五十二話 ワイバーン戦

 朝日が昇ると、


「朝ですよ~。皆さん〜、準備は良いですか〜」


 エリスさんの高い声が響く。

 冒険者たちは眠いだろうに、不平不満もなく素早く集合してきた。


「それでは――皆さん、最後の蟻と竜を殺りますよ。作戦は昨日話した通りです。戦闘中の判断は各々の才覚に、指示は各クランリーダーにお任せします。後は、一々指示は要らないですね?」

「いらんぞっ」

「おう」

「了解」

「やりましょう」


 リーダーたちは気合い声で返す。


「はいっ、ではいきましょうっ」


 後衛の魔法使いや弓使いが先に障害物の背後についていく。

 前衛たちの先頭にはサラとブッチさんの姿が見える。

 素早い動きで障害物の間を駆けていた。

 標的は近衛大蟻インペリアルアントではなく、手前のワイバーンのようだ。

 少し遅れてルシェルさん、ベリーズさんの姿も確認できた。


 予め話していたように、先陣を切ったのは紅虎の嵐だ。 


 サラとブッチさんの攻撃がワイバーンへ当たる瞬間、

 ――ルシェルさんが放った麻痺魔法がワイバーンの足下に発動。

 その魔法陣から発せられた光の筋が縄の如くワイバーンの足や胴体を絡めて捕らえる。


 残りのワイバーンは一斉に動きを止めた。

 しかし、ワイバーンと戦っていた近衛大蟻インペリアルアントの激しい攻撃は止まない。


 一方、動きが封じられ冒険者たちに攻撃されているワイバーンは、近衛大蟻インペリアルアントに無視され取り残される。


 近衛大蟻インぺリアルアントは他のワイバーンへの攻撃を激しくしていた。


 俺たち冒険者が近衛大蟻インペリアルアントの協力を得た感じだ。


 漁夫の利を得て、ワイバーン一匹だけを引き剥がすことに成功。


 そこで、ベリーズさんが放った矢が魔法によって動きを止めているワイバーンの胴体に突き刺さる。


 硬そうな鱗に良く刺さるもんだ。

 あの矢は特別? 

 ベリーズさんが射出した矢に関心を抱いていると、他の冒険者クランに所属する前衛たちが一斉にワイバーンに斬り掛かった。


 見てないで、俺たちも混ざらないとな。

 相棒とアイコンタクト。


 俺とロロディーヌも冒険者たちの攻撃に混ざり攻撃を開始した。


 剣、鎚、斧、槍、矢、魔法と、複数の攻撃が入り乱れて飛び交う。

 冒険者たちの激しい攻撃を喰らったワイバーンの硬い深緑色の鱗が潰れて、緑色の肉片が周囲に飛び散っていた。


 俺は、そんな鱗が飛び散り緑色の血が流れ出る足へ狙いを定め、捻りを意識した<刺突>からの連続突きを撃ち込んだ。

 黒槍が緑の血肉の中へ深く突き刺さり、穂先が筋肉を越え骨に到達したと、感触から分かった。


 相棒もワイバーンの傷ついた脚へ嚙みつきを行い、爪で肉を切り裂いて緑色の肉にかぶりついている。

 むしゃむしゃと肉を食べてから逃げるように距離を取ると、傷が目立つ脚や腹へ触手骨剣を伸ばしていた。


 そこで、距離を取った黒豹ロロディーヌが大胆な行動を取る。

 触手をいつものように直進させずに上向かせて弧を描くようにくねらせると、竜の翼へ直接触手骨剣を突き刺していた。そのまま触手をブルッと震わせながら一気に収斂させて自身の体を竜の翼へ運んでいく。


 おおぉ、凄いじゃないか。

 ワイバーンの翼に飛び乗ることに成功していた。


 黒豹型黒猫ロロディーヌは竜の翼へ噛みつき四肢の鉤爪を突き立てながら背中へ進んでいく。


 あの翼は柔らかいのかも。


 黒豹ロロはワイバーンの背中の鱗の隙間へ触手骨剣を突き刺し、自身の体を安定させる。

 翼から背中へ複数の裂傷を負わせながら背中の上を駆け抜けていく。


 ワイバーンは魔法により動きが止められ、為す術がない。

 相変わらず、やることが神獣だな。


 下の方でも動きがあった。


 ワイバーンの背後で、顔の刺青が目立つドワーフ戦士が、鈍い音を響かせながら巨斧の連撃を尻尾に喰らわせている。


 鱗が削られ、肉も潰される。

 ――長い尻尾はどんどん削られていく。


 おっ、最後は何かのスキルらしい動きだ。

 ドワーフは自身の体を縦回転させ巨斧を振り下ろした。

 巨斧の一撃により、太く長い尻尾が切断されて地面に落ち、切り口から緑の鮮血が迸ると、ドワーフの顔をその緑の血が叩いた。


 小さいドワーフが転ぶほどの出血量。


 斬られた尻尾は蜥蜴の尻尾と同じように動いており、緑の骨針が不気味に出し入れされ、毒か血か判別できない緑色の液体が泡のように溢れ出ている。


 そのタイミングで、サラの手と握られたカトラスが巨大化。

 手から生えた長い紅毛が靡いているが、筋肉量も膨れ上がっていた。

 巨大化させた手で、前傾姿勢から尋常ではない速度で巨剣を振り抜く――太い剣閃を二つ産み出していた。


 銀線が空間を斬ったようにも見える。

 二本の太い剣閃は傷ついていたワイバーンの太い足をあっさりと切断。

 威力が凄い……。こないだのとは威力が段違いだ、サラの必殺技か?

 あの紅毛の変化といい巨大化といい、ドレイクを殺った時にも見たが、これが【紅虎の嵐】というクランの由来か。


 ワイバーンは片足だけとなった。

 しかし、ルシェルの魔法が切れたようで、ワイバーンは動き出す――。

 ワイバーンは片足だけになっても片翼でバランスを取ろうとしたのか、傷ついていない片方の翼を使い、軽い風を周囲に発生させた。

 左辺にいた冒険者たちは風で吹き飛ばされる。

 同時にワイバーンは首を素早くくねらせると、その左辺で怯んでいた冒険者へ噛みつきを行った。

 正面にいた盾を構える戦士が為す術なく頭から飲み込まれるように噛みつかれ、上半身が一瞬でなくなってしまう。


 肉がむしりとられたような音が響く――。

 側にいた仲間らしい女性の悲鳴が響いた――。


 しかし、そこでワイバーンは広げていた翼が地面につき体勢を崩す。

 ワイバーンの唐突な反撃はそこで終わった。

 さすがに片足と傷ついた翼ではどうしようもなかったらしい。


 ――チャンス。


 そんなワイバーンの頭を狙う。

 <魔闘術>を全身に纏わせて地を強く蹴り、捻りながら跳躍を行う。


 視界にワイバーンの頭が入る。

 三つの眼の内、一つの眼が俺の姿を捉えるが、遅い。


 身体を回転させヴァンパイア系の身体能力と<魔闘術>の力を全て乗せた渾身の打ち下ろしを繰り出した。


 激烈な黒槍の打ち下ろしが頭蓋に衝突した瞬間、周りに軽い衝撃波が発生。

 ワイバーンの頭蓋は陥没。

 黒槍が脳を突き抜けたと握り手から伝わってきた。

 ワイバーンの眼球と頭部の鱗が弾け飛び、俺の頬を鱗がかすめて一筋、二筋の血が頬から流れるが、気にはしない。


 傷はすぐに再生していくからな。

 その致命的な打撃が一斉攻撃の口火になったようで、皆のそれぞれ得意な攻撃がワイバーンに直撃した。


 ワイバーンはもう死んでいるが……。

 突き刺し、斬撃、打撃、火炎と、完全にオーバーキル状態となった。

 集中攻撃を喰らったワイバーンはただの肉片と化す。

 しかし、近衛大蟻インペリアルアントと戦っていた残り四匹のワイバーンたちは仲間が倒されると即座に反応。

 近衛大蟻インペリアルアントを無視して一斉に俺たち冒険者へ巨大な頭を向け、乱杭歯を見せるように口を広げ、


「グオォォォォォッ」


 咆哮を轟かせる。

 ワイバーンたちは怒ったらしい。


 えっ――口から緑色の泡水!?

 ――ブレスだ。見た目は台所洗剤のような色合いだが、やばそうな感じ。

 あまりに予備動作のない自然な咆哮からの攻撃だったので、俺を含めて冒険者たちは不意をつかれた。

 急ぎ背後へ<鎖>を射出。

 背後にあった障害物近くの地面へ<鎖>を打ち込み食い込ませる。


 ――飛ぶっ。


 瞬時に左手へ<鎖>を収斂させ、障害物付近まで、走り幅跳び選手を超える動きで空中を翔るように移動。


 転ぶように障害物の背後へ隠れた。


 黒豹ロロも触手骨剣を遠くの地面へ突き刺し触手を掃除機の電源プラグのように収斂。黒豹ロロの身体がスパイラル回転しているように触手を引き込んで飛ぶ。


 空中を飛ぶムササビを超えた姿が少し可愛くて面白いが、今はそんな状況じゃない。


「皆――障害物の後ろへ退いてくださいっ!」

「撤退――障害物の後ろへ!」

「障――」


 エリスが叫び、各クランのリーダーたちが叫ぶが、反応が遅れたクランメンバーごと毒ブレスをもろに浴びていた。

 毒ブレスの威力はすさまじい。

 浴びた人たちは顔が溶けて骨が見え、腕が溶けて胸に穴が空く。


 ――阿鼻叫喚の図ができていた。


 しかし、退却せずに前衛にとどまる手練れな冒険者たちも多数存在。

 紅虎の面子は勿論のこと、複数の冒険者たちはブレスの攻撃範囲からギリギリの範囲に脱していた。


 直ぐさま後方から回復魔法と見られるオーロラを感じさせる魔法が、火傷のような怪我を負った冒険者たちの頭上から降り注いでいく。

 冒険者たちはなんとか戦える態勢になっていたが、混乱状態といえた。


 しかし、ワイバーンの追撃はない。

 どうしたんだ? と思ったら、ワイバーンたちは近衛大蟻インペリアルアントたちから急襲を受けていた。

 ワイバーンたちは近衛大蟻インペリアルアントたちの激しい攻撃により、一気に押し込まれていく。


 近衛大蟻インペリアルアント

 さすがA+ランク。

 近衛大蟻インペリアルアントは六本の太い脚を巧みに使い、ワイバーン一匹一匹を違う方向へ吹き飛ばしていく。ワイバーンたちは転がり、毒液を撒き散らしながら後退。


 一匹のワイバーンが吹き飛ばされずに残っていたが、近衛大蟻インペリアルアントの数は三匹。


 三匹から集中攻撃を受ける残ったワイバーン。


 翼を押さえられ、首根っこに噛みつかれ、脚に噛みつかれる。近衛大蟻インペリアルアントの合計十八本の鉤爪がワイバーンの鱗を削り、肉を引き裂いていた。

 吹き飛ばされていたワイバーンたちが仲間を助けに戻ってくるが……一度崩れた均衡はもう元には戻らない。

 近衛大蟻インペリアルアントの独擅場となる。

 近衛大蟻インペリアルアントたちは首元にある桜色の毛を撒き散らしながらワイバーンを潰していく。

 最終的に残り一匹になったワイバーンは逃げようとするが、近衛大蟻インペリアルアントは逃がさないと言うように、ピンク色の糸のような物を口から放出。


 近衛大蟻インペリアルアントの一匹がワイバーンをピンクの糸で絡めとった。


 絡めとったワイバーンを太い脚で引き裂き、噛みついていく。

 ワイバーンは最後の抵抗をしようとするが、ピンクの糸が余計に絡まり僅かに脚が動くだけとなっていた。ピンクの糸でがんじがらめになったワイバーンはそのまま引き摺られている。


 ――圧巻の一言。

 熟練の冒険者たちも、俺も、ただその竜と大蟻の戦いを見つめることしかできなかった。

 そこに女性の甲高い声、エリスさんの声が響く――。


「皆さんっ、近衛大蟻インペリアルアント戦に備えますよ! ですが、一旦転移陣近くまで後退します――」

「了解」「はい」「うん」「おうっ」


 皆、それぞれ返事をして行動に移していた。


「エリスッ、わたしたちは最後まで残るわ。殿しんがりをする」

「はい、紅虎の皆さん、頼みます――」


 俺も残ろう。


「ンンン」


 黒猫ロロが俺の肩から喉声を鳴らす。

 首を傾げ、冒険者たちと戻らないのか? 的な顔を見せる。


「ほら、紅虎が残ってるし、俺たちも最後まで残った方がいいかなってね」

「にゃぁ」


 触手を俺の頬へ伸ばしてきた。

 頬に肉球のような感触を残すと、ロロは気持ちを伝えてきた。


『待つ』『狩り』『楽しい』『遊ぶ』


「はは、楽しいか」


 俺も遊ぶように狩りを楽しむか。

 端麗な女性たちが多いクランとは思えない、殿を名乗り出る胆力が据わった紅虎のメンバーたちが集まっているところへ歩み寄っていく。


 ところが、近衛大蟻インペリアルアント三匹は、俺を含めたそんな冒険者たちの行動にまるで興味がないようで、ワイバーン一匹を引きずりながら地下の穴へ戻っていった。


 ありゃ、あっけない。

 あの近衛大蟻インペリアルアントは竜の群れを退治したことで用が済んだらしい。


「少し覚悟したけど、退却したわね。竜の気配もしないし……」


 サラは左右を見回しながら話していた。


「はい。空を舞っていたワイバーンも消えていますね」


 ルシェルさんは大杖を背中に装着しながら、空を見上げて確認している。


「隊長、これで依頼は完了か?」


 ブッチ氏は筋肉質な胴体に似合わない猫耳をピクピク動かしながら、大斧を背中に装着していた。


「そうなるわね」

「良かった。あのピンクの大蟻と戦わずに済んだみたいね。実はとっておきの金剛矢も残り少なかったし、良かった良かった」


 ベリーズさんも大弓を背中へ戻すと、手に持っていた橙色の鋭そうな鏃の矢を矢筒に仕舞っていく。

 俺もそれを見ながら黒槍を消した。


「さて、それじゃ戻りますか」

「うん。エリスのとこに行きましょう」


 サラは冒険者が撤退していた方向へ走り出す。

 紅虎の面々も少し遅れてついていく。

 俺も黒猫ロロを肩に乗せたままついていった。


「エリスさん、近衛大蟻インペリアルアントは退却したわ。竜たちもワイバーンが倒されて消えたようだし」

「そのようですね。それでは、一旦ギルドに戻り荷車を持ってきましょうか。それで蟻や竜の死骸をさっさと回収しちゃいましょう。これだけの量です。魔竜王討伐前ですから、素材の値段も期待できます。上乗せは期待できますよぉ」


 エリスは人指し指と親指で金マーク的なジェスチャーを作り、笑顔で話していた。

 あのマークは万国共通らしい。


「おおぉぉ」

「頑張ったかいがある」

「……」

「やったな、意外に早く終わった」

「おう、今夜は宴会だな」


 依頼を成功させた喜びが冒険者たちの声に表れていた。

 中には仲間の死を思っているのか、喜びを表していないグループもあったが……。


 こうして、緊急依頼は無事に成功。

 全ての死骸から材料が買い取られ、報酬に上乗せされることになった。

 受付嬢から渡された報酬袋には金貨三十五枚に上乗せ分である金貨十枚がプラスされ、合計四枚の白金貨と五枚の金貨が入っていた。


「それじゃ」


 簡潔に受付嬢に挨拶して離れると、金貨袋をアイテムボックスの中へ放り込む。

 ギルドを後にしようと出口へ歩いていく。


「――シュウヤッ」

「ん?」

「水くさいじゃないか。一人でさっさと出ていくなんて」


 声の主はサラだった。

 紅虎の嵐のメンバーたちも近寄ってくる。


「隊長の言うとおりですよ」

「そうねぇ」

「シュウヤ、こうなったら止められないからな……」

「ブッチさん……」


 ブッチ氏は何か困った顔をしている。


「シュウヤ、もうさんはよしてくれ。ブッチでいいぞ」

「了解、ブッチ。俺は帰ろうかと思ったんだが……」


 そこでサラが、


「――まぁまぁ、シュウヤ、急がないでよ。一緒に戦った仲じゃない? これから酒場でパーッと飲もうと思うんだけど、どう?」


 正直、綺麗な女性たちと酒は飲みたい。

 けど、また勧誘されそうだし、止めておこう。


「……誘ってくれるのはありがたいが、あいにくやることがあるのさ。ごめんな」

「ちぇ〜、そこでまたクランに誘おうと思ったのに……」

「隊長らしいですね。でも、シュウヤさんは靡きそうもないですよ?」

「しょうがないわよ隊長。だから、わたしは別のやり方でやるわ、諦めないわよ」


 ベリーズはそう言うと、胸部の鎧の一部を外す。

 胸元の上部をより晒して、のっしのっしとおっぱいメロンを揺らしながら近寄ってくる。

 くっ、あれはヤヴァイ、ワイバーンよりヤヴァイ。

 でも、巨乳怪獣になら喰われても……。


「隊長がこう何度も耳を凹ませるのは久々に見る……」


 ブッチはサラのことが気になるようで、ベリーズのことは気にしていないようだ。


「ベリーズ……それはダメだぞ?」


 サラは静かな口調だが、怒りを滲ませるようにベリーズを背中から押さえていた。

 ほっ、安心か残念か、胸中は複雑……。

 が、サラとベリーズの小さな言い争いが始まっているので、無難にスルーだ。


 あの豊満なるおっぱいの感触は味わいたかったが、諦めよう。

 俺は片手を上げて泳がせる。


「……んじゃ、みんな、また違う依頼で一緒になったらよろしく頼むよ。じゃあな――」


 と軽い別れの言葉を残し、素早くギルドを出る。

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