百三話 雲海を進む空の旅※

 フィラはセーヴァの死体が不自然に消えていることに最初は戸惑っていた。

 冷静にセーヴァから聞いた情報を丁寧に説明。

 すると、フィラは深呼吸をするように落ち着きを取り戻した。


 その時、気を失っていた色黒男が目を覚ました。

 セーヴァと同じように、色黒男に対しても尋問をしようかと思ったら、尋問をするまでもなく……軀幹が逞しい体に似合わない焦燥顔の色黒男は、


『隻眼のセーヴァに大金で雇われただけだ』

『闇ギルドのメンバーではない』


 と、簡単に喋った。

 もうこの色黒男に用はないから処分はフィラに一任。

 雇われただけと言い張る色黒男を広場に連れていくとフィラが何をいうでもなく……眠りから覚めていた生き残りの冒険者たちによって、その色黒男は嬲り殺しに遭っていた。


 ま、当然の結果といえる。裏切り者だ。

 冒険者仲間を殺した奴を許すわけがない。

 フィラは、その異様な光景に顔が青冷め暫し唖然としていた。

 広場は只でさえ血だらけだったのに、嬲り殺しの現場だ。


 一方的な光景だが、当然だろう。

 参加はしないが、暢気に裁判なんて待つ気は俺もない。

 が、このオセべリア王国にも法典は存在するはず。

 

 俺の知る古代では『目には目を、歯には歯を』で有名な『ハンムラビ法典』があった。

 『ユスティニアヌス法典』も有名か。中世では、ローマ・カトリック教会の思想が強い『サリカ法典』などフランク王国が用いた『国王罰令権』も有名か。国王の中央集権化を確立するための統治手段。


 主に『平和』、『行政』、『勅法』に違反した者を取り締まる法は古来より存在していた。

 

 だから、オセべリア王国にも法があるなら、法に、と皆を止めたりはしない。

 それとも法典はあるが領主ごとに曖昧で自由に裁定が可能なのかな。

 大貴族が力を持つだろうし、どうとでもなりそうだ。

 

 しかし、凄惨だ。フィラは倒れてしまうか?

 そう考えていたら、意外にも気を取り直したようにフィラの目に強さが戻っていた。


「……依頼はこれで終了させてもらいます。報酬は一日分をちゃんと用意しますので、死体を片付けてからギルドへ向かいましょう」


 依頼人のフィラが死体を片付けると涼しい顔で語っていた。


 これで依頼は終了。


 殺された冒険者の遺体は丁寧に扱われて簡易的な弔いが行われた。

 朝までに広間の掃除を終えると、目に隈を作っていたフィラと冒険者たちとで、依頼報酬のためにギルドへ向かう。


 フィラは受付嬢へ依頼完了の木札を提出。

 ギルドはそんなに混んでいなかったのでスムーズに手続きが進む。

 ついてきた冒険者たちも報酬を貰い、皆、納得顔を浮かべてギルドから離れていく。


 報酬を貰いギルドを出ると、依頼主のフィラから改めて話しかけられた。


「シュウヤさん。この度のお仕事はお見事でした。貴方は命の恩人です。本当にありがとうございました――」


 フィラは命が救われたことを実感しているのか、丁寧に頭を下げてくる。

 俺も丁寧に応じよう。


「仕事をこなしただけですから気にしないでください」

「……はい」


 フィラは俺の目を見つめてくる。

 弟さんのことを言おうとしたがやめとこ、無難に話す。


「……これからも仕事が忙しいと思われますが、頑張ってください」

「そうですね。仕事、店は頑張ります。しかし、【梟の牙】の脅威はまだ残っているので、暫くは魔鋼、鉄を他の商会へ回し、わたしは休業という形で隠れて過ごす予定です。ですが、領主には橋建設の再開を訴え続けますけどね。この都市のためにもなるんですから……」


 フィラ・エリザードは女商人らしい強かな表情をみせる。

 橋の建設、友でもある領主のマクフォルか。

 その伝を使って、橋だけに橋渡しできるかもしれないけど、橋の建設に協力するつもりはない。

 闇ギルドと繋がりがある以上、めんどうごとになるのは明白。

 伯爵とはもう関わることはないだろう。


「……えぇ、そうですね。では、俺はここで失礼します」

「あっ、待ってください。お礼を別にちゃんとしたいですし」


 フィラは赤い唇が悩ましく動く。

 何か、本能的なざわめきを感じさせた。

 フィラは微笑をたたえた熱烈な情を感じさせる瞳で俺を見つめてくる。


 思わず、鼻下が伸びる。


「……お礼ですか」

「はい、わたしの屋敷、部屋にいらして……」


 フィラさんは俺に抱きついてきた。

 寝てないのに、元気だ。

 いや、寝てないからこその、この素直な行動か。

 綺麗な女性だし、胸もある。


 だが、断る。メリッサを抱いたばかりだ。


「すまん……」


 俺はそう断り、彼女の細い肩を退けた。


「それじゃフィラ、元気で」

「……はい、ごきげんよう……また、どこかで」


 フィラは唇をつぼめて悲しげな顔を浮かべているが、自制。


 美人なフィラと別れた。


 屋敷を出ると黒猫ロロはすぐに馬獅子型サイズへ変身。

 不思議なフィット感をまた味わうとしますか――軽い調子で、さっと、馬獅子型の背中へ跳躍を行い、柔らかい黒毛の上に跨り、乗り込んだ。


 少し、散歩する。


 馬でいう速歩トロットペースで通りを抜ける。

 緑り豊かなホルカーの大樹がある広場に出た。

 南の港へ向かう通り沿いを通る。その際に、魔法具店があるのが視界に入る。

 水属性の魔法書が欲しかったんだ。


 並歩にペースを落とし、見ていく。

 ……けど、売っていない。


 魔道具店を少し覗いてみたが、店の規模が小さいのか売り物も魔宝石が付いた杖ばかりで魔法書は火と風しか売られていない。

 ここの都市は鍛冶屋や金物屋ばかりで、魔法具店はそれなりに需要があると思うのだけど、あぁ、数が少ないから売れて数が少ないのかな。


 まぁ良い。【迷宮都市ペルネーテ】ならさすがにあるだろう。

 冬には地下オークションもある。

 その時に散財するか……家とか拠点も欲しいし。

 大白金貨でどこまで買えるか分からないが。


 そんなことを考えながら、海場特有の磯の香りが匂い、港に到着。

 海鳥のような鳥も飛んでいる。

 このハイム川、海に繋がっているからか匂いも海のよう。

 通り道を馬獅子型黒猫ロロディーヌに任せっきりにして、思わず鼻唄を歌いたくなるぐらいなペースで進んでいく。


 冒険者ギルドがある通りまで、また来てしまった。

 散歩はここでお仕舞い。

 ……戻ろう。手綱触手を動かしては、砂利が多い角を曲がり、大通りを戻る。


「ロロ、散歩はお仕舞。宿へ戻ろう」

「にゃ」


 馬獅子型黒猫ロロディーヌは四肢を伸ばし疾走を始めた。

 ゆったりペースは何処吹く風。

 あっという間にホルカーの大樹を通りすぐにホテル前に到着。


 急ストップした馬獅子型黒猫ロロディーヌから回転するように降りた。


 俺が降りると馬獅子から黒猫へ姿を小さくした黒猫ロロが隣にきた。

 一緒にホテルアランドゥの敷地内を歩きホテルの自室へ向かう。


 部屋に戻ると、早速、隅に置いてあるパレデスの鏡を回収。


『ここを出るのですか?』


 アイテムボックスに鏡を入れて部屋を片付けていると、視界にヘルメがデフォルメ姿で登場しながら訊いてきた。


『そうだよ。【迷宮都市ペルネーテ】へ向かう』

『はい。分かりました』


 ヘルメは納得すると、くるりと回転。

 お辞儀を見せてスパッと視界から消える。

 泊まっていた豪華部屋を出て受付まで歩いていく。

 まだ泊まれる日数があるが、チェックアウトを済ませて外に出た。

 修理代の請求は無いので、ほくそ笑む。


 さて、ポポブムをどうするか、だ。


 厩舎へ向かい、預けておいたポポブムの上に久々に乗り込む。


 プボップボッと元気よく鼻息を鳴らすポポブム。

 黒猫ロロはポポブムを見ると、いつものように後頭部へ跳躍し居座りながら数本の触手でよしよしとするようにポポブムの首筋を撫でていた。


 そこに、厩舎を縄張りにしていたと思われる野良猫の集団が現れた。

 野良猫たちは黒猫ロロへお別れの挨拶をするように鳴き声を揃えて響かせてくる。尻尾が稲妻のような形の特徴的な雄猫が一際大きい低声で黒猫ロロへ向けて鳴いていたが、黒猫ロロは見向きもしなかった。


 猫は猫同士の不思議な関係でもあるのだろう。

 そのままポポブムを進めてホテルを出る。


「久々に乗ったのはいいが……移動はロロのが速いし、どうしよ」

「ンン、にゃ?」


 『そうかにゃ?』とか言ってる感じ。

 触手で感情を伝えてくるわけでないので、違うかもだけど。


「売っちゃうか。馬屋にでもいってみる」

「にゃ」


 半年にも満たない間だと思うが、こいつにはお世話になった。

 可愛げのあるポポブムと別れるのは寂しいが……ずっと厩舎に放置されてるよりは、誰かに使われる方がポポブムこいつにとってはマシだろう。


 師匠の言葉が脳裏によぎる。

 ポポブムの最後の乗り心地を楽しみながら大通りを進み、西門近くにあった馬屋を目指した。


 ホルカー大樹の四辻広場を通り過ぎ、馬の看板の店に到着。

 馬喰な商人に話しかける。


「すみません。この魔獣買い取りできますか?」

「おう。いいぞ。……どれ、魔獣ポポブムのムート種だな。艶も良いし元気も良さそうだ。金貨三枚で買い取ろう」


 知らなかった。

 ムート種というのがあるのか。


 値段は金貨三枚。

 相場が分からないけど、多寡は問わないので売っちゃおう。


「わかった。売ろう」


 そう話し、ポポブムから降りて商人から金貨を受け取った。


「ありがとう。確かに渡したぞ」


 馬商人はそう言うと、ポポブムの手綱を持ち厩舎の中へ誘導していく。

 遠くから、プボップボッ、と声が聞こえてきた。


「にゃあ、にゃ」 


 黒猫ロロも別れの挨拶をしているようだ。

 でも、なんか、ポポブムから呼ばれてる気が……少し切なくなる。


「……ロロ、乗るぞ」


 黒猫ロロは俺の小さい呟き声を聞くと、即座にむくむくっと大きな黒豹、馬の黒獅子姿へ変身させていた。


 大型黒豹、黒獅子、黒馬型とも言える。

 凛々しい姿を鑑賞していると、紅い目を光らせながら、触手を俺の腰に絡ませては強引に背中の上に乗せてくれた。


「ッと――いきなりだな」

「にゃにゃお」


 俺を背中に乗せると、そんな元気の良い鳴き声と共に馬獅子型黒猫ロロディーヌは走り出し、西門から飛び出していく。


 四肢を躍動させ街道を馬獅子型黒猫ロロディーヌは駆けた。

 ポポブムとの別れを忘れさせてくれるように走ってくれる。

 前方を進んでいた馬車や歩いている旅人をいとも簡単に追い抜いた。

 振り返ると【魔鋼都市ホルカーバム】の姿がだんだんと小さくなっていく。

 やがて……見えなくなった。


 メリッサ去らばだ。

 前を振り向き直して、土の街道を突き進む。


 はやい、はやい。

 ……スポーツバイクが走るよりも速度が出ているので、背を屈めても、向かい風が少しキツイ。

 口元を覆う布とか兜が必要かも。

 遠出用に、今度良い感じの麻布を買っとくか。

 と、速度を緩めてくれと言おうと思った瞬間。速度が遅くなる。


 『遊ぶ』『遅く』『緩く』『遊ぶ』


 首筋に繋がった触手から馬獅子型黒猫ロロディーヌの気持ちが伝わってくる。


 走りたい遊びたいけど、緩くしたニャ? ということかな。


 運動感覚の共有。

 喋らずに俺の僅かな感覚が黒猫ロロへ伝わっていた。


「さすが、以心伝心。人馬一体を超えた<神獣止水・翔>スキルのお陰だ」


 馬を撫でるように、頭の後ろを撫でてやる。


「ンン、にゃ」


 はは、姿は大きくなっても、声が猫のままなのは慣れない。

 さて……。


「そろそろ、空飛ぶか?」

「にゃお」


 俺の言葉を聞くと、馬に近いロロディーヌはすぐに行動に移す。

 街道を走っていたが、土道を外れて、繁った草原を抜け駆け出していく。


 途中で、更に姿を一段階大きくさせていた。


 グリフォンサイズ。


 大きな獅子に近い姿を変えながら道がない草原を力強い四肢で突っ走る。

 そして、左右の方向へ触手を放出し地面に骨剣を固定していた。


 巨大な獅子のロロディーヌはそれを無視して走り続けると、四本の触手はすぐに捻れゴムのように絡み合ったまま引き伸ばされていく。


 触手、伸びるねぇ。

 大きい姿の巨獅子な神獣だから、引っ張る姿もカッコイイ。


 黒獣たる体躯の四肢に力が込められ触手の引っ張る力を増していく。

 触手を限界まで引っ張ったのか神獣ロロディーヌは一旦動きを止めた。

 そして、ゆっくりと横回転しながら後方を振り向くと、パチンコ玉を飛ばすように触手を離す。


 ――神獣ロロの体が弾かれ空へ直進。


 反動により、俺を乗せた状態の神獣ロロディーヌは勢いよく空へ、ギューンっとパチンコの玉、もとい、ロケット砲弾のように空中へ飛び出していた。


 ――加速が凄い。


 風の勢いで体が後ろに持ってかれそうになるが、触手が俺の背中から押して支えてくれる。

 俺は胸前に出されていた触手手綱を戦闘機の操縦桿に見立てると、強く握り、空を翔けた。

 そのタイミングで神獣ロロディーヌの体の横から生えた触手が翼へ変形し、鷹のように初列風切の羽がある黒翼となる。


 風に乗り滑空しては、優しく羽搏いていく。

 下には【魔鋼都市ホルカーバム】の姿と思われる小さな集落が見えた。


「――このまま、ハイム川沿いを西南へ向かおう」

「にゃ」


 ゆったりとしたペースになった。

 飛んでる姿を遠くから見たわけじゃないから、想像だけど……きっと、ロロディーヌが飛んでいる姿はグリフォンに見えるだろう。

 基本、四肢がある黒き獣だからな。


 さて、久々に確認するか。


 ステータス


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:水神ノ超仗者

 種族:光魔ルシヴァル

 戦闘職業:魔槍闇士:鎖使い

 筋力20.8敏捷21.9体力19.9魔力25.4器用19.9精神26.2運11.2

 状態:高揚


 スキルステータス。


 取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>:<血鎖の饗宴>:<刺突>:<瞑想>:<生活魔法>:<導魔術>:<魔闘術>:<導想魔手>:<仙魔術>:<召喚術>:<古代魔法>:<紋章魔法>:<闇穿>:<闇穿・魔壊槍>:<言語魔法>:<光条の鎖槍>


 恒久スキル:<真祖の力>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>:<不死能力>:<暗者適合>:<血魔力>:<眷族の宗主>:<超脳魔軽・感覚>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>:<水の即仗>:<精霊使役>:<神獣止水・翔>new


 エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>


 ステータスは平均的に伸びてる。


 覚えたての<神獣止水・翔>をタッチした。


 ※<神獣止水・翔>※

 契約している神獣と感覚をある程度共有。運動性能が飛躍的に向上。

 騎乗すればするほど、神獣の経験が溜まり成長を促す。


 騎乗すればするほどか、いいじゃないか、がんばろう。

 そこでステータス画面を消す。

 雲が漂う空を眺めていく。

 穏やかな風が気持ちいい。


 二度目の空だが、この感覚は好きだ。何度でも飛びたい。

 清々しい気分。遥か彼方の下に流れるハイム川。

 大河の曲がりくねった水の流れが、蛇か龍のように見えていた。

 ラグレンと一緒に旅をしてきたような隘路あいろはない。平らな馬鈴薯ばれいしょ畑の畦が見え、豆粒のような家屋、森がドワーフたちの髭や髪に見えてくる。


 更に、黒翼がはためき速度が加速。

 思わず、握っている触手手綱へ力を込めた。


「ンン、にゃ? にゃ~」


 『ふあん?』『だいじょうぶ』『はしる』『たのしい』『あそぶ』『もんもん』『たのしい』『そら』

『あそこ』『かぜ』『におい』


 黒猫ロロの心が伝わる。


「大丈夫だよ。少し遊んでもいいぞ」

「にゃ――」


 溌剌はつらつとした鳴き声を空に響かせては、円を描くように宙がえりを行い曲芸飛行をする|大きい神獣ロロディーヌ。


 ――ははは、楽しいな。ロロ。


 だが、この高さだと、もっと向かい風が凄いはずなんだが……。

 さっき地上を駆け抜けていたときや、俺が<鎖>と<導想魔手>で上空を移動していたときよりも風の抵抗を感じない。


 翼から魔力を放出させている結果かな?

 魔察眼で確認すると、魔力は確かに放出されている。

 魔力が何らかの斥力を生み出しているんだろうか?


 ま、推察したところで分からない。

 現状を素直に受け入れ楽しむさ。

 俺は巨大な獅子のようなロロディーヌのふっくらとした背中へ抱き着きくっつくような姿勢で屈む。

 そのまま速度を出せと。念じた。


「にゃあ」


 了承の声と共に翼の角度が変わり、真上へ急加速。

 戦闘機がアフターバーナーを吹かすように空を駆けていた。

 雲を突き抜け、太陽の明かりが眩しい青空を突き進む。


「――ヒャッハァァァァ」


 テンションが上がり自然と声を叫ぶ。

 途中で、胸一杯に両手を広げた。

 気持ちいい……このまま地図とか関係なくずっと遠くの見知らぬ地域へ飛んでいきたい、空の支配者にでもなった気分だ。

 雲海に出ると、また、緩やかなぺースになった。

 そこで獅子か、ドラゴンにも見えるロロディーヌの後部を見た、なるほど。

 黒い長い尻尾が左右に振られて、船の舵のように扱い進路を決めているようだ。


 周りを見渡す。


 ブルースカイな空……雲海を自由に翔けた。

 この果てしなく続く雲の海、きっと遠くには素晴らしい景色が……。


 そこに黒い影が――っんおっ、鯨? 

 えっ、鯨!? 二度振り返って、その光景を凝視。

 巨大クジラが巨大クラゲを食っている。

 空は空でも、生存競争があるんだね……うん。


 他にも変なモンスターがいるし、怖いから下にいこ。


「……少し高度を下げようか」


 黒獅子な首の横をナデながら指示を出す。


「にゃ」


 指示通り、少し高度が下がり滑空。

 ハイム川近郊の上空を高く飛び、南へ進路を定める。

 こうして、風に乗り、幾つかの小さい村、草原、林を通り過ぎていく。



 ◇◇◇◇



 地上では人が人を襲う様子は見られない。


 盗賊は見かけないが、数多くの動物にモンスターの姿を見かけた。

 野を駆ける馬に水牛みたいなバイソン巨群、鹿に首長のキリンのような動物や、ハイエナ、ライオン、象らしき巨大動物、巨大な猪、巨大蟻、コモド大蜥蜴、巨大草食恐竜、ティラノサウルスのような肉食恐竜、あれはドラゴンと言えるかも、他にも、ゴブリン、馬型クリーチャー、空にはクラゲが飛び、野生のグリフォンらしき姿もある。


 背丈の高い木々が茂る森もあるが草原もある。

 草原はアフリカのサバンナ的な印象だ。

 地上ではそれらの動物やモンスターと戦っている数多くの冒険者たちの姿も確認できた。

 小さい集落もあるのかテントの集落がぽつぽつと点在している。


 やがて、大きな円形都市らしきものが見えてきた。

 【魔鋼都市ホルカーバム】は四角形の形だったけれど、【城塞都市ヘカトレイル】並みに壁が高い。

 この都市は円形状で黄土色の壁が広がっている。

 遠くからでも巨大都市と分かる……都市の中には無数の建物が犇めいていた。


 ミニチュア模型を俯瞰しているかのようだ。


 正確には円形でなく楕円卵形か? 

 ハイム川があるところは壁がないので少し形が崩れている。

 ざっと見たところ、都市には大きな円通りが内規、中規、外規といったように三つあり、円の中心部から放射状に細かな路地が網目模様に真っ直ぐ延びそれら細長い路地が円状の三つの大通りへと繋がっている。


 上り下りと高低差もあるので歪な円だ。


 都市の南には古代ローマのコロッセオのような巨大闘技場の建物が存在感を示していた。


 え? 竜? おぉぉ……。

 ドラゴンが空を飛んでいる。しかも、人が乗っていた。

 あれが竜騎士か。

 三匹の編隊行動で円形都市の上を巡回している。


 もしや【迷宮都市ペルネーテ】の防衛部隊?


 南の闘技場らしき会場施設も気になるが、今は直進するのは止めとくか。

 このまま空から直接侵入したら、さすがにあの竜騎士たちに気付かれるだろうし気付かれずに侵入できたとしても、目立つから地上にいると思われる騎士団や衛兵隊に捕まりそうだ。


 なので、空からの侵入は諦めた。

 ま、それは建前だけど。

 最初は何となく、普通に門を通って入りたい。

 街道には人通りがあるし、見学しよ。

 民家が疎らにあるので、目立たないように街道から外れて高度を下げながら飛ぶ。

 竜騎士隊は反対の方向へ飛んでいるので、俺には気付かない。

 そのまま、ハイム川の反対側にあった段丘が重なる場所で降りた。


「――ロロ、ご苦労さん」


 ジャンプするように地に降りて、すぐに、触手が生えている根本を優しく撫でてやる。


「ンン、にゃお」


 喉声で一鳴きしながら馬獅子型サイズへ姿を瞬間的に縮小させるロロディーヌ。

 また、俺の腰へ触手を巻き付けては、黒毛豊かな背中の上へ俺の身体を運び乗せてくれた。


 目の前には触手の手綱が用意されている。

 ロロ、気が利く奴だ。

 その用意してくれた触手手綱を手で掴み、馬獅子型黒猫ロロディーヌを操作、丘を駆け上がっていく。


 小さな丘陵の頂上に到着したところで、周囲を見下ろした。

 広陵の下には広大な花畑や普通の野菜畑がある。

 民家も点々と存在し、間を街道が縫うように続く。

 その近くには大河のハイム川も見え、帆を張った商船が進むのが見える。


 川の手前の街道から迷宮都市へ向かうとしますか。


 街道へ向けての緩斜面。

 義経になりきり逆落しの崖をイメージさせながら下りていく。

 調子に乗った斜面下りはすぐに終了。

 養蜂農家の横合から街道へ入れた。

 行き交う人々に混ざり進む。

 馬獅子型黒猫ロロディーヌは楽しそうにリズム良く歩幅を刻む。


 やがて【迷宮都市ペルネーテ】を囲う壁の色がはっきりと見えてきた。


 都市の外観は円形状、丸みを帯びた石壁。

 街道はハイム川近くから離れて、都市を覆う壁に沿う形で右辺へ続いていた。

 人々の列も、道と同じように右折している。


 このまま素直に行くのはつまらない。

 ……少し街道を離れ寄り道をしよ。

 民家が立ち並ぶ横へ行く。

 軒端には柿やら大根やらが干されているので、通り難い。

 そんな軒を抜けて、ハイム川の岸辺近くへ馬獅子型黒猫ロロディーヌの足を向ける。


 草場の上から、波立つ青色のハイム川を眺めた。

 こうやってハイム川を近くから見ると【迷宮都市ペルネーテ】と隣接しているのがよく分かる。

 壁があるので見えないが、壁向こうには港があるらしく船が入っていくのが確認できた。


 定期船、貿易船。

 ホルカーバムでも船を利用している金持ちそうな客が沢山いた。

 船事業が儲かるわけだ。

 セーヴァが話していた闇ギルド【梟の牙】の大本である大商人エリボル・マカバインが海運利権を利用して暴利を貪り陸運を妨害するのは分かる気がする。


 さて、街道に戻るか。


 都市の中へ流入しているハイム川の見学を止めて、黄土色の壁を横目に民家脇から街道へ戻っていく。

 壁の高さはまぁまぁだ。

 【ヘカトレイル】ほどの高さはないけど。

 街道を進むと、普通の民家だけじゃなく、様々な仕事の作業をしている人々と作業小屋が目に入ってきた。

 洗濯屋では洗濯を数十人で行っていたり、煉瓦作りの作業場では、幾つもある窯の中に石を入れて焼いていた。染色作りの現場では沢山の色が作られた樽桶が置かれている。


 壁の外も立派な街並みだ。


 この辺りは農民姿だけじゃなく職人が多いのかな。

 人、エルフ、ドワーフ、小人のような種族、皆、様々な職を得ているらしい。


 あの種族、背が低いからホビット? 

 犬耳を持つもっと小柄な種族もいた。

 本当に様々な種族がいるんだなぁ。


 鴨やアヒルといった家畜の姿も見えた。

 アヒルが数羽ガーガー言いながら街道を横切っていく。

 そのアヒルをきゃっきゃしながら楽しそうに子供たちが追い掛けていた。


 ほのぼのしている。この辺の治安は良いようだ。


 思えば……【レフテン王国】から【オセベリア王国】の間が一番治安が悪かった。

 ヘカトレイルの壁の外も酷かったけど。


 平和な街道を進むと、やがて、都市の入り口が見えてきた。

 ここを潜れば【迷宮都市ペルネーテ】。

 巨大都市に似合う石門の出迎えだ。

 建材は黄土色の壁とは少し違う白石材が使われている。

 門の両端にある太い柱には腕の良い職人が施したような動物や人を意匠した石細工が見事にデザインされていた。


 その石門入り口から多種多様な人々が都市の中へ飲み込まれていく。

 喧騒激しく行き交う様子を見ていると……初めて【城塞都市ヘカトレイル】に入った頃を思い出す。


 俺もこの巨大な石門を通り……。


 ――ん? 視界に黒の螺旋模様が映る。


 気になる。

 馬獅子型黒猫ロロディーヌを止めて、足元を注目。

 黒い鋼鉄? 幅広な黒鋼が路面電車の線路のように地中に埋まり壁の下に続いていた。


 これ、都市の外縁部を囲うほどに続いているのか?

 黒鋼鉄の幅は都市の壁とほぼ同サイズ。

 壁の土台? 幅広の黒鋼鉄の表面には文字装飾な幾何学模様の一部が描かれてあった。


 あれ、この文字どっかで見たことあるような……。


 そのまま視線をサイドにある太い石柱へ向ける。

 動物の飾りが沢山あるが、独特の丸みの形状から神社にある鳥居の柱にも似ていた。

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