十五話 魔力の歪な手
◇◆◇◆
朝日がマハハイム山脈を照らし、朝の情景を作り出していく。
ここゴルディーバの里もそれは同じであった。
モスクのような白い建物からは反射光が生み出されている。
屋根上で寝ていた黒猫にその光が当たり瞳孔を縮小させていた。
霧が僅かに残る広い石畳の上にも朝日が照らされる。
その石畳の上で踊るように槍の訓練を行う二人の男の姿も徐々に朝日は照らし出していった。
微睡む黒猫は、石畳で槍を打ち合う二人の訓練の動きを見守っていた。
が、二人の槍の打ち合いが激しくなり、険しい戦いに発展すると、その槍の動きに呼応するかのように姿勢を低く保ち獲物を狙う格好になっていた。
黒猫ロロディーヌは興奮。虹彩を散大させる。
下半身を揺らすと、小さい頭を左右へと連続的にリズムよく動かす。
その頭部の動きは、テニスボールの打ち合いを見ているようにも見える。
黒猫ロロディーヌには、訓練している二人が鼠に見えているようだ。
姿勢を低くして後ろ脚をプルプル震わせる。
が、そこで自らが屋根上にいることに気が付く。
急ぎ標的を変えて軒先に差してあった尖った藁へと飛び掛かり、ひっくり返りながら藁に噛みつき、抱きつくように後ろ脚で藁を叩きながら、屋根の上をごろんごろんと転がって遊び出す。
藁を捕まえたと自慢気な黒猫ロロディーヌ。
獲物を捕まえた喜びで熱い息を吐いていた。
咥えていた藁を離す。が、また藁に向けて突貫、藁とじゃれる独り遊びに夢中になる。
黒猫ロロディーヌは二人の訓練からは興味を無くしたようだ。
そんな屋根で遊ぶ黒猫の下、柱の陰には、一人の少女がいた。
その少女の名はレファ、レファは、シュウヤとアキレスの訓練を覗いている。
レファは黒猫ロロディーヌが屋根上で暴れて煩くなっても気にしてはいない。
少女に似つかない真剣な表情を浮かべ、二人の槍捌きを夢中になって見つめ続けていた。
しかし、レファは突然思いついたような顔つきを見せる。
訓練の見学を止めて小さい踵を返して小屋の中へ戻っていった。
暫くして、小屋の入り口から顔を出すレファ。
その手には短い棒が握られていた。
少女らしくない思案気な表情を浮かべながら、小さい首を一生懸命に動かして、周りをきょろきょろと確認。
レファは頷くと、小屋の裏へ走っていった。
小屋の裏についたレファは小さい両手で棒を確りと握ると、アキレス風にぐるりと棒を回して正眼の構えを取る。
訓練をしていた二人の動きを真似するかのように短い棒を前後左右へ動かし始めていく。
その動きは子供らしく、まだまだ拙い棒術の動きではあったが、時折、少女に似合わない鋭い棒術を繰り出すようになっていった。
レファは必死に槍の訓練を行っていく。
時間が経つと、そんな自分の棒術に満足したのか、汗を拭って小さい笑窪を頬に作り少女らしい可憐な笑顔を浮かべていた。
そして、また隠れるように小屋の中へ戻り、ひょっこりと小屋の入口から顔を出していた。
小さい棒を隠したのを大人に悟られたくないのか、レファは注意深くきょろきょろと周りを確認。
再度誰もいないことが分かると、レファはスキップするように柱の後ろへ移動していた。
またもや石畳の広場で行われている槍の訓練の様子を覗き始めていく。
◇◆◇◆
ふぅ、終わった終わった。
だいぶ良い感じに打ち合えるが、まだまだ甘い。
特に石突からの左回しが、まだ十分な速度を得ていない。
俺は訓練の反省を行いながら、屋根上で朝日にまどろむ
上からの視界を確保したいらしい。
俺は朝風呂に入ろっと。
風呂小屋を利用するのも良いけど、薪やらの準備が必要だし、と寝泊まりしてる部屋にある桶にお湯を注いでいく。
<生活魔法>はやっぱり便利だ。
桶に湯が少し溜まると、素早く服を脱いで真っ裸になる。
素足を桶へ入れながら<生活魔法>のお湯を頭から浴びていく。桶のお湯が良い感じに溜まったところで、<生活魔法>をストップ。
桶に座ってお湯に浸かっていく。
この魔法を異世界に来てからすぐに使いたかったよ……。
少し愚痴を考えながら、お湯で顔を洗っていった。
温まったので、その場で立ち上がり、棚へ手を伸ばす。
そこにあった団子状に丸くなったギュザ草を手に取り、掌で椀を作って、大仏にでも祈るように掌でギュザ草を挟み込み……その合わせた掌同士を上下に擦ったりもみもみとサンドイッチしたりを繰り返して泡立てていく。
この草、石鹸に似た作用がある。
最初はただの草団子にしか見えなかったので、使っていなかったのだが、こないだアキレス師匠からよく汚れが落ちるぞと教えられ、それ以来結構な頻度で使っている。
実際使うと驚いたもんだ。
泡が出て、汚れがみるみるうちに落ちたからな……。
あわあわの泡。
ビオレ○というぐらいに泡が立つ。
見た目は、草団子の草汁なんだけど……。
この草汁はいったいどんな原理で泡になるんだろ?
地球でも熱帯雨林のどこかでこんな木があるとか見たような覚えがある。
ま、細かいことはいいか。便利なもんは便利だ。
顔や体を洗っていく。
最後に髭をチェック。顎から頬にかけて伸びていた。
髪も伸びてるし、切って、髭も剃るか……髪を一纏めにして根元へナイフを当てる。サクッとナイフで纏めた髪を切っていく。
握力もだが、力を込めれば尋常じゃないほどの力を出せるので、纏まった髪でもへっちゃらだ。多分、ぶあつい電話帳、カードの束だろうが、今の俺なら素手で捻じ切ることができるだろう。鏡が欲しいけど、無いので髪は適当に切り上げた。切った髪は散らからないようにゴミ箱の皮袋へ捨てておいた。
さて、次は髭剃りだ。
泡立てた顔にナイフを当て、丁寧に髭を剃っていく。さっきから何度も思うが、鏡は無いので手探り……で剃る――痛っ。ナイフを剃刀代わりに使ってるからしょうがないんだけど、いつもこんな感じで頬や首下に軽い切り傷を負うんだよな……。
ま、いいんだけどね。
血がすぅ~と流れるだけで傷は塞がっていくんだから。
「シュウヤ兄ちゃ~ん、朝食できたぁ……っ、きゃぁ!」
あ、レファ、って……。
そういや、素っ裸で髭を剃っていた。
レファは恥ずかしいのか小さく悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして柱の後ろに隠れてしまった。俺はそのまま開き直って話し出す。
「ハハッ、レファには刺激が強かったか?」
「もう! シュウヤ兄ちゃんのえっちッ。しょくじだから裸でこないでよ~?」
「ははは、分かってるよ」
まだ剃り残しが気になるが、仕方がない。
適当に切り上げて、朝食を食べに行く。
朝食は茸と何かの葉っぱを炒めた物だった。
その炒め物を美味しく食べていると、師匠が口に茸を含みながら話を切り出す。
「……シュウヤ、髪を切ったのか。えらいぼさぼさだが、草取りが終わった後、整えてやろうか?」
「変な髪〜〜」
レファは俺を指差して笑っている。
「時間がある時で良いですよ。それより、また採取へ出かけるんですか?」
「そうだ。まだまだ足りない。一緒に行くか?」
「いえ、少し修行でやりたいことがあるので」
「えぇ~、シュウヤ兄ちゃん、一緒にいこうよ~」
「ん~、また今度な?」
レファは納得してないのか、ふんっと小さく呟いてそっぽを向いてしまった。それを見ていたアキレス師匠が、
「レファ、わがままを言うでない」
「そうよ? シュウヤさんを困らせちゃだめ。それから、こないだのようなことになると大変だから、わたしや爺の側を離れちゃだめだからね?」
「うん。あの時のモンスター、こわかった」
レファは大きく頷く。
唇お化けの植物モンスター、ゼクレシアを思い出したのか、大人しくなった。
「ラグレンも採取に?」
「いや、俺は罠の確認にモンスター狩りがある。それよりも、シュウヤが自分のことを優先するとは、珍しいな」
「うん、まぁね。俺も本当はラグレンや師匠の手伝いをやりたいんだけど、もう少しで<導魔術>のきっかけが掴めそうなんだよ。だから、今日のうちにやっときたい」
すると、ラビさんが優しい顔になり、俺の顔を見て微笑んでくれた。
「ふふっ、シュウヤさんにはいつも手伝ってもらってますからね。たまには自由に過ごしてください。こないだもラグレンが、シュウヤが来てからは狩りが楽になったと褒めていたんですよ?」
「そうだぞ。たまには自分のことをすればいい」
「それと、パンを多めに作って台所に置いていくので、お昼に食べてくださいね」
「はい、ありがとう」
話が終わると、皆それぞれ出掛けていく。
俺も小屋へ戻り、早速訓練を始めた。
目を瞑り座禅を組む。
普段なら、喜んでラグレンやアキレス師匠についていくんだけどな……今回は行かない。何しろ、<導魔術>の魔力の手でナイフを掴むことに成功して以来……ずっとイメージしているモノが掴めそうだったからな。
――目を見開き、一点を見つめて集中してゆく。
今度は慎重にイメージしていく。
――魔力の手を。
別に何本指だろうと構わない。
とにかく濃密な魔力を使い、糸を編み、魔力を紡ぐように、必死に練り上げていく。それでいて無駄な魔力を削ぎ落とすイメージ……。
その時、脳裏に浮かんでいたイメージが目の前の空間にハッキリと浮かぶ。できた!
魔察眼ではっきりと視認できる。
そこには淡くて白い光の束の集合体である、大きい魔力の歪な手が出現していた。
両腕の先から細い魔線が伸びて魔力の歪な手と繋がり、ゆらゆらと動いている。
七本指で大きな歪な掌だ。
その内部には小さい魔力の帯が無数に重なり合っている。
慎重にイメージした結果だな……。
強度を強く意識したし、今度は簡単には崩れない。
すると、
ピコーン※<導魔術の心得>※恒久スキル獲得※
ピコーン※<導想魔手>※スキル獲得※
おお、スキルかよ。やった。頭には心地いいスキル獲得音が響き、視界にも確りと赤く表示されていた。
早速、<導魔術>系の新スキル<導想魔手>を発動。
――<導想魔手>でナイフを掴む。
俺の意思でナイフを振り回すことができた。
「やった、やったぞ! 成功した」
「ん、にゃお」
またこないだと同じように
そういえば、採取に行く。と言っていた。
静まり返る地下の鍛冶部屋で、ぽりぽりと頭を掻く。
新しい<
ラビさんのパンでも食べよ。
台所の天井には剥き出しの母屋へ引っ掛けて干してある草や根野菜にトマトのようなのが沢山ぶら下がっているので、少し邪魔だ。
その乾燥野菜を手で退かしながら、台所を探す。
パン、パン、パン――。
「おっ」
円形の固形物が岩の竈の上に何枚か重なるように置いてあった。
これかな? ラビさんの言ってたパン。
その円形のパンを一枚だけ手に取り口へ運ぶ。食べながら家を出た。
このパン、茸となんかのフルーツの味がする。
しかも、甘い蜜のようなフルーツの粒が中に入ってるし、レーズンみたいでうまいなぁ。外側はフランスパンのように堅いパンだけど、その分歯応えがあるし、中身は柔らかいので美味しかった。
訓練をしようと黒槍を手にして広場に来たが、食べている堅い感触についつい噛むことに夢中になってしまい、一気にパンを食べてしまった。
堅いけど、美味しかったので、もう一個持ってくれば良かったと軽く後悔。
将来は美味しいパン屋を渡り歩くパン評論家にでもなるかぁとか、ふざけたことを考えながら、<生活魔法>の水を飲み口を潤していく。
パンを食べて水分補給したところで、黒槍を持ち直し訓練を始めた。
<導想魔手>を発動。
<導想魔手>である魔力の歪な手に握られたナイフが宙に浮かぶ。
そこに黒槍の連撃を混ぜていく。慣れないナイフ攻撃のためか、槍の運用もぎこちない動きになってしまう。
最初はしょうがない。
こりゃ難易度が高い、「はぁ」と短い溜め息をつく。
俺がそんな調子で四苦八苦しながら何時間も訓練を続けていると――、
「おっ、シュウヤ、訓練に励んでるな」
「あら、ずっと訓練? 頑張るわねぇ」
「シュウヤ兄ちゃ~ん、みてみて、このおおきなはっぱ、わたしがみつけたんだよ~」
採取から戻った三人が話しかけてきた。
レファの頭には大きな葉っぱとそれを押さえる小さな手が見える。
ラビさんは大きなザルに入った大量の葉っぱを抱え持っていた。
師匠に至っては腰にぶら下げている魔法袋がパンパンに膨れているし、<導魔術>で大量の葉っぱを宙に浮かせている。
「レファの葉っぱ、でかいなぁ。それにラビさんに師匠も、そんな大量に……」
「当たり前だろう? 毎日使っている廁の葉っぱ、食事に使う山菜に加え、錬金で薬を作ったり、家族で使う薬や家畜用の薬草など、沢山の使い道があるのだからな。それにシュウヤ、お前さんの分も入ってるんだぞ?」
俺、厠でお花摘みに行く以外は使ってないけどね。
「……あっ、そうですよね……ハハ」
「そうだよぉ~、いっぱいいっぱい、はっぱがいるの。いつも、うんこ、うんこっと、するのに必要なんだも~ん」
レファはそんなことを言いながら、頭の上にある大きな葉っぱを持ち上げると、ふるふると葉っぱを振り回し始め、栗色の髪を靡かせながら走り回った。
「もうっ、レファ、うんこっと、とは何ですか? あまり行儀悪いことを言わないの! まったくもう!」
うんこか。俺、おしっこはでるんだけど、うんこはでない。
アイドルとかの話ではなく、本当の話だ。
地下でサバイバル生活をしている時も不思議に思ったけど、俺の胃や腸はいったいどうなっているんだろう。
<真祖の力>に融合した<超腸吸収>のお陰だと思うけど。
やはり説明通りに、食い物全部を、胃や腸とかで消化吸収しているのだろうか。
「ハハハハ、レファは元気だなっ、沢山うんこするんだぞぉ」
師匠は大笑いしてる。
レファは立ち止まってそんな師匠に振り返り、「うんっ」と子供らしい満面の笑顔を浮かべて返事をしていた。
また葉っぱをぐるぐる回し始めてしまい、何が可笑しいのか分からないが、笑い出して走っていく。
「もう! お爺さんまでそんなこと! あっ――フフッ、レファったら葉っぱが頭に被さっ、てっ、あっ危ないっ」
レファは葉っぱで転びそうになるが、大丈夫だった。
「もう――転びそうになってるし、女の子なんですから、そういうことはあんまりしちゃだめよ?」
「……」
レファは明るい子だ。
俺は黙って見ていた。
そこで、さっき<導魔術>が上手くいったのを思い出す。
「……師匠、苦労していた<導魔術>が上手くいきました」
「お? そうか。それじゃ、ちと……葉っぱを置いてくるから、ここで待っとれ」
その後、少し広場で待つ。
アキレス師匠が戻ってきたので、俺は魔力操作を開始した。
「では、行きます」
「ふむ」
すぐに魔力を操作――<導魔術>の魔力を放出。
<導想魔手>を発動して歪な魔力の手を作り出す。
魔力の手はナイフを持ちナイフを小刻みに振り回した。
「いやはや……」
そう言いながらアキレス師匠は嘆息した。
「師匠、どうですか?」
師匠が目に魔力を溜めているのがわかる。
「……まさしく<導魔術>だ。その手のような物はシュウヤオリジナルの導魔だな?」
「はいっ」
アキレス師匠は俺の<導想魔手>を角度を変えながら見つめてくる。そして、目を見開きながら口を開いた。
「……驚きだ。導魔の発動まで時間が掛かったので、<導魔術>の才能はあまりないものかと思っておったが……とんでもないな。その歪な魔力の手。実に素晴らしい。まさに膨大な魔力を持つシュウヤだからこその<導魔術>だろう。そして、この短期間でその濃密な魔力を維持するイメージ力と言うか……魔力を具現化する能力は、一種の天才とも言える。そういえば、<生活魔法>も器用に使いこなしていたな。わしも<導魔術>が得意だが、ここまで“一つの形”を作ることはできないだろう」
おお、べた褒めだ。嬉しいかも。
「そうですか。ありがとうございます」
「前に武器としての導魔の話をしていたが、シュウヤなら可能性がある。だが、それは後々の話。今はそのオリジナルの導魔に持たせる武器を選ぶことだ。ナイフの他に長剣、こん棒、槍と、どれぐらいの重さを持てるか検証を行い、自らの槍術に合わせることを念頭に試していくといい」
「はい、色々試してみます」
師匠は自身の腰に差す小剣を抜くと、抜いた剣を左右の手へいったりきたりさせた後、右手に握られた小剣を、突如ビシッと伸ばして、剣先を俺へ向けながら話してきた。
「――それから大事なことだから言っておく。小剣にしろ長剣にしろ、導魔で扱う物は使い手の実際の技術が求められることが多い。これからの訓練では、導魔に操らせる武器を直接自身の手で訓練するのだぞ。だから、現時点では、槍を持たせられるのならば槍が一番良いだろう。武器以外でも、そのオリジナルの<導魔術>なら幾らでも応用ができると思うが、まぁ、その辺りはシュウヤの得意分野だろうて。色々研究したら良いだろう」
なるほど。そりゃそうだよなぁ。
「分かりました。当たり前の話ですよね。実際に訓練しないと」
<導魔術>でナイフや剣を動かせても、使い手自身が実際に武具を扱えないと、意味が無い。
現時点では槍がメインだ。
だから、<導想魔手>でも槍を持つのが良いのだろうけど、俺は違う武器を持たせたい。
それに、師匠も言ってた通り、<導想魔手>には応用も考えられる。
何事もイメージしだいだ。
「……そうだそうだ。研鑽あるのみ」
そこで、ちょっとした疑問を聞いてみた。
「師匠」
「何だ?」
「師匠が扱う<導魔術>ですが、槍は扱わないのですか?」
「わしの場合は少し違ってな。<導魔術>で黒槍を扱えることは扱えるが、実際の手で扱う方がしっくり来るのだ。スキルも<導魔術>で浮かせてから撃つと、わしの場合、大抵は威力が落ちる。わしの扱う<導魔術>の性質上仕方ないのだが、剣の場合だとそんなことは無いので、わしの<導魔術>では小剣や長剣を使っているのだ」
「なるほど」
だから、師匠の<導魔術>である光る帯が操るのは小剣なのか。
「因みにわしが知る範囲だと、武器の種類や持てる重さ、それらは<導魔術>の質や完成度で変わってくると思っていたが、これは違うかも知れない。一応そうかも知れないと、頭の片隅に覚えておけば良い」
「はい。質や完成度……」
俺も<導想魔手>の扱いに慣れていかないとな……。
「……そこでだが、シュウヤよ、<導魔術>もオリジナルの技を身に付けたようだし、明日からは趣向を変えた修行も混ぜていくぞ?」
「趣向ですか? 分かりました」
◇◇◇◇
そして、次の日――。
いつもの訓練を素早く終えた。
早速、趣向を変えた修行をアキレス師匠は開始するようだ。
「今から少し遠出して狩りや野宿をする」
「野宿……」
キャンプか。
「うむ、これを持て」
師匠から袋を渡された。
「これは?」
前に師匠が腰につけていた袋、ぱんぱんに膨れていた袋か。
「前に教えただろう? 魔法袋だ」
「そうですね、あの袋か」
見た目は普通の皮袋。
「崖下に行くぞ」
「にゃお」
その時、
「ロロディーヌ」
「神獣さま、これからシュウヤと修行に行きますので、留守は頼みましたぞ」
「にゃ? にゃ~ん」
「これは、神獣様……分かっていただけましたか」
「師匠……ロロは何て?」
ん? 師匠の様子が変だ……。
「分かった的な感情だった。親愛の感情も感じられた……わしは嬉しい」
……師匠、アキレスさんが顔を赤くして、もじもじとしながら喋っている……ロロに萌え萌え? 俺は少しあっけに取られながらも、質問する。
「そ、そうですか。それと、家畜の餌とかは良いんですか?」
「大丈夫だ。既に皆には話を通してある」
「なるほど、分かりました」
そういや、朝の訓練時からアキレス師匠の服がいつもと違っていた。
狩り仕様の革服。
黒革のジャケット風の上服だ。腰には剣帯を回し、太ももにぶら下げるように四本の小剣を納めていて手には黒槍を持っている。
アキレス師匠は魔法袋の紐を腰ベルトに絡ませると、背中へ魔法袋を巻きつけた。そのまま崖下へ降りていく。
梯子を降りて、崖を進み狭い稜線の山道を歩いて進む。
山道がゴツゴツした岩場に変わり、そこを越えると、森林地帯が見えてきた。
その森林の中へ入っていく。
ここは茂みが多く歩きにくい。
師匠は近くに生えていたアロエのような分厚い葉っぱを切り取り、その葉っぱを脛の部分を覆うように皮靴との間に嵌め込んでいた。
「これを装着しておけば簡易の防具になる。刺などに引っ掛からずに済むぞ」
「はい」
俺も真似てみる。
そんな茂みの中を歩いていると、大きい猪の群れに遭遇した。
頭から角と牙が伸びていて、狂暴そうに見える。
だが、その大きな猪は師匠によって難なく倒された。簡単に黒槍と四本の小剣で撃退していた。
アキレス師匠は笑顔で「ちょうど良い肉だ」と呟きながら肉や骨を回収している。俺もそれを手伝い素早く回収を終えた。
「この先に川があるからそこまで行くぞ」
師匠はそう言って先を行くが、植物が邪魔なんだよな……。
ここは本当にシダのような植物が多い。
獣道が僅かにあるだけで、木々の枝や葉が俺たちの歩行の邪魔をする。
そんな時、
「そのメメントの葉の毒には気を付けろっ」
師匠から突然注意を受けた。
目の前には大きなスペードの形をした植物の葉がある。
「えっ?」
「そのメメントの葉の表面をよく見ろ。僅かに刺があるだろう? それに毒がある。触れば皮膚を焦がすぞ」
確かに、一見すると普通の大きい緑の葉だが、表面に幾つも刺がある。
こういうのを間近で見ると、触りたくないのに少し触ってみたいとかの好奇心が少し出てくる。勿論触らないけどさ。
「……怖い毒ですね」
「まぁ、刈り取ってしまえば大丈夫だ。メメントは毒薬になるから回収する」
メメントの毒草を切り取り、皮布で葉を覆いながら回収を行っていた。
“毒薬変じて薬となる”と言うし、有毒な物でも一転して有益な物に変わるんだな。
そんな鬱蒼と生える森の中を、師匠は庭を歩くような感覚なのか、楽しそうに笑顔を浮かべて歩いていた。
師匠は両手に持つ黒槍を小刻みに∞を書くように回して枝葉を取り除いていく。
その左右には四本の小剣を横に並べ、それぞれの剣を独自に回転させて黒槍で切れない範囲の葉や枝を切り刻んでいった。
師匠が通ったところには森の中で広い道ができるほどに……芝刈り機かよ、とは突っ込まないが、やはり師匠は凄い。
意気軒昂といったように湿った枯葉を踏みしめて、歩む速度も速く年寄りとは思えない。
「これも修行だぞ。黒槍の動きは∞を意識して頭に浸透させろ。葉や茎を巻き込むことを意識するのだ。前回の戦いでシュウヤが使用していたのは知っている。少しは身に付けたようだが、まだまだ甘い。この槍技は地味だが、今後、必ずお前の力となろう」
「ハイッ――」
なるほど、これも修行か。修行方法は違うが、リメイクもされた名作映画のベストキッドを思い出すよ。
師匠の黒槍は確かに茎や葉を巻き込むようにして刈っている。
俺も黒槍でただ草を斬るだけでなく、∞を強く意識してから小刻みに揺らすように動かしていった。枝や邪魔な葉っぱを巻き込むように斬っていく。
そうして暫く進むと、川の流れる音が聞こえてきた。
「音がする、近い」
川に近付くと岩畳のような地形が現れた。
水流の音が激しい、どうやら急流のようだ。
出っ張りの岩畳から下を覗くと、岩の間から勢いよく水が流れていくのが確認できた。
――うひゃ、冷たい。
水飛沫が飛んできて顔が濡れる。そんな急流の川は下へ下へと続いている。
緩やかな傾斜に見えるが、川には関係無いらしい。ここで激流下りのカヌーとかやったら楽しそうだ。
「この水はマハハイム山から流れ出る源流に近い綺麗な水だ。旨いぞ。それと、向こう側の林を越えた地が、今日の野宿の予定地だ」
師匠は向こう岸を指差しながらそう話す。
向こう岸は木々が黒々と林立していて、より一層高く見えた。
「あそこですか」
「そうだ、行くぞ――」
師匠は川の合間にある幾つかの小さい岩へ飛び乗って、ぴょんぴょんっと跳ねるように川を渡っていく。
俺も続いて跳躍する――。
点在する、大きな岩を利用してっと。大岩を利用する形で跳ねるように川を渡っていった。
ほっ。川を無事に渡り終えた。
そして、周りに生えている大きい木々を確認。さっき渡る前に見た黒々とした樹木。一つ一つが大きい樹だな……。
その時――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます