四十三話 トラペゾヘドロン※

 

「なぜ血を吸わず、殺さない……」


 女は俺の手を無視して、睨みながら言う。


「美人な女は殺さない主義なんでね」

「……ヴァンパイアのくせに、口説くつもり?」

「冗談だ。殺さないのは、お前がさっき話していたことをもう少し聞きたいのと、俺をヴァンパイアだと思い込んでる誤解を解こうと思ってな」


 俺がヴァンパイア系の新種族と言うつもりはない。

 細かく言えば、本当にヴァンパイアじゃないし。


「誤解? なにを言って――」


 その女の声を掻き消すように語気を強めて、


「うるさいなっ――何なら、光系の攻撃とか、ヴァンパイアに効く聖なる水とかないのか?」


 適当に言ったが、一瞬女の視線が自分の皮ベルトに向いたのは見逃さなかった。


「あるなら俺にそれを浴びせてみろよ。ま、さっきの糸と同じ結果だろうがな」

「くっ、待ってなさい……」


 女は睨みを利かせながらそう言うと、差し伸べていた俺の手をパンッと弾いて一人で立ち上がり、腰ベルトに手をかける。

 ベルトに連結されている小物入れから何かの液体が入った小瓶を取り出して蓋を開けていた。


「ははは、バカなヴァンパイアね。身を焦がして後悔するがいい――」


 女はまた勝ち誇った顔を浮かべて偉そうに語ると、手に持っていた小瓶を俺に投げつけ謎の液体をぶちまけた。


 ――冷たい。

 味はただの水だな……。

 そう、光属性持ちの俺には当然の如く、

 ……何も反応がなかった。


 こんな水でもヴァンパイアには効くらしい。

 やはり聖水って奴か? 俺が液体を浴びても平然としている様子を見て、女は表情を変えていく。

 血の気が引いていくとはこんな感じなのだろうか。


「これでわかっただろう?」

「え、え、えぇぇ、ほんとうだ……」


 女が明らかに狼狽しているのが分かる。

 目が泳ぎ、額から変な汗が噴き出しているのが見えた。


「ふむ……」

「うっ、ご、ごめんなさいっ」


 女は頭を下げ平謝り。

 ちょっと仕返ししちゃうか。

 そこでヴァンパイア系らしく、

 ニヤッと邪悪な笑顔を浮かべた。


「あ〜あ、皮服が濡れちゃったなぁ。剣でいきなり攻撃も受けたし、あの攻撃、普通の人だったら死んでるよねぇ……」

「ぁぅ、本当にごめんなさい……」


 女はそういうと、慌てて綺麗な布を取り出し、俺の体を拭き出した。


「そうそう、濡れちゃったんだよねぇ、もっとし――」


 と、変な方向に持っていきそうになったのを自重した。


「はい、もっと下ですね……」


 はぅあっ、この女、聞いてたのかっ。

 女が俺の股間部分を拭こうとしたから、急ぎ離れた。


「い、いや、もういい。下はあまり濡れてないから」

「……はい」


 女はどこかホッとしているようだ。


「あ、あの、本当にごめんなさい。わたしのスキルでこんなことは、今まで一度もなかったから……」


 また頭を下げてる。この女、さっきまでの口調や態度とは全然違うな。

 随分としおらしくなっちゃって。根は良い奴なのかな……。

 それにしても、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を感知するスキルがあるとはなぁ。今後は使うのを控えた方が良さそうだ。


 ついでだ。そのスキルについて聞いてみよ。


「謝罪はもういい。とりあえず頭をあげてくれ」

「はい、ありがとう」

「それと、聞きたいことがある。さっき話していたスキル、<感応>スキルか? それは対ヴァンパイア用のスキルなんだよな? 確かエーグバイン家がなんちゃらと話していたが……」

「そうよ。でも、家のことはあまり話したくないわ」

「秘密なのか?」

「えぇ……」


 秘密か。それにしてはぺらぺらと喋っていたが……。

 少し頼んでみるか。


「できれば話してほしい。話してくれたら、俺を襲ってきたことはチャラにしよう。どうだ?」

「チャラ、うっ、しょうがないわね。わかったわ。話すわよ」

「おっ、ありがたい。ここじゃ何だから、俺が泊まってる宿の部屋でいいか?」


 その言葉を聞くと、女は眉を潜めて、


「え?」

「あ、襲ったりはしないから大丈夫だぞ。それに、襲うならさっきやってるだろう?」

「……それもそうね」

「それじゃ、ついてきて」

「うん」


 宿の部屋は狭いが、話を聞くだけだし良いだろう。


 宿屋に向かうため女を連れて狭い路地を歩き出した。

 黒猫ロロはそんな背後を向いた俺の肩に跳躍。

 勝手に背中にある頭巾の中へ潜っていった。

 そして、大通りに面した小さい宿屋サイカに到着。

 女をホテルへ連れ込むように扉を開けて入る。宿の主人に白い目で見られたが、気にせずに狭い廊下を通り、部屋へ案内した。


「さ、狭いが入ってくれ」

「ほんとに狭っ」

「あぁ、寝台に座って話してくれればいい。俺はここで聞くから」


 そう言って、腕を組みながら部屋の入り口に肩を預ける。

 視線を女に向けた。

 そこに黒い影が――と思ったらロロだった。

 頭巾の中にいた黒猫ロロが寝台へ向けて跳躍していた。


「きゃっ」

「にゃにゃぁ」


 黒猫ロロは寝台に着地すると、『これはわたしの物にゃ』と言わんばかりにくるくるっと寝台上で回り、枕もとを占領した。


「びっくりしたぁ、でもカワイイわね、この子。触ってもいい?」

「どうぞご自由に」


 女にしては大きい手で、黒猫ロロの頭からビロードのような背中の毛並みを伸ばすように尻尾まで撫でていく。

 黒猫ロロはゴロゴロと喉声を鳴らす。

 全身をマッサージされていると思っているのか、瞼をゆっくりと閉じたり開いたりして、温和な顔を浮かべてリラックスしていた。

 女は途中で「カワイイ」と小さく呟きながら撫でるのを楽しんでいる。


 こういう光景をみると、黒猫ロロが女に撫でさせてあげているという感じにも見えてくる。

 猫の不思議な魅力、猫の神髄だ。黒猫ロロは神獣でもあり可愛い猫でもある。

 俺も撫でたくなった……が、我慢だ。


「ほんっと、こんな可愛い子が……あんな風に大きくなって、触手で攻撃してくるなんてね。あ、隣失礼するわね、黒猫ちゃん」


 女は黒猫ロロの撫で撫でに満足したのか、黒猫ロロに話しかけながら、装備を床に置き寝台に腰掛けた。


「そいつの名はロロディーヌ。愛称はロロだよ。それで、俺の名前はシュウヤ・カガリ。シュウヤでもカガリでも、どっちでもいい」

「そう、ロロちゃんというのね。わたしの名はノーラ、ノーラ・エーグバイン」

「ノーラか、挨拶が遅れたな。よろしくたのむ」

「えぇ、こちらこそよろしくね、シュウヤ」


 そんな簡単な挨拶の後、ノーラは一呼吸置いておもむろに口を開く。


「……それで、何から聞きたいのかしら」

「まず、エーグバイン家や、ヴァンパイアハンターの話を聞かせてくれ」

「そうね。まずはわたしのことから……わたしはエーグバイン家十代目当主で、サーマリア王国の南部のオッペーハイマンという小さな地方の貴族出身よ。そして、エーグバイン家はヴァンパイアハンターを代々輩出している一族でもあった。という訳」


 一族でもあったか。ま、深くは聞かんとこ……。


「へぇ、それで、その伝統あるヴァンパイアハンターさんが、何故ここに?」

「結構前だけど、ヘカトレイルで魔法ギルド員が虐殺される事件があったでしょ? その犯人は魔術師らしいけど、魔族や闇ギルドが関係しているという噂を耳にしてね。そこにヴァルマスク家も絡んでるんじゃないかと思ったの。本当のところは、行方不明の妹を探してるんだけど」


 行方不明の妹?


 それはそうと、その魔術師はゾル・ギュスターブのことだろう。

 ゾルの日記にはヴァンパイアハンターに関することやヴァルマスク家とかは書いてなかったけどな。


「……妹のためか。それ関係でヴァルマスク家を追っていると。で、ソイツらはいったい何なの?」

「オッペーハイマン地方では古から伝わるヴァンパイア一族の名前よ。始祖の十二支族家系図に載るほどの一族らしいわ。使い魔などを使わずに、<従者>を伴う二人か一人で人族を襲うことで有名ね。わたしの一族は代々そんなヴァンパイアたちと戦ってきたの。<感応>スキルでヴァンパイアを探知できるからね。だけど、調査していた妹が突然行方不明に……その行方を探し情報を得ていくと、一人のヴァンパイアとの接点を見つけたの。それがヴァルマスク家に連なるヴァンパイアだったというわけ」


 へぇ、そんなストーリーがあったんだ。映画みたいだな。


「だからその<感応>スキルで反応のあった俺をヴァンパイアだと勘違いしたわけね」

「そうよ。悪かったわ。言い訳じゃないけど、こんなことは、未だかつてなかったことだから……」


 ノーラはそうとう堪えたらしく、顔を俯かせてしまう。


「そう落ち込むな。綺麗な顔が勿体ない」

「……まったく、だれのせいで……」

「あ、はは、そうだな。俺のせいか」

「ふふ」


 おっ、やっと笑顔を見せた。

 大人びてるけどかわいいじゃん。

 が、美人なことは置いといて、もう少し話を聞かないとな……。


「もう一つ聞きたいんだが、ノーラみたいなヴァンパイアハンターは他にもいるのか?」

「えぇ、勿論。というか、おかしなことを聞くのね?」


 ん?


「おかしなこと?」

「えぇ、だって冒険者がヴァンパイアハンターみたいな物でしょう?」

「あぁ、それはそうだが、君のような専門的な人は多いのかなと」


 ノーラは指先を顎に置いて、


「確かに、わたしの一家のような専門的な存在はそうはいないでしょう。けど、遠いけど国単位でやっているところもあるわ。その代表的な所が、神聖教会を有する【宗教国家ヘスリファート】の教会騎士ね。その中でも、教皇庁の直属部隊の魔族殲滅機関ディスオルテが有名だわ。ヴァンパイアだけじゃなく、魔界から出現する魔族を倒す専門の機関だけど」


 宗教国家か。

 教皇とか神聖教会の話は師匠の座学のときに聞いたのを覚えている。

 だが、魔族殲滅機関ディスオルテは初めてだ。

 適当に返しとくか。


魔族殲滅機関ディスオルテに宗教国家か」

「知らないの? まあ当然か。地域によって宗教観は違うでしょうし、この辺りは多くの神々を信仰している地域でもある。貴方はここよりもっと南の方の出身なのかしら?」

「まぁ、似たようなもんだ」

「そう……【宗教国家ヘスリファート】はここからだと【マハハイム山脈】の北にある大砂漠の国【アーメフ教主国】を越えた、豊かな森、大きい湖がある遠い国だからね。いくら光神ルロディスの教えを布教する神聖教会の権威があっても、ここではさすがに僻地扱いよ。【城塞都市ヘカトレイル】も十分に大きな都市なんだけど」


 【宗教国家ヘスリファート】、何度か出てきている名だな。

 一応覚えとこう。


「ここにも教会はあったよな。あの大きさの教会で僻地扱いなのか?」

「そりゃそうよ。【宗都ヘスリファート】にあるヘスリファ大聖堂に比べたら、ヘカトレイルの神聖教会は小さいし、シンプル過ぎるといった感じかしら?」

「あれで小さいのか」

「えぇ。でも、小さいとはいえ、ここの神聖教会にも、<司教ビショップ>から連なる<司祭プリースト>や<助祭アコライト>の戦闘職業を持つ聖職者はいるの」


 教会に関する戦闘職業か。

 それに大聖堂かぁ、フランスのパリで中世頃に建築されたノートルダム大聖堂とかはイメージできるけど……。

 異世界の大聖堂。いつか見てみたいな。


「……聞きたいのはこれぐらい?」

「あぁ、済まない。うん、もういいよ、ありがと。宿の外までご案内しますよ、ノーラ嬢」


 俺は執事にでもなったかのように、頭を下げ腕を出した。


「はいはいっ」


 ノーラはそう言って腕を振り、俺の冗談を軽く流して部屋を出る。


「それじゃ、わたしは消えるわ。襲ったことは本当にごめんなさい」

「あぁ、いいよ。またどこかで」

「えぇ」


 ノーラは笑顔で頷くと、大通りを歩いて人混みに消えていった。


 さて、ヴァンパイアがどうたらは一旦忘れて、ステータスをチェック後にアイテムボックスの中身を調べるとするか。


 素早く寝台に座る。


 ステータス。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:神獣を従エシ者

 種族:光魔ルシヴァル

 戦闘職業:魔槍闇士:鎖使い

 筋力19.1→19.2敏捷19.9→20.0体力18.0→18.2魔力23.0→23.2器用18.1精神23.4→23.7運11.0

 状態:平穏

 

 敏捷が20に到達か。

 精神もクナの魂を吸いとったから上がってる。


 スキルステータス。


 取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>:<血鎖の饗宴>:<刺突>:<瞑想>:<魔獣騎乗>:<生活魔法>:<導魔術>:<魔闘術>:<導想魔手>:<仙魔術>:<召喚術>:<古代魔法>:<紋章魔法>:<闇穿>:<闇穿・魔壊槍>


 恒久スキル:<真祖の力>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>:<不死能力>:<暗者適応>:<血魔力>:<眷族の宗主>:<超脳魔軽・感覚>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>


 エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>


 ステータスのチェックを済ませ、次はアイテムボックスをチェック。


「オープン」



 ◆:人型マーク:格納

 ―――――――――――――――――――――――――――

 アイテムインベントリ 28/85


 中級回復ポーション×154

 中級魔力回復ポーション×110

 高級回復ポーション×43

 高級魔力回復ポーション×44

 金貨×25

 銀貨×88

 古魔書トラペゾヘドロン×1

 月霊樹の大杖×1

 祭司のネックレス×1

 魔力増幅ポーション×3

 闇言語魔法闇の壁ダークウォールの魔法書×1

 暗冥のドレス×1

 帰りの石玉×11

 紅鮫革のハイブーツ×1

 雷魔の肘掛け×1

 宵闇の指輪×1

 古王プレモスの手記×1

 ペーター・ゼンの断章×1

 ヴァルーダのソックス×5

 魔界セブドラの神絵巻×1

 暁の古文石×3

 闇紋章魔法闇の枷グラバインドの魔法書×1

 ロント写本×1

 十天邪像シテアトップ×1

 new:影読の指輪×1

 new:火獣石の指輪×1

 鍵束×1

 魔剣ビートゥ×1


 ―――――――――――――――――――――――――――


 腕輪の上にウィンドウが表示されアイテム欄が表示される。


 このボックスの中に背曩の中身を全部入れちゃうと、収納数が満杯になっちゃいそうだな。


 あ、背曩ごと入れちゃえば大丈夫かも。

 でも、最低限の荷物は表に出しておかないと、逆に不自然でもあるか。

 ま、そんな考察はどうでも良いとして……。


 このアイテム欄の上にある◆や人型マークが気になる。


 いったい何だろう。

 押せば分かると思うが。

 ――今は避けとくか。

 アイテムのチェックが先だ。


 この古魔書トラペゾヘドロンが気になる。


 早速タッチ。

 出てきたのは、見た目が黒板のような本だった。


 それを掴む。感触は鋼鉄のよう。

 掌の上に、その鋼鉄の板のような本を置いてみた。

 鋼鉄の表面には手型のような跡と古代の文字で書かれた字がある。


 字を読むと、


 パレデス・二十四の鏡

 トラペゾヘドロン

 ゲート魔法


 と書かれてある。

 おおお、これゲート魔法なのか。


 とりあえず、この手型に右手を置いてみよう。

 ……なんにも反応なし。冷たい感触のみだ。


「トラペゾヘドロン」


 表紙に書かれていた言葉を言ってみた。

 すると、すぐに鋼鉄の本が反応。

 えええ!? 鋼鉄の本がぐにゃりと液体状に変化。

 手を侵食するように金属の液体が一瞬で広がり、手首まで飲み込んでしまった。


 俺の右手と鋼鉄が融合。

 ……くっついちゃった。

 左手の指を伸ばして……右手と本のくっついた部分をツンツクツン。


 硬い。素早く硬い。

 ヤバイ、ヤバイぞ。これからは右手がハンマーで過ごさなきゃいけないのか?

 あぁ、発散用の右手が使えなくなるのか……たまに使う左手だからこその使い心地だったのに、これからは左手だけで頑張れという神の啓示か。

 おっぱい研究会も卒業か――。


 ――生体時空属性確認。

 ――声音固定。

 ――ゲート魔法、トラペゾヘドロン起動。


 ぬおっ、突如機械的な音声が脳内に響いた瞬間、手と合体した鋼鉄の表面にひび割れたように幾つもの黒い亀裂が入っていく。


 ひび割れたような黒い亀裂からは灰色の光が漏れ出ていた。


 これ、割れそうだ。

 なんか生まれるのか?

 うひょ、本当に割れちゃった。

 鋼鉄の表面がパカッと音を立てるように真っ二つに。

 割れた中から現れたのは、多数の面を持つ球体だった。


 多面球体は宙に浮かぶと、下から空気を吸引するように鋼鉄を吸収していく。

 手と同化していた鋼鉄は剥がれながら縮小し、どんどんと宙に浮く球体へ吸い込まれていった。

 やがて、手に吸着していた鋼鉄は全て吸い込まれた。


 ――おおお、やった。消えてよかったぁ。

 金属は全てこの多面球体に収まったらしい。

 多面球体は宙に浮かんだ状態で静止している。


 謎だ。この多面球体は何がしたいんだ?


 浮いている多面球体を掴み、掌の上に乗せてみた。

 表面はガラスっぽくて半透明、大きさは十センチはあるか……。

 TRPGで使う多面体ダイスにも似ている。


 というか、ダイスにそっくりだ。


 面には薄い赤色で数字と記号が刻まれている。

 その多面球体を掴むと、光が多面球体の面から溢れ出て動き出す。

 少し怖くなり掌を広げた。多面球体はぶれるように掌から離れて宙に浮かぶと、東部のみ周囲を回りながら自立回転を行っていた。


 黒猫ロロもその多面球体に即座に反応。

 回転している多面球体を追いかけてキョロキョロと頭を回している。


 ――回るだけか。

 回っている多面球体を左手で掴む。

 ――まだ僅かに回転している。

 そんな多面球体の沢山ある面を一つ一つ確認していく。


 面は全部で二十四面あるようだ。

 それぞれ彫られている記号文字も違う。

 小さく一と描かれた面の記号文字にタッチしてみた。

 すると指で触った部分が反応。

 指が触れた部分の記号が赤から緑に変わっていた。

 これはもしかして――。

 指の腹で記号をなぞる。

 赤から緑に――指でなぞられた部分の色が変化した。

 記号の色が全部緑に変わった瞬間――。

 

 なぞった面から灰色の光が発生。

 同時に多面球体の回転が止まる。

 

 ――多面球体が折り畳まれた。

 自動的に面と面が重なる。


 多面球体は一つの面になってしまった。


 その一つに集合した面から、またもや灰色の光が発生。

 上下にその光は拡大――広がった。


 おぉぉ、これがゲートか、感動。

 寝台前のちょっとした空きスペースに、ゲートが縦長に広がっていた。

 大きさは大人が一人か二人入れそうな幅。


 まさに光の扉だよ。


 ゲートの向こうには部屋の内部、倉庫の一部のような光景が見える。

 向こうへ行ってみるか?

 でも、戻り方とか分からない……。

 まぁ、それも人生だ。

 少し怖いけど、おもしろそう。


「ロロはどうする?」

「にゃお」


 黒猫ロロは俺の肩へ飛び乗った。


 へへ、お前も行く気まんまんだな?

 いざ、新天地へGO!

 笑みを浮かべながら黒槍を握って目の前のゲートを潜った。


 ゲートの先は、覗いていた通りの印象。

 倉庫のようなところだった。


 黒猫ロロは興奮しているのか、肩から荒めに跳躍し、見知らぬ床に着地。

 鼻をくんくんと動かしながら部屋を歩いていく。

 机を見つけると、角に髭と頬を擦り当てている。

 やることは匂い付けかい……。


 そんな黒猫ロロに心の中でツッコミを入れながら背後を見ると、そこには鏡があった。


 どうやら、俺はこの長方形の鏡から出てきたらしい。

 鏡は光っているが、向こうは見えない。


 と、光る鏡を見ていたら……。

 鏡から発生していた光は消える。

 真っ暗になってしまった。


 ――真っ暗だが、辺りを見て回るか。


 <夜目>を発動。

 だが、<夜目>をすぐに解除。


 ここは光源があったほうがいい。


 光と言えば、あの指輪があるからな。

 小指に無理やり嵌めてあるトライフォースの金属装飾が付いた指輪を翳す。


 指輪を触りライトボールと念じた。

 クナが発生させたのと同様の光の球体が誕生。

 途中で黒猫ロロの目が輝板タペータム効果で光って見えた。


 光源が天井に移動すると、部屋の全貌が明らかになる――。

 部屋はそんなに広くはない。


 左端と右奥には二つの出入り口がある。

 鏡の周りには古めかしい彫像や高そうな瓶にマネキンが置いてあった。

 マネキンには女性の高級ローブ系の服が重ねてかけてある。

 剣や盾といった飾りがついた武具系の品もあちこちに散乱して、床には本や書類に地図のような羊皮紙、女の衣服が多数散らかっていた。


 この部屋の家主は金持ちそうな感じを受けるが、この散らかり様を見るとそうでもないのかもしれない……。


 片付けられない女の部屋だ。

 といった感じにプロファイリングしたところでしょうがないんだが……。


 それよりも鏡が気になった。

 鏡の縁はシンプルな作り。

 丸く盛り上がった頂点に飾りがある。

 飾りの真ん中に、ゲートの元となった多面球体が埋め込まれていた。


 二十四面体がぴったりと嵌まっている。

 鏡に嵌まったその多面球体を見ていると……。

 飾りがパカッと左右に開いた。

 多面球体が自動的に外れて、自立回転しつつ飛来。


 先程と同じように、俺の頭の周囲を回る二十四面体。


 ……この多面球体が、この鏡と繋がっているのか。


 回っている多面球体を掴む。

 面を一つ一つ見ていった。

 この記号をなぞれば、その面に対応した鏡に繋がるゲートが発動する。

 ちょんちょんっと指先で記号を触ると、その触った部分だけが緑色に変化していた。


 今度、二面や三面にある記号をなぞって出現するだろうゲートの先、鏡の先を確かめたい。

 目の前にある特別な鏡。

 これが世界のどこかに二十四個存在するんだな。

 ダイスのような多面球体の触り心地に満足してから、胸ベルトのポケットに多面球体を仕舞っておく。


 ――この特別なゲートの鏡はもらっておこう。

 が、大きさ的にアイテムボックスの中に入るかどうか……。

 アイテムボックスの格納を押して、真っ黒なウィンドウを表示させる。


 よっと鏡を持ち上げ――。

 お、すんなりと入った。

 ある程度の大きさなら入るようだ。


 次はこの部屋を調べてみようか。

 書類や本が嵩張ってる机を調べよっと。

 随分とばらばらだなぁ……ここの家主は整理整頓が苦手らしい。


 そうして机の上を調べていった。

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