百二十九話 樹魔と甲殻回虫退治

 確かにエヴァが話していた通りだ。

 コンクリートから、床、壁から樹木が生えた場所へ変化してきた。

 迷宮の幅はより広くなったが、壁にはタペストリーのような樹木が茂り、天井付近では黄色い樹木が大虎を形取り、牙の形が目立つ大きな口からは煙のような青白い霧が吐き出されて漂っていた。


 逆に圧迫感を感じさせ狭くなったようにさえ感じる。


 壁や天井を覆う木々の間から漏れる光源の明かりも霧のせいか、薄暗い。

 特殊な森の洞窟といった印象。


 床も土色に、と言うか、完全に土な部分もある。

 樹木製の凝ったラグが敷かれたようなところもあった。


 森の迷宮を進むと、もっと幅が広がり、地上の光景に近くなる。

 地面からは土や草が生えているので柔らかいところもあるが、木の根が段々と地中深くへ張り巡らされているようで、地面が盛り上り不自然な形で樹木が飛び出していたり、楕円形の書き物机のように丸みを帯びた樹木もあったりと、不可思議な地形が増えてきた。


 そんな地形が凹凸道を作り上げているので、エヴァが乗る車椅子はガタガタと揺れることが増えてくる。


 地面から突き抜けている樹木の中には柳の木のように垂れた枝先に膨れた花袋が提灯のようにぶら下がっている光源樹木もあった。

 その提灯の明かりに照らされたいかのように、近くでは、カンパニュラのように釣鐘の形をした銀花が綺麗に咲いている。

 隅からは巨大ツクシが生えていたり、雛菊のデージーに似た白花が俺たちが進み歩く樹面を覆うほどの広いエリアに跨って咲き誇っていた。

 まるで、俺たちイノセントアームズを出迎えてくれるようだ。

 黒猫ロロも嬉しそうに花の匂いを嗅ぎ、顔を花に突っ込んでいる。すると、花粉らしき粉が小鼻に大量に付着してしまった。

 くしゃみを連発しだす。


「あはは、ロロ、こっちに来い、落としてやるから」


 俺に抱きつくように戻ってくる黒猫ロロ


「にゃっ、クシュッ――」


 うへ、くしゃみがもろに掛かる。

 全くもう……だが可愛いので許す。

 生活魔法の水を放出し、鼻の汚れを濡らした指と皮布で落としてやった。


「ロロちゃん甘えちゃって、可愛いな」

「ん、ロロちゃん、ゴロゴロ音を鳴らしている」


 そんな事を言いながらレベッカはちゃっかりと俺に抱きついている黒猫ロロの前足を握り肉球を優しくモミモミしていた。

 更には、後ろ脚をエヴァの細い手によって撫でられていく。


 黒猫ロロも満更じゃないのか、目を細め出して、もっとモミモミしろにゃ的な顔を浮かべ出す。


 ヴィーネは羨ましそうにその様子を眺めていた。

 迷宮にいる空気感じゃないな。なんとも言えない。


「さ、鼻は拭きおわったし、離れてくれ」

「あぁ、離しちゃった」


 俺から離れた黒猫ロロは少し先を歩いて、身体を犬のように左右に振る。


「ロロちゃん、マッサージはシュウヤに受けて貰っていると思ってたみたい」


 エヴァが微笑みながら語る。


「だから、離れず喜んでいたのね」


 そんな調子で迷宮を進み出す。


 右辺では巨大ツクシに絡みながら螺旋状に伸びた弦があり、その先端は飾り鋲が複数ついた丸く光る玉と大きな人間の唇のような形の袋が光の玉の下側にあった。

 食い物をクレクレと言うようにぱっくりと左右に開いている。


 こんな光源もあるのか。

 提燈アンコウ的、虫を誘う食虫生物のようだ。


 不思議な形の蝶もひらりひらりと飛んでいる。

 変な形の飛蝗もいるし、カナブンみたいな虫が左から右へと飛翔していく。


「にゃお」


 カナブンに反応して追いかける黒猫ロロ


「さっきみたいな事になるからあまり奥へ行くなよー」


 真珠貝に似た物体も樹木の影で蠢いている。

 ここはジャングルか。

 怪しげな森の通路は続く。

 すると、前方から複数の魔素反応。


 偵察してこよ。


「少し先を見てくる」

「ん」

「了解」


 反応があった場所へ黒猫ロロと合流してから一緒に走って向かう。


 お? 誰かが戦っている音が聞こえてきた。



 幅広な森通路とサイズは同じだが、樹木が少ない場所に出る。

 平野のようなところだ。


 そこで冒険者パーティと木のモンスターである樹魔トロント、甲羅を持つ団子虫を大きくしたようなモンスターが戦っていた。


 あれが、甲殻回虫ロールキルギンか?


「ロロ、見学だからな」

「にゃ」


 黒猫ロロは肩へ戻ってくる。

 肩に乗りながら俺と同じ方向へ視線を向けていた。

 森広場で戦う様子を見ていく。


「おら、働けよっ、犬耳とエルフっ! あの木の化けもんと甲殻回虫に当たってこい!」

「「はいぃ」」


 貧相でみすぼらしい格好の獣人とまだ幼そうなエルフが冒険者に指示されてモンスターたちへ正面から立ち向かっていった。


 なんだありゃ……。

 あんな装備で戦わせるのか?


 戦う前から憔悴顔を浮かべていた獣人は樹魔トロントと思われるモンスターが伸ばした枝に足を絡めとられて転倒し、甲殻回虫に頭を潰され死んでいた。

 遅れてエルフが手に持っている長剣で枝を斬るが、回転し飛び出た甲殻回虫に横っ腹を抉られ悶絶、倒れてしまう。


 そのまま違う甲殻回虫が倒れた幼いエルフに群がり頭を轢き潰していく。


 あの甲殻回虫、ヨーヨーのような胴体に自立モーターを付けたように縦回転してる。

 硬い甲殻が樹面を激しく擦り煙も立ち昇っていた……。

 アレに轢き逃げはされたくない。


「ちっ、安もんは使えねぇなァ――」


 そう言い捨てながら、革鎧バンデットアーマーを着る冒険者は回転して飛び出してくる甲殻回虫を横からハンマーで潰し、あっさりと倒していた。


「お前また、奴隷を使い潰してるのかよ」


 隣にいた金属鎧を装備する冒険者が鼻で笑いながら、革鎧を着る冒険者に話し掛け、長柄のポールウェポンを振り回しては甲殻回虫を薙ぎ払っている。更に樹魔のトロントを根本からへし折るようにポールウェポンをぶち当て吹き飛ばしていた。


「――売りもんにもなんねぇし、良いんだよ、他にも大勢いるからな」


 そこにローブ姿の仲間が魔法の詠唱を開始。


 火球を出現させ、吹き飛ばした樹魔へ撃ち放つ。

 魔法攻撃を喰らった樹魔は燃え上がり断末魔の悲鳴をあげて動かなくなった。


 他のパーティメンバーだと思われる、弓持ちの軽戦士たちも次々と矢を放ち、他の樹魔たちへ攻撃している。


 俺は閉口しながらも、その様子を眺めていた。


 奴隷たちか……。

 そういえば【城塞都市ヘカトレイル】で初めて見た奴隷たちも雇い主からゴミのように扱われていたな。


 エヴァたちが来るのを待つ。


「ん、どうしたの?」


 エヴァたちが後ろから到着。

 レベッカが俺の顔色を見て、質問してきた。


「あそこ、奴隷はあんな感じに使われるのが当たり前なのかな? とね」


 くいっと顎を動かし視線で誘導。

 倒れ死んでいる奴隷たちへ視線と共に指を差す。


 奴隷をゴミのように扱い捨てた冒険者パーティは程なくして樹魔と甲殻回虫を全て倒しきり回収作業に移っていく。

 彼らのパーティには他にも奴隷が居るようで命令された奴隷が回収作業を急いでいた。


「ん、安い奴隷なら当たり前」


 エヴァは至極当然といった顔だ。

 平然と回収作業している奴隷たちを眺めている。

 遅れてきたレベッカがエヴァの話に頷きながら、ヴィーネと共に俺の側に来た。


「シュウヤ、同情しているようだけど、あんな扱いを受ける安い奴隷たちでも生き残るチャンスがあるだけマシなのよ?」

「……そうなのか」


 レベッカの言葉を聞いて改めて思う。

 この世界は基本的人権の尊重などなく、弱肉強食な世だと。

 だが、力さえあればどんな種族の奴隷でも生きて強くなれるのだから、多少はマシなのか? 


 買ったばかりの奴隷であるヴィーネへ視線を移し、その綺麗な顔を見つめる。


「……はい、ご主人様のように奴隷より前に出て戦うのは“稀”でございます」


 彼女は機知に富む思考を持つ。

 俺の見つめてくる意味を彼女なり分析、悟ったのか、若干に頭を下げて答えるヴィーネ。

 その口調は畏まっていた。


 ありきたりだけど、フォローしとこ。


「……お前を使い潰したりしないからな?」

「はっ、ありがたき幸せ」


 ヴィーネは俺を一瞥し、また頭を下げている。

 なんか言葉が戦国武将的だ。


「奴隷を大事にする博愛主義もいいけど、先に行かない?」


 レベッカは宝石付きの杖でぽんぽんっと掌を叩きながら先を見据える。


「おう。で、どっちに進む?」


 この広場から左右に道がある。


「ん、右」


 エヴァは車椅子を動かし、右の通路へ向かう。


「また右ね」

「了解」


 俺たちも続いていく。


 右の通路からは早速、動く魔素の反応あり。


 前方に蠢く木々たちがいた。

 樹魔トロントたち、全部で五匹、いや、この場合匹じゃなく体か?


 まぁ、どっちでもいいが、五体以上いる。


 俺たちを通路真ん中で出迎えるように襲いかかってきた。


 こいつらは前に【魔境の大森林】で遭遇した喋る木のモンスター、魔族を食っていた樹木のトレント族とは大きさも魔素の質も違う。

 樹魔は枝のような木製の触手を伸ばしてくる。

 簡単に魔槍杖であしらうが、連続で枝触手を伸ばしてきた。


 黒猫ロロも応戦。

 姿勢が低い状態で地面を這うように移動。

 前進しながら先頭に立ち、樹魔が繰り出してきた枝触手を六本の触手で逆に撃ち落としていた。


 エヴァも黒猫ロロのすぐ後ろから、紫色の魔力を全身から放出。


 紫色の魔力に包まれた車椅子をくるりと回し両サイドにある車輪から無数の刃物が宙へ飛び出す。

 扇状に展開された刃物たちが円盤状に変化しながら、俺たちに向かってくる枝触手の群れを裂くように切り落としていく。


 結局、前方から迫った枝触手を全部切り落としてくれた。


 あの紫魔力と、宙に浮かぶ其々意識を持ったような扇状な刃たちか。


 自然と呟きながら左前へ出る。


「やるねぇ、――ファンネ○みたいだ」


 エヴァの車椅子から放たれた遠隔武器攻撃の感想を呟きながら、左にいた樹魔の胴体へ魔槍杖を伸ばしていた。

 魔槍の先端部位である紅矛を連続で突き刺し、木の幹が燃えるような炎穴をぼこぼこと誕生させる。


「ギョェェェ」


 樹魔は短い断末魔の叫び声をあげて倒れていく。


 まずは一体と。


「ご主人様――その“ふぁんね○”とは?」


 すぐに、ヴィーネが跳躍しながら二剣で他の樹魔を攻撃。

 左右の手を振り樹魔へ流れるような斬撃を加えながらそんなことを聞いてくる。


 やべ、そういえば、素な反応を口にしていた。

 ニュータイプ用の兵器とか話しても解らないだろうし。


「いや――何でもないっ――気にしないでくれ」


 続けて左に一歩二歩と前に出ながら、黄土色の樹魔の幹へ向け――突きスキル<刺突>を放ちながら、話していた。


「ん、シュウヤ、ふぁんなんたら、とは違う。わたしのスキルで動かした物」


 後ろからエヴァの否定声が聞こえた。

 “スキル”ね……。


「ちょっと、あなたたち戦いながら話すなんて、もうっ魔法が撃てないしっ」


 確かに、俺と黒猫ロロとヴィーネが前に出てるので、レベッカは魔法が唱えられない。


「すまん、今終わらすから。ロロ、ヴィーネ、残りの樹魔を殺るぞ」

「にゃ」

「はっ」


 樹魔は木のモンスター。

 当然の如くこいつらも茸と同様に火に弱いが、茸よりかは耐久力がある。

 そのせいか、何回も魔槍杖で突いたり薙ぎ倒していると、自然と、紅斧刃に斬られた断面から樹魔が燃え出してしまった。


 こりゃ、こいつの素材は無理そ。


 黒猫ロロは違う樹魔へ向かって六本の触手骨剣の全てを突き刺し樹魔の胴体を根っこごと引き抜くように引き摺り倒していた。

 その樹面を擦って倒れた樹魔の幹上にヴィーネが飛び掛かり跨ると、マウントポジジョンを維持しながら涼しい顔付きで逆手に持った二剣を使い樹魔の胴体へ連続で刺しまくり、止めを刺している。


 冷笑な殺し屋というイメージ。

 ちょいと怖い。


 レベッカも俺たちが集まったところで、空いたスペースにいる樹魔へ向けて火炎魔法を撃ち放っていた。


 一気に炎で明るくなる。


 残りの樹魔たちに燃え広がり迷宮を構成している周りの木々にも燃え移る。

 ところが迷宮を囲う木々の炎はすぐに収まり小さくなっていく。


 すぐに鎮火してしまった。

 どうなってんだ? 

 不思議に思い迷宮の壁から生える木を触るが、あまり変わった感じはしない。


 一つ一つは小さい木なんだけど、僅かに隙間を見せながら木の格子が何千何万と重なりあったような木壁。


 不思議な迷宮の仕組みだ。


 木々の穴が空いた所々から光が漏れているので、内側からライトアップされているような構造だし。


「シュウヤ。そんな端で何をやっているの?」

「あぁ、この迷宮から生えてる木、炎に耐えてたからさ」

「それは耐性を持つからでしょ?」


 レベッカは“当たり前でしょ?”といった顔で俺を見る。


「いいから魔石を回収したら? 全部中型魔石よ」

「そうだな、悪い、今回収する」

「手伝います」


 ヴィーネが手伝ってくれた。素早く回収してくれる。

 魔石は言ってた通り全部、中型魔石だった。


「ありがと」


 最後の一個を拾い渡してくれたヴィーネに、素で頭を下げてお礼を言う。


「ご主人様……」

「ん、なんだ?」

「いえ、何でもございません」


 ヴィーネは少し困った顔してる。


「ん、シュウヤ。奴隷にお礼を言っていたから」

「そうね。わたしも初めて見たわ。買った奴隷に頭下げて礼をしてるの」


 エヴァとレベッカがそう指摘してきた。

 でもなぁ、こりゃ素な反応だからな。


 ま、浮いた存在になろうが、しょうがない。なるようになるだろ。


「……良いじゃないか。俺の奴隷なんだから。それより先へ進もうぜ」


 多少は強がって話す。


「はい」


 魔槍杖を肩に担ぎ、通路の先を見る。

 ヴィーネは何も言わずに俺の傍に来てくれた。


「ん」

「ふふ、お人好しなシュウヤ。顔を逸らしちゃって」


 レベッカの微笑み声が背後から聞こえたが振り向かない。


「ンンン」


 黒猫ロロが喉声を鳴きながら俺の隣に来た。


「ロロは笑ったりしないもんなぁ?」

「にゃお?」


 黒猫ロロは顔を横に傾け、なんだにゃ? 的な顔しやがった。

 そのまま長い尻尾をふりふりと見せて、俺を抜かして先頭を歩いていく。


「ロロちゃんは狩りがしたいみたいね?」


 まぁその通りだけど。

 レベッカはしたり顔で俺を見る。

 そこに、魔素の反応が近寄って来るのを感じた。

 現れたのは甲殻回虫と樹魔の五セット以上。数が多い。


「敵が多い、魔法を撃つわよっ!」

「ご主人様わたしも、風魔法を放ちます」


 レベッカとヴィーネが少し後退しながら魔法の準備をする。


「ロロ、戻ってこい!」

「にゃあ」


 先頭にいた黒猫ロロが指示する声を聞き、即座に判断したのか四肢を走らせ、俺の側に戻り足裏に隠れた。


「ヴィーネ、レベッカいいぞ」

「はっ、風精霊ロード・オブ・ウィンドよ。我が魔力を糧に、風の精霊たる礎を越え、理の重き流久なる風槌を現したまえ――」


 近くに居るのでヴィーネの詠唱文が俺の耳に届く。

 声質は静謐さを感じさせる。


『素晴らしい詠唱速度と魔力操作。精霊の集まりも速いです。詠唱から中級と判断できます』


 精霊だけに、精霊ヘルメが視界に現れて早口で説明してくれた。


風槌エアハンマー



 ヴィーネが腕を掲げ魔法名を唱えた、その瞬間。腕の伸ばした先から風の塊が発生。

 突風と共に風塊は前方へ突き進み、樹魔と甲殻回虫に衝突。


「――ギョバッ」


 樹魔は変な断末魔の叫びと共に、幹がへし折れ吹き飛び、甲殻回虫も甲殻が凹み潰れて黒っぽい血を散乱させていた。


 まさに名前通り風の槌。

 巨大な質量あるハンマーだ。

 どこから質量が発生したんだとか、野暮なことは聞かない。


 続いてレベッカの詠唱が始まる。


「……火精霊イルネスよ。我が魔力を糧に、炎の精霊たる礎の力を示し、炎玉を現したまえ――」


 良い声だ。女性らしい鈴の音。


『前よりも、火精霊の呼応が早いです。魔素量も魔力も上がっているのを感じます』


 ヘルメがさっきと同じく説明してくれた。


火球ファイヤーボール


 レベッカが放った火球は樹魔に直撃。

 扇状に炎の波衝撃が広がった。


「グギョオオオオォォォォ」


 火球が直撃した樹魔トロントは爆発。

 一気に燃え盛る。

 隣合わせに出現していた樹魔たちにも燃え移り、その大半が燃えていた。

 被害が広がり断末魔の悲鳴が増えていく。

 周りにいる甲殻回虫にも炎の余波は広がった。


 しかし、甲殻回虫はその団子のような甲殻が身を覆う形状からあまりダメージは受けてないようだ。

 脚が幾つか燃えているのが数匹居る程度。その動ける甲殻回虫が瞬時に丸まり、回転を始めて襲いかかってきた。


 凸凹な床面の上を勢い良く転がってくる甲殻回虫。


 俺は魔闘脚で樹面を蹴り、素早く前線へ躍り出る。


 魔法を撃ったヴィーネとレベッカや身構える黒猫ロロを越えて先頭に立ちながら迎え蹴った。


 硬そうな甲殻回虫の真芯を足甲のインステップで捉え――甲殻回虫を蹴り上げる。

 金属が潰れる音が響き、甲殻回虫は壁向こうへ飛んでいく。


 ゴールキーパーがあれをキャッチしたら、衝撃でグローブと服が剥ぎ取られ、素っ裸状態になり、吹き飛んでいたはずだ。


 俺が履いている防具靴はただの防具靴じゃない。

 魔竜王産のグリーブ、硬い足甲。

 硬さは普通じゃないと思う。


 前にも思ったがモース硬度はタングステン並と勝手に仮定。


 とかやっている最中にも、俺たちに(特に俺)狙いを定めた他の甲殻回虫たち。


 床を擦り煙を発生させながら次々と、回転突撃してくる。

 流石に遊んでいられないので、魔槍杖で右から左へと薙ぎ払い、振り上げ、振り下げを行い、甲殻回虫たちを紅斧刃で潰し倒していく。


 結局、一匹も後ろには行かせなかった。

 潰れた甲殻回虫の死骸が目の前から扇状に散乱している。


「相変わらず、凄い使い手ね」


 レベッカは何回か俺の槍の動きを見たことがあるので、そんな軽口で褒めてくれた。


「――ドガッとする蹴りに、ぶんぶんって、槍斧の回転見えなかった」


 エヴァは初めて俺の戦闘を見た時と、同じく、蹴る真似をしては、忙しく手を動かして彼女なりの槍を想定した動きを示していた。

 しかも、興奮した口調になっているし。


「――ンン、にゃお。ペロ」


 黒猫ロロは小さくなって肩に上ると、俺の頬を舐めてくる。

 触手では気持ちを伝えてこなかったが、こいつなりに褒めてくれたらしい。


 ヴィーネに到っては、ただ、口を開けて惚けている。


 豆鉄砲でも食らった顔という奴だ。


 途中で、ハッと我に返り頬を紅く染めながら転がる死骸と魔石を拾い出していく。


 第三階層迷宮の通路は途中から木々が囲む、森の空洞といえる通路を進んでいた。



 俺たちはそこを変則的な隊列で進んでいく。

 基本は三角ツリーのような隊列。


 前衛が黒猫ロロディーヌ

 中衛に俺、ヴィーネ、エヴァ。

 後衛にレベッカ。


 時々前衛に俺、黒猫ロロ、エヴァ、ヴィーネが飛び出し代わる代わる前衛を変えていく。

 コミュニケーションを密にして行動していくうちに、自然とこの変則的な隊列になっていた。


 そんな隊列を維持しながら樹魔、甲殻回虫の他に中型ゴブリンも大量に出現するが、その全てを倒し魔石と死骸素材を回収しながら迷宮の奥へ進んだ。


 中型魔石を大量に手に入れることができた。


 俺の目的である百個を余裕で超える。

 ギルドの依頼は二百個。

 百個アイテムボックスへ納めるから残りは、後、五十個の中魔石を集めれば良いだけだ。


「……もうすぐ、レアモンスター部屋。あのL字角を曲がった先」


 魔石のことを考えてたら、エヴァの声が響く。

 通路の曲がり角をトンファーが差していた。


「了解」


 L字を見ながら頷く。


「もうついたのね。早く感じる。モンスターを素早く殲滅し順調に先に進める事ができるって、最高ね」


 隣にいたレベッカが感慨深そうな顔を浮かべ話しかけてきた。


「殲滅が速いのか? 俺は今回が初めての多人数パーティによる迷宮攻略だからな、基準が分からない」

「確かにレベッカの言うとおり速いとは思う。けど、わたしも多人数のパーティ戦を長く経験したことがない」


 エヴァもレベッカに同意見。

 それにパーティ戦の経験はあまりないようだ。


「わたし、嫌な渾名がつく前に何回かパーティ戦を行ったことがあるけど、今回のが絶対に速いと思う」


 レベッカは確信をもって話しているので、そうなのだろう。


「ヴィーネはどうだ?」

「……わたしは四階層までは八人パーティでした。エヴァ様とレベッカ様の言う通り、殲滅速度はご主人様のパーティのが断然上です。比べ物になりません。……正直、驚きの連続といった状況です」


 四人と一匹が、八人パーティより上か。

 そりゃ、驚くだろう。


「そっか。ま、これから長い付き合いになるんだ。よろしく頼む」

「はっ、畏まりました」


 鋭角なL字の角を曲がり、先に進む。

 横幅が広い森林通路が続く。


「この通りの途中、右にレアモンスター部屋がある。冒険者たちもその周りで並んでるはず」


 エヴァがそう説明し、車椅子を進めていた。


「わかった。行こう。――それと、レアモンスター部屋で狩るにしても、俺たちにはまだ残っている依頼がある。スライムの素材回収とジグアの回収だ。忘れないようにしないとな」


 背後にいた二人と一匹に依頼の確認をするように話をしてから、先を進むエヴァを追いかけた。


「はい」

「にゃお」

「うん。わかってる」


 木に覆われたダンジョン通路の先から魔素が多数反応あり。

 この魔素の感じからして、モンスターではない。


 やはり、他の冒険者パーティたちは多いようだ。


 その通路を進むと、左が窪んでいるのが見える。

 窪みより、枝分かれしている通路になっていた。


 あそこか。


 窪んだ先を左に曲がり進むと、広場のような地形があった。

 奥の壁には黒い大蛇が表面に彫られた石大扉がある。洞穴にはりつくような大きな石門だ。


 ここは特別と分かる。

 広場一帯全ての壁や天井が木に覆われていない。

 木でもコンクリートでもない。

 黒み掛かったタイル状の材質で構成され、蛇の象嵌があちこちに施されてある。

 奥にある大きい石扉は灰色で縁取られランタンが標識のようにぶら下がっているので、余計に目立っていた。

 

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