百五十三話 寄生蟲

 このエルフ女、蠱に寄生されているのか?

 もう一度、スキャンして確認してみよ。


 彼女を縁取る線の上にある▽のカーソルを意識。


 再度、足からスキャンされていく。


 …………。


 やっぱりいる。

 蠱の本体は首の真後ろ辺りか。


 首の正面には従属の首輪が装着されている。

 蟲は皮膚の中だから外からじゃ分かりにくいだろう。

 脳は無傷のようだが……。


 脳まで伸びた触手が気持ち悪い……。


 ――――――――――――――――

 炭素系ナパーム生命体ng#esg88#

 脳波:異常 寄生蟲による干渉下

 身体:異常 寄生蟲による干渉下

 性別:女

 総筋力値:11

 エレニウム総合値:565

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 ステータスも同じだ。


「……あの、何かありますか?」


 エルフ女は俺が凄い形相で見つめ続けてくるのに耐えられなかったようだ。

 そんな質問をしてくる。


 この感じだと、話すことは普通にできるようだ……。


「……いや、何でもない、ちょっと考えることがある」

「はい」


 顔に出ていると思うが、額に指を置く。

 まるで、どこかの刑事が推理しているかのようなポーズだ。


『閣下、彼女は魔力が高く優秀そうに見えますが、どうかされましたか?』


 そのタイミングで、ヘルメが視界に現れた。


『お前でも、分からないのか。この奴隷は脳、首の後ろの内部から頭にかけて蟲のようなモノに寄生されている。彼女の魔力が高いのもそういう理由からかもしれない』


 小型ヘルメは驚き、新ポーズなのか、ぶりっ子ポーズを作る。


『なんとっ、そのような得体の知れないモノが……さすがは閣下です。でも、どうしてお分かりになられたのですか?』

『この間、新しく右眼に装着した魔道具だよ』

『みぎのおめめですね。凄いですっ。わたしの探知や精霊の目では、彼女に巣食う蟲の存在には気付かなかったでしょう』

『右目を改造した感じだが、カレウドスコープを装着できて良かったよ。これからは使う回数を少しずつ増やしていくか。もしかしたら、あんな蟲に寄生された人たちが他にもいたりするかもしれない』


 知らぬ間に、人類が蟲型宇宙人により裏から侵略されていたり……隣人の中身が人間の皮を被った宇宙人の可能性がある訳だ。


『はい。そう考えると、この場にいる全員を確認したほうがいいかと……』


 ヘルメは小さい姿ながら、顔色を悪くさせながら進言していた。


『そうだな……』


 その場で、辺りを見回しきょろきょろ。


 フレームの視界に映る、全員をスキャンしていった。


 ステータスも確認……。


 よかった。誰も蟲には取り付かれていない。


『仲間を含めて、残りの奴隷も彼女以外、全員、無事だ』

『……よかったです』

『あぁ……正直、レベッカとエヴァを確認した時はドキドキした』

『閣下の大切なお仲間ですからね』

『そうだ。……んじゃ、視界から消えていいぞ』

『はい』


 ヘルメは安心したような顔を見せてからくるりと回転しながら消えていく。


 改めて寄生されているエルフ女を見た。

 綺麗で美しい姿だが、もう、エロイ視線では見られないよ……。


 彼女は本当に正気なのか? 

 それを含めて様子を探るか。


 少し同情しながら話しかけていく。


「……それで元冒険者のようだけど、どうして奴隷に?」

「迷宮の深部にて、わたしが所属していたクラン【紅蜂】と敵クラン【銀真珠】との争いに巻き込まれたことから始まります。迷宮内で、いきなり【銀真珠】から攻撃を受けたのですが、そこから夢中で応戦している間にわたしは仲間と逸れてしまい、迷宮で迷子に……そして、気付いたら全身血塗れの状態で地上へ戻っていたんです」


 気付いたらだと?

 怪しすぎるだろ。


 気持ちを少し表の顔に出してしまう。


 彼女はそんな俺の表情を見ていたのか、残念そうに視線を逸らしながら話していく。


「怪しいですよね。わたしもそう思います……。でも本当に記憶がないんです」

「深部でのクラン同士の争いはどうなったんだ?」


 話の続きを促す。


「敵も含めて誰も戻ってきませんでした。そこに、迷宮へ潜らず地上に残っていたクラン【銀真珠】のメンバーたちによって、生き残ったわたしが〝争いの原因〟だと迷宮管理局に訴えたのです。彼らは迷宮に居なかったのに〝わたしが争いの原因を作り、クラン同士の戦争へ導いた〟と言い張りました。そして、【銀真珠】の主張が認められたのか、わたしは問答無用で衛兵に捕まってしまったのです。【銀真珠】のメンバーには貴族と繋がりが深いメンバーもいたようであっさりと判決は下りました。王国裁判では権力のコネが最も有利に働きますからね……正義、善とかいった言葉は単なる飾り言葉なだけで利欲という残忍な権力には、絶対に勝てないんです……」


 彼女の言い分だと嵌められたようにも聞こえるが……。

 迷宮内部にて記憶をなくした件が気になる。


 ……脳に蠱が取り付いたせいとか、ありそう。


「……それで奴隷化か」

「はい。王国裁判では一度処刑と決まったのですが、キャネラス様が国と交渉して下さり、わたしは殺されずに済みました。奴隷には落ちましたが、命を救って頂いたキャネラス様には感謝しているんです」


 キャネラスが助けた形か。


 まぁ、A級の冒険者だしな。

 美人だし、高く売れると思ったのだろう。


「そっか、買うかどうかを少し考えさせてくれ」

「はい」


 背後には振り向かずに一人で考えていく。


 それで、こいつを買うかどうかだが……。


 放っておくのもなぁ。

 仲間がいるから感染とかあったらいやだが……。

 周りには感染していない。

 蟲がついているのは彼女だけだ。感染を促す類いの蠱ではないと仮定はできる。

 成長したら可能になるのかもしれないが。

 それに、脳に寄生を受けた状態で、感情や言語中枢がおかしくなっていない。

 寄生している蟲は、彼女の脳を通して地上を観察しているだけ?


 それとも何かのキーワードで反応して一気に凶暴化するとか?

 誰かを襲ったり蟲を増殖させるつもりだったり?


 最初の直感通り、迷宮の事件は彼女の脳が侵されたことが原因かもしれない。

 記憶をなくした彼女は、蟲に操作されて凶暴化?


 仲間や敵に見境なく殺戮を行ったとか?


 もう一つの可能性は彼女が寄生される前、蟲のモンスターによって、その場にいた全員が殺された可能性もある。

 彼女が殺されずに寄生されたのは、何か蟲に理由があるのかもしれない。


 迷宮に深く潜る前に、この情報を知れたのは良かった。


 迷宮には守護者級、新種、亜種、未知のモンスターは多種多様にいるだろうし、こんな搦め手を使うモンスターも存在するのを知ったことは大きい。


 やはり彼女を買うか。


 寄生している蟲の対処うんぬんは、俺にできるか分からないが、手元に置いて観察はしてみたい。


「……キャネラス、この奴隷は幾らになる?」


 熟考の姿勢を崩しキャネラスの方へ顔を振り向きながら話す。


「装備品はありませんので、白金貨二十枚です」

「ダークエルフのヴィーネとは、偉い違いだな」

「はは、それはそうですよ。似たような肌を持つ人族もいますが、耳が長く青白い肌に銀髪の絶世の美女たるダークエルフ、珍しい種族ですからね。更に、エクストラスキルと、いったいどこで学んだのか分からない各種豊富なスキル、そして、何より、その頭の良さ、彼女のような存在はレアですからね」


 ヴィーネを見ると、少し頬を紅く染め、お辞儀をしてくる。


「……分かった。買おう。後、蛇人族ラミア小柄獣人ノイルランナー虎獣人ラゼール、この奴隷たちも買おう。全部で合計四人だ」


 奴隷たちを順繰りに指で差していく。

 最後に四本の指を使いジェスチャーした。


「おぉ、纏めてお求めとは、ありがとうございます。でしたら、値下げしましょう。少々お待ちを」


 キャネラスは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 安くしてくれるようだ。


「――今、指名を受けた奴隷たちは、買われるご主人様の声を聞いたな? 準備を調えておけ、それと、モロスッ」


 キャネラスは奴隷たちに指示を出すと、使用人のモロスも呼ぶ。


「はっ」


 モロスは素早い所作で木製のクリップボードを用意。

 ボードをキャネラスに渡す。

 そのクリップボードの上には羊皮紙の書類がセットされている。


 続いて、小さい机や椅子を持った別の使用人たちが次々と現れた。

 目の前に机と椅子がセッティング。

 インクと羽根ペンがセットになった小物アイテムが載った台を掲げるように持った別の使用人もきた。


 キャネラスは、その使用人が持つ羽根ペン入れから華麗に羽根ペンを取る。

 腕を滑らかに動かして、ペンを優雅に使う。


 キャネラスは羊皮紙へサインを行った。

 キャネラスは気持ち悪いほどの笑顔を作って書いていた。


 書き終えると、机にその書類を丁寧に置いてくる。


 契約書が置かれた机には回復薬ポーションとナイフも置かれた。

 手際の良い使用人たち。

 ヴィーネを買った時も、こんな風に回復薬ポーションとナイフが置かれていた。


「……では、のちほど、この種類にサインをお願いします。値段は全員分で白金貨九十九枚となりますがよろしいですか?」


 キャネラスは四人全員分の値段を提示。

 買う予定の奴隷たちが近寄ってくる。

 彼らは両膝を床につけてしゃがむと、胸を突き出す体勢になっていた。


 黒い首輪を、俺に対してよく見せる体勢だ。


 この四人の合計が白金貨九十九枚か。

 結構な大金。彼らの装備類も後で買い揃えるとなると結構なお金が掛かる。


 後ろで、その値段を聞いていたレベッカがまた何か小言をいっていた。

 エヴァはそんなレベッカに向けて、当然。と、短く呟いている声も聞こえてくる。


 そんな背後から聞こえる声は無視。

 笑顔を意識した顔を作ってからキャネラスに話しかけた。


「――買った。金をここに置くぞ」


 アイテムボックスを素早く操作。

 エリボルから奪った大量の白金貨を取り出して、机の上にどっさりと置く。


「はい。では、奴隷の首輪に血を垂らしてください」


 ヴィーネの時と同じくキャネラスに指示を受けた。

 黙って頷いた俺は――。


 ナイフは使わずに自らの親指を歯で咬み出血させる。


 本当は血の操作で出血が可能だけど、多少なりとも、演出をさせてもらった。

 傷つけた指を伸ばして、次々に胸を突きだしている四人の首輪へ血を垂らしていく。


 指には回復薬ポーションを掛けておいた。


 血を垂らした首輪は反応。

 黒曜石から薄く平べったい魔法陣が生み出されて、三重に展開。


 その途端、魔法陣が沈み込み、首輪、黒曜石の中へ吸い込まれていった。


 魔法陣が吸い込まれた四人全員の首輪は割れていく。


 割れたところから黒色と濃緑色の小さい蛇のようなモノが奴隷たちの皮膚の中へと染み込むように浸透していくのが確認できた。


 ヴィーネの時と同じだ。


 奴隷たちは苦しそうに咳き込む。

 首の後ろから脳にかけてを蟲に寄生されているエルフの女も同様だった。

 寄生されていても、ちゃんと奴隷の首輪の効力は発揮されるようだ。


 あの寄生蟲。

 いったい、なんなんだろうか。


 そんな思考をよそに全員の胸上、首下辺りに奴隷の首環が出現。


「後は、この書類にサインをするだけです。因みにこの書類には奴隷たちのサインがもう書き込まれた状態ですので」

「分かった」


 売る準備はもうされている訳か。

 用意されてある羽根ペンを使い、書類にサイン。


「お買い上げありがとうございます。本日、今から、その者たちはシュウヤさんの奴隷です」


 これで、四人の高級戦闘奴隷が俺の奴隷になった。

 買った奴隷たちは俺に頭を下げると、


「「ご主人様、今後とも宜しくお願いします」」

「主人、宜しくお願いする」


 揃って挨拶してきた。

 蛇人族ラミアだけ、少し言い方が違うけど、細かく指摘はしなかった。


「おう、期待してる。俺の名前はシュウヤ・カガリだ。肩にいる黒猫が、俺の相棒であり使い魔のロロディーヌ。愛称はロロだ。宜しくな。とりあえず、後ろにいる仲間にも挨拶してこい」

「「ははっ」」


 奴隷たちは後ろで見ていたレベッカ、エヴァ、ヴィーネのもとに移動していく。


「にゃお」


 肩にいた黒猫ロロも尻尾を上下に振りながら〝行ってこい〟的に鳴いている。

 そんな黒猫ロロの双眸は小柄獣人ノイルランナーへ向けられていた。


 あの獣人が気になるのかな。

 楽しそうな遊び道具が入ってきたとか、考えてたりして。


「ロロ、いたずらは駄目だぞ」

「にゃ? ンンン」


 黒猫ロロはつぶらな瞳を俺に向ける。


 首を傾げつつ鳴く。

 くっ、可愛い。

 自然と黒猫ロロの小さい頭を撫でていた。

 

 愛くるしい黒猫ロロとイチャイチャしていると、


「シュウヤさん、その黒猫は随分と頭が良さそうですね」


 キャネラスがそんな質問をしてきた。


「えぇ、自慢じゃないですが、普通の猫じゃありませんから」

「それはそれは……」


 深海のような深青色の双眸が黒猫ロロを見つめている。


「羨ましいですな……」


 小さい声でそんなことをいっていた。


「にゃお」


 黒猫ロロはキャネラスの言葉に反応して、鳴くと、背中にある頭巾の中へ潜ってしまう。


 黒猫ロロは結構好き嫌いがはっきりしてるね。

 嫌いだと相手にしないし。


「はは、これは手厳しい。わたしは奴隷商人ですが、商売柄、従魔士になろうと一時勉強していた期間がありましてね。しかし、スキルは身に付けられませんでした。ですので、シュウヤさんと仲が良い使い魔を見ていると、素直に羨ましいと思えるんです」


 素直か。

 確かに黒猫ロロには振られていたが、キャネラスの視線には卑しいものは感じなかった。


「そうだったんですか」

「えぇ、変な意味で取らないでくださいね。わたしの所属する【一角の誓いユニコーンの誓い】には、その名前通りモンスターをテイムできる奴隷商人仲間も居るんです。その仲間と会う度に毎回、嫌味たっぷりに何かを捕まえては売った。とか、自慢を浴びせられていまして……すみません」


 キャネラスの所属する大商会の幹部会。

 そこにはモンスターをテイムして商売をしている商人もいるのか。


「性格が悪そうな人ですね」

「はは、確かに。今日もこの後に会合がありましてね、その仲間たちが集合する屋敷に向かわなきゃなりません」


 大商会に所属する商人たちが集まるのだからその屋敷は相当に大きいんだろうな。


 屋敷といえば奴隷も買ったし、そろそろ俺も欲しい。

 ついでだ、少し聞いてみるか。


「……少し話を変えますが、土地、空き家、等の不動産関係の商売はしていますか?」

「いえ、全く。系統が違いますね。ですが、紹介ならできますよ」


 ラッキー、紹介してもらうか。


「お願いできますか?」

「はい、喜んで。わたしと同じデュアルベル大商会に所属するメルソン商会をご紹介しましょう。メルソン商会は多数の物件を受け持っていますので、必ず、良い物件が見つかると思いますよ」


 多数の物件か、なら大丈夫そうだ。

 訳アリ、心霊現象付きの家とかは、いやだが。

 襖をあけたら真っ白い姿の少年が……ひぃあぁっ。


 という展開はいやだ。


「……良かった。宜しく」

「分かりました。紹介状を持ってこさせますね、少々お待ちを、モロス――」

「はっ」


 キャネラスに指示を受けた使用人モロスはその場から走って部屋から退出。

 暫くしてから封筒らしき物を片手に持って戻ってきた。


 モロスは封筒をキャネラスに渡している。


「――この封筒をメルソン商会の会長キャロル・メルソンに渡せば、わたしからの紹介とすぐに分かると思います。わたしは会合に出席予定なのでご一緒できませんが、このモロスに店まで案内をさせるのでご了承ください」


 頭を下げるキャネラス。


「了解した」


 封筒を渡してもらう。

 手紙のような感じ、蝋でユニコーン印の封がしてある。

 これが紹介状か。


 モロスさんは俺たちに近付いて頭を下げてくる。


 渋い顔のモロスさんに挨拶しとこ。


「モロスさん宜しく」

「はっ、お任せを。メルソン商会まで、ご案内いたします」


 モロスも頭を下げて挨拶してくる。


「では、モロスに任せて、わたしはお先に失礼しますよ。シュウヤさん、またの機会に」


 キャネラスはそういうと、踵を返してホール部屋から退出していった。


「シュウヤ様、先に馬車を複数用意しておきます。玄関口にて待機していますので」

「分かった」


 モロスさんもホールから出ていく。


 さて、皆のところに戻ろ。


 振り向くと、仲間と四人の奴隷たちが談笑しているところだった。


 皆がいるところへ戻っていく。


「その様子だと、自己紹介は終えたところかな?」

「おかえり、そうね、わたしたちの名前や戦闘職業、パーティでの役割を軽く教えていたとこよ。でも、シュウヤ、また散財したわねぇ」

「レベッカ、シュウヤは隠れお金持ち?」


 エヴァがレベッカにそんなことを質問していた。


「そうよ。こないだなんてね、大白金貨をぽーんっと、一枚出して魔法書を纏め買いしていたんだから」


 それを聞いていた奴隷たちから、おぉっと短い歓声が響く。

 レベッカめ、そんなこと気軽にいうなよなぁ。


「凄い。――知らなかった」


 エヴァは車椅子を反転。

 俺の顔を見上げている。


 紫色の綺麗な瞳には俺の姿が映っていた。


 そりゃ、エヴァが知るわけない。

 仙人のような店主から魔法書を買ったのはエヴァに出会う前だからな。


「まぁ、ある程度は持っているさ。それより、違う商会、不動産物件を取り扱う商会に行くことになったんだが、エヴァとレベッカはついてくるか?」

「ん、いいの?」


 エヴァは、にこっと微笑みながら聞いてきた。


「いいよ。俺が住む場所が決まれば、次いでに案内できるからね。決まらなかったら来るだけ時間の無駄になるけど」


 と、考えているけど、物件の値段がどれくらいか分からないんだよな。


「家を買うの、ね……ゴク」


 レベッカは呆然としながら呟くと、自らの唾を飲み込んでいる。


「どうした? 目をぱちくりさせて」

「……あ、うん……わたしも家を持ってるけど、結構貧乏だからね。正直……羨ましいの。でもさ、前にも聞いたけど、本当に、シュウヤは貴族の出ではないの?」


 レベッカの蒼い瞳が俺の顔を見つめてくる。


 まぁ、前にも一度、散財していたし今回もだからな。


 近くで見てれば、尚更、疑問に思うだろう。

 少し説明をするか。


「……実はだな」


 シーンとした静寂が訪れた。

 レベッカだけでなく、エヴァもヴィーネも奴隷たちも、俺の言葉を待つように視線が集まる。


 嘘をついてボケてみようかと思ったけど、自制しておこう。

 懐の胸ベルトから冒険者カードを取り出して、ポケットに入れてある魔竜王の指輪も取り出した。


「まずは、このカードの称号をよく見てくれ」


 そういって仲間たちへカードを見せていく。


「あっ」

竜の殺戮者たちドラゴンスローターズ


 エヴァが俺の冒険者カードに記載されている称号名を口に出すと、また、おおぉーと、歓声が響く。


「その通り、後、これが証拠だ。魔竜王の臍から作られた指輪」


 またまた、奴隷たちが騒ぐ。


「これで納得がいったかな? 金を持っている理由はそれが大半だよ」


 実は闇ギルドの【梟の牙】の会長宅エリボル邸から盗んだ大金もあるけれど、ここでは言わなかった。


「……納得した」


 レベッカは溜め息を吐いて、短い言葉で呟く。


「ん、シュウヤ……やっぱり凄い冒険者だった」


 エヴァは深く一回首を縦に振ってから、俺を褒めてくれた。


「……」


 ヴィーネはもう知っているので、黙って見ている。

 どこか誇らし気な顔になっていた。


 奴隷たちからも“凄い、凄い、凄い”から、英雄の冒険者、竜を屠りしご主人様、口口様と、持ち上げ連呼し始めていた。


 なんかこそばゆいので、変顔でボケながら誤魔化すか。


「いやぁ、照れるな。お前たち、褒め殺しはイカンぞぉ」


 手を使い、ひょっとこ顔を作っては鬼瓦を意識して豚鼻を作った。


「ぷぷっ、あははは」

「ふふ、シュウヤ。面白い顔」

「……ふ、ぷっ、ぷぁー」


 ヴィーネは笑わないように我慢していたけど、我慢できずに吹き出していた。


「あはは、ヴィーネのその顔、初めて見た」


 その滅多に見せない光景に思わず、俺も大笑いで反応。


「……ご主人様。突然の不意打ちは卑怯ですよ」

「済まん済まん。つい、やってしまった」

「面白いっ、けど、わたしだって!」


 レベッカは刺激を受けたのか、分からないが、白魚のような細い手で、綺麗な顔を崩すように変顔を作り俺の真似をしてきた。


「ぷぷ」

「ふふっ、レベッカ、カワイイ、小さい鼻毛が見えてる」

「えっ、嘘っ」

「あはは、負けたよ、レベッカさん、鼻毛を見せてくれてありがとうっ」

「もう、何よっ――恥ずかしいじゃない!」


 と、アホなやり取りをしていると、


 小柄獣人ノイルランナーを含めて奴隷たちは笑わずに、顔がひきつっていた。


 まだ彼らは緊張している? 


 それか俺とレベッカの変顔を見て完全に引いたか。


 “頭、大丈夫か、このご主人様……とパーティは”とか思ってそう。


 蛇人族ラミアの奴隷だけ、笑わずに、頬をピクッと動かして長い蛇舌を口から出しているだけだった。


 気を取り直して、真面目な顔を浮かべてから口を開く。


「それじゃ、エヴァとレベッカはついてくるんだな?」

「勿論」

「行くわよっ」


 二人は元気よく声を出していた。


「了解した。よし、玄関にモロスを待たせてるから、皆行くぞ」


 メルソン商会への紹介状である封筒を手に持った状態で、歩き出す。


「「――はっ」」


 奴隷を引き連れて奴隷商館の玄関口を出ていく。

 滑らかな坂を降りて、通りに出る。

 そこにはモロスが準備していたと思われる馬車が停車していた。


「こちらへお乗りください」


 馬車の手前にいたモロスが誘導してくる。


 キャネラスが乗っていた長方形の特殊馬車ではなく、普通の大きいサイズ。

 馬車が通りの端に二台止まった。


「奴隷たちも、この馬車に乗れよ」

「「――はいっ」」


 指示された奴隷たちは先頭にある馬車へ乗り込んでいく。

 蛇人族ラミアの移動の仕方が少し面白い。


 くねくねと蛇の胴体が動いてスムーズに前進している。


「……俺たちは後ろの馬車に乗るか」


 エヴァ、レベッカ、ヴィーネと共に俺は乗っていく。

 黒猫ロロは頭巾の中で寝ているのか、何にも反応はなし。


「では、進みます。――リック、サース、進んでくださいっ」


 俺たちが馬車に乗ったことを確認したモロスは大声で御者に知らせていた。


 その声を聞いた御者は馬車を進めていく。

 大通りを進むこと数十分、会話は仲間だけでモロスは黙っていた。


 そこで、馬車が止まる。


「着いたようです」

「結構速いね」

「はい、先に降りますね」


 モロスは頭を軽く下げて、馬車を降りていく。

 俺たちも続けて馬車から降りる。


 先頭の馬車に乗っていた奴隷たちも降りていた。


 彼らはすぐに俺の側に駆け寄ってくると、傍で姿勢を正して待機している。


 全員が馬車から降りるのを確認したモロスは、店の方へ腕を伸ばし、


「ここがメルソン商会です」


 店を紹介していた。この店か。

 場所的には大通りに面しているので、さっきの煉瓦の商館と変わらない。


 一階建てのゼメリング様式的な木造の建物だ。

 店の壁には物件の様子を伝える羊皮紙の貼り紙が丁寧に貼られてあった。


 ここの店が物件を取り扱っているのが分かる。


 “この物件見本羊皮紙に傷をつけたら、弁償してもらいます”


 とか、書かれてあった。

 内容は違うが、物件情報が書かれてあるのは、前世の不動産と似たような感じだ。


 店の外観をチェックしてると、


「シュウヤ様、それではわたしは帰ります」


 モロスが丁寧な態度のまま、小声で話しかけてきた。


「分かった。ありがと」

「いえいえ、旦那様のご命令ですから。では、失礼します」


 渋い顔のモロスは瞑ったような細目を変えずに、頭を下げてから馬車に乗って引き返していく。


「それじゃ、この店の中へ入るか」


 店に入ろうと、一歩、足を出したところで、奴隷の一人が声を出す。


「――ご主人様、わたしたちはここで待機でしょうか」


 ん、蟲に取り憑かれている金髪エルフがそんなことをいってきた。

 確かに、奴隷たちを引き連れて入る場所でもないか。


「そうだな。ここで君らは待機だ」

「はい」

「はっ」

「んじゃ、後で」


 奴隷たちを入口に残す。

 茶色の家マークが彫られたレリーフが飾られてある木製扉を押して入った。


 カランカランとドアベルの音が響く。

 扉の内側にはブラケットで真鍮製の鈴が付いていた。


 あの製品、前にも見たことがある。


「いらっしゃいませ、メルソン商会本店にようこそ」


 本店というわりに店内はあまり広くない。

 扉を開けたすぐ先にあるカウンター越しから話しかけられた。


 その人物は黒髪の初老男性。

 着ている服はシンプルな黒い布のチュニック系だ。

 

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