四十八話 緊急依頼

 今日は冒険者ギルドに来ていた。


 いつも以上に騒がしい。

 冒険者たちの声よりも受付嬢の元気な声が響く。


「魔竜王討伐依頼の方は右側へ並んでください~」

「個人参加とクラン参加は別の木札なので、よく確認してくださいね~」


 受付前の空間がロープで左右に仕切られている。


「――魔竜王討伐以外の方はこっちですよ~、左側です~。こちら側の受付は今まで通り通常の依頼を受け付けています~。緊急依頼の件もこちら側ですよ~。魔竜王討伐以外の依頼を受ける方はこちらをご利用ください~」


 左側の受付嬢は腕を伸ばして冒険者たちに説明していた。


 どうやら右側の受付が魔竜王討伐依頼を担当し、左側の受付が普段通りに依頼を受け付けるらしい。


 混雑している理由はこれか。

 魔竜王討伐に参加する冒険者は多いようだ。

 冒険者たちが順番待ちの列を作りだしている。

 仕切られていない側で暇そうにしていた受付嬢に話を聞いてみた。


 受付嬢曰く、魔竜王バルドーク討伐の依頼が急増していて、受付に冒険者たちが殺到しているらしい。

 それで急遽ロープで区分けして、普通の依頼もちゃんと受け付けられるようにしたんだとか。


 詳しいことは昨晩、焼肉屋で冒険者たちが話していた通りの内容だった。


 六日後に南の【戦神ヴァイスの広場】にて決起集会。

 そのまま【バルドーク山】へ突入するらしい。

 未探索地域エリアなので、合同依頼扱いになるんだとか。


 合同依頼だから、登録したら皆一斉に挑戦。

 ランクはC以上が望ましいが、特に制約はない上、人数を多く必要としているとか。

 ということなので、俺も参加するだけしてみよう。

 依頼が貼り出されているボードまで戻り、魔竜王討伐依頼の紙を見た。



 □■□■



 依頼主:シャルドネ・フォン・アナハイム侯爵

 依頼内容:魔竜王バルドーク討伐、合同依頼

 応募期間:即日から六日後

 討伐対象:魔竜王バルドーク、竜種各種

 生息地域:バルドーク山山腹

 報酬:討伐成功でランク問わず一律金貨二十枚

 討伐証拠:倒せば分かるので、特になし。

 注意事項:竜が住む未探索地域エリアなので、険しい道のりが待つ。



 □■□■



 討伐が成功すれば金貨二十枚か。

 大盤振る舞いだ。死ぬ確率は高いが、あわよくば金が貰える。

 そりゃ混むわけだ。


 ま、俺もその混雑に加わるんだけど。

 ボード下にある金属製の箱から魔竜王討伐の木札を手に取った。

 木札には記号や番号に個人参加と書かれている。

 その木札を持ち、ロープで仕切られた冒険者が並ぶ順番待ちの列に加わった……順番を待ってから、依頼の木札と冒険者カードを提出。


 受理はしてもらえた。

 六日後だからまだ先だな。

 ドワーフ兄弟に頼んでおいた鎧は間に合いそうでよかった。

 どんな鎧になるんだろう、楽しみ。


 その間に、パレデスの鏡の先を調べるか。

 それとも何か依頼を探すか。


 パレデスの鏡のゲート魔法。


 あの小さい多面球体の表面にある二十四個の不可思議な記号をなぞることでゲートが発動する。


 今はもう鏡を宿部屋に置いてあるから、ゲートを潜って何処に飛んでも、宿部屋へ戻ってこられる。

 盗まれる心配もあるが、まぁアイテムボックス持ちに盗まれたら、素直に諦めよう。というか、その鏡から出て取り返せばいいか。


 そんなことを考えながら、ボードを見ていく。

 ゲート先はまた今度にして、DとCランクの依頼でも探しますか……。


 お? 魔竜王討伐依頼の隣に大きい依頼の紙を発見。



 □■□■



 依頼主:ギルドマスター

 依頼内容:緊急依頼、転移陣の安全確保。

 応募期間:即日から安全確保まで

 討伐対象:竜種各種、蟻種各種

 生息地域:ヴァライダス蠱宮上域

 報酬:金貨三十五枚

 討伐証拠:なし

 注意事項:これはギルドの緊急依頼です。ランクCかB以上のパーティ奨励。依頼を受けたら都市外への外出が禁止されます。強制的にヴァライダス蠱宮に飛んでもらいます。予め準備をしてから木札の提出を。

 備考:複数のクランが参加中。



 □■□■



 CかB以上のパーティ奨励らしい。

 この依頼の紙には下にまだ長々と説明文が書かれているので読んでいく。



 □■□■



 竜たちによりヴァライダス蠱宮の天井が突き破られた。

 蠱宮の天井が崩れ半分以上が崩落してしまった。

 その崩落した瓦礫は冒険者たちを巻き込み、蠱宮の一部を突き抜け、地中深くまでの大穴を作り出してしまったのだ。


 その縦穴は下域にまで到達しているらしく……。


 兵隊蟻ソルジャーアント手長蟻ロングアント鎧将蟻オフィサーアントだけでなく、女王を守護する近衛大蟻インペリアルアントまでもが、その穴から上域に進出してきたのだ。


 そこで蠱宮を攻撃した竜種たち、ワイバーン、ドレイク、ソニックバーンの群れとその蟻たちが激突。


 竜と蟻の戦争が始まった。


 竜と蟻の戦線は広がりをみせ、転移陣の近くにまで強力なモンスターである竜と蟻が大量に徘徊するようになった。


 この破壊されたヴァライダス蠱宮へ向かい、転移陣の安全を確保するのが今回の緊急依頼となる。


 出来れば周囲に強固なバリケードを築いてほしい。

 そして、できるだけ周囲のモンスターを殲滅してほしいのだ。

 尚、この依頼の成功が確認されしだい、依頼を受理した冒険者すべてに金貨三十五枚を支払うことを、ヘカトレイル冒険者ギルドマスターであるカルバン・ファフナードが約束する。



 □■□■



 竜と蟻の戦争。

 魔竜王討伐よりも報酬が良いとか。魔竜王討伐前に竜種を見ときたいし、この依頼を受けるか。


 早速、依頼木札を取り、受付に持っていく。

 空いている受付嬢は見知った人だった。


 あのおっぱい受付嬢。


 相変わらず素晴らしい大きさ。

 一回で良いから埋もれてみたい。


「……これ、お願いします」


 そんなエロいことを考えながら、カードと木札を提出。


「はい。あっ、シュウヤさんですね」

「にゃぁ」

「ふふ、猫ちゃんもですね。相変わらず、おめめが紅くて可愛いです」


 あんたも相変わらずいいおっぱいだよ……。

 とは思うだけにして、にこやかに、


「ロロも挨拶してるし、君のことを気に入っているようだ」

「あら、そうなんですか? 嬉しい」


 受付嬢はおっぱいを揺らして黒猫ロロの頭を撫でている。


「ン、にゃ? にゃあ」


 ロロは揺れるおっぱいが気になるようだ。

 それよりも、このおっぱいさんはカードと木札を確認しないのだろうか……。


「カードはここに置きましたよ?」

「あ、はい、そうですね。冒険者カードと木札を確認します。すぐに受理しますね~っと、これ、緊急依頼じゃないですか、準備は出来ていますか?」


 てきぱきと仕事しながら聞いてくる。


「準備?」

「はい。緊急依頼ですとキャンセルは出来ないですし、もし依頼を受けてから無断でヘカトレイルから出て依頼に参加されなかった場合、追放処分になります。それにこの依頼、結構大変らしいですよ? それでも受けますか?」


 受付嬢は依頼の木札を見て心配そうに聞いてくる。

 追放処分か。そりゃ厳しいな。

 だが依頼を受けたらすぐに向かうから平気だ。


「大丈夫。報酬も良いから、頑張っちゃおうかなぁって」

「そうですか。自信があるんですねぇ。この間も、あっさりとオフィサー倒してくるし……大丈夫そうですね。では、水晶に手を乗せてください」

「了解」


 水晶が光る。


「これで受理しました。依頼、頑張ってください。必ず、そこの転移陣から向かってくださいね」


 笑顔でカードを返された。

 更に、あっちですよ?

 と指で転移陣に入るよう念押ししてきた。


「分かった。また頼む」

「ンン、にゃ」

 

 黒猫ロロも挨拶。

 そのまま前足で俺の肩をポンと叩いた。


 右手に黒槍を召喚。

 その黒槍を相棒が乗っているのと反対の肩に担ぐ。

 そして、ヴァライダス蠱宮行きの転移陣へ向かった。



 ◇◇◇◇



 転移した直後、咆哮に似た地響きが耳をつんざく――。


「あれはドレイク!!」


 女の裂帛の声も響く。


 転移陣の周りは様変わりしていた。

 板や土嚢を運ぶ冒険者たち。

 小さい防護壁が周りに築かれつつあった。

 その防護壁に囲まれた冒険者たちへ指示を出している魔法使いの女性がいる。


「左辺にドレイクの群れが出現。【紅虎の嵐】が残って防衛しています」

「わかってるわ。貴方は急いで【紅虎の嵐】に増援を送ると知らせてください。【天の剣】、【コクダラ】は、何人かを引き連れて左辺へ向かってください」


 今さっきの声はこの女性からだ。


「わかった」

「はい」

「了解」


 素早く命令に返答した戦士たちが準備に取りかかっていく。

 そこに報告が入る。


「――真ん中から右辺に掛けて、近衛大蟻インペリアルアントの小隊とワイバーンの群れが激突中です。その影響が広がってきています」

「勿論承知しているわ。――皆さん、このまま正面の防護壁作りを急ぎましょう」

「おうよ」

「おうッ」

「頑張るぞ」


 周りで土嚢を運ぶ冒険者たちは、女性の指揮官に威勢の良い声で返事をしていた。

 指示を出している女性は厳つい冒険者たちへ向けて小さい頭を縦に振り話を続けていく。


「今のうちに急ぎましょう。Aランクモンスター同士でぶつかり合っているうちに」


 その声を無視するように、また知らせが届いた。


「――参謀っ、右から手長蟻ロングアントの群れが現れました。こちらに多数向かってきますっ!」

「見ればわかるっ――すごい数。しょうがないです。【天の剣】と【コクダラ】は左辺に回らないで、ここに残ってください」


 両クランの面子だと思われるメンバーたちはまだ左側に向かっていなかったので、指示を出している女性のもとに戻ってくる。


 右往左往していて忙しそう。


「――仕方ありません。左辺には我慢してもらいます。【紅虎の嵐】は優秀なので大丈夫でしょう。今は転移陣があるここの守りを優先します。ここが潰れたら冒険者みんなの損失なんですからっ、転移陣に敵を近寄らせるわけにはいきません!」

「――はいっ」

「このまま中央部で争い合うA級モンスターに注意しながら、右辺に集中しましょう!」


 女性が右辺へ右手をズバッと伸ばす。

 指示を出している姿は立派な指揮官だ。


「おうっ!」

「了解」

「はいっ」


 冒険者たちは近寄る蟻たちに片っ端から対処していた。


 俺もそこで、状況を見渡すように周囲を確認。

 ……う、凄惨たる現場になっていた。

 竜と蟻の死骸があちこちに多数散乱している。

 幻想的な光景を作っていた天蓋が半分どころか全部崩れてなくなっていた……転移陣の周りにあった茨の壁も壊れ、広場にあった彫像もその大半が崩れて大きな瓦礫になっている。


 崩れてしまったなぁ……。

 儚い、もう迷宮という感じがしないよ。


 蟲級の上空からは、何もかもお見通しというように、太陽の光が意地悪く感じるぐらいに燦々さんさんと照っている。

 そんな太陽の光を遮るように、空を飛び回る翼竜のような生物がいた。


「ちょっとそこの貴方っ、さっきからそこに突っ立って、何をしているんです?」


 偉そうに話し掛けてきたのは、さっき指示を出していた指揮官の魔法使い系の女性。

 髪型は茶色髪を後ろに纏めたポニーテール。

 瞳は可愛らしいが、整えられた薄い細眉が勝ち気な印象を与えてくる。


 性格がキツそうな感じを受けた。

 しかし、綺麗な女性であることには変わりない。

 インテリの才女的なイメージ。


「……聞こえてますか? 貴方は、一人で依頼を受けたのかしら?」


 彼女はイラついたのか、声を大きくして聞いてくる。


「はい」

「そ、そうなの、随分とあっさり肯定するのですね。でも貴方、自信があるようだけど、たった一人では……」

「こないだソロで、鎧将蟻オフィサーアントを殺りました」


 女性は俺の言葉に驚いたのか、瞳を僅かに揺らす。

 細い指で髪を直す仕草をした。


「……え? それは凄いわ。もしかして、有名なBランクやAランクの方ですか?」


 インテリ風の女性は突然声質が柔らかい優しい口調に変化。


「いえ、Dランク成り立てです」

「……そうなの、がっかりですね。ま、頑張ってください」


 手のひら返しはや!

 勝ち気な女性に早変わり。

 まぁ、勝手にがっかりしててくれ。

 だが、指示は俺も受けた方が良いのだろうか。

 女性はもう俺に対して興味をなくしたようで、戦場になっている方向を見ている。


「ところで、今さっき貴女は他の方々に指示を出していたようですが、俺もその指示に従わなければならないんですか?」


 と丁寧に聞く。


「別にそういうわけではないの。だけど、この状況ですので、わたしは冒険者として参加してますが、ギルド側でもあるので、たまたま指示する立場に回っているだけなんですよ」

「そういうことですか、おなま――」



 名前でも聞こうとした瞬間、蟻の死骸の一部であろう肉片が飛んできた。

 話が途切れてしまう。

 思わず肉片が飛んできた右側へ視線を移す。

 そこでは、また手長蟻ロングアントの群れが現れたのか、冒険者たちと激突していた。


「という訳で、ここで悠長に話なんてしてられないわ。生きていたかったら、わたしの指示に従った方が良いですよ? 従うなら、なるべくこの付近で戦ってくださいね」


 魔法使いの女性は威勢よくそう話すと、ポニーテールの先を俺の顔へぶつけるようにプイッと首を回して踵を返す。

 そのまま女性は自分の背へ手を回して装着していた大杖を取ると、両手で器用に回転させながら胸の前に持っていく。


 あの大杖、凄そうだ。魔力がとめどなく溢れている。

 先端からガスバーナーのように炎が噴出していた。

 女性は杖の先に大きい炎を纏わせながら蟻たちに近寄っていく。

 魔法の射程圏内に入ったのか、立ち止まった。

 そして、炎を纏った大杖を蟻の集団へ向ける。


 そこから女性は大杖を左右に振るい出す。


 ――おぉ。


 次々と火球が大杖から放たれていく。

 すげぇ、しかも、二度三度と大杖を振るうごとに火球が宙で弧を描きながら蟻たちを追尾していた。

 火球は蟻たちに連続で直撃。

 そうして最後に大杖を地面に叩きつけると、蟻たちがひっくりかえるほどの炎の柱が地面から発生していた。


 ひぇぇ、すげえ魔法だ。

 詠唱なしで火球から炎柱のコンボかよ。

 偉そうにするだけはある。

 あの女性がいれば、ここらへんは大丈夫そうだ。

 問題はこっちだな。

 さっきからうるさい轟音を響かせている。

 竜と蟻が殺り合っている転移陣の前方、中央部へ視線を向けた。


 さっき冒険者が言っていた深緑色のワイバーンと黒桜色の近衛大蟻インペリアルアントか。


 その戦いは壮絶だった。

 どちらも体長が大きいのに素早く、迫力がすごい。

 ワイバーンは口にある長い牙と長い尻尾が主な武器。

 尻尾の先は骨の剣のようになっていて、先端からは黒緑色の液体が漏れ、緑色の粒が周りで光っているのが見えた。


 あれは確実に毒。

 一見すると綺麗だけど、毒だと分かるから嫌な色だ。


 その毒を備えた尻尾の一撃が近衛大蟻インペリアルアントの胸の上部に当たるが、近衛大蟻インペリアルアントの胸の桃色の毛がボヨヨ〜ンと揺れるだけで、跳ね返していた。


 凄い。強烈な一撃をゴムのように難なく弾いていた。


 近衛大蟻インペリアルアントはあの鎧将蟻オフィサーアントを一回り大きくしたような大蟻。

 頭部は何かの樹脂で固められたような兜で、両端には触覚とは別に二本の尖った角があり、その先端は全部桃色だった。

 首回りから胸の上部にかけても桃色の毛が生えていた。


 まるでピンクのネクタイにも見えてくる。


 そのピンクのネクタイも目立つが、大きい胴体に繋がる六本の脚の方がやばい。


 その脚はビルの建設で使われる鋼材のような大きさと太さだ。しかも先にいくほど尖り、先端は鉤爪で、反しが付いている釣り針のような形状になっていた。

 そんなピンクの大蟻の近衛大蟻インペリアルアントは、三匹だけでワイバーン五匹と激闘を繰り広げている。


 近衛大蟻インペリアルアントの鉤爪もワイバーンの硬い鱗に弾かれているので、互角の戦いが続いていた。


 やはり、あの怪獣決戦のような戦いは暫く放置だな。

 さっき味方が増援を送らなかった左側へ向かうか。

 左へ走り出す。

 肩にいた黒猫ロロも飛び降りて走る。

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