二百二十六話 怪情報から赤髪の女
休憩するとして、高級戦闘奴隷たちの様子も見ていくかな。
ヴィーネを連れて中庭を進む。
「ルブルルルゥ~、ルララァァァ~」
千年植物の歌声だ。
ヘルメが片手で握る千年植物は歌い踊る。
ヘルメは、植木職人に見せて、治療を施してもらったようだが……。
まだ千年植物は壊れている? 壊れているというか、成長している?
分からないが、変な歌と踊りは進化しているように見えた。
そんな千年植物を愛でるヘルメさんを筆頭にして……。
中庭を走り回る
ヘルメがリーダーか?
変な遊びを開始していた……。
おしっこタイムか? 水撒きだろうか。
まさか、あそこにラッパー&シャンソン歌手的な歌声を発している千年植木を植える?
「試しに、ここに千年ちゃんを植えるのです!」
「にゃぁ」
「プボプボッ」
「ガォォォ」
「YO、YO~~、キイテナイォ! ウメルゥ、ウメラレルゥゥ~、コレモ~トキメクカモゥ~」
やっぱり埋めようとしていた。
どんな場所に植えようとも、千年植物から取れる魔法の実はあまり増えないと思うが……。
ポポブムも地面を掘ろうと足を使って掘ろうとしている。
が、掘れずに鳴いていた。
ほのぼのだ。
視線を外して寄宿舎へと向かう。
寄宿舎の手前で洗濯物を干している使用人がいた。
挨拶するべく近寄った。
「仕事は順調?」
「は、はい、わたしは順調なのですが……」
使用人は言い淀む。どうしたんだろう。
「ご主人様! 大事なお話があるのです――」
メイド長のイザベルの声だ。
大門付近にいたイザベルは、厳しい表情を浮かべつつ走り寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「ハァハァ……」
肩で息をするように肩を上下させた。
焦燥した美人メイド長さん。
んだが、珍しい?
レソナンテで鍛えられたイザベルだ。
そんな鍛えられたイザベルが、スタミナを消耗するとは……。
かなりの距離を走ってきたのか?
彼女は息を整えると、
「使用人のミミが行方不明なのです」
「え、何だと……」
「集合時間になっても帰って来ないのでオカシイと……次の日も帰ってきませんでした」
マジかよ。
「いつからだ? 場所は?」
「五日前、買い物の場所は不明です。使用人たちは様々な店にお得意様が存在するので、一応、開放市場、第三の円卓通りの東にある商店街、これらの目ぼしい各店を調べたのですが……行方が分からず。今も副メイド長たちが各地に散って探している状況です」
俺たちが地下二十階層に行ってる間か……。
思わず周りにいた使用人たちを見る。
まさか、イジメを苦に? 出奔?
「……何か心当たりはあるか?」
「まったく。真面目な子ですし、皆と仲がいいですから、何かの事件に巻き込まれたとしか」
「え? 事件だと……なぜだ」
誘拐、いや、攫われ拉致られた?
「申し訳ないです」
「いや、イザベルが謝ることじゃない」
俺たちがここで過ごしていたとしても防げなかっただろう。
誰が犯人か分からないが、使用人とて、俺が雇った大事な人材だ。
もし、ミミとかいう名の使用人を殺し、命を奪ったのなら……犯人よ、お前にもそれ相応な思いを味わってもらおうか……。
「ご主人様、目が……」
自然と、怒りが顔に出ていたらしい。
「すまんな、怒るとこうなるようだ。それでイザベル、お前は今、外から戻ってきたようだが?」
「……はい。ミミの件で各地を奔走していました。レソナンテには戻ってないことも確認したところで、直ぐに衛兵隊に連絡し、
それどころではないか。
ま、他にも色々と事件があるんだろう。
レムロナの場合、帝国関係の他にも、女性たちの行方不明の事件を追っている可能性もある。
優秀な彼女に、この報告がいけば……大騎士レムロナが調査の一環で俺の屋敷に来ることもあるかもしれない。
そのタイミングで、近くにある戦闘奴隷の寄宿舎の扉が開かれる。
「「ご主人様っ」」
「主人っ」
ん? 戦闘奴隷たちだ。
彼らも皆、顔色が悪いが……まさかな。
思わず人数を確認……全員居る。ほっと安心。
「お帰りになられていたのですね! その使用人が居なくなった件の他にも、わたしたちから大事な報告があります」
ママニ、鬼気迫る虎顔だ。
美形な女獣人。あれ? 金鎧を装着していない。
黄色のふさふさ毛であまり見えないが、膨らんだ双丘が少し見えている。
おっぱい研究会が発動しかかるが、今はしない。
「……鎧はどうしたんだ?」
「はい、それが……化物女に遭遇しその化物女との戦闘の際に、わたしが切り札を使用しましたので、その結果、壊してしまいました。申し訳ありません」
反省した顔色もシュッとした美形な虎さんなので、一瞬見蕩れるが。
化物だと? 切り札?
「……別に鎧は構わん。それで、化物女?」
「はい、迷宮第五層にて冒険者を吸収し死体を喰い、自らの身体を金髪から銀髪の浅黒い肌を持つ女へ変身し、魔骨魚と呼ぶ召喚生物を使役していました」
なんだそりゃ。
「その銀髪の化物女が襲い掛かってきまして……戦闘に発展。わたしたちは撤退できましたが、化物女は生きています。ですので、その化物女が、
思わず秘書スタイルで待機するヴィーネに視線を向ける。
彼女は首を左右に振り、知らないという顔を浮かべた。
「第五層のあの荒野地帯で活動をする冒険者を喰うか……強いな。想像するに、邪神系、或いは魔界の神に属する使徒クラスか。そいつがお前たちを狙い、何らかの手段で使用人を攫った可能性があると……」
パクスとは違う系統だとしても……強敵そうだ。
「……わたしたちが戦った化物は、そのような相手だったのですね」
「主、化物女は中々、強かった。魔力も不自然な動きで一瞬の高まりは並みじゃなかったぞ。だから、我らを鍛えてくれ! 模擬戦を希望する」
ビアが早口言葉を言いながら割り込んできた。
「模擬戦か、今はそれどころじゃない。ママニ、もう少しその化物の情報をよこせ」
ママニは頷き、渋い虎の口を動かしていく。
「……はい、当初は、一緒に組んでいた冒険者を裏切り骨針を使い倒したと推測されます。更に、倒した冒険者たちから白いものを口から吸っていました。その骨針がメイン武器かと思われましたが……内実は違うようです。変身を遂げ武器も変わったらしく、伸縮自在な黒爪がメイン武器とサブ武器に銀の髪を用い、使役していると思われる<魔骨魚>という骨魚を用いて、遠距離武器として我々に対して攻撃をしてきました。わたしの切り札を用いた攻撃も少しは効いたようでしたが、傷の再生速度も速く異質でタフなタイプと推測できます。その一方で、身体速度は極端に遅く対処が可能です。喋りも異様でした」
その分析力はさすがだ。ママニ。リーダーの気質は十分だな。
彼女に従ってみたいとか、変な想像を抱かせる。
しかし、近距離から遠距離まで自在にこなせる化物女か。
それでいて、姿を変えられると……動きが遅いのが弱点か。
「……なるほど」
……ママニも他の奴隷たちも、ビア以外、顔色が悪い。
激闘をしてきたようだ。そんなのが五層に居るんじゃ、おいそれと魔石集めに出すのも考えてしまう。
「……」
「変身が可能なので、見知らぬ冒険者の全てが怪しく見えます」
クナも変身していたが……未知の敵。
となると、もし使用人のミミがその化物女に食われていたのなら……いずれはここに来る可能性もありか。
魔力も不自然な動きならば、魔察眼で、或いはカレウドスコープを用いれば、身体の構造からある程度の分析は可能と思うが。
「……魔石収集は暫く中止とする。俺がその化物女を始末するまで個人での外出も禁止だ。そして、その化物女が食った人物の記憶、能力を奪えるのなら、その化物がミミの姿となって、この屋敷にさり気なく侵入してくる可能性もある。お前たちを狙いにな」
「え、は、はい……」
ママニは不安そうな声で返事をしてから、頭を下げる。
「化物女と対峙しても我の魔眼は効いていた。このメンバーだけでも十分対処は可能と判断する」
ビアは気丈に答える。
大丈夫だ。と、でもいうように蛇眼を鋭くさせて、蛇舌を伸ばしながら話すが、俺は死んでほしくない。
「ボクは指示に従うよ」
サザーは真剣な目だ。激闘を思い出しているのか犬耳が小さくなったように見える。
小柄でモコモコな毛は変わらないが……。
そんな可愛らしい
動物園に参加したい? あ、実はイチャイチャしたいとか?
「……はい。中止に賛成です。あの化物は上級魔法をあっさりと叩き落としていた……怖い」
エルフのフーは蟲系に続いて、また化物クラスと遭遇だからな。
彼女はレベッカを超える運の悪さを持つのかもしれない。
「ビア、お前たちは生き残った。その点に関してはさすがといえる。だが、相手は強者だ。遊んでいた可能性もある。だから<
「「はい!」」
「承知」
戦闘奴隷たちは軍隊式のポーズで挨拶すると、寄宿舎に戻っていく。
「イザベルも、使用人の外出は控えさせろ、副メイド長たちもここで待機だ」
「畏まりました」
「あ、それから、その行方が知れないミミが寝泊まりしていたところへ案内してくれ」
「ミミの? 分かりました、こちらです」
イザベルは戦闘奴隷たちが暮らす寄宿舎前から離れ中庭を歩き出した。
そんな慎ましいメイドの後ろ姿を見ながら、俺とヴィーネは付いていく。
……ミミの生活用品の中に、血に関するモノがあれば<血鎖探訪>で追跡が可能なはずだ。
或いは
そう思うと、神獣の嗅覚は俺の<
しかし、その力を頼る前に今回は俺の新しい力、スキルを試す。
「……イザベル、ミミは成熟した女だよな?」
念のために後ろから尋ねた。
「……はい、十代後半で、皆、処女であると思いますが」
怪訝そうな顔を浮かべて、振り返るイザベルさん。
処女か。素晴らしい。その血は欲しい……。
いや、そうじゃない。俺がヴァンパイア病を起こしてどうする。
脳内でアドレナリンが出まくってるようだ。
思考を切り替える。
……成熟しているなら生理用品的な皮パンツ、布か、血が染み込んだ何かが残っているはずだ。
「……そか、気にせず案内してくれ」
俺は顎をクイッと動かし、イザベルに案内を促した。
彼女は頷き中庭を歩き出す。
<筆頭従者長>たちも呼ばないと。
『返事は不要。急ぎ、皆、中庭に集合せよ』
歩きながら血文字で選ばれし眷属たちに知らせる。
中庭の中央に来たところで、
「イザベル、ここで少し待機」
「はい」
「……ご主人様、大騎士が帝国が絡む前から追っていた女性たちの行方不明者の事件とも関係があるかもしれませんね」
聡明なヴィーネの言葉だ。
彼女なりに推察していたらしい。
探偵の助手のように顎に細い指を置いて考える仕草を取っていた。
「あぁ、あらゆる可能性は否定できない……」
只のイカレタ猟奇的な殺人鬼、帝国の工作員、違法奴隷業者、盗賊集団、窃盗集団、闇ギルドの残党、敵対する闇ギルド、魔薬関係者、なんとかであーるの魚人、パクスのような蟲邪神の使徒、その蟲に寄生されながらも邪神に刃向かい都市の外へ出ていった謎の奴、【大墳墓の血法院】に住むヴァンパイアたち、未知の宇宙を漂っていたエイリアン、邪神の使徒かもしれない転移者マナブ、【魔鋼都市ホルカーバム】で潰したような十層地獄の王トトグディウスを信奉していた邪教徒たち、ママニたちを追ってきた化物女、宵闇の女王レブラを信奉しているコレクターが率いる怪しい集団、他の魔界の神々に連なる者、冒険者崩れ、俺に恨みがある【梟の牙】と関係する貴族?
ある意味、現代社会より……複雑怪奇で無限の可能性があるので、どんな犯人か想像ができない。
そんなことに思考を巡らしていくと、眷属たちが集結。
「シュウヤ、何事?」
「ん、皆、集まった」
エヴァとレベッカは薄着で色っぽい姿だった。
「書類の整理があるのだけど……」
「闇ギルド関係かしら」
「マイロード、暗殺指令なら請け負いますぞ」
疑問符を浮かべる眷属たちへ、軽く経緯を説明。
「ママニを追ってきた化物女、それに使用人の行方不明……」
「ん、事件、お菓子作りは延期。化物倒すの協力する」
「当然、お宝の鑑定も先延ばし、その犯人を捕まえましょう。あ、化物がこの屋敷に来る可能性が高いのね」
レベッカとエヴァが真剣な表情で頷き語る。
「化物女の対策なら、わたしたちが待機していれば大丈夫そうだけど、問題は使用人さんね。彼女たちには仲良くさせてもらってるのに……」
「うん、使用人さんたちには引っ越しの時も手伝ってもらったし、お菓子の美味しいお店とか教えてもらったことがあるから、助けてあげたい。あ、もしかして、開放市場での行方不明事件と関係が?」
ユイとレベッカの瞳に、それぞれの力の象徴が現れていた。
「……まだ正確には分からない」
「【月の残骸】には知らせたのですかな?」
カルードがイザベルに聞いていた。
「はい、常駐している方に、返事はベネットさんから直接貰いましたが、まだ分からないようです」
「そうですか。いずれにせよ化物女とは違い、情報が少なすぎますな。【月の残骸】とて、ここから離れたところで誘拐された人物を見つけるのは……五日という時が示す通り至難の技。時間はかかると思われます」
カルードの推測は正しいと思う。【月の残骸】は他にも仕事はあるからな。
――その瞬間、魔素を感知。大門からだ。
ママニたちを追ってきた化物か?
と、殺意を込めて大門に居る人物を凝視するが……。
化物女ではない。見たことのない棕櫚の毛のような
深紅色の髪を靡かせながら、この屋敷の様子を窺っている。
騎乗している女性の頬には雀斑があった。
少し斜視ぎみの双眸を持ち、美人な女性。その所作から一流処のセンスを窺わせる。
あの左手だけ装着しているカモシカ革の赤グローブは……。
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