第146話 悪意 -stare from abyss- 03

 傾き始めた太陽の輝きに照らされ、白銀の刀身が、紅く染め上げられる。

 対象的に光を吸収して闇色に輝く、黒の刀身。

 総計して4本の剣が、〈ガウェイン〉と〈ブルーノ〉の間で交錯し、幾度となく火花を散らした。

 伸縮しながら、様々な方向から襲いかかる黒い剣を、〈ガウェイン〉は、双剣を振るい、時に腕や脚を使って払いのけ、その全てを弾いていた。

 しかし、あたかも舞うかのように剣を振るい続ける〈ガウェイン〉に対して、アームの先に取り付けられた刃を操る〈ブルーノ〉はその場から一歩も動いていなかった。

 アームの内側に近付けない。いや、違う。近付かせてもらえない。

 アームは、マントと同じ素材でできているらしく、〈ガウェイン〉のガラティーンをもっても切断は不可能。故に、それを防ぐには弾くしかない。

 しかし、アームの剣を超えた先には、側近が駆る〈レガトゥス〉が控えている。的確なタイミングで〈ガウェイン〉に切り込み、アームを戻すための隙を作り出し、決して深追いすることなく、速やかに退く。

 この戦術によってジンは一方的な消耗を強いられていた。


『その程度か、〈ガウェイン〉よ。些か期待外れじゃのう』

「…………」


 ジンは答えを返さなかった。しかし、ジンが徐々に追い込まれているのは事実だった。展開は一方的。ジンの剣は〈ブルーノ〉に届かず、〈ブルーノ〉の剣は、〈ガウェイン〉に届く。

 しかも、〈ブルーノ〉は、確実にまだ本気ではない。4枚の盾を縦横無尽に操る者が、わずかに2本の剣を操るのに苦労するとは思えない。それに両腕も空いているのだ。攻撃しようと思えば、いくらでもできるはずだ。

 機体相性、そして、1対2という戦力面での差。今の〈ガウェイン〉では、この戦況を覆すのは少々困難と言わざるを得ない。

 こちらにも、もう一機あれば、状況も変わろうというものだが、ないものねだりをしても仕方ない。

 そして、ジンとて、無意味に消耗戦を続けていたわけでは決してないのだ。

 左右から黒剣が迫る。ジンは、それを視界に捉え、ついで、〈レガトゥス〉の位置を確認し、


「……見切った」


 小さくつぶやいた。そして、〈ガウェイン〉が、2本の剣を弾き返すと同時に、加速。一気に距離を詰める。もちろん、そこには〈レガトゥス〉が待ち構えているが、ジンは気にしない。

 突き出された槍を、半身になって回避、続けて繰り出された盾を、両手の剣の柄であえて受け、片足と柄を軸に、さながらダンサーのように、半回転。〈レガトゥス〉との位置を入れ替える。

 流し目に、二度目のアームの接近を捉えたジンは、柄で強く盾を押し、その反動にブースターの噴射を重ねて跳躍。

 追いかけてきたアームの片方だけを弾く。狙いはもう一本のアーム。絶妙な力加減で叩かれたアームは、もう一本のそれとぶつかり、空中で錐揉みに静止する。

 手足のスラスターを噴射。空中で反転、加速。2本の剣を、〈ブルーノ〉に向けて叩きつける。

 黒い盾が、双剣を正面から受け止め、一瞬の鍔迫り合いになる。


『ほう……』

「遅い」


 感嘆を零した〈ブルーノ〉の騎士に対し、ジンは瞬時に、盾の隙間から蹴りを叩き込む。

 頭部を蹴り飛ばされた〈ブルーノ〉は、自ら後方に飛び退くことで、勢いを殺す。


「ちっ……」


 落下する〈ガウェイン〉の背後から、2本のアームと、〈レガトゥス〉が襲いかかる。

 2本の黒剣を、空中で回転することで弾き返す。しかし、〈レガトゥス〉は冷静にジンの剣筋を見切っていた。

 剣を振り終えたわずかな隙。そうでなくとも空中にいるのだ。否応なしに反応はワンテンポ遅れる。そこを突いて、正確な突きが打ち出される。

 回避は間に合わない。ジンは即座にそう判断し、右手のホールドを解いた。すっぽ抜ける形になった双剣の片割れ──ガラティーンが、くるくると回転しながらあらぬ方向へと飛んでいく。

 同時に、空いた手で、突き出された槍に沿わせるようにして触れ、それを器用に掴み取る。それと同時に着地。槍の威力を受け流しながら、後方へと思いきり投げ捨てる。

 細身とはいえ、〈ガウェイン〉も円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの称号を与えられた機体だ。その膂力は、一般機でしかない〈レガトゥス〉を上回るものであるのは間違いない。


『なにっ──!?』


 加速を利用され、吹き飛ばされた〈レガトゥス〉が、〈ブルーノ〉と激突する。いや、〈ブルーノ〉が受け止めた、というのが正しいか。同時に、街道の脇に設けられていた小さな小屋を切り裂きながら、ガラティーンが地面に突き刺さった。


『ぐっ……申し訳ありません、師父』

『案ずることはないぞ。敵もやりおるということじゃ──っ!』


 言葉尻りを切った、〈ブルーノ〉の騎士は、素早くアームを操作し、素早く盾を前に出して、飛来した何かを弾く。

 それは、ただの騎士剣ナイツソードだった。〈ガウェイン〉本来の武装ではないが、専用装備たる、騎士双剣ナイツソード・ツヴァイ『ガラティーン』を喪失した時のために、予備で装備していたものだ。

 そして、〈ガウェイン〉が回転をかけながら投げた剣の狙いは、マントで覆われていない頭部、そしてその手前の〈レガトゥス〉だった。

 そこを庇うために盾を前に出せば、当然、〈ブルーノ〉の視界は削られることになる。


「仲良しごっこなら他所よそでやれ」


 神速の踏み込み。まさしく消えたとしか思えない速度で、〈ガウェイン〉が地に馳せる。

 側面を取ってからの切り返しで、〈ブルーノ〉の首を狙う。盾に防がれるが、その反応はわずかに鈍い。

 剣を滑らせて盾を突破し、剣を叩きつける。しかし、それも二枚目の盾に妨害される。

 だが──


「砕けろ」


 ──本命はそちらではない。ガラティーンは確かに防がれている。だが、必要なのは斬れ味ではない重さだ。

 頭部への集中攻撃。自然、盾は上に集まり、下は手薄になる。

 そう、例えば、マントに取り付けられたアームのように。

 とはいえ、アームも盾やコート同様、強固な守りよって、防御されているには違いない。

 しかし、可動部である関節はどうだろうか。どんな能力で防いでいるにせよ、動きの要である関節まで、装甲で覆うことはできない。たとえ、同じ素材で作られ、同じ能力を持っていたとしても、そこが、純粋に防御のために作られた盾やコートより固くなる道理はない。

 剣を振り抜く。予想通りに、鈍い音が響き、2本のアームの関節部がひしゃげる。ジンに追撃を防ぐために動かされていた盾が不自然な挙動で止まる。

 切断は仕切れなかったが、それはさして問題ではない。アームの関節が歪んでしまえば、実質的に盾が使えなくなるのだから。

 そして、自由に動かない盾は、はっきり言って、死重量デッドウェイトになる。


「その程度か? 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ……!」

『貴様ァアアア!』


 とはいえ、敵もまた円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの地位を与えられた騎士。即座に盾をアームごと切り離し、振り向きもせずに、アームの先に取り付けられた剣を振るう。

 双剣を振るって、その剣戟を弾く。が──


『叛逆者なんぞに、抜かされるとは思わぬかったわ!』


 前面を覆っていたコートが展開する。その中には、複数の武器があった。そして、その中から、コートや盾と同じ色をした騎士剣ナイツソードを引き抜くと、反転し、〈ガウェイン〉に斬りかかる。


「くっ……」


 アームによって、複雑な軌道を描く剣と、基本に忠実ながら、正確にわずかな隙を突いてくる剣技。それらの組み合わせによって、隙のない剣戟を実現している。

 シェリンドン・ローゼンクロイツや、ジェラルド・カルティエ、ジンの知る最高峰の騎士の剣技には劣るものの、純粋な剣の扱いでは、ジン自身に勝っているだろう。

 しかし、ジンは双剣使いだ。剣技に多少劣っているとしても、その差を覆すだけの手数と疾さがある。

 だが、剣の本数では劣っている上に、ガラティーンの絶対切断を無効化するほどに堅牢な剣と、ただの騎士剣ナイツソードで打ち合えば、その消耗は、加速度的なものになる。

 事実、〈ガウェイン〉の振るう騎士剣ナイツソードには刃こぼれが目立ってきている。

 可能な限り、片手のガラティーンで捌いてはいるが、その程度で捌けるような相手ではないのは言うまでもない。

 一度離脱して仕切り直したいところだが、後退の素振りを見せると、アームが背後に回り、それを阻んでいた。

 ジリ貧になっていくことを自覚し、焦りに熱くなっていくジンに冷水を浴びせるように、コックピットに警告音アラートが響く。

 接近警報。自動で拡大されたカメラ映像に、側面から斬り込んでくる〈レガトゥス〉が映る。

 甘い剣戟。そう判断したジンは、意識に留めつつも、視線入力で拡大表示を解除。同時に、反対側から襲うアームを剣を振るって迎撃する。

 戦闘の中で生まれた焦りと、〈レガトゥス〉の騎士の技量を、警戒レベルを下げても対応可能な程度だと判断していたこと。この二つのせいで、ジンはあることを見逃していた。

 〈ブルーノ〉と激しく打ち合いながら、〈レガトゥス〉が剣の間合いに入ったのを確認したジンは、片手間に騎士剣ナイツソードを振るい、それを迎撃しようとして、直前に気付いた。

 〈レガトゥス〉は槍を使っていたはずではなかったか?

 〈レガトゥス〉の腰にあった騎士剣ナイツソードはそもそも、研ぎ澄まされた鋭さを持つ、細身の刀身だっただろうか?

 ならば、あの剣は?


「──っ!?」


 それは致命的な遅れだった。ジンの中にあった剣舞のヴィジョンが崩れる。修正は間に合わない。

 〈ガウェイン〉の騎士剣(ナイツソード)と、〈レガトゥス〉のガラティーン・・・・・・がぶつかる。

 絶対切断の一閃は所定の性能を発揮し、〈ガウェイン〉の騎士剣ナイツソードをゼリーでも切るような気安さで、切り裂いた。

 その剣はそのまま、ジンが咄嗟に振り抜いた〈ガウェイン〉の腕を掠め、その白銀の装甲を浅く傷付けた。

 そして、同時に、剣を失ったことで、防ぎ損ねたアームの剣が、〈ガウェイン〉の肩の装甲を削り取っていく。無理やり機体を捻り、被弾を最小限にしたのだ。

 しかし、そんな無理やりな軌道をすれば、機体のバランスを保ち切れなくなるのは道理である。

 回転を保てなくなったコマめいて、つんのめって倒れた〈ガウェイン〉に追撃の剣が襲いかかる。

 ジンは、あえて機体を完全に倒すことで、地面に機体を倒しながら、半ばから切断された騎士剣ナイツソードを〈レガトゥス〉に投擲し、距離を取るように転がり、追ってきたアームを立ち上がりながら迎撃する。


「はあ……はあ……」


 冷たい汗が背筋を這うようにつたい、荒い息が口から漏れる。

 右腕に二ヶ所の被弾。両方逸らしはしたが、元々装甲の薄い〈ガウェイン〉では、ダメージは免れない。

 軽く手を開いたり閉じたりしてみる。やはり、反応が悪い。咄嗟に使えるかは怪しいところだった。

 想像以上に追い詰められている。決して届かない相手ではない。決して圧倒されているわけでもない。

 しかし、現実に、ジンは追い込まれていた。


「…………」


 落ち着け。勝機はある。ジンはそう自分に言い聞かせる。実際、付け入る隙がないわけではない。

 例えば、〈レガトゥス〉はガラティーンを奪って使用しているが、そもそもが円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機のために作られた兵装だ。その消費電力は、高性能機とはいえ、一般機である〈レガトゥス〉が長時間賄えるものではない。

 それに、剣を扱う技術は、槍に比べれば決して、優れていない。その上、軽量な片刃の刀身であり、速度と斬れ味をもって、敵を切断するガラティーンは、通常の騎士剣ナイツソーンとは扱いが違う。

 さらに言えば、〈ブルーノ〉は盾を2枚失っている。残りの2枚の盾と、2本のアーム先の短剣、そして、黒い騎士剣ナイツソード、これだけでも十分に脅威だが、壁は確かに減っている。

 しかし、瞬時にそれだけのことを思考しながらも、ジンは攻め手に出られずにいた。問題は決定力のなさだった。

 付け入る隙は確かにある。しかし、そこに付け入るためには、正面から突っ込んでは意味がない。どんな攻撃も、警戒している相手に当てるのは困難だ。

 そこに至るための、崩し、それが今のジンに必要なものだった。

 とはいえ、そんなものが都合良く存在するわけもない。むしろ、革命団ネフ・ヴィジオンのMC戦力は、ほとんど全てがドゥバンセ男爵領にある。期待するだけ無駄というものだ。


『うむ、来ぬか? 叛逆者よ。威勢の良さはどうしたのじゃ?』

「……考えるだけ無駄だな」


 そう、無駄だ。どうせ、考えても事態は好転しないのだから。ならば、剣を振るった方がよほど有益というものだ。

 一歩踏み出した〈ガウェイン〉に、アームが2方向から襲いかかる。


『笑わせるでない! 二度も同じ手は食わぬぞ!』


 踏み込みの初動を読まれて、先手を打たれたのだ。しかし、ジンは口角を吊り上げ、笑った。

 踏み込みはブラフだ。背後を取ってなお、剣が通らない相手に、わざわざ背後を取る理由もない。

 左から来たアームを、ガラティーンで弾き返し、右から来たアームに対しては、わずかに機体をずらし、剣先を回避。さらに、アームの中途を、掴み取って、強く引く。

 破損している影響か、力が入りきっていないが、わずかでも〈ブルーノ〉を崩すには十分であった。


「言ったはずだがな。見切った、と」


 アームを引きながら、今度こそ、全力で踏み込む。弾いたアームが追い縋ろうとするが、すでに遅い。

 瞬時に距離を詰め、〈ブルーノ〉に剣を叩きつける。案の定、手にした黒い剣に受け止められるが、ジンの狙いはそこにはなかった。


『じゃが、甘い!』


 〈ブルーノ〉が〈ガウェイン〉を受ければ、そこに、〈レガトゥス〉は、必ず斬り込んでくる。

 鍔迫り合いになっていた〈ブルーノ〉に蹴りを入れる。これは回避されるが、一瞬、距離が開ければ十分だ。

 〈レガトゥス〉の振るうガラティーンを、自らの手に握ったそれで受ける。

 高速分子振動による絶対切断の剣。それがガラティーンに与えられた能力ではあるが、それどうしをぶつけ合うとどうなるか。


『くっ……』

「返してもらおう」


 答えは停止する、だ。厳密に言えば、左右の剣で、周波数を微妙にずらしてあるがゆえに、振動を打ち消しあうのである。

 絶対切断の剣も、振動さえなくなってしまえば、ただの剣である。ジンは素早く、空いた手で剣を掴む、と見せかけて、〈レガトゥス〉の頸部に手刀を叩き込む。

 剣を奪いに来ると思っていたのだろう。〈レガトゥス〉は反応が遅れ、〈ガウェイン〉の膂力をもって打ち込まれた手刀が、脆い接合部を砕く。

 さらに、それと同時に、左手の剣で相手のそれを絡め取るようにして、飛び退こうとした動きを阻害する。


『師父!』

『うむ、任せておれ!』


 手刀で掴みとったケーブルを引きちぎり、頭部との接続を完全に遮断。そして、その手で奪われたガラティーンを掴む。

 しかし、そこで、視界を失った〈レガトゥス〉がガラティーンを手放し、〈ガウェイン〉に組み付く。


「ちっ……」

『終わりじゃ、叛逆者よ!』


 刀身を握ったままのガラティーンを、手の中で回転させ、柄を掴む。そして、組み付いた〈レガトゥス〉に向かって突き立てる。

 火花を散らしながら、〈レガトゥス〉に刃が沈んでいく。しかし、拘束は解けない。


『たとえこの身が果てようとも、貴様だけはっ!』

「……どけ」

『さあ、ジュジェよ!』

「くっ……」


 まともに機体を動かせない状態で、片手のガラティーンのみでは、3本の黒剣を捌ききれない。

 〈ガウェイン〉にもはや避ける術はなかった。

 しかし──


『もう、無茶ばっかりしないでよねー。フォローするのわたしなんだからねっ!』


 そんな声をジンの耳が捉えると同時、〈ブルーノ〉の頭部が吹き飛んだ。

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