百四十五話 休息

 

 黒猫ロロは部屋に入ると、早速、寝台上へジャンプ。

 楽しそうに飛び跳ねる。


「ンン、にゃ~にゃ」


 と、宙で回転しながら肉球パンチ。

 カンフー猫ちゃんと化している。


 また、遊び始めていた。


 ヴィーネの手を離す。

 胸に巻いた胸ベルトの留め金を外し、床に置く。


 彼女は俺と違い普通のダークエルフ。

 いくらタフでもさすがに疲れているはず。


 寝台へ視線を誘導させながら、


「……色々と疲れただろ? 休んでいいぞ」

「はい。ご主人様は?」


 外套を脱ぎながら、


「俺もヴィーネの側にいるよ。少し、まったりして過ごすか」

「はいっ」


 彼女は少し嬉しそうに微笑んでくれた。

 朱色の厚革服を脱いだ。

 下着のような銀色の半袖と素肌が露わになった。


 綺麗な青白い肌に吸い寄せられる、我慢。


 そこにパレデスの鏡から外れた二十四面体トラペゾヘドロンがゆったりとしたスピードで飛翔しながら近付いてくると、いつもと同じように目の前を回転、それを掴んで、床においておいた胸ベルトのポケットの中へと仕舞った。


 俺も着替えよ。

 魔竜王バルドーク製の紫色の鎧を脱いだ。

 革の服を着ていった。

 地上の新鮮な空気でも入れるか。

 腰巻き布を締めつつ、着替え終えてから出窓を開いた。


 外はもう夕方だ。

 夕日の空を鴉のような鳥が数羽、飛んでいた。


 鴉の眼が光った気がしたが気のせいだろう。


 地下都市の探索と戦闘で、かなりの時間が過ぎていたらしい。

 体内時計はあやふやだからなぁ。


 と、部屋内に振り返って歩く。

 寝台上へと、ダイブ。

 硬い寝台で意味もなく、ごろりごろりと寝転がり遊ぶ。


「――にゃあ」


 黒猫ロロもごろりごろりの遊びに混ざり始めてきた。

 可愛く転がる黒猫ロロを捕まえる!

 柔らかい腹へ顔を埋めたった。

 柔らかい肉球をモミモミと揉んで、まったりとした時間を過ごす。


 暫くして、天井の木目を見つめていく。


 明日は何しよう。


 迷宮に潜る気分ではないし。


 第一候補として……。

 ミアは無理としてドワーフ兄弟とルビアを探す?

 冒険者に成っていると思われるルビアの目処はついたし、あの酒場に通っていれば、いつでも会えそうではある。


 第二候補は、魔宝地図の解析をできる人物を探し迷宮探索。


 だが、ホワイトナインの件もあるし。

 こうして、まったりと過ごしている時にも、白の九大騎士たちは俺を探しに来るかも知れないんだからな。


 そんな喧騒は無視してゲートも使わずに神獣ロロディーヌにでも乗って空の旅へ出るのも……。

 またいいかもしれない。


 何処か、あてもなく……遠い旅路へ出る的な。


 ま、今はゆっくりと過ごすことにしよう。

 寝台の上でまったりごろごろ思考タイムにも、飽きてきたので、ふと、ヴィーネを見る。


 ヴィーネの姿は黒ワンピース姿だ。

 銀髪が黒に生える。

 地味な色合いだが、彼女が着ると格好がよく見えてくる。


 ……もっと違う服も着させてみたいかも。


 ダークエルフ特有の美しさを楽しんで眺めていると、彼女は寝台に座りながら背曩の中身を弄りだした。


 食い物か。

 堅いビスケットを取り出して、口に含んでいた。


 この間も食べていたな、あれが好きなのか?

 ダークエルフだ。味覚が微妙に違うのかもしれない。あぁ、そういや、朝飯やら昼飯を食ってない。


 すると、黒猫ロロが反応した。

 寝転び遊びを止めて、見つめ出す。


 黒猫ロロも腹が減っていたようだ。

 ヴィーネがもぐもぐと食べている姿に我慢できずに寝台から降りて床を歩き出す。


 そのままヴィーネが座る寝台前に移動していた。

 目の前で足を揃えて座る。


 黒猫ロロは何とも言えない間を作った。

 じっと、物欲しそうにヴィーネの手元にあるビスケットを見つめていく。

 黙って催促かよ。

 可愛いだけに魅力たっぷりな催促だ。

 やはり黒猫ロロも腹を空かしていたようだ。


 と言うか、俺も腹が減った。

 もう夕方も過ぎだし、皆で、下の食堂にでも行くか。


 ヴィーネはビスケットを黒猫ロロへ伸ばしている。


「……ロロ様、食べますか?」

「にゃお」


 黒猫ロロは嬉しそうに鳴いた。

 そのビスケットに鼻を近付け……。

 クンクンっと匂いを嗅ぐ、と、がぶっとビスケットを口に咥えつつ俺の足元に戻ってくる。


 足に、脹脛に隠れるように食い始めていた。

 ぱさぱさとしたビスケットだが、ちゃんと食べていくロロディーヌ。


「ヴィーネ、腹が減ったし食堂で何か食おうか」

「賛成です。わたしもお腹が減りました」

「よし、ロロも下に行くぞ」


 黒猫ロロは急ぎビスケットを食べきると、


「ンンンン、にゃ」


 ぱさぱさとビスケットの破片を零しながら肩に乗ってきた。


 皆で渡り廊下に出る。

 階段を下り一階の食堂へ向かった。

 相棒は手摺に尻を当てながら滑るように降りていく。

 アァ……うんちさんが……。

 俺は飼い主の責任として、手摺を布で擦り掃除を敢行!


『うんちさん、いえ、ロロ様のお尻は素晴らしい。ふさふさの毛に覆われていますっ』


 視界に現れた小型ヘルメは滑り降りた黒猫ロロの姿を見て何故か興奮している。


 そんなヘルメのことは無視して掃除をしてから……。

 ステージ台から響く声に耳を傾けた。

 エルフの心地よい歌声を聞くと、心、体が洗われるようだ。


 食堂の空いている席に座った。

 女将のメルに夕食を気軽な口調で注文。


 しかし、いつ聞いても素晴らしい声だ。

 あのエルフの歌い手が前世にいたら……。

 海外の有名なオーデション番組Xファクターの大会に出場しそうだ。


 そして、厳しい審査員の全員がYESと判断するだろう。

 俺もコンサートチケットを買っちゃうレベル。

 相席に座るヴィーネも、歌っている女エルフを尊敬の眼差しで見つめていた。


 癒やしの歌が終わると拍手が巻き起こる。

 観客の数人が彼女にチップをあげている。


 分かるなぁ、俺もあげようかな。


「ふふっ、いい歌声でしょ~?」


 チップをあげようかと思ったら、女将のメルが話しかけてきた。

 右手に食事を乗せたお盆を持っている。


「確かに、いつ聞いても癒やされるよ」

「わたしも癒やされます。美しい声ですね」


 歌っていた女エルフを素直に絶賛した。


「そうでしょうそうでしょう。本当に雇って正解だった――私見だけどね、前に雇っていた吟遊詩人も中々だけど、シャナの歌声のほうが完全に上ね。天下一の歌の声だと思う――」


 メルはそう自慢気に語りながら、スムーズにお盆から食事が盛られた大皿を机に並べていく。


 ベテランウェイトレスの如く。

 俺たちが食べやすいように置いていった。


「この間、高級食材のトトガ大鳥を大量に入手したので、今日は、そのトトガ大鳥の燻製肉がメインですよ。それに合うリグとチリ草の炒め物。後は――この麦酒ですよ」


 燻製か。鶏肉の太股らへんのようだ。

 旨そうだが、それより歌手の名前が気になる。


「……あの歌い手はシャナが名前なんだ」

「そうです。名前はシャナ。エルフなんだけど、実は歌手の方は副業。本業は冒険者と言うんだから驚きよ」

「へぇ、確かに驚きだ」

「あの歌声で冒険者ですか……」


 ヴィーネも驚く。

 歌い終わりのステージ台で挨拶しているシャナに顔を向けていた。


「でしょう~。掘り出し物ね。彼女の歌声からして、円卓通りにある大手の酒場や高級宿屋に雇われてもおかしくないのだけどね。ま、ここで働きたいと言っているし、よかったわ」

「そっか。それなら長らくあの美しい歌声は聞けそうだ。俺ら客もここに決めてよかったよ」

「あら、雇ったかいがあるってもんだわ、嬉しい――」

「女将ー、トトガの燻製もう一つ頼む」


 そこに違うテーブル席からおかわりの催促が届く。


「あ、はいはい。今、お持ちしますよ~。ではシュウヤさん、ごゆっくり」


 メルは俺に笑顔を浮かべて会釈するや否や<魔闘術>を使用したような素早い身のこなしで、他の客に配膳を行う。


 メルの女将としての表向きの顔を見ていると、とても裏の顔を持つとは思えない。


「にゃにゃ~ん」


 肩で大人しくしていた黒猫ロロが机に降りると、そろそろ『食べたいにゃ』的に鳴いて、俺の顔を見る。


 『食いたいニャ』的な猫顔が可愛い。

 さっさと食べればいいのに、俺の顔を窺う黒猫ロロ


 ヴィーネと視線を合わせて、頷いた。


「いいぞ。ロロ、たんと食え、俺たちも食ってしまおうか」

「はい」

「にゃ」


 黒猫ロロは燻製肉に食い付く。

 と、頭を少し斜めに捻りながら、奥歯で肉を噛んで唸るように食べていく。


 俺とヴィーネは会話&食事タイムだ。


 それは今後の予定から始まり身の上の話を通って、キャネラスから彼女が学んできた商取引のやり取りなどの話まで及ぶ。


 たっぷりと会話を堪能したところで、急に、この間、解放市場で買った煙草を思い出す。


 丁度、一服したい雰囲気だった。

 ヴィーネの話に相槌を打ちながら、アイテムボックスを操作。


「戦闘用の高級革靴の主な皮はモンスターのタイデルンですが……ご主人様?」

「あぁ、ちょっとね――」


 煙草一式と火打ち石を机に出した。

 確かマゴマ草だっけ?


「あぁ、魔煙草ですか」


 彼女は納得したようだ。

 俺は葉巻を口に咥え、カチャカチャと火打ちを動かし、葉巻の先に火を点けた。


 スゥーーっと息を吸い葉巻の先が少し燃えて僅かな煙が発生。

 同時に、喉を通り煙が肺に入り込む。


 異世界初の煙草。


 ――おぉぉ、爽やかな煙が鼻孔と喉を通り、喉がスカッとする。

 脳が活性化したかのように、快晴に。

 堪能したとこで、煙をフゥゥーと、吐き出した。

 煙はヴィーネに掛からないように、顔を逸らして外へ出す。


 これ、俺が知る普通の煙草ではない。


 喉が乾くとか、嫌な臭いもなし。

 スカッとする爽快感と魔力を得た。

 この感覚に、エヴァの店で食べた迷宮産の食事を思い出す。

 

 中々、良い感覚だ。

 前世で医療用大麻ってのは聞いたことがあるが……。

 

 また、吸う。


「……良いね、コレ」


 と、短く感想を述べてから、横へ顔を向けて、鼻息で煙を出していく。


「はい。魔力が備わるのが分かります」


 ヴィーネは頷いて、俺を観察。

 魔察眼で確認していた。


「ヴィーネも吸うか?」

「いいのですか?」

「何本もあるし、いいよ」


 笑顔で魔煙草の葉巻を上げた。

 彼女は嬉しそうな顔を浮かべ、青白い手で受け取る。



「では、頂きます――」


 ヴィーネもピアノが弾けそうな綺麗な手に持った火打ち石で火を着け魔煙草を吸っていく。


 彼女も吸うと気持ち良さそうな顔を浮かべていた。

 ヴィーネは銀のフェイスガードが映える美人さんなので、葉巻を持つ姿も絵になる。


 何か、カッコイイお姉さん的な雰囲気だ。

 二人で恍惚な表情を浮かべて煙草を吸っていると、玄関口の方から多数の乱暴な声が響いてきた。


 何だ? 言い争いか?

 と、音の方を見ると、背の高い金髪男がメルと言い争っていた。


 争いの中心人物である金髪の男は銀に近い白色甲冑を身に纏っている。

 首元には口を隠すように模様入りの特殊そうな白布マスクを装着していた。

 周りにいる数名の兵士たちはマスクを装着していないが、白色の鎖帷子で統一された装備。

 そこに、厨房から出てきた豹獣人の大柄コックが喧嘩腰のメルを守るように白色軍団の前に立ち塞がる。


 確か、あの大柄な料理人は豹獣人セバーカだっけ。


 名はカズン。剣呑な雰囲気だ。


 あの玄関口にいる白装束な奴等。

 全員の右胸に“印”がある。


 人を象ったエンブレム。槍、剣、盾を持つ“甲冑姿の人”が描かれてあるのが……もしかして、あれがホワイトナイン?


 【白の九大騎士】のエンブレムか?


 やはり来たか。

 せっかく、まったり過ごそうと思っていたのに……。


「ご主人様、何が起こっているのですか?」

「たぶん、あの鎧からしてホワイトナインかも知れない」

「え? その名はこないだ話していた……?」

「そうだ。……さて」


 手に持った葉巻の火を灰皿へ押し潰して、火を消す。


 ……逃げるか、挨拶するか。

 二択だな。


 女将メルの側にはカズンだけでなく、鱗皮膚を持つローブを着たゼッタさんまで登場している。


 ゼッタさんもメルを守るようにローブから左手と右手を出してファイティングポーズを構えている。

 両腕には鱗皮膚があるが、鱗より、その表面にいる大量の蠱たちのが目立っていた。


 蠱たちが腕に纏わりついて、蠢いている。

 ムカデ、ヤモリ、蝉、毛虫……エトセトラ、見たことの無い虫などだ。


 あれで攻撃されたくねぇ……気色悪い。

 一方で、白色軍団ホワイトナインはその動きを見ても微動だにしない。


 そのホワイトナインと対決している彼らは、宿屋の働き手というより完全に闇ギルド【月の残骸ムーンレムナント】としての顔色だった。


 あの【白の九大騎士ホワイトナイン】たちが俺に用があるのは確実。


 俺の容疑は情報通りなら、エリボル親子の殺しか。

 それか、彼らと繋がりのある裏帳簿目当て。


 まぁ、何にせよ……。


 あの白色軍団たちは、何らかの手法で俺を特定したからこそ、ここに辿りついたのだろうし。


 何事も原因があっての行動だ。

 【梟の牙】のトップを殺したのは事実。

 それはマカバイン大商会のトップを殺したと同義語。


 都合がいい言い訳だが。

 俺は今後も迷宮に潜りお宝を見つけたりする冒険者の活動は続けたいんだよなぁ。


 ま、最悪、冒険者が駄目になったらなったで、この国を離れて違うとこに向かうか。


 そんな思考を重ねている間にも、宿屋側と白色軍団との間で、一触即発の雰囲気になっている。


 周りの野次馬も多くなってきた。

 煩いので、言い合いが聞こえない。


 俺のせいで争いが激化するのは、何となく嫌だ……。

 この店に、と言うか【月の残骸】に借りは作りたくない。


 捕まる覚悟で、【白の九大騎士ホワイトナイン】の連中へ挨拶に向かうか。


 だが、あくまでも覚悟のみ。

 たとえ冒険者活動ができなくなっても、俺に手を出したら、それなりに後悔させてやる。


「……ヴィーネ。あの白い集団と少し挨拶をしてくる。お前はここで待機か、彼奴らに気付かれずに俺を追うか好きにしろ」

「……はい」


 彼女は頭を少し下げてから、返事をする。


「あ、俺の許可なく殺しは無しだぞ? 一応、彼らはこの国の高等機関だからな」

「はい。ですが、武器を取ってから追跡します」


 ヴィーネは冷静に語ると二階にある部屋へ視線を向けていた。


「わかった。無理はしないでいいからな」

「はっ――」


 彼女は椅子から立ち上がると玄関口に走る。

 近くにいた白色軍団を横目に階段を上がっていった。


「ロロは自由についてこい。先回りしてもいい」

「にゃ」


 黒猫ロロは俺の指示を聞くと、肩から跳躍。

 ヴィーネに続いて素早く二階へ駆け上がって、姿が見えなくなった。


 俺も席から立ち上がり、玄関口に向かう。


『ヘルメも指示するまで外に出るな』

『はい』


 言い争いの現場に近付くと、メルの怒声が響く。


「だからっ、何度も言うけど、ここからは通さないよ!」

「そうだ。この宿屋は女将メルの物、それ以上こっち側に来るなら、俺が代わりに相手をしてやろう」


 カズンが腕を巻く。

 背中や腕回りの筋肉が少し膨れると、コックの服を突き破った硬そうな毛が逆立つ。

 威圧感が増したように見える。


 そのカズンを見た、メルと相対している背が高い銀甲冑を着る金髪の男が、


「……ほぅ、珍しい。セバーカの特異体か? お前らは、我ら、白の九大騎士ホワイトナインに逆らうと?」


 カズンを睨み付けながら、脅すように話している。


 やはり、ホワイトナインはこいつがリーダーか?

 金髪に目と鼻が大きい。

 背が高く猫背気味だが、多分、身長は俺と同じぐらいだ。

 白布マスクは唇が浮かぶぐらいにぴったりと装着。

 色々と備品が付いた豪華な白色甲冑を着込み、腰には長剣を差して背中マントの上からは盾を背負っている。


 両腕は茶色のブツブツの突起物が沢山付いた珍しい魔力が漂うグローブを嵌めていた。


 あれ? よく見ると右胸にあるエンブレムが違うな。


 他の兵士たちのエンブレムはシンプルだ。

 背が高い金髪男と隣にいる背の低い女だけが、防具に描かれてあるエンブレムが違う。竜に乗る騎士の絵だ。

 エンブレムといいその雰囲気からして、やはり、金髪がリーダー格のようだ。

 背が低い赤髪女も喉もとから口を覆う白布マスクを装着している。


「……こんな強引に調査を進めるなんて、俺は聞いてないっ」

「……まぁまぁ、ここは穏便にですね。我々は――」


 リーダー格の隣にいた背の低い赤髪の女騎士が、大柄の獣人カズンを止めに入る。


 だが、その女騎士が俺の姿に気付くと、くりくりっとした双眸を大きくさせる。


 頬に少しソバカスがあるね。

 彼女は驚きの反応を示していた。


「――居ました。あの男で間違いないかと」


 あれ? 赤髪セミロングの女騎士は俺を指で差してくる。

 やはり俺のことは特定しているようだ。


「レムロナ大騎士、ご苦労」

「いえ、任務ですから」


 小柄だけど、彼女も大騎士なんだ。


「それで――女将よ、この宿屋には手を出さないと約束しよう。我々は“あの男”に用がある。そこを退いてくれないか?」


 金髪のリーダー男はメルに交渉を持ちかけている。


 メルは思案気に俺へ顔を向けると 〝何で出てきたのよ〟と怒った視線でアイコンタクトしてきた。


 俺も視線で〝すまんね〟〝さんきゅ〟〝もういいよ〟 的に見つめてから頭を下げて、頷く。


「……あの男といっても、この宿屋のお客人です」


 メルには俺のアイコンタクトは通じなかった。


 あくまでも、俺という客を守るようだ。

 いや、この間皮肉交じりに語っていたように俺のことを客ではなく本当に仲間だと思っているのかも知れない。


 まぁ、どちらにせよ。

 この宿屋では暴れたくないんで、ホワイトナインに付き合ってやるか。


 風は吹けども山は動ぜず。の精神で。


「……メル、俺は大丈夫だ」

「え、だめよ」

「いいから、ありがとな」


 武器は無いよアピール。

 諸手の動作を取った。


 要するにバンザイ状態で強引に前に出る。


「はぁ、もう……貴方がそういうつもりなら、どうぞ――」


 メルは両手を左右に広げ、べーっと舌を出してから、指を蟹ハサミのように扱うジェスチャーを取る。

 特有の自己表現?

 ふざけているのか、怒りを表しているのか分からない。


 彼女はそんなジェスチャーを繰り返すと、仕方が無いと言うように少し残念そうに曇らせてから、身体を横にずらし退いていた。

 カズンとゼッタも闇ギルド【月の残骸】のリーダーであるメルが引っ込む姿勢を見せると、急に大人しくなって身を退いている。


 そこでホワイトナインのリーダー格の金髪男を見据えて、顎をくいっと動かして“連れてけ”と玄関扉を差す。


 自ら、意思表示を示した。


 金髪の白甲冑を着込むリーダー男は謎めいた表情で俺の動きを読み取り、黙って頷く。

 それから仲間たちに視線を巡らせた。


「……行くぞ」

「「はっ」」


 金髪のリーダーが短く指示声を出すと、赤髪女の大騎士を含めたホワイトナインたちの全員が、素早く反応。

 一斉に声を揃えて答えると、そのまま鎧音を響かせるように踵を返して、玄関扉に手をかける。


 俺も特にこれといった反抗の態度は示さずに、ホワイトナインの白鎖帷子を着る兵士に囲まれながら玄関口を出ていく。


 手錠が無いだけマシか?


 さぁて、どうするか……。

 拳を作り指骨をポキポキと鳴らしながら、歩く。


 平和的に〝お話〟だけで済ませられるかな?


 宿屋を出ると、外で待機していた白色鎖帷子を着ている兵士たちが、一斉に此方の方を振り向いてくる。


 その数は約二十人。


 宿屋の中に押し掛けてきたのはリーダー格の金髪男を伴った少人数だけで、外に大勢の兵士たちを待機させていたらしい。

 外で待機していた白色軍団の兵士たちは俺と一緒に出てきた背の高い金髪男へと敬礼を行っていた。


 その姿から、金髪男がまさにボスだと分かる。


「――ターゲットは確保した」


 ボスでありリーダーの金髪男は白色軍団兵士たちの敬礼に答えるかのように、鷹揚な態度で左手を上げる。


 同時に軽く頷いていた。

 そして、上げていた左手を右胸のエンブレムマークの位置に移動させると、誇らし気な顔を浮かべながら、兵士の皆を見据えて指示を出す。


「仕事は完了だ。ホワイトナインは王国の為に――」

「「――はいっ! ホワイトナインは王国の為に!」」


 兵士たちはリーダーの声に続き声を揃える。

 あのポーズ、軍式の挨拶なのかな。


「さぁ、戻るぞ。――ビクザムも聞こえているな?」


 リーダーの男は金髪を靡かせながら、顔を上空へと向けて眼を見開いて、空へ語りかけている?

 喉から口を覆う白布に記されている魔法模様が光る。


「「はっ――」」

「ギュオォォッ」


 うぉっ? モンスター?


 空からだ。

 そこにはドラゴンがいた。


 しかも、二匹。ビクザムの名に相応しいドラゴンだ。緑ではないが。

 二匹のドラゴンはゆったりと翼を広げて低空飛行しながら建物の上を飛んでいた。


 もう夜に近いが姿がハッキリと見えている。


 白色軍団の兵士たちはそんな空中を飛ぶドラゴンの行動には驚かずに足を揃えて歩き出していた。

 宿屋で揉めていた連中と外で待機してた白い兵士連中が合わさった数なので、白い軍団は数は多い。


 異様な光景だ。


 白い軍団と空を飛ぶ灰色竜の二匹。

 カルト集団にも見えてくる。


「お前も進めっ」


 背後から兵士のせっつきを受けたので、歩き出す。


「それで、何処に行くんだ?」


 隣を歩く金髪のリーダーに質問した。


「口を慎め、相手が誰だか分かってるのか?」


 俺の投げ掛けた質問の言葉を、若い兵士が聞いていたのか怒った口調で忠告してくる。


「いい。暴れないだけマシな男だ」


 金髪のリーダーは猫背なりに胸を張った態度で、若い兵士を諌める。


「はっ」


 若い兵士は尊敬した顔つきで敬礼。


 口を慎めか。

 この、金髪のリーダーはただのリーダーというわけじゃなさそうだ。

 身に着けている鎧も豪華だから、きっと大騎士なのだろう。


 魔察眼で、その大騎士と思われる金髪男を確認。

 背が高いけど猫背で、姿勢が悪い。


 身長は高いが、別に大柄といった感じではない。

 そんな身体に内包されている魔素量は多い方だ。


 魔力操作も常にできている。

 それに、身に着けている装備品も多数の魔力を漂わせている。


 が、魔力の量では、この金髪男より、その隣の背の低い女性の大騎士のほうが魔力量は高いか。華奢そうに見えるが女大騎士。


 女大騎士はどこか、芯があり、隙が無い。


 白色の鎧の右胸を飾るエンブレムマークは、金髪男と同じ竜に乗る騎士のエンブレムが施されている。

 

 装備品も、金髪男に負けず劣らずに良い物だと判断できた。


 黒茶の魔力を内包した腰ベルトにぶら下がる長剣はマジックウェポンだろう。

 長い鞘には、きらびやかな宝石が散りばめられている。

 魔力を感じさせていた。

 長剣の隣にある短剣も魔力を宿している。


 マジックアイテム製の品だらけだ。


 他の白い鎖帷子を着ている兵士たちと比べたら、この二人だけ魔力や装備類が突出している。雲泥の差だ。


 さすがは大騎士。


『閣下、この二人は要注意ですね』


 ヘルメが視界に登場。

 小さい手で大騎士たちを指さしながら忠告してきた。


『そうだな。戦いになったらヘルメを呼ぶかもしれない』

『はい』


 ヘルメは期待を込めた視線を俺に向けてから、身体をくるっと回転させて消えていく。

 その間にも白兵士軍団と共に歩いているが、結局、俺の質問には金髪男は答えてくれない。


 不満気に大騎士たちをチラチラと見ていると、その大騎士である金髪男が馬鹿にしたように少し嗤うと、口を開いて反応してくれた。


「……黙って我々に付いてくれば、手荒な真似はしない」


 そうですかいっと。

 俺は黙って金髪男へ首を縦に振る。


 ホワイトナインの連中とまだ付き合い歩くことにする。

 ロロとヴィーネは俺を追跡していると思うけど。


 ま、暴れるのはいつでもできる。

 ここは大人しくついていくかな。


 

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