールドセキュリオンに変身すると、右腕の肘辺りに、モニョモニョ的な動きで素早く移動。


 その黄金芋虫ゴールドセキュリオンの芋虫は新しい腕に変形。


 右腕の肘から伸びた第三の腕だ。

 その第三の腕が肘から生えている右腕を上げた。

 <鎖の因子>マークがある右手首。

 その右腕に装備中のアイテムボックスを凝視。


 アイテムボックスは腕輪。

 近未来の腕時計的でもある。


 その腕時計的な風防と似た硝子面を指先でタッチした。

 触れた風防からシュパッと音は鳴らないが――。


 そんな印象の虹色のレーザーが真上に放射される。

 その放射されたレーザーは腕の真上に共鳴したテンセグリティの半球を作ると半壊するが、再び放射されたレーザー波は、振動と共鳴が世界の仕組みを模るようにホログラム地図へと展開した。


 ――ディメンションスキャンの簡易地図。

 立体映像でもある。

 この辺りは完全に宇宙文明製と分かる仕組みだ。


 このディメンションスキャンの中身を覗くように立体映像地図に手を突っ込む。

 そのまま腕と半透明な立体映像地図を見ながら、アイテムボックスの硝子面を指の腹でタッチ――。


 Aボタンを十六連打するイメージの連打。

 勿論、風防を壊さない優しい連打だ。


 風防の上に浮かぶ立体映像地図を消去――。


 アイテムボックスの薄緑色のメニューを出す。


 ◆:人型マーク:格納:記録

 ―――――――――――――――――――――――――――

 アイテムインベントリ 60/260


 ブゥゥゥンッとした起動音は鳴らない。

 が、そんな印象のメニュー画面。


 このメニュー画面の下のほうのアイテムを指でタッチ。


 神槍ガンジス。

 雷式ラ・ドオラ。

 鑑定してもらった魔槍グドルル。

 トフィンガの鳴き斧。

 霧の蜃気楼フォグミラージュの指輪を取り出し、新しい腕の指に嵌める。


 このアイテムボックスへと魔石を納めるのは後日かな。


 別段急いでいるわけでもない。

 ゆっくりと徐々にやろう。


 今は新しい腕の訓練だ。

 と、魔槍グドルルを新しい腕で持ち上げる。


 この魔槍グドルルの穂先、両手剣の幅のあるオレンジ色の刃。

 燃え滾るオレンジ色のナギナタ刃……。

 女性の命が元になり、強い命の灯といえる火属性効果があると渋い店主は語っていた。


 【霊霧島】を救った女性。

 パクスが関係しているのか、まったく分からないが。


 ……これはあれか、魔力を込めたら女体化とかある?


 がんばっちゃう?

 がんばっちゃうか。よーし。

 美人さんカモーン的な、邪な想いで、グドルルちゃんへ魔力を込めてみた。


 その瞬間――。

 パンッと乾いたラップ音と同時に――。

 ――ぬぉッと火柱がオレンジ色の刃から生まれ出る。


 こえぇ、ツッコミか?

 俺に向かって細い火柱が起きたぞ……。

 こんな効果があるとは、店主は一言も言っていなかったのにっ。


 親父にもぶたれたことないのに――。

 と、『連邦の白い悪魔』のパイロット気分で魔槍グドルルちゃんを睨む。


 試しに魔力をもう一度送った。

 が、あれ? 何もなし。どういうことだろう。


 もしや、先ほどの火柱は、俺の邪な想いに反応した?

 オレンジ色の刃に棲むゴリラ系妖精さんからの、


『女体化なんかするわけがないだろうがっ!』


 的な、ツッコミの気持ちが込められていたのかも知れない。


 うん、ツッコミの火柱だ。

 きっとそうだ、きっとな……。

 そんなことを考えながら、元からある右手の掌に魔槍杖を召喚。


 左手に魔槍杖を移し替えた。

 右手に神槍ガンジスを召喚。

 これで三槍流……。

 物理的にもう一つ腕があれば四腕だ。

 ま、<導想魔手>があるし、贅沢はいっていられない。


 その<導想魔手>の歪な魔力の手に雷式ラ・ドオラを握らせた。


 フフ、フハハハハッ、これでついに四槍流!

 と、意味もなくグリ〇ポーズを取ってしまった。


 いや、これはグリ〇ポーズではない!

 鶴のポーズだ。

 といっても、ヨガのバカーサナのほうではない。

 名作映画『ベストキッド』のほうだ。

 空手でいえば、鶴足立ち。

 

 その鶴足を意識したまま――。

 <導想魔手>が握る雷式ラ・ドオラの黄色い穂先を左上段に運ぶ。

 そして、左手が握る魔槍杖バルドーク。

 その紅色の穂先を凝視するように真っ直ぐと魔槍杖バルドークごと左腕を伸ばし、中段に構えた。


 右手が握る神槍ガンジス。

 その右腕の角度を変えて神槍ガンジスの白銀色の穂先を右上段に運ぶ。

 続いて、肘から生えている第三の腕が握る魔槍グドルルも角度を変えて、オレンジ色の穂先も、右上段に運んだ。


 この四槍流を用いて、槍使い音頭で踊る!

 いかんいかん。


 新しい腕の訓練でテンションが上がってしまった。

 真面目にやろうと一瞬で思考を切り替えた。


 下腕の新しい第三の腕が握る魔槍グドルルを斜め前に突き出した。

 第三の腕を活かすように画家気分で魔槍グドルルのオレンジ色の刃が宙に八の字を描いた。

 同時に背中の僧帽筋と広背筋を強く意識。

 左手が握る魔槍杖ごと、全身で力を溜めるイメージで魔槍杖を背中側に回しす。

 全身に魔力を含めたあらゆる力を溜めたところで、その溜めた力を魔槍杖に乗せるように力を開放――<豪閃>を発動した。


 そのまま体を独楽のように横回転させて前に進む。

 ぐるぐると目が回る。

 光魔ルシヴァルの三半規管は強いから酔うことはないだろう

 そして、回転力が増したお陰で、腕と魔槍杖が体に巻き付くような勢いだ。

 その穂先の紅斧刃が空間を断ち切る勢いで回りに回る。


 ――移り変わる視界のまま――。

 

 宙に残る紅色の軌跡が視界に入る。

 紅色の軌跡が扇状に拡がって、前に進む俺のあとを付いてきた。


 その独楽的な動きの回転斬りが終了したタイミングで、アキレス師匠直伝の歩法を意識した。


 風槍流の細かな歩法を実行――。

 ――両足と足の裏の細かな<魔闘術>の配分の違いを含めると多岐に及ぶ――。


 風槍流を学ばせてくれたアキレス師匠に感謝だ――そのまま風槍流の歩法で屋根を歩きつつ師匠に感謝の念を送り続けた。

 

 そして、腰を捻って右腕を捻り出す。

 右腕が握る神槍ガンジスで<刺突>を放った。


 方天画戟と似た双月の穂先。

 三国志の英雄の一人、呂布奉先が愛用したとされる武器だから気合いが入る。

 実際は宋の時代の武器らしいが。


 次は<導想魔手>が握る雷式ラ・ドオラだ。

 ――黄色の雷式ラ・ドオラが真上の虚空を突く。


 更に、右肘に生えた第三の腕が握る魔槍グドルルを下から掬い上げた。


 オレンジ色の刃の先端が屋根に触れるか触れないかの距離で通り抜ける――オレンジ色の刃から炎的な粒子が散った。

 その魔槍グドルルの柄を胸元に引き戻しつつ<魔闘術>を体に纏う。


 ――特に右腕と右下腕辺りの魔力を強めた。

 その<魔闘術>を強めた右腕が握る神槍ガンジスで、もう一度<刺突>を繰り出した。


 間髪を容れず――。

 手前に引いた魔槍グドルルで、神槍ガンジスと同じ方向に<刺突>を繰り出した。


 二連<刺突>だ。


 <魔闘術>を強く纏った腕の<刺突>。

 だから、速度が少し増している。

 ――オレンジ色の刃の魔槍グドルルから、炎が息づくような音が響いた。音から、オレンジ色の炎が迸ったことを連想する。


 この魔槍グドルルの穂先の刃には、<刺突>の突き技ではなく、薙ぎ払いのほうが合うか。


 この穂先の刃の形は……。

 『関羽』が持つような青龍偃月刀と似ている。


 相対した相手は迫力を感じるかも知れない。


 そして、この<刺突>は基本。

 相手により全身に纏う<魔闘術>の質を微妙に変化させながら<刺突>を放つことにより、基本の<刺突>は必殺の<刺突>にもなり得る。


 そのまま仮想の敵の足を掬うイメージで――。

 下段に魔槍杖バルドークを振るった。

 仮想の敵の足を紅斧刃で捉えたとイメージ。

 想像の血飛沫が舞う。

 刹那、魔槍杖バルドークの握り手を返す。

 紅斧刃を上向かせてから魔槍杖バルドークの柄を持ち上げるように一回転。

 魔槍杖バルドークは風を孕む勢いで回転する。

 更に、<導想魔手>が握る雷式ラ・ドオラを斜め下に振るって仮想の敵の足を切断――。


 が、その仮想の敵が、俺の繰り出した紅斧刃の攻撃を見事に防いだことを想定。


 一回、二回と雷式ラ・ドオラと魔槍杖バルドークで<刺突>と普通の突きのフェイクを繰り出してから――。

 仮想の敵の頭部を狙う。

 紅斧刃で頭部を潰すイメージの打ち下ろしを繰り出した。紅斧刃が石畳の表面に触れる寸前で魔槍杖バルドークを止める。


 そこで最初の訓練を終わらせた。

 ――押忍!

 両手で腰を締めるような気合いの挨拶。


 そうして、陽が沈むまで、槍を中心とした修練を行った。夜になったが、まだまだ満足はしない。


 次は<仙魔術>の訓練。


 魔力を整え、深呼吸をしてから……。

 霧を発生させた。

 <仙魔術>の冷たい空気の霧が闇に混じる。

 濃霧となった冷気のような<仙魔術>の魔力が頬を打ち体を凍えさせた。


 屋根を夜の冷気が支配したようにも感じた。


 しかし……。

 この<仙魔術>の魔力の消費は慣れない。

 胃がねじ曲がるような感覚……キツイ。


 が、<仙魔術>の発動は随分とスムーズになってきた――よし――。


 風呂から上がったようなイメージで気合いを入れながら――。

 霧の蜃気楼フォグミラージュの指輪を使った。


 分身体を作り出す。

 このまま動く――。 

 霧が支配する屋根を走った。


 足下の筋肉を意識したステップワークを実行――アーゼンのブーツの靴底が屋根の表面を焦がす勢いで爪先回転を――繰り返す。


 同時に爪先半回転も実行――。

 連続した避け技術。

 隙がない回転の――動。

 動きを止める――静。


 避け技術と四つの槍と俺自身が一体化したような槍武術の修練を行った。


 突きと振り回しを意識した槍が――。

 仮想の敵として出現させた俺の分身体を着実に潰していった。


 宙の霧の中にも俺の分身体は漂う。

 次は、その分身体を攻撃だ。


 魔槍杖バルドークを消去。

 片手を無手にした。

 その片手で地面を叩くような反動から側転を実行――側転中に片手の肘を曲げつつ腹を意識する。

 表層の外腹斜筋と――。

 インナーマッスルの内腹斜筋を活かすとしよう。


 片手と、その筋肉の力で体をバネのように扱っての跳躍を実行し、宙に躍り出た――。

 そのまま宙空で乱雑に体を回転させつつ――宙空でシザースフリップを行うように、両足を交差させながら――蹴り技も使っての――。

 <導想魔手>の一部を足場に利用――。

 宙を跳びつつの<槍組手>の蹴りと混合した槍武術を宙空で行った。


 ――我流だが、イイ感じだ。


 それらの蹴り技を主体とした宙空から槍武術で<仙魔術>の霧と指輪で生み出した宙に漂う分身体を消していった。


 四つの腕に持つ槍をとっかえひっかえしながら、武術の訓練を続けた。


 ――この辺でいいか。

 霧と分身体をある程度消しきってから着地。


 ……次は、トフィンガの鳴き斧だ。

 幸いこの惑星の夜は長い。


 と考えたところで、


「閣下、訓練はその辺で、紅茶をお持ちしました」


 常闇の水精霊ヘルメの清らかな涼しい声だ。

 ヘルメは月冴えて蒼風清くといった雰囲気の美しい表情で、俺を見る。


 胸を張る姿勢は凜としていた。


 そして、ヒールの靴は履いていないが……。

 コツコツと歩く度に、巨大双丘がプリンプリン物語を奏でていた。

 そんな素晴らしい胸を備えたヘルメさん。

 片手にティーカップを持つ。

 紅茶を溢さず持ってきてくれたようだ。


 気が利く精霊さんだ。


 そうだな……と、ヘルメを見ながら頷いた。

 ヘルメと一緒に夜風を涼んで楽しむとしよう。

 暫しの時間、紅茶タイムとしゃれこもうか。


 後でヘルメと模擬戦をしてもいいかもな。



 ◇◇◇◇



 次の日。


 リグナ・ディの店内の厨房にて、アイスを作り始めていた。

 エヴァ、ディーさん、リリィが側で見つめてくる。

 黒猫ロロもちょこんと机の上に座って作業を見つめていた。


 卵、蜂蜜、酒、等の素材。

 大きい薄皮袋、中ぐらいの薄皮袋、布、俺が用意したフルーツ類、冷やしていたココナッツ、塩が並ぶ。

 シナモンと砂糖もあるが今回は使わない。

 しかし、ディーさんの視線は熱い。

 あいす、とは何かを必死に学ぼうとしている熱意を感じた。

 そんな大した物ではないが。


 まずは普通のアイス。


「それじゃ、メレンゲから」


 卵を白身と黄身に分けて、ボウルに分ける。

 白身に蜂蜜をたっぷりと入れて、黒い甘露水を少し垂らした。


 ハンドミキサー的に腕を回す。

 木の棒を使い一気にボウル内をかき混ぜていった。


「まずは、メレンゲが完成」

「白身と黄身を分け、甘露水が隠し味に……」

「まだ、続きます」


 そこで予め仕込んでおいたココナッツミルクを取り出す。


「ん、ココナッツ」

「そうだ甘いフルーツ」


 ココナッツミルクの液体と固体への分離は確認済みだ。


「にゃお」

「あの甘いジュースなら飲んだことがあります!」


 黒猫ロロとリリィが飲みたそうに叫ぶ。

 皆が注目している固体状のココナッツクリームを木製のボウルへ入れて、<生活魔法>の氷でボウルの周りを冷やしつつ、棒で中をかき混ぜていった。


「かき混ぜ方が絶妙ですな」


 プロの料理人であるディーさんが指摘してくる。

 少し照れた。

 ボウルを壊さないよう……慎重にかき混ぜながら、


「……身体能力に自信があるので」


 と、無難に答えた瞬間、かき混ぜていた棒を折ってしまった。


「きゃ」

「あっ」


 折れた棒が鉄のフライパンにぶつかり跳ねて、俺の顔に戻り、突き――刺さらなかった。


 手掴みで矢じりのような棒を掴む。

 ……調子に乗りすぎてしまった。


「……一流の冒険者とは聞いていましたが、跳ねた棒を手掴みとは、恐れ入りました」

「うん。凄いのは知っていましたが、シュウヤさんも失敗をするのですね」


 リリィが語る。


「ん、シュウヤ、調子に乗るから」

「お嬢様、失敗したのに、嬉しそうですね?」

「ん、可愛いシュウヤ、少しおっちょこちょいなところがある」

「面目ない、少し力を抑えたつもりなんだが、褒められて調子に乗ったようだ」

「はは、正直な方だ。シュウヤさん、気にせずに続けてください」


 笑い顔も渋いディーさんに促された。

 新しい棒で、かき混ぜていく。

 泡だて器をイメージしながらも、柔らかいマシュマロを弄るイメージで……。


「にゃおん、にゃぁ」


 しかし、その絶妙な棒の動きに黒猫ロロが反応してしまった。

 一緒にかき混ぜたいらしい。

 あの肉球でかき回されたら、それはそれで美味しい肉球団子が、いや、それは違う。


「ん、ロロちゃん、シュウヤの邪魔しちゃだめ」

「にゃあ」


 今度はイチゴーンが大量に入ったボウルへ肉球を突っ込む黒猫ロロさん。


「もう、ロロちゃん、悪戯っ子」

「だめですよぉ」


 リリィに首根っこを掴まれ胸前に抱きしめられる黒猫ロロ

 両前足の裏にある肉球をモミモミ揉まれながら小さい頭にキスをされていた。


「ふふ、可愛い~」

「ロロも嬉しそうな顔をしているから、リリィの温もりが気に入ったのかも」


 獣人さんだしな。

 通じるものがあったのだろうと思いつつ黄身、蜂蜜、酒を少々と、ホイップしたココナッツクリームに作ったメレンゲも混ぜて、それらを皮袋へと入れる。


 このアイスの材料の皮袋は少し放置。

 次は……。

 イチゴーンを洗いピューレ状に潰す。

 そして、同じ素材を使って違う皮袋に混ぜながら入れた。


 これで、アイスとイチゴアイス用の二つの材料が出来上がる。


 最後に、大きい皮袋に<生活魔法>の氷と買っておいた塩を多めに詰めた。

 凝固点降下の作用を活かす。

 大きい皮袋の中へとアイスとイチゴアイスの材料を入れた中ぐらいの皮袋を入れて急速冷凍を促した。

 それを布で包んで布越しに揉み拉いてから、待つこと数十分。

 氷の入りの大きな皮袋の中から、中ぐらいの皮袋を取り出して中身を確認した。


 中身は勿論、アイスだ。

 いい匂いと共にクリーム状に固まったアイスの見た目は綺麗な白。


 木のスプーンで、その柔らかく美味しそうなアイスを掬った。

 皆も味見。


「わぁ……それが、あいす、なのですね」

「ん、シュウヤ凄い! たなか店で食べたのに似ている!」


 皆の笑顔を見てから、俺も味見を――。

 舌の上で直ぐに溶けるアイスちゃん。

 冷たくて、仄かな甘さがなんとも言えない。

 素材がいいから上質な味だ。


 素朴なココナッツの甘さと風味を持つ。


「――美味い。完成だ」

「これが、あいす。<生活魔法>を使った調理方法なのですね」


 ディーさんは氷と塩が入った大きい皮袋を見ていた。


「うん、直ぐに溶けるから。さ、今のうちに二種類のアイスを食べちゃおう」

「はい、いただきまーす」

「ん」

「では」


 皆、皿に載せた出来たてほやほやのアイスを食べていった。


「美味しい! 口の中ですぐに溶けちゃう」

「にゃおおぉぉ~」

「ん、ミルクの味がする! タナカ店と違ってイチゴーンの混ざったのも美味しい!」

「これが、あいす。冷たく甘く、素晴らしい食感です……冷たい火を通さない調理は初めてですが、ジグアの食材と混ぜたら面白いことができそうだ。しかし、昔、食べたような覚えもあります」


 好評のようだ。

 ディーさんは早速アレンジを思いついていた。


 さすがは本職。


 ジグアにアイスを合わせる……いいかもしれない。

 茶色の牛蒡だが、しゃきしゃきした野菜部分と肉の白玉……のコーン的な甘さに変わる素材。

 そこにアイスの甘さが加わる……想像すると混乱しそうだが、未知のデザート料理になりそう。


 ま、その辺はプロにお任せだな。

 昔食べた覚えがある。とは作り方も簡単だから他の誰かが昔作ったアイスだろう。

 あまりペルネーテの料理界では広まっていないだけで、知る人は知るデザートだと思うし。


 材料と素材はこのまま、ディーさんに渡す。


「これが素材と材料です」


 素材と材料をディーさんに提供。


「ありがとうございます。この店にレシピが増えました」

「ん、シュウヤありがとう」

「シュウヤさん、ありがとうございます」


 ディーさんとエヴァに続いて黒猫ロロと戯れていた獣人のリリィも頭を下げてきた。

 彼女は頭に生えている犬っぽい小さい耳をピクピクと動かしている。


「……いえいえ、エヴァとの約束ですから」

「ンン、にゃおおん」


 リリィから離れて机の上に乗っていた黒猫ロロも挨拶をしていた。

 勿論、ドヤ顔だ。


「ん、ロロちゃんも混ぜ混ぜをがんばった?」

「にゃん」


 片足でポンッと机を叩いて返事をしている黒猫ロロ


 そこから皆で、厨房から離れた。

 店の一角にある無垢な四角い机と椅子に集まると色々と話をしていった。


 それは……。

 魔導車椅子の進化のお礼のこと。

 屋敷に魔造虎を設置したこと。

 前にリリィが隠れて殴ろうとしてきたこと、などだ。


「ん、リリィ! もうそういう危ないことはしないで」

「は、はい、お嬢様……でも、わたしがお嬢様を守りたいんです!」


 リリィはそう喋りつつ耳を凹ませる。

 小型犬のような、ネコ耳にも見える可愛い耳だ。


 一瞬、紅虎の嵐のサラを思い出す。

 リリィはサラ的に凛々しくはないが、リリィはリリィで小柄だから、可愛い。


 エヴァはそんなリリィを天使の微笑で見つめていた。


「……愛されているな、エヴァ」


 と、思わず指摘してしまった。


「ん、分かってる。リリィのこと大好き」

「お嬢様! わたしもです」


 魔導車椅子に座っているエヴァに抱き着くリリィ。

 エヴァの隠れ巨乳に顔を埋めている形か……。

 エヴァはよしよし。というように、リリィの背中を軽く撫でてあげていた。


 そこからディーさんと料理談義を行う。

 魚料理よりも、最近はグラタン料理とトンラ鳥の肉料理を研究中とか、そして、


「……大草原の大鹿カセブ、Aランク依頼のコカトリス、Bランク依頼の大量に繁殖している石蹴り大鳥の料理にも挑戦していきたいですね。ただ、最近……調理用の素材が不足気味でして……しかし、現在の素材でもやりようはあります。食味街の店に負けていられません」


 と、熱く語っていた。

 そんな中、黙りながら座って話を聞いていたエヴァが俺を見つめてくる。

 彼女は紫色の瞳と同じ色合いの魔力を一瞬で全身に纏うと、魔導車椅子も紫魔力で包む。

 エヴァは太腿を見せるようにワンピースの裾を引き上げ、


「――ん、ディー、食材の狩りの話は、もうおしまい。シュウヤ、上に案内するから、きて」


 座っていた魔導車椅子を変形させるエヴァ。

 踝に車輪が付属した、金属の足になっていた。

 エヴァは板の間をスイスイと滑るように素早く店の入り口のほうに進んでいく。


「了解、上か――」


 椅子から立ち上がる。

 料理と素材の話をしてくれたディーさんへお辞儀してから、エヴァを追った。

 リリィは猫じゃらしのような棒を使い黒猫ロロと一緒に遊んでいる。


 リズムよく走る黒猫ロロ

 片足をあげての猫パンチが空を切る。


「あははっ、ロロちゃんっ、次はこの動きよ! ついてこられるかしら」

「にゃにゃああ」


 遊んでいるというより、リリィは相棒に遊ばれている?


 俺も一緒に猫じゃらしを追う、いや、猫じゃらしで相棒と遊びたくなったが、エヴァの後ろ姿に視線を移す。

 エヴァの背中と綺麗な金属の足を見つつ……。

 店の玄関口の右にある階段を上がろうとすると黒猫ロロと遊んでいたリリィが、横から抱きつこうとしてきた。

 その瞬間、


「ダメッ――」


 階段の上にいたエヴァが強めの口調で叫び、階段の下へ向けて紫の魔力を放出。

 粒子、霧の束のような紫魔力がリリィの動きを封じていた。


「お嬢様!?」


 リリィは、エヴァと俺が二人っきりになるのを防ごうとしたらしい。


「リリィ、だめ。今はシュウヤと一緒にいたいの、ね?」


 紫魔力に包まれて動けないリリィは小さい耳を凹ませる。


「ううぅ、はいです」


 そう力無く返事をすると、エヴァの紫魔力から解放されたリリィ。

 すごすごと俺たちから離れた。

 笑って様子を見守っていたディーさんに向かう。

 リリィの細い手には、まだ猫じゃらし的な小道具が握られていたから黒猫ロロも釣られてリリィの足下を歩いていた。


 モサモサとした後ろ脚の毛が揺れて可愛い。


「ん、シュウヤ、ついてきて」

「了解」


 階段を上り二階に出た。

 一階と同じく長方形の形。

 少し天井が低い。手狭に感じる。

 エヴァは左手前にある茶色の扉を開けて、中に入った。

 その彼女に続いて、俺も部屋に入る。


 部屋は意外に広い。

 右端に荘重な厚織りのカーテンが付いた木の窓があった。

 その窓から陽が射して部屋が明るい。

 いい匂いも漂ってきた。

 松葉のような香りだろうか、花かな? 

 気分が爽やかになった。


 そして、足下がふかふかの感触。

 青紫色の絨毯だった。

 素足だったら気持ち良さそう。


 白い椅子には作成途中の編み物がある。

 ……屋敷のエヴァの部屋にも同じ物があったような気がする。


 編み物は隠れた趣味か?

 左隅にはベッド。

 天蓋はないがしっかりとしたベッドだ。

 ベッド近くの横壁に古い画用紙と絵が描かれた羊皮紙が貼られてある。


 クレヨンの原色で太い線が走り、魔導車椅子に乗るエヴァと似た女の子の背中に大きな翼が生えていた。

 天使みたいだ……。

 エヴァと似た女の子の傍には、リリィとディーさんだと辛うじて分かる人物が描かれてある。


 天使は、両手を合わせて、リリィとディーの側を祈るように飛んでいた。


 紫色の線が少し滲んでいる……。


「……昔、リリィが描いてくれたの、わたしが天使に見えるって」


 照れ臭そうに笑うエヴァが語る。

 その笑顔を見て、心臓がトクンと脈打った気がした。


 そして、彼女たちの思い出なのに、懐かしい想いを感じる。

 俺は自然と、顔を綻ばせていた。


「……天使か」


 納得できる。エヴァは天使の微笑だからな。

 この絵から……深い愛と彼女たち家族の歴史が感じられた。


 感動する絵から視線を外して、中央へと移す。

 奥の壁際に重々しく黒光りする箪笥が存在した。

 箪笥には金属のインゴットと彫刻のような鉱石の塊が幾つも展示されてある。


 衣服を仕舞う箪笥のほうが小さい。

 エヴァらしいか。


 金属と鉱物が置かれた箪笥の隣には書架付きの小型の勉強机もある。

 ランタンの淡い光がそれらの巻物と本がつまった壁際の棚と茶色のアンティーク製の机を照らす。

 机には日記帳と羽根ペンもあった。

 机の傷の溝に溶けた金属の跡やインクの染みの跡も……。


 エヴァが座っていた当時の姿が垣間見えた気がする。

 本も少し気になった。

 屋敷にはなかった本もある。

 と、ランタンの光を浴びている書架台と棚へと視線を移した。


 冒険者Aランクへの道、深淵の心の静寂を呼ぶ声、黒鳥と猪と獅子、ミスラン塔、異端者ガルモデウス、魔印と貴族の因果、忌みされるハーフエルフの血筋、内包されたエクストラスキル、棍棒の動かし方、食材となるモンスター、魔物本モンスターブック、隠れた古貴族フェンロン一族、糸使いの故郷イーゾン王国、素寒貧のトッド。


 と、ルリユールで作られたような色々な本が並ぶ。


 魔物本モンスターブックは種類が豊富にあるようだ。

 俺の屋敷のエヴァが泊まる部屋にも数種類の魔物本モンスターブックが置かれてあった。


「本も時々買うから」

「みたいだな」


 部屋の一角を見た俺に合わせるようにエヴァが説明してくれた。


 その彼女の側には、白いアディロンダック風の椅子が数脚並ぶ。

 ところどころにアンティークショップで売っていそうな小道具もある。


 全体的に、そこはかとない品を感じた。


「……ん、ここ座って」


 エヴァは金属の足のまま白い椅子に座っている。

 椅子の上にあった作成途中の編み物をエヴァは隠そうと椅子の下の箱に入れていたが、丸わかりだ。


「分かった……」


 エヴァに促される形で頷く。

 エヴァの部屋か。

 品があるし、やはり女性の部屋……少し緊張する。

 ベッドの側の白い椅子の片方に座った。


「ん、いつものシュウヤと違う」


 う、鋭い。


「そりゃ、エヴァの寝室は初めてだからな」

「ん、かわいい」


 エヴァは眼輪筋を広げて、微笑する。


「俺が、かわいいか……」

「ふふ、シュウヤ、そういうとこある。邪界でステーキを食べている時もかわいかった」


 天使の微笑のエヴァ。

 そういうエヴァのほうが可愛いが……。


「そっか。ありがと。が、かわいいより、やっぱ男なら、カッコいいのほうがいいな」


 と、キリッと顎を出して語る。


「ん、シュウヤ、かっこつけてる?」

「う、うむ……」

「ふふ、かわいくてカッコいい」

「エヴァっ子よ。そういうエヴァも凄く可愛いぞ」

「ん」


 彼女は同意するように頷く。

 と、強気な雰囲気を出そうと目元を強めた。

 

 紫色の瞳が揺れる。

 エヴァは俺を凝視。


「はは、今日はやけに強気なエヴァだ。自分の部屋だからか? 俺の屋敷では何度もエヴァの部屋に入って……」

「ん……」


 エヴァは色々と思い出したのか、頬を朱色に染めた。


「……いつものエヴァに戻ったかな」

「ん、逆に、わたしの部屋だから少し恥ずかしくなってきたかもしれない……」


 本当に恥ずかしいらしい。

 エヴァは打って変わって視線を斜め下に向ける。


 リードに失敗した?

 とエヴァは考えている?

 んだが、女性の可愛らしい仕草だ。


「……んだが、この部屋はいい部屋だな。匂いもいいし、何かエヴァが育った部屋って感じがする」

「ん、そう? この部屋が?」

「そうだ。整理整頓された環境に、そこの金属群。アイテムボックスもあるから、あれは一部だけと分かるが、色々と綺麗だなと」

「ありがと。でも、シュウヤが来るから掃除をしたの。後、わたしがいない時、リリィも片付けてくれるから」


 あぁ、そういうこと。


「リリィも食材を集めたりしているのかな」

「ん、冒険者でもある。わたしと違い、近所に住む学院出の人たちとパーティーを組んでいると聞いた」

「へぇ、学院というと、レベッカが卒業して、ミスティが講師を務めている?」

「そう。ハイム川で採れる魚なら仕入れも楽なんだけど、リリィは、大草原と迷宮を行ったり来たりで大変らしい……戦争で不安とも、言ってた」


 エヴァは少し元気なく話していた。

 最近、食材集めをしていないから? それとも戦争のことかな。


「そういや、ディーさんも素材が足らないと話していた」

「ん、わたしも手伝うかもしれない」

「そっか、前もエヴァは、迷宮で茸、ジグア、スライムといった食材を集めていたからな」

「ん――」


 エヴァは俺の言葉を聞いて、大きく頷いてから、紫魔力で全身を包む。

 そのまま、体を浮かばせつつ椅子に座っている俺に近付く。


 と、ひざの上にちょこんと乗ってきた。


「ん、シュウヤ……」


 エヴァは斜め後ろにある俺の顔へと振り向いた。

 瞳を僅かに揺らしている。

 期待している表情だ。

 エヴァの望み通り――後ろからギュッと抱きしめてあげた。


「ん……」


 エヴァは嬉しそうに頬を上げつつ前に向き直るや、俺の腕を両手で掴んできた。

 そんなエヴァの細いうなじから、いい匂いが……。

 同時に左の掌に納まらない大きさの胸を優しく撫でていった。


「……シュウヤの手、温かい……」


 エヴァは絹糸のような小声で語る。


「エヴァの体は柔らかい」


 そう、柔らかいし、揉みがいがある。


「ん、前にも聞いた……」

「何度でもいうさ、柔らかい天国のようだと……」

「――ん」


 エヴァは細身の背中を――。

 俺の胸に預けつつ体重をかけてきた。

 ……愛しい重さ。

 そして、精一杯細い首を俺に向けて伸ばして、小顔で振り向こうとしてくれる。

 そのエヴァは目を瞑って、健気に唇を俺の唇に重ねようとしてくれた。


 可愛いエヴァ。

 俺はそのエヴァの唇を優しく迎える。

 長い、長い、キス。

 光魔ルシヴァルに息継ぎは必要ない。

 ……長いキス。

 互いの唇ごと心が一つに、一つの生命になったかのようなキスだ。


 唇を離すと……。

 口から唾が糸を引いていた。


「……愛を感じた」

「そりゃな、愛がなきゃキスなんてしない」

「ん」


 エヴァは天使の微笑を浮かべくれた。

 天使から救世主が生まれるというお告げを聞いた羊飼いの気分だ。


 女の微笑みに魅了されるとは、こういうことなんだろうな。

 心臓が高鳴った。

 俺は光魔ルシヴァルだ。幾ら走っても疲れないしスタミナは無尽蔵……。


 だが、心臓の鼓動は激しい。

 俺の弱点はやはり、女か。


「……シュウヤ、笑った?」

「あぁ、エヴァの微笑みに魅了されてしまったな、とね」

「ふふ、わたしもシュウヤの笑顔を見ると、心臓がドキンとなるっ――」


 エヴァはちゃんとこちらに向き直って抱き着いてきた。

 そこから下で遊んでいる黒猫ロロが気付くか分からないが……。


 ――きよしこの夜の情事となった。



 ◇◆◇◆



「ムムム、お嬢様……」

「にゃぁ?」

「リリィ、そんな顔を浮かべていたら、お嬢様が悲しむぞ」

「ン、にゃあ」

「ディーさん、そうですが、うぅぅ」


 ディーはリリィの顔を見て優しく微笑むと、


「――ほら、これを食べなさい。シュウヤさんのレシピと素材を元に新しく考えた、改良型の新アイスだ」

「わぁ、粒々がのってる! これはペソトの実?」


 ベテランのコックディーが改良型と語るように細かく砕いたペソトの実が新アイスの上にのっていた。


「――にゃ、にゃぁぁぁん」


 側にいた黒猫ロロディーヌが喜ぶ。

 新しいアイスに興奮しているのかもしれない。

 皿へと触手を伸ばしていた。


「あぁ、ロロちゃんが触手でアイスを……」

「リリィ、そのアイスは今ので最後だ」

「うぅぅ、もういいです……」


 リリィは泣きそうな表情を浮かべた。


「ン、にゃ」


 黒猫ロロディーヌはリリィの悲しそうな表情を見て悪戯を止める。

 そして、リリィの胸の前に触手をそっと伸ばす。

 その平べったい触手の上にはアイスの皿がのっていた。


「ロロちゃん! ふふ、ちゃんとアイスを取っておいてくれたのね。なら一緒に食べて慰め合おう?」



 ◇◆◇◆

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