七十七話 盗賊ギルド【ベルガット】

「そうだよ。ところで、メリッサはさっき【ベルガット】に所属と言っていたが、それは何?」


 俺の言葉にメリッサの青目がキラリと光った気がした。

 口角をゆっくりと上げた彼女は独特の笑顔を浮かべて口を動かしていく。


「……【ベルガット】とは盗賊ギルドの名前です。わたしが所属している組織ですね。まだ末端の構成員ですけど」


 盗賊ギルド? 闇ギルドとはまた違うんだろうな。

 そんなことより商売女とは、こういうカラクリかよ。

 少し勘違いシテタ俺がイル。


「盗賊ギルドというと……何のギルド?」


 メリッサは俺の言葉を聞くと、ピクリと細眉を動かして、一瞬、綺麗な顔が硬直した。


「もしや、シュウヤさんはこういう宿に泊まるのは初めてですか?」


 うっ、そりゃそうだけどさ。

 アクセントをつけたところが、馬鹿にされているように感じてしまう。

 ま、嘘ついたところでしょうがない。

 初めてです。と言おう。


「……その通り。今までは安宿ばかり、実は初めて童貞の高級宿だったりする」

「そんな皮肉を込めての意味初めてではありませんが、やっぱり初めてだったのですね。この宿を利用するお客様が【ベルガット】や盗賊ギルドを知らないなんて、普通はありえないですもの」


 ありえないのか。


「それで、盗賊ギルドとは?」

「はい、都市ごとに細かい仕事が変わるのですが、最も多いのが依頼人との密偵契約です。上級のお客様の場合はこちら側へ指名を貰う形で色々な便宜を行ったりします。……要約しますと、基本、様々な情報の売買、守り、盗み、加工を行い、それらの情報をわざと世間に流したりするのが主な仕事です。布告場の役人との繋がりがあったりします。更には密偵、戦争、威力偵察……ここから先はいえません。因みに【ベルガット】は、ここ、【ホルカーバム】最大手の盗賊ギルドです」


 仕事量が多い。

 情報屋の集合体か。

 現代的のマスコミか?

 スポンサーによってコロコロと意見を変えて、真実から目をそらす役割が多いんだろうか。

 そんなクズなマスコミではない正義なマスコミだと思いたい。

 

 ここを利用する貴族たちや商人にとっての新聞的な意味合いもあるんだろうか。

 名前的に盗賊の名前ではなくて情報ギルドとかに変更すれば良いのに……。


「……分かった。他の都市にも【ベルガット】の勢力はあるのかな?」

「はい。小規模ですが【オセベリア王国】の各都市にあります」


 他の都市にもか。

 ……今にして思えば、ヘカトレイルの小さい酒場にいたチェリも盗賊ギルドの末端だったのかもな。

 彼女はキッシュとの付き合いから、俺にも色々と情報を教えて警告してくれたし、闇ギルドの店には行くなと。


 と、いうことは闇ギルドとの繋がりもありそうだが……。


「……闇ギルドとの繋がりは?」


 俺はストレートに聞く。

 その質問にメリッサは余裕顔から一気に切り替わり、目付きが鋭く仕事顔になった。


「あります」


 名前は出さずか。


「ここの都市には幾つ闇ギルドは存在する?」

「五つ」


 俺が遭遇したのは【梟の牙】と【ガイアの天秤】の争いだな。

 残り三つか。

 話は変わるが、素朴な疑問も聞いてみよ。


「わかった。突然に質問を変えるが、盗賊ギルドはその名前通り、実際に強盗とかするの?」

「しません。遠い昔はやっていたらしいです。が、今はそんなことしていたら情報は得られないですから。しかし、強盗とはいかないですけど、強引な情報の買い上げは、一部の強面の方がやっているようです。そして、わたしはそういった力仕事はしないというか、できませんから」


 少し言い方がストレートだったかな。

 メリッサは緊張をしている印象を受けた。

 

 命のやり取りとは違う別種の緊張感というか……。


「……野暮なことを聞いて済まない。メリッサ、俺はこういうのには慣れてないんだ。少し、唐突過ぎたかも知れない」

「いえいえ、商売ですから、気にしないでください。わたしは話せる範囲で話しますから」


 すると、俺とメリッサの会話を区切るように――。


 前菜のスープが運ばれてきた。

 給仕さんが、皿とスプーンを、机に置いた。


 皿の料理は、赤薄いスープ。

 小さい豆とスライス状のトマト的な野菜も入っていた。


「それじゃ、もらう」

「はい、わたしも」


 メリッサの笑みを見てから、赤薄いスープをスプーンのつぼに掬った。

 つぼに溜まった赤薄いスープを口に含んだ。

 ――常温だ。少し冷たいか、熱くないスープ。

 

 塩味と酸味のクエン酸的な梅肉が舌触りを滑らかにする。

 トマトと思ったら梅か。

 

 ――美味い。

 ――さっぱりとしている。


 自然と、食欲が増幅するような感覚を受けた。

 微かに混じる梅とトマトの香りが味を一段階上げている。

 鼻孔を優しく刺激する香辛料も入っているのか?

 

 素晴らしいスープ。

 そして、梅の香りから梅の素材も気になる。


 が、豆か、この異世界、惑星には大豆が存在するということだ。

 なら豆腐を作れそう。


 異世界豆腐戦記の始まりも近いか……。

 豆腐職人となって一財産を稼げ、いや稼げないか。


 そんなことを考えつつスープを啜っていると、


「……シュウヤさん。そんなにいっぺんに吸わなくても、おかわりは自由ですよ」


 メリッサが笑顔で注意してくれた。


「おっ、そうなのか。でも、このスープが美味しくてな」


 ごくごくと、飲む。


「ふふふ、確かに美味しいですね。この後味に微かに残る香りは〝スメの実〟かしら?」


 へぇ、この匂いをもたらす食材は梅ではなくて、スメの実という名前なのか。


「スメ?」

「はい。【サーマリア王国】の海を隔てた東にある群島の一つで採れるらしいですよ。百年以上昔ですが、ある女性の冒険者が、この実を発見し食用に使えることを公表。スメの調理法を各地に伝えたらしいです。そして、この風味は一時期、南マハハイム料理界を席巻したとか。【サーマリア王国】から【オセベリア王国】の南部へと伝わり、今では各都市に広まりました」


 前菜スープにそんな材料が使われているのか。


「ほぁ、すごい物知りだ。さすがは盗賊ギルドだな?」

「ふふ、こんなことでしたらイッパイ教えて差し上げます」


 メリッサは自慢気な顔だ。


「はは、そうだな。教えてほしいことはイッパイあるぞ」

「何です?」


 話の流れ的にオッパイを教えて。

 と、頭の悪すぎる寒いオヤジギャグを言おうとしたが、自重した。


「……例えば、盗賊ギルドのメンバーはメリッサのように綺麗な女が多いのか? 男はいないの?」


 メリッサの青目を見つめて話す。


「わたしのように……か、は分かりませんが、高級宿を専属にしている盗賊ギルドの商売女ローは綺麗な方が多いです。男性もいますよ。お客の相手が女性の場合は商売男が付くことが多いです」


 男の場合はイケメンホスト的な感じか? 

 情報のやり取りだが、色々な男女の縺れとかありそうだ……。


「そっか。あとは……メリッサはどうして盗賊ギルドで働いているのかな?」

「お金と恩義です」


 金と恩義ね。ま、馴れ合いはこの辺でいいか。

 少し本音を探るとしよう。


「情報の売り買いと言っていたが、俺の情報は高く売れるのか?」

「……どうでしょうか。シュウヤさんはあまり見掛けたことがない方。冒険者ギルドである程度の情報は手に入りますが……」


 彼女は俺の様子を探るように顔を見てくる。


「大量にいる冒険者を全部、覚えているの?」

「いえ、さすがに全ては無理ですよ。ですが、この都市に居る高ランク冒険者は数が少ないですし、中堅クラスは皆、魔鋼の大蜻蛉アロムヤンマの狩りで忙しいですからね」

「そっか。俺は高ランクの冒険者じゃないから、情報は高くなさそうだ」

「……それは何とも言えないですね。“質”に関してはお答えはできません」


 高ランクは高く売れるが、低くても一概に言えないということか。

 ま、盗賊ギルドの決め事なんて知らないが、誰が主に買うのか興味が湧く。


「例えば冒険者の情報とは、誰が買うの?」

「同業者、冒険者クラン、国の機関、貴族、各種商会、闇ギルド、などですね」


 ん~、冒険者が俺の情報を買うのか?

 いや、メリッサが俺の個人情報を〝種〟として売りに掛かると見たほうがいいだろう。

 俺としてはあまり売られたくないな。

 ま、多少、金になるなら、やりようはあるか。


「俺が売るな。と言っても売るのかな」

「そうですね。対価しだいと言ったところかしら。情報が欲しいと言われればこちらも商売ですので」


 おぉ、強気な態度だ。

 薄い金色の眉と青い目がキリッとしている。


「そう言われると、どうにかしたくなるな……」


 俺も目力を入れ、わざと左手に魔剣を出現させた。


「ヒッ――」


 メリッサは武器が現れると途端に怯えた顔を見せる。

 魔察眼でメリッサを見た。

 魔力は感じられるが魔闘術は使えないようだ。

 メリッサに頭部を近付けた。


 そして、メリッサの甘い吐息を肌に感じようと、体を密着させる。


 ――いい匂い。


 首筋の赤茶色の上着の間に傷が目立つ乳房の谷間とドレス服を凝視した。

 ヴァンパイア系の血が騒ぐ。


 いや、男の血が騒ぐと言った方がいいか。

 メリッサの耳元で、

 

「メリッサの持つ全ての情報が欲しい……」


 メリッサの目は潤んで見えた。

 が、悔しそうに唇を噛む。

 と、その顔を俺に向けた状態で、たどたどしく椅子の向こう側へと離れてしまう。


 少し、脅かしすぎたか。

 俺は右手に――魔剣を召喚させて机に置く。


「あぅ――」


 メリッサは魔剣を置いた音に驚いた。

 小声で悲鳴を上げる。


「――にゃ?」


 相棒も大きい音を聞いて、起きたっぽい。

 黒猫ロロは俺とメリッサを見てくる。

 

 すると、丁度良くメインディッシュが来た。

 邪魔にならんように、魔剣を机の端に移動させる――。


「お客様、お待たせしました。ハウザンド産レーメのロースト。カジゾックの果実酒煮込み。ランターユとペソト実のスープ。冷えたエール麦酒。で、ございます。それと、ヘルゼイカのロースト。クアリとレーメの豆煮込み。冷えたエールです」


 机に美味しそうな料理が並ぶ。この間が、なんとも言えない。

 ワクワク、美味しそう!


「追加の場合は係の者をお呼びください」

「わかった。ありがとう」


 店員は下がった。

 メリッサは料理が運ばれてきても、怯えた目で、俺を見ているだけ……。


「メリッサ、食わないのか?」


 何気ない顔付きで、食事を促す。


「え、は、はい。食べます……」


 メリッサは気を取り直して食べるようだ。

 よかった。俺たちも食うかな。相棒にあげるのはこれにしよう。

 カゾジックの果実酒煮込みだ。

 スープの色は全体的に赤みを帯びている。

 中心の白身魚が主菜だが、周りのカラフルなピーマン風の野菜と細長い茸類と緑の野菜が綺麗に柵を作るように並んであるのが、また、ひと味違う料理なんだと見た目でも楽しませてくれた。

 

 赤い汁が魚の白身に溶け込んでいると分かる。

 若干に、白身の表面が赤みがかっていた。


「ロロ、お前には、この魚料理だ! 酒が入ってるが、まぁ大丈夫だろ」


 普通の猫だったら、絶対に上げないが、ロロなら平気だ。

 カゾジックの果実酒煮込み料理を向かいの机に移動させた。


 黒猫ロロの目の前に運ぶ。


「にゃにゃ~ん」


 黒猫ロロは嬉しそうな声を発した。

 紅色と黒色の瞳を一度、俺に寄越す。

 俺は頷いた。すると、直ぐに頭部をカゾジックの料理に傾けた。

 ガツガツと食べ出した。


 白身だけでなく野菜もちゃんと食べている。


「ふふ、ロロちゃん、美味しそうに食べますね?」


 メリッサは猫の食べる姿を見て、笑っていた。

 もう、先ほどの動揺は消えたかな。


「あぁ、実際、相当に旨いんだろう。いつもの倍の速さで食っているようにも見える」


 俺はレーメのローストから、食べよっと。

 これ股肉かな? 口へ運んだ。

 サクっとした食感に柔らかい肉だ。焼き鶏に近いか。

 辛めの香辛料が利いていて、癖になる味わい。

 更に、ゼリー状の黄緑色のタレを肉につけて食べると、これまた旨かった。

 甘い風が喉奥を吹き抜けていく。肉の風味とマッチした。

 へぇ、工夫されているのだなぁ。

 新しい料理を発見するたびに幸せになるよ。幸福な時間だ。


「このレーメは旨いね」

「はい。それはハウザンド産ですね。オセベリア東部の高低差がある地方で育ったレーメは美味しい肉になるので有名ですよ」

「へぇ……」


 次はランターユとペソト実のスープもいってみよう。

 見た目は完全にコーン系。

 トウモロコシに似た穀物は栽培されているようだ。

 スプーンで触ると、少しねっとりとした粘り気がある。

 木製のスプーンでねっとりとした液体を掬い、口へ運ぶ。

 味はやはりコーンスープに似ていた。

 が、こちらのほうが美味しい。

 予想とは違った。最初は、ほあんっとした感触。

 あとから、トロリと舌に絡みつつ仄かに甘さが口の中で広がった。


 うまうまだ。

 ――ん、粒も、粒々も入っているのか。 

 粒は、ナッツのような感触だ。

 へぇぇ、噛むと、また違う味わいになった。

 

 コーンとナッツで二度美味しいうえに、三度美味しい。


 ペソトの実とはナッツ系らしい。

 一通り、食い終わり、冷えたエール麦酒を飲む。


 ごくごくっと。


 先ほどと同じコブレットの型だが、陶器製になっている。

 熊のような意匠が施された青白い陶器。

 中身も冷たく、味も爽やかな風味で一気に飲める。

 先ほどと違い炭酸は抜けているのか、元からないのか、味わい深い風味だった。

 雑菌が入って苦味があると思ったが、あまりない。

 麦の種の違いなんだろうか?

 メリッサの食事を見ると、細切りにされたロースト肉をちょうど食べ終えたところだった。

 豆の料理も半分ぐらい無くなっている。


「メリッサ。旨いね。ここの食事、さすがは高級なだけある」

「そうですね。わたしも旨かったです」


 さて、頃合いか、情報の取り引きだ。

 メリッサの心に斬り込む。


「ところで、メリッサ。俺は情報を渡したつもりだが……対価には何を話してくれるのかな?」

「えっ?」


 メリッサの表情からだと、言葉の意味が解っていないようだ。

 分からなかったかな?


「さっきだよ。俺の容姿を含めて冒険者なのは分かるな? 身に着けた品に使い魔の〝猫〟に〝いきなり武器を出した〟そして、〝武器の種類〟これだけでも、本人から直接の生情報だ。それなりに良い情報になると思うが?」


 出現させたのは剣だけだが、


「……確かに。冒険者ギルドから仕入れる情報より、直接の本人に会い、顔を確認できたことは大きいです……輪郭も鋭く、武芸者の面立ち、平たい顔に、葉が半分飛んだ木のような顔。そして、本人からの生きた情報。でも、シュウヤさんは本当に高級宿が初めてなんですか? わたしは翻弄されまくりですよ」


 葉が半分飛んだって、髭を剃っていないからか。

 ダンディズムとか考えていないで、剃ればよかった。


「……はは、本当初めてだよ」

「それで、対価ですが、どんな情報が聞きたいのです?」


 そこで、またイタズラ心が湧き出した。


「メリッサに彼氏はいる?」

「はぁ? いませんよ」

「ほぉ、美人なのに、それと、スリー・サ――」

「――ストップ。ふざけているのか真剣なのか。シュウヤさん、どっちなんです?」


 俺に最後まで言わせない。

 彼女は真剣な顔だ。途中で被せてきた。

 細い人差し指を、俺の顔を刺すように向けている。

 眉を細めて厳しい目付きのメリッサ君。


「……すまんすまん。メリッサが気にいったのが本心だよ。だから、少しふざけて聞きたくなったのさ。これからちゃんと聞くから、ね?」


 厳しい目からジト目で俺を見つめるメリッサ。


「それで?」


 さて、ふざけるのは止して、知らなかった情報……。

 まずは明日の交渉相手の情報を得ますか。


「……まず、ここの領主の名前。家族構成、趣味、苦手な物、弱味、繋がりのある組織、等々」

「……」


 俺の目を見て、本気の情報と判断したのか。

 メリッサはジト目から、急に冷めた目へ切り替わる。

 細く厳しい表情を浮かべていた。


「ん? 真面目に聞いてるだろ? 対価が足りないかな、金なら払うが……」

「……いえ、十分です。では、名前から、マクフォル・ゼン・ラコラゼイ伯爵。通称、奇人伯爵。家族は二年前に父が亡くなり母も病死で家族はいません。結婚もまだなので相当に珍しい独り身です」


 奇人伯爵かよ。


「奇人で一人身なのか」

「はい。趣味は宝石、金、魔道具などを収集。金を散財すること。他には腕っぷしの強い人材を集めては従士として雇い、その雇った配下の自慢するぐらいでしょうか」

「ありがちだな」

「はい、苦手な物は野菜が苦手とか。弱味は甘やかされて育ったせいか、金に糸目をつけずに散財するところですかね」


 野菜嫌いとか、小学生かよ。


「あとは政変絡みにより貴族関係が酷いです。寄子も少なく、ベカー男爵家、ナイトレイ男爵家、オラリアス準男爵家を吸収するように解体しています。従士の数も普通の伯爵に比べたら少ないです。そして、ホルカーバムにおける三年前の政変に加担していたのでは? といった噂があります。前領主リヴィエ家とは、現領主の父の代で確執があったとか。ただ、第二王子とは特殊な繋がりがあるようです。海軍派の一部とも仲が良いとも。更に、マクフォル伯爵の背後には闇ギルドの存在が囁かれており、現在その闇ギルドが【魔鋼都市ホルカーバム】を手中に収めているのも、その噂の信憑性を高めています」


 さすが、情報屋、盗賊ギルドのメンバーだ。

 メリッサはすらすらと、情報を話す。


 マクフォル・ゼン・ラコラゼイ伯爵。

 通称、奇人伯爵か。趣味は強い者集めに配下自慢ね……それに、苦手は野菜が嫌いとは典型的なおぼっちゃま系?


 後は、闇ギルドの繋がりの噂を持つか。


「……その闇ギルドの名は?」


 俺の問いにメリッサは緊張した顔を見せる。

 というより恐怖の顔だ。

 そして、頭を左右に振っては周囲に誰もいないことを確認すると用心深く話し出した。


「――【梟の牙】です」


 【梟の牙】か。


「その【梟の牙】は幅を利かせてるのかな?」

「はい。幅どころか、現在、【ホルカーバム】はこの闇ギルドの手中にあると言えます。【梟の牙】がこの都市に来るまで【ホルカーバム】で勢力を誇った老舗闇ギルド【ガイアの天秤】はこの【梟の牙】により縄張りを奪われて、追い詰められているのが、現状です」


 あの状況は見れば納得だ。


「その他の闇ギルドとは?」

「【石の手袋】【月の残骸】【血印の使徒】ぐらいですね」

「それらの闇ギルドは【梟の牙】と対立しているのかな?」

「はい。【石の手袋】は【梟の牙】と戦い、ほぼ壊滅状態です。【月の残骸】は港近辺の極一部を縄張りとしています。【梟の牙】と、その縄張りを巡って争いを繰り広げてますが【月の残骸】は事務所が潰されても、暫くしたら港近辺に事務所が立ち上がっているそうです。不思議ですね。【月の残骸】の本拠地が【ペルネーテ】だからでしょうか?」


 そんなことを聞かれても分からないが、色々な闇ギルドがあるんだな。

 更に、メリッサは顔付きが変わった。


「次の【血印の使徒】は……あまり話したくありませんが、魔界の十層地獄の王トトグディウスを信仰する邪教徒の集まりです。何故か、邪教徒の集まりはホルカーバムのあちこちで行われていて、活発に活動しているとか。墓地で夜な夜な集会を開いては、血の印を刻んだ生贄を魔界の神に捧げているとか、嫌な情報があります」


 メリッサの表情が怖い。

 きっと【血印の使徒】が嫌いなんだろう。

 嫌悪感が凄いビシバシと伝わってくる。


 なので、話題を少し変えよう。


「色々あるんだな。有意義な情報が聞けたよ。ありがとう」


 メリッサの情報網が正しいなら、この【ベルガット】って盗賊ギルドはそれ相当な規模と想像できるが。

 盗賊ギルドとはこういう情報を持つのがスタンダードなのかも知れない。


「いえいえ」


 ま、領主の情報に、この都市における闇ギルドの状況が分かったのはありがたい。

 追い詰められている【ガイアの天秤】のことや、【梟の牙】についても聞いておくか。


 俺が助けた黒髪美人のミア、なんたらとかの名前の女だった。


「【ガイアの天秤】とは、昔、この都市で一番の勢力だったんだよな? そんなギルドが何故【梟の牙】にとって代わられたんだ?」

「人材、金、コネ、組織力、の差と言われていますね」

「そりゃ、差がありすぎだな」


 【梟の牙】はそうとうに大きい闇ギルドなのか。


「はい……【梟の牙】は南マハハイム有数の勢力です。表の顔も有名な大商会であり、巨大な海運商会の一つ。販促ルートは国内だけでなく海外にまで伸びているとか……実際、この都市の港に入る船も多いです。ボスは八頭輝の一人と言われてますし、地方都市の一つだけのシマを持つ小さい闇ギルドとは全てが違ってきますよ」


 八頭輝。

 侯爵がぽろっと話していた。

 この名前からして、ボスたちの集団か大企業の集まりか?


「中小企業と大企業の差か」

「ちゅう、しょ、きぎょ?」


 メリッサは日本語に反応。

 当たり前のように疑問顔だ。


「いや、こちらの話だ。続けてくれ」

「……はい。えっと、たとえば、ガイアと梟の初期の戦いですが、最初、梟は見ているだけで、ガイアを沈めましたからね、圧倒的な差ですよ」

「見てるだけとは……魔法か?」


 俺が疑問で返すと、メリッサはクスッと笑顔を浮かべてから話していく。


「……いえ。そうではなく、当時【梟の牙】は【白鯨の血長耳】と密約を結んでいたのか【血長耳】の幹部である〝乱剣のキューレル〟が先だって【ガイアの天秤】を急襲したのです」


 そういうことか。

 乱剣のキューレル、名前からして強者のようだ。


「……ほぉ、強そうな名前」


 ――血長耳。エルフの集団なんだっけ。

 ずっと前に【城塞都市ヘカトレイル】で、同じメンバーと思われる奴から接触を受けた。

 あれ以来会っていないが……。

 こういう争いが起きているんじゃ、俺に構っている暇はないか。


「……はい。それにより【ガイアの天秤】の長ランゼル・アフトトルが殺られ、同ギルドの頭脳派と言われた幹部トトカ・キャラウェイも殺られました。そこから、高みの見物の立場だった【梟の牙】の幹部も戦闘に加わり、大攻勢に。【ガイアの天秤】は耐えきれず瓦解。【ホルカーバム】で勢力を一気に失っていきました。今では父の遺志を継いだ素人の娘ミア・アフトトルが【ガイアの天秤】の長に就き、幹部のビクター・オラドムとデュマ・イゼミュルがいるだけとなっています」


 幹部二人に素人娘のミア一人だけの状況か。


「争いは週に何回ぐらい?」

「両者の争いは路地裏で、毎日のように争いが起きていますよ」


 毎日……ね。

 こないだのような争いが起きているのか。


「そっか。後、【ガイアの天秤】が守る縄張りの規模や戦力比はどのぐらいの差なんだろう」


 メリッサは少し考える素振りを見せて話し出す。


「そうですねぇ、なんとか【ガイアの天秤】が小さい縄張りを守っている状態ですね……ですが、今は【梟の牙】の幹部である青銀のオゼと双鞭のジェーンがこの都市に来てると情報が入っています。幹部の周りにいる兵隊だけでも百人を超えていると言われていますからね……それにひきかえ【ガイアの天秤】の兵隊は三十人いるかいないかの状態ですから……幹部の実力差を考えても戦力比は八対二ぐらいかと」


 俺が今日、撲滅させた【梟の牙】の兵隊は極々一部だけか。

 今後も殺り合うことになるかもしれねぇな。

 他にも、一応聞き流した【白鯨の血長耳】の情報も聞いてみるか。


「【白鯨の血長耳】とかいう闇ギルドはどんな規模で、どんな感じなの?」


 メリッサは眉を顰める。


「どんな感じと言われても、そうですね……南マハハイム暗黒社会で最強クラスの戦力を持つとか。その頭領である盟主は八頭輝の一人であると言われてます」


 また、八頭輝。闇ギルドの頭たちの連合組織か?


「彼らの母体は古代エルフの【旧ベファリッツ大帝国】の特殊部隊、通称【白鯨】の生き残りと云われています。その大帝国は五百年から八百年近く前に滅びていますが、エルフは寿命が長いですからね」


 元ベファリッツ大帝国の生き残りか。

 ということは血長耳のメンバー幹部クラスは、その全員が五百歳超えかよ……。


「この【白鯨の血長耳】の本拠地は【塔烈都市セナアプア】にあると言われています。更に【オセベリア王国】の【王都グロムハイム】と【城塞都市ヘカトレイル】で最大勢力を誇っていますね」


 へぇ、だが、もう闇ギルドの話はお腹一杯だ。

 今度は他のこと、黒猫ロロのことは……やめておくか。

 秘宝、神遺物である、玄樹の光酒珠、智慧の方樹の情報を求めていると思われたら、情報として売られそうだし。


 俺の重要目的な情報を安易に流すわけにはいかない。


 ということでアレを聞くか。


「……ありがとう。よくわかった。最後に地下オークションとは、どうやったら参加できる?」

「……何者ですか? シュウヤさん……」


 メリッサは冷えた鋭い目を向けてくる。


「しがない冒険者で、メリッサたんを気に……」

「――もう、いいです。それに最後の〝たん〟とは、なんですか、たん、とはっ、普通にメリッサだけでいいですから」

「――それで、話してくれるのかな?」

「はぁ……はい、話しますよ。地下オークションに参加するには、大商会、巨大闇ギルド、大物奴隷商人のコネが必要と言われてます。資金は最低で白金貨五十枚は掛かるとか」


 金ならある。

 あ、ルクソール商会とは、どの程度なのだろう。

 こないだ挨拶にきてくれ。と言われた。コネになるんだろうか。


「……そんなに金がかかるのか、ところで、ルクソール商会とは、どの程度の商会なの?」

「ルクソール商会ですか? えぇと、確か……陸運と奴隷商会を持つ中規模商会ですね。少なくとも大商会ではありません」


 俺のコネはその程度しかない……。

 あっ、ドワーフのザガとの会話を思い出した。


 古竜の品々を大商会の幹部が買っていったと。

 だが、もう【ペルネーテ】に旅しているだろうし、無理か。


「……そっか。メリッサはコネある?」

「あるわけない、ですね……」


 今、一瞬、素になっていた。別にタメ口でもいいんだが。


「コネか。盗賊ギルド【ベルガット】に依頼したら、そういったコネは作れる?」

「……ボスなら可能性はあるかもしれません」

「可能性か。ん~実際に聞くだけ聞いて判断したいな。メリッサ、君のボスに会わせてほしい」


 俺の言葉に、思案気な顔をするメリッサ。


「一度、報告してからになりますが……よろしいですか?」

「いいよ。わかった」

「了承しました。明日の夜辺りで、料金はそちら持ちとなりますが?」

「いいよ。こっちは無料だからな」

「えっ、本当に金持ちなんですね。では、他には?」

「もう、聞くことはない」


 俺がそう言うと、メリッサは、柳の葉と似た眉をしなしなと動かし、


「そうですか。今回はありがとうございました。それじゃ、わたしは帰りますね」


 笑顔を見せてから、さっと、立ち上がる。

 丸い机の反対側から離れた。

 俺の心を誘うように、細い腰が揺れる。


 その女性らしい魅力的な背中と腰を見て、思わず、


「――あっさりだなぁ、今晩一緒には無理か?」


 と、ナンパ台詞で呼び止めた。


「無理です。でも、気持ちは嬉しいですよ」


 ちぇっ、あっさりとフラれてしまった。

 俺は滑稽だ。ま、あんなことしていたら当たり前か。


「……了解、何かあったらまたよろしく」

「はい。では」


 メリッサは頬を朱に染めると瞳を僅かに斜めに逸らすと、もう一度、視線を寄越す。

 が、すぐに踵を返して帰った。

 すると、黒猫ロロディーヌが俺の膝に乗った。


「振られた慰めか? どうした?」

「ンンン」


 黒猫ロロはつぶらな瞳で俺を見つめて、小さな喉声を出す。

 肉球を俺の腕に押し当てている状態だ。『反省しろにゃ』的な印象を持たせた。

 実際には触手で気持ちは伝えてこないから、違うとは思うが、

 一瞬、前世で観光地によくあった猿芸を思い出しちゃったよ。そんな黒猫ロロさん「ンン」と微かな喉音を鳴らして俺の膝の上で体を丸める。ニャンモナイトだ。

 可愛い姿を見せて眠り出す。


「はは、今度は眠るか。いいもん食ったから満足したか? だが」


 眠り出したとこ悪いが……部屋に戻る。

 眠気眼な黒猫ロロの首根っこを掴み、無理矢理、肩に乗せた。

黒猫ロロはゆっくりと動き背中の頭巾の中へ潜る。と、両前足の指球を活かすように小さい指を拡げて閉じるを繰り返す。小さい爪の感触と肉球ちゃんの感触が気持ちいい。さて、俺も部屋に戻って、横になるか……。

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