六十九話 謎多き、美人過ぎる冒険者

 【魔鋼都市ホルカーバム】へと向かう隊商護衛依頼を受けた。

 しかし、その集合場所には、まだ向かわなかった。


 都市を離れるから旅の準備をしないと。

 鍋料理はまだまだあるが、まずは食料だ。


 外套を左右に開く。

 紫色の鎧を晒した状態でポポブムに乗りつつ中央市場へ向かった。

 黒猫ロロはポポブムの後頭部だ。

 スコ座りから、ポポブムを抱くように腹をつけて寝そべる。

 そして、「ンン、にゃ、にゃ~」と、楽しそうに鳴いた相棒は、サーフィンでパドリングを行うように、首から出した触手をポポブムの顔や首下へ伸ばしては、その触手の先端で、ポポの首を擦ったり、目を塞いだりと、悪戯を楽しむ。


「ロロ、危ないから止して」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロは触手を引っ込める。

 と、これでもかっというぐらいに上体を反らす。

 逆さま視点で俺を見上げてきた。


 ひっくり返りそうだが……。

 可愛い視線を向けても何もあげないぞっと。


 小鼻に人差し指を当てる。

 湿った小鼻ちゃんが可愛い。


 暫くして、中央市場に到着した。

 ここは相変わらず、人種の坩堝。

 ポポブムから降りて手綱を引きながら露店を物色。

 すると、露店ではなく、地べたに絨毯を敷いたフリーマーケットのような売り場が目に入った。

 少し興味が出た。


 ――見学と行こうか!

 ペルシャ絨毯のような上には……。


 大量の平たい陶器瓶が置かれてある。

 これ、小型の水差しか。

 絨毯の奥には頭にターバンを巻く虎獣人ラゼール

 胡坐をかいて座っていた。


 雰囲気的に、この獣人店主さん。


 笛を吹きそうだ。

 そう、インドの大道芸人的な。

 陶器瓶の口から蛇が踊り出てきそう。


「いらっしゃいっ、フジクで作られた瓶だぞー」

「少し、見させてもらいます」

「おうっ、ゴーモック商隊の品揃えには負けるが、これでもここの壺は俺が運んできたんだ、買っていってくれいっ」


 笛とかは吹かずに虎獣人ラゼールの店主は快活に元気よく品物を勧めてきた。


 俺は水を生成できるし、こういった陶器の容器が手元にあれば何かと便利かも?

 値段もお手頃だし、買っちゃうかな。


 結局、全部の平たい壺を買い占めた。

 積み上げてアイテムボックスに纏めて入れる。


「ありがてぇ、フジク連邦にいる、おっかぁに顔向けできらぁ。かっけぇ紫騎士さんよ、ありがとうよ」


 虎獣人ラゼールの商人は目元に涙を溜めながら話す。

 毛がふさふさな頬を釣り上げて満面の笑みを浮かべていた。


 俺も笑顔を意識しつつ、


「いえいえ、では」


 と、立ち去る。 

 次はあそこに行こうか!

 視線の先には最近お気に入りの露店商があった。

 幕を張った簡素な店。

 だがしかし、美味しい鍋料理を出す隠れた名店。


「店員さん、鍋料理をたのむ!」

「にゃお~」

「へい!」


 また、鍋料理を複数注文した。

 ストックを増やしておく。


 後は何を買おうか。

 やはり、定番のパン類かな。


 パン屋も並ぶ色々な食材が売ってるところへ向かう。

 ここのパン屋は、棚に並ぶパンの種類は少ない。

 ライ麦系の堅そうな黒パンが並ぶ。

 茶色い丸いパンもあったが、どれも同じような堅そうなパンだ。


 堅くてもスライスすれば、サンドイッチには使えそうなので買う。

 あとは、見たことのあるパウダー系の香辛料、チーズ、生ハムのような豚肉の塊と――。


 牛系ルンガの肉塊を買うか。


 いつか料理に使うかもしれないし。


 茸とか、新鮮な野菜類も必要かな。

 隣の店に移動――。

 レタス、パプリカに似た野菜も買う。

 肉と一緒に一つの大きな袋に纏めていれた。


 最後にその大きな袋をアイテムボックスの中へ保存。


 食材はこんなもんでいいか。


 胸ベルトに入った小物類と、背曩の中身を改めてチェックした。

 魔法瓶、細かい生活資金を入れた魔法袋、普段着の皮服、皮布、各種ポーションが入った頑丈な小さい金箱。

 木の歯磨きブラシは胸ベルトに収めてある。


 これらの品物は背曩と一緒に新しく買い直した物。


 それにしても……この岩製の魔法瓶は、良い商品。

 迷宮都市でしか産出しない鉱石から作られていると、クナは言っていた。

 水と血の保存に最適だから、俺の旅には必需品と言っていいだろう。

 魔法瓶の蓋を開閉して背曩に戻す。

 あ、石鹸も用意だ。

 もうギュザ草は使い切ってしまった。

 石鹸は高級な品にあたる。

 バボンの店には置いてなかったし、石鹸が売ってそうな店は……。


 あまり行ったことのない貴族たちが住むエリアへ行ってみるか。


 ポポブムに乗り込み、並歩ウォークの速度で中央市場から外れた。

 貴族たちが住む通りへ向かった。

 暫くして、通り沿いを歩く人々の身なりが良くなってくる。

 貴族、商人の関係者たちだろう。

 ポポブムの重そうな足で踏みつけられている地面も今までにない鱗タイルを使ったモザイク画のような物が敷き詰められてある道に変わってきた。

 色合いも白を基調としているので、高級感が溢れている。


 通り沿いには店も増えてきた。

 華やかな飾り付けの宣伝看板が置いてある。


 【シュハーレルの雑貨店】


 “高位職人三十名と直接契約しているのはシュハーレルだけです。品質は保証しますよ”


 【キーラ・ホセライの占い屋。運命神アシュラーの導き】


 “マダム・カザネには負けません。料金は南マハハイム一安いです”


 【魔金細工店ジル】


 “指輪は天下の回り者”

 “オセベリア芸術大賞五八九にて、ノミネートされたアクセサリーが展示されています”


 ここは日本でいったら銀座、パリなら八番街と言ったところか。

 高級店が建ち並ぶ中、客の出入りが多いシュハーレルの雑貨店の前でポポブムを停めた。

 路上駐車で罰金を取られることもない。

 俺はポポブムから降りて、綺麗なタイルの地面を踏みながら店に近付き、ガラス戸である扉を押して、店の中に入っていく。


 良い匂いが鼻孔から入って脳を占める。店内は香の匂いで溢れていた。

 匂いからして清潔感を演出するとは、やるな、この店。


 さっそく物色を開始する。

 陳列されている商品は雑貨屋という名の通り、服、布、小物類などが沢山売られていた。

 お、高級そうなポケットサイズのブラシもある。

 黒猫ロロ用にこれも買っておこう。

 ブラシを一個手に取った。


 他の棚も見ていく。

 へぇ、ほんと、色々あるんだなぁ。

 髪留めの金具、肌を守る樹液から作られた塗り薬から、えっちな形の棒、小型の鞭、孫の手らしき木の棒、革紐、香具や香花、香華、香壷に匂い袋も売っていた。


 良い匂いがするわけだ。

 肩にいた黒猫ロロは匂いが気になるらしく。鼻をくんくんさせている。


「ロロ、大人しくしとくんだぞ、あ、そうだ、これも買っとこう」

「ンンン」


 喉声で返事のみ。

 まぁ『わかってるにゃ』的な感じだろう。


 孫の手的な木の棒と革紐を取り、石鹸を探す。


 石鹸、石鹸と、あった。

 石鹸の売り場では、淑女らしき貴族女性と侍女が物色していた。


 この貴族の女性も石鹸を買うらしい。

 彼女は品定めをしているようだ。


 貴婦人の胸には財布の小物入れが、ぶら下がっていた。

 婦人は一つの石鹸を手に取って侍女が持つマフの上に乗せている。


 確か、あの首からぶら下げている財布、中世ではボルサと言うんだったっけか。

 ここじゃなんていうか知らないけど――そんなことを考えながら、俺も石鹸を手に取ってみた。


 石鹸は豆腐サイズの巨大な物ばかり。

 色は緑と白の二つしかない。

 どうせなら大人買いしちゃお。


 棚の下にあった十個ぐらい入っている木箱ごと受付に持っていく。


「いらっしゃいませ。――まぁ、こんなに。ありがとうございます。木の棒、革紐、大銅貨五枚、ブラシ一個で銀貨一枚、石鹸は十個で銀貨十枚になります」


 棒と革紐で大銅貨五枚、ブラシで銀貨一枚か。


 まぁ樫の木のようにしっかりした木目があるし金具も銀色の金属で、持ち手にも滑らかさがある。豪華な作りだ。

 これを丹精込めて作った職人の姿が目に浮かぶ。

 しかし、ブラシと石鹸だけでも、銀貨とはな。

 もしかして高級宿の一泊より高いんじゃねぇか?


「銀貨か」


 思わず一言ボソッと、言ってしまった。

 アイテムボックスから銀貨と値段分の金を出す。


「はい、確かに。では、今サービス中ですので、サーマリア国の人気の品、“人魚の皮”と言われる皮布を三枚付けますね」


 うは、サービスは良いんだけど、人魚? 皮?


「人魚って……」

「はい。元はサーマリア地方にしか出現しない水辺にいるライノダイルというモンスターの皮らしいです」


 ほっ、良かった。モンスターか。名前的にサイワニ系か?

 サーマリアと言ったら人魚を食う話を覚えていたので、一瞬、美人な人魚の生皮かと思っちゃったよ。


「このままお持ちになりますか?」

「あぁ、うん。このままでいいよ――」


 そう言って、アイテムボックスの中に布と石鹸を乗せた箱を入れていく。

 ブラシは胸ベルトのポケットの一つに入れた。


 店員の女性はアイテムボックスに箱がしまわれていく様を見て、目を瞬かせては、口をあんぐりと開けて驚いている。

 この店員、どこかのお嬢さんなのかな、自然と開いた口を手で隠す動作も、綺麗な所作だった。動きからして上品。


「それじゃ」


 そんな貴族的な店員を尻目に店を出て、ポポブムに乗り込む。


 ついでだ。アイテムボックスから……魔竜王の蒼眼を出しておこう。

 この表面がツルツルして感触が良い魔竜王の蒼眼。


 肩から斜めに装着している胸ベルトの多数あるポケットの中へ入れておく。

 この蒼眼を使った魔法がどんな感じになるか、暇な時、試したい。

 魔槍杖の石突き部位にある、蒼い宝石である竜魔石の氷魔法より威力は低いらしいが……。


 荷物のチェックを済ませてから、ポポブムに乗り込み進み始める。


 大通りからヘカトレイルの城門である門橋を渡る。

 そして、城壁の外にある浮浪者が多い新街を通り港へ進んでいく。


 その際に気掛かりなことがあった。

 相変わらず、背後からついてくる気配があったことだ。


 一応、背後を気にしながら魔槍杖を肩に担いで進む。

 背後の魔素の動きは、付かず離れずの絶妙な動き。

 こないだから俺を尾行している奴と、同じ奴か……手練れだな。

 だが、都市を離れてもついてくる気なら、好都合。

 人通りが少なくなれば“はっきり”と視認できる……。


 そんな背後を気にしていたが……結局、何事もなく港についた。

 ここの景色は初めて来た時とあまり変わらない。

 船からは滑車櫓で荷物が運ばれては大きな舷梯タラップが船から伸びて、人々がヘカトレイルの地に降りていく。


 あれだけの船を運用してるんだ、きっと大規模な海運商会なんだろう。


 さて、船ではなくて、馬車の一群を探さないと……。

 確か依頼の紙に書かれてあったのは“緑と黒の旗色に馬と剣の紋章”が目印だったよな。


 ――ここでは色々な商隊の旗印が風に靡いていた。


 黄色の虎型マーク、赤白の旗にスペードの形をしたシンボル、斜めに緑色の線が入る白旗、緑色の亀型マーク、象牙色の星型のシンボル、臙脂色に縁取られた乙女型のシンボルなど……。


 商隊の中には冒険者たちの姿も多数見られた。


 おっ、あった。


 幌馬車が二台に荷馬車が三台。

 その馬車に掲げられた旗には“緑と黒に馬と剣”が描かれてある。


 周りにいる冒険者たちも多い。

 ここだけで、十数人はいるようだ。


 荷馬車には次々と荷物が載せられていく。

 果実や野菜に貴金属もあるようだ。金銀の細工品と見られる物が日の光を反射している。他にも鉱物らしき物も大事そうに載せられていた。


 鉱物、金、野菜、果実か。バラバラだな……。

 幌馬車の方にも木の樽が幾つも運ばれていく。


 そんな詰め込み作業を見学しながらゆっくりとポポブムを近付かせて、冒険者集団が集まっている場所で待機すること、数十分。


 いつの間にか、俺を追跡していたと思われる背後にあった気配がなくなっていた。


 その代わりに同じ依頼を受けていると思われる黒外套を着込む冒険者や暗褐色のフードを被る冒険者たちがぽつぽつと現れる。

 少し怪しいが……共に待機している冒険者たちの列に加わっているので、多分、普通の冒険者だろう。


 冒険者たちが集結しているタイミングで、幌馬車からターバンを被った商人らしき男が顔を出す。

 商人は冒険者たちの様子を確認すると、馬車から降りてきて口を開く。


「……わたしはルクソール商会のタジキ。この隊商輸送を任されている者です。依頼を受けた冒険者の皆様方。今回の護衛を宜しくお願いします。先導及び、その他、諸々の決め事は冒険者様同士でお決めになってください。我々は指示に従いますので。では――」


 名はタジキ。小気味の良い口調だった。

 大きいターバンに、上下一体型の質素な茶色のブリオー系を着ている。

 動きやすさを優先しているようだ。

 ま、旅だから、動きやすさを念頭に置いた服なんだろう。

 あの大きいターバンだけ豪華で、何か中に詰まっていそうなターバン。

 鍔がある表面には宝石らしきブローチが飾られてある。

 もしや、お菓子、飴玉とかが詰まっていたりして……。  


 そんなおかしな想像をしていると、特徴のある頭を持つタジキは御者に何か話をしてから馬車の中へ戻っていた。


 そして、待機していた冒険者の集団から数人が前へ出る。

 大袈裟に手を挙げながら、背が高い人物が喋り出した。


「――わたしはCランク冒険者クラン【ローデリアの黄昏】のリーダー、ケンス・リトマネン。他に八名のメンバーがいる」


 そう名乗ったケンス氏は茶色の革鎧ソフトレザーの上に小さいチェイン系防具を装着していた。俺よりも身長が高く頭には羽根飾りの帽子を被っている。


 腰には長剣を差し腕には丸盾を持っていた。

 オーソドックスな装備だ。


 続いて違う冒険者の代表が前に出た。


「俺のとこはDランク冒険者クラン【ファダイクの牙】だ。五名メンバーがいる。俺の名はリーゼ・ドセッティ」


 リーゼと名乗った男は槍を持つ。

 動きやすそうな青革鎧を身につけている。


「……わたしはBランク冒険者、フラン、個人参加だ」


 フランと名乗った冒険者。

 黒外套に付いたフードを脱ぎ顔を晒しながらの言葉だ。

 その様子と喋った内容に、周囲が少しざわついた。

 高ランクで、女性の個人の冒険者は珍しいらしい。


 女性か。それよりも、何だ、あれ……。

 そのフランと名乗った女性冒険者の肩には不思議な物が止まっていた。


 全身が半透明の鷹らしき生物?

 半透明というより、僅かに蛍光色を発している。


 ん、いや、俺の魔察眼だと蛍光色を僅かに放っていると分かるが……。

 魔察眼なしだと、透明な存在だ。

 光の屈折でそこに何かが存在していると分かる瞬間があるが、注視していなければ分からないレベルの透明さ。


 ……使い魔や獣魔の類いだろうか?


「……Cランク冒険者クラン【戦神の拳】のリーダー、ゴメス・ドロン。他に俺を含めて四名のメンバーがいる」


 不思議な生物を凝視していると、次の冒険者が名乗っていた。

 彼はゴメス・ドロンか。

 寸胴な体格で首元が肉厚で恰幅の良い男。

 太い両拳の腕甲には先端が三角刃に削られた太い金属棒を装着していた。


 あれ、パイルバンカーか? 接近戦専用かな。

 カッコイイ。硝煙と死臭にはまみれてないが。


 このゴメスを含めた冒険者たちは魔闘術が使えるのは……。

 数人だけかな。目に魔力を留められる人物はいないようだ。

 フランと名乗った高ランク冒険者の肩で休む透明な鷹の存在には、誰一人として気付いていない。

 

 それとも気付いていて、指摘しないのか、暗黙の了解とかがあるのか?


「Cランク冒険者……トマス・グラセライ。個人だ」


 トマスと名乗った者は暗褐色マントとフードを深くかぶり顔が隠れているから、装備類の確認はできなかった。


「Cの、個人参加、ロッカだ」


 同じように暗褐色のマントとフード。

 顔は分からず。


 俺以外は全員名乗った。

 この依頼はCランク。

 一々自分のランクとかは言わないでも良さそうだが。


 まぁ、皆も言ってるし、言っとくか。

 一歩前に歩き、短く名乗ることにする。


「Cランク冒険者、シュウヤ・カガリ」


 俺が名乗り終えると【ローデリアの黄昏】のリーダーであるケンス氏が身ぶり手振りで再び話し出す。


「……全員、名乗りましたね。それでは、高ランクのフランさん、リーダーを――」

「いや、わたしは個人参加だ。フォローに回った方が良いだろう。指示には従う」


 ケンス氏が喋っている途中で腕を上げて、言葉を遮ったのはフランと名乗った肩に不思議な鷹のような生物を飼っている女冒険者。


 彼女は赤髪、深紅色の質感だ。瞳は鳶色。

 両頬には小さいソバカスがぽつぽつある。

 身に着けている装備は黒外套で覆われているので確認できないが、背から両手剣の柄が見えていた。


 謎多き、美人過ぎる冒険者か。


 俺と同じような胸ベルトを装着している。

 ベルトの背中側に両手剣を連結しているんだろう。

 魔闘術による魔力操作もスムーズだ。Bランクは伊達じゃない。

 そんな女冒険者の左肩にいる半透明な鷹は動かずにじっとしている。


「わかりました。では、次に高ランクなCランクから決めたいと思いますが、何か意見はありますか?」


 皆、黙ったままだ。


「沈黙は肯定と捉えます。では、【ローデリアの黄昏】のリーダーである、わたし、ケンス・リトマネンが、この護衛依頼のリーダーを担当したいと思います。――皆様、よろしいか?」


 わざわざリーダーをやるとは、殊勝な方だ。

 リトマネンという名前、昔のサッカー選手にいたような気がする。


「【ファダイクの牙】のリーゼだ。異議なしだ」

「個人のトマスだ。良い」

「さっき断ったフランだ。勿論、わたしも賛成だ」

「【戦神の拳】のゴメスだ。俺たちも構わねぇ」

「ロッカだ。個人参加だが、賛成する」

「えっと、個人のシュウヤです。賛成です」


 俺も合わせて賛成に一票。


「わかりました。では、先導は我々が担当します。中衛に【ファダイクの牙】、後衛に【戦神の拳】という形で、個人の方は、ご自由にご自分で判断して好きな位置を守ってください。では、出発しましょう」

「「おうっ」」


 アバウトだけど、皆、そろぞれ納得した様子だ。

 大きな返事の声を上げていた。


 大所帯の冒険者クラン【ローデリアの黄昏】が早速、先頭を進み始める。

 リーダーである、ケンス・リトマネン氏は商人たちが乗った幌馬車の御者に話しかけていた。


 そして、威勢の良い声をあげると、リーダーのケンス氏は腕を挙げて先導を開始する。


 商人が乗る幌馬車に続いて、馬が嘶き荷馬車が進み出す。

 冒険者たちがそれらの荷馬車を囲うように周りを固めていた。


 多数の馬や魔獣たちが躍動。

 蹄の足音が重低音を作り出す。


 冒険者たちが利用している乗り物は、殆どが馬だったが魔獣に乗っている者も存在した。


 それは俺を含めた四人。


 暗褐色の外套を着る二人組。

 名前はロッカとトマス。

 個人参加だが、お揃いの太い二本脚を持つ恐竜型魔獣なので知り合い同士なのかもしれない。


 この二人は一言も言葉を交わさないが、衣服といい魔獣といい、類似点が多かった。


 もう一人は高ランク冒険者のフランだ。

 騎乗しているのはポポブムに似た魔獣。


 プボォッと、法螺貝のような鳴き声もそっくり。

 だが、よく見ると、色や形が俺の乗るポポブムとは少し違うとわかる。


 系統は同じようだが。


 そんな魔獣に乗るフランの左肩に留まっていた半透明な鷹は飛び立って、一瞬消えたように見えたが、凝視すると、フランの真横で低空飛行を行い、ついてきている。


 先導を任されたクランのメンバーたちは結構な速度を出して進んでいった。

 この辺は街道が整備されているから速度が出せるようだ。


 多数の冒険者たちに守られた隊商チームは土煙を出しながら街道を進む。


 俺は振り返った。

 高い城塞の壁が小さい。もう遠くの彼方だ。


 ――然らば、【城塞都市ヘカトレイル】。

 ――然らば、キッシュ。

 ――然らば、ロケットおっぱい。透明感のある笑顔は印象的だった。


 それに、紅虎の嵐の皆、おっぱい受付嬢、侯爵シャルドネ、ルビア、グリフォン隊のセシリー。


 皆、良い美人さんたちであった。

 海馬体のシナプス回路には彼女たちの笑顔が保存済みだ。


 また、どこかで会えると嬉しいが。


 そんなことを考えながら一日目が過ぎた。

 隊商は夜になるまで街道を西へと進む。

 完全に日が落ちると、先導が止まった。


 リーダーを務める背が高いケンス氏が片腕を挙げる。

 その何気ない仕草は、本当に俺たちを率いる隊長の姿に見えて、カッコイイ。


 そんな仕草をやってみたい。

 と、考えていると、そのケンス氏が、俺たちのいる後方へ馬を走らせてきた。


「止まれっ、このまま、ここで休憩する。見張りは各クラン、個人で自由に決めてくれ。出発は明日の朝だ」


 随分とアバウトなんだな。


 皆、言われていた通りに各自、自由に過ごす。

 ただし、荷馬車と幌馬車の周りに集まって休憩するのが、この護衛依頼のルールらしかった。


 何分、俺は護衛依頼は初だ。


 分からないので、その場の雰囲気に従って動いた。

 クラン同士はクランで集まり、ぼっちなソロ組も個人参加同士でキャンプの火の周りに集まって過ごす。


 しかし、皆、終始、無言ときたもんだ。

 なので、寂しく過ごす。

 この間受けた依頼のメンバーとは百八十度態度が違う……。


 沈黙を続けるメンバーの様子を窺った。

 赤髪のフランは両手剣を肩に抱えている。

 両手剣を離さず用心しつつ、ビスケットのような物を口へ運んで食べていた。


 暫く、無言のまま時間が過ぎた。

 見張りを担当した冒険者が、うとうと、と寝静まる。


 すると、深夜過ぎに、動きが……。

 燻っていた火元の近くにいたフランがキャンプの場からこそこそと離れた。

 なんだろ? 


 と思いながら俺もその場を離れた。

 ポポブムを停めてある場所に戻った。


「ロロ、少し隠密する。ここで留守番しておいて」

「ンン、にゃっ」


 既にポポブムの後頭部で丸くなって寝ていた黒猫ロロは気だるそうに頭をあげて鳴くと、尻尾でポポブムの後頭部を軽く叩きながら丸くなる。


 黒猫ロロはもう眠いらしい。

 それじゃ、フランの後を追いますか。


 赤髪のフランには悪いと思いつつ――。

 ポポブムが寝ている場所から離れキャンプをしていた場所へそそくさと戻り、フランを背後から追った。


 <隠身ハイド>と<夜目>を発動。


 女冒険者フランの背中が見えた。

 彼女は周囲を確認するように、きょろきょろと首を回し、用心深く歩いている。

 キャンプが張られたところからはかなり離れた。

 誰もいない背丈の高い草が繁ったところで、立ち止まると、また、念入りに周囲を確認している。


 まさか、おしっこか?


 俺の<隠身ハイド>スキルがフランの気配察知能力を上回っているのか、気付いていない。

 <暗者適応>の恒久スキルと<隠身ハイド>のスキルの相性は抜群だ。

 暗闇は俺のホーム。だが、やべぇな、変質者になった気分だ。

 ん、気分ではなく実際、変質者か……そんなどうでもいいことを考えていると……お、よかった、彼女は腕を動かしている。

 おしっこ、ではなかった。

 少し残念? ……変態思考はここまでにしよ。


 フランは小さい紙片に文字を書き記している?


 更に、書いた紙片を小さく丸めてから、肩にとまっている不思議な鷹の足にある筒の蓋を開けて、筒の中へ紙片を入れて筒の蓋を閉めていた。

 連絡用の鷹なのか。

 彼女は透明な鷹の頭を撫でてやると、クェッと鷹は甘えたような声を発していた。

 蛍光色に輝く鷹は、そのまま翼を広げ夜空へ飛び去っていく。


 あのフランとかいう赤髪の女、冒険者と兼業で他の仕事をしている?

 本職はスパイや闇ギルドか?

 もしかして、俺をつけていた奴か?

 フランは鷹を見送った後、草むらから戻ってきた。


 タイミング的に姿を見せて何をしていたか問うか?

 無視して依頼を続けるか?


 ここで話しかけてもシラをきりそうだ。


 ――決めた。

 様子を見よう。まだ一日目だ。


 俺はそっと移動。

 気付かれないようにポポブムとロロがいる場所へ戻っていた。


 フラン以外の冒険者で怪しい行動を取る人物はいない。


 まぁ、当たり前か……。

 本来は商人を守るのが護衛の仕事だ。

 俺が周りを“気にしすぎ”なのかもしれないし。


 ポポブムの顔が見えた。

 <隠身ハイド>を解除する。


 ポポブムは器用に足を畳み休んでいた。

 俺が戻ると、もそっと首を上にあげ小さい目で俺を見つめてくる。


「起こしちゃったか? 気にせず、休んどけ」

「ブボッ」


 そんな低姿勢なポポブムの上に跨がり楽な姿勢を探しながら時間が過ぎていく。やはり、胡座が一番楽だ。両腕を後ろに回して、頭を上へ向けた。

 茄子のような紺。真っ白な棚引く雲が、流れてゆく。

 快晴の夜空、昼間の晴れた空よりも、やはり、夜がいい。


 ――星々が綺麗だ。

 茄子紺のキャンパスを星々が彩る。


 今もこうして恒星の周りを回っているということは、この宇宙の何処かには太陽系が存在し第三惑星である地球があったりするのだろうか。

 いや、違うな。最初、一番初めの転生の時、違う次元、違う宇宙、そんなことが表示されていたから違うのだろう。

 インフレーション、宇宙背景放射、ダークマターの量や膨張速度が違ったりするのかな?

 未知の素粒子の海から神の粒子と言われたヒッグス粒子も全てが違うんだろう。

 違う星々には神々と関係があったり、同じハビタブルゾーンを回る衛星惑星にいるだろう未知の宇宙生物、この星より文明の進んだ知的生命体もいるんだろうか。


 はぁ、つい、地球的な考えを持って見ちゃうな。

 綺麗すぎる夜空……。

 転生してきた俺、成長している俺だが……。


 この広大な宇宙を考えれば、ちっぽけな存在だ。世界は広い。


 無限に広がる宇宙の考察をしながら周囲の観察も怠らずに続けた。


 そんな思考を巡らせていたら、寝ていた黒猫ロロが起きてくる。

 眠け眼のまま、股の上に乗ってきた。


 可愛い。


 夜空の無駄な考察を止めよう。

 その相棒の毛並みを楽しむように、頭部から背中に尻尾までグルーミングしてやった。

 専用のブラシで黒曜石のような毛並みを伸ばす。


 嬉しいのか、ごろごろと甘えん坊なタレ子の喉声を鳴らす。

 可愛い黒猫ロロのナデナデを楽しんだ。


 あ、そういえば、と、黒猫ロロ用に買っておいた孫の手と革紐を取り出す。

 これであるものを作る。

 ピタゴラ的な、子供向け工作番組の鼻歌を鳴らしながら――。

 

 木の棒の先に紐を結んでっ、簡易な猫じゃらしの、完成だ!


 猫型ロボットが四次元ポケットから魔法の未来道具を出すように、俺はお手製の猫じゃらしを月へ掲げるように持った。

 

 直ぐに黒猫ロロがむくっと顔を上げた。

 棒の先端で揺れている紐に反応を示す。


 よし――お手製猫じゃらしで遊んでやろう。


「ンンンッ」


 喉声で鳴いた黒猫ロロはたまらずに、紐先を追いかけていった。


 ははっ、おもろっ――。

 黒猫ロロは革紐を捕まえると、紐に噛み付き、後ろ脚で猫キックを紐に当てている。

 あぁ~紐が切れてしまう!


 直ぐに革紐を引っ張ると、紐が爪に引っ掛かり切り裂かれていった。

 が、これはこれで、新たな猫じゃらしになる。


「はは、ロロっ」

「にゃぁにゃおん、にゃっ」


 調子に乗った。

 ぐるぐると円を描くように猫じゃらしを動かす。


 黒猫ロロは目まぐるしく動く猫じゃらしを、素早い四肢の躍動で追いかけて、自分の尻尾を追いかけるようにぐるぐる追いかけていった。


 俺は光魔ルシヴァル、ヴァンパイア系の身体能力で動かしているので、この動きについてこられる黒猫ロロも普通ではないが、あまりにも速く何百回と、猫じゃらしを回したせいか、黒猫ロロは目を回して、変な方向に歩き出してしまった。


 これじゃ、童話にあるような黒バターになってしまう。


「ごめん」

「にゃおん」


 速度を緩めたとたん、紐に飛びつく黒猫ロロ

 回復ハヤッ。革紐はあっという間に紐ではなく、繊維の束になっていた……。


 猫じゃらしから手を離すと、黒猫ロロは木の棒にも噛み付いて、口にくわえて猫キック。


 そして、キックに満足したのか、口に咥えた木の棒を俺の膝に運び置いてきた。


 黒猫ロロは手前で、人形のように脚をそろえると、つぶらな瞳で俺の目を見つめてくる。

 催促か?


「まだ遊びたい?」

「にゃおん、にゃ」


 遊びたいらしい。

 こうして、霧が濃くなったが、何事もなく黒猫ロロとの遊びの夜は過ぎていった。



 ◇◇◇◇



 朝日だ。

 乳白色の霧がまだ発生しているが、その霧を払うように幾つもの光条が街道を照らす。


 先の街道を明るく映していた。


 風も発生し、霧が空気の流れによって分かれていた。

 光と霧が混ざった朝の素晴らしい光景。

 幻想的で綺麗だった。心地いい横風も吹いてくる。

 ハイム川がある方から流れてくる風だろう。


 見晴らしの良い長閑なペンションにでも泊まっているような鮮やかな気分で、自然と深呼吸を行う……気持ちがいい。

 ――いつもこんな感じの朝だと良いんだけどな。

 そんないい気分で俺を含めた冒険者たちは朝を迎えてから、早々に、朝飯を済ませての出発となった。


 俺は隊商の一番後方から付いていく。

 軽快にポポブムを走らせた。

 風を楽しむ~、ルララ~と、鼻歌を歌う。

 まだ、昼だ。太陽の光が眩しい。真っ昼間の時間帯。

 左右に凹凸が激しい灰色の岩群が散乱する地形を通りかかった時、先導を担当していた冒険者たちの声が響く。


 叫び声だ。

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