十四話 採取×危険×滑り台※

 

 今日はラグレン以外の皆で、採取に向かうことになった。

 ラグレンは狩りで忙しいらしい。


 師匠を先頭に、一緒に崖下に降りて進むこと数時間。


 時間を掛けて到達した場所は自然豊かな場所だった。

 足下は軟らかい土。

 凹凸が多いが、造形豊かな草花が咲き乱れている。

 綺麗な空気が満ちていた。


 川のせせらぎや鳥の声も聴こえてきた。

 心が癒される……。

 風も心地いい……。


 見える範囲にも小川が流れていて……草花が緑豊かな稜線を作っていた。

 川の水が透明で本当に美しい。


 だれが見ても思うと思うが、ここは自然に恵まれた天然の素材庫だ。


 食用の草花や油が取れる種、紐になる茎、群青色のエキスを出す茎、深緑の薬草、香草に石鹸の材料になる草、触れない毒草等。

 これらの自然の恩恵はゴルディーバの里の生活に欠かせない品々になるんだ。

 と、採取の最中に師匠に説明を受けた。


 反対側では、「貴方のお陰で、大量に運べるわ」と、ラビさんが笑顔で話してくれた。

 そんな草花が多く繁る場所で、採取を続けていくと……。


 師匠が、


「前方にモンスターの気配があるから見てくる。ここは頼むぞ」


 と言って前方に向かう。

 黒猫ロロも一声鳴くと、俺から離れて師匠の後を追っていった。

 師匠は黒猫ロロが傍にきたことが分かると、「神獣様と狩りができて嬉しいです」と言って、頬を赤く染めて喜んでいた。


 その様子にラビさんは少し呆れた顔を浮かべて


「気をつけてくださいね~」


 と師匠の背中へ向けて言葉を投げかけてから、俺とレファに視線を寄越す。

 笑みが美しい女性だ。


「わたしたちはわたしたちで採取を急ぎましょう」

「はい、頑張ります」

「うんっ、お母さんに負けないぐらい、いっぱいとる」


 そんな調子で俺たちは草花が繁るところで、黙々と採取を行っていく。


 朝顔に似た花、紫陽花に似た花もある。

 ねじれて花が咲く涙花っぽい花もあるな。


 花を愛でながらの採取に夢中になっていく。

 そうこうして時間が経つうちに、俺とラビさんとレファは少しずつ互いに距離が離れていた。


 そんな時、


「キャァ――」


 ――ん?

 レファの悲鳴が後ろから響く。

 振り向くと、緑のつるがレファの足に絡んでレファが宙に持ち上げられていた。


 ――ウハッ、なんじゃありゃ。


 レファの足に絡んだ緑色のつるの先を目で追うと……。

 赤黒い巨大唇を持つ植物の怪物と繋がっていた。

 赤黒い巨大唇の下には幹のような太いつるがあり、その太い蔓から生えた枝から無数の緑色の蔓が四方八方へ伸びていた。


 あの蔓は、蛸の足にも見える。

 吸盤はないが。


 そんなことを考えながらも即座に反応――。

 捕らわれたレファへ向け――駆けた。


 僅かに跳躍しながら黒槍を縦に振るう――。

 黒槍の穂先で蔓を斜めにぶった切った。


 レファの足に絡み付いていた蔓を空中で切り落とすことに成功ッ。

 蔓から解放されたレファが落ちてくるのを、跳躍しながら空中でキャッチ――。


 レファを抱きながら、地面を強く蹴り前進。

 怪物から距離を取る――。


「レファ、大丈夫か?」

「うん、掴まれたとこ、ひりひりするけど」


 レファを安心させるように笑みを向け、


「ならここにいろ、あの怪物は俺が倒す――」


 踵を返し、赤黒い巨大唇の怪物へ向かっていく。

 怪物唇オバケは俺が迫ると緑のつるを放出してくる。

 連なったつるが鞭の如く伸びてきた。


 迫る緑の蔓を黒槍で払い、斬り、何本か地面へ落とす。

 斬られたつるは地面に落ちた途端、にょろっと動き萎びていく。


 唇オバケは緑のつるを大量に放出してきた。

 その蔓が纏まり一本の太い蔓になって俺に迫る。


 避けようと思ったが、意外に追尾性能が高い。

 強引にやるか――と、太い緑の蔓を持ち上げるように黒槍を打ちつけてやった。

 太いつるは切れて散るが、本体からは緑のつるがうようよと伸びている。


 あれは、少し苦労しそうだ。

 そこに黒猫ロロと師匠が戻ってくる。


「シュウヤ、遅くなってすまん」

「師匠!」

「にゃっ」

「狼が複数匹いたのでな。それより、レファを助けてもらい感謝する」

「いえ――って、レファは?」


 話してる最中にも蔓が俺に迫ってきた。

 黒槍で蔓を切り落とす。


「大丈夫だ、レファはラビが看ておるぞ。今はそいつに集中しろ。そいつの名はゼクレシア。丁度いい、一人で殺ってみろ。神獣様、手伝ってはだめですぞ」

「ンン、にゃぁ」


 黒猫ロロは耳を凹ませて返事をしていた。

 手伝いたいらしい。


「やってみます。ロロ、見とけよ?」


 これも修行の一環らしい。

 俺は師匠が戻ってきたから安心できた。


 落ち着いて、冷えた目を怪物へと向ける。


 赤黒い巨大唇が何かを喋るようにゆらゆらと上下に動く。

 緑の蔓を下半身のように集合させていく……。


 その下半身がしゅるしゅる音を立てて波打つ。

 緑の蔓が蠢くと、ゆっくりと前進してきた。


 あの蔓は無限増殖しているわけじゃない。

 数は減ってきている。


 だったら、切り刻んでやろう。


 ――正面から突貫だ。

 走る俺に緑の蔓が迫った。


 走りながら、その蔓を引っ掛けて斬るイメージで、黒槍の穂先を∞のように動かす――。

 蔓を切り刻む。

 更に、怪物唇オバケの本体へ向けダッシュ。


 強引に前傾姿勢を維持しながら近付いていった。

 ――槍で捉えきれなかった鋭いつるが迫った。

 

 頬や腕が切られて痛みが走る。

 が、構わない。


 怪物唇オバケとの間合いを詰めた。

 槍圏内に入った、その瞬間、目の前に迫ったつるを、爪先回転で駒のように回転してかわすと同時に水平に固定していた黒槍を赤黒い唇の根元へ直撃させた。


 赤黒い唇の根元を叩き切ることに成功。

 回転撃、力強い横薙ぎの形だ。


 地面にちょん切られた巨大唇がどさっと落ちると、茶色へ変色しながら萎びて枯れていく。


「良くやった。爪先回転で躱しながらの攻撃。追連獄の成果が出ていると言っていいだろう」

「シュウヤ兄ちゃぁぁん、かっこいいいい――」

「あらあら……」


 ラビさんに連れられて近くに来ていたレファが走りながら俺の足へ顔を打ち付けるように抱きついてきた。


 この日の採取はそこで終了。

 早々とゴルディーバの里へ戻ることになった。


 しかし、それ以来レファは俺にべったりだ。


 毎日のように朝早くから俺を起こしにくるし、遊ぼう遊ぼうと言い寄ってくる。

 時には遊ぶだけじゃなく悩みの相談に乗ったりもしてあげた。


 今日も朝早くからレファが来た。


「シュウヤ兄ちゃん、遊ぼっ」


 といったように朝一からこれだ。


「内緒だよ? ついてきて」


 何だ? 槍の訓練をしたかったが、我慢してレファの後についていく。幾つかの梯子を降りて要害となっている山間を進んだ。


 レファに案内された場所は見晴らしの良い天然の遊具がある場所。


 遊具とは八十~百メートルぐらいのゆるい傾斜が続く天然の滑り台。

 水が勢い良く流れて下が深い滝壺となっている。

 こんな場所をよく見つけたもんだ。


 話を聞くに、レファはラグレンやアキレス師匠の隙を見て里を抜け出し、色々な遊び場で遊んでいるようだった。


「こ~やってね。ここをすべるの――」


 レファは両腕を抱えて小さい足を揃えると、水の勢いを利用し滑っていった。そのまま滝壺にドボンッと落ちた。


 って、大丈夫か?


「――ぷはぁっ、シュウヤにいちゃ~ん、おいで~」


 ほっ、レファは大丈夫なようだ。


 んじゃ、俺もやってみよ。


 同じように滑り台を楽しむ。

 尻が心配だったが、杞憂だった。


 水で尻が滑る滑る。ウォータースライダーってか? 

 股間がゾワッ、ぎゅんってした。足が竦んで玉がぎゅんぎゅ~んっ、ぎゅい~んって――すげぇ、楽しいかも。


 そうして、滝壺に突っ込んだ。


「あはは、すごい水が跳ねたよ~」

「はは、ごめんな。しかし、これ楽しいな?」

「うんっ」

「でも、こんな場所だと、モンスターの危険もあるだろうに……」

「うん、じつは、さるみたいなモンスターにあったことがあるの。でもねでもね、わたしにげ足速いの、だから平気だよ。いつもにげきってるし、さるたちは変なのを投げてくるだけだし」


 それを聞いて、少し怒った。


「それは危険だ。駄目だぞ」

「えぇっ、シュウヤ兄ちゃんまで、そういうこと言うんだ……」

「そりゃそうだ。モンスターは危険だからな。だが、内緒にしといてやるから気をつけるんだぞ」

「うんっ、本当に、おとうさんには、シ~だよ?」


 レファは小さい口に指を当てて内緒にしてねとアピール。

 その後も何回も念を押されて、密かな約束を交わしてしまった。


 違う日には密かに俺と師匠の訓練の様子を覗いて真似をしているとか聞かされた。

 他にもラグレンの狩りをつけていたりとか……。


 結構あぶないことをしていた。

 注意しておいたが、自分の棒術を試したくてしょうがないらしい。


 強くなりたい。


 と真剣な面持ちで話してくる様子に、レファの将来が少し不安になった。


 ラグレンも苦労しそうだなと内心で同情する。

 俺自身のことも話してあげた。

 目標である冒険者に成ることや、黒猫ロロディーヌの目的でもある玄樹の光酒珠について聞かせてあげたりして、楽しく過ごしていた。


 そうして、<導魔術>の訓練を優先しながら、三ヶ月が経った頃。


 やっと、今日になって成功だよ。

 うう、少し感動。


 まずは魔察眼で確認しないとな。


 感覚では解っているが、魔力を出しても普通は見えない。

 無色透明の魔力を放出しているからだ。


 魔察眼で確かめると、ちゃんと光る魔力を放出してるのが分かる。

 やはり成功だ!


「やったっ、師匠ぉぉぉ~」


 傍で寝ていた黒猫ロロが俺の大声にびっくりしたのか目を見開き、触手を宙に漂わせながら背中と尻尾の毛を逆立てていた。


「あっ、ロロ……ごめんな?」


 黒猫ロロディーヌは怒ったのか外へ走っていく。


「シュウヤ、大きな声を出してどうしたのだ?」

「色が変わったんですっ!」

「何だ、そんなことか……良くやったと言いたいが、まだまだこれからだ。外に放出する魔力を見たか?」

「はい。<魔闘術>を眼に留めて、ちゃんと見ました。魔察眼でしたよね」

「――そうか、では、見せてみろ」


 アキレス師匠は顔をくいっと動かし指示を出してきた。


「はい」


 集中して……っと。


 腕から魔力が放たれていく。

 そして、腕の先から出る光る一本のギザギザ線がはっきりと見えた。


 魔力の放出を止める。


「よくやったな? <導魔術>の第一段階成功だ。では、わしの動きを見ているのだ。研鑽していくと……」


 小剣と長剣が師匠の周りを踊るように舞っていた。


 師匠は槍を持ち直して<刺突>を繰り出し、小剣と長剣を宙へ漂わせながら、後を追うように斬って突くの攻撃を繰り出す。


 すげぇ。

 剣と槍の攻撃が組み合わさり、全く隙の無い連撃だった。


「という感じの連撃が可能になる。この小剣、わしは一本ずつ意識して動かしている。これは長年に渡り剣を実際に使い続け、飛剣流の稽古を行い鍛え続けた上に、<導魔術>の修行を万日にかけて行った結果、ここまで練り上げることができたのだ。……まずは、時間が掛かると思うが、一個のナイフを浮かせて動かせるようになることだな」


 師匠は宮本武蔵ですかいっとツッコミを入れたくなる言葉。

 万日の稽古。そうだよな、もっと俺も訓練しないと。

 しかし、この<導魔術>は体内という枷がある<魔闘術>とは違い物凄い柔軟性があるように感じる。それについて質問してみるか。


「分かりました。それと、質問があるのですが」

「ん? なんだ?」

「研鑽を重ねれば、この<導魔術>の魔力を武器へと変化、例えば、刃物とかのイメージを強めた魔力の剣武器の<導魔術>は可能でしょうか」


 俺の質問にアキレス師匠は目を細めて、『ほぅ、そこに気づいたか』と言うように俺を見据えてから、熱を込めて語り出した。


「できる。<魔闘術>は肉と骨があるからさすがに限度があるが……<導魔術>や<仙魔術>は自由な想像力が要……しかし、研ぎ澄まされた魔力の刃を構築できるのか? と言われたら疑問を浮かべるしかないだろうな」


 確かに、普通はそうだな。


「難しそうですね」

「あぁ、難しいどころではない。刃物と一緒に寝たり四六時中話しかけたり食べたりすれば、できるかもしれないが……ま、これは半分冗談として覚えておけ。それぐらいの気概を持って強く想いを持ち続けなければ駄目だということだ」


 うへ、そりゃある種の変態じゃないですか。


「仮に可能だとして、相当な時間と労力と莫大な魔力を消費するだろう。維持も難しい。だから現実的ではない……実際の剣の研鑽を積んだほうが、余程有意義となろう。だが、これはあくまで一般論。シュウヤのように魔力を豊富に持つ者ならば、可能性はあるかもしれん」


 可能性か。


「……そうですね。無理だと思いますけど考えてみます」

「やってみないとわからんぞ? わしの考えが古いだけかもしれん。なんせ、ここの想像力に左右されるからな」


 師匠は自分の頭を指差している。


「昔、師匠が冒険者だった頃、そういう使い手は居なかったのでしょうか?」

「そのような使い手はおらなんだ。だが、この世の中は広い。たまたま冒険中に会わなかっただけかも知れん。もしそのような使い手がいたら、魔法も形無しだろう。詠唱や紋章も無いのだからな……」

「そうですか……」


 もし、そんな使い手が敵にいたら……覚悟しないとな。

 というか、俺が目指せば良いんじゃね?

 槍と<導魔術>で天下とったる!


「……<導魔術>の訓練にはこれを使うといい」


 調子に乗っていると、師匠は懐からナイフを出して渡してくれた。


 刃が緑色のナイフ。

 持ち手にはグルグル巻きに布が巻かれ、年季を感じさせる物だった。


「ありがとうございます。早速やってみます」


 魔力を放出して持ち上げるイメージでナイフへと導魔の魔力を伸ばす。だが、全く触れられない。感触も無し……。


「何かヒントみたいなのってありますか?」

「わしがとやかく言っても、魔技は個人の資質が顕著に現れるもの……とにかくもっと集中してイメージすることだ。それしか言えん。では、わしは畑を見てくる、また後でな。それと……次の段階へ進むには、さすがに吸収の早いお前でも、すぐには無理だろう。じっくりとやればいい」

「はい」


 修行大好きな俺は<導魔術>の訓練を早速始める。

 だが、案の定、ナイフは微動だにしない。地面に置いたナイフを動かそうと、念力を唱えるようにやみくもに魔力の放出を続けた。


 次の日も<導魔術>は全く進歩なし。


 上手くいかないので、俺はふて腐れていたが……。


 その日の夜。

 ラグレンとアキレス師匠から呼ばれた。


 俺が呼ばれたところは、いつも食事をする小屋の居間だった。


 何だろうと思ったが、すぐに分かった。机の上に酒樽と酒瓶に陶器のゴブレットが何個か見えたのだ。


「シュウヤもどうだ?」


 酒瓶を手に持ったラグレンに酒を勧められる。


「それじゃ、一杯頂こうかな?」


 俺は酒が注がれた陶器のゴブレットを掴む。

 酒か、ひさしぶりだ……何気に異世界初か?

 色は黒っぽい。口に陶器のゴブレットを運ぶ。


「ぷはぁ」


 炭酸が抜けて僅かにえぐ味を残す味に最初は違和感があった。

 だが、喉を通り抜けていくと、不思議と透き通る味わいに変わっていく。


 ミント風味が強くなった。

 常温だが、味は意外にいける。


 これ、俺の<生活魔法>の氷で冷やせば……。

 ん~、別にいいか。これはこれで……。


 ――腹に染みるなぁ。

 俺は久々にアルコールを飲み、腹に染み渡る感覚を味わう。


 ――くぅぅ。


「どうだ? 今口にしたのはエールだぞぉ、次はこっちも飲んでみるがいい」


 ラグレンは独特の笑顔を浮かべて語りながら、違う長い瓶から陶器のゴブレットへ酒を注いで、そのゴブレットを渡してきた。

 酒の色を見ると、赤い。匂いを嗅ぐとフルーティな香りが漂う。


 あまりにいい香りなので、そのまま陶器のゴブレットを口に運び一気に飲み干した。


「旨い……」


 ワインに似てるが……。

 酸っぱくなく、しつこくもない。


 まろやかな味……。

 これ、冷やしたらもっとよくなるかも。

 そこで、<生活魔法>でサクッと氷を作成。


 氷の粒を入れて飲んでみる――。

 おおお、冷んやりしてうめぇぇぇ。


「なんだなんだ? 氷かっ」

「わしも入れてくれい」


 二人がえらい勢いで顔を近付けてくる。

 「少し待ってくださいね」と制止して、二人のゴブレットに氷を入れた。


 二人は満面の笑み。


「おおお、こりゃ美味しい! 水属性持ちは便利だ」


 ラグレンは目を見開いて喜ぶ。


「ぬおぉぃ、確かに冷んやりとする。いい感じだ」


 師匠も喜んだ。

 俺もそんな二人の様子にテンションが上がってきた。


「うまうまっ」

「ウハハッ、美味しいだろう! 自家製なんだぞ?」

「さすがはラグレン自慢の酒だ。わしもこの味は大好きだ」


 ラグレンもゴクゴクッと少し大きめのゴブレットで飲み干している。

 師匠も少し酔っているようだ。

 陶器のゴブレットを片手に飲みまくっている……。


「本当に美味しい。これをラグレンが?」


 俺は少し真剣な面を意識して、ラグレンに聞いていた。


 いったいどんな醸造法なんだろう……。

 んだが、蒸留施設なんてないはず。

 壺に入れて発酵させただけか?

 そう疑問に思っていると、ラグレンは新たに注いだ酒を飲み干してから、


「……詳しく言うと、俺とラビだな? マハハイム山の清水とハーブ系の草、それに幾つかの秘密の果実と一緒に加熱した液体を、エルフとの取引で手に入れた魔法の壺瓶に浸けて作り上げた特別な酒だ。今日は狩りついでに、その材料が幾つか手に入ってな?」


 と語ったラグレンはにんまりと笑う。

 顔はどことなくほんのりと赤い。

 ラグレンはいつも厳しい顔をしていたが、今はどこ吹く風と、超が付くほどのゴキゲン顔だ。


 酒を美味しそうに飲んでいる。

 そこに訝しむような声が響く。


「ら~ぐ~れ~ん〜?」


 女性の伸びた訝る声はラビさんの声だった。


「あ……ラビ――、はは、お前も一緒にどうだ?」


 ゴキゲンだったラグレンは目をぱちくりさせながら答えていた。

 額には汗が垂れている。

 酒による熱気の汗かと思っていたが、今や冷や汗にも見えてきた。


「もう……アキレス爺にシュウヤさんまで……次は、わたしも最初から混ぜてください!」


 え!


「わ、わかった」

「ラビは強いからのう」


 どうやら、ラビさんも酒好きらしい……。


「あっ、ラグレン、飲み過ぎには注意よ? お酒の材料が手に入って嬉しいのはわかるけど、この散らかしたの、ちゃんと朝までには片付けるようにね」


 ラビさんはそう話した後――ラグレンが注いで飲もうとしていたゴブレットを細い手で強引に奪い、一気にごくごくと豪快に飲む。


 ラビさん、意外に強引。


 こうして、皆飲みに飲みまくる。ラビさんはおつまみのソラ豆みたいな食材と乾いた細長い肉を台所から持ってきていた。


 酔ったのか、ラグレンは何か歌い出す。


「われらぁぁ、神獣ぅぅ守りぃぃ♪  最後の一族ぅぅ♪」


 栄華極めしドワーフは去ってしまう

 我ら悲しき角生え我ら散り花を咲かす

 栄華極めし暁の帝国ゴルディクスは塵と化す


 我ら我ら世界に散りゆく

 栄華極めし忘れ生きてゆく生きてゆく


 歌詞はこんな感じだった。


 ラグレンはバスとバリトンを掛け合わせたような重低音の声質で歌い、アキレス師匠とラビさんも一緒になって歌う。


 どこか懐かしい曲調。


 酔っているので、ところどころ聞き取り辛いが、ちゃんとした歌になっていた。

 壮大なファンタジー系の序曲のような歌から微妙に演歌のように変化していくのが、また面白い。


 ゴルディーバ族に伝わる歌か。

 あ~、ギターがあったら即興で合わせられるのに、簡単なクラシックや民謡の曲なら弾けるから楽しめたのになぁ。


 そうして楽しく飲み明かして、最後には、俺以外全員が寝てしまっていた。


 寝ている家族。その顔は幸せそうだ。


 あ、アキレス師匠やラグレンに気を使わせちゃったかな?

 この酒で暗い気持ちが吹っ飛び、良い気分転換になったよ。


 ありがとう……。


 明くる日の朝、ラグレンとアキレス師匠は飲み過ぎたせいで、顔色が悪く具合が悪そうだった。


 こりゃ、完全に二日酔いだ。


 その点、ラビさんは健康そのもの。

 二日酔いどころか、元気はつらつ何とかC状態だった。


 昨夜飲み明かした酒瓶が散らばる机を見て、カンカンに怒っていた。ラグレンは具合の悪そうな顔をしながらも、ラビさんへ謝っている。

 マッチョで筋肉質な男性が美人の華奢な女性に怒られている姿は、何処か可笑しくも微笑ましく見えた。


「シュウヤは二日酔いしないのか?」


 そう話しかけてきたのはアキレス師匠。

 ちょうど、家畜に餌をやり終え、下から戻ってきたみたいだった。


「そうみたいですね、ほろ酔いな感じだったんですが」

「あれだけ飲んでほろ酔いだと? それもヴァンパイア系の恩恵の一つか? 良いのぅ、わしは今、頭がガンガンする……」


 師匠は変な顔になり、頭を手で押さえる。

 普段見せない顔だ。少し笑ってしまう。


「ハハッ……今ラグレンがラビさんにこっぴどく叱られてましたよ?」

「うむ、ラビは酒に強い。いくら酒を飲んでも飲まれてはダメです。とか、片付けをちゃんとしてください! とか、わしもさっき散々言われたわい……」

「……俺も何か言われる前に、訓練してきます」

「そうだな、わしは工房部屋に薬を作るために籠る」


 その後は槍の訓練をしながら<導魔術>をメインに修行を続け、次の日も<導魔術>の修行を行うが、進展なしで、七日経っても上手くいかなかった。


 しかし――。

 その日の夕食後、寝泊まりしている小屋での訓練中に兆しが見える。


 それは些細なイメージから始まった。

 手で持つイメージで……魔力を放出し、細く伸ばした先に手のような物を魔力で紡ぎ出す。


 魔力を眼に留めた魔察眼で見る。

 細かい無数の魔線で形作られた歪な手。


 それでナイフを掴むっ。


「掴めた!」


 うん。掴めたが――魔力の手に握られたナイフはすぐに落ちてしまう。

 魔力の腕、手の構築はできたが、イメージが霧散してしまった。イメージを維持するのも難しいが、魔力もかなり消耗する。


 アキレス師匠がすぐには無理だと言っていたわけだ。


 やることが多すぎる。


 魔力を放出し、形をイメージ、集中。そして、動かす……。

 アキレス師匠のように槍を使いながら<導魔術>で何本も剣を使い連撃を繰り出せるようになるには、膨大な時間が掛かることは容易に想像できた。


 だけど、細かな魔線を一括りで管理しちゃえば、形成した時に楽になりそうだな。意外にいけるか?


「取っ掛かりはこれで良いだろう」


 取っ掛かりを掴むことができたのは大きい。

 今まで失敗続きだったからな……今日はここまでにして――くるっと回って、背中から寝台へ向けてダイブした。


 背中に羽毛の感触を得ながら天井を見上げる。


「ステータス」


 目の前に透明なウィンドウが現れステータスが表示されていく。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:20

 称号:神獣を従エシ者

 種族:光魔ルシヴァル

 戦闘職業:槍舞士new:鎖使い:見習い魔法使いnew

 筋力6.4→12.2敏捷8.1→11.3体力6.0→10.5魔力9.1→14.1器用6.4→9.3精神2.5→10.5運4.0→6.0

 状態:平穏


「スキルステータス」


 取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>:<血鎖の饗宴>:<刺突>new:<瞑想>new:<魔獣騎乗>new:<生活魔法>new:<導魔術>new:<魔闘術>new


 恒久スキル:<真祖の力>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>:<不死能力>:<暗者適合>:<血魔力>:<眷族の宗主>:<超脳魔軽・感覚>new:<魔闘術の心得>new


 エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>


 スキルも増えた。

 が、槍技は<刺突>のみ。


 魔力が比較的高くなってきている。魔法を使えば威力が上がっていると分かるのだろうけど、魔法は覚えてないし。

 その代わり、敏捷は数値が上がる度に反応速度や爪先回転が鋭くなり、身体系の速度が増していると実感できるので、妙に納得がいく。

 筋力なんて、上がる度に黒槍も軽く感じられて槍を叩きつける威力も増している。

 器用さは指先の扱いが柔軟になったことかな、ナイフの扱いや皮を剥ぐ作業に、木工細工の手伝いもすんなりとできるようになった。


 しかし、木工、細工の独自のスキルの獲得は無理だった。


 体力の値はいまいち実感できない。

 俺、走っても疲れないし……継戦能力は保証されてるから文句なんてないけど、まぁ、数値は上がっているので良しとする。


 そんな感じに能力を確認して満足すると、目を瞑り寝入っていった。



 ――次の日。


 アキレス師匠と、いつものように槍武術の模擬戦を行う。


 今日はいつにも増して動きにキレがある。

 受け、返し、寄せ、詰め、突き、払い、フェイントを折り混ぜての――激しい槍の応酬を行っていた。


 槍を扱う腕が上がったお陰もあってか、こういった連撃で良い感じに打ち合う展開へ持ち込むことができるようになった。


 師匠は視線を使った独特のフェイントを行い、左周りから薙ぎ払いを繰り出してくる。

 その薙ぎ払いを同じく薙ぎ払いで迎え撃ち、再び黒槍同士が衝突すると思ったが、師匠が予想外の動きをみせた。


「ん?」


 急に師匠は離れ、槍一つ分程の間合いを取っていた。


 何だ?


「……」


 アキレス師匠の表情はあまり変わらず、黙って黒槍を正眼に構えていた。


 俺もそれに合わせる形で、黒槍を正眼に置く。

 穂先が向かい合う形となり、剣呑な雰囲気となる。


 その瞬間――。

 甲高い金属音が訓練場である広場に鳴り響いた。


 それは<刺突>のぶつかり合いだ。

 お互いのタンザの黒槍が衝突し、金属が弾けた音だった。


 一合、二合と激しく衝突し合う。


 <刺突>の技のキレは師匠の方が若干上。


 ――クッ、反動で手が痺れた……俺は僅かに眉間に皺を寄せて、黒槍を震わせる。

 師匠は、俺の動きが僅かに澱んだのを当然見逃してくれない。


 アキレス師匠は僅かに微笑むと「ホレッ」と力の抜けた短い言葉を言い放つ。そのまま軽く跳躍し、黒槍を大上段から叩きつけてきた。


 それを防ぐため、上部に黒槍を構え、足の力を抜き衝撃を吸収。

 黒槍をくるりと回して衝撃を逸らそうとした。


 だが、やはり――黒槍と黒槍が衝突した瞬間、俺は衝撃に負けて自身の黒槍を離し、落としてしまう。


 ――しかし、これで初撃ファーストアタックは防いだ。


 だが、師匠はそれを見越していたような動きを見せる。


 叩きつけの初撃はフェイクのような攻撃だった。

 アキレス師匠は黒槍を縦回転させて、黒槍の後部の石突を下からぐいっと突き上げ、俺の顎を狙ってきた――それを、なんとか仰け反って避ける――が、師匠の槍技はまだ終わっていない。


 実は槍を再度ぐるりと縦回転させる三連続攻撃だった。


 再び槍の穂先が襲いかかってきて、俺は回避が間に合わず、左肩を斬られてしまう。その激しい痛みに「グッ」と声を漏らし怯む。


 師匠の攻撃はまだ終わらない。

 黒槍を回転させながら摺り足で俺に近付いてきた。


 素早い左半歩前進。


 コンマ何秒の間に見せたアキレス師匠の半歩前進の動き。

 一見、単純に見えるが……。

 淀みの無い滑らかな動きだった。


 たかが半歩前進。だが、俺には分かる。

 その歩法に師匠の凄さがあることを――。


 力強い流動が足腰から腕に伝わり、最後にはその力が黒槍に伝搬。力が伝わった黒槍は、唸りを産み出し勢いを増す。


 気付いた時には、師匠の扱う黒槍がすんなりと俺の鳩尾に埋まっていた。肉が潰れる異音と共に体がくの字になり後ろに吹っ飛んでゆく。


「っ!」


 いってぇ……最初のはフェイク気味の連撃。

 正直、悔しい。

 その悔しい思いを顔に出し、立ち上がる。


「イタタッ……これ、俺じゃなかったら内臓も肩もやられてますね」

「まぁ、そうなるな……シュウヤじゃなかったら、練習でこんなに斬撃も打撃も打ち込まんよ? が、お主は致命的な攻撃を与えても回復が早いからな?」

「はい、俺は吸血鬼ヴァンパイア系ですから」


 そんな会話中にも、肩の傷は塞がり腹の傷も消えていた。


「まったくもって反則だな。そりゃ強くなるわけだ」

「もっともっと、強く成りますよ」

「そのいきだ……行くぞ」


 また激しく、お互いに槍を交差し合う。

 師匠はタンザの黒槍を主軸に扱いながらも、違う攻撃も織り混ぜてくるから厄介だ――その動きは多彩で、舞いを踊っているようにも見えてくる。


 俺もその動きを参考に、毎回師匠へ槍技を返すが――その都度アキレス師匠は俺の動きに合わせたように簡単に反撃してくる。攻めの速さ、欺く動きがスゴすぎる。それは防御と攻撃が一体化している巧みな動き。更に蹴り技全般に加え、拳、手刀、肘だけでなく、肩や背中まで使ってくる。


 師匠の動きに追連獄を使った訓練を思い出す。


 爪先半回転、爪先回転を自由自在に繰り返し、攻撃を躱す。

 かとおもえば、背中に目があるように攻撃を繰り出してくる。まるで槍が手足のようだ……追い付けない。


 そこに、更に追撃が来て、ドッと鈍い衝突音が響く。


 また後方に吹っ飛び、転んでしまう。

 アキレス師匠は案山子のように首と両肩の上に黒槍を通しながら、右肩を前に出し、背中を此方へ向けたまま、


「バランスを崩している、踊っているつもりか?」

「イタタッ、なんなんですか? その背中を使った技、結構衝撃がきますね」


 いてぇ~、なんか中国拳法にあったな、そんな技が……そう考えながら立ち上がり、槍を構え直す。

「ふむ。<槍組手>の風槍流『右背攻』という技だ、まだまだ行くぞっ」

「はいっ」


 またも黒槍を弾き、高音が響く。

 が、それ以降は金属が衝突する音は少なくなった。

 それはお互い体術を交えた戦いに移行し、踊るように互いの攻撃を避けることが増えたからだ――<刺突>を繰り出すが、またも避けられた。アキレス師匠は正対する時間が短いが、俺の重心の位置を素早く見抜く……凄すぎる、ステップの技術を真似しようと思うが、あぁ――軸をズラすとか、槍を扱いながら――できないだろう! 


 訓練は朝日が昇るまで毎日続いた。

 こうして、俺は確実に強くなっていく。

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