第172話 epilogue-01

 革命団ネフ・ヴィジオンが拠点としている、領都アガムメノンから、十数キロ。ヴィクトール領内にある工業都市の格納庫で、1人の老人がつぶやいた。


「まったく……やれやれじゃのう」


 彼の視線の先にあるのは、金剛石ダイヤモンドのように煌めく白銀しろがねの装甲をボロボロにし、隻腕となった、革命団(ネフ・ヴィジオン)の象徴たるMC──円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、〈ガウェイン〉。

 ほとんど大破している機体を見れば、どれほどの激戦だったのかがうかがえるというものだが、彼にとっては頭の痛い話であった。

 なにせ、これを修理しなくてはならないのだから。

 そんな老人の後ろの闇から、1人の壮年の男性が現れる。茶色がかった金髪に、碧眼を持つ男。革命団ネフ・ヴィジオンのリーダー、《テルミドール》だ。


「ふむ……しかし、結果的に彼らは生き残った。それだけで価値のあることのように思えるがね」

「どの口が言うておるのか……結局、あやつがワシらを都合良く使おうとしておることがはっきりしただけじゃろうに」

「ふっ……それこそ今さらではないかね?」


 そう返された老人──《プリュヴィオーズ》は、わずかに言葉を詰まらせ、やれやれとばかりに溜息を吐いた。


「それでいいのかの?」

「それはそれで構わない。彼は私のことを私以上に評価しているが、その一方で、私に負けるなど露とも思っていないのだから」

「《テルミドール》、それは敗北宣言にも聞こえるがの?」

「……私では彼には届かない。それは純然たる事実だ。しかし、運命は若者かれらを呼び寄せた。私にはできなくとも、彼らならば……と、そう考えている」

「情けない話じゃな。若者に未来を与えるべき大人わしらが、若者を頼りにせねばならんとは」


 沈痛な面持ちでそう言った《プリュヴィオーズ》に同意するように、《テルミドール》は静かにうなずいた。


「それで、そっちはどうなんじゃ?」

「捕えた捕虜と、今までの報告、そして何より、もう1人・・・・の私が残したメッセージで、誰が動いているのかは掴んだ。予想通りと言ったところだろう」

「ほほっ……青二才ではおまえさんたちには及ばんか」


 好々爺然として笑う《プリュヴィオーズ》に、《テルミドール》は、少し笑みを返しフォローを入れる。


「彼は若い。それに急ぎ過ぎている。もう少し、大局を見れれば、父君と同じく、良い統治者になるだろう」

「まるで、昔のおまえさんのようじゃの」

「…………」


 《テルミドール》は気まずそうに視線を横へ流し、右手の親指で他の指を人差し指から順に軽く押していく。

 いつも堂々と自信ありげな態度を取る彼には珍しいものだったが、《プリュヴィオーズ》は、それが都合が悪くなった時に出る《テルミドール》の癖だとよく知っていた。


「おまえさんも変わらんの」

「20年前と13年前、私は失敗した。多くの仲間と、理想を語った友を失い、今の今まで、雌伏の時を過ごすことになったのは、急ぎ過ぎた私の責任なのだ」

「……やはり、おまえさんは変わらん」


 苦渋の表情を浮かべて独り言つ《テルミドール》。その自罰的な痛切は、噛み締めた唇から余りあるほどに察せられた。

 そんな彼に《プリュヴィオーズ》は、一瞬の沈黙の後、同じ言葉を繰り返した。

 しばし、格納庫に静寂が落ちた。そして、その沈黙を次に破ったのは、《テルミドール》の方だった。


「ところで教授、〈ガウェイン〉の状況は?」


 そう尋ねた《テルミドール》の表情に、いつも通りの寡黙な自信を見た《プリュヴィオーズ》は、同じように、何事もなかったように口を開いた。


「最悪に近いのう。装甲はそう特殊なものではないんじゃが、フレームに使われておる素材は、少々用意するのが難しいの」

「ツテを使っても難しいかね?」

「元は円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ用のものじゃからの。後援者では用意できんじゃろう」

「教授ならば作れるのではないかね?」

「馬鹿者、作るには設備が足らん。これの開発にはワシも関わっておったのは事実じゃが、潤沢な資金と最新の設備があったからこそできたことじゃ。おまえさんもあやつもそれを甘く見ておるから、知識だけで実践には向かんのじゃ」


 まるで出来の悪い生徒を叱責するような、《プリュヴィオーズ》の言い方に、《テルミドール》は、小さく笑みをこぼした。

 その笑みは、愉快げであったが、どこか寂しげな色が宿っていた。


「すまない。教授の言う通りだった」

「まあ、よかろう。おまえさんはこちらの畑ではないからの。とはいえ、理解はできたじゃろう? 消耗品は既存品を流用できたんじゃが、基礎フレームはどうにもならんのじゃ」


 悩ましげに言う《プリュヴィオーズ》に対し、《テルミドール》は、口元に手を当てて、考え込むような動作を取った。

 先も《プリュヴィオーズ》に指摘されたように、彼は、革命団ネフ・ヴィジオンのリーダーではあるが、その本質は煽動家アジテーターであり、決して、機械に強いということはない。

 知識は持っているものの、覚えているだけで、知っているだけで、それを活用するには、少々、彼の思考は偏っていた。

 そこで、《プリュヴィオーズ》は、今までで一番深刻そうに、眉間に皺を寄せ、《テルミドール》を見る。


「まあ、ここまではまったく絶望的というわけではないんじゃがな」

「どういうことかね?」

「フレームに関して言えば、多少、耐久性が下がるじゃろうが、代用は可能なんじゃよ。今まで以上に、損傷し易くはなるじゃろうがの」

「ベターな状況には持っていける、と?」

「そういうことじゃの。じゃが、〈ガウェイン〉の心臓はどうにもならんのう」

「心臓……?」


 〈ガウェイン〉、すなわちMCにとっての心臓とは、機械の肉体に電力を供給する、バッテリー兼ジェネレーター、すなわち、|天使の聖櫃(ケルビムアーク)と称される、エネルギーの貯蔵及び適宜出力する機関のことを示す。

 MCにとってはなくてはならないものではあるが、そこに使われているのは、『エデンの林檎』と呼ばれる、貴族の秘匿技術。その再現には革命団ネフ・ヴィジオンは成功していない。

 この工業都市の中心にも、エネルギー供給機関としての、『ケルビム』は存在し、奪取から3ヶ月、MCの動力炉たるケルビムアークも合わせて解析を行っているものの、《プリュヴィオーズ》ですら、そのあまりに隔絶した技術に呆れたほどだった。


「戦闘データを確認したんじゃが、〈ガウェイン〉の動力炉は一時的に完全に停止しておった。原因は不明じゃが、敵は円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズじゃからの、おそらくは、ガラティーン同様の、『エデンの林檎』のオーバーテクノロジーじゃろうて。これは仮説じゃが、〈マーハウス〉とやらにブースターがなかったことから、ブースターから内部に侵入し、直接、動力炉に働きかけるものじゃろう」

「根拠はあるのかね?」

「他の2人の機体じゃよ。どちらも破壊されてはおるがの。あの『ラ・コート・マル・タイユ』とやらの性能では、至近距離での自爆には耐えられんはずじゃし、データを回収できたティナ機の記録では、〈マーハウス〉に接触する前から、動力炉の出力が下がっておった」

「遠隔的に、エネルギーを低下させるのが〈マーハウス〉の専用装備の力というわけかね?」


 《プリュヴィオーズ》は《テルミドール》》が出した結論にうなずくと、自分でも半信半疑であるというような声音で、


「そういうことじゃの。ここからは妄想に近いんじゃが、〈マーハウス〉エネルギーを不活性化させる小型の機械のようなものを散布しておったとワシは思っておる」

「やはり、『エデンの林檎』か……」

「そして、ジン・ルクスハイトは、その能力から逃れるために、動力炉を暴走させたというわけじゃ。その結果、一時的に出力を上昇させることには成功しておったようじゃが、最終的に、限界を超えた動力炉は完全に破壊された、ということじゃの」

「つまり?」


 《テルミドール》》が先を促すと、《プリュヴィオーズ》は、疲れたように溜息を吐きながら、結論を告げた。


「〈ガウェイン〉の機動と専用装備ガラティーンに必要な電力は馬鹿げた量じゃ。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ用に作られたこのケルビムアークでしか支えられんじゃろう。〈ヴェンジェンス〉のものを流用したとしても、あれほど苛烈な戦闘機動では、30分も持つまいて」

「なるほど……」


 《テルミドール》はしばし考え込んだ後、


「まずは次の作戦に注力すべきだろう。領民の不満は小さくはない上に、MC部隊もこの損害ではな」

「〈ガウェイン〉を修理できるとは限らんじゃろう?」

「私は、彼以上に彼を評価していると自負している。まだ、革命団われわれを利用するつもりならば、そう差配するだろう」

「やれやれ……おまえさんたちは、敵同士の割には妙に互いを信用しとるんじゃな」

「ふっ……」


 《プリュヴィオーズ》が呆れたように言うが、《テルミドール》は目を細めて、表情を緩めただけだった。


「《テルミドール》よ、もう一つ報告があるんじゃが」

「何かね?」

「〈ガウェイン〉がジェネレーターを暴走させた際じゃが、何らかのシステムが動作した痕跡があったんじゃ」

「〈ガウェイン〉のシステムのブラックボックスのことかね?」


 それは以前、《プリュヴィオーズ》が、〈ガウェイン〉の整備を行った際に見つけたものだった。〈ガウェイン〉のシステムに極めて厳重にロックされた領域存在することが確認されたのだ。

 明らかに他に比べて強固に過ぎる保護と、解除条件が生体認証であるため、内部を確認するのは絶望的だったのだが。


「どうやら、暴走に合わせて、擬似的に稼働したようじゃの。詳細は分からんのじゃが」

「ふむ……気を付けてはおこう」


 一つうなずいて背を向けた《テルミドール》に、《プリュヴィオーズ》は問いかけた。


「《テルミドール》、分かっておるな?」

「分かっている。教授は引き続き、〈ガウェイン〉の調査と専用機の設計を頼む。こちらは、私に任せて欲しい」

「抜かるでないぞ」

「ああ」


 そう言って、2人は互いの成すべきことのために、別れた。

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