第166話 悪意 -stare from abyss- 23

『目標補足、ファイア!』


 そんな声が通信機越しに響き、レナードを狙っていたアームが爆風に押されて逸れ、〈アンビシャス〉の装甲をわずかに削っただけで後方に抜けた。

 1本だけ残った直撃コースの黒剣は、迎撃のために展開していた左手の狼爪刃ウルフネイルで弾き返す。


『なんじゃと!?』

『目標修正、再補足、2発目セカンド、ファイア!』


 今度は、戦場をまっすぐ貫く一条の光のごとく落ちた弾丸が、〈ガウェイン〉を拘束していたアームを断ち切った。

 その弾丸が飛んできた方角には、空中を飛ぶ漆黒に染め上げられたMC──〈アンビシャス〉の姿があった。

 その機体には、ところどころに焦げたような跡と、装甲が溶解した跡が残っている。

 手にしたライフルを背のウェポンラックに戻しながら、もう一方の手に握った騎士散銃ナイツマスケットを背後に向けた〈アンビシャス〉は空中で、その引き金を引いた。


『角度補正……3発目サード、ファイア』


 その爆風と反動を利用して一気に加速した〈アンビシャス〉は、その加速のままに、後方にブーストで跳んだ〈ブルーノ〉へと突っ込む。

 〈ガウェイン〉のブースト機動に勝とも劣らない速度でありながら、その機体制御は揺らぐことなく、まっすぐに〈ブルーノ〉の元へと飛翔した〈アンビシャス〉は、加速の中で掴み取った騎士散銃ナイツマスケットを至近距離から発射する。

 突然の襲撃、そして、レナードを確実に撃破するための策。それによって、光の槍のチャージもアームも使い果たした〈ブルーノ〉にはそれを防ぐ手立てはなかった。


『馬鹿な……』

4発目フォース零距離ゼロレンジ、ファイア』


 爆音が響き、〈ブルーノ〉の機体が大きく吹き飛ばされる。しかし、マントによってダメージは防いでいた。

 それだけの威力の散弾の反動は当然凄まじいものだ。未だ空中にいる〈アンビシャス〉もまたそれによって、後方に押し出される、はずだった。


『逃がさないからっ! 5発目フィフス、ファイア』


 〈アンビシャス〉は再度、背中に向けた銃の引き金を引く。着地していたレナードは慌ててその射線から逃れたが、もう一機の〈アンビシャス〉に搭乗する騎士は気にもせずに、その威力を利用して反動を殺し、一瞬だけ地面に着地し、左手の銃を空に放り上げ、ブースターを蒸して再加速。

 その途中で、左腰から、騎士散銃ナイツマスケットの予備弾倉を手に取り、前方へ放る。


『貴様ァアアアアア!』

『ぶっ飛べ、最終弾ラスト、ファイア!』


 くるくると回転する予備弾倉に、〈アンビシャス〉の握る、騎士散銃ナイツマスケットが突きつけられる。

 体勢を立て直す〈ブルーノ〉だが、一瞬たりとも動きを止めなかった〈アンビシャス〉の速さに比べれば、遅い。

 引き金を引く。薬莢が排出され、宙を舞った。

 弾倉の内に秘められた、都合6発の弾薬が、散弾の熱量を受けて、暴発。全方位に向けて、金属の雨霰の暴力をばら撒く。

 〈ブルーノ〉が爆炎に沈む中、〈アンビシャス〉は、反動を利用して大きく飛び退いて弾雨の被害を最小限に抑えると、アスファルトに着地して、数メートルほど滑って動きを止めた。

 同時に、くるくると回って落ちてきた騎士散銃ナイツマスケットが、その穂先に取り付けられた剣によって地面に突き刺さった。


『はぁ……はぁ……』

『やれやれ、正気とは思えないねぇ……』

『むっ、助けたんだけど?』


 戦場に駆け付けた〈アンビシャス〉を駆る少女──ティナは、レナードに対して、そう文句を口にした。


『それには感謝してるさ』

『むー、めちゃくちゃ急いだんだからねっ!』


 ティナの言葉に嘘はない。彼女は、通信塔が破壊された際の光の槍──いや、もはやビームと言ったほうが正しいか──によって、直撃は避けたものの、ダメージを負い、通信塔から落下した後、失った装備を追加して射出装置を使って、ここまで飛んできたのである。

 市街地から離れたここまでは直接飛ばすことは、着地時にかかる衝撃と、MCの耐久性、ブースターの出力を考えれば、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機でもなければ不可能だ。

 しかし、彼女は、砲撃の反動を利用して、その衝撃のほとんどを殺し切った。レナードが正気とは思えないと評したのもうなずける話である。


「気を抜くな、まだ奴は生きている」

『お礼くらいあってもいいと思うんだけど?』

「ああ、3つに増やしておく」

『ふぇっ? それって……』


 至近距離の通信になったおかげで、映像通信が繋がり、小さく切り取られた窓でティナがその紫水晶アメシストの目を瞬かせる。

 ジンは、それを尻目に、片手に残ったガラティーンと、腰から引き抜いた騎士剣ナイツソードを構えた。


『おのれ……貴様らァア! 許さん、許さんぞ! 儂に、ここまで傷を付けておいて生きて帰れると思うでないぞ!』


 爆炎が晴れ、その中から膝をついた〈ブルーノ〉の姿が現れる。至近距離で爆炎を浴びたマントは、前面の装甲の大半を砕かれ、しかしそれでもなお、その下に隠した機体を守りきっていた。

 地面に落ちていたアームがずるずると立ち上がり、その剣が一気にティナの〈アンビシャス〉へと殺到する。

 ティナの騎士散銃ナイツマスケットにも剣はあるが、その程度では捌ききれないのはティナ自身が一番良く知っていた。だからこそ、避けない。

 ティナは、右手の騎士散銃ナイツマスケットを地面に突き刺し、背中越しにライフルを手に取る。

 そして、素早く切り込んだジンの〈ガウェイン〉が、その双剣をもって襲い来る剣を弾く。


「信用し過ぎだ」

『知ってただけだもん』


 しかし、アームの進行上に無理やり割り込む形になったジンではすべてを弾くことはできない。

 1本だけその剣舞をすり抜け、ティナの元へと突撃する。


『おいおい、わざわざボクに出番を作ってくれるなんて、粋な計らいをするねぇ』


 しかし、それもレナードの〈アンビシャス〉が腕を振るうことで沈黙させる。

 ジンは、煽るようなレナードの言葉に、いたって淡白に言う。


「好きに言っていろ」


 射線は開いた。後は撃つだけだ。

 もう迷いはない。

 ──ううん、嘘。迷いは、まだある。

 迷いはなくなりはしない。けれど、それでも──

 ──撃つ覚悟は、ある。

 そうだ。撃てる。今のティナには、本当の意味で、結果を受け止める覚悟がある。

 ──だってわたしは泣けるんだから……

 照準を合わせる。狙いはマントの守りを失い、むき出しになった〈ブルーノ〉のコックピット。


『これで終わり……ファイア!』


 高速で放たれた弾丸が、1秒も経たぬ間に、〈ブルーノ〉の機体を貫く。背中側のマントを貫通し、〈ブルーノ〉の背後で砂煙が上がった。

 しかし──


『ぐっ……まだじゃ、まだ終わらぬ……まだ終われぬのじゃ、儂は!』


 ティナの弾丸は、コックピットをわずかに外れていた。一瞬、疑問符を浮かべたティナだったが、すぐにその理由に気が付いた。

 破壊した前面のマント。その下にあったアームの残った基部。これを動かして、弾丸をコックピットから逸らしていたのだ。

 そして、〈ブルーノ〉は残った左腕を掲げる。その手に握られているのは、凶暴な青白い輝きを宿した、光の槍。

 剣での攻撃は囮。出力の大半を回して充填した光の槍こそが本命だったのだ。


光槍ハスタ・リュミエーレの最大出力……受けれるものなら受けて見せい!』


 ティナが次弾を装填するより早く、光が溢れ出す。あれこそ、通信塔の一角を丸ごと消し飛ばした一撃。ジンが切った弾丸ではなく、純粋なエネルギーそのもので形作られた、本当の意味での光の槍。

 〈ガウェイン〉が剣を打ち払いながら、一気に加速して、〈ブルーノ〉へと突っ込む。


『ジン!?』

『早く避けろ!』


 レナードの叫びに反応して、ティナも〈アンビシャス〉を飛び退かせる。

 〈ガウェイン〉がガラティーンを振り抜くと同時に、光が放出され、〈ガウェイン〉のすぐ横を駆け抜けた光は、その凶悪な熱量によって、空気を爆発させ、その衝撃波で〈ガウェイン〉を吹き飛ばす。


「ちっ……」


 〈ガウェイン〉へのダメージは小さい。剣もコックピットではないが、〈ブルーノ〉に届いている。

 しかし、防げなかった、あの光はジンたち、ひいてはその背後にある街へと向けられていたのだ。ジンの漏らした舌打ちは仕留めきれなかった苛立ちばかりではない。

 もはや、ジンにできるのは、街を焼き尽くすであろうゴモラの火を見送ることだけだった。

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