七十九話 小暗しの通りに血蛍が舞う
その日の夜。
ホテルアランドゥの二階にて、メリッサの上司である盗賊ギルド【ベルガット】のボスこと局長ディノとメリッサの綺麗な女性の方々と対面していた。
ディノさんはエルフ女性。
緑の髪色にボーイッシュな髪型。
入念な化粧顔はいかにも仕事ができる女といった印象だ。
アイラインの緑線が濃く伸びているので、余計にそんな雰囲気を醸し出していた。
長耳の先端には翡翠色の菱形ピアスを装着している。
翡翠の宝石からは濃密な魔力が帯びているので、何らかの特殊なマジックアイテムなのだろう。
ピアスの色合い的に髪や瞳と同じ緑色なので、似合っている。
頬にはエルフ種族特有の印である熊らしき動物の刺青があった。
そんな綺麗な彼女たちと合コン気分で、高級な食事を口にしながら些細な出来事や他愛もない会話を続けていく。
食べ終わると、差し向かいに座るディノさんは自らが用意していた綺麗な皮布で煌く薄緑色の口紅を落とさないように唇の近くを、悩ましく皮布で拭いていた。
あの唇……綺麗だな。
エロい視線で見ていると、口を拭き終わったディノさんが仕事モードになったのか、目付きが鋭くなり俺を見据えてくる。
「では、そろそろ本格的な商売といきましょうか、シュウヤ様、メリッサから話は伺っておりますが、もう一度、確認したいと思います。【迷宮都市ペルネーテ】で行われる、地下オークションに出席し、参加したいとか?」
「えぇ、そうです」
「失礼ですが、ご予算はどれほどお持ちですか?」
前にメリッサが最低で白金貨五十枚は必要と言っていた。
俺が所有するアイテムボックスの中には大白金貨十三枚という大金が入っている。
その他にもまだまだ売れる古竜関係のアイテムが豊富に持っているので金については一切の心配はしていない。
だが、全額を報告するのは気遅れしてしまう。
この【ベルガット】は本当に信用できるかも分からない。
メリッサのことはなんとなく信じられるけど。
なので、それとなく報告しとく。
「……白金貨五十枚ぐらいなら余裕で払えますよ」
「確かにそれならば出席は可能です。ですが、失礼ですが実際に見てみないと……」
現物を先に見せろ、か。
まぁ、確かに、俺のような冒険者が本当に金を持っているのか怪しいからね。
――しょうがない。
アイテムボックスを操作して、大白金貨を一枚だけ取り出して見せた。
「――おぉ、これは……確かに」
「大白金貨っ」
ディノとメリッサは眉を吊り上げ瞳を大きくし、それぞれに驚きの反応を示す。
出した大白金貨をボックスに仕舞う。
「これで、納得してくれましたか? 美人なご両人」
少し顎を突き出して、ドヤ顔を炸裂させてみた。
ディノさんは不敵な笑顔を浮かべて口を開く。
さすがは盗賊ギルドのボス。
俺のドヤ顔を華麗にスルーして、薄緑が煌く小さい唇を動かしていく。
「――納得しましたよ。では、わたし共がお世話になっているデュアルベル大商会の幹部組織【
デュアルベル大商会の幹部組織か。
名前がユニコーンの誓い?
どっかで聞いたような覚えがある。
「……大商会か」
「よかったですね、シュウヤさん」
「ン、にゃっ」
メリッサは自分のことのように喜んでいた。
なぜ、ドヤ顔か分からないけど、俺が笑顔になったのが嬉しいのだろう。
「では地下オークションとは、どのような物か説明をしておきましょう」
ディノさんは机の上に両肘を突け、煌く薄緑色のマニキュアが目立つ爪指を組みながら、優しい口調で説明を開始した。
「国の規模を超えた大商会、商会、この地方全ての闇ギルドが集結して開催される、南マハハイム最大の地下オークションなのです。王国主催のオークションの方が規模は大きいですが、裏の規模、闇社会のオークションでは最大規模となります。中には隠れて王侯貴族の方々もご参加される場合もあるとか。そして、この日に限っては闇ギルド同士のいざこざは一切起きないことでも有名です。何故ならば闇ギルドコミュニティ【八頭輝】が全てを取り仕切っているからです」
少し前にその名は聞いたな。
闇ギルドコミュニティか。
いかにも、闇の上位組織にあるような名前だ。
「……その闇ギルドコミュニティ【八頭輝】とは何なのですか?」
「八頭輝、それは、力ある闇ギルドの頭、盟主たちの八名が集結して、オークションの期間内だけに結成されている地下オークションの運営組織委員といった感じでしょうか」
「……運営組織か」
「はい。内実は名目だけの組織ですけど、大金が動きますから。それと地下オークションには第一部と第二部があり、第一部は高級戦闘奴隷を扱ったオークション。第二部は迷宮産のユニーク級、レジェンド級、ミソロジー級の特別なマジックアイテムのオークション。に分かれています」
第一部が高級戦闘奴隷か。
高級戦闘奴隷をオークションで買って、ムフフな生活&優秀な秘書部下をゲッツ。
秘書プレイとか、やべぇ妄想が広がる……。
第二部は迷宮産を含めた特別なアイテムが出品か。
伯爵が自慢していたコレクションアイテムも、ユニーク級、レジェンド級とかの級がつくのだろうか。
「……分かりました。楽しみです」
「それから無事に地下オークションへの出席が確認され次第、依頼料としてわたし共に白金貨十枚を戴きます。宜しいでしょうか?」
ディノさんは契約書と紹介状らしき羊皮紙を机に置いて話している。
「はい。約束は守ります」
「では、ここの書類にわたしとメリッサの後にサインをお願いします」
書類には……。
□■□■
盗賊ギルド【ベルガット】
契約書
紹介料、条件つき案件。条件が成功したならば契約者は、報酬として【ベルガット】本部統括局長ディノ・ヒルデコアに白金貨十枚を進呈する。
条件が失敗したならば、白金貨十枚は無しとなり契約無効となります。
署名人、メリッサ・ソベリス
署名人、ディノ・ヒルデコア
□■□■
念のため、魔察眼で確認。
普通の粗め羊皮紙だけど、薄紙だ。
魔力が宿る特別な羊皮紙とかではないようだけど、粗めといえど、薄い紙を作れる技術があるんだな。
罠とかは無い。
因みにディノさんは中々の強さを持つ魔法使い系と思われる。
体内の魔力操作が滑らかで指先から足先までスムーズに魔力を移動させていた。
魔力制御に優れているのだろう。
しかし、紙に書かれてある条項を反故にしたらどうなるんだろう。
「……これ、書面に書いてある約束を破ったらどうなるんですか?」
「この書面は商業ギルドが認めている羊皮紙専門協会が卸した高い契約書類なので都市の統治機構に提出すれば、契約違反の犯罪者として明記されます。冒険者ギルドにも順次連絡され犯罪者としてギルドからや国からも追われることになるでしょう」
うひゃ、それは嫌だな。
契約するとして、気になることを聞いておこ。
「無事に契約を果たした時、俺はペルネーテにいると思いますが、金は誰に渡せばよいのですか?」
「わたしです。地下オークションにはわたしも出席致しますので、その場で渡して頂ければ大丈夫ですよ」
「分かりました」
なるほど。ディノさんも出席するんだ。
んじゃサインしちゃうか。
契約書類にはメリッサとディノの名が書き終えてある。
俺が書くだけだ。
まだまだ先の話だけど、契約しよう。
「――契約完了です。契約書の写しと紹介状はこちらになります。お受け取りください。それと、大商会の紹介時期は、ご希望はありますか?」
「少し離れる予定ですから、いつなら可能か教えてくれますか?」
ディノは分厚い手帳らしき羊皮紙本を机に広げ日程を確認していく。
「そうですね……三十、三十一日後、夏の季節の一日か二日目に【ベルガット】の本拠地である屋敷内では、どうですか?」
――三十か三十一か。
それぐらいあれば、“枯れた大樹”を復活させる素材は見つかるだろう。
たとえ見つからなくても鏡をここに置いとけば、すぐに戻ってこられる。
「……では、夏の季節の二日目で、お願いします」
「わかりました。では、早速、準備にかかりたいと思います――メリッサ。後はお願いね」
「はいっ」
ディノさんは書類を鞄に詰めてさっと立ち上がり颯爽と去っていく。
俺は契約書の写しと紹介状をアイテムボックスの中へ入れた。
「メリッサ。ディノさんは忙しいの?」
「えぇ、当然です。面会、契約、制圧、引き抜き、仕事は色々です」
「そっか、そういや、【ベルガット】の本拠地の場所しらないのだけど……」
「あっ、そうですね。なんなら、今、これから案内しますか?」
「いいね。デート?」
「なっ、違います。馬鹿ですか?」
メリッサは眉をひそめて言う。
馬鹿と言うが、あまり毒気のない口調だ。
顔をよくみたら、少し頬が紅く染まっているようにも見えるし。
メリッサは素直じゃないなぁ。
「はは、商売忘れて、素になってるぞ?」
「あぁ、もぅ……あまりからかわないでくださいよ~」
「わかったわかった。とりあえず向かおうよ。案内してくれ」
「はい――」
そうして、高級宿アランドゥを後にした。
もう夜なので、あちらこちらに魔法の明かりが灯っている。
大通りから南の路地に入り、メリッサの後ろをついていく。
ん~、こういう路地はあまり良い思い出がない……。
前後に道があり、左右が壁が続く。
しかも、夜だし、視界は悪い。
すると、――案の定。掌握察に魔素が引っ掛かる。
背後からついてくる気配あり。
あちゃぁ、こりゃ、何人か複数だ。
メリッサは気付いていない。
俺が盗賊ギルドのボスと会ったのはさすがに目立ったようだ。
「メリッサ、その本拠地の屋敷はまだ距離ある?」
「まだ、少しあります」
「そか」
気配は強くなる。
間に合いそうもないか。
「ロロ、準備しとけ」
「にゃ」
もういつ襲ってきてもいいぐらいだ。
「シュウヤさん、どうかしました?」
「メリッサ、誰か来たようだ。一応警戒ね」
「え?」
すると、背後から走る音が聞こえてくる。
音の正体は暗褐色のローブを着込む二人組だ。
いや、更に、その背後からぞろぞろと魔法の光源と共に暗褐色ローブの集団が現れた。
先頭を行く二人組の方は俺たちを追い越し正面を塞ぐ。
「ちょっと待ちな。そこのお二人さん」
先頭の片割れが暗褐色ローブをはためかせ、腕を伸ばし指を差す。
ローブの中には鋲付き革鎧と腰から二本の長剣がぶら下がってるのが見える。
「何か用か?」
「あるよ。特にそこの背が高い若い黒髪の兄さん」
もう一人がニヒルな笑い顔を見せながら話してきた。
こいつは槍を持ち、鋭い矛先を俺に向けている。
メリッサは動揺を隠せない。
「何ですか? 突然にっ! わたしたちは【ベルガット】の者ですよっ!」
メリッサは声を張上げ、前後を確認していた。
囲まれているとわかると、顔が青ざめていく。
「うるせぇなァ。黙っとけよ。もう、そんなことはわかってんだよ。
「何よっ」
メリッサは見知らぬ男の言動に怒りをみせて男を睨む。
「そう怒るなや。俺らは【梟の牙】だ。そこの兄さんに用があってな」
しゃがれた声。【梟の牙】のメンバーか。
こいつらとはこの都市に来る前にも戦ったし、【ガイアの天秤】を助けた際にも戦ったから、いずれは、とばっちりが来るとは思ってはいたけど。
「ビリー、俺はこの女も殺るぞ。ベルガットだろうが、今、こいつと一緒に居るとなると、殺す対象となる。ま、いい女だからァ、たっぷりと犯して楽しんでからだな。ウヒャヒャヒャッ」
槍を持つ男は汚ねえ歯をみせて笑ってやがる。
下種がっ。
「――おい、臭そうな息吐いて彼女を脅すのはよせ。それで、俺に何の用だ?」
外套を広げメリッサを守るように腕を伸ばした。
「ん、おうおう、女の前でかっこつける紳士様か? 糞だな、平たいくせにイケメン面かよっ、笑えるなァ、えぇおぃ?」
嘲笑した
お前だって海老を斜めにぶった叩いたような顔のくせによっ。
「……俺に何の用だと聞いてるんだよ、糞な海老面」
「あ”ぁ? なぁに、簡単なことだよ。おめぇみてぇな、いけすかねぇやつには死んでもらおうかと思ってな?」
海老面の男は眉をしかめてから、汚い乱杭歯を見せるように薄ら笑いを浮かべる。
「へぇ、何故だ?」
「しゅ、シュウヤさん?」
メリッサは身体を震わせて焦燥した顔色になり、大丈夫なの? 的な感じに聞いてくる。
「そう、やはり、その名前か。シュウヤ・カガリ。盗賊ギルドに接触したのは不味かったな? 情報はもうかなり流れてるぜ。ジョグ、殺るぞ」
「おうよ。ビリー、遅れるな」
仲間同士で頷き合うと、彼は腰から二剣を抜き放つ。
「きゃ――」
メリッサは悲鳴をあげる。
二剣使いと槍使いが、俺に襲いかかってきた。
手前にいた二剣の男は俺に武器を振るう瞬間、
「ぐぇっ」
目が寄り目になり奇声をあげながら、額に穴を開けて地面に沈む。
背後から二剣男の頭蓋を貫いていた。
もう一人の槍使いは穂先を俺に向けた状態で、何事かと、背後へ振り返る。
おいおい、それは拙いだろう。
俺は瞬時に魔槍杖を出現させ後ろを向いている槍使いのもとへ駆けていく。
隙をみせた槍使いの首元へ<刺突>を繰り出し、首を紅矛が穿っていた。
返り血により、夜道に一条の紅線が灯る。
槍使いの頭は高く飛び、頭を失くした槍使いだった胴体は千切れた首から血を噴出させながら倒れていく。
「――なっなにぃ、ジョグとビリーたちがあっという間に殺られたぞっ」
動揺している声たちが前方から聞こえてくる。
あいつらも仕留める。小暗しの通りを駆け抜ける。
「おぃ、情報と少し違うじゃねぇか」
「構わねぇ、こっちは六人だ。囲ん――ゴォッ」
走りながら短剣を<投擲>してやった。
話している途中で悪いが、逃がすわけにはいかないんでね。
くっちゃべってる一人に短剣が命中。
――残り五人。
右手に持った魔槍を斜め下へ垂らした状態で、魔脚で駆け寄り間合いを詰めながら魔槍を掬い上げるように扇状へ薙ぎ払った。
――紅月が暗き道を照らす。
手前にいた男の膝上を紅斧刃が抵抗なく通り、綺麗に片足を切断。続けて、隣にいた男の膝頭も紅斧刃が通り抜け、裂傷を負わせ血蛍が通りに舞った。
「ヒッギャァ」
「アァァァ――」
二人は泣くように叫び、悲鳴が耳をつんざく。
その瞬間、薙ぎ払いの範囲外にいた男が右斜めの位置から長剣をまっすぐ伸ばし、俺の横っ腹を突き刺そうとしてきた。
――左足の爪先を軸とした爪先回転を行う。
独楽≪コマ≫が回転する動きで突剣を躱し、その回避回転運動の勢いを利用しながら魔槍杖を振り抜き、相手の
突剣を繰り出してきた男の
カウンターでの“直撃”だ。
ローブで判別できないが革鎧なんて関係ないだろう。
突剣男は持っていた長細い剣を地面に落とし、驚愕の表情を浮かべ腹を抱えるように蹲ろうとしていたが、そんな簡単には死なせない。沈みゆく顔面を俺の右膝頭で蹴り上げて、後ろにのけ反った男の首へ斜め回転させた魔槍杖の斧刃で袈裟斬りにしてやった。
袈裟斬りからの
距離を稼ぐと、流れる流木が川岸でとまるように、魔槍杖の回転を右腕全体でストップさせた。
そのまま紫の金属棒を掌で滑らせて握り手のグリップの位置を変えながら正眼に構え直し、間合いを確保。
さて――残り二人。
一人は犬耳を生やした獣人系。
両手斧を持ち、重そうな武器を構えて微動だにしていない。
だが、その顔には汗が流れて、何故か、疲労や倦怠の影が見えた。
もう一人は俺が距離を取ったのを好都合と判断したのか、背を見せながら逃げ出していく。
「ロロッ」
「ンン、にゃ」
俺の意思を汲み取った
「グアァァァァッ――」
その時――両手斧を持った獣人が汗を撒き散らし、唾を吐いて雄叫びの咆哮を発しながら吶喊してきた。
両手斧の刃を上段から振りかぶってくる。
鈍器で殴りつける勢いだ。こいつ――薬でもキメテルのか冷静じゃないな。
俺はさっと身を捻り、振り下ろされた両手斧の攻撃を躱す。
両手斧の重そうな刃は地面に衝突し土を裂く威力を見せたが、斧刃は完全に地面へめり込んでしまう。
そんな斧を必死に持ち上げようとしている獣人。
「済まん――」
俺はなぜか、謝りながら魔槍杖を縦に振るう。
紅斧刃が獣人の頭を捉え「グビョッ」と、潰れる異音を発生させながら胸半ばまでを両断した。
「ヒィィァァァ、た、たすけてぇ……」
背後からの命乞いの声だ。
振り返ると、足に裂傷を負った敵が地面を這いずり逃げ出そうとしている。
もう一人の足を切断した奴は、既に出血多量で事切れていた。
そいつらは無視して<投擲>した古竜の短剣を回収しておく。
「にゃぁ~」
そこに
触手骨剣は逃げた男の背中を突き刺した状態だ。
地面に置かれた死体には触手爪剣で弄ばれたよう多数の穴があり、血がとめどなく流れローブが血染め色に変わっていた。
紅いつぶらな瞳で俺を見つめてきた。
「……ロロ、ご苦労。よくやった。自由にしていいぞ」
「ンン、にゃにゃ」
これで、一通り片付けた。
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