六十四話 ゼリウムボーン

 四、五日目を過ぎた。

 大回廊の奥へ進むにつれ、オーク、豚人の姿をよく見かけるようになってくる。


 俺はこの時、初めてオークの姿を見た。

 顔は完全な豚顔。特徴的な大きな鼻に太い下唇を持つ。

 その下唇の両端から牙が二本、上へ伸びていた。


 ゴブリンも色々な種がいるようだが、平均的なゴブリンより一回り大きい。


 鎧や武器などを装着し、ちゃんと武器を振り下ろしてくる。

 ゴブリンよりも頭の知恵が回るらしく集団戦や隠れながら襲いかかってくることもあった。


 しかし、俺には掌握察がある。

 魔素に反応するので、必ず俺が先にオークたちを発見し、皆に連絡を行っていた。

 だから、オークたちからの奇襲は受けずに進めていた。


「俺は楽できるな、シュウヤ、ナイスだ」


 アルベルトは、獣鼻穴をほじくりながら語る。

 鼻くそをイグへ向けて飛ばし笑っていた。


 今も前方にある石柱の後ろに魔素の気配がある。

 きっと、オークだろう。

 銀色に輝くハルバードを片手に、慎重に進む。


 黒豹型黒猫ロロディーヌへ視線で合図。

 黒豹の四肢を躍動させるように素早く柱の後ろへ先回り。

 隠れていたオークを炙り出す。


 オークは黒豹型黒猫ロロディーヌの姿にびっくりしたようで「――何ダッ」っと片言を叫びながら柱から飛び出してきた。


 ――チャンス。

 俺は走りながら、その飛び出したオークへ向けて、<刺突>のハルバードを突き出す。

 オークは鋼鉄製の胸甲板を装着していたが、ハルバードの先端にある矛がいとも簡単に甲板を突き抜けオークの大胸筋へ深く突き刺さっていた。


 血塗れな銀矛から金属棒の表面を血が伝い流れてくる。

 持ち手が血で染まる前に、ハルバードの矛にぶら下ったオークの死骸を左へ薙ぎ捨てた。


「――流石だ。耳は回収しとくぞ」


 ドワーフのイグはそう話しながら、投げ飛ばしたオークに近寄り、討伐証拠の耳を切り取っていた。


「ひゅ~、はえぇはぇぇ。またまた俺たちの出番は無さそうだ。シュウヤの察知能力ソレは普通じゃねぇな? 俺ら種族が使う“匂感覚”を超えた索敵能力だ」


 虎獣人アルベルトは首長い頭を斜めへ向かせると、口笛を吹き、俺の気配察知を褒めながらダガーを逆手に持ち構えて、軽い足取りで近付いてくる。


「あぁ、そんな感覚に似た物はあるのかもな、だが、アルベルト……まだ隠れてるオークはいると思うぞ。ここは石柱が多い……」


 俺が注意を促してやると、アルベルトは素直に前方へ注意を向ける。


「それもそうだな……気を付ける」


 前方の石回廊には石柱が疎らに点在し、奥から風が吹いてくるので、地下深くにある独特な遺跡としての存在感を感じさせていた。


 おっ、また反応があり。

 アルベルトもオークの気配を感じ取ったのか、武器を構えた。

 彼は真剣な虎顔を浮かべ大きい鼻を奇妙に動かす。

 瞳の奥に野獣としてのしたたかな力強さを感じさせる鋭さを見せていた。


 視線の先には、掌握察で魔素の反応があった場所を見つめている。


 へぇ、あれが、匂感覚のスキルか。

 アルベルトが虎獣人らしい痩せた体格を生かすように軽い足取りで、素早く柱の影に近付いていく。

 足音は聞こえない。やけに軽快だが……んおっ、アルベルトは長い首を反らしてバレリーナのように飛ぶように何かを避けた。


 矢か。アルベルトがいた地面に矢が刺さっていた。

 今度のオークは弓持ち。

 しかし、アルベルトは流石に獣人。優秀な軽戦士系なのだろう。あの矢を避ける動き、自然で滑らかだった。動きも素早かったし。


 ――そこでアルベルトは、急に奇声をあげる。

 わざと目立つように声を響かせ、反対側の石柱へ駆け抜け柱の背後へ隠れた。


「グァ――」


 そこに、タイミング良くオークの叫び声が聞こえてきた。

 どうやら、イグが回り込んで仕留めたらしい。

 アルベルトはわざとオークアーチャーの注意を引き付けたのか。


 イグがオークの耳を回収して戻ってきた。


「おいしいとこ、持っていったな」


 アルベルトはイグに目配せしながら半笑いで話す。


「ふんっ、当たり前だ。アルベルトめ。いつもの“豚殺し”だろうが」

「まあな。イグのおっさんならタイミング合わせるだろうと思ってな」


 このドワーフと虎獣人は以前から組むことが多いらしい。

 意思疎通がスムーズ。


「二人ともやるじゃないか」

「おうよ、シュウヤだけに、いいかっこさせちゃあな?」

「そうだ。前衛は俺らだけだし、後ろは魔法使いだけだからな」


 そんな感じで左右に石柱が列なり続く石柱通路を進んでいく。


 六日目以降からは、現れる敵は完全にオークだけになる。

 最初は二匹~三匹だけの遭遇戦の場合が多かったが、次第に集団戦となる場合が増えてきた。

 仲間の背曩にはオークの耳が積み重なっていく。

 オークの巡回チームか、探索か、迷い込んだか分からないが、ここらへんはきっとオークのテリトリーなのだろう。


 この石回廊、光源があちこちにあるので視界は保たれているが、時折、壁に光源がない場合がある。

 俺は夜目があるので気にしなかったが、そんな時は必ず後衛の魔法使いスコラが光球を発生させてくれた。


 今も、進んでいる前方が暗いので、後方から何も言わずとも、魔法の光球が飛翔して石通路の先を照らしていく。

 すると、前方へ飛んで行った光球が、今までとは違った空間を映し出した。


 ――大穴、いや、崖に近い。


 崩落が起きたのか、途中で通路が無くなって暗闇の大穴空間が前方を占めていた。

 アルベルトが走って、大穴に近付き周りを調べている。


「……見ての通り、右が大穴で崖だ、落ちたら確実に死ぬ」

「こりゃ、迂回するか?」


 ドワーフのイグは神官スコラへ指示を仰ぐように視線を向ける。

 スコラは少し考える仕草をしてから口を開く。


「ん~、そうですね。アルベルトさん、他に道はありませんか?」

「ちょいと、待った」


 アルベルトはそのまま左端の隅へひょひょいと軽い調子で移動。

 穴の下に細い首を伸ばして、覗く。


「……お、やっぱあったか。あったぞ。壁石が削られ木板で補強された道だ」

「おっ、見つけたか」


 イグがアルベルトの方に走り寄っていく。


「これか、皆、狭いがこの道なら進めそうだ」


 イグも確認、道があるらしい。

 皆で左端へ移動して下を見た。

 本当に左側の壁が削られて通路の道が出来ていた。

 梯子も設置されてあるので、先にアルベルトが梯子を使い、降りていく。


 板とロープで補強された石道。

 右側は底が見えないほど深い闇の大穴が広がっているので危ない。


 あの右側では、歩きたくないな。


「大丈夫だ」


 先に下りていたアルベルトが安全を確認してくれた。

 掘られた石場の地面は確りしていて大丈夫らしい。


「では、進みましょう」


 スコラが発言。


 皆、その言葉を聞くと頷き、梯子を降りて行った。

 壁を削った狭き道をアルベルトが先頭に立ち、進む。


 左辺には削られた石壁、右辺は柵もなく闇の深淵たる大穴が広がる。

 水平状の右奥には暗闇が広がり、遠くに灯りが点在しているのが見えた。


 板の道は歩くたびに、ミシミシいってくる。

 補強されているとはいえ……少し不安になった。


「松明があちこちにある……」


 アルベルトが右に広がる暗闇大穴の向こう側のある光を確認したらしい。

 そこには点々とした小さい灯りが見え、こちらと同様に壁石が削られたような道が出来ていると予想できた。


 この迷宮が巨大だとよくわかる。

 視線を戻し、壁が削られて出来た通路を行く。


 その時、掌握察に反応があった。

 この狭きところで戦いか。


「前方に複数のオークだ。俺たちに気付いたぞっ!」


 アルベルトは大声で警戒の声を上げて、弓を放つ。

 オークは矢を眼玉に食らい、痛みの叫び声を挙あげて顔に手を当てながら体勢を崩すと、そのまま仲間を巻き込みながら右側の暗闇の中へ落下していった。


「ここは“前衛”俺らが踏ん張る場面だ」


 ドワーフのイグは不敵に笑みを浮かべて喋る。

 手斧を右手に楕円の盾を胸に構え、オークの群れに突っ込んでいった。


 俺と黒猫ロロも続く。


「ロロ、右側の穴に気を付けろ。落ちるなよ?」

「ンンン」


 黒猫ロロは喉声で返す。


 イグは左の壁際で戦っている。

 やっぱ、そっち側に行くよな……。


 しょうがない、危ない右側は俺が担当しよう。

 ここは狭いのでハルバードは振り回せない。


 ――突くことだけに専念。


 俺は右にある崖の闇に注意するように動く。フォローにも回った。

 黒猫ロロも小さい体躯を利用し小刻みに動いてオークを錯乱させる。

 さらには触手骨剣をオークの足に突き刺し、隙を作ってくれた。


 冷静にその足を痛がるオークの首元に矛を突き刺す。


「イグ、右側は任せろ」

「おうよ、落ちるなよ」


 わかってるさ。

 イグが忠告してくれたように、本当に右側には壁がないので怖い。

 あの真っ暗闇が続く崖下には落ちたくないものだ。


 何しろ、一度経験しているんでねっ――。


 落ちないように注意しながら、その右側の大穴を利用する形でオークを倒していった。


 黒猫ロロも何回も触手骨剣をオークの足へ突き刺したり、触手を足に絡ませたりと、オークの動きを止めて貢献してくれている。


 背後からスコラの詠唱する声が聞こえたが、何らかの支援魔法だろうか?


 気にせず、ハルバードの射程を利用する。

 大きい斧刃で、オークの足を引っ掻けるように引き倒したり、矛で首を突いたり、頭上から叩きつけたりと、順調にオーク共を屠り続けていた。


 お? 突然に前衛の体俺たちが光を帯びた長絹のような物に包まれるエフェクトが見えた。

 ヒュオっとした音も聞こえる。


 支援の魔法と分かるが、あまり変わった気がしない。

 だが、他の前衛には効果があったらしい。

 光を帯びた前衛たちイグとアルベルトがオークたちを屠る速度が上がった気がしたからだ。


 蹴散らしながら前進。オークたちは数を減らしていく。

 やがて、狭い石壁通路の最後まで到達。

 狭き石通路に居座っていたオークの全てを駆逐することが出来た。


 目の前に登り梯子がある。

 俺たちが進んできた背後の狭い通路には豚人たちの死体が並び、武器やら防具が散乱していた。


「ちと、臭いな……」

「ああ、だが、討伐証拠になるし、シュウヤ、オークの耳を切るぞ」


 アルベルトとイグはお互いに目を合わせ愚痴をこぼしながら、オークの耳を剥ぎ取っていた。


「了解」


 俺も手伝う。 


 オークが装着していた武器や防具品は勿体ないが回収はしないらしい。

 どれも価値もないサイズも違う粗悪品のようだ。

 鉄なので多少な金にはなるが、依頼を成功させる方が金になるし、持てる荷物は限られている。

 それに“普通は荷物の中は食料で一杯だからな”とイグが語ってくれた。


 俺にはアイテムボックスがあるから全部回収しようと思えばできたと思うが、容量のことがあるので回収はしなかった。


 討伐証拠である耳の回収だけを終えて、死体は穴に落として処理。梯子がある石壁に進む。


「ここで終わりらしい。昇るぞ」

「おう」

「行きましょう」


 梯子を上った先は石回廊が続く。


「ん、同じような石回廊と思ったが……」


 アルベルトは回廊の奥へ視線を動かしながら語る。


 俺も奥を見つめていく。

 本当だ。回廊と同じ石材だが、横幅が広くなっているようだ。

 遠近の錯覚ではないはず。


「……わかりました。慎重にいきましょう」

「了解」


 スコラの冷静な言葉に、皆は頷いている。

 そして、その広場のような空間を、皆できょろきょろと頭を動かして、周りを警戒しながら進んだ。


 おっ、魔素の反応あり。

 多数の争っている剣戟音の騒音も聞こえてきた。

 音の方向である広場奥へ目線を向けると、オークたちと白色硝子の人型たちが戦っている現場が目に入ってきた。


「おい、ゼリウムボーンとオークたちが戦ってるぞ、大型オークも一匹いやがる」


 アルベルトはそう話しながら、弓を用意。

 矢を取り出し攻撃準備を始めている。


 あれがゼリウムボーンなのか。イメージと違う。

 俺は沸騎士のような骨騎士が相手だと思っていた。


 あんなSFチックな硝子や水晶で出来た人形だとは。


「わたしたちがゼリウムボーンを弱体化させます。オークを先に倒してください」


 スコラがリーダーらしく発言。

 彼女を中心にアリアの放浪者たちクランメンバー三人はそれぞれに持ち武器である杖を胸前に構えた。


「わかった」

「おうよ」

「了解」


 俺を含めた前衛たちが軽い口調で返す。


 アルベルトは矢を撃ち放ち、イグは短足を目一杯動かし気合い声を上げながら吶喊していく。

 俺と黒猫ロロもイグの隣、右辺からオークたちがいる場所を目指した。


 黒猫ロロは走りながら、むくむくっと姿を大きくする。

 だが、いつもと違い、その姿は小さい山猫、機動を優先するらしい。

 微妙に姿を変化させながらゼリウムボーンと戦っていたオークの足へ触手を絡ませ巻きつくと、黒猫ロロは俺が見つめていたのを気付いていたのか、触手に絡ませたオークを目の前に運んできてくれた。


 まな板の鯉、的なオーク。


「ロロ、ナイス」


 オークは足に絡む黒猫ロロの触手を切ろうと手に持つ武器を触手へ当てるが僅かに表面に傷が付くだけで触手は切れない。

 そんな無理な体勢である必死なオークの脳天にハルバードの斧刃をプレゼントしてあげた。


 オークのデカ鼻が潰れ、顔が真っ二つ。

 俺が仕留めるのを確認した黒猫ロロは即座に違うオークを標的にしたのか走っていった。


 各個撃破といきますか。


 オークたちは突如現れた俺たちに反応を示したが、ゼリウムボーンは特に反応を示さなかった。

 暴走した機械のように誰彼構わず襲うようで、俺にも白板のような長細い硝子腕を振り回してくる。


 硝子腕の攻撃を避けながら、強敵そうな斧持ちの大型オークを狙う。


 大型オークは頭、胸、手、足とちゃんと防具を装着しているので防御力が高そうだ。

 なので、防御しきれない体の節目を狙った。

 隙間、隙間に普通の突きを連続で放ち撃つが、大型オークは体勢を僅かに崩しただけで、致命的な突きを防いできた。


 両手に持った斧刃を上手く扱う大型オークか。

 俺のハルバードの連続突きを防いでいるが、次第に大型オークは疲れを見せはじめて、連撃に対応できなくなる。


 大型オークは豚らしい、激しい息遣いになった。


 そのタイミングを逃さない。

 オークらしい太い筋肉腕の関節を狙い、右肘を最初に粉砕。

 そこで、一気に間合いを詰めた。

 ハルバードの後方部である石突を左脇腹に衝突させる。


「ゴバァッ」


 防具を凹ませたのでダメージは通った。

 苦しみ怯んだ大型オーク。

 ――更に上段からの銀斧刃を振り上げるフェイントを交える。

 大型オークはフェイントに掛かり無事な左腕を持ち上げ、攻撃を防ごうとした。


 ――掛かった。

 フェイント軌道から急遽、下弧線を描くように振り下げられた銀斧刃はオークの膝関節を斬る。

 黒槍とは違う斬れ味を感じさせる感触を得ながら片足を切断してやった。

 さらに、血塗れたハルバードを回しひねりオーク足の間、股裏へ石突をぶち当てる。


 そのままハルバードの長い金属棒を縦に押し込み、大型オークの体を押し倒す。

 片足の大型オークは柔道技の大内刈りを喰らったように背後に転倒。


 俺はそのタイミングで少し跳躍――転倒した大型オークの頭へ流れるように踏み込みストンピングを喰らわせた。

 魔闘脚による体重を乗せた踏み込みだ。

 大型オークのかぶっている金属の兜ごと凹み、頭蓋が潰れる異音が耳朶に届いた。踏みつけた足型の跡がしっかりと残っている。


 大型オークを仕留めたところで、左側の戦いが目に入ってきた。


 イグの勇姿。手斧と盾を縦横無尽に扱い、オークを翻弄している場面。

 彼はドワーフ。背が小さいイグの姿だ。


 だが、どことなく映画ワンシーンの映像と重なる。


 その姿はたった三百人で百万のペルシャ兵を峡谷の戦いで撃退したという古代ギリシャスパルタ兵の動きにそっくりだった。


 テルモピレーの戦いを再現した映画だったか?


 イグが装備している盾をよく見ると、楕円の一部を切り取った形の盾をしている。

 ――その盾で攻撃を防ぎ、斧で攻撃を返す。

 今度は盾をフック気味に扱い、敵の顔面へ盾でダメージを与え、斧で止めを刺すといった連撃を繰り出していた。


 至ってシンプルだが、無駄のない攻撃。

 そんな感じで次々とオークを屠っていく。


 アルベルトは後方から弓による牽制を兼ねた攻撃を行っている。

 オークの頭を狙っているようだ。

 だけども、知能あるオークにその矢は何回も阻まれ狙いが外れるが……まぁ牽制にはなっているので、イグの戦いが楽になっていた。


 その時、後方からは支援攻撃とみられる青白い炎のカーテンが敵の集団に襲いかかっているのが目に飛び込んでくる。


 おぉぉ。すげぇ。


 オークにゆらゆらと揺れる青い炎のカーテンが覆い被さった。

 豚だからか、オークの体は油っぽいのか、青炎が触れた瞬間、――爆ぜた。

 そのまま、豚頭も燃え体中に燃え広がっていく。


 焼き豚の出来上がりだ。

 匂いが焼肉の匂いだぞ……もしや美味いのか?

 弱点は火のようだ。


「セルピ、キュルピ、うまくやりました!」

「「ハイッ」」


 スコラがクランメンバーを誉めていた。

 あのクランメンバーたちは無口なのであまり話してないけど、流石はAランクのメンバーのようだ。


 火炎魔法で焼豚がこんがりと出来上がる度に、青白い光がイグと俺の体に降り注いできた。

 イグは切り傷を何ヵ所も負っていたが、青白い光が体に吸い込まれる度に傷を回復していく。


 あの青炎の魔法を当てた敵を倒すと、味方の傷を回復する魔法にもなるのか。


 そんな便利な魔法に感心してると、黒猫ロロの戦いも目に入ってきた。


 触手骨剣を小刻みに動かしながら戦い、オークの隙を見逃さずに、急所へ触手骨剣を突き刺しまくって、オークを疲弊させてから首元に飛び付き、爪や噛み付きで肉を引き千切って止めを刺していく。


 数分後、オークは全滅。


 残ったのは白いゼリウムボーン三体。

 その瞬間、背後にいるスコラが大きな声を響かせてきた。


「ゼリウムボーンに弱体化の魔法をかけますっ! 少し引き付けてください。脳を破壊すれば活動停止しますから、――お願いします!」

「わかった。俺が引き受けるっ、ゴォォォラァァァァァァァッ」


 イグが囮になるようだ。

 ――耳をツンザクような咆哮をあげる。


 折角、スコラの詠唱を聞こうと思ったのに……。


 この咆哮、イグの挑発技らしい。

 三匹のゼリウムボーンを同時に注意を引き寄せていた。


 一気に敵対心ヘイトを稼ぐ。

 何を以ってイグに集中するのか、こいつらの見た目的には分からない、機械風で全体的に角ばった感じなのに耳でもあるのかよ。


 疑問を浮かべていると、ヘイトが高まったイグへ集中攻撃が始まった。


 ゼリウムボーンの一匹が白水晶の腕板を前方に向けている。

 その先端から、数本の白皙の刺が飛び出してきやがった。


 イグは楕円盾で、その刺の連撃を弾く。硬質な音が幾つも響いた。

 飛び道具を止めたイグに怒ったように、不気味な軋み音を発生させながら、ゼリウムボーンたちは近付いていく。

 白水晶の塊である腕板の攻撃がイグへ迫る。


 硝子機械のような人型が上下左右からイグを押し潰そうとしていた。


 イグはそれらの攻撃を躱し、盾で弾き、斧で防ぐ。

 重そうな硝子人型の攻撃を完全に防ぎきっていた。

 俺もそんなイグをフォローしようと硝子人型の背中を<刺突>で撃つ。


 だが、硬質な音がして、弾かれた。

 硝子の背中に多少の穴を空けただけ。


 硝子に見えるが、流石、ゼリウム。硬い。

 このハルバードと同質な金属なだけあるようだ。


 そこに硝子人型であるゼリウムボーンの体に赤いエフェクトが掛かった。

 魔法が掛かったらしい。


「――弱体化しました。 今です。頭を破壊してください――」


 スコラの発言の後、アルベルトが即座に矢を放つ。

 風切り音と共に矢が飛んでいく。

 ゼリウムボーンの頭に矢の先端が突き刺さると、あっさりと頭部に亀裂が入り破壊された。


 次々と、赤熱を帯びたようなゼリウムボーンの頭に矢が突き刺さる。頭が破壊された三体のゼリウムボーンは壊れた機械のようにその場で急停止。

 その後、部品が外れるように腕や胴体が折れて崩れるように倒れていった。


「ひゃっほーい。今度は俺がおいしいとこを貰ったかな?」


 アルベルトは虎鼻をヒクヒクと動かしながらドヤ顔を見せていた。


「かかか、やりおるわい」


 怒っているのか笑っているのか、分からない反応を示すイグ。

 俺は硝子人型だった残骸の方が気になった。


「この硝子のような骨、結構な量になるな」

「そうだな。五キロは軽く超えるだろう」


 俺とイグが会話をしてると、


「はぁはぁはぁ、大量ですね。これで依頼の品は集まりました。さっさと回収して転移陣まで戻りましょう」


 背後から走ってきたスコラが息を切らしながら、話してきた。


「わかった。戻ろう」


 と、依頼の品を回収して戻ろうと皆が集合していたが、来た通路をまた歩いてモンスターを倒しながら戻るだけだった。


 何か一気に戻れる魔法でもあるのかと思っていたら、違うらしい。


 スコラ曰く、スキルを使用すると、道標のように女神の恩恵を感じて正しい道へと進めるんです。と仰々しく話していた。


 結局、彼女の指示通りに歩いて帰ることになる。

 俺はゲートを使えばすぐに帰れるが、皆に歩調を合わせることを優先した。

 早く帰っても、頼んでいた装備類はまだ出来てないし、それに、野良パーティとはいえ、一度組んだ気の良い優れた冒険者たちだ、最後まで全うしたい。



 スコラが予め話していた通り、来た道を感じとるように判るようで、遠回りすることなく、日数は十日を過ぎて、全部で十一日間掛かったが転移陣前に帰ってこれた。


 誰も犠牲者を出さずに帰ってこれたのは嬉しい。


 依頼も大成功だし。報酬もボーナスが認められた。

 金貨はボーナス含めて、一人合計二七枚の金貨。銀貨は二十六枚、大銅貨五枚となった。アイテムボックスにいれておく。


 皆、ほくほく笑顔といった感じで、機嫌良くPTを解散。


 虎人のアルベルトとドワーフのイグは早速に酒場へ向かう。

 スコラが率いるアリアの放浪者たちはクラン員を集めたいようで、同じ酒場へついていくようだ。


 最後にスコラから本当に私たちのクランへ入りませんか?

 と、笑顔で誘われたが丁寧に断っておいた。


 しかし、休憩を取りながらとはいえ、何日もぶっ続けで迷宮に潜り、水で塗らした布で体を拭くだけで、風呂にも入ってないし、平気なのだろうか。臭いだろうに。


 まぁ、スコラは香水とかつけてたけどさ。

 いきなり酒場に直行とは……元気なことだ。


 ベテランの冒険者はあんな感じなのだろうか。


 そんな疑問に思いながら黒猫を見る。

 黒猫ロロも紅い瞳で俺を見た。


 ――俺たちは帰ったら風呂だな。


「ンン」


 俺の心の声が聞こえたのか、ロロは僅かに喉声を出す。


「ロロ、臭いし、洗うぞ?」

「ンン、にゃぁん」


 黒猫ロロは甘えた声を出して、跳躍。

 いつもの定位置に戻り頭を俺の頬に擦り付けてきた。


 黒猫ロロが自ら風呂に入りたいとアピールしているように見える。

 可愛い髭の感触……俺は微笑みながら、小さい頭へキスをしてあげた。


 獣の匂いがまた、可愛い。

 ロロとイチャイチャしながら安宿サイカへ戻っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る