第167話 悪意 -stare from abyss- 24

『まだ、終わらんぞ!』


 だが、そんなジンの諦めを払拭するように、一機のMCが、光の槍の前に飛び出す。漆黒に染め上げられた装甲に剣と盾のスタンダードな装備。今まで後方にいたディヴァインの〈アンビシャス〉だ。そしてその機体は腹部に深い損傷を負っていた。


『正気かい!?』

『ディヴァインさん!?』


 焦りを見せるティナとレナードには答えず、ディヴァインは叫ぶ。


『俺はもう……あの時のようなことを繰り返しはしない! 貴様は弱くなったと言ったな。だが、俺の剣は、護るための剣だと誓ったのでな!』


 そして、ディヴァインの〈アンビシャス〉は光の槍を正面から盾で受け止める。MCの装甲よりははるかに高い強度と密度を持つ騎士盾ナイツガードではあるが、光の槍の莫大な熱量を前にすれば、そんな差など瑣末なものである。せいぜい数秒の時間が稼げる程度だろう。

 しかし、ディヴァインは諦めていなかった。〈アンビシャス〉は、剣を投げ捨て、自らの損傷箇所に手を突っ込み、何かを引き抜く。


『純粋なエネルギーならば、同じものをぶつければ良い。自爆でも足りんだろうが、これならば!』


 その手に握られていたのは、MCの動力源。通称、ケルビムアークと呼ばれる動力機関である。『エデンの林檎』の秘匿技術をふんだんに活用したそれは、その大きさからは想像できないほど、莫大な電力を蓄えることができる。

 完全電気駆動であり、大量の電力を消費するMCという兵器を支えている根幹そのものであった。

 そして、ディヴァインが利用したのは、まさしくそれだった。エネルギーにエネルギーをぶつけて総裁しようというのである。


『うぉおおおおおおおおおお!』


 ディヴァインが咆哮する。青白い輝きが溢れ出し、MCのカメラが一瞬麻痺するほどの光の奔流が溢れる。

 衝撃波が駆け抜け、行きがけの駄賃とばかりに、周囲に生えた木々をへし折っていく。

 そして、光の槍は、その光を貫いた後、街に届くことなく、虚空に四散した。

 光が晴れた時、そこに残されていたのは、上半身を丸ごと消し飛ばされた〈アンビシャス〉の残骸だった。


「あいつ……」

『これは……』

『ディヴァインさん! ディヴァインさん! 大丈夫ですか!? ねえ!』


 ティナの〈アンビシャス〉が慌ててその残骸へと近づいて行く。

 拡散した熱が白い蒸気を吹き上げる中、ティナは見つけた。地面に落ちたMCの腕、その手のひらの下に倒れ伏すディヴァインの姿を。


『あっ……』


 ティナの目尻に涙が浮かぶ。しかし、彼女はすぐに頭を振って、囚われかけた感情を振り払うと、その身体を拾い上げる。


『バイタル確認……うそ……いきてる……」


 ティナは絶句した。酷い火傷を全身に負い、打撲もしているらしいが、生きている。ディヴァインはあの光の槍を受けて、生存していたのだ。

 おそらく、ディヴァインは自らコックピットから飛び降り、地面についた〈アンビシャス〉の手の下に潜り込み、衝撃波と熱をやり過ごしたのだろう。

 恐ろしいほどの胆力だ。もはや、評する言葉もない。


『いやいや、今ので生きてるって、何者?』

「……《フェンリル》、《スレイプニル》連れて、一旦下がれ」


 ジンは固い声でそう言った。そう、街の危機は去った。しかし、戦いはまだ終わっていないのだ。


『ふん、まあ良い。一度防がれただけのことよ』


 〈ブルーノ〉のアームが起動し、掴んでいたそれを〈ガウェイン〉に向かって投げる。ガラティーン。〈ガウェイン〉の専用装備にして、絶対切断の剣。

 ジンは、左手の騎士剣ナイツソードで、それを弾く。騎士剣ナイツソードを投げ捨て、くるくると回転しながら上に飛んでいくそれを、跳躍してキャッチ、同時に斬りかかってきた黒剣を弾き返す。


『拾うしかないじゃろう? 貴様の剣なのじゃからな』


 おそらく、上に飛びやすいように回転を調整していたのだろう。まんまと引っかかったジンは、空中での戦闘を余儀なくされる。

 そして、そんな〈ガウェイン〉に光の槍が突き付けられる。

 しかし──


『がふっ……』


 突然、アームは動きを止めた。


『き、貴様……どういう、つもり、じゃ……!』


 理由はすぐに分かった。〈ブルーノ〉の胸部から突き出た剣。それは間違いなく、コックピットを貫いていた。

 突然の事態に、ジンが動きを止める中、通信から会話が漏れてくる。


『いやはや、素晴らしいものではありませんか。私の目に狂いはなかった、ということでしょうか』

『ユシュタース……貴様……!』

『ああ、そうでしたね。『城塞』殿。光槍ハスタ・リュミエーレまで持ち出しておいてこの無様とは、情けないことではありませんか』

『貴様……裏切ったか……!』

『私は何も? あの御方に仇なすものを斬り捨てただけですが?』

『なん、じゃと……』

『くくく……はははは! 当然ではありませんか。貴方は1度ならず2度までも失敗した。そんな無能には円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの称号は身にあまるもの。そうではありませんか?』

『ユシュタース……!』

『ああ、ご心配なさらずとも、貴方の領地とこのコートは私が有効活用させていただきます。ですから、ご安心を』

『ユシュタァアアアアアス!』


 剣が引き抜かれる。太陽の輝きの元、剣の軌跡が赤く彩られたのが見えた。

 ジンは、その光景を見た直後、身体が勝手に動いていた。神速の速さで踏み込み、剣を、〈ブルーノ〉の背後にいた〈ファルシオン〉擬きに向けて振り抜く。


「死ね」


 思いの外、あっさりとその機体のコックピットを潰すが、手応えがない。

 反撃に突き出された剣を避け、得体の知れない予感に飛び退いたジンの前で、その機体が崩壊した。否、装甲がぼろぼろと剥がれ落ちていくのだ。さながら、古い皮を脱ぎ捨て、脱皮する蛇のように。

 そして、その内側から、新たなMCが姿を現す。

 流麗な機能美を持つ機体に、オレンジ色の光沢を放つ、閃亜鉛スファレライトの装飾装甲。両腰に剣の鞘のような装備を身につけ、背部にはクローバーのような形をした、特徴的なバックパックを背負っていた。

 通常のMCではあり得ない、宝石の輝きを秘めた装甲を纏うことを許されたMC。あれは、決して〈ファルシオン〉の改修機などではない。

 そう、あれは──


円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ……!」


 驚愕するジンの前で、崩れ落ちた〈ブルーノ〉から、背中に残ったマントが剥ぎ取られ、バックパックに重なるように装備され、変形して、機体を覆う。


『では、改めまして。2度目にはなりますが、初めまして、〈ガウェイン〉の騎士。私は、アンヴェール・バージェ・ル・ヴィペール・ド・ユシュタース。僭越ながら、この機体、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ一柱ひとはしら、〈マーハウス〉の騎士を務めさせていただいている者です』


 いつかと同じように騎士の礼を取る。機体が変わったせいか、その礼はより美しく、より優雅に見えた。


「…………」


 ジンは答えることはなかった。ただ無言のままに、その真紅の瞳に苛烈なまでの殺意を宿していく。


『私は、〈ガウェイン〉の撃破の任を与えられています。その意味が分からない君ではありませんね?』

「……なぜ殺した?」


 ジンは答えず、逆に問うた。その理由を。


『おや、おかしなことを聞くものですね。月の王たるあの御方の命に背いたのですから、当然の結果ではありませんか』

「……そうか。もういい。俺はおまえを──」


 〈ガウェイン〉が消える。そして、剣が《マーハウス〉へと叩きつけられた。


「──殺す!」

『くくく、そうこなくては。では、約束通り、決闘を始めまるとしましょう。〈ガウェイン〉、君に死を差し上げます』

「遺言はそれでいいな?」


 トンファー状のブレードと、ガラティーンがぶつかり赤い火花を散らす。

 〈ガウェイン〉と〈マーハウス〉。

 それぞれに、宝石の輝きを背負うことが許された機体。

 そして、それぞれに、革命団ネフ・ヴィジオンと貴族。異なる理念を背負う機体。

 掲げる剣に込めた誓いは、互いに決して、交わることはなく──

 その剣を振るう理由は、意志は、決して相入れることはなく──

 そして、2機の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが激突した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る