百四十六話 大騎士レムロナ

 ホワイトナインの連中に案内された。


 その場所は貴族街の手前。

 二階建ての灰色建物群だ。

 横長の本堂を囲う壁に、縦長の松明が並ぶように設置されている。


 魔道具のランタンが窪んだ壁のアルコーブのような場所に飾られてあった。

 

 その松明から火の粉が散るが、壁は焦げず、不思議な色合いを起こして反射していた。その反射したところに、オセベリアの王国の紋章と白の九大騎士ホワイトナインの紋章が刻まれていた。

 上空の二匹のドラゴンも建物の壁向こうに降りたようだ。

 ここが、白の九大騎士ホワイトナインたちの詰め所か。

 

 焦げ茶色の巨大な門に到着。

 両脇に松明と衛兵が立っていた。

 門の中心は九匹の竜と竜騎士たちの円形エンブレムが描かれてある。

 衛兵たちも白色の鎖帷子を身に着けているのは変わらない。

 彼らは俺たちを見ると素早い所作で敬礼を行う。

 一人の兵士が厚い唇を動かす。


「サリル大騎士、レムロナ大騎士、任務お疲れ様です」


 硬い口調の門番兵士。

 金髪の大騎士の名はサリルか。

 レムロナの名前は宿屋で聞いていた通り、女大騎士の名。


「ご苦労、扉を開けたまえ」


 サリルが門番兵士に労いの言葉と指示を出す。


「はっ――」


 兵士は焦げ茶色の門扉を開けていく。

 二人の大騎士に誘導を受ける形で、多数の兵士たちと共に門を潜った。

 中央は中庭に続く幅広な石道。


 大騎士たちは中央ではなく右側を進む。

 右の開いた玄関口から灰色の建物に入った。

 俺も続いて、廊下を進む。

 四角い部屋に到着。

 天井はクリスタルの光源。

 壁には大きな旗とドリームキャッチャー的な飾りがある。

 竜騎士の絵が飾られてあった。

 王様の絵とかは飾られていない。

 そんなもんなのか?

 中央に足の短い象嵌入りの長机と無垢な椅子が並ぶ。

 応接間のような場所だ。

 机に小さい花瓶とゴブレットと水差しが置かれているだけ。


「そこに座って貰おう」


 サリルが椅子に座れと言ってきたが、少し、予想と違う。

 展開的に狭い部屋で椅子に縛られながら水責めにあったりとか……。


 今日は人生で一番長い日となるだろう。

 とか、有名な怖い金髪捜査官から片腕を折られてこっちの腕も折られたいのか?

 

 風の拷問に近い形の尋問を受けるのかと思ったが、意外に紳士的な対応だ。


 用意された席には座らずに魔察眼と掌握察を使い周囲の確認をしていく。


 近くに感じる魔素の感覚は……。

 ――同じ部屋にいる大騎士と兵士たちのみ。

 

 あの見た目が怪しいドリームキャッチャーの飾りは魔力が感じられない。

 まぎらわしい……大きいが、ただの飾りだ。

 

 ――他にも違う部屋で休む兵士たちの魔素も感じた。

 しかし、この部屋自体から何も感じない。

 罠のような物はないようだ。

 

 ――言われた通り無垢な木製椅子に座る。

 

 すると、サリル大騎士はレムロナ以外の兵士たちを退出させた。

 三人だけか。二人の大騎士は机の向こう側へと回り、椅子に座る。

 視線を合わせての対面。

 刑事から尋問を受けた事はないが、少しプレッシャーを感じる。

 舌三寸に胸三寸を意識して慎まないと。

 カツ丼は出てこないが、刑事ドラマに出てくる雰囲気の中で最初に口を開いたのは女捜査官、もとい、女大騎士であるレムロナからだった。


「……それでは、シュウヤ・カガリ。質問をしますので答えてください。貴方は、冒険者ランクC。竜の殲滅者たちという称号持っていますね?」


 まぁ、それぐらいは調べてくるよな。

 ここからは一応、敬語で話していこう。


「はい」

「……貴方は裏社会の一部において“槍使い”又は“魔槍使いと黒き獣”と噂された人物であり、闇ギルド【梟の牙】と揉め事を起こしては、その闇ギルドの大本であるマカバイン家の屋敷へ侵入し、そこに居合わせたエリボル氏を抹殺、及び、その娘シルフィリアを誘拐、又は、殺しを行った。間違っていますか?」


 きびきびと俺の情報を語るレムロナ大騎士。

 口調といい……ソバカスも可愛いぞ。

 

 いかん、美人捜査官の魔力に負けてはだめだ。


 しかし、あの場にこいつらは居ないはずだ。

 なのにどういう訳か、娘が死んだ事以外は全てを分かっている口振り。


 何かしらのスキルか、魔道具か? 

 今のこの場も、違う部屋から誰かが監視を行っている?


 分からないが、それらしい魔素の動きはない……ので、目の前の二人の内のどちらかが、捜査系の能力を持つと仮定した方が良さそうだ。


 エヴァのようなサトリ系能力者だったのなら、もうバレてる可能性があるが、彼女のような能力者と頻繁に出会う可能性は低いと思いたい。


 ……なら、嘘はある程度効くかな?

 でも、多少は素直に会話を続けるか。


「……黙っていると、肯定と受けとるが、いいんだな?」


 痺れを切らしたように金髪のサリル大騎士が、睨みを利かせて、そう聞いてくる。


「仮に俺が殺ったと自供したらどうなるのです?」


 サリルは俺の言葉に口の端を歪ませて嗤いながら答えた。


「王国裁判に出て貰い、お前は極刑になるだろうな」


 極刑かよ。だったら、暴れ……。


「だが、お前は殺ってはいないよな?」


 んお? どういうこと?

 サリル大騎士は嗤った顔で俺にそう聞いてくる。


 俺と同様にサリル大騎士の隣に座る女大騎士レムロナも顔色が一変、驚いていた。


「……サリル大騎士? どういうことでしょうか。貴方の婚約者であるシルフィリアさんが、まだ行方不明なのですよ? わたしが見た――」


 彼女は困惑しているのか、肩を不自然にいからせサリル大騎士を責めるように捲し立てる。


 サリル大騎士はレムロナの質問には一切答えずに、眉間に皺をよせ厳しい顔を作り、拳を作り力を入れる。


「――レムロナっ、お前の序列は何位だ?」


 レムロナの喋ってる言葉上から被せて、怒鳴っていた。


「はっ、第九位であります」


 レムロナはパブロフの犬のように素早く所作で敬礼を行い、答えている。

 この敬礼を行っている赤髪の美人な彼女。

 さっき何気にポロっと重要な情報を漏らしていた……俺が殺したエリボルの娘の婚約者が、目の前の金髪男、サリル大騎士と。


「では、序列訓示の第五条を述べよ」


 レムロナはサリルの言葉を耳にすると、悔しそうに顔をひくつかせて、俯きながら語り出す。


「……序列第五条『序列順位は絶対であり、その順位を覆してはならない。序列の低い大騎士は、序列の高い大騎士の見習い扱いである』」


 上には逆らっちゃダメか、嫌な序列制度だ。


「そうだ。お前は序列最下位。数々の事件を解決したのは知らない。今回はファルス王子様のお気に入りだから調査に加えたまでのこと。多少、調査に使えるスキルを持つからと言って、勘違いしないことだ」

「しかし、<残魔視>で見たことは真実です」


 レムロナは怒ったのか、細めの瞳を大きくさせている。


「何だとォ? まだ分からんのか。そんなことは知ったことではないっ! ましてや、序列の高いわたしの知見に意見するとはっ、十年早いわっ! 今を以って、レムロナをこの調査から外す。暫く、自室で謹慎しておけ」


 うへ、喝ッ! と言う言葉が脳裏に過った。

 言葉だけでレムロナの首を絞めるような上司のキツいパワハラ的な言い方。


「……はい」


 レムロナは顔色を青くしていた。

 肩を沈めて、小さく声で返事すると俯く。


「ふんっ、さっさと外へ行けっ!」


 サリルは邪険に腕を泳がせて、レムロナの退席を促す。

 彼女はすごすごと退出していく。

 ……広間にはサリルと俺だけになった。


「……ごっほん、レムロナを退席させた理由だが、だいたいは察してくれたかな?」


 わざとらしい咳をして、嫌味たらしい顔をアピールしてくる。

 交渉はもう始まっているんだぞ? という顔付き。


 予想するに、この大騎士サリルはレムロナの意見を無視できますよ。

 的な、こいつの匙加減で、俺のエリボル殺しを揉み消すこともできますよ。ということか?


「……はい。だいたいは」

「そうか、冒険者にしては察し・・が良い。なら、わたしが望んでいることも想像できると思う」


 こいつは“裏帳簿”に名前が乗っていた。

 だから裏帳簿を望んでいるのだろう。

 しかし、シルフィリアの婚約者のことを聞いてこないのは何故だ?


 ま、聞いてこないのなら、ワザワザ振らないでも良いか。

 無知を装い話していこう。


「……さぁ? 心は読めないので、口では何とでも言えますからね」

「……はは、確かに」


 俺の言葉を聞いた金髪のサリルは、マスク越しでも分かるぐらいに口角を上げて少し笑顔を浮かべては、頷く。


「だが、大騎士として約束しよう。わたしはお前が冒険者だろうが、どこぞの闇の一党だろうが、第二王子派だろうが、違う国の何者だろうが、その一切の“責任”を問わないとな。重要なのはエリボル・マカバインが持っていた“帳簿”だけだ。それをわたしに“渡し”さえすれば、お前は最初からわたしの協力者として扱うことになる。わたしが闇のギルドに潜り込ませていたアンダーカバーの一員に過ぎない人員とな?」


 サリルは話の途中から笑顔を止めていた。

 真剣な顔付きへと変化。


 頬骨が動き奥歯を噛むような凄みを増した顔を浮かべて、語っている。


 彼は、俺が“裏帳簿”を持っていると確信しているようだ。


「そうですか……」


 曖昧に呟き、時間を稼ぐ。

 果たして、本当にこいつサリルを信じられるか?


 大騎士と身分を語っているが所詮は口約束。

 俺が裏帳簿を渡せば、サリルが主導権を握ってしまうだろう。


 なので、答えは否だな。

 俺は裏帳簿は持ってない。

 と、シラを突き通すとして、裏帳簿をもう一人の大騎士であるレムロナに見せたら……どうなるだろう。


 レムロナは序列順位が最下位で、サリルには逆らえそうも無いが、王子のお気に入りとも言っていた。

 この帳簿を材料に彼女を渡りに使えば上にいる王子と接触し、このサリルを逆に追い詰めることができるかもしれない。


 サリルはレムロナに帳簿の件を知られたくないから、退席させた可能性もあるし。


 それとも、直接的に裏帳簿の件を突いてサリルを脅すか? 

 いや……逆に警戒させるだけか。


 ここは知らぬ存ぜぬで通した方がよいな。


「……さぁ、帳簿なんて知りませんよ」


 無知蒙昧の白目を演出するように、わざと呆ける。


「チッ、嘘をつくな。お前がエリボルと娘を殺り、宝の一部と帳簿を盗んだのだろうがっ」


 あらら、急に声を荒らげて。

 さっきは殺ってないな? とか、穏やかな口調で語りかけてきたくせに。


「……そもそも、俺は何もしていない」


 俺の白々しい言葉を聞くと、サリルは急に力んでいた顔を弛める。


「そうか。喋らないなら別に構わないさ。どちらにせよ、お前は王国裁判も無しに死ぬのだからな。おい――」


 どちらにせよ、か。

 どのみち俺を殺す?


 大騎士サリルは俺に興味を無くした顔を見せると、大声をあげて、外から兵士たちを呼び寄せる。


「この男を牢屋にぶちこんでおけ」

「はっ」


 サリルは俺が牢獄の中で朽ちて死ねば、裏帳簿は表に出ること無く“消える”とでも思っているのだろうか。

 ただの脅しかな。牢獄に長い間打ち込めば喋ると踏んでいるのかもしれない。


「これから警邏に向かう。わたしが王子のところから戻るまでしっかりと監視しとけよ。無手なので何もできないと思うが一応は気を付けろ。革服のみで何もなさそうだが、その怪しい黒骨兜の指輪と小さい腕輪を奪っておけ」

「はい」


 返事をする白鎖帷子を着る兵士たちによって、明るい光球を出す指輪を取られた。

 強引に嵌めていた指輪だから、指に跡がついていたが、瞬間的に元に肌色に戻っていく。


 サリルはそれを見ながら外へ出ていく。

 よく見てたら指の変化に気付いたはずだが、兵士たちは違う指輪と腕輪を外すことに一生懸命で気付かれなかった。


「糞、これ外れないぞ?」

「仕方ない。このまま牢獄に入れとけ、俺たちが牢屋番をしとけばいい」

「そうだな。傷をつけろとは言われていないしサリル様も直ぐに戻られる」


 アイテムボックスの小さい腕輪と闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトは外れないので無視された。

 そのまま左右の手をロープで押さえられて、歩かされる。


 ここで暴れたりはしない。今は素直に従う。

 目隠しはされていないので、廊下を歩く際に周りを確認できた。

 部屋の位置を確認しながら歩いていく。


 その時、泣きそうな顔を浮かべている女大騎士レムロナが階段横にある部屋に入るのが確認できた。


 レムロナはあそこの部屋が自室か。


 顔を俯かせている女大騎士を横目に部屋の位置を確認。

 兵士に誘導されては階段を降りていく。そこには牢獄の鉄檻が並んでいた。


 真下にある穴倉とかじゃないらしい。


「立ち止まるなっ」


 兵士はいちいち怒鳴ってくる。

 そう、怒るなよと、にやけ面で口を開く。


「裁判はいつ頃ですか?」

「さぁな、そんなこと俺が知る訳がない。さっさと進んで、入れ――」


 背中を押された。

 しょうがない。少し歩いて檻の中へ入る。


 俺を押し入れた兵士たちは牢獄扉に鍵をかけると、ぶつぶつ文句たれながら扉前から離れて廊下の先へ歩いていった。


 牢獄の中を確認。


 広い、奥の方には元から捕らえられている囚人たちがいた。


 獣人、エルフ、人族、種族は様々だ。

 皆、痩せ細り元気が無く汚い床や藁の上で寝ている。

 囚人たちは目が死んだ魚のように虚な目をしていた。


 何かしらの罪を犯したからここに居るのだろうけど。

 あんな風にはなりたくないな。なるわけがないが。


 痩せ衰えている囚人たちは、新しく入ってきた俺には興味が無いようだ。

 臭気漂う奥には行かずに牢獄の入口付近に立つ。


 少し待つ。牢番の兵士たちは廊下の奥にいるようだ。


 そろそろか?

 黒猫ロロとヴィーネが来るかも知れない。


 と、そんな予感を感じていると、ヘルメが視界に登場。


『閣下、わたしが外に出て牢屋の鍵を開けましょうか?』

『いや、まだいいよ。多分、ロロとヴィーネが来ると思うし、その時に、ヘルメには外に出てもらう』

『はっ、畏まりました』


 その念話を終えた、直後。


 本当に、黒猫ロロとヴィーネが廊下の隅にある影から現れる。


「ご主人様」

「にゃお」

「お、来た来た」


 早速、ヴィーネは牢獄の鍵穴を弄り出す。


 鉄製の扉は難なく開かれるが後ろにいる囚人たちは扉が開かれても一切の声を挙げない。騒ごうともしなかった。

 普通は我先に出ようと騒ぐと思うが……。

 囚人たちは怯えた顔を浮かべて、俺の行動を見ているだけ。


 ま、彼らは暴れる気力も実力もないからな。しょうがないのかもしれない。

 牢屋の外に出た。黒猫ロロが右肩に戻ってくる。

 何事も無く牢屋の扉を閉めた。

 怯えた囚人たちを見ると可哀想だが、別にこいつらを解放してやる義理はないので、放っておく。


「……牢番の兵士たちはどうした?」

「はっ、既に気を失っています。兵士の懐からこれを回収しました。ロロ様が見つけた物です」


 ヴィーネは片膝つきながら取られた指輪を差し出す。


「おっ、ありがと」


 さすがに仕事が速い。


 黒猫ロロとヴィーネが、どうやってこの建物に潜り込んだのかは後で聞くとして、今はあの女大騎士を探すか。


『ヘルメ、外に出ろ』

『はい』


 指示通りに左目から液体状態のヘルメが放出。

 床に着水して水溜まりができると、瞬時に、その水溜まりが持ち上がり液体が変化。

 蒼と黝の葉の皮膚を魅せる常闇の水精霊ヘルメに変身していた。


「閣下、ご指示を」

「水状態で、ある部屋内へ侵入してもらう。ただし、殺しは指示するまで無しだ」

「はっ、では」


 ヘルメはそう言うと、一瞬で、自身の身体を崩すように液体化。

 床に水溜まりを作っていた。


 いつみても不思議。ただの水溜まりにしか見えない。


 ヴィーネは精霊の行動に慣れてないのか、突然に液体となったへルメを見て、不思議そうな顔を浮かべていた。


「ヴィーネ、このまま脱獄すると冒険者として生活できなくなるから、まずは女大騎士と交渉するぞ」


 彼女の能力が知りたいのもあるし。


「女大騎士ですか?」

「そうだ。最初、宿屋の中に入って話をしていた奴等の一人、背が高いリーダー格の隣にいた背の低い赤髪女だ。序列第九位の大騎士らしい」

「わかりました。<隠身ハイド>を発動させておきます」


 ヴィーネは屈むように行動すると、暗闇と同化するように影薄くなり気配が一段と低くなった。


 彼女は暗殺の経験もありそうだ。


「行くぞ。さっき見かけた通りなら、階段を上がってすぐの部屋に居るはずだ」

「はいっ」


 水状態のヘルメがにゅるにゅると階段を上がっていく。

 俺たちも続いて階段を上がった。


「ヘルメ、そこの部屋だ。先に入って女の背後に回っておけ」

「……」


 液体状態のヘルメはにゅるりと動き手型を作る。


 大きな丸い円サインを作って、俺に返事していた。

 ヘルメは水状態に戻ると、扉の下にある隙間から侵入していく。


 続いてその部屋に入る。

 やはり、部屋にはレムロナがいた。


「――ん、お、お前は、エリボル殺しっ牢屋に送られたと聞いたが、脱獄か?」


 女大騎士は俺が部屋に入ると、驚きの顔を見せる。

 素早く椅子から立ち上がり、腰にある長剣と短剣に手をあてがい引き抜いていた。


「そうだが、まずは話を――っと」


 女大騎士レムロナは俺に向けて長剣を伸ばしてきたが、彼女の真下に移動していた水状態のヘルメによって、両足を掴まれる。


 ――その瞬間、足を掴まれたレムロナは勢い良くつんのめり転ぶ。

 手前にあった小さい机に頭からぶつけていた。


「――ぐあ」


 気を失うとかは無いようだけど、痛そうだ。

 レムロナはぶつけた頭を左右に振りながら俺を見上げてくる。


 その目付きは俺に質問してきた顔とは違い、殺気が込められていた。

 まずは、話を聞いてもらわないと。


「……レムロナさん、今の状態が理解できますね?」

「にゃあ?」


 笑みを表に浮かべて、できるだけ丁寧な態度を心がけながら言葉を紡ぐ。

 しかし、黒猫ロロがレムロナをおちょくるように尻尾で彼女の顔を叩いていた。


「……くっ、殺人に脱獄犯が、サージェスを呼べばお前など……」


 サージェス? 


 レムロナは自身の顔に纏わり付く黒猫ロロの尻尾を払いのけてから、机に手を付いて、自身の両足が氷の手に掴まれているのを確認している。


 そんな必死に挽回しようとしている彼女に説明を加えた。


「待ってください。レムロナさん。脱獄犯の俺が、今、貴女を攻撃してない事を理解してください。俺は話を聞いて欲しいだけです」


 レムロナは俺の話を聞きながら、ゆっくりと立ち上がる。


「……ふん、まずは、この足にある氷の手を退かしたらどうだ?」


 まだ彼女の目には殺気が宿っているが、ここは信じよう。


「ヘルメ、手を離せ」

「……」


 すぐに、液体から生えていた氷の手は消えた。

 女大騎士レムロナはあっさりと足を解放されたのが、意外だったのが、少し驚いた顔を見せる。


 だが、戦闘態勢を取っていた。


「分かってくれましたか?」

「あぁ……」


 レムロナは僅かに頷くと、長剣を下げる。


 さて、帳簿のことを話す前に、この女大騎士レムロナが大騎士サリルと繋がっているか確認しないとな。

 さっきのサリルとのやり取りが、小芝居だったかもしれないし。


「……本題を話す前に、確認したいと思います」

「なんだ?」


 怪訝そうに俺を見るレムロナ。


 まぁ分かる。

 脱獄して、謎の水を操り自分の足を拘束させた男の言葉だしな。


「貴女とサリル大騎士はどういう関係でしょうか」

「どうもこうもない。大騎士サリル・ダラーは序列第八位大騎士であり、わたしの上位者だ。子爵という位は同位だが、【白の九大騎士】に所属している者の序列は絶対である」


 序列は絶対か。

 だが、不正に関しては知らないと見える。


「……その上位者であるサリル大騎士が色々と不正な取引を行っていたと言ったら貴女はどうしますか?」

「――我らホワイトナインを愚弄するか? シュウヤ・カガリ」


 素早い動作で、下げていた長剣を上げていた。

 剣先の方向を俺に伸ばしている。


 右手には長剣、左手は腰に差す短剣の柄を触っているその構えからは、何処かで見た流派の面影を感じさせた。


 彼女の目からはハッキリとした意思がある。

 勘だけど、サリル大騎士と彼女は不正な繋がりは無いと思う。


 証拠を見せても大丈夫かな。見せちゃうか。


「……いやいや、そんなつもりは毛頭ないです。では、少しお待ちを――オープン」


 アイテムボックスを操作。

 腕を動かしただけで、レムロナが伸ばしている長剣がピクッと動いて反応を示していたが、彼女は俺の行動を理解しているのか、攻撃はしてこなかった。


 笑みを浮かべてアイテムボックスから“裏帳簿”を取り出し、机に広げる。


「まずは剣を下ろして、これを見てください」


 レムロナは机に置かれた裏帳簿と俺を見比べるように視線が行き交う。

 ……暫くして、彼女は頷き長剣を鞘に納めると、ソファに座りながら机にある裏帳簿を見ていく。


「……こ、これは、マカバイン家の……家印も本物か」


 一瞬で、裏帳簿が本物と見抜いたようだ。


 レムロナは驚愕しながらも、裏帳簿の頁を捲っていく。


 頁をめくるごとに手が震えていった。

 それと同時に細い目からは怒りが滲んで現れていく。


「腐っている。戦争中だというのに、ここまで不正が横行しているとは……」


 レムロナは怒りの形相だ。


 そのタイミングで、彼女が読んでいた裏帳簿を取り上げた。

 さぁ、ここからが本題だ。


「レムロナさん。これを貴女に預けると言ったらどうします?」


 彼女は怒っていたが、その怒りの気持ちを抑えるように自らの目を閉じて、ゆっくりと閉じた瞼を上げると、冷静な顔付きに戻っていた。


「――何が望みだ?」

「まずは俺の自由放免」

「……わかった。と、言いたいが、エリボルの屋敷に侵入した経路が気になる。あの時、わたしの灰色のドラゴン、サージェスが空に反応を示していた」


 あの時か。

 確かにエリボル邸へと侵入した際に、隣の屋敷からドラゴンの鳴き声が聞こえた。


「詳しくは言えませんが、その通りですね」

「……ほぅ。それで、エリボルの娘はどうした?」


 素直に言うのもなぁ。


「……俺が殺したとしたら?」

「何もない。裏帳簿を渡せば見逃そう」


 ありゃ、意外。

 女警官のように、許せん、逮捕しちゃうぞ。


 とか言うかと思った。

 なら、サリル大騎士のことを少し言っとくかな。


「サリル大騎士が貴女を退席させた後に、同じことを言ってきましたよ。ですが、婚約者のことは一言も聞いてこなかったのが、不思議でした」

「……わたしを突っぱねた理由か。そうなると、見せかけ、形だけの婚約だったのかも知れない。あれだけの貴族が関わっているんだ、裏帳簿に書かれてある以外にもエリボルとの闇の繋がりは深いものだったのだろう」


 彼女の話し方だと、もう貴族同士の裏の繋がりはある程度予想できているようだ。


 もう、この裏帳簿を渡しても良いと思うけどまだ知りたいことがある。

 さっき話していた彼女のスキルについて聞いてみよ。


「……レムロナさんが話されていた<残魔視>スキルが気になります。そのスキルを使い、マカバイン邸と俺を結びつけたのですか?」

「そうだ。<残魔視>も使った。詳しく言えば、情報が出揃っていた面もある。わたしには優秀な“密偵”がいるからな……」


 レムロナはそう言うと、顔を少し逸らす。

 自分の能力についてはあまり語りたくないようだ。


 だが、聞いておく。


「……密偵はともかく、どういう能力なんです?」


 彼女は、俺の好奇心旺盛な視線を一瞥。

 小さく溜め息を吐くと、顔下を覆う特殊な魔力漂う白布を首に落とし、綺麗な紅の唇を晒す。


「……まずは、これを見ろ」


 彼女は赤色の前髪を持ち上げて、額を見せる。

 額には白の薄い百眼マークを囲う蜘蛛の巣のような細かな線が紋章として刻まれてあった。

 耳の上の方まで白い透明に近い筋が広がっている。

 口元を覆っていた特殊布は関係ないようだ。


 おでこに第三の白い瞳か。

 セミロングの赤髪だったので、全く分からなかったよ。


 魔察眼で、その部位を注視してよく見ると、眼が生きているように蠢き、不思議な魔力が増えたり減ったりしている。


「……スキルを使うと、この額が更に変化する」

「へぇ、人族ではなさそうですね」

「そうだ。幽鬼族とのハーフ。スキルの範囲は極々小さいが、常人では到底理解の及ばない領域に魔力の枝として残る場合はある。その枝を視ることにより、過去に起きた一部を白黒視界で見られるのだ」

「それは凄いっ」


 思わず、興奮して声を出す。

 レムロナは目が見開いて驚くが仕方がない。


「……ありがとう。嘘でもその反応は嬉しいな。……これは、範囲内にある微かな魔力の痕跡から魔力の追跡が行えたり、その場で起きた出来事の一部を少ない時間限定だが、灰色の視界で視ることができる能力なのだ。因みに、魔界の魔物を使う<喰い跡ガルブ・トラッキング>とは違うからな。この白目は<ラースゥンの宿命眼>というエクストラスキルだ」


 <喰い跡ガルブ・トラッキング>?

 初耳だ。魔界の魔物を使うスキルがあるらしい。


 それに、<ラースゥンの宿命眼>のエクストラスキルか。


 物や空間に残った微かな魔力の痕跡?

 超能力のサイコメトリー系の能力か?

 そもそも、魔力とは痕跡が残るものなのかよ。

 微かだから素粒子的に小さいクォークよりも小さい魔力粒子が場の量子論のように対消滅せずに、空間に残っているのだろうか? 


 ディラック、ハイゼンベルグの法則を用いて科学実験を行えば、魔力が、魔素が、数値として見れたりするのかもしれない。

 量子のゆらぎ宇宙の種がこの世界でもあるとしたらの話だが。


 しかし、そんな能力があれば犯罪者を捕まえることは楽そうだ。


「……そのスキルで過去の現場を見たのですね」

「そうだ。お前がそこの黒猫を使い、エリボルを殺し、エリボルの娘と揉めていたところまでは、見えた。あの娘は呪いの短剣を握っていたからか、様子が変だったな」


 うは、そりゃ、すげぇや。

 というか、俺が<吸魂>した場面は見てないのか。


 良かった。アレを見たら確実に人間失格だからな。


 ん、待てよ……俺が吸血鬼なのを隠して話しているのを察して、ワザと言わない?

 彼女はスキルで実は一部始終を見ていて、あえて話をしていないことも考えられる。


「……なるほど。だから、俺を特定できたんですね」


 まぁ、そうならそうで、無難に話しておく。


「あぁ、わたし自身にかかる負担も大きいので、本当に限定されるがな? しかし、この話は内密にお願いしたい。これは、あくまでお前を信用し、そこにある裏帳簿のために話しているつもりだ」


 細い目の中にある瞳がジロリと裏帳簿を捉える。


「はい、分かっていますよ」

「それじゃ、もういいだろう? その帳簿を渡してもらおうか」


 レムロナは俺の手にある裏帳簿を早く寄越せと言わんばかりに前のめりの体勢になっていた。


「まだ、ですね。この帳簿を渡したとして、どういうやり方で俺を無罪に?」

「今はわたしを信用してほしいものだな……」


 レムロナは若干、溜め息を吐く。

 だが、もう少し懸念を話していく。


「信用できると思うからこそ交渉しているんですよ。ですが、貴女の上位者であるサリル大騎士はこの裏帳簿を狙っていますし、俺がどうして牢獄から脱出できたのか、調べると思います。その関係上、レムロナさん、貴女にもサリル大騎士の疑いが向かうと思うのですが……」


 その俺の言葉に、レムロナは少し笑う。

 細い顎ラインが綺麗だ。


「はは、そんな心配は無用だ。わたしには、このペルネーテを治めている第二王子ファルス殿下がついてくださる。その裏帳簿に記載されている数々の不正の証拠を殿下が直接見てくだされば、相手が第八位大騎士といえど、素早く処置してくださるはずだ。それに、王子殿下にはわたしだけではない。序列第七位の大騎士がお側についている」


 レムロナの他にも大騎士がついているのか。

 なら、平気か? 

 裏帳簿には王子の名前は書かれないし、不正に関しても大丈夫と思う。


 けど、もし、頼りない王子だったらどうしよう。


「……エリボルは王子殿下に接触はしていないのですか?」


 疑問風にそう問うと、レムロナの目付きが豹変し、座りながら腰に差してある短剣を引き抜いていた。


 白刃を俺に向ける。


「――シュウヤ・カガリ。あまり調子に乗るなよ。確かに、不真面目な面のあるファルス王子殿下だが、そんな低俗な闇ギルドなどに接触するわけが、ないっ!」

「――シャァァ」


 黙って見ていた黒猫ロロが、レムロナの大声に反応。

 毛を逆立て、威嚇の声を発した。


「――ご主人様」

「――閣下に“何回”も剣を向けるとは、生意気です、今度は尻を貫きますよ?」


 続いて、ヴィーネとヘルメも反応。

 ヘルメは瞬時に人型へと戻ると、そう冷たく言い放ちながら、氷礫の魔法をレムロナの短剣に向けて放っていた。


「――ぐっ」


 短剣に氷礫が衝突すると、一瞬で短剣が凍り付き持っていた腕まで氷は侵食。

 更に、ヴィーネは腰下にぶら下がっている黒蛇を抜いて、その剣先をレムロナの首に当てていた。


「ヘルメ、ヴィーネ、大丈夫だ。レムロナさんは王族の権威を見せようとしただけだよ」

「はっ」

「はい」


 ヴィーネは俺の言葉に反応し、レムロナの首に当てていた黒蛇を独特の所作特殊な剣術で鞘へ納める動作を行っていた。

 彼女が仕舞った黒蛇の刀身は魔法印字の毒々しい緑色の光を発しているので、アレで斬られたくはないだろうな。


 ヘルメも俺の言葉を聞くと、液体化。

 水音を立てながら、床に液体が広がりさっきと同様の水溜まりに戻っていた。


 同時に、レムロナの凍った腕も溶けていく。


「レムロナさん、部下が勝手な行動を取りすみません。……しかし、俺を脅すのは止めておいた方が良いでしょう。気付いたら交渉相手の“首”が無かった……となるのは嫌ですからね」

「……あぁ、わかった」


 レムロナは俺の言葉に素直に頷いていた。

 その目には怯えの色が見える。


 少し、まずったかな? このまま彼女の気分が害した状態はいやなので、少し謝罪を行い、できるだけ丁寧に話すことを心がけて、


「……王子殿下を侮辱したつもりは無いのです。しかし、裏帳簿に書かれてある通り、この都市における権力者たちとエリボルは繋がりが深かった。それ故、念のために王子殿下との関係を訊いて知っておきたかった……王子殿下のことは何も知りませんし、何分、粗野な冒険者の立場です。無礼は謝りますので、この度はご容赦のほどをお願いしたい」


 座りながら頭を下げる。


「いや、こちらも交渉中に武器を抜くなど失礼な態度だった、済まない」


 俺が丁寧に謝ると、大騎士であるレムロナも頭を下げて対応してきた。

 彼女は王子に対して忠誠心が高いだけで心根は良い人のようだ。


「いえいえ、では、この裏帳簿をお渡ししたいと思いますが……」

「何だ? まだあるのか?」


 レムロナは嫌そうな顔を浮かべる。


「はい。この裏帳簿を手にしたレムロナさんは王子殿下にお会いになるのですよね?」

「そうだが、はっ、まさか、お前、王子殿下に会いたいのか?」


 さすがに露骨すぎたか?


「はい」

「……ファルス様に会ってどうする」


 彼女は俺の真意を測ろうと、見つめてくる。


 素直に王子、王族だからなんだがな。

 後ろ盾、良い金蔓になる可能性もある。


 後ろ盾については俺と黒猫ロロだけなら必要ないが、ヴィーネ、レベッカ、エヴァという部下と仲間ができた。

 彼女たちに余計な皺寄せが行かないようにするためにも、コネを作るチャンスがあるのなら利用しようと思う。


「……そんな警戒しないでください。俺はただ単に、王族に伝を作りたいだけ、王子殿下と接触すれば、傍目にはその王子殿下の傘に入ったように見せかけられるはず。そうなったら、俺に対して余計な敵からの“ちょっかい”は掛け辛くなる……抑止力、まぁ、分かりやすく言えば、王子殿下に連なる“後ろ盾”が欲しいということです」


 でも、懸念もある。

 レムロナの上司は直属の第二王子のようだし、王子の兄と思われる第一王子とか弟の第三王子、はたまた妹や姉の派閥争いとか、ありそうなんだよなぁ。


 ま、考えすぎても、しょうがない。


「……ふっ、無礼だが、聞いていた通り素直な男だ」


 聞いていた通り?

 レムロナは少し笑う。綺麗な切れ長の目だ。

 顔も小さいし、深紅色の質感の髪色に、ソバカスの美人騎士も良いなぁ。


「えぇ、はい。そりゃ素直にもなりますよ。レムロナさんのような美しい女性の前ですからね」


 調子に乗って悪ノリをしてみた。


「なっ……ふんっ、それで“裏帳簿”は渡してくれるのか?」


 彼女は女の容姿を褒められ慣れてないのか、照れを隠すように少し顔を横へ叛けながらも、裏帳簿を求めてくる。


 頬色は赤く染まっていた。

 その頬色には注視せず、レムロナが持つ鳶色の双眸を見ながら口を開く。


「えぇ、渡そうと思います。ですが、王子殿下に報告するその場に俺の同席は可能ですか?」

「……わかった。その場において敵対的行動は絶対にしないというなら、約束しよう」


 おっ、やった。交渉成立。


「はい、お願いします。では――」


 俺は裏帳簿を手渡しした。


「よし。それじゃ、殿下が住む屋敷に向かう。わたしに付いてくる形で良いな?」

「はい」


 レムロナは裏帳簿を腰にある布袋に仕舞い、立ち上がると身なりを整えていた。


 あの布袋はアイテムボックスのようだ。

 帳簿を入れても布袋のサイズは小さい状態で変化なし。


 椅子から立ち上がり、


「ヘルメ、戻ってこい」

「……」


 そう指示すると、床で水溜まり状態だったヘルメは放物線を描きながら俺の左目に収まった。


 黒猫ロロも肩に上ってくる。


 レムロナは水が動いて俺の左目に収まる姿を驚愕して見ていたが、嘆息して気を取り直す仕草を取ると、扉に歩いていく。


「行くぞ――」


 レムロナはそう言いながら、扉の取手に手をかけて扉を開けていた。


「了解、先導をよろしく」


 俺とヴィーネは互いに視線を向け、頷き合う。


 すぐにレムロナが先に部屋を出た。

 屋敷内部に続く廊下には兵士たちが歩いているが、俺たちには気付いていない。


 遅れてついていく。


 

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