第2話 大門高校最後の日 後編

「これは困ったわね~」

 美雪姉が深刻さゼロの口調で、

「女の子なら呼び名はの方がいいわね」

「問題はそこじゃねえよ!」

「他に何かあるの?」

「あるだろ!」

「どんな?」

「そりゃあもちろん……」

 雷花が口を挟んできた。

「せっかくだからFUCKしてやんなさいよ」

「しねーわ! 姉弟で訴訟を起こされてーのか!?」

 いや、さてはそれが狙いか?

「――ぴすっ」

 妙な音を耳にして振り向く。何の音かといぶかしんでいると、トランクスが鼻を鳴らして同じ音を出し、肩をビクッと震わせた。

「お前それ……クシャミか!?」

 俺はトランクスの腕を取り、階段を降りる。

「おい、真紅郎!?」

「師匠が言ってました。『女とタコ焼きは冷やしたらアカン!』と」

 それでいいのかと言いたげな顔の師範代にそう告げて、俺は風呂に駆け込んだ。未来からの客人に風邪を引かせるわけにはいかんからな。

 基本されるがままの未来人にお湯をぶっかけ、背中を流す。有り難いことにトランクスには米粒ほどの羞恥心もないので、俺が気にしなければいいだけの話だ。

 おもてなしの精神を発揮した俺は、さながらお姫様でも扱うように丁重に――は言い過ぎか――トリマーになった気分で丁寧に洗ってやり、風呂上がりには全身にベビーパウダーをパフパフしてやった。ちなみにトランクスの身体にはバーコードも注意書きのプリントも見当たらなかった。

 用意されていた長襦袢ながじゆばんを着せてお姫様抱っこで居間に戻ると、雷花は露骨に冷ややかな目つきで迎えた。

「ずいぶんとサービスのおよろしいことで」

「おめーが狼藉ろうぜきを働いた分を俺が補填しとるんだろーが!」

 そのやりとりに何を思ったのか、トランクスが俺の首に両腕を回して身体を密着させてきた。雷花が眉をヒクヒクさせる。

「損失補填」

 そこはかとなく嬉しそうなトランクス。これは……どうやら俺とイチャイチャすると雷花が不機嫌になるという法則(?)を発見したらしい。つまり損失補填という名の意趣返しであって、人造人間が愛に目覚めたわけじゃなさそうだ。

「……で、これは?」

 俺は奥の客間に敷かれた寝床に目をやる。

「何故、ひとつの寝床に枕がふたつ?」

 犯人の美雪姉が小首を傾げながら、

「要るかな~っと思って」

「『ターミネーター』でもベッドインはもうちょい後だろ……つーか、こいつがターミネーター本人である可能性のがデカいわけで」

 布団に寝かそうとするが、トランクスが首に回した腕を放そうとしないの

で、結局のところまんまと添い寝する形になった。雷花がいきり立つ。

「まさか同じ布団で一晩過ごすつもり!? そんなのあたしが許可しないわ!」

「FUCKしろとか言っといて添い寝は許可しねーとはどういう基準だ!?」

「仕方ないわね~」

 美雪姉が押し入れからもうひと組布団を出してきて、隣にピタリと寄せて並べた。

「これでいい?」

「お世話をおかけします」

「いいのかよ!?」

 いいらしい。

 トランクスの反応を確認すると――もう寝てやがる。

 結局、謎の未来人に添い寝しつつ、隣の布団で寝てる雷花の気配が気になって一睡もできなかった。まあ徹夜くらいどうってことはないが。

 翌朝、師範代が朝食の席で告げた。

「真紅郎、それに雷花。お前たちはここで未来人を監視していろ」

「学校は?」

「私から事情を話しておく。未来人を連れて来られても困る。鳴海が夜勤明けで戻るから、今後のことについては彼奴きやつの指示を仰ぐこと」

 鳴海→なるみ→るーみん。

「ところでその未来人だが……」

 師範代は、俺を座椅子代わりにして膝の上に座り、美雪姉特製バゲットサンドをパクついているトランクスに胡乱うろんな目を向けた。

「何か思い出した様子はないのか?」

「ご覧の通りの有り様で」

「そうか……テレビを見せたりネットを使わせるのは控えろ。もちろん携帯もな」

「何でまた?」

「用心のためだ」

 要はあんまり現代の情報に触れさせるなってことだな。急に使命を思い出しておかしな行動に出たら危ないってことか。

 しかしいい大人のくせに、俺でさえ半信半疑の未来人説を一応考慮して対策するあたり受ける……いや、さすが師範代。飛天流の門下たるもの、たとえワケの分からない未来人相手であっても後れを取ることは許されないのだ。

 おかゆに昨夜の残り物のおかずという客扱いする気ゼロのメニューを食わされている雷花も不満そうだが異論はないらしい。布団には入ったものの熟睡していた様子はないのでこいつもほぼ完徹のはずだがケロッとしてやがる。

 師範代が出勤すると、とたんに手持ち無沙汰になってしまった。

 トランクスを監視するのはいいが、テレビもネットも携帯もダメとなると暇潰しの手段が限られるからだ。本でも読むかと考えて、それだとトランクスから目を離すことになるので思い直してラジオをつける。当然ながらAMだ。

『おはようございます。平成二十六年五月九日、第七千二百六十五回目の放送は、まずはこちらのニュースから――』

 月~金の帯だとしても俺が生まれる十年以上前から続いている長寿番組らしい。

 ラジオから流れる最新ニュースや天気予報にトランクスはあまり興味を示さず、うちで飼っているデブ猫のバリルとにらめっこしている。「これが猫ですか。生きている猫を見るのは初めてです」くらいのそれっぽい台詞を吐いてくれれば未来人だと確証が持てるんだが。雷花はトランクスに見せなければいいんでしょとスマホをいじっている。

 八時半から始まったラジオ番組がCMに入り、ほどなくして時報の音が鳴った――その時だった。

 ズゥン!

 真下から突き上げてくるような衝撃を感じた。

「はわわわわわわっ!」

 雷花が腰を抜かして取り乱した。香港育ちだから地震に慣れていないせい

だろう、実に他愛ない――などと笑えるような規模じゃなかった。

「こいつは……久々にデカいな」

 畳に座っているのに横滑りしそうになるほどの揺れだ。間違いなく震度五強はあるぞ!?

 即座に三年前の大地震の記憶が甦って肝が冷える。ちょうど出勤時刻だし、電車が軒並み止まって都内が大混乱になるな。それよか津波は大丈夫か!?

 地震は十秒ほどでおさまった。幸いにも倒れた家具はなく、台所の方で皿が割れる音も聞こえてきてはいない。

 俺と雷花は腰を浮かせたままの姿勢で青ざめた顔を見合わせた。

『――九時になりました。それでは今朝の特集です』

 俺はすぐに異状に気付いた――いや、逆か。

 ラジオの放送は平常通りに続けられている。今の地震にまったく触れる様子がない。

「これって生放送ライブよね?」

「収録済みの番組だったとしても中断して緊急地震速報くらい流すはずだよな」

 俺は師範代の言いつけに背いてテレビをつけた。この時間帯の民放はどこも生放送のワイド番組だが、地震速報のテロップは出ていない。公共放送も同様だ。そういえば携帯の地震警報も鳴らなかったな……おかしい。何か、妙だ。

 地震の恐怖とはまた手触りの異なるザワザワした感覚――雷花も同じように感じているらしい。

「みゆ姉! みゆ姉!?」

「なあに~?」

 エプロンで手を拭き拭き美雪姉がやってくる。

「ランちゃんがどうかした?」

「いやいや……どーしたもこーしたも地震だよ、大地震!」

「あら、どこで?」

「どこでって……」

 ついいましがた起きた地震のことを美雪姉が知らない――そんなことがあるか!?

 俺は改めて居間の中を見回した。

 あのくらいの強い揺れなら棚の本が落ちたり花瓶が倒れたりしていそうなものだが、すべて定位置を保っている。いくら運がいいといっても動いた形跡すらないのも不自然だ。

 我関せずといった様子で猫と戯れているトランクスの肩を掴む。

「さっき地震があったよな?」

「強い震動を感じました。しかし公共放送から警戒情報が出ないということは、この世界においてはありふれた現象であると推論できます」

「全然日常じゃねーわ。しかしお前がやったんじゃないってことは……」

 そういえば猫のバリルのやつ、悲鳴を上げて逃げ出してもおかしくないのに、まるで知らんぷりだな。

 俺は携帯で師範代を呼び出した。しかし電波が悪いのかつながらず、留守電サービスに切り替わる。カメコに掛けてみたが同じだった。気になったので中学時代からの友人数人に掛けてみる。やはり繋がらない。授業中だから全員律儀に携帯をオフってるのか?

「おいライカ」

「なによ」

「出掛けるぞ……一緒に来い。トランクスもな」

 大門高校までは徒歩で十五分ほどの距離だが、トランクスに着せる服を用意するのに少し手間取った。例の全身タイツみたいな服を着せようとしたところ、ボディにフィットさせるスイッチが分からないときた。何で脱げたのに着られないんだよ。使い捨てか? 仕方ないので美雪姉に高校時代の制服を借りて着せた。

 俺たちが大門高校の正門前に到着したのは、午前九時二十七分のことだ。

「これが大門高校ですか。斬新なデザインですね」

 トランクスは感心したように言った。

「まるで地面に空いた大きな穴のようです」

 こんなデザインの校舎があるか――そう突っ込むべきところだが、俺は言葉を忘れた。

 トランクスの指摘通り、大門高校が……地面に空いたデカい穴ボコになっていたからだ。

 敷地をぐるりと囲む塀やフェンスはそのままで、校舎をはじめとする中の建物だけがすべて消えてしまっている。

 局地的な地震で陥没したんじゃない。塀の上に立って穴を見下ろしてみたが、すり鉢状の深い凹みのどこにも瓦礫がれきは見当たらない。まるで巨大なシャベルで敷地内をえぐり取るようにして地面ごと持ち去られた――そんな感じだ。

「トランクス! お前が未来から来たのは……これを警告するためだったのか!?」

「記憶にございません」

 このポンコツ人造人間め。

 奇妙な現象は他にもあった。大門周辺には濃い霧が立ちこめていて、目の前に来るまで大門高校の異変に気付かなかったくらい視界が悪い。俺たちが第一発見者らしく周辺では今のところ騒ぎになっていない。

 さっきの地震の震源がここだとすると……すると? 何がどうしてこうなった? クソッ、サッパリ分からんぞ。

 変わり果てた大門高校跡地を腕組みして眺めていた雷花が口を開いた。

「……シンクロー」

「何か見つけたか?」

「帰るわよ」

「なぬっ!?」

 俺はバク転で塀から飛び降り、雷花に詰め寄った。

「帰るって、そう言ったのか? 帰るって!?」

「何度も言う必要はないわよ」

「この有り様を見て、何とも……思わないのか!?」

「あたしが思うことはね、シンクロー」

 雷花は大門高校跡地を見やりながら、冷ややかにこうのたまった。

に巻き込まれなくてラッキーってことよ。ここから速やかに立ち去って、後のことは警察に任せる――それが最善の手ね」

「おいおいおいおいおいおいおいおいおい、おい!」

 クールすぎるんじゃねえのか!?

「お前まさか……部活に入れてもらえなかったのを根に持ってるんじゃないだろうな!?」

「そんなくだらない理由で言ってるわけないでしょ。ま、このアタシをないがしろにした高校が地上から消え失せてもせいせいするだけだけど」

「恨みまくってんじゃねーか! だいたいお前、大門高校のクイーンとして君臨するって言ってなかったか? クイーンなら統治しようとしてる高校を救おうとしろよ」

「クイーンになると宣言しただけで実際に征服も支配も君臨もしてないのにそんな義理はないわね」

「こっちはそーはいかねーんだよ!」

「あんただってたかが一ヶ月かそこらしか通ってないでしょ?」

「中学時代からの馴染みがいっぱいいるんだよ! それに師範代は師匠の嫁だぞ!? 武侠ぶきよう小説でも師匠と言えば親も同然、師匠の奥さんは母親も同然だろうが!」

金庸ジンヨンの武侠小説は全巻読んだ?」

「読んだけど? それが?」

「一番好きな作品は?」

鹿鼎記ろくていき

 雷花は露骨に眉をひそめた。

「アンタとは趣味が合わないわ」

「関係ねーだろ! 俺が言ってるのは親同然の師匠の嫁を見捨ててはおけな

いってことだよ!」

「この有り様を見て、あんたに何ができるっての!?」

「じゃあ逆に聞こう。ここに誰がいると思ってる!?」

「質問を質問で……」

 言い掛けて雷花も真意が分かったらしい。

 問題の人物は、植え込みの葉っぱの上にいるイモ虫を物珍しげに観察している。

「おいトランクス! この場合どうすればいいと思う!?」

「何がですか?」

「この現状の謎を解く方法だよ」

「謎とは何ですか?」

「大門高校が消えちまってるんだぞ?」

「ここに大門高校があったのですか?」

「昨日まではあったんだよ!」

「はーそれはそれは」

 虫の観察に戻るトランクス。

「毛虫なんざ見てる場合じゃねー!」

「何がですか?」

 あーもう! こいつ面倒臭い! 超面倒臭いィィィ!

 俺は携帯を開き、電話帳から『くさなぎ★シズマ』の名前を選んで電話を掛けた。三回コールする前に相手が出る。

『――火ぃ出たか?』

「いや出ませんけど」

『何や、オモんない』

 ブツッと通話が切れたが、すぐに折り返し掛かってくる。

『で? 何や真紅郎』

「夜分恐れ入ります。師匠、そっちは夜中の二時頃ですか?」

『かまへんかまへん』

 地球上どこにいようが毎度同じ調子の師匠に安心する。何時に電話してもすぐ出るし、第一声が眠たそうだったことがない。そういえば師匠が眠ってるところを見た覚えがないな。いつ寝てるんだ?

「ちょいとヤバいことになったんで師匠に知らせとこ思いまして」

『ほう、言うてみ』

「大門高校が消えました」

『……はあ? 何やて?』

「今朝、妙な地震があって、学校に来てみたら……大門高校の敷地がデカい穴になってて、校舎とかの建物が影も形もなく消えてるんですよ」

『そらまたえらいこっちゃな。マイワイフも大慌てやろ?』

「それがですね師匠、地震があった時はちょうど一限目の授業中で、師範代も学校にいたはずなんですよ」

『何でこんな夜中に学校におんねん』

「日本は今、朝の九時半です」

『……どゆこと? つまり?』

「師範代は大門高校もろとも消えたものと」

 電話が切れた。およそ一分後に再び掛かってくる。

『こっちから涼子と高校に電話掛けてみたけどどっちも繋がらへん。大門高校が丸ごと消えたっちゅうんはホンマなんか?』

「今、現場にいます。なんなら写メ撮って送りましょか?」

『ええわ。これからそっち行くよって』

「えっ? こっちへ来る!? コンサートツアーはどうするんですか?」

『嫁のピンチになに悠長なこと言うとんねん!』

「そら分かりますけど師匠、ちょっと落ち着いてください!」

『落ち着いとる場合か!?』

「夜中の二時に飛行機は飛びませんやん? 大阪から東京へ来るのとはワケが違いますよって。そっちで慌ててどうなるもんでもあらしませんし」

『……せやな』

 電話越しにも相当苛立いらだっている様子がありありと分かるが、こらえてくれるあたり師匠もずいぶん大人になったもんだ。

 なお余談だが、俺がフルで関西弁になるのは師匠と話す時だけである。弟子入りの条件が『関西弁をマスターすること』だったからだ。

「で、師匠に相談なんですけど」

『おう』

「これから、大門高校が消えた原因を探るために、ちょっと思い切ったことをやろと思うんですが」

『どないする気や?』

「それは――」

 雷花が睨んでいるので携帯を手で覆って師匠にだけ聞こえるようにして俺のプランを伝える。返ってきたのは予想外の言葉だった。

『ああ、それやったらオレも昔やったことあるわ』

「師匠が!? マジですか!?」

『こないな時にウソいてもしゃあないやろ』

「そらそうですけど……それで、どうでしょう?」

『どうもこうもないやろ。やってみい。オレがそこにおったら迷わず同じことするわ。今回の件は真紅郎、お前に任せたで』

「おおきに、師匠」

 通話を終え、トランクスの肩を掴んで問いかける。

「さて、改めて質問だ。大門高校には師範代を含めて千人からの生徒と教職員がいたはずだ。それが学校ごと消えてしまった……こいつは大事件だ」

「ご愁傷様でした」

「早えよ! いや、早いかどうかはこの際問題じゃねー。この事件の真相を探るにはどうすればいいと思う? 未来人的に考えて」

「…………?」

 ダメだこいつ、全然ピンときてねえ。誘導尋問は早々に諦めた。

「要するに、この事件が起きる前の時点まで戻ればいいってことだよな?」

「そうですね」

「できるか?」

「何がですか?」

「決まってるだろ。だよ」

「できないんですか?」

「お前はできるんだよな?」

「反物質化してエーテル流に乗ればいいじゃないですか」

「そいつはどうやるんだ?」

「まずアンカーを打ちます」

「アンカーって?」

 スッと差し出されたトランクスのてのひらの上に、透明なナイフのような物体が現れる。

 短い柄の両端にやりのような刃が付いている――というと独鈷杵どつこしよに近いが、もっとシンプルかつメカニカルだ。極めて透明度の高いクリスタルのような物質でできているらしく、目を凝らさないとよく見えない。

「これをどう使う?」

「ふたつに分けて片方を――」

 クリスタル独鈷杵が真ん中から二分割されると、片方は即座に見えなくなった。

「おい、半分どっかに消えたぞ?」

「時間は常に未来へと進行しているので」

「つまり?」

「つまり――」

 サクッ。

 消えた独鈷杵の半分がトランクスの首筋から生えた?

 いや違う。それは、本物の鉄でできた飛剣だ。

 飛剣の柄尻には細いワイヤーが繋がっていて、その先は――雷花の右手が握っていた。

「タイムトラベルなんて、この烈雷花が許可しないわ」

 トランクスは視線だけ動かして雷花を見ると、

「訴訟」

「その訴状を誰が書くっての?」

 ワイヤーに紫光が走り、電撃に打たれたトランクスが膝からくずおれる。

「ラ……イカ……!? てめーは!」

「シンクロー、そいつから離れなさい」

「致命傷だぞ!? 自分が何をやってるのか分かってるのか!?」

「ええ当然」

 雷花は真っ黒の目で俺を見る。

「冷静になるのはそっちよ。記憶のない奴にタイムトラベルなんてできるわけないじゃない。そもそもそいつが未来人だって証拠はないわ」

「おめーが言い出したことだろうが!」

「姉として命令するわ。そいつを始末してこの場を離れる。アンタも一緒に来るのよ」

「断る」

「ハァン?」

「二回も言わすな。それとも日本語だから聞き取れなかったか? だったら言ってやる――断じて断る!」

「一晩添い寝したくらいで情が移ったわけじゃないでしょうね?」

「だとしてもてめーのせいだよ!」

「目上の者に対する口の利き方がなってないわよ、シンクロー」

「昨日一昨日会ったばかりのくせに姉貴面して指図すんな。だいたいな、この異常事態のほとんど全部に責任があるって自覚しろ!」

「…………」

 雷花のやつ、俺の言い分に耳を貸す気なんてさらさらねーって面してやがる。

 いったい何を考えてる!? タイムトラベルなんてのは途方もない話だって

のは俺にだって分かってる。だがこうまで頭ごなしに反対されると説得されるどころか逆に意地を張りたくなるぜ。

 雷花が右手を引いて飛剣を抜こうとするのを察してワイヤーを掴んだ。

「何のつもり?」

「首に刺さった飛剣を抜いたら大出血して死ぬぞ」

「放っておいてもどうせ死ぬのに」

「だからやめろっつってんだよ!」

「さっきからのアンタのその態度……

 ピンクのツインテールがコイルのように渦を巻き、電光を帯びた。

「弟のくせに姉に逆らうとどうなるか、身体に教えてやる必要がありそうね」

 バチィッ!

 電撃が連続して俺の身体を貫く。だがワイヤーから手を放すわけにはいかない。俺の身体をアース代わりにしてトランクスへのダメージを防がないと。

 雷花のやつが本気だということは疑いようがない。トランクスを始末し、俺を打ち据えてでもこの場から立ち去るつもりだ。と言ったら必ず――そういう覚悟というか鋼のような意志を感じる。

「てめえの方こそ……力尽くでやんなきゃ分からねーようだな!?」

「分かる必要はないわね」

 ライカの左手の指の間から三本の飛剣が魔法のように現れる。ヤバい。

 こっちも〈龍虹ホンロン〉で対抗するしかない――そう決意して身構えたその時、足元の地面に波紋が広がった。波打ち際に立った時のように、足の裏の砂がさらわれる独特の感触を覚えた直後、青い津波が俺たちを襲った。水面が一気に膝の高さに達し、トランクスの身体が浮き上がる。

「――姉弟喧嘩をしている場合か?」

 雷花の背後の水面が巨大なスライムのように盛り上がったかと思うと、学ラン姿の毒島號天ぶすじまごうてんが姿を現した。

「號天! お前まさかずっとここにいたのか!?」

「ああ、話は聞かせてもらった」

 横から丸見えだった昨日とは違って、今日は水遁すいとんの術に気合いを入れたらしい。全然気付かなかったぜ。

「ずっといたんなら、学校が消えた理由も知ってるんだな!?」

「……フッ」

 號天はキザったらしい仕草で前髪を指先でき上げると、

「俺にも分からん。気付いたらこの状態になっていた」

「何でだよ!?」

「お前たちが登校してこないのが気になってな……ちょいと迎えに行ってやろうかと学校の外へ出た直後に例の地震だ。振り向いた時すでに校舎は消えてデカい穴だけが残っていた――」

 役に立たねーなこのデブ!

「ゴーテン~~ッ!」

 雷花が放った電撃は水面に拡散して無力化された。俺は膝までだが雷花は首まで神気の水に浸かり、全身が捕らえられた状態になっている。風の神気をまとってガードしているが肩の上から押さえつけられているため脱出不能だ。

 前言撤回、役に立つデブだ。超使える。ついでに中の人はイケメンだし。

「真紅郎、その推定未来人は現状を打開する力を持っているのか?」

「さあな。だが試してみる価値はあるだろ」

「危険は承知の上か」

「想像もつかないね」

「だろうな」

 雷花がうなり声を上げた。風の神気で水を押し退けて飛び出そうとするが、號天はすかさず水量を増して雷花を完全に水没させた。大きな泡の中に閉じ込められたような具合だ。

『シン……ク……』

 雷花の声は歪んでよく聞き取れない。泡は膨らんだり縮んだりを繰り返している。風圧と水圧がせめぎ合っているのだ。

「この状態は長くはたないぞ。やるなら急げ」

「號天、お前……俺に味方するのか!?」

「忘れたか? 昨日できたばかりの親友を」

 號天が口の端をわずかに吊り上げて微笑む――おお、心の友よ!

 嬉しさで緊張が緩んだらしい。雷花が急にワイヤーを引いたのに反応が遅れ、トランクスの首筋に刺さっていた飛剣が抜かれた。

 傷口から噴き出したのは真っ赤な鮮血――ではなく、キラキラと光る金粉のようなものが混じった、気体とも液体ともつかない黒っぽい何かだった。

「うおおおおいトランクス! どうなってる!?」

「アイ・アム・ザ・大ピンチ」

 ダメそうだ。ただでさえ青白い顔色がさらに白くなっていく。

「死ぬのか? 死にそうなのか!? だとしても少しだけ待て! アンカーってのはどう使うんだ? タイムトラベルはどうやる!?」

「…………」

 トランクスの唇が呪文を唱えるように動いたが、言葉は聞こえない。

 差し出された右手に反射的に自分の左手を重ねる。残ったアンカーの片割れが俺の左手を貫いたように見えたが、それも一瞬のことだった。

 そして。

 世界は、虹色の輝きに包まれた――

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