百六十四話 新・【月の残骸】幹部会

 俺たちは【月の残骸】の店前に到着。

 近くで戦っていたのは惨殺姉妹と蠱使いのゼッタだった。

 

「きゃぁぁっ、蟲を飛ばさないでよっ」

「なんなのっ、いやっ、イヤァァっ、怖いよぉ、ららぁ、助けてぇぇ」

「ヒヒヒヒッ、お前たちが蟲嫌いでよかったです。もう仲間たちには触れさせないですよっ」


 あの二人の女性は子供?

 蟲が苦手のようだ。

 鱗顔のゼッタは変な笑い声を出しながら、両手から蟲の大群を操作。


 う、あれは俺も嫌かも。


「ゼッタ、よくやったわ、ここからはあたいが受け持つよっ」

「ベネットさん、怪我が治ったのですね。わたしは前線は苦手ですので、フォローに回りますよっ」


 ベネットは軽い手さばきで短剣を両手に持つと、魔脚で地面を蹴り前進。

 蟲から逃げている赤帽子の女の子は素早く間合いを詰めながら斬り掛かった。


「――えっ、また、なのっ」

「さっき弓を潰して、パパ仕込の技で斬ったのにっ!」


 惨殺姉妹だと思われる赤帽子を被る女の子の片方は……。

 長剣の切っ先を巧みに扱う。

 ベネットの短剣を、その長剣の切っ先から腹に乗せつつ、ベネットと一緒に踊るように、ベネットが誘導させるように長剣で半円を描く。


 ベネットのリズムと接地を狂わせて一足一刀の間を崩した。

 

 短剣が長剣で遊ばれたように感じたベネット。

 睨みを強めると、即座に反撃返し刃からの蹴り技を惨殺姉妹の女の子に繰り出すが、惨殺姉妹は、その短剣の刃と蹴技を華麗に往なして、距離を取る。


 ベネットを往なした惨殺姉妹は、顔を見合わせて頷く。

 狂騎士たちの近くへ逃げた。


「おや、新手ですが……」

「そのようだ」


 奥で豹人カズンと戦う狂騎士と両手剣持ちの黒髪人族の男は戦いながらも、俺たちの様子に気付いたのか、視線を寄越す。


 傷が多い豹人カズンの奥ではポルセンが倒れていた。

 アンジェは屈んだ体勢。


 顔は苦し気だ。

 ダメージを負った?


 メルは樽の壁を乗り越えて、


「カズン、一旦、これを飲んで」


 と、傷だらけの豹人カズンにポーションを渡していた。


「総長、すみません。狂騎士だけでなく、あの人族も相当な腕です」


 カズンの着ている服は血だらけのボロボロ状態。

 豹人らしい茶色毛の肌を露出していたが……。


 切り傷だらけで、体力を消耗しているのは丸分かりだ。


「いいのよ」

「ぐっ、お味方ですか……」


 豹人の背後で横たわっているポルセンがメルに気付く。


「総長、パパが、パパが、あの狂騎士にやられちゃった!」


 従者のアンジェが青髪を揺らして泣きそうな顔でメルに訴えている。


「あなたたち、ごめんなさいね、狂騎士相手では相手が悪すぎたわよね……でも、もう大丈夫。シュウヤ様をお連れしたから」

「シュウヤさんを!?」


 ポルセンの言葉だ。起き上がり俺を見てくる。

 彼の胸は十字型に焼け痕がついて、肌が爛れていた……。


 一応、傷の具合に同情しながら腕を上げて、軽く挨拶しておく。


「……新手とは、魔族でしたか……あははは、丁度いい! あなたも、わたしの標的でしたね。鮮血の死神ヴェロニカと髭の吸血鬼を殺したかったのですが……先に貴方を滅することにしましょう」

「魔族だと? 悪人なのか」


 両手剣を持つ謎の男も、そんなことを言いながら俺を見た。


「ママたちを苦しめるかもしれない悪人はあいつなの?……」

「ララ、あの人、ロバートと同じで顔が平たいのに、魔族なの?」


 惨殺姉妹たちは、俺を見てそんなことを言ってくる。

 あの狂騎士は勝手に話をしているし、誤解を生みそうなのでちゃんと弁明しよ。


「おいおい、勝手に魔族にするなよ。こんな健全な青年である、俺を、魔族だなんて……狂騎士さんとやらは頭も狂っているようだな」


 夕闇系の技は完全に魔族だが。


「そうです。変な格好をしている貴方の方が、魔族でしょう」


 馬に近いロロディーヌに跨がった状態のヴィーネの言葉だ。

 ヴィーネは蛇弓を構えている。

 

 いつでも、敵を射殺せる位置。

 ロロも大きな牙が目立つ口を広げ、


「にゃごあ」


 と、変な気合声を発している。


「……はて? 仲間たちの姿が」


 そこで、狂騎士は教会崩れの仲間がいないことに気付く。


「あ、本当だ。お金払って雇った人たちがいない」

「本当だ、ルル、どうしよう……」

「俺を雇った奴らも消えている」


 狂騎士、惨殺姉妹、両手剣持ちの謎男は驚いて周りを確認していた。


「そういうことだ。もう周りは【月の残骸】の兵士たちで囲んでいる。お前たちは袋の鼠という事だ」


 そう話しながら、前進。

 プレッシャーを相手に与えながら間合いを詰めていく。


「ヴィーネ、ロロ、手出し無用だ」

「え、はい」

「にゃおん」


 背後にいるヴィーネとロロに予め指示を出しておく。


「はっ、それがどうしたというのですっ、魔族がっ」


 狂騎士は血塗れた長剣を翳す。

 その翳していた血塗れた魔力漂う剣を分離させていた。


「カテゴリーA級、上級魔族ぅ! わたしが直接、光の国へ誘って差し上げましょう!」


 狂騎士は両手に持った長剣で十字型のポーズを取る。

 この間と同じようにキメ台詞を話していた。


 周りはシーンと静まりかえった。


 狂騎士はその沈黙を破るように、


「滅、滅、滅、滅、滅、めぇぇぇぇぇぇぇつぅぅぅぅ――」


 奇声を上げながら吶喊してくる。


 俺は魔槍を正眼に構え持ち、迎え撃つ。

 前傾姿勢の狂騎士は特殊な二剣で斬ってくるかと思われたが、途中で、体勢を変え腕をクロスさせる。


 剣で十字の型を作ったポーズを取った。


 どういうことだ? また変な飾り言葉をいうのか? 


「魔族、闇なる者に聖者の灯りによる浄化をっ、フォルトナの光剣恐十字光フィアークロスを味わうのだっ!」


 狂騎士は叫ぶ。

 剣から十字型の光条が発生した。


 まるで、神が光りあれ――。

 と言い放った瞬間の世界に初めて光が齎したような眩い十字架の閃光。


 避けることはできない速度で十字の光が俺に直撃。


 顔、紫鎧、外套に光が当たる。

 だが、暖かい光。としか感じられない。

 無効化しているようだ。


「ちょっあ!? ひゃあ?」


 俺がまったく動じてない姿を見た狂騎士。

 素っ頓狂な奇声をあげて、表情を豹変させて、間抜けな顔を晒した。


 隙だらけだ。

 魔脚で地面を蹴る。

 自ら刃物にでもなったかのように直線軌道で間合いを一気に詰める。


 槍圏内に入った直後、左足で地面を潰す――。


 そんなイメージの踏み込みから腰を捻った力を魔槍杖に乗せて、右手ごと槍になったように魔槍杖を突き出した。

 紅色の矛の<刺突>を狂騎士の胸元へ向かわせる。


 狂騎士は急ぎ特殊剣で十字ブロックを作るモーションを見せたが、遅い。


 空間さえ引き裂くような<刺突>の螺旋矛。

 特殊剣を折るように弾き、狂騎士の胸元の鎧服を貫く。

 紅斧刃が周囲の胸肉を抉り取りながら、血塗れた紅矛は背中まで到達していた。


「がぁ――」


 狂騎士は自身の胸に突き刺さる魔槍杖を見ながら、


「な、なぜぇ」


 絶望の表情を浮かべながら身体を震わせ呟く。

 そのまま夜空を掴むように手を真上へ伸ばすが、腕の震えが途中で止まると、その腕が弛緩し力なく沈んだ。

 狂騎士の瞳は散大し収縮、貫かれた魔槍に身体が寄りかかるように突っ伏した。


 死んだか。


 狂騎士の死骸を蹴りながら魔槍杖を引き抜いた。

 魔力を魔槍杖に浸透させていく。

 その魔槍杖で血糊を振り払うようにぐるりと空を薙いで、その魔槍杖を消去した。


 彼が持っていた十字架光を生んでいた二本の剣は折れ曲がり、地面に落ちている。


「この剣が、ヴェロっ子を傷をつけたんだね!」

「ベネット、その剣はいつものようにわたしが回収するから」

「あ、うん」


 メルが十字の光を生み出した特殊剣を拾っていた。

 曲がって使い物にならないと思うが……いつものように?

 まぁ、いいか。


「……狂騎士が、しんじゃった……ルル、どうする?」

「ララ……パパたちがいってた、強い人がいたら、すぐに降参しなさいって」

「俺も雇われた奴らが消えた以上、降参だ」


 最後に残っていた惨殺姉妹と黒髪の謎男は、持っていた武器を捨てた。


「なにが降参だっ、わたしの弓を壊しやがってぇぇぇ――」


 ベネットが姉妹、ルル、ララ、と呼び合っていた女たちを殴って蹴り飛ばす。


「――きゃっ」

「ぁっ」


 殴られ蹴られた惨殺姉妹の二人は、地面に転がりながらベネットを睨む。


「ベネット、もうよしなさい、戦う気がない相手を殺しても虚しいだけよ」


 メルがベネットの身体を押さえながら語る。


「でも、あたいの、お気に入りの、弓が……」

「違う新しい弓を買ってあげるから」

「えっ、本当? 約束よ?」

「うん」


 ベネットは一転して機嫌がよくなったらしい。

 力んでいた身体を弛緩させてメルから離れていく。

 メルはそのまま殴り倒れた女二人へ顔を向けた。


「あなたたちも、それなりに覚悟はできているのでしょうね」

「……うん、負けた」

「ルル……怖い」

「ララ、じっとしてなさい、パパたちの言葉を思い出すの」

「……うん」


 惨殺姉妹は互いに沈鬱な面持ちで微笑を浮かべるが、俯いていた。


「俺はどうなる?」


 無愛想の男も降参していたのだったな。


「勿論、お話・・たくさん・・・・して頂くわ」

「そ、そうか」


 メルの深い意味を込めた言葉は無愛想男をびびらせたのか、少し動揺させていた。


 さて、そのメルに念を押しておく。

 約束を守るならよし、だが、守らないならば……。


「メル、返事は聞かせてくれるか?」


 メルは頷くと、魔脚で素早く俺に近付き間合いを詰めた。


 一瞬、ヴィーネが反応して蛇剣を腰から抜こうとしたが、俺は“必要ないよ”と意思を込めてかぶりを振る。


 メルは俺の足下で、片膝を地面に突け頭を垂れていた。


「――今宵から【月の残骸】は解散――。わたしはシュウヤ・カガリ様に忠誠を誓います」

「えええ!?」

「なっ!」

「え?」

「ど、どういう」

「何だとっ!」


 この場にいる全員が、メルと俺に刮目していた。


 メルめ、解散とか皆の前でいうなよ……これ絶対わざ・・とだ。


 俺は裏方から、影の総帥的なことを妄想していたのに。


 彼女は顔を上げてニヤリと邪悪な表情を作る。

 くぅー、あの憎たらしい笑顔。

 してやられた、くそっ、最後の皮肉じみたいやがらせか。


 だが、面白く賢い女だ。

 こういう奴を懐で操るのも一興というもの。


 面白がってメルの全身を見ていると、ヴィーネが不安気な表情を浮かべながら俺の事を見つめていた。


 ヴィーネ……可愛い。

 そんな顔を浮かべずとも大丈夫なのに。


「折角勝ったのに、メルっ、突然頭を下げて忠誠? あたいたちを捨てるの? どういうことなのさっ!」


 ベネットの怒声だ。


 【月の残骸】の総長であるメルの行動を見て、あっけに取られていたベネットだったが、怒り、悲しみといった複雑な表情を表に出して、必死に訴えていた。


 突然な出来事に、ぞろぞろと【月の残骸】の兵士たちも集まってくる。


「……ベネット、幹部なら、だらしない声を出さないのっ、今、ここに【新・月の残骸】を結成します。総長はシュウヤ様、わたしは副総長――皆も分かったわね?」


 【月の残骸】の兵士たちに語り掛ける、メル。


「――はっ」

「分かりましたっ 新・月の残骸、ばんざーい」

「総長、副総長っ!」

「総長っ!」

「おぉぉ、新、月の残骸、万歳っ」

「新しい総長シュウヤ様、万歳っ、メル副総長も万歳っ!」


 周りにいた若い兵士たちは口々に新しい総長とメルの名前を叫ぶ。

 メルめ、完全に表のリーダーを押し付けやがった。


「メル、話が少し違うが……」

「あれれ? 総長、何を言っているのですか? わたしは素直に総長の力を認めて、行動に移したのみでございます」


 メルめ。頭を下げて、もう部下になりきっている。

 そう来るなら、俺も【月の残骸】という神輿に乗ってやるとするか。

 こきつかってやるからな、へへ。


「それじゃ、早速だが、そこの男と姉妹の命を預からせてもらう。それと、俺の冒険者仲間たちへ至急それなりの人員を回してボディーガードをつけろ」

「はい、畏まりました、ベネット、聞いてたでしょ、至急使えるものを集めて、総長の冒険者お仲間の下へ人員を回してね」

「な、え?」


 突然な展開についていけてないのか、ベネットは困惑顔だ。


「ベネット、確りしてよ。弓の件を忘れてもいいのかしらぁ?」

「ああぁ、もう、わかったわよ。あたいに任せなっ、べ、べつに、総長の件は納得した訳じゃないからな? ふんっ――」


 ベネットはそういうと駆け足の如く消えていく。

 というか、俺の冒険者仲間の所在はもう、とっくに調べ上げていたのか。

 ま、彼女たちは闇ギルドだ。当たり前か。


 しかし、そもそもこの闇ギルドが、何をして儲けているのかもよく知らない俺が、総長でいいのだろうか。


 後で、ちゃんと聞いておこう。



 ◇◇◇◇



 半日後、食味街にある【月の残骸ムーンレムナント】の拠点【双月店】の店内にて【月の残骸ムーンレムナント】の幹部全員が集合。


 双月店の正面内装には、大鳥の絵、鰐の絵、熊の絵、河馬の絵、巨大猪の絵が飾られて、料金表が壁のあちこちに張られてある。


 ここのメイン料理であるペルネーテ大草原に湧く大鳥のローストは旨かった。


「総長、聞いてますか?」

「あぁ、すまん、なんだっけ」

「……ですから、そこの【覇紅の舞】の首領でもあったも女たちは、わたしたちに下りました。ですから、縄張りもわたしたちの物になったんですよ、誰を責任者に据えるのか聞いているのです」


 助けを求めるように、隣に座るヴィーネへ視線を移す。


「先ほど、歓楽街、市場街が【覇紅の舞】の縄張りとおっしゃっていましたが、責任者を据えるとして、主な仕事は何になるのです?」



 流石はヴィーネ、的確に聞いてくれる。




「各店の月の売り上げの一部を、治安維持のみかじめ料として貰い受けています。その料金徴収と他の闇ギルドの兵士たちとの戦い、純度の高い魔薬売人の排除、違法奴隷売買の取り締まり、商会同士の仲買、大商会から接触があった場合は、総長へ連絡を取り、取引の有無の確認、ぐらいでしょうか」


 たいへんだな。


「……それで、総長の仕事は?」

「仲間たちの給料の手配、商会、大商会からくる影の依頼における人員処理、冒険者ギルドへの依頼、国の役人との交渉、各地域の責任者からの上がってくる情報精査、最後のは他の闇ギルドとの戦争に関することも含みます」


 忙しそうだ。

 だが、今の俺は冒険者であり、やることはある。


 王子にマジックアイテムを売りに、ザガ&ボン&ルビアにもお土産を、魔宝地図の解読、冒険者ランクも上げたいし、今度、Bランクの昇進試験に関することを聞いておかないと、それにゲート先の未知なる探検も待っている。


 海水浴もしたい。


 そんな想像をしながらも、表情は厳しく魔力を纏わせながら、皆を見据える。


 何事も最初の雰囲気は大事だ。


「……分かった。皆、心して聞けぃっ、新生【月の残骸】の“最初の指令”である!」

「……」


 周囲は俺の魔力と独特なプレッシャーからか、緊張感が張り詰めた空気となった。


『閣下、素敵……』


 小型ヘルメが視界の右端に現れたが、無視。


 皆、表情は硬い。

 ヴィーネだけは、俺に何かを期待するような視線だ。


 すまんな、ヴィーネ……と謝りながら、


「……ここにいる副長に“全て”を任せるのが、最初の指令だっ」


 新喜劇の如く、どてっと全員がこけそうになっていた。


「総長……」

「しゅう、総長っ、なんだい、いきなりのそれは、だから、あたいはメルのが良いといったんだ」


 そんなこと言ってもなぁ、冒険者の俺が、いきなり総長をやれといわれて完璧にこなせる訳がないだろうに。


「ベネットっ、口を慎みなさい総長の命令です。総長、わかりました。細かいことはわたしが全て引き受けます。ただし、報告をしますので、ちゃんとその機会を作ってくださいね?」


 くえねぇ女だ。メルは全てを計算してやがる。

 まぁいい。徐々にだが、俺なりの色でこの組織を染めていってやろう。


「分かっている。それで責任者だが、人材はいるのか?」

「正直、いませんね、ここにいる幹部は全員仕事がありますので……兼任という形ならば……」


 メルは、ベネットとゼッタを見て、ポルセン、アンジェと視線を巡らせる。


「あたいは無理よ。迷宮の宿り月と食味街だけで精一杯。【黒の手袋】も完全に潰したわけじゃないし、他の盗賊ギルド、闇ギルドへの対策で忙しい」


 ベネットは忙しいらしい。

 続いて、鱗皮膚のゼッタが口を動かす。


「わたしは皆が使うポーション作りと【月の残骸】の表の顔の一つである【月の連金商会】の経営を行っていますし、なにより、ヴェロニカさんと一緒に角付き骨傀儡兵の改良作業という、大事な仕事があります」


 メルは頷く。


「……カズンは料理長だしね」

「わたしとアンジェはここの守り双月店を受け持っていますので無理ですね」

「パパが無理なら無理」


 そういえば、あのアンジェ。


 いつも生意気でぞんざいな口調だったけど、俺が総長になっても不思議と文句は一言もいってこなかった。


 ま、正しくは一言も話していないのだけど。


 そして、自然と、総長である俺に視線が集まってきた。


 人材ならいると思う。

 はたして幹部たちから許してもらえるかは、分からないが……。


 勇気を出し、


「……丁度、いいのがいるじゃないか」

「誰です?」

「そこの床に、口を塞がれ手足が縛られて、膝をつけている女二人と男が」


 厳しい視線と言葉で、皆を誘導する。


「――もぐあ」

「――あうお」


 【覇紅の舞】を率いていた惨殺姉妹の二人は驚き、無理に、もごもごと喋るが、口が塞がれているので、聞き取れない。


 男の方は、沈黙を続けながら俺を見ているだけだ。


「男の方も雇えば使えるじゃないか? この三人に新たな縄張りを任せればいい」

「冗談じゃないっ、今戦っていた相手だぞ。あたいは反対だ」

「……」


 メルはベネットの意見を耳にしても、何かを考えるように、細顎へ指を置く。


「俺は、総長の意見に賛成だ」


 珍しく豹獣人セバーカであるカズンの渋い声が響く。

 会議室が一気に引き締まった感じがした。


「ちょっ」


 四角い顎のエラがより、張ったようにベネットは驚き、カズンを見る。


「どうした、ベネット、お前がそこまでいやがるのが俺には理解できない。俺は正直、この新しい総長の事を気に入っている。あの狂騎士を一撃で貫く槍技は素晴らしい。更に、聞くところによると、俺たちを助けるためにわざわざ駆けつけてくれたそうじゃないか。この義理は到底埋めることはできない。しかも、一瞬で、敵の数十人を屠ったという闇の実力。お前とて、近くで見ていたのだろう? 獣人故の考えかもしれんが、純粋な力、その戦闘能力は憧れる。いつか、変異体としての力を使い全力で挑んでみたいと思わせる男の言葉だ。俺は素直に従おう……」


 その声質といい、カッコイイ獣人だ。


「う、確かに見ていたわよっ、でも、あたいには凄すぎて分からないのっ、というか、それとこれとは話が違うでしょう?」


 ベネットは何をいっているのか分からない。

 まぁ彼女は放っておいて、カズン、いや、カズンさんといった方がいいか。


 そんな純粋に褒められると凄く嬉しいじゃないですか。


「そうね、なら――」


 メルはそういうと椅子から素早く立ち上がる。


 縛られている惨殺姉妹の女たちのもとへ素早く近付くと、スラリと伸びた足を彼女たちの頭上に上げて、シュパッと音が鳴る踵落としの蹴り技で縛っていた布ロープを斬っていた。


 口の布も切り傷を負わせずに絶妙な蹴り技で切っている。


「流石は、閃脚」


 口髭がカールしているポルセンが、メルの足技を見て、彼女の二つ名らしきものを呟いて、褒めていた。


 確かに繊細な技だ。

 メルは足技が得意らしい。


 それに、彼女の足首あたりに黒翼が生えている? 


 靴に穴が空いていた理由か、影のオーラ、黒い翼のようなモノが蠢いて足首から生えていた。


 そして、黒翼は収縮してなくなっていく。

 特殊な技か。メルは人族ではないのかな。


「あっありがとう。団長さんに忠誠を誓います」

「ルル、わたしたち助かったの? あのカッコイイ団長に助けられたの?」

「いいから、あの人に頭を下げなさい」

「うん、――よろしくお願いします」


 自由になった惨殺姉妹の二人はきょろきょろしながらも、俺に対して頭を下げてきた。


「……よろしく頼む」


 男の方も頭を下げてくる。


「お前の名は?」

「ロバート・アンドウ」


 アンドウ? 黒髪だし、イケメンだが、少し平たい顔系だ。

 もしや、転生日本人の子孫か?

 俺も椅子から立ち上がり、惨殺姉妹とロバートと名乗った男へ近寄っていく。


「……お前たち、金を払えば働くだろう?」

「勿論だ、命を奪われても文句はいえない立場。そして、総長に救われた身でもある」


 ロバートの双眸は確りと、俺を捉えている。

 ふむ、平たい顔系だ……親近感を抱く。


 その渋い声質の言葉には感情の抑制はあまり感じないので、嘘ではないと思われた。


「……わたしたちより、歓楽街で働いているみんなへ、お金をあげてください」


 ルルと呼ばれていた女は泣きそうな顔を浮かべては、訴えてくる。


「働いている皆とは、なんだ?」

「娼婦たちです」

「優しいママたち」


 惨殺姉妹が戦う理由か。

 少し重そうな話だけど、聞いてみよ。


「お前たちは、その娼婦たちのために動いていたのか?」

「そうです。わたしたちが暮らすため」

「うん、ルルと一緒にいるため」

「どうして戦う事になったのか、軽く説明してくれ」

「わたしとララは、名も無い娼婦から生まれた、捨て子、でも、わたしたちを拾い育ててくれたママたちがいたの」

「うん、ラチェ、ムリーン、サチ、プリ、モモ、マリリン、トコ、ミミ、いっぱい」


 ララが話す名前は母代わりの娼婦たちか。


「そんなママたちには違うパパが、いっぱい、いっぱい、沢山、いたの、わたしとララはそのパパたちに武術を色々と教わった」

「そう、飛剣流、絶剣流、王剣流、いっぱい」


 なるほど、娼婦たちの客ね。

 中にはそれなりな武芸者もいるか。


「でも、ママたちの娼館を含めた歓楽街全体が【梟の牙】たちによって、取り決めが厳しくなって、お金をいっぱい納めなきゃいけなくなったの、ママたちは一生懸命働いたけど、足らなかった……。たった一回だけ、お金払うの遅れただけで、見せしめに、ラチェと、ムリーンのママが殺されたの……」

「そう、ふたりもママが殺された、【梟の牙】に」

「うん、殺した奴の名はカルバインとモニカ。総長直属で幹部候補らしい……」


 そいつらは俺が殺した奴じゃないか?


「ゆるせない。だから、梟の牙たちへ、しかえしをするために、歓楽街の闇ギルドを追い払った」

「うん、敵を皆殺しにした。パパたちに教わった武術で」


 憎しみが籠った目だ。


「だが、なぜ、市場街へ進出して、月の残骸に手を出した?」

「それは、ママたちの知り合いが店を持ちたいっていうから、後、狂騎士がきて、悪い人を退治するって、一緒に戦ってこの世をじょうかしましょうって、天国が待っているとか変な本をくれたの、悪い人たちを一緒に退治したらママたちが幸せになるっていうから、了承したの」

「うん、ルルの言っていることはよくわからないけど、ママたちの生活が楽になるなら、わたしたちはがんばるから」


 そういうことか。というか、何歳なんだこいつらは……。

 女に歳を聞くなというが、どうしても気になる。


「なぁ、君たちは何歳だ?」

「十二」

「十」


 ……まだ小さい女の子じゃないか。

 少し背が高いから、もう少し上だと思っていたよ。


 話を聞いていた幹部たちもシーンと静かに黙り、静謐な空気になっていた。

 ベネットも目を見開いて、惨殺姉妹であるルルとララを見ている。


 少女に弓を折られた事実がベネットを唖然とさせているのかな?


「……そ、そうか。今度、そのママたちに合わせてくれるか?」

「何もしない?」

「しないよ」

「わかった、いいよ」

「ルルも一緒?」

「勿論、二人とも一緒で構わない」

「わーい」


 この場にいる全員が思っていると思うが、この女の子たちには縄張りは任せられないな……。

 表向きは任せるとしても、背後にいるママさんたちに頑張ってもらうか。

 後はこの髪が黒い両手剣男ロバートにでも働いてもらおう。

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