三十八話 魔迷宮サビード・ケンツィル
転移の時、また耳がぶあっとなった。
気圧の変化で空気が耳に詰まる感覚。
が、そんなことより、周りの光景に少し圧倒された。
冒険者たちの数が多い。
堅牢そうな重い甲冑鎧を着込む人族。
大太刀を背中に装着している黒革鎧を着込む虎獣人。
渋い声音でゴーモックのおっさんがどうたらと聞こえてきた。
それらの屈強そうな冒険者たちが、広場で待ち合わせをしていたのか転移陣から現れた冒険者を出迎えたり、グループごとに作戦を練っていたり、殴り合いをしていたり、笑い合っていたりと。
喧騒が激しい……凄いなぁ。
露店もあるし。
わぉ、食い処もある……。
ざわざわと行き交う冒険者たちの頭上には魔法の光球があちこちに浮いて、松明やランタンも混ざり、非常に明るい空間となっていた。
迷宮という感じがしない。
何処か地上の大きい市場を見ている感覚だった。
鼻をくんくんと動かして片足を伸ばそうとしていた。
が、冒険者たちが身に付けている防具が擦れる音に反応したのか、足を引っ込めて周囲を窺うようにきょろきょろとしていた。
ここは、迷宮に向かう前の休憩や集合のための場所か。
遠くの壁際には神を象った大きい彫像が幾つも存在していた。
ここでも神様か。確かに、あの彫像を見ていると、迷宮に進む冒険者たちを見守ってくれているような気もしてきた。今も、多数の人々が彫像へお祈りを捧げている。
ヴァライダス蟲宮でも同じような光景が見られたな。
初心者のように周囲を見ていると、クナが、
「……シュウヤ、先導させてね。それと……」
と近寄ってくる。
まるで恋人が頬へキスをするように、耳元に顔を寄せてきた。いい匂い。特殊な香水?
そのまま俺の耳元で、
「色々とこの魔迷宮のことは知っているの……任せて?」
色だけに色っぽい、洒落ではなく、女を感じさせる。
「……分かった」
素っ気なく答えたが、笑顔の可愛いクナの表情を見つめてその内情を探ろうと試みた。
自信がありそうな言葉、やはりBランク冒険者だから色々とこの迷宮に詳しいのだろう。
……それにしても、本当に可愛い笑顔に笑窪だ。
口元のホクロも悩ましい。
その心情を探ろうとしても、顔が可愛いから、つい違うことを想像してしまう。
俺も男だからな……クナは俺の視線を気にせず、左手の指輪を前へ翳す。
その指輪はシルバー。
三角形が並ぶ平面ピラミッドの形をしていた。
そのピラミッド状の真ん中から、にゅるりと音がしそうな感じで丸い光球が生まれ出た。
シャボン玉的で不思議な光。
光球に紅色の虹彩の中にある黒色の瞳を向けた。
瞳孔が散大し収縮。
光球の明かりを不思議そうに見つめだす。
宙を漂う光球の動きが気になるのか、肩から降りて追い掛け始めてしまった。
クナは明るい光球を自由自在に動かして、
クナの指には色々な指輪が嵌まっている。シルバーの指輪は光球を生み出した指輪。どす黒い色合いの指輪と半透明な魔力を発している指輪からはクナと似た魔術師の幻影が時々浮いていた。
手首にもじゃらじゃらと音がしそうなぐらいに腕輪やチェーンを装備していた。
その指輪と腕輪はどれもが魔力を宿している。
一瞬、ゾルが持っていた指輪群を思い出した。
「……ふふ、これが気になる? ライトって念じると光球が出現する魔道具の指輪。無属性魔法のライトを唱えてもいいんだけど、これだとすぐ使えるからね」
「便利だな、その指輪」
「えぇ。それじゃ行きましょ、こっちよ」
クナは満足気に頷くと、俺を誘うように移動を開始する。
他の冒険者たちが進む列に加わり、洞窟の通路を歩き出した。
しかし、その通路の途中で急に左折。
左折したと思ったら今度は右折し、狭い岩の道を進んでいった。
どういうことだ?
蛇のような狭い道、ここをいくのか?
他の冒険者たちが向かっている方向と違う。
誰もいない狭い岩と岩の間を進んでいる……。
その狭い道は暗闇で視界が悪い。
クナは光球を先行させ、狭い道を明るく照らしていた。
しょうがないからついていく。
彼女はそんな疑問顔を浮かべている俺をよそに、淡々と岩と岩の間の狭い蛇のような道を歩いていった。
嘆息しながらクナの後を追う。
岩は冷たく、横歩きをしなければ通れないところもある。
その狭いところを左へ右へ行ったりきたり。
迷路のような通路を進んでいると、背後に何人か感じられた冒険者であろう気配もなくなり、今この通路を進むのは俺とクナだけになっていた。
狭い岩の通路を抜けると、蝙蝠が住み着いていそうな広い空間へ出る。
地面には岩が散乱し、窪んだ地形にひび割れた亀裂が目立つ。
それにしても、広い空間だ。
クナは迷わず右へ歩く。
そして、歩きながら振り向いてきた。
「この先に通路があるの。その通路の先、左へ曲がったところに迷宮が用意した転移陣があるから向かうわよ」
「……迷宮が?」
「えぇ、穴場、狩りがしやすい場所へ繋がっているの。これを知っている冒険者は少ないのよ」
穴場か、なるほど。
高ランク冒険者は皆こうなのか?
まぁ、狩りがしやすいのなら行ってみたい。
……だが怪しすぎる。
初心者冒険者を嵌めるための罠? 一応用心しておくか。
だが、罠だとしても暫くは様子を見る予定だ。
最初は魔迷宮を見学したいからな。
そして、何よりクナは美人だし、信じたい。
「クナ?」
「うん?」
クナは笑顔を浮かべて見つめてくる。
瞳の表面が黄色く光った。
――不思議な瞳。
「いや、何でもない」
「変なの~、こっちよ」
クナに案内されて進んだ先には、さっき話していた通りに、確かに魔法陣、転移陣が床に彫られて存在していた。
迷宮が用意した転移陣……。
「この転移陣は、モンスターがうようよといる空間に出るから用心してね」
俺の出番だな。
「なら俺が先に入って守ろうか?」
「いえ、わたしが先にいくわ」
男として言った言葉を……あっさりと否定された。
クナは微笑していて、『必要ないわ』って感じだ。
見栄ぐらい張らせてくれてもいいのに。
クナはそのまま杖を構えて、先に魔法陣へ入り消えていく。
さて、俺もいくか。
視線を
「魔法陣から出た直後、周囲に気を付けろよ」
「にゃ~」
そのまま転移陣の中へ足を踏み入れた。
転移した直後、
ギルドから転移した時と同じく、耳に空気が詰まる感覚を味わいながら足元を確認。
これ、踏み入れた転移陣と少し形が違う?
どす黒い不気味な色を発している六芒星の魔法陣。
そして、火が灯っている巨大蝋燭が六角形の頂点の位置に正確に並べられていた。
転移陣というより、儀式に使うような魔法陣だ。
魔法陣の外縁部には、蝋燭の他にも、黒色の薄っすらと透けている膜が存在していた。
膜は魔法陣の外縁部を囲い天井高くまで伸びている。
この膜、もしや牢獄?
閉じ込められてしまったか。
すると、奥から、
「……サビード様、良い標本を連れて参りましたわ」
「……」
いた、クナだ。あまり高さのない石の階段の上にいる。
クナは片膝を床に突けて、玉座へ向けて頭を下げていた。
自然と座っている生物へ視線が向かう。
うへ、人型だが……ゴツイ生物、まさにボスキャラ。
魔察眼で確認。
すごっ、その玉座に座る生物からは魔素が物凄い勢いで噴出していた。
クナなんて、コイツに比べれば小粒すぎる。
ごつごつした赤黒い皮膚に、六つの眼を持つ人型の生物。
両頬から両肩にかけて筋肉と骨格が盛り上がったカタパルトのような出っ張りがあり、その出っ張りの真ん中から切り裂くように斜めに黒い線が幾つも伸びていて……それがエラ呼吸をするように広がったり閉じたりしている。
ゴツイ紫色の甲冑のような皮膚だな。クナの上司、ここのボスか。
予想とは違う形だが……裏切り。
「クナ? どういうことだ?」
俺はありきたりな不安そうな声を発しながら、魔法陣の外へ出ようとした。
だが、黒くて薄い壁に阻まれて外に出られない。
「にゃ!」
クナは立ち上がり、冷たい視線を俺たちへ向ける。
いつの間にかクナは紺のローブを脱いでいた。
でも、クナから買った帰りの石玉があるんだが……。
これを使用したら帰れるんじゃ?
「残念だけど、そこでは帰りの石玉は使えないわよ?」
俺の思考を読んだように言ってきた。
やっぱこの石は使えないか。
そう都合よくはいかないよな。
「……しかしアンタ、馬鹿ねぇ。わたし目当てにホイホイついてきちゃって……これからは、サビード様の役に立つように頑張るのよ? 良い標本や素晴らしい実験台になってね?」
……まぁ、騙されたふりをしておくか。
「標本だと! ふざけるな!」
「強がっても無駄よぉ? そこはわたしの
可愛い顔だがムカつく。
ま、らちが明かないし、大人しく従っておく。
が、この床に刻まれてある魔法陣、名前的にも闇魔法だよな。俺は闇属性持ち、触ったら干渉できたりするかもだ。が、ここで暴れるのは止めておこう。暴れても魔法陣から出られないと、本当に閉じ込められてしまう。
「……指示に従えばいいんだな?」
「あら? 素直ねぇ……」
クナがそう発言すると、玉座に座る大柄の生物が、
「クナよ。此奴は、ただの人族にしか見えないが……」
なんとも魔族のボスらしい、重低音の声。
両肩のポールショルダーのような鋼には濃密な魔力が備わっていた。そして、声から、クナとはまったく相容れない威厳を感じた。
「サビード様、確かに見た目は普通の人族ですが、わたしが奴に触れたところ、体内に内包された魔素量は膨大なものであると感じ取りました。不思議と魔素が外に漏れ出ていないので、初見ではわたしも気付きませんでしたが。それに、どういう訳か、この連れてきた人族……以前サビード様が魔術師ゾル・ギュスターブと色々と取り引きをした時の、古い魔具の指輪を装備しております」
玉座の男はクナの言葉を聞くと、
「ほぅ、あの時の魔術師か。中古の魔具で喜ぶ馬鹿だったが、それを持っているということは……殺られたのか。ん? あぁ、そういう事か。骨翼のミゼが戻ってこない訳だ……」
サビードは玉座にある大きい肘掛けに腕を乗せながらそう話すと、おもむろに玉座から立ち上がった。
大柄で重そうな甲冑のような皮膚なのに軽やかに歩く。
両肩が異常に盛り上がっている。
アメフト選手を数倍に膨らませたような不思議な圧力が感じられた。
全身が黒紫色の強化外骨格的な甲殻系の肉鎧。
その肉厚な鎧が足首まで続く。
硬そうな鎧だな。
背には紫色に縁取られた黒光りするマントが靡く。
軽快な歩調で歩くサビード。
クナの前で止まった。
「クナ、観察眼に優れたお前が初見で気付かないとはな? まぁ、ミゼを殺った人族だ、当然かも知れぬが……」
サビードはこっちを見て話している。
「ふむ。そやつが膨大な魔素量を持つとなると、ここのよい糧に成りそうだ……リヴォグラフ様もさぞやお喜びくださるだろう」
クナはサビードの物言いに若干頭を下げ、黙ったまま頬を朱色に染めた。
すると、クナの姿、形が段々と変わっていく。
うはぁぁぁ、変身していく。
衣服が細切れになり、可愛かった口が斜め上へ伸びて額が上に広がり、皮膚も紫色を帯びた肌色に変色。鱗鎧のような裂けた皮膚へ変貌を遂げた。
遂げてしまった……。
尻からは先端の尖った尻尾が伸びている。
靴は何故か紅いヒール系。
最終的に刺々しい格好になってしまった。
やはり、クナは魔族だったのか。
小悪魔系の美女だったのが、大悪魔のようなヘビメタ調の凶悪な魔女に変貌してしまったし、残念。
笑窪は七難隠すというが……。
クナの変わり果てた姿を凝視していると、クナは俺の視線に気付いたらしく、裂けた口を広げて微笑を浮かべながら俺を見つめ返してきた。
「そうよ。わたしの種族は人族ではない。魔族クシャナーン」
魔族クシャナーンか。魔族にも色々いるようだ。
あのゾルの日記にあった人族の中に紛れ込んでいた魔族はこいつか。
すると、サビードが、
「クナ、今日はあの男だけで終わりか?」
「はい」
「そうか。魔力が多いとはいえ、お前にしては意外だな。それでは、わたしは仕事に戻る」
「――ははっ」
「それからクナよ。あの男は骨翼のミゼを、魔族を殺った男だ。警戒を怠るな。念のため、吸霊の牢獄にでも入れておけ」
「はっ、わかりました」
大柄のサビードは六つの眼の内の二つの眼をギョロりと動かして俺を睨み付けると、踵を返して玉座の後ろへ消えていった。
そこにクナがコツコツとヒール音を立て、鱗のヒップを揺らしながら石段を降りて近寄ってくる。
うはぁ、可愛かった顔が……。
妖怪口裂け女が逆に可愛く感じるぐらいに変貌しちゃってるし……。
「サビード様に言われた通り、案内するわ。ふふっ、シュウヤ君ったら、一生懸命わたしを見つめちゃってぇ、もしかして惚れちゃった?」
それはないから。
人族の時ならいざ知らず、こんなに変貌しちゃったらね。
「でも、無理もないと思うわ……わたしのこの目、特別だもの。ふふ、この<星惑の魔眼>に掛かってしまったのね」
なんか勘違いしてるが……。
魔眼?
俺には効いていないと思うが……。
少し前にクナの目の彩りが変わったように見えたのは、魔眼か。
魔眼によって黄色く瞳が光って見えていたのか。
どうせなら、魅了されたふりをしとこ。
「そうなんだ。だから地上に返してくれない?」
「あはは、ざぁんねぇぇんっ、無理よぉん。さ、その背中の荷物を下に置いて武器も置いてね。帰りの石玉は返してもらうわよっと……それと、両手を背中で組んで、向こう側へ体を向けてちょうだい。その黒猫も足を拘束するからね」
クナは楽しそうに笑みを浮かべながらそう言うと、紋章魔法を発動していた。
おっ、指先に魔力が溜まり、なるほどな。間近で見ると……勉強になる。
あんな記号もあるのか……。
「ほら、こっち向いてないで、あっち向いてよ」
俺は大人しくクナの指示に従う。
両手を後ろに回し背を向けてやった。
すると、両手首にがっちりと何かが嵌められる。
闇系の魔法だな。強引に破れそうだが……。
「これでよし。そのまま右の通路を進んで」
クナは床の魔法陣を解除していた。
薄黒く伸びていた壁がすぅっと消える。
「あ、その腰の剣も邪魔ね――」
クナは腰に差してあった師匠からもらったククリ剣を引き抜く。
遠くに投げてしまった。勢いよく飛んでいく。
「ロロはどうするんだ?」
「わたしが運ぶわよ」
「シャァァッ」
「ロロ、止せ」
「にゃ?」
「ふふっ、大人しくて良い猫ね。さぁ、イヤラシイ人族の男! 行くわよっ」
クナは
いてぇ、執拗に何回もだ。
口裂け女、魔族のクナめ。何回も蹴りやがって。
蹴りの感触はヒールだった。
女王様ってか? 俺はMじゃねぇぞ?
堪忍は一生の宝というアイデンティティが完全崩壊だ。
コイツ、自由になったら……俺は僅かに殺気を放ちながらも、我慢して迷宮を歩かされていく。
目隠しはされていないので、魔迷宮の中を自由に見れた。
玉座があった広間から右の通路を進み、階段を下りて右へ進む。
今は道順を覚えておこう。
通路の両サイドの凹凸がある壁の裂け目からは金属臭い白いガスが噴出し液体が漏れている。液体は眩しい程の燐光のような輝きを放ち、青白い光と黄色い光が混ざりながら通路にある溝へ流れ落ちて、通路の不気味な光源に成っている。
そんな気色悪い通路にはサビードの配下と見られるモンスターがうようよ存在していた。
――これが魔族。
その中で奇妙なモンスターを発見。
無数の腕と頭が集まり一つの肉塊となった奇妙な怪物。
掌の上に人の頭が生えるように伸びていて、その顔にある双眸が生きているように蠢くと、首下にある無数の手が動いて地面を這うようにガサガサと移動していた。
ホラー映画かよ……。
次の魔族はクナが適当に選んでた奴だ。
両手には爪のような刃が付いた武器を持つ。
確か名前はホグツでCランクだ。
奥に長い頭をしており、後頭部が尖っていた。
妖怪ぬらりひょん的だな……。
狐と虎を合わせたような獣顔。
長い後頭部を守るように鉄の兜がスリット状に三重に重なっており、背中までその鉄兜が続いていた。
兵士っぽい装備だ。
二メートルぐらいはあるだろうか、胴体も兜に合わせたような鉄系のハーフメイルを装備している。
下半身には討伐証拠である長い赤色の尻尾が見える。
クナと俺が通ると、礼をするようにホグツだけはクナへ頭を下げて、通路の隅に移動していく。
こいつには多少知恵があるということか。
他のモンスターはクナには反応を示さずに、壁から出る液体を舐めたり壁を上ったりと、奇怪な行動を繰り返している。
複数の蛇が集まったようなモンスターもいた。
まるで餌を見るように複数の蛇眼が俺を捉えている。
そんなモンスターたちが犇めく通路を幾つも通り抜けると、饐えたような猛烈な臭気が漂ってきた。
「ここよ」
クナの一声と共に止まる。
くせぇ。牢獄か。
そんな臭い牢獄の中には、門番らしきモンスターが立っていた。
しかも、依頼のモンスターだ。
確かこいつは、ゴドー、Bランクだったな。
図体は三~五メートルぐらいか。デカイ。腕が四本。
武器は長い金属棒しか持っていない。
本当に頭が二つ、細い長方形。
しかも……奇妙すぎる。
眼も縦に細い菱形で、いったいどんな視界なのか想像もできなかった。
口も特殊な作りだ。
二つの長い頭の間に、厚い胸板を真ん中から左右へ引き裂くように縦に広い口が存在していた。
その縦長の口には鮫のような鋭い歯が生え、長い蒼色の舌が上へ伸びて二つの頭にぶつかっている。
「グナ様ァ、ゴゴに用でづがぁ?」
「そうよ。この牢獄――相変わらず臭いわねぇ。お前は邪魔だから、部屋の外へ出てなさい」
クナはこっちに来るな的にしっしと手を上下に振る。
ゴドーはゆったりと、クナに二つの頭を下げていた。
頭を上げると、重量感溢れる足音を立てながら牢獄の外へ出ていく。
ちょうどいい。
この口裂け女のクナを倒すとして、ゴドーという大柄な敵も同時に相手をするのは嫌だからな。
含み笑いを浮かべながら、牢獄の通路を歩く。
通路を右折すると、複数の子部屋があった。
その部屋に近付くと臭さは倍増。
含み笑いは自然と消えて、顔を歪めてしまうほどだ。
真ん中にある大きい牢獄へ目をやった。
蛍光色の淀んだプールがあるようだ。
ん? 波打っている?
……どうやらあのプールみたいなところに誰か居るようだ――痛っ。
「ほらっ、エロシュウヤッ、あんたはこっち! さっさといきなさいっ」
――コイツ、また蹴りやがった。
ったく、何カッカしてんだが、ま、確かにエロいけどさ。
そう何度も蹴るなよなと、ムッとした表情を表に出して後ろへ振り向く。
「何よ? 怒った顔しちゃって、もっと蹴られたいわけ?」
うはぁ、Sっけたっぷり。唇の裂け具合がヤヴァイ。
目元近くまで裂けた口があるので、言葉を喋るごとに裂けた口からくちゃくちゃと音がしそうだ。
年取ったらくちゃくちゃおじさん、じゃなくおばさんになれるよ。
とは言わずに、そのクナの怒りを助長する言葉よりも、クナの不気味に裂けた口に興味がいってしまい……笑うのを我慢した。
直ぐに前へ向き直し、牢獄まで歩いていく。
牢獄は……暗い、汚い、激臭いの三拍子。
思わず眉間に寄る皺が増える。
床に沿うように引かれた溝には黒い汚水が澱んでいて、臭い匂いに拍車をかけていた。
「ほら、見てないで、ここに入ってねっ」
またも背を蹴られ、押される形で黒い牢獄の中へ入った。
「シャァァッ」
床にぶつかるロロ……そりゃ怒るよな……。
後で自由に狩りをさせてやるか。
「ナマイキな猫ねぇ、威嚇しちゃって」
クナはそう言ってから、左手で自身の右腕にある円型の飾りが付いた腕輪を触り「オープン」と言う。
かと思えば……左手が一瞬消えた?
いや、薄緑色のウィンドウが右手の腕輪、円型の飾りから発生している。
左手でウィンドウからメニューを選択するように指でタッチしている。その瞬間、ウィンドウからにゅるっと複数の鍵が集まった束が現れた。クナは笑顔を見せながらその鍵束を摘まんでいる。
何だ? あの腕輪……。
「これが気になるの? ふふっ、真剣な眼差しで見つめちゃって、可愛い。わたし、こういった古い物や伝説に関わる品を集めるのが好きなのよねぇ。知りたい?」
うんうんと頷いた。
「素直でよろしい。特別におしえてあげるわ。この腕輪はね……ペルネーテで年末に行われる地下オークションで買ったの。これはわたしが全財産を出してゲットした物よ。その時の説明では、この腕輪は迷宮都市産と言われていたけど、詳しくは不明なのよ。鑑定によれば、古代に栄えた【暁の帝国】よりもずっと前の時代に作られたとされる逸品らしいわ。
ほぉ、地下オークション……古代の至宝か。
「説明は嘘だと思うけど、この腕輪を見た時、わたしは全身に鳥肌が立ったのよね。古代のロマン? 何があるか分からないワクワク感? もうわたし、きゅんきゅんと濡れ濡れ状態になっちゃったの! だから我慢できずに買っちゃったのよぉ。でもでも、お陰で白金貨数百枚が消えちゃって……今とっっても貧乏なの。だからね、こうやって御仕事を頑張って、また貯金してるのよ?」
へ~そうかい。ま、無難に返しとこう。
「そんな物が……その腕輪、一見すると普通の腕輪に見えるな」
クナは相当古いアイテムが好きらしい。目の輝きが違う。
俺の言葉に何回も頷いてるし……。
「そうね。この形からわたしは太陽の腕輪と勝手に名前をつけたけど、ただの収納、アイテムボックスだけではなさそうなのよねぇ……迷宮都市で発見される他のアイテムボックスとは違って、この腕輪は時空属性を持つ者しか扱えないし。それに、わたしでさえこの腕輪の概要が解らないのよ? 文字が読めないからしょうがないんだけど。マークを押しても変な文字が出るだけでよく分からないし。でも、アイテムの出し入れのやり方は覚えたわ。不思議だけど、実際にこうやって使えてるし……」
おぉ、それアイテムボックスなのかよ。
いいな。パクろう。決定。
「んがぁぁぁぁ、誰か来たのかぁ?」
クナの腕輪を凝視していたら、違う牢獄から厳つい声が響いた。
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